えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二百十七話 成長

 

 

 

「倉本奏太、さっきのような手はあまり使わない方がいいぞ」

「わかっていますよ、本気でやるつもりはありませんでしたし。初代様の末裔である美猴くんなら仙術が使えるだろうから、オーラを籠めて言えば本気にして止まってくれるかなーって思ったんです」

 

 ヴァーくんと美猴くんを連れて訓練施設へ向かう廊下で、バラキエルさんに小声で叱責を受けた。まぁ、これは当然の注意なので甘んじて受け止めておく。一触即発なあの場で相手の戦意を失わせる方法があれぐらいしか思いつかなかったのだ。原作知識で美猴がいたずら小僧であることを知っていたから、たぶん初代様に隠したいあれやこれやの一つぐらいあるだろうぐらいの気持ちだった。効果は覿面すぎるほどあったわけだが。

 

「ちなみに、理性を消す――ということは本当にできるのか?」

「試したことはないのでなんとも。ただ記憶を消したり、感情を消したりはできるので、やろうと思えばできるかもしれません。できるとしても自主的にはやりたくないですけど」

 

 これまでも自分自身に対してだが、感情の抑制のために能力を使ったことは多々ある。戦闘になれば過度の緊張や焦燥、恐怖なんかを消して冷静沈着に動くことができた。煩悩を消して、理性フルMaxで行動とかもやったことがある。これまでアザゼル先生やバラキエルさんは肉体や神器を鍛える修行を俺に付けてくれたけど、精神修行を俺に課さなかったのはこの能力のおかげもあるからだろう。

 

 それに、俺の能力の危険性は自分でもよくわかっている。なんせ初対面の大悪魔様が俺の能力を知って、瞬時に保護を選んだぐらいなのだから。万が一でも敵対組織に『概念消滅』が持っていかれるのはまずいと判断した。当時の俺は「そこまで?」と首を傾げていたが、使い方次第ではいくらでも悪いことができると初っ端に釘をさされたしな。

 

『ラヴィニアちゃんの力が欲しいと思った相手がいるとしよう。だけど、彼女は神滅具の力を悪用するような子じゃない。だったら、相手はこう考えないかなぁ。そんな善悪を感じる心なんて、跡形もなく消してしまおうと――そうして、彼女は感情や心を消され、氷の人形から見事な殺戮人形へと変貌することになるだろうねぇ。……少しは、危機感を抱いたかな?』

 

 あの例え話は、今でも俺の心に強く戒めとして残っている。自分自身の感情や理性をコントロールするために相棒の力を使うことは多々あったけど、それを他者へ向けて行うことはほとんどしなかった。それは、メフィスト様のあの言葉が俺の中に忌避感を生んだからだろう。まぁ、お仕置きでエロワンコを賢者モードにしたことはあるけど。

 

「……もし倉本奏太がメフィスト・フェレスではなく、アザゼルに保護されていたら組織の裏方として責問の訓練もさせられていたかもしれんな」

「あぁー、アザゼル先生って公私はしっかり分けますからね、あれで。組織のためならありえそうです」

 

 アザゼル先生だからというか、組織の長なら間違いなく効果的な『概念消滅』の使い方だからな。俺の感情を無視すれば、確実に利益を組織に還元できる。メフィスト様のような放任主義の方が、本来ならありえないのだ。魔法使いの組織で内職や治療はやっていたけど、あれは俺自身がやりたいと決めたことだった。汚れ役のような仕事には、一切触れさせないようにしてくれた。

 

 裏の世界に入って何年も経っているのに、未だに先生が俺を箱入りだと揶揄するのはそういうところなんだろうな。メフィスト様は俺が嫌だなと思うことはやらなくていいと笑ってくれていた。アザゼル先生はそんな友人の教育方針に口出しせず、俺の能力を伸ばしてくれたわけだ。本当に保護者の皆様には頭が上がらない。

 

 

「相棒なしで滝行したことがありますけど、精神修行って本気でやるならきつそうですよね」

「お前の場合、怒りや激情で我を忘れることはなさそうだと判断したため省いたからな」

「その感情の所為で俺に危険が及ぶなら、相棒がストップをかけて冷静にしてくれるでしょうからね」

 

 ずいぶん昔に感じるが、はぐれ魔法使いとの戦闘で相棒が怒りで視野が狭まりそうだった俺を能力で止めてくれたことがある。健康面も精神面も常に最高のコンディションに整えてくれるので、相棒様様である。もし俺に戦闘面での才能があれば、もっと色々と活躍できたかもしれないけどね…。まぁ、今の俺は神性への降霊に才能を一点突破しているおかげもあるから、ないものねだりってやつかもなぁー。

 

「このあたりの能力は『慈悲(ケセド)』の分類になるのかな。『慈悲(ケセド)』は「干渉(インターフィア)」を強化した異能なので」

「「干渉(インターフィア)」…。精神面に影響を及ぼす異能という訳か」

「はい、物理的に肉体などを治療する『峻厳(ゲブラー)』の「治療(メディカル)」と、精神的な影響や治療などを施すのが『慈悲(ケセド)』の「干渉(インターフィア)」って感じになると思います」

 

 この二つの能力は似ているようで方向性が違う異能である。身体の不調を治す内科や外科の役割が『峻厳(ゲブラー)』で、精神科のような役割が『慈悲(ケセド)』という感じだ。相棒からは『慈悲(ケセド)』を使いこなすのはかなり難しいと言われたけど、それは当然だと思っている。「干渉(インターフィア)」とは、つまり「関わる」こと。自分以外の他者がいて初めて使える異能だからだ。

 

「言い方は悪いですけど、『他人のことに立ち入って自分の意思に従わせようとすること』が「干渉」の意味ですからね。アジュカ様の使う『覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)』みたいに、相手の魔力に「干渉」して自分の思う通りに従わせるとかそういう方面の異能ってことです」

「相変わらず、凶悪な異能だな」

「はははっ、もちろん相棒からも俺が使える七つの異能の中でも難易度はトップレベルに難しいって言われています。他者に影響を与える異能ですから、修練を積むのも大変ですし」

 

 『基礎(イェソド)』とは、また違う理由で修練が難しい異能である。そう考えると、神器症の治療は複合的に異能の習熟度を上げられるので、需要と供給が一致していると言える。『理解(ビナー)』と『峻厳(ゲブラー)』はもちろんのこと、相手の神器に干渉するため『慈悲(ケセド)』も使うし、ついでにシステムの書き換えも行っているので『(ティファレト)』も使っているのだ。一気に四つも異能を使っていると考えれば、禁手後に疲労困憊(こんぱい)になるのは当然であろう。

 

「まぁ、習熟度的に言えば、『王国(マルクト)』と『理解(ビナー)』と『峻厳(ゲブラー)』が異様に伸びていますけどね」

「……定期的に黄色い蝶が飛んでいたからな」

 

 定期的に禁手して行う神器症の治療より、回数をこなす胃痛治療の方が伸びがいい現実。大人たちの苦労はしっかりと相棒の糧になっております。

 

「精神系の能力は治療以外では、正直あんまり使いたくないです。でも、どうしても必要だと判断した場合は使うべきだとも思っています」

「いいのか?」

「はい、大人のみんなが子ども()を護ってくれたように。将来は俺が子ども達を護る側になるんですから」

 

 小さく肩を竦めると、俺は前方を歩く賑やかな子どもたちの背を見据えた。ヴァーくんと美猴くんは先ほどまでの剣幕はないが、お互いにどれだけ修行をしているか、どんな相手と戦ってきたかなどを言い合っている。それを困ったように見つめる朱乃ちゃんは、仕方がなさそうに二人の様子を見守っていた。

 

 将来異世界の邪神の軍勢と戦うことになったら、戦闘力がない俺は後方でみんなが戦いやすいようにサポートに徹することしかできないだろう。前線で闘うことになるだろう後輩達を少しでも楽させてやりたい。そのために好き嫌いなんて言っていられないからな。あの時こうしていればよかった、って後悔だけはしたくない。

 

「……聖書陣営の皆さんが、和平のために不穏分子の洗い出しや裏切者の捜索をしているのは知っています。もし協力できそうなことがあったら、メフィスト様を通して伝えてください」

「すまん」

「いえいえ」

 

 短いやり取りの後、バラキエルさんは俺の頭を軽く撫でてくれた。その後はお互いに無言で訓練場へと向かい、今は子ども達の成長を見守ろうと戦意を高める二人の激突を待った。

 

 

 

――――――

 

 

 

「伸びろォッ! 如意棒(にょいぼう)ッ――!」

「いくぞ、アルビオンッ!」

 

 人間界にある『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』のマンションには、堕天使陣営に保護された神器所有者の多くが住んでいる。表面上はよくある高層マンションなのだが、実は地下深くに広大なスペースが用意されていて、そこでは日夜戦闘訓練や神器の研究などが行われていたりする。ヴァーくんと美猴(びこう)くんが喧嘩しても大丈夫な広さと頑丈さを持つ訓練施設をバラキエルさんが手続きしてくれたので、問題なく戦うことができるだろう。

 

 お互いに冷静になったからか先ほどまでの険悪さはないが、ピリピリとしたオーラは保ったままだ。バラキエルさんが準備をしている間に軽くウォーミングアップを各自で行い、ヴァーくんは背中から白龍皇の翼を、美猴くんは手元に長い(こん)を取り出す。子ども二人による喧嘩なので、周囲の配慮は疎かになる懸念から俺と朱乃ちゃんと白龍皇人形は離れた場所で見学することになった。

 

 審判役のバラキエルさんが二人の様子を一瞥して頷くと、「始めっ」と静かな声が響き渡る。それと同時にヴァーくんと美猴くんは駆け出し、それぞれの得物を構えて真正面からぶつかり合った。美猴くんの掛け声と共に手元から伸びた棍が強襲するが、それを魔力の籠った拳で弾き返すヴァーくん。続いて横薙ぎに棍を振るった相手に対して、白い翼を羽ばたかせてひらりと躱してみせる。それからも激しい攻防は続くが難なく躱すヴァーくんに、ムッとしたように美猴くんは唇を尖らせた。

 

「おいおい、躱してばっかりで反撃はしないのかぜぃ。俺っちの猛攻にその隙もねぇってか?」

「先ほど如意棒一発で俺を倒せると豪語したから少し様子見をしていただけだ。じゃあ、こちらからもいかせてもらおう」

 

 宣言通り、空中に銀色の魔方陣を複数展開させると先ほどのお返しだと言わんばかりに魔力の弾丸が降り注いだ。美猴くんは魔力の雨を一瞥すると、猿のような俊敏な動きで躱し、追尾してくるものは如意棒で弾き飛ばす。さらに美猴くんは口から息を吐き出すと、金色のオーラを全身に纏って反撃だと言わんばかりにオーラが籠った如意棒を空に向かって振りかぶった。

 

 オーラを纏った伸びた如意棒が空を覆っていた魔方陣を貫き、さらに意思をもつように次々と空を埋め尽くしていた魔方陣を割っていく。それに眉を顰めたヴァーくんは高速で空を駆ける如意棒へ向けて新たに魔力で強度を高めた魔方陣を生成し、正面から衝突させた。魔方陣と如意棒はしばらく拮抗した後、限界が訪れると同時に魔方陣は割れ、減速した如意棒は地へと落ちていった。

 

「空はてめぇだけのものじゃねぇぜぃ――觔斗雲(きんとうん)!」

 

 叫ぶ美猴くんの足元に金色の雲が出現し、地へと向かう如意棒(相棒)を空中でキャッチするとそのまま白龍皇へ向かって飛び出す。長い棍を手に相手目がけて解き放つが、それにヴァーくんは獰猛な笑みを浮かべて迎え撃った。

 

「そっちこそ、二天龍相手に接近戦を仕掛ける胆力は誉めてやろう」

「ハッ、白龍皇の能力ってのは『直接触れなければ発動しない』ってのはそれなりに有名だぜぃ! おめぇみたいなちっこいのが、俺っちのオーラを纏った如意棒を受け止めきれるのかよぉ!?」

 

 確かに美猴くんの言う通り、ヴァーくんはさっきまで如意棒からの攻撃を全て躱すか、魔力やオーラを籠めた攻撃で弾いていた。実力差があれば魔力越しに掴むことも簡単だっただろうけど、実力が拮抗しているからこそ掴む動作一つとっても慎重にならざるを得ない。体格が劣るヴァーくんの手で、暴力的に暴れる得物に直接触れるのは至難の業だ。

 

 原作では「白龍皇」の力を具現化させた白い全身鎧『白龍皇(ディバイン・ディバイディング)の鎧(・スケイルメイル)』を纏っていたから、鎧越しに得物を掴んで能力を使うことができていた。しかし、今のヴァーくんはまだ安定して禁手を発動することはできない。だが、美猴くんの挑発にヴァーくんの不敵な笑みはより一層深まった。

 

「今の俺では、悔しいがまだアルビオンの力を完全に引き出すことはできない。だがな――」

 

 右腕を天高く掲げて左手を添えると、蒼い碧眼がドラゴンのオーラによって金色に光り輝き出した。神器に宿る膨大なオーラをその身に纏うことになるため、未熟な身では完全な鎧の具現化はできない。ならば、発想を変えればいい。ちらりと俺の方へ視線を向けたヴァーくんは、ふんと鼻を鳴らすと己の神器(相棒)に向けて声を張り上げた。

 

 

「いくぞ、アルビオンッ! 禁手化(バランス・ブレイク)――限定解放(リミテッドリリース)ッッ!!」

Vanishing Dragon(バニシング ドラゴン) Limited breaker(リミテッド ブレイカー)!!》

 

 白龍皇の翼から音声が鳴り響き、ヴァーくんの右腕が眩い白き閃光を放った。

 

『『白龍皇の(ディバイン・ディバイディング)(・スケイルメイル)』って、禁手の一部だけを具現化するってことはできないの? 全身に鎧を纏うのは難しくても、籠手だけとかグリーブだけとかさ。禁手の三割程度を発現させるとかなら、今のヴァーくんでもできるんじゃない?』

 

 俺が禁手に至る前だったから、去年の秋ごろだったかな。無茶をして禁手に至ろうとするヴァーくんにアドバイスをしたことはあったけど、まさかたった数ヶ月で自分のものにできるとは。さすがは最強の白龍皇――それでこそヴァーリ・ルシファーだ。

 

 一部とはいえ禁手を開放したヴァーくんの膨れ上がったオーラ量にギョッと目を見開いた美猴くんは、自分の持つオーラを如意棒に籠め直し、一切の油断なく鋭い突きを放った。ここで一旦逃げて様子を見るのではなく、全力の攻撃を選ぶあたりこちらもさすがは闘戦勝仏(とうせんしょうぶつ)様の末裔である。ヴァーくんは金色の瞳でその軌道を読むと、掲げていた右手を迎え撃つように振り下ろした。

 

「受け止める程度、右腕一本で十分だ」

 

 光が止んだ先にあったのは、光翼と同じ真っ白に輝く籠手。黒の摘手甲と白で覆われたオーバーガード、そして蒼色に輝く宝玉が威圧感を生んでいた。小柄な身体には不釣り合いではあるが、確かめるようにスムーズに開閉した手の平に不安は感じられない。目の前まで迫った金色のオーラに向かって、真正面から白龍皇の籠手が激突した。

 

『――――ッッッ!!』

 

 お互いに声にならない邂逅。歯を食いしばり、全力で得物にオーラを籠め合う。先ほどまでのじゃれ合うような余裕がないのは、この攻撃が勝敗を決すると理解したからだろう。ヴァーくんの禁手はまだ不完全なもの。当然ながらそのオーラの消費量はとんでもないため、僅かな時間しか顕現させることができない。だが、その分膨れ上がったオーラや異能の効力は一撃で相手を沈めることができるだろう。

 

 だからこそ、美猴くんも全てを籠めた。如意棒に籠めたオーラが突破されれば、白龍皇の『半減』の異能が自身に襲い掛かるのは目に見えている。余力を残そうにも、実力が拮抗している相手に『半減』を食らった時点で詰みだ。そして、この迎撃さえ成功すれば自身の勝ちは揺るぎないものになる。禁手は強力だが、その反動もまた大きく諸刃の剣も同然なのだから。

 

 

 ごくりと固唾を飲む朱乃ちゃんを横目に、バラキエルさんからの視線を感じて俺は指先に黄色の蝶を二匹呼び出し、もうすぐ終わるだろう戦いの後を考えて異能を籠めておく。バラキエルさんの隣に立ち、金色と銀色の衝突を見据える。全力のオーラのぶつかり合いによって二人ともすでにボロボロになっているな。小細工一切なしの真正面からの戦いは、漢として熱いものをちょっと感じる。俺には絶対に真似できないからね。

 

「決着だな」

「はい」

 

 バラキエルさんの声に、俺も頷く。実力が拮抗した二人の勝敗を分けた原因があったとしたら、それは勝利の幅をどれだけ広げていたかによるだろう。相手に勝つための手段は、別に一つだけとは限らない。美猴くんはヴァーくんを打ちのめすこと一点に集中していた。ヴァーくんも同様の考えだったけど、これまでの経験が無意識に彼を味方していた。

 

「本来なら高エネルギーを常に放出する白龍皇は、戦闘によるスタミナ消費が激しいものだ。ヴァーリ・ルシファーはその才能と魔力量によってその弱点を補ってきた。だが、実力が拮抗した者や上位の者が相手の場合、ガス欠になりやすく継続戦闘などが困難になりやすかった」

「ですね。俺がヴァーくんと鬼ごっこをする時は、間違いなくその弱点を狙い撃ちしました。体力やオーラの消耗を激しくさせ、ガス欠を狙っては勝ちを拾ってきましたからね」

「お前のような大人げない兄がいたからだろうな…。負けず嫌いだからこそ、ヴァーリは無意識のうちに余計なオーラの消耗を抑え、微細な力のペース配分を考えるようになっていた」

 

 原作では十七巻で初代様に教えられたことを、俺との鬼ごっこに勝ちたいからって理由で習得しようとするのはどうなんだろうね。嬉しいような複雑なような…、兄として弟に勝てる弱点要素を早々に潰しに来るのはやめてほしい気もするけど。俺の戦い方がヴァーくんの弱点をとにかく狙うものだったから、本人も意識して改善する方向に向かっちゃっただけなんだけど。元々戦闘のセンスや才能はトップクラスだったし、あとは自分でちゃんと意識できるかってところだった。

 

 そんなわけで、いくら実力が拮抗してお互いに力を持て余していた同士だったとしても、そもそも最初から消費抑制して負荷を減らす戦い方をしていた相手と、遠慮なくオーラを放出する戦い方をしていた相手。どっちが最後の全力のぶつかり合いで軍配が上がるかは……考えなくてもわかってしまうだろう。

 

 

「――ック! なんで、まだそんなっ!?」

「……理由は非常に癪だがな」

 

 均衡は崩れた。籠め続けたオーラはついに限界が訪れ、自身が押し負けた事実に愕然とする少年。勢いを失った如意棒を白龍皇は右手で掴み取った。そして、これで最後だと消耗を押さえ続けていたオーラを一気に解放した。

 

「――半減となれっ!」

Divide(ディバイド)!》

 

 如意棒を右手で引き寄せ、左手に籠めたヴァーくんのオーラが美猴くんへと直撃した。たった一撃の拳。だが、白龍皇が相手では致命的な一打となる。僅かに残っていたオーラだけでなく、生命力すら奪われるような感覚に美猴くんの呼吸が一瞬止まり、足元にあった觔斗雲が消え失せた。反対に『半減』によって吸収した力が、白龍皇の翼を通してヴァーくんへと流れていくのが感じられた。

 

「勝者――ヴァーリ・ルシファー」

 

 空から地面に落ちかけた美猴くんを堕天使の翼を広げて救ったバラキエルさんは、高らかに勝者を祝福する。美猴くんは悔しそうに歯を噛みしめたが、結果に異論はないのか悔しさに拳を握りしめるだけだった。ヴァーくんは勝利したことに納得気味に腕を組んだが、辛勝であったことはわかっているのかちょっと憮然とした表情だ。たぶんヴァーくん自身も、今回の勝利の要因を理解しているからだろう。

 

 地面に降り立った二人は、そのまま地面に座り込んだ。美猴くんは『半減』によってすっからかんになったからか、動くのも億劫そうに地面に横たわった。ヴァーくんは力を吸収したおかげか余力が残っているようだけど、禁手を解除した右腕が痙攣して動かせないようだった。神滅具(ロンギヌス)禁手化(バランス・ブレイカー)を一部だけとはいえ解放したのだ。強力な切り札な分、まだまだ使いどころが難しいみたいである。

 

 俺はボロボロなお子様二人に黄色の蝶を飛ばして、『概念消滅』で治療を施しておく。俺の異能では失われたオーラなんかを回復させることはできないんだけど、そこは仙術のプロフェッショナルである初代様がいるので任せてしまって大丈夫だろう。幸い二人とも大きな怪我はないし、不調も時間が解決してくれると診断した。心配そうな目で俺を見つめる朱乃ちゃんに大丈夫だと告げると、ホッと息を吐いていた。

 

「……おい、ヴァーリ」

「なんだ」

「次は俺っちが勝つからな」

「ふんっ、いつでもかかってくるといい。美猴」

 

 多少動けるようになった二人は無言で視線を合わせた後、減らず口を叩きながらも名前を呼び合っていた。これは認め合った仲ってことなのかな。少なくとも、ピリピリした空気はなく、お互いにすっきりした表情をしていた。本当に拳を交わして友情を築くとは、さすがは戦闘大好きキッズである。

 

「これが男の友情ってやつなのかな…?」

「たぶん? 俺は殴り合って友情を築いたことってないけど」

「お前の場合は殴り合う前に精神的に折るか、戦意を喪失させるからだろう。戦い好きのドラゴンに『もう戦いたくない』と言わせた経緯を思い出せ」

 

 バラキエルさんに呆れられ、朱乃ちゃんに「あー」って遠い目をされた。そもそも俺は戦うことが嫌いだから、戦闘にならないように手を尽くすだけの平和主義者なだけだ。逃げることに躊躇もないし、何とか出来るヒトに助けだって遠慮なく求める。それでも、どうしても戦闘になるなら確実に潰す。こういう考えだからか、戦って友情を築くって俺的には難しいんだよね。

 

『カッカッカッ、なかなか良い暴れっぷりじゃったのぉ』

「あれ、先生と初代様。見ていたんですか?」

『白龍皇人形に取り付けていた映像越しでだけどな。俺も修行を手伝ったとはいえ、ぶっつけ本番で禁手の限定解放を成功させるとは…。まったく大した才能だよ』

 

 子ども達の戦闘の余波を考えて、ヴァーくんから離れていた白龍皇人形の口が開いた。どうやら話し合いをしながらも、目はお互いの生徒の成長を見守っていたらしい。心配もあったからだろうけど、二人がどれほど戦えるかも見たかったのだろう。特に初代様は、今後ヴァーくん達の修行を付けてくれる訳だし。

 

 朱乃ちゃんは初代様と先生の声が聞こえると、慌ててぺこりと頭を下げる。俺はちらっとバラキエルさんとアイコンタクトを取ると、朱乃ちゃんが先ほどから心配そうにしていたので、難しい話はこっちでやっておくからとやんちゃ坊主二人の面倒をお願いしておいた。それに頷くと、朱乃ちゃんはヴァーくんと美猴くんに飲み物を届けに走っていった。

 

 

『ちなみに、暁紅(ぎょうこう)の坊主』

「えっ、もしかしてそれ俺のことですか?」

『そうじゃ、「聖槍の」ではあやつと被るからのぉ』

 

 初代様にさらっとつけられた俺の呼び名。相棒を冠する名前で呼ばれるのは、何だか新鮮だな。

 

『もしお前さんが儂と戦うことになったらどう戦う?』

「玄奘三蔵法師様にお弟子様に虐められますって泣きつく」

『即答…』

『なるほど、雷光の言う通りこれは戦意を喪失させるのぉ…』

 

 なんでそんな当たり前のことを聞くんだろう。修行ならいいけど、初代様と戦うなんて絶対にごめんである。戦う以前の問題だし、戦力差も絶望的なのだから。俺が初代様の質問に首を傾げると、初代様の感情に合わせるように白龍皇人形が髭を掻くような緩慢な動作をした。

 

『いや、聖書陣営の中心にいる坊主の思考を知っておきたかっただけじゃよ。儂を含め、この世界は血の気の多いもんが多々いるからのぉ。儂らの『敵』を思えば、坊主ぐらいズレた思考回路を持った者がおった方がいいかもしれんと思っただけよ』

「初代様、絶対に褒めてませんよね!」

 

 のほほんと笑い声をあげる御仁に、俺はムスッと口元を閉じる。確かに俺達の『敵』――異世界の邪神の戦力を考えれば、真正面から戦うのははっきり言って無謀だ。それこそ、戦うこと自体がまずい相手だろう。だからこそ、そんな『敵』相手にどうするべきかを俺達は考えないといけない訳だ。

 

 ここには朱乃ちゃん達がいるから念のため遠回しな会話になってしまったけど、初代様的に俺のことを認めてくれたってことなのかな。そんな何とも言えない俺の様子を見ていた白龍皇人形が、突如胡乱気な眼差しで隣を見つめだしたことに気づいた。おそらくオーラ的に、この動作はアザゼル先生の感情だろう。

 

『なぁ、闘戦勝仏(とうせんしょうぶつ)殿。先ほどの『「聖槍の」ではあやつと被る』ってのはどういう意味だ?』

「……あっ」

 

 俺と初代様のやり取りの前に確かに放たれた言葉。呼び方に気を取られてうっかりしていた。アザゼル先生の質問に対して今度はニヤニヤしたような仕草をする白龍皇人形に、初代様がわざと情報を漏らしたのだと確信した。俺は知っていたからだ、初代様が「聖槍の」と呼ぶだろう相手を。

 

『おー、久しい限りじゃい。聖槍の。あのクソ坊主がデカくなったじゃねーの』

 

 原作九巻の京都の修学旅行編の敵として現れた英雄派。天帝の使者として京都の妖怪と会談に来た初代様が、英雄派の首魁である青年に向けて告げた挨拶。そして、聖槍を持つ青年――曹操もまた初代様に畏敬の念を持って接していた。俺が知る原作知識には彼の過去に関する情報はほとんどないけど、唯一その過去を知っていそうな台詞を初代様が話していたのを思い出した。

 

 詳しい経緯はわからないけど、初代様は曹操の過去を知っている。本来の正史なら、こんな風に聖書陣営と仏教陣営は関わりを持つことはなかった。だけど、今は異世界への対策のために力を合わせるべきだと手を組んだ。この世界の戦力を増強し、また世界に対する不穏分子への対策をしているところである。だからこそ、初代様も重い口を開いたのだろう。もしもの場合を考えて…。

 

『聖槍の…、いや今は『黄昏(たそがれ)の』とでも呼ぶかのぉ。天帝からあやつのことは放っておけとだけ言われとる。儂も幼少に見つけて以来じゃし、今はどこで何をしているかもわからん。今もあの山奥の村にいるのか、すでに争乱に巻き込まれた後かもしれん』

「争乱に…」

『聖槍を持って生まれた。それはもはや宿命じゃろう。しかもあの坊主には英雄――『曹操』の血が流れていた。その血や力に気づき、生かし、目覚めるかどうかは坊主次第だと教えはしたがな』

 

 英雄『曹操』の血筋…。俺は初代様からの情報提供にドクドクとした心臓の鼓動を感じた。間違いなく、彼のことだろう。神滅具の代名詞となった原物とされる「始まりの神滅具」――『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』をその身に宿した黒髪に漢服を羽織った青年。『曹操』と名乗っているって原作では言っていたけど、まさかその情報の真偽が『斉天大聖様(せいてんたいせい)』からだとは思っていなかったけど。

 

『儂が知っとるのはこんぐらいじゃな』

『……感謝します』

 

 これまで情報一つとしてなかった神滅具の情報が聖書陣営に齎された。それも最強と名高い聖槍の情報だ。アザゼル先生の声音からも、難し気な雰囲気が感じられる。山奥の村を捜索するにしても、初代様が少年を見つけたのはもう何年も前のことらしい。徒労に終わる可能性はあるけど、調べるだけの価値は間違いなくあるだろう。

 

『暁紅の』

「は、はい」

『黄昏のは、魅入られておった。何もない山奥の村で、ごく普通の農家に暮らす自分に宿ったこの槍こそが「自慢」なのだと誇らし気にのぉ』

「…………」

 

 その気持ちは、どこか共感できるような気がした。一般人であるちっぽけな俺に宿った特別な槍。何度も何度も俺を助けてくれた。この槍があればどこにでも行ける、自分らしくあれると思えた。誰よりも俺が誇りに思っている「自慢」の相棒。

 

『お前さんらは不思議と鏡合わせのような印象を受けるわい。聖槍という共通点もあれば、黄昏と暁紅という対比も併せ持つ。これは儂の勘じゃが、いずれ聖槍は相まみえるだろう。味方か敵かはわからんがな』

「ご忠告、ありがとうございます」

 

 ぺこりと白龍皇人形に頭を下げると、「精進するんじゃぞ」とこちらの不安を吹き飛ばすようにカラカラと豪快な笑い声をあげていた。曹操のことは気になるけど、まずは先生たちに任せるべきだろう。その山奥の村を調べるにしても、今の俺にできることは他にもたくさんある。先生達なら、新しいことが分かったら俺に情報を共有してくれるだろうし。安全第一である。

 

 それから話し合いが終わり、せっかくなら晩御飯を食べてから帰ることになったようで、人間界の料理に感動した美猴くんがハムスターのように食事を頬張り、初代様も感心したように髭を撫でていた。玉龍(ウーロン)タクシーはすでに呼んであるみたいで、食事を食べたら帰れるように準備万端らしい。あとでかわいそうなドラゴン用に、朱璃さんの料理をお弁当に詰めておいてあげよう…。

 

「おい、朱乃…」

「はい、ヴァーリくん。あーん」

「いや、右手が動かないだけで左手で…」

「慣れない左手で母さまの料理を溢したら、母さまが悲しんじゃうと思うよ?」

「うっ…」

 

 禁手の影響で右手が動かしづらいヴァーくんに甲斐甲斐しくあーんして食べさせる朱乃ちゃん。朱璃さんを引き合いに出されては反論できないヴァーくん。渋い顔の弟に、嬉々として食事を口に運ぶ姿にちょっとドSが入っていませんか? まぁ、仲良きことは良いことだよね。俺は携帯で映像を保存しながら、子どもたちの成長記録を残していくのであった。

 

 

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