えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
「さて、とりあえず説法はここまでにしておきましょう。奏太さんと二人きりで話せる時間は有限ですからね」
「あ、ありがとうございます…」
にっこりと微笑まれる三蔵法師様に、俺もようやくホッと息を吐けた。時間にして三十分ぐらいだったが、ものすごく濃密な時間でした。朱芭さんの修行のおかげで足が痺れることはなかったが、精神的にドッと疲れが出てしまった。やっぱり、美形の人に凄まれると委縮してしまうものである。ミルたんや教官みたいな濃ゆい顔の人には慣れているんだけど、それとは違う迫力があるんだよなぁ…。
というか、今更だけど本物の仏様に説法を受けるってとんでもないことだよね。人によってはご褒美である。いや、反省はしているよ。仏教陣営が『おっぱい』で大変なことになったのは、よく理解できましたので。
「一応お聞きしますが、私の話はわかりましたか?」
「はい、『おっぱい』は最強の概念だからこそ、もっと配慮しないといけないってことですよね」
「……もうそれでいいです」
あの三蔵法師様、何で項垂れるんですか。この世界的に間違ってはいないですよね。『ハイスクールD×D』の世界で生きるのなら、『おっぱい』はそういうものだと認識しておかないと危険ですよ。もし相手が『おっぱい』を使ってきたら、俺は負けを覚悟しないといけないと考えているぐらいです。どんな形勢も奇跡を起こして逆転してきますからね、『おっぱい』は。
「仏となった後も修練を積んできましたが、悟りの道の険しさを改めて認識できました。『おっぱい』をあるがままに受け入れられるよう、私も精進しなくては…」
「それなら大丈夫です! 俺が知る『正史』の三蔵法師様は、『おっぱいカウンセラー』として天龍達に頼りにされるぐらい『おっぱい』のスペシャリストになっていましたからっ!」
「…………」
あの三蔵法師様、何で顔を手で覆うんですか。俺なりに応援したつもりだったんですけど…。
「えっと…、ちなみに怒ってはいないんですか?」
「怒ってはいません。先ほども言いましたが、倉本奏太さんの事情を考えれば理解はできましたからね。幾瀬朱芭さんを通じて渡された『正史』の情報、あれを安全且つ正確に冥途へ運ぶ方法はこれしかなかったでしょう」
「あっ、はい」
「しかし、秦広王様が倒れ、他の十王様方も精神的ショックを受け、冥途が一時期機能停止になったことは事実ですので、さすがにそれでお咎めなしというのも…。それに、『正史』のことであなたと二人きりで話せる時間も必要でした。……今回説法を行ったのは、それらを加味した結果という訳です」
なるほど、怒りからの説法ではなく、俺と二人きりで話が出来るように「説法をする」というかたちをとった訳か。確かに普通に俺と話がしたいと仏教陣営が言ってきても、それなら保護者も同伴を望むだろう。異世界のことを話すにしても、その方が手間も省けるし。『正史』のことがなければ、わざわざ俺と二人きりにならないといけない理由がないのだ。
そこで、「御宅のお子さんが冥途でやらかしたので、ちょっと説法をさせてください」と申し込むことで、保護者も気を利かせて二人きりにしてくれた訳である。俺も叱られている姿を見られるのは恥ずかしいし、三蔵法師様なら俺に危害を加えないだろうと信頼もされていた。悟りを開いている仏様が、直々に説法したいなんて言ってきたら、俺でも「どうぞどうぞ」と言いたくなっちゃうだろう。
「いやぁー、そっかぁ。たった一週間で俺の家に来るぐらい突然だったから、十王様達がめっちゃ怒っていたらどうしようかって思いましたよ」
「怒りよりも恐れの方が強かったですよ。十王様方がとにかく早く接触をするべきだと、倉本奏太さんを野放しにするのは危険だと意見が一致しまして…」
「えっ」
「幾瀬朱芭さんという導き手を失ったあなたが、本当に何をやらかすか恐ろしく、不安で仕方がないという理由で急いで顔合わせを行い、情報の共有を図るべきだと私が派遣されたのです。『正史』を語って一ヶ月後に、『
仏教陣営の皆さんの俺の扱いが、完全に爆弾扱いな件。朱芭さんは俺の制御装置か何かですか。今更だけど、今年の正月に引いたおみくじの『待ち人』のところが、『すごい勢いで来ます』とそういえば書かれていたか。さすがは大吉、とんでもない効力である。理由はひどかったけど。
あと言っておきますけど、乳神様に関しては俺も想定外だったんですからね! リゼヴィムに知られないかとか、めっちゃ神経を使ったんですから。しかし、導き手か…。確かにこういったことを相談できたのは『正史』を知る朱芭さんだけだった。実際、俺だと考え至らなかった部分を幾つも指摘してくれたので助かっただろう。困ったらとりあえず何でも相談できる人、と言われれば間違いなく朱芭さんだけだったのだ。
「つまり、今後は三蔵法師様に色々相談しなさいということですか?」
「そういうことになります。今回の情報を知っているのは、十王様と私だけです。人間界へ滅多に降臨できない十王様より、人間界と妖怪仙人が住む隠れ里の狭間に住む私の方が適任だと判断されました」
改めて冥途での経緯を聞くと、朱芭さん経由で『正史』の情報を秦広王様が知り、閻魔帳へダイイングメッセージのように書き残し、「これを十王へ…」と遺言を残してから倒れられたらしい。慌てて他の十王様へ知らせが届き、閻魔帳から事情を知ったトップが箝口令を敷いたようだ。今では朱芭さんの閻魔帳は、十王様が直々に管理する特級禁書扱いらしい。本当にすみません。
それから『おっぱい恐怖症』で倒れた秦広王様を見てもらうために、未来で『おっぱいカウンセラー』だった三蔵法師様が
「倉本奏太さん、今後『正史』に関することで相談があれば私が行います。決して、決して遠慮などして一人で突っ走るようなことだけはしないでください。いいですね、約束ですよ」
「わ、わかりました。あの…、三蔵法師様はそれでいいんですか?」
「もちろんです、これも悟りの道への修行と思えば」
すみません、俺からの相談を仏の修行にしないでください。
「さて、異世界への対策に関しては聖書陣営を交えた場で行うとして、我々が裏から対処した方がよいことを話し合いましょうか」
「そうですね。朱芭さんと話し合ったこととしては、『
異世界や邪神のことは、原作知識に全くないためアドバンテージを取ることができない。それなら、聖書陣営のみんなを交えて話し合った方がずっと有意義だろう。そのため、むしろ話し合うべきは知識として有効活用できる部分だ。三蔵法師様も俺の言葉に頷くのを見て、朱芭さんとこれまでまとめた内容を話すことにした。
ヴァレリー・ツェペシュは、リアス・グレモリーの僧侶であるギャスパー・ヴラディの幼馴染であり、ツェペシュ王家のハーフヴァンパイアだ。虐げられていたギャスパーを外へ逃がすように尽力し、彼の中にいるバロールを目覚めさせるきっかけにもなった女性である。俺が彼女を注視する理由は、『
量産型邪龍の発生、滅んだはずの邪龍の復活、
『僕が守りたい大切なものを、無くしちゃいけない想いを、胸に宿る誓いを果たす決意を、彼女と大切なヒト達と歩める未来を、僕へ導いてくれてありがとう』
あの事件の後、正臣さんからもらった感謝の言葉。そんな未来がもう訪れないのは、クレーリアさんと正臣さんを助けた時点でわかっている。不器用ながら師弟として、再び笑い合うことができた二人だってこの目で見たのだから。クレーリアさんといちゃいちゃする正臣さんに、教会の仲間の皆さんがぐりぐりと正臣さんの頭を小突きながら祝福していた姿も。
だからこそ、死者を冒涜するあのやり方は容認できない。原作の話だとわかっているけど、俺の友達を利用して嘲笑いながら使い捨てたリゼヴィムだけは許せなかった。少し熱くなってしまったが、とにかく『
「ヴァレリーさん…、確か『
「はい、彼女が異能に目覚めるのはギャスパー・ヴラディが出奔した後でした。最善は彼女が異能に目覚める前に保護できることですけど。吸血鬼の本拠地が、ルーマニアの奥地ってことぐらいしかわからないのがなぁ…」
神滅具覚醒前ならヴァレリーの価値は低いはずなので、彼女がいなくなっても大きな問題にはならないだろう。神滅具に目覚めたら、彼女の兄であるマリウス・ツェペシュあたりがうるさく介入してくる可能性はあるけど…。リアスさんの眷属になったギャスパーさんを、吸血鬼側で問題が起こったから力を貸せと散々虐げてきたくせに厚顔無恥に命令してくるぐらいだからな。本当に吸血鬼側が面倒くさすぎる…。
まぁ、本来なら本拠地を知っているだけでもヤバいことだろうけど。それこそ、吸血鬼を忌み嫌う教会に本拠地の情報が知られれば、虱潰しにしてでも探そうとすると思う。そうなると、マジで戦争が起こってしまう。さすがにそれは避けなければならない。
「難しいですね…」
「やっぱりですか」
「本拠地の場所がわかっているのならば、
「でも、そうなると…」
「えぇ、ヴァレリー・ツェペシュさんの神滅具をマリウス・ツェペシュが悪用することは止められません。彼の野望である弱点のない吸血鬼の研究は進められ、例えリリンの介入がなくとも、ツェペシュ派とカーミラ派の内乱は起こるべくして起こるでしょう」
吸血鬼の内乱が起こることは確定事項ってことか。リゼヴィムの介入によって研究が進んだ部分はあるだろうけど、ヴァレリーさんの神滅具が引き金になるのは間違いない。吸血鬼の本拠地に忍び込むのは現実的じゃないし、バレたらプライドが高い彼らのことだ。虚仮にされたと怒り狂う可能性が高い。そして、三蔵法師様の言う通り交渉するのも厳しい相手だった。
「ヴァレリーさんには申し訳ないですが、むしろ内乱を起こしてもらった方が良い部分もあるのです」
「えっ、内乱を?」
「『正史』で内乱が起こり、種の存続が危ぶまれたことによって吸血鬼陣営は頑なだった態度を軟化させました。現在の悪魔の政府と同じですね。吸血鬼の社会を根元から崩壊させるほどの衝撃を与えなければ、おそらく彼らの考え方が変わることはないでしょう」
吸血鬼陣営以外からすれば、彼らが内乱により弱ってくれた方がありがたいという訳か。原作ではツェペシュ派とカーミラ派の両陣営に甚大な被害が出たことにより、内乱自体は有耶無耶になったところがある。俺としては、あんまり血を見る展開にはなってほしくないんだけど…。
「あの、でも異世界との戦いを考えると、戦力を無暗に減らすのは良くないのでは? 吸血鬼の皆さんだって、世界そのものが滅ぼされるとわかれば協力だって…」
「逆です、今後のことを考えれば吸血鬼陣営はかなり危険な勢力です。『正史』でリリンの企みに利用された背景には、彼らが現状に多大な不満を持っていたからです。誇りや血筋より己の欲望を優先するマリウス・ツェペシュの考えに賛同していた者達の思考なら、『
言われてみれば、リゼヴィムが決して信頼できる相手じゃないことはツェペシュ派もわかっていたはずなのに、自分達の欲望を優先して手を組んだ背景があった。それで結局、裏切られて利用されて『
「さらに言わせてもらえば、こちらと足並みを揃えて協力なんてもっと難しいでしょう。プライドの高い彼らのことです。戦力の差など度外視して、吸血鬼だけで問題ないと勝手な行動を起こし、味方の被害を拡大させることだってありえます。彼らを戦力として期待するのはやめておいた方が賢明でしょう」
三蔵法師様の手厳しい意見に、俺は何も言い返すことができなかった。実際に原作で、吸血鬼全体の危機であるにも関わらず、これは一族の問題だからと悪魔の介入を最後まで拒絶していたからだ。それで結局、吸血鬼全体に甚大な被害が出てからようやく助けを求めるとか遅すぎる。異世界のことを知っても、こっちはこっちで勝手にやるからと行動される方が危険だし、ぶっちゃけやめてほしい。それなら何もしないでくれ、と言いたくなる気持ちもわかった。
「今の吸血鬼陣営は、とてもではありませんが協力関係など結べません。それならいっそ内乱によって社会構造そのものを壊し、『正史』のように新体制を築いてくれる方が十分に味方として戦力になります」
「だから、内乱の芽は静観するべきってことですか」
「もちろん被害が拡大し過ぎないように調整は必要でしょう。神滅具が抜き取られる前に、ヴァレリー・ツェペシュさんの保護は最優先で行うべきです。それに、『正史』にあった吸血鬼を素体にした量産型の合成邪龍の存在を考えれば、ネビロス家の影があったことは明白です。そこから介入の糸口を見つけ、吸血鬼陣営を切り崩すことも可能でしょう」
何とも言えないもやもやは残るが、きれいごとだけで世界を守れないのは理解している。少なくとも、吸血鬼陣営に対して今の俺達に出来ることはないのだ。マリウスの野望が顔を見せた時、それを食い止めるための対策を講じておくことしか。こういう時、未来を知っていてもどうしようもないことが辛いと感じる。内乱が起こるまでまだ時間はある、自分にできることをやっていくしかないだろう。
「じゃあ、吸血鬼陣営は後回しってことになりますね」
「吸血鬼側に何かあればすぐに動けるように、こちらの方で本拠地の割り出しは行っておきましょう。それと、万が一のためにギャスパー・ヴラディさんを保護できる体制は作っておきます。彼は必要不可欠な人材ですからね」
「あっ、そうか。もしかしたら、リアスちゃんとギャーくんが出会わない可能性もあるのか。吸血鬼陣営の内乱に加入するにも、彼の存在がないと難しいし」
来年の春には駒王学園に転入することになるリアスちゃんの事情を考えると、原作とは違う行動を取る可能性だって十分にある。原作では人間界へ旅行に行ったら、ヴァンパイアハンターに追われていたギャーくんをたまたま見つけて眷属にしたって流れだったはずだ。とんでもない豪運である。原作のリアスさんの初期眷属って、白音ちゃん以外人間界へ旅行に行く度に拾ってきたようなもんだからなぁ…。そういう星の下に生まれてきたとしか思えないわ。
「そっちはお任せすることになりそうなので、よろしくお願いします」
「任されました。こちらとしても、ギャスパー・ヴラディさんは『正史』通り、リアス・グレモリーさんの庇護下にある方がいいと思いますので介入は最後の手段とさせてもらいますね」
吸血鬼陣営の内乱を考えると、彼には明確な保護者がいた方が安心だろう。原作で吸血鬼側が、ギャスパーさんを渡せと言いながら一応交渉の体で来たのは、リアス・グレモリーさんから無理やり奪うことは危険だと判断したからだと思う。ほとんど命令みたいになってはいたけど。魔王の妹の眷属という名は、裏側ほど効力を発揮するだろうからな。
もちろん悪魔になるかはギャーくん次第ではあるけど、同じ年の白音ちゃんは喜ぶだろうから推薦はしよう。原作でも一緒にゲームをして仲が良かったし、ギャーくんを
「それじゃあ次に考えるべきは、やっぱりリゼヴィムが表に出てきた時の対策ですよね。とりあえず、覚醒したドライグを初手でおっぱいに沈める準備は万全なので、三蔵法師様には虫の息になっているだろうドライグのカウンセリングとお薬の準備をお願いします」
「さらっと天龍を精神破壊する片棒を担がせないでください」
「そんな、三蔵法師様が協力してくれなかったら、ドライグがおっぱいに沈んだままになっちゃいますよッ!」
「私が非道なことを言ったみたいな解釈はやめてください。沈めているのは奏太さんでしょう」
だって、原作の三蔵法師様といえば、まず『おっぱいカウンセラー』の二つ名が思い浮かぶし…。お薬漬けの天龍が信頼するお医者様だ。仏教陣営との接点を早めに持ちたかった理由の一つに、ドライグのフォローを入れるためもあったのだから。世界の危機に対策するため、リゼヴィムへの対抗策である『透過』という有能能力を手に入れる必要がある。つまり、ドライグとアルビオンの『和解』は必須条件だ。『正史』を知った三蔵法師様もそれはわかってくださるはずだろう。
「倉本奏太さん、つかぬ事をお聞きしますが…。御子神――レーシュ殿の力で聖書の神の封印を解除することはできないのですか?」
「相棒の力ですか? 出来るかと言われたら、今は無理ですよ」
「今はということは、将来的に可能ではあると」
「うーんと、相棒が聖書の神様の力を書き換えられるのは、俺が禁手をしている間だけです。しかも、直接書き換えたいものに働き掛けないと弾かれてしまいます。つまり、『
いずれ聖書の神様と同じ領域に立てるかもしれない相棒だけど、それはかなり先の未来での話だ。力関係的に言えば、聖書の神様の方が圧倒的に上なのである。俺の『概念消滅』を使って、少しずつ権能を書き換えているみたいだけど、本当に少しずつって感じらしい。だから天使の皆さんも、慌てることなく相棒との関係をゆっくり構築していく道を選んだ訳だ。
「相棒曰く、聖書の神様が直々に封印を施し、しかも解除方法が『和解』なんていう二天龍の歴史を知っている者なら、まず無理だと思うようなキーワードを鍵にしている封印に干渉するのはお勧めしないとのことです。そんな封印を解くのに時間を使うぐらいなら、もっとシステム内の権限を書き換えられるように使った方が世界のためになると言われました」
「確かにシステムの権限である奇跡を有効に使える方が、世界のためになりますね…」
「はい、だから封印を解くにはもう正攻法しかない。ドライグとアルビオンが無事に『和解』できるように、ドラゴンを乳に沈めるしか道はない訳です!」
「なるほど、幾瀬朱芭さんもこうして共犯にされたのですね…」
朱芭さんにも言いましたけど、他に方法があったらそっちを選ぶよ。でも、おっぱい以外で二天龍を『和解』させる方法がわからないのだ。リゼヴィムって『神器無効化』の異能がなくても、超越者としての力だけでも相当ヤバい相手である。『透過』の異能は、極論を言えばイッセー達がリゼヴィムと戦うスタート地点に立つために必要な能力でしかない。それに時間をかけるぐらいなら、少しでも彼との間にある戦力差を埋める方に注視してほしい訳だ。
「そういった諸々の事情を鑑みた結果、初手で一撃必殺した方がこの世界のためになると判断しました」
「『正史』からすでに外れた歴史を辿っていることを考えれば、不確実な『正史』通りの流れを待つより、こちらの匙加減で異能の発現を操作した方が合理的と言えるのは確かでしょう。……わかりました、天龍に効く薬の調合を始めておきます」
「ありがとうございます、三蔵法師様! アフターフォローもこれで完璧ですし、安心しました。あとは、ドライグの覚醒を待つだけですねっ!」
「……地獄とは、死後だけのことではないと勉強になりました」
それからは、仏教陣営の今後のことを教えてもらった。『正史』のことは十王様と三蔵法師様だけで基本対処するが、異世界のことは帝釈天様やインド神話の皆さんへ時期を見て話し、協力を呼び掛けてくれるとのことだ。また日本神話の神様達にも、神話繋がりで話を通してくれるらしい。『正史』はあまりに劇薬過ぎるので、扱いは十王様に任せることになった。
「須弥山陣営にインド神話、日本神話か…。なんか一気に話が広がっていくことになるんだなぁー」
「異世界の邪神の存在は、神として無視できるものではありませんからね。ただ彼らに話すのは、もう少し時間を置いてからにするつもりです。未だ聖書陣営の停戦協定による混乱が収まっていませんし、敵対勢力の炙り出しも必要でしょう」
「原作の和平は聖書陣営を中心に行われたから、他の神話は様子見していましたものね」
「仏教・インド・日本の神話も聖書陣営の和平に協力する姿勢なんて見せれば、さすがに不審がられます。戦力差に
聖書陣営の窓口は三蔵法師様が密かに行い、情報の交換を行ってくれるそうだ。表だっての協力はまだできないが、裏方として牽制やフォローに回ってくれると思えば心強い。仏教・インド・日本神話も裏で協力してくれたら、原作よりもテロの被害を抑えることも可能だろう。他の北欧やギリシアといった神話勢力も、原作のように情報を求めに接触を図りに来てくれたら、そこから遠慮なく巻き込むことができる。
「あとこれは、十王様達も悩まれていたのですが…」
「十王様が?」
「『正史』では敵対の位置にいた方です。ギリシア勢力にして、オリュンポス三柱神の一柱である死を司る神――ハーデス様。地獄繋がりで冥府とは交流があります。あのお方は他の神話勢力――特に聖書陣営に対しては、過激な態度を取られることがあるのは事実です。『正史』のような嫌がらせを行うこともあり得るでしょう。しかし、それでも、……あの方は人のための神であろうとしていました」
人のための神様。そういえば、原作でもハーデス様は人間には平常通りに接するって書かれていたと思う。彼があそこまで過激になったのは、根底にある聖書陣営への嫌悪感。オリュンポスの神々の中では、唯一協調路線に反対の立場をとるほど、聖書陣営と手を結ぶことが許せなかった。もちろん、他の神様だって不満はあっただろうけど、今後の世界の平和を思えばと対応できた。だけどハーデス様は、どうしてもそのこだわりが捨てられなかったと原作で語られていた気がする。
「ハーデス様は原作では『
「えぇ、わかっています。それらが世界の調停を司る神として、あまりにも行き過ぎた行いであることは。しかし、もし…もし聖書陣営への怒りに目が眩む前に、この世界を守る神の一柱として異世界の邪神を討つ道を示すことができたなら…。地獄の盟主として人を導き、同じ死を司る神同士だからこそそう願わずにはいられなかったのでしょう」
「…………」
原作は聖書陣営を中心とした物語だった。悪魔に転生した兵藤一誠から見た世界だったからこそ、ハーデス様とは敵対するしか道がなかった。だけど、視点を変えればどうだろう。この世界のため、人間達のために異世界に対抗する戦力として協力してください! とお願いすることは果たして可能なのか。ハーデス様が人のために、聖書陣営への嫌悪を振り払って立ち上がってくれるかはわからない。失敗する可能性は十分にある。だけど、敵対しない道を選べる可能性もあるのだ。
これまで俺は、原作で味方だった人物達との交流を主にしていた。最初は敵対していても、後で味方になるなら問題ないぐらいの気持ちもあった。彼らなら大丈夫だと知識で理解していたからこそ、なおさらその傾向が強かったと思う。そして、原作で敵対し続けていたヒト達とは、同じように敵対することになるだろうと想定して動いていたのだ。だから、もし関わり方が違ったら敵対せず、和解できるかもしれないということに狼狽えてしまった。
「それは…」
「我々としても、危ない橋を渡るような真似は控えるべきだと考えています。しかし、いずれギリシア神話にも異世界のことを話す日は来るでしょう。その時にはもうハーデス様が、『後に引けない状態』であれば遅いことになります。それなら、あの方が何か行動に移す前に真実を伝えることができれば、或いはと――」
「……難しいですね」
「えぇ、本当に。この問題に関しても、すぐに答えは出ないでしょう。全てが動き出すのは、聖書陣営の和平が成立してからになります。その時までに我々にできることを、一つずつかたちにしていきましょう」
「はい」
本当に、考えることがいっぱいだと改めて実感した。仏教陣営の協力という心強い仲間もできたけど、世界平和のためにはまだまだ頑張らないといけないことは多いらしい。今の俺にできることは少ないけど、未来への投資と思って着々と進めていくしかないよな。
よーし、まずは
「ちなみに、朱芭さんの裁判ってどうなったんですか?」
「非常に申し訳ないことですが、幾瀬朱芭さんの閻魔帳は禁書となってしまったため、公式な裁判は不可能となりました。そこで十王様がカウンセリングを受けている待ち時間の間に、その場で一気に裁判をすることになり、無事に浄土の方へとお連れすることになりましたよ」
「それは、よかったのかなぁ…」
「十王様達へお焚き上げで届いた胃薬を渡して、始終謝罪を繰り返していました。あと今後浄土にて十王様が集まって会議をする時は、私と一緒に相談役として呼ばれることにもなりそうです。……次に幾瀬朱芭さんへ焼香を上げる時は、しっかり謝っておきなさい」
「……心の底から謝っておきます」
亡くなった後も弟子がご迷惑をかけることになり、誠に申し訳ありませんでした。敬愛している神様達に囲まれて、おっぱいについて今後も語ることになった朱芭さんの浄土暮らしに遠い目になった。せめて幾瀬のおじいちゃんと幸せに過ごせていることを祈ろう。
そんな風にある程度の話し合いが終わった頃、不意に三蔵法師様が窓の方へ視線を向けた。それに首を傾げると、素早く立ち上がった三蔵法師様が窓を開けた瞬間――ボッと火の粉が舞ったと同時に黒猫が部屋の中へとするりと入り込んで来た。目を見開く俺を他所に、にゃあにゃあと大慌てで三蔵法師様の身体を這う黒猫。三蔵法師様はどこか疲れた様な表情で額に手を当て、空を仰いでいた。
「その黒猫は…」
「火車です」
火車って、地獄の特急便じゃねぇか。
「すみません、奏太さん。急ぎ冥途の方へ向かわなければならなくなりました。メフィスト殿には、また後日改めて時間を取っていただけるようにお願いしてもよろしいでしょうか」
「あっ、はい。それは大丈夫です。……どうかしたんですか?」
「秦広王様が、鍾『乳』洞で頭をぶつけて亡くなった亡者の閻魔帳をうっかり書いて、発作を起こしてしまわれたようです。あれだけ事前に「おっぱい」「乳」「胸」の危険性がある亡者の裁判は、代理を立てなければ危険だとお伝えしましたのに…」
「い、いってらっしゃいませ…」
それでは、と袈裟を華麗に翻し、変化で巨大化した黒猫の火車に乗り込んで天へと昇っていった三蔵法師様を俺は呆然と眺めるしかなかった。今更だけど、三蔵法師様って多忙過ぎないか……? 紫藤さん並みにトップに振り回される中間管理職を見た気がした、今度お会いする時は、高級お茶菓子を用意しておこう。
こうして、三蔵法師様という新たな相談役を得て、今後に向けて改めて気合いを入れ直すのであった。