えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二十二話 先生

 

 

 

「見てください、カナくん! やったのです、目標の連続十回十連鎖達成なのですよ!」

「お、おぉー。もう神業すぎて、すごいとしか言えない」

「だぁぁッーー!! このやろう! もうすぐ連鎖できるところだったのに、おじゃまを落としてきやがって! ……いいだろう。聖書にも記されている堕天使のボスを怒らせるとどうなるか、教えてやろうじゃねぇかァーー!!」

「アザゼル先生、ゲーム機の敵相手に大人げないです」

 

 混沌だ、ものすごく混沌だ。俺はゲーム機片手にわいわいしている魔法少女と堕天使総督様を見ながら、溜息を吐いた。ちなみに俺のゲーム機で遊んでいるのは、アザゼル先生だ。俺とラヴィニアで遊んでいたところに、普通に暇だからと堂々と入ってきて、俺のを使い出した。ある意味すごい大人だ。とても真似できない。

 

 それにしても、さすがは頭脳派の魔法使いであるラヴィニアだ。もともと頭がいいのもあるけど、彼女の場合やり方を教えると、スポンジのようにどんどん吸収していった。今では高速回転からの連鎖を繰り返し、敵そっちのけで自分の目標を目指し出したのだ。

 

 彼女が現在戦っているのはボスのはずなのだが、普通に連続十連鎖達成ですか。次は五連鎖を三段階で落として、敵を封殺することが目標らしい。何その領域、落ちゲーってそんな嵌め技があったの?

 

「あの、先生。こんなに騒いじゃって大丈夫なんですか? 他の乗客に迷惑とか」

「いねぇよ、俺たちの貸切だ。俺は堕天使のトップだし、今回はお前らも乗っているんだ。運転も自動にしているから、お前らが冥界に行くことを知っているのは、メフィストと今回の依頼主と俺らだけだな」

「冥界に行くのは久しぶりなのです。以前は、メフィスト会長のご用事で一緒に行ったので一年ぶりですね」

 

 ゲーム機から顔を上げ、説明してくれる二人に生返事を返すと、俺は視線を窓の方へ向ける。俺の目に見えるのは、青や紫や水色といった寒色に彩られた景色。その他にも多彩な色が混ざり、ぐにゃぐにゃと歪んでいる空間だった。ずっと見ていたら、目が痛くなってくる。俺は窓から目を離し、冥界に向かう用に作られた、列車とは思えないぐらい豪華な室内を見渡しながら、二人とは向かい側にあるソファーに座った。

 

 二人とも盛り上がっているし、用意していたゲーム機は二機だけなので、俺は昨日メフィスト様から頼まれた仕事についてもう一回考えることにした。どうして人間である俺たちが、冥界に行くことになったのか。それはどうやら、彼の眷属である女王――タンニーンさんからの依頼があったからだ。

 

 

「火竜の卵かー。どんなものなんだろう」

 

 そう、俺たちが向かうのは、冥界にある火竜の巣である。もちろん、人間の俺たちが行ったら、普通は丸焼けにされてしまうのだが、タンニーンさんが守護しているドラゴンの巣らしいので、彼の口添えがあれば問題ないようだ。実際に違う巣だったみたいだが、ラヴィニアは竜の巣を見せてもらったことがあるそうだ。「子どものドラゴンさんは可愛いのですよー」と、嬉しそうに教えてくれた。

 

 肝心の依頼内容はと言うと、どうやらその火竜の産んだ卵の内の一つが、自身の卵内の熱を上手く逃がすことができないらしく、このままじゃいくら火竜でも焼け死んでしまうからという理由だった。それに困った火竜たちが、タンニーンさんにお願いし、それを聞いたメフィスト様がラヴィニアに仕事を頼んだのだ。

 

 彼女の神器には、氷の力がある。氷の力に長けた彼女なら、卵内の熱を鎮火させ、無事に卵を孵せるだろうと判断されたからだ。冥界の政府には関わらないけど、こういった冥界の小さな依頼を受けることはあるらしい。まぁ今回の仕事では、俺はおまけでついてきたようなものということだな。

 

 「いい勉強になるだろうから、一緒に行ってきたらいいよ」とニッコリとメフィスト様に促され、そこに「火竜かぁー、そういえばあの研究を進めるのに、火竜の鱗が欲しかったんだよなー」と当たり前のように一緒にいたアザゼル先生が引率係となり、俺たちの冥界のお仕事は決行されることとなったのだ。アザゼル先生、本当に仕事は大丈夫なんですか。

 

 そんなこんなで、冥界と人間界を繋ぐ、『アザゼル作:避難逃走用列車(なんか厨二病っぽい名前がついていた気がする)』という彼しか知らないルートと自動運転してくれる列車に乗って、俺たちは冥界入りすることになったのであった。たぶんこれ、冥界の仕事からこっそり抜け出す時に使っているな。避難用にしては、先生の手配の仕方が手慣れ過ぎだと思った。

 

「そうだ、冥界の魔物図鑑を貸してもらったんだった。それで暇でも潰すか」

 

 俺はごそごそとリュックの中に手を入れようとして、カチャッと腕につけている物から小さな音が鳴ったのに気付く。それに目を向けると、金属でできた変な文字が書かれている腕輪が見えた。未だに、まだちょっと違和感はあるが、さすがにこれをいただいて二週間以上経てば慣れてはくる。一応、一般人には見えないような謎技術が使われているらしいけど。

 

 ……しかしそうか、もうあれから二週間も経っちゃったんだよなー。語学や協会についての学習と同時進行で、俺の神器修行も行われた。約束通り俺用のメニューを先生は考えてきてくれたけど、何分手探り状態から入ったこともあり、色々やらされた。でもそのおかげで、できることも何気に増えたと思う。マジで大変だったけど。

 

 とりあえず、俺からは一言。アザゼル先生との修行は色々すごかったです。

 

 

 

――――――

 

 

 

「いいか、カナタ。俺はお前に、自衛手段や戦い方をこれから教えるつもりだ。だけどな、最初に言っておく。ぶっちゃけ言わせてもらうが、……お前に戦う才能はないッ!」

「初っ端から、挫けられることを言われた!? 自覚あったけど!」

 

 アザゼル先生に教えてもらえるようになって、数日目。効果音がつくんじゃないか、と思うほど真っ直ぐに指をさされて言われたことに、俺は叫ぶしかなかった。わかっているよ、才能がないのは俺が一番わかっているよ。それでも、一縷の希望ぐらい持たせろよ!

 

 あれから俺が倒れ、回復をした後、彼にはしっかり謝った。メフィスト様から、俺がしてしまったことは聞いていた。まさか俺が、痛覚や脳のリミッターを消してしまっていたとは思っていなかったけど。だからあんなに身体が痛かったのか。

 

 アザゼル先生が止めてくれなかったら、悪影響も出ていたと言われた。もちろん俺の神器で悪影響を消せるかもしれないが、それでもやってはいけないときつくお叱りを受けた。もしその悪影響が脳に向かい、思考がやられたりしたら消せるものも消せなくなる。もっともだ、と俺も思った。

 

 アザゼル先生には、あの時のことを詳しく聞かれたので、素直に話をした。それにまた難しい顔をされたが、これに関してはまた考えていくことになった。その後、心配するな、とすぐに頭をぐしゃぐしゃに撫でられたけど。とりあえず、あのリミッターを外すのは今の俺では危険すぎるとのことで、禁止されることになったのは言うまでもない。

 

「うっ、……でも、先生。それじゃあ、俺はどうやって自衛をしろと?」

「そこだ。お前は戦う才能はないがな、それでも他の神器所有者よりも勝っているところがある。そこを生かしていくしかない」

「えっ、勝っているところ?」

 

 あったか、俺にそんなところ。第一、俺が会ったことがある神器所有者はラヴィニアだけだ。彼女と比べたって、俺の方が負けている部分ばかり目につく。そんな俺に、彼は溜息を吐いた。

 

「こう言っちゃなんだがな。お前、無自覚に普通の神器所有者にとって難度の高いことを、平然とやっていたりするんだぞ。これができなくて、神器の本来の力を発揮できないやつが、数えきれないぐらいいるんだからな」

「そうなんですか?」

「カナタ、問題だ。神器が本来の力を出すときはいつだ」

「えーと、所有者の強い思いですよね。でも、俺そこまで強い思いって持っていますか?」

「それもあるがな、それは言ってしまえば火事場の糞力みたいなものだ。神器を使う上で大事なことは、神器との信頼関係だ」

「……信頼関係、ですか」

 

 アザゼル先生の言葉に少し悩んだが、確かに大事なものだってことはわかる。でも、それがどうして神器本来の力を引き出すことに繋がるんだ。信頼関係はあって困るもんじゃない。相棒との信頼関係が高い、って言われたのなら嬉しいけど。

 

「信頼っていうか、あれだ。神器の力を信じる心だ。お前、その神器に全幅の信頼を持っているだろ」

「えっ? うーん、それは、まぁ。俺自身がどうしようもないし、神器に頼るしかないっていうか。実際、相棒はすごいし」

「そのすごさは、お前からの信頼も大きいんだぞ。はぐれ魔法使いとの戦闘のことを聞いたが、お前は相手を騙すために槍を腹にぶっ刺して、神器の力で回復させて逆転した。それはつまり、神器に自分の命さえ預けたってことだ」

「はぁ…」

「宿主の心に神器への迷いがあれば、それだけ神器は本来の力を鈍らせる。才能や自身の思いだけで、神器を使いこなす天才はいるさ。だがな、そういうやつは力に溺れやすい。そういったやつらが信じているのは神器じゃなくて、自分自身の力だからだ。神器をただの強い道具だと思っているだけのやつが、いったいどれだけいることか」

 

 他にも、神器への恐怖心、疑心、不安、といった負の感情も原因にある。何故こんなものを持ってしまったんだ、と神器の存在さえ受け入れられない所有者だって多いらしい。『神の子を見張る者』で保護した所有者の大半は、神器を認められない者なのだそうだ。力に溺れる者は、危険だと排除されることもある。それに眉根を顰めてしまったが、静かに話を聞いた。

 

 できる限り保護はするが、神器を受け入れられるように指導することが、最も大変なのだそうだ。故に、神器を初期から受け入れ、しかも全幅の信頼を寄せている俺は、神器所有者の中でもかなり稀有なケースらしい。

 

 神器を受け入れられないって気持ちは、少しだけわかるような気はする。俺だって最初は、神器を持っていたことに驚いて、疫病神扱いだってした。でも、俺はいつの間にか相棒がいるのが当たり前になっていた。頼るのが当然で、こいつの力があるから俺は生きていられるとさえ思った。そんな俺の考えが普通だと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。考えてみればそうだが、言われるまで気づかなかった。

 

 そういえば、原作でも赤龍帝ドライグは、歴代の所有者の中で、自分を道具扱いせずにいたのは兵藤一誠だけだったと言っていた。彼は最弱の赤龍帝と評されていた。だけど、ドライグと会話をし、力の使い方や信頼関係を結んでいくことで、どんどん新しい可能性に目覚めていったのだ。最高の赤龍帝、と呼ばれるほどに。そう考えると、神器を信じるってかなり大切なことなのかもしれないな。

 

「まぁ、そういうやつらには、最近アルマロスが考案した鉄球クレーンとか、改造手術とかで調きょ――教育して、神器の使い方を身体で覚えさせたり、神器がなきゃ死ぬ! と思わせて、制御できるようにさせているけどなー。はははは」

「先生、教育って言葉の意味を知っていますか?」

 

 俺、神器との信頼関係があってよかった。マジでよかった。

 

 

「一応褒めてやったが、神器におんぶに抱っこ状態でいい訳じゃないからな」

「……はーい」

「という訳で、お前は体力をつけるために修行をするが、比重は神器の幅を広げることに重きを置く。どうせ今のお前に、接近戦なんてできそうにないだろ。覚えるにしても、年単位だろうしな」

「神器に重きを置くのはわかりました。でも、それだと今の俺には攻撃手段がないってことでしょうか」

 

 俺の武器は槍である。相手に刺さなきゃ武器にならないし、消滅の効果を発動できない。接近戦ができない俺にとって、扱いが難しいものだと思う。だから、逃げ足を速くする訓練でもするのだろうか。

 

「カナタ、もっと頭を柔らかくしろ。お前の場合、固定観念にとらわれる方が弱くなるんだ。攻撃手段ならある。槍って武器はな、別に手に持って敵に当てるだけが使い道って訳じゃないぞ」

「槍の他の使い道……?」

 

 俺はアザゼル先生からの言葉に訝しく思いながらも、自分が知っている限りの他の使い方を思い出してみた。俺だって、今まで見てきたゲームや漫画、それと前世の知識から模索したことはあった。その内の一つで、いま思いつくものは……。

 

「槍の投擲とかですか?」

「そうだな、俺たち堕天使や天使は光力を槍の形に変えて、それを投げて主に攻撃しているだろ。中距離の攻撃手段として、威力があり、消耗を少なく抑えられるためよく用いられるんだ。お前の場合、体力の消費を抑えるのが大前提だから、うってつけだろう?」

「それは、俺だってわかるんですけど…」

 

 槍の投擲は、堕天使の主な攻撃手段だったから、俺だってすぐに思いついた。俺の性格や運動能力的に、接近戦より遠距離攻撃を手に入れようとまず考えるさ。なんだけど、これがなかなか難しかったのだ。

 

「でも、先生。槍を投げちゃったら、俺たぶん死にますよ? 神器に触れていないと、俺はただの人間なので」

「あのな、そこが頭が固いって言うんだよ。そこを修行して、発展させていくことでなんとかしていくんだろうが」

「えっ、えぇー」

「ほら、神器を出してみろ。段階を踏んでやっていくぞ」

「えっと、わかりました。……相棒」

 

 俺は手の中に神器を取り出し、両手で握り込む。アザゼル先生は懐から分厚い手帳を取り出すと、ぶつぶつ言いながら、パラパラとページをめくっていた。何が書いてあるのか聞いてみたら、どうやら徹夜で書けるだけ書いてきた俺の神器の応用法らしい。マジか、どんだけ書いているんだ。俺以上にノリノリなんだけど、この人。

 

「正直色々試してみたいが、夏休み中にお前をある程度仕上げるのなら、まずはやっぱりこれだよな…」

「槍が投げられるだけで、なんとかなるんですか?」

「くくくっ、遠距離の手段を手に入れられたら、かなり面白いことが色々できるだろうからな。その消滅の能力と組み合わせれば、さらにな。……あぁ、そうだ。それとこれを渡すのを忘れていた」

「えっ、金ぴかの腕輪?」

 

 ゴージャスそうだけど、変な文字が書いているだけのシンプルなつくりだとわかる。それを俺に投げてきたので、慌ててキャッチして受け止めた。意外に軽かったけど、なんだろう。お土産?

 

「前に言っただろ、お前用の補助具だ。それをつけていれば、お前の体力の消耗具合を測ってくれる」

「俺の体力? ――うおぉっ!? 腕輪に意識を向けたら、なんかゲームに出てくるようなゲージが出てきたッ!」

「お前、ゲームが好きだって聞いたからな。それが一番わかりやすいだろう? そのゲージがお前の体力、『HP(ヒットポイント)』だと思ったらいい。そのゲージが残っている限り、神器の能力が使えるってことだな」

「お、おぉぉーー!」

 

 やばい、すごすぎる。堕天使というか、アザゼル先生の技術力がマジでやばい。こんなものまで作れちゃうんですか。ファンタジーな世界で、世界観を真正面からぶっ壊す、マオウガー(ロボット)やらUFO(アダムスキー型)を作るような方だって知っていたけど、これは真面目に役立つ意味でもすごいと思った。

 

 俺だって、体力を上げようと思ったり、消耗を抑えようと色々やってきたけど、やっぱり感覚的なことを測るのは非常に難しかった。そんな今まで曖昧だった消費量や、体力の伸び具合が、はっきり目でわかるようになったのだ。これは嬉しいし、神器のコントロールや制御訓練の向上にもなるだろう。

 

「最初の頃にやってもらった限界を測るデータから、お前に合わせて作ってみたんだ。あと、お前の暴走も止めてくれる機能もな」

「俺の暴走?」

「前回のようなリミッター解除をやるなって言っても、正直お前、無自覚にまたやらかしそうだからな…。そのゲージがレッドゾーンまでいったら、お前に知らせてくれる。そして、ゲージがゼロになったら、神器の力を強制的にシャットダウンするように作った」

「つまり、この腕輪をつけている限り、この前のような失敗はしないってことですね」

「そういうことだ。――それと、カナタ」

 

 腕につけた腕輪をキラキラと眺めていた俺に、先生からの真剣な声音を耳にし、視線を向ける。彼の目は真っ直ぐに、俺のつけた腕輪と紅の神器に向けられていた。俺はその雰囲気に姿勢を正し、次の言葉を待った。

 

「その腕輪は、お前が望めば外すことができる。もしもお前にとって譲れない理由があって、限界を越えなきゃならなくなった場合はそれを取り外してもいい。だがな、約束しろ。絶対に死ぬんじゃねぇぞ」

「……先生」

「要は、無茶すんなってことだ。お前、弱いんだから。メフィストはアレで心配性だしなぁ。何より俺はお前の神器を、まだまだ研究したい。だから頼むぞぉ?」

 

 そう言って、アザゼル先生はグッと親指を立てながら、笑って俺に告げた。俺はもらった腕輪を握り締めながら、彼に向かって静かに頷いて見せる。そうだ、俺は死にたくない。そして、死ねないんだ。この死と隣り合わせな鬼畜な世界で、こんな風に俺に死ぬなって真正面から言ってくれる人だっているのだから。

 

 

「よーし、それじゃあ、さっさと始めるぞー。実験してみたいことが、山ほどあるんだからな」

「はいっ、頑張ります! でも、人間やめないぐらいでお願いします!」

「根性を見せながら、ヘタレてんじゃねぇよ…。あー、このステップを越えられたら、次はあれでもやってみるか。重力とか風圧とかも消せるのなら、たぶんいけるよな」

「ノ、ノリノリですねー」

「あったりまえだろうが。そうだお前の能力なら、悪魔と教会に大迷惑をかけたと噂を聞いて人間界へ見に行った、謎のクレーン落下事件みたいなこともできるかもしれねぇか…」

「えっ、見に行って? まさかあの時、公園のベンチで寝ていたおじさんって――」

「…………カナタ、ちょっーとそのおじさんとお話をしようか?」

 

 ……俺の馬鹿野郎。

 

 

 

――――――

 

 

 

「もう何ヶ月も前のことなんだから、時効にしてくれたっていいだろうに…。だいたい、噂を聞いて面白がって見に行って、そのまま抜け出したことを説教されるのが嫌で、ちょっと公園で一休みしてからこそこそ帰ろうとした先生が九割ぐらい悪いだろうが……」

「カナくん、そろそろ冥界に着くのですよー」

「えっ、あ、わるい。ありがとう。すぐに降りる準備をするよ」

 

 あの時のことを思い出して、なんだかふつふつと文句が出てしまったが、どうやら俺がぼんやりしている内にだいぶ時間が過ぎていたらしい。声をかけてくれたラヴィニアにお礼を言い、先生からゲーム機を返してもらい、俺はリュックの中を整理した。テーブルに広げていた飲食関係も片付け終え、いつでも出られるように綺麗にしておく。マナーは大切にだ。

 

 さて、人生初めての冥界入りだ。正直、人間の俺がこっちの世界に来ることになるとは思っていなかったけど、せっかくの貴重な機会なんだ。生かさなきゃ損だろう。それにアザゼル先生のおかげで、神器の効果を色々広げることができたんだ。ラヴィニアの仕事の付添いだけど、俺も精一杯お手伝いをさせてもらおう。

 

「よーし、元気いっぱいの子どもたちよ。引率の先生からの注意事項だ。お約束を破ったら、特にカナタらへんは普通に死ぬから、しっかり聞いておけよー」

「はーい、せんせーい。真剣に聞きますけど、ちょっと泣きたいぐらいブルーな気持ちにさっそくなりましたー」

「はいなのでーす」

 

 こんなノリで果たして大丈夫なのかちょっと心配になったが、こうして俺の夏休みの前半が過ぎ、後半を冥界で過ごすことになったのであった。

 

 


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