えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二百十六話 孫悟空

 

 

 

 グリンダさんの強襲事件から数日が経った頃。俺は出来る限りラヴィニアの傍で過ごすようにしていたし、クレーリアさんとリンが一緒に夜を過ごすことになってくれたおかげもあって、ラヴィニアも少しずつ本調子を取り戻すことができてきたようだ。ラヴィニアって他者を甘やかすのは好きだけど、自分が甘えるのは遠慮するところがある。こうやってちょっとずつでも周りに甘えられるようになれたらいいんだけどな。

 

 さて、グリンダさんの事件も気になるけど残念ながら情勢はそれを待ってくれない。裏で密かに連絡を取り合っていた聖書陣営と仏教陣営の顔合わせの日が、ついに訪れることになったからだ。あの時は緊急事態ということで 玄奘三蔵法師(げんじょうさんぞうほうし)様が直々に会いに来てくれたけど、おっぱい関連で多忙を極める彼が聖書陣営との調停までやるのは難しい。という訳で、彼の弟子である初代様達が顔合わせに来ることになった訳だ。

 

 ただ異世界のことを世間に公表できない中で、中立的な立場の仏教陣営が聖書陣営と関わりを持つのは周りに疑心暗鬼を生ませてしまう。そこでお弟子さんは三人いるのでそれぞれ悪魔、堕天使、天使で担当を持ち、裏でひっそりと情報交換などを行うことになったのである。今日はその顔合わせの第一回目が、堕天使陣営でまず行われることになった。

 

「まさかその初代様との顔合わせを、『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』のマンションの一室でやるとは思いませんでしたけど」

「仏教陣営の繋がりを知っている幹部は、まだシェムハザとバラキエルだけだからな。本部には他の幹部がいるし、下手にこそこそ密会の場所を探すよりここの方がいい隠れ蓑になる。姫島家とヴァーリがいるから、俺とバラキエルがここにいても不思議に思われないからな」

 

 言われてみれば確かに。バラキエルさんはここに住んでいて、先生はヴァーくんの相手をしにこのマンションにたびたび来ている。ここなら怪しまれづらいって訳か。俺もお馴染みの場所だから、こうやって顔合わせに立ち会わせてもらえている訳だし。シェムハザさんは有事を考えて本部で待機しているため、ここにいるのはアザゼル先生とバラキエルさん、そして朱乃ちゃんとヴァーくんだった。

 

 二人には先生から仏教陣営と関わりができたことを話してあったらしい。今後もこの場所を初代様との情報交換の場にするなら、ここに住んでいる二人に伝えておいた方がいいだろう。その時に俺経由で仏教陣営と繋がったと伝えると、「あぁ…」で納得されたみたいだ。おかしいな、子どもたちの反応が協会組のみんなと同じなんだけど…。

 

《どうせ倉本奏太がやらかして、仏教陣営が被害を(こうむ)り、その関係で聖書陣営と繋がった流れだからだろ》

「……どうせって言わないでよ」

「前に漫画で見たぞ、こういうのをテンプレと言うらしいな」

 

 ふふんと最近習った知識を披露するヴァーくん。微笑ましさと同時に止めを刺されたような気分でした。

 

「あの、奏太兄さま。総督さんから簡単にですけどラヴィニア姉さまのことを聞いて…。大丈夫なのかなって」

「えっ、あぁ…うん。だいぶ持ち直したようには思うよ。ありがとう、心配してくれて」

「ううん。あのね、今度母さまと一緒に料理を作るから持っていってもいいかな? 少しでも姉さまに元気になってもらいたくて」

 

 おずおずと眉を下げる朱乃ちゃんの申し出に、俺はもちろんだと快く頷いた。心の籠った美味しい料理を食べたら、パワーだって(みなぎ)るはずだ。気の利く妹にお礼を言うと、嬉しそうに笑顔を見せてくれた。

 

「あとね、ヴァーリくんもラヴィニア姉さまのことをすごく心配していたの。ラヴィニア姉さまに食べてもらう、うどんも一緒に作ろうって」

「おいっ、朱乃っ!」

 

 カァッと赤くなったヴァーくんは、俺からの視線を感じたのかすごい勢いで明後日の方を向いてしまった。いやぁー、そっかぁー。思わずニヤニヤしてしまったのは仕方がない。たぶん朱乃ちゃんとヴァーくんの力作うどんってだけで、ラヴィニアはめっちゃ喜びそうだ。次に会った時のハグはすごいことになるだろう。ただあんまりからかうと拗ねちゃいそうなのでここは自重しておこう。

 

「ヴァーくんもありがとう。ラヴィニアも喜ぶよ」

「別に…。もう優しい人が傷つくのを見たくなかっただけだ」

 

 本当に小さな声音で視線を彷徨わせた後、プイっと顔を背けるヴァーくん。おそらく、無意識に出てしまった言葉なのだろう。改めて子ども達の思いやりに笑顔を浮かべながら、しばらくの間俺達は近況を話し合った。

 

 

「あの、ところで総督さん。本当に私とヴァーリくんもここにいていいのですか?」

「お前らもある意味で今回のメインみたいなものだから心配するな。初代殿と事前に連絡を取った際、どうやら鍛えがいのある原石ってのに興味を持ったみたいでな。せっかくの機会なんだ、色々学ばせてもらえばいい」

「ふっ、闘戦勝仏(とうせんしょうぶつ)か…。『西遊記』に登場する初代孫悟空が神格化し、仏となった存在。アジア最大の神話勢力であり、強者揃いの須弥山(しゅみせん)でも屈指の実力者と名高いらしいな。果たしてどれほどの強者なのか…」

 

 初代孫悟空様に会える興奮で目をキラキラさせているヴァーくん。事前にそのことを聞いて、慌てて『西遊記』関連の書物を読み漁り、予習もバッチリしてきたらしい。色々な書物を読み込むヴァーくんを応援するために、俺も手持ちにあった銃をぶっ放す系の『西遊記』等を混ぜておいたら嵌まってくれたな。俺のマフラーもこの経典みたいにビュンビュンできないか? とアルビオンに聞いて困惑させていたのは微笑ましかったです。

 

 仏教陣営とインド神話に密接な関わりを持つ須弥山(しゅみせん)勢力。天帝の異名を持つ須弥山の主神――帝釈天(たいしゃくてん)様ことインドラ様が治める勢力のことだ。ヴァーくんが言っていたように、「アジア最大の神話勢力」でもある。彼らは現世で活発に活動するため、隣接するインド神話とは何かと衝突が多い武官主体の仏様達だ。戦の神であるインドラ様が率いているのだから、当然ながらみんな戦闘力が高い。四天王とかもいるらしいし。

 

 仏教勢力(十王様)とはそれなりに良好な関係を築けているみたいだけど、それも現世と冥途で住み分けができているからってのはありそうだ。死後の世界である冥途で裁判を行い、天国と地獄を統治する十王様方。十王様は現世にはほとんど干渉せず、人間の営みを見守りながら真面目に仕事をこなす文官な仏様達だ。彼らは他神話と関わることを避け、中立的な立場を保ち続けている。原作でも聖書陣営の和平やテロ組織の戦いを静観し、世界の危機になったら重い腰を上げるって感じだった。

 

 文官な仏様と武官な仏様が互いを尊重して均衡を保っている仏教陣営。仏教勢力(十王様)須弥山(帝釈天様)を立てるように、須弥山(帝釈天様)も同様に仏教勢力(十王様)を立ててくれている。だからといって、衝突の多いインド神話と須弥山には十王様は中立的な不干渉となんとも複雑な関係だ。インド神話とも関わりがあるらしいし、十王様達って血の気の多い神話に挟まれて苦労していそうだな…。

 

「仏教陣営もそう考えると複雑だよなぁ…」

「仏教陣営と一纏めにされることはあるが、帝釈天は須弥山を、十王は冥途を統治してそれぞれがトップに立っている勢力だ。そこに上も下もない」

「帝釈天の方は、須弥山(自分の神話)こそが一番だと考えているがな」

「す、すごいところなんですね…」

 

 バラキエルさんと先生から説明に、朱乃ちゃんはぽかんと小さく口を開けていた。神話ごとに体制が違うのは当然なんだろうけど、仏教陣営もなかなかにややこしい。そのため、須弥山と仏教勢力は別々に扱われることもよくあるみたいだ。インド神話が須弥山に敵意を持っていても、仏教陣営とは中立を保てるのがその証拠だろう。

 

「聖書陣営は天国を天使が、地獄を悪魔・堕天使が統治して、尚且つ現世でギスギスし合っていた中で、仏教陣営は明確に現世と冥途で役割を分けたことで神話内での(いさか)いを無くしたって訳か」

「その分、武官ばかりの戦闘狂集団と、文官ばかりの仕事集団になったがな。同じ神話内で両極端な勢力図が出来上がったって訳だ」

 

 うーん、なるほど。今回俺が繋ぎを作ったのは文官のトップである十王様達だが、武官のトップである帝釈天様にはまだ異世界のことを内密にしている理由がよくわかった。そりゃあ、慎重になるわけだ。実際に異世界の勢力と戦うことになるのは主に須弥山勢力であるため、仏教陣営の主導権を完全に向こうに取られる可能性があるのだから。

 

 ちなみに異世界のことを伝えていない須弥山から初代様を呼び出して大丈夫なのかというところだが、そこは「師匠命令で仕事してくるわ!」で特に問題ないらしい。えっ、いいの…? それこそ、もし聖書陣営との関わりがバレてもそこまで気にされないだろうとのこと。マジですか…。

 

 原作でも須弥山に所属していたはずの初代様がそこまで組織の縛りなく動けていたのは、この自由過ぎる陣営方針のおかげだろう。原作の須弥山メンバーが静観していた中で、テロ対策組織『D×D』のサブリーダーを初代様は務められていたし。もちろん、天帝様の許可はあっただろうけど…。あの初代様が須弥山に所属していたのも、その自由さと戦闘の勘を忘れないためでもあったのだろうな。

 

 それこそ、戦闘狂達が将来満足するような戦いを提供してくれるなら、他陣営の原石の育成もどんどんやればいいぐらいの気持ちのようだ。大変フランクな陣営っぽいけど、問題が起きたら起きたで「じゃあ戦争しようぜッ!」と武力で制圧すればいいみたいな戦闘狂思考の集団だから、細かいことは気にしないってだけのことみたい。一応神様として世界のことを考えてくれているのが救いである。

 

「話を聞くだけでも、須弥山(しゅみせん)勢力ってヤバいですね…」

「否定はしない。火種があれば、燃え広がるのをニヤニヤ眺めて楽しむヤツだからな。だが、帝釈天は梵天(ぼんてん)と並んで仏教の二大護法善神として崇められている。プライドが高いヤツだからこそ、神としての矜持だけは絶対に曲げない。そこは信用できる」

 

 複雑そうな心境で、アザゼル先生は溜め息を吐いた。そっか、だから彼は原作で和平に不満を漏らしてもテロ組織には直接関わらなかったし、世界の混乱時には協力をしてくれたりしていた訳か。それに敵対しているインド神話が隣接している状態で、積極的に他神話に戦争を吹っ掛けるのも難しい。彼の地雷を踏んだらヤバいだろうけど、それは周りも気を付けている。原作の帝釈天様はどこかつまらなさそうにしていたけど、それでも現状を維持したままに留めていたのは彼なりの世界への配慮だったのだろう。

 

「味方なら心強いが、同時に厄介でもある。そういう部類の神だよ、天帝は」

 

 ボソッと俺にだけ聞こえる声で伝えたアザゼル先生の言葉に、俺はこくりと頷いておいた。異世界対策のために世界中の神話の協力が必要になる。当然、須弥山の仏様達にも。いずれ帝釈天様にも異世界のことを伝える日が来るけど、何事もなく協力関係が結べればいいんだけどなぁ…。交渉を頑張ることになる十王様達には、心の中でしっかり応援しようと決めたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「来たみたいだな」

 

 仏教陣営のことについて語っていた俺達は、アザゼル先生の一言で口を閉ざす。バラキエルさんが俺達の前に出て、子ども達も緊張した面持ちでジッと待ち続けた。すると、バジッ! バチッ! と空間を震わすような音が突如響き渡り、何もなかった場所に黒い亀裂のようなものが走った。その亀裂から濃密なオーラが溢れ出し、閃光が瞬いた後凝縮された塊がそこから二つ飛び出してきたのがわかった。

 

 空間の裂け目から現れたのは、二人の人物だった。一人は朱乃ちゃんぐらいの背丈の子どもだが、空間の裂け目から出た瞬間に青い顔で床にダウンしてしまっていた。どうやらあの次元の狭間に酔ったらしい。次元の狭間は対策なしに入ると、『無』にあてられて消失する危険のあるヤバい空間だしな…。そんなところを生身で通ってここに来たと思えば、子どもながらすごい胆力である。

 

「こ、このクソジジイ…。俺っちを殺す気かぜぃ…」

「なんじゃい、こんぐらいで情けない」

「説明もなしに首根っこを掴まれたと思ったら問答無用で次元の狭間に誘拐されて、「着いたのぉ」の一言でいきなり放り出されそうになったんだぜこっちはっ! 咄嗟に觔斗雲(きんとうん)を呼びだせたからよかったものをよぉッ!」

 

 ぜぇぜぇと呼吸を荒くする哀れな半泣き少年のことなんて何のその。飄々とした態度で佇んでいるもう一人は、ヴァーくんよりも背が低いだろう人物だった。背丈は幼稚園の年長児ほどしかないのだが、金色に輝く体毛と縦に伸びる立派な髭が貫録を感じさせる。顔には無数の皺が刻まれ、額には金環、首元には玉の一つひとつが大きい数珠、そしてサイバーなデザインのサングラス。黒い法衣を身に纏い、手には長い棍のような得物を持っている。一度見たら忘れることのないような風貌だった。

 

「さてと、久しい限りじゃい。アザゼル、雷光もおるようじゃのぉ」

闘戦勝仏(とうせんしょうぶつ)殿も変わりがないようで」

 

 組織の長である先生が、敬意をもって話しているのにちょっと目を見開いてしまった。須弥山という勢力は関係なく、おそらく初代様自身を尊重しているってことなのだろう。やはりこのおじいさんが、初代孫悟空様か。そして、そんな彼をジジイ呼び出来る少年…。初代様は不敵な笑みを浮かべると、手に持つ煙管(キセル)を吹かしながら先ほど通ってきた空間の裂け目を片手で元に戻してしまった。

 

「カッカッカッ、そこの小さなお嬢ちゃんや坊やを驚かせてしまったかいのぅ」

「そちらから来るとは聞いていたが、まさか空間を割いて来るとは…」

「お師匠様から秘密裏にって要望だったかいのぉ。それなら玉龍(ウーロン)で次元を移動すりゃええじゃろうと思ってな。まぁ、でかいから途中で乗り捨ててきたが」

「まさかの西海龍童(ミスチバス・ドラゴン)をタクシー代わり…」

 

 タンニーンさんと同じ五大龍王の一角を顎で使う初代様。さらっととんでもないことをしてる…。『西海龍童(ミスチバス・ドラゴン)』である玉龍(ウーロン)は、『西遊記』にも登場する細長い東洋タイプのドラゴンだ。『西遊記』では馬に変身して、玄奘三蔵法師様を天竺まで運んだって書かれていたな。五大龍王の中では一番の若手で、テンションも高く若者口調なドラゴンだったはずだ。原作でも初代様のことをクソジジイ呼ばわりしていたし。

 

 なんでも三蔵法師様からの直接の依頼だったから、文句たらたらな玉龍(ウーロン)も断ることができなかったとのこと。しかも時空の調節も十王様(上司)達が手伝ってくれるそうだから余計に逃げ場なし。つまり、今後も初代様達と会う時は毎回玉龍(ウーロン)はタクシー代わりをさせられて、送り迎えまでしないといけないってことか…。かわいそうなドラゴン…。

 

《今、ものすごく玉龍に親近感を感じてしまった》

「おっ、話には聞いとったが白龍皇も久しいのぉ」

《あぁ、そっちも相変わらずのようだな》

 

 次に初代様に視線を向けられたアルビオンは、ヴァーくんの肩の上にいる白いドラゴンのぬいぐるみの手を動かして挨拶をしていた。さすがは長命だからか、昔の白龍皇の宿主経由で知り合っていたって感じか。ぬいぐるみになった白龍皇に初代様はクツクツと笑いをこぼした後、ふと思い出したようにポンッと手を叩いた。

 

「おっ、そうじゃい。お師匠様から白龍皇に会ったら言伝を頼まれていたんだ」

《玄奘三蔵法師殿が私にか?》

「どうやらお師匠様は、神器に封印されたドラゴン用に精神を安定させる薬作りを依頼されたみてぇでなぁ。もし可能なら、天龍であるアルビオンに治験を願いたいらしいぜぃ。お師匠様の調合する薬だから、効果は間違いねぇから安全面は気にせんでええぞ」

《ず、随分限定的な依頼内容だな…》

 

 さすがは三蔵法師様、仕事が早い。確かに患者(予定)のドライグは初手でおっぱいに沈ませる都合上、のんびりと診察をしてから調合という訳にはいかない。神器に封印されたドラゴン――それも二天龍に合う薬をすぐに調合するのは難しい。それなら、事前に同じ条件を持つアルビオンである程度の薬の効果を確認しておくべきだろう。ドライグのために。

 

《いやいや、私は覇を競い合った二天龍の内の一角である白龍皇だぞ。そんな私が精神安定剤に頼らなければならない訳が――》

「ほれ、これが治験用の薬の第一号ぜぃ。突然泣きたくなった時に使うと気持ちが落ち着くらしいぞい」

《……もらっておく》

 

 もらっておくんかい、と心の中でみんなのツッコミが聞こえたような気がした。

 

「そんで、この坊やが今代の白龍皇かのぉ」

「……ヴァーリ・ルシファーだ」

「ほぉ…、アザゼルから良い原石がいるとは聞いておったが、これはなかなか面白そうじゃわい。そっちのお嬢ちゃんがバラキエルんところの娘っ子かい。こりゃあ、将来別嬪さんになりそうじゃのぉ」

「あ、ありがとうございます、闘戦勝仏様。私は姫島朱乃と申します」

 

 初代様の纏うオーラの質に緊張を滲ませるヴァーくんと朱乃ちゃんだけど、しっかりと挨拶を交わす。ヴァーくんは真っすぐに目を合わせ、朱乃ちゃんは丁寧に頭を下げていた。それに好々爺のような雰囲気で「子どもなんじゃし、もっとざっくばらんでもええぞぉ」と笑っていた。原作でもそうだったけど、強さだけでなくこの寛大な懐が魅力的なヒトだったな。

 

「んで、そっちがお師匠様から聞いた……冥途を一時機能停止させたヤベェ坊やか」

「三蔵法師様っ! 俺の紹介の仕方は他になかったんですかッ!?」

 

 初対面であなたのお弟子様にドン引きされているんですけどっ! 隣で俺達の自己紹介を聞いていた少年も、ギョッと目を見開いて俺から距離を取りだしたんですけど!? 確かにその通りだし、十王様がカウンセリングを受けることになったし、三蔵法師様に説教されたり項垂れさせてしまったり色々あったけどさっ! とりあえず、自己紹介はしっかりやっておきました。

 

「ほれ、美猴(びこう)。お前もつったっとらんで挨拶ぐらいしたらどうじゃ」

「初代殿、その少年はやはり…」

「えぇ…、挨拶とかかったるいのによぉ。俺っちは美猴(びこう)。そこの初代孫悟空の末裔だぜぃ」

 

 不貞腐れたように挨拶をする少年に、やっぱりかぁーと俺は心の中で吐露した。初代様と関わるならもしかしてと思っていたけど、まさか初っ端から関わりができるとは思っていなかった。それも原作では親友であり、相棒だったヴァーくんとも。ヴァーくんは初代様の末裔である同年代の少年に、ぱちくりとした目で視線を向けていた。

 

 初代孫悟空の末裔である美猴(びこう)。彼は当初『禍の団(カオス・ブリゲード)』に所属していたが、ヴァーリ・ルシファーと意気投合してそのままヴァーリチームの所属になった好戦的な青年だった。自分で悪ガキだと自称するぐらい言動は軽く、行動も行き当たりばったりなところはあるけど、仲間思いでムードメーカー的な存在であっただろう。ヴァーくんと同じ年だったはずだから、今は小学六年生ってところか。

 

「アザゼルのところに面白い原石がいるって話は、お師匠様からも聞いていたからのぉ。それなら儂んところにおるこの悪ガキと会わせるのも一興かと思ってな。普段から退屈そうに悪さばっかりしとるさかいに」

「うちの里はみーんな平和ボケしてるだけだろ。俺っちの相手になる妖怪もいねぇしよ」

「たくっ、お山の大将を気取るのは早ぇと言っとるじゃろうが」

「なるほど、ヴァーリの相手にってことか」

 

 ちらっとヴァーくんを見た先生は、納得したように頷いた。実際問題、ヴァーくんは同年代では敵なしだ。朱乃ちゃんとはよく訓練をしているけど、全力で闘える相手かと言われれば違う。バラキエルさんや先生、正臣さんとなら本気で闘えるけど、そもそも実力差が開いた大人相手だ。同年代のライバルであり、切磋琢磨できる相手。同年代では敵なしだった二人の少年にはいない存在だった。

 

「儂はアザゼルと話さんとならんことがあるからのぉ。その間、ガキはガキ同士で遊んどればいいじゃろ」

「遊ぶって、そこのチビとかよ。確かに白龍皇ってのは聞いたけど、俺の如意棒(にょいぼう)一発で吹っ飛んで行っちまいそうだぜぃ」

 

 初代様からの言葉に鼻を鳴らし、肩に担いでいた如意棒をヴァーくんに指を差すように向けた。初代様を除いて成長期が遅いヴァーくんは当然ながらこの中で一番背が低く、美猴くんから見下ろされるかたちだ。その態度や言動にカチンときたヴァーくんは、眉をピクッと動かしたがこちらも腕を組んで睨み返した。

 

「フンっ、そっちこそ程度が知れるな。初代殿は素晴らしいオーラを持っているが、お前からは脅威のようなものは感じられない。その程度の実力で見栄を張るなんて、お山の大将とはよく言ったものだ」

「……おーい。俺っちを本気で怒らせない方がいいぜぃ、チビ」

「俺の名前は先ほど紹介したはずだが、猿並みの頭では覚えきれなかったみたいだな」

「てめぇの名前を覚えるほどの価値があるとは思えなかったもんでなぁ」

 

 バチバチと火花が散ったように言葉の応酬が続いたが、お互いに青筋を立てて睨み合っている。初代様は煙管を吹かして笑い、アザゼル先生とバラキエルさんは肩を竦めていた。唯一朱乃ちゃんだけが二人の一触即発の雰囲気にアワアワしていたが、俺は大丈夫だと頭をポンポンと優しく叩いておいた。

 

「ど、どうしよう奏太兄さま…」

「うーん、まぁ喧嘩したらいいんじゃない?」

「えぇっ!?」

「こういう時は無理やり止めても遺恨を残すし、話し合いでの解決はヒートアップしている二人には聞こえないだろう。それなら溜まった怒りは相手にぶつけて発散させるしかないさ。幸い二人とも怒りを受け止められるだけの力量はあるんだし、俺達は二人がやり過ぎないように見守るのが一番だよ」

 

 むしろ俺としては、ちょっと安心した気分だ。こんな風に子ども同士で真っ向から喧嘩できる相手が、ヴァーくんにはいなかったからさ。険悪な初対面になってしまったけど、全力で喧嘩して発散した後はこちらでフォローすればこの二人なら大丈夫だと思う。だって二人とも戦うのが大好きだからな。

 

「はぁ…、バラキエル。ヴァーリのことを任せてもいいか。お前ならあの二人がやり過ぎそうになったら止められるだろ」

「そうだな。倉本奏太、その後の治療を頼んでもいいか」

「そのつもりですよ。先生と初代様は先に話し合いを始めておいてください」

「私もヴァーリくんが心配だからここにいます」

 

 二人の言い合いが続く中で俺達は役割分担を済ませ、異世界関連の情報交換をしに先生たちは部屋を出ていった。初代様が美猴くんを連れてきたのは、自然とこういう流れに持っていくためだったのだろうか。まぁ、鬱憤が溜まっていそうな子孫に外の世界を見せようと思ったのかもしれないけど。何だかんだで原作でも、美猴に目をかけているような感じだったしな。本人はめっちゃ嫌がっていたけど。

 

「上等だっ! 孫悟空の末裔である俺に喧嘩を売ったことを後悔させてやらぁッ!!」

「そっちこそ、伝説の二天龍を宿した魔王の血筋に喧嘩を売ったことを後悔させてやるッ!」

「あっ、二人ともー! 喧嘩するのはいいけど、場所は考えようね。訓練場でなら暴れていいから、まずは場所を移動しよっか」

「うるせぇぜっ! 俺っちに指図すんな、弱そうなくせにッ!」

 

 あーれま、頭に血が上っているなぁー。

 

「美猴くん、俺は確かに弱いけど『概念消滅』って異能が使えたりするんだ」

「あぁ? だから――」

「キミの理性を一時的に吹っ飛ばして、初代様に内緒にしたいあれやこれやを今ここで暴露させる会場にしたっていいんだよ?」

「…………」

 

 にっこり微笑むと、真っ赤になっていた顔がスンと無表情になった美猴くん。ダラダラと額から汗を流した後、無言でこくんと頷いてくれた。うんうん、冷静になってくれたようで何より。それじゃあ移動しようか、とみんなの方を向いたら視線を逸らされてしまった。いや、さすがに冗談だからね。本気でやるつもりはなかったからさ。

 

「おい、お前のところのあの兄ちゃんヤバすぎんだろっ……!」

「奏太に喧嘩を売ってもろくなことにならないからな、覚えておいた方がいい」

《魔王、堕天使、天使、ドラゴン、仏が悪魔と認めるようなヤツだからな》

「マジかよ…。冥途を機能停止にさせたっていうのも何かわかったぜぃ…」

 

 頬を引きつらせる美猴くんに、同情的な眼差しを向ける白龍皇コンビ。おかしいな、喧嘩で収まるはずの熱気が一面水浸しになったような空気感である。俺がコホンッと咳払いをすると、飛び上がるぐらいにビクつく美猴くん。ごめん、そこまで効果があるとは思わなかったんだよ。というより、キミ初代様にいったいどんな隠し事をしているの? 絶対に怒られるようなことをやらかしているってことだよね。

 

「とりあえず、訓練場に行く?」

「い、行かせてもらうっス!」

「いや、そんな頭を下げなくていいから…」

 

 大丈夫だから、イジメたりしないからね。だからかしこまらなくていいし、普段通りでいいから。どう考えてもお前が悪いという視線を向けてくる教官の視線をビシバシ感じながら、こうして闘戦勝仏(とうせんしょうぶつ)様とその末裔の美猴くんとの交流が始まったのであった。

 

 


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