えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二百二十五話 聖女

 

 

 

 現在、俺はこの世界に転生してから初となる無双を経験していた。

 

「事故のあとから極端に視力が落ちた? あぁ、後遺障害ってやつだな。眼球に傷があるから治療するぞ」

「手足のしびれや耳鳴りがひどい? どれどれ…、って脊髄が損傷しているじゃん。治療はするけど、念のために装具とかつけて安静にしろよ」

「右耳が腫れて痛みが引かない? えーと、これは粉瘤(ふんりゅう)だろうけど色が濃くなっているし膿も出るから、悪化した炎症性粉瘤ってやつかな。相棒、皮膚の内部にある袋の消去と洗浄を頼む。俺の方で皮膚の変異した部分を治すから」

 

 テキパキと患者を診ては蝶を乱舞する姿に、一般信者やシスターたちは呆然と固まっていた。アーシアちゃんのように手元が光って、徐々に傷が癒えていく奇跡のような光景と違い、俺の治療も蝶が光るんだけど気づいたらなんか治っている光景なので反応に困っているのはわかる。誰もが俺の指示に戸惑いながらも頷くしかない、まさに俺の独壇場だ。

 

 これまで大っぴらに治療はできなかったし、高額なので少人数の治療が主だった。だから今回のように向かいくる相手をちぎっては投げ、ちぎっては投げって出来るのは初めてなのだ。そして周りの目が変わり称賛される。これが無双する感覚ってやつか。マジで十年以上経って、経験することになるとは思わなかったぜ。これが無双系主人公達の気持ちってやつなんだなぁ…。

 

「でも、不思議だ。停戦協定の時は連続で百回未満も胃痛治療したのに無双と思わなかった」

「あれはただの悲惨だったから」

「回数を重ねるごとに皆の目が死んでおったからの…」

 

 デュリオとおじいちゃんにツッコまれた。無双とは奥が深いものである。

 

「ふぅ、それなりに捌けたかな…」

「えぇ、お疲れさまです」

 

 明らかな怪我人はアーシアちゃんに任せ、俺は目に見えないタイプや病気っぽい感じの人を優先的に見るようにしていた。アーシアちゃんが所有する『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』はどんな重傷でも完治させる回復系の状態変化系の神器だ。医学の知識のない小学生の少女が患部に手を触れて「治れ」と念じるだけで癒せると考えれば、回復特化型のすごさが分かるってものだろう。

 

 俺の治癒の場合は、悪性を起こしている原因を突き止めて消し、再構成するという手順が必要だ。なので効率を考えれば、わかりやすい怪我をアーシアちゃんにお願いして、俺の方で患部が特定しづらそうな方を受け持った方がいい。医術書はそれなりに見ていたけど、それよりも「叡智の結晶」と名高い相棒が傍にいるので、『理解(ビナー)』で症状を見たら相棒がすぐさま原因を突き止めてくれる。おかげで的確に素早く治療ができるので助かっていた。

 

 それにこれまで『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』で見てきた患者と比べたら、ぶっちゃけ非常に楽だ。あっちの患者は通常ではどうしようもなく、裏の技術に頼らなければ助からないレベルの患者ばかりだった。そうじゃなきゃ、高額な治療費を払ってまで頼んでこないだろう。教会の信者として少ないお布施で治療を受けられると考えたら、これぐらいの怪我が妥当なのかもしれない。

 

「数は多いけど、そこまで深刻な重傷者はいないんですね」

「重傷者がいる場合はこの教会まで足を運ぶことすら難しいでしょうから、週に何度か教会経由の病院に彼女が出張するというかたちが多いようです」

「なるほど、だから教会に足を運ぶだけの元気がある患者だけが集まる訳か。それに小学生の彼女の体力や精神力じゃ、重傷者を癒すだけでも消耗が激しいのもあるし」

 

 おじいちゃんからこの教会での治癒の流れを聞いて、納得したように頷く。原作のアーシア・アルジェントさんは治療に関しては凄腕で、戦いに瀕した仲間を何度も助けていた。しかし、今の彼女は十二歳の女の子なのだ。状態変化系の神器は能力が極端な分効果は強いが、消耗が激しいという欠点がある。高校生の時の彼女とでは、異能の力や体力に違いがあって当然だ。俺にとってはこの程度でも、今の彼女にとっては精一杯の治癒ということか。

 

 それでも、十分にすごいんだけど。俺が彼女と同じ十二歳の頃って、チビドラゴン達に追いかけられて泣き叫んでいた頃だろ? 自分自身を回復するだけでしんどかったし、ひどい時は消耗が激しくて吐いていた。俺にとって回復は異能の一部でしかなく、アーシアちゃんは特化型って違いはあるけど、この年代で複数人の治癒や重傷者を癒せるって相当な修練を積んでいないとできない芸当なのだ。

 

 八歳で異能が覚醒してからこれまで、どれだけの患者を癒してきたのか…。状態変化系の神器所有者の特徴を知っているからこそ、異能が日常の一部になるレベルで使い続けていなければ至れないほどの努力だとわかる。ちらっと真剣な表情で治癒を行うアーシアちゃんを見て、彼女の四年間が垣間見えた気がした。

 

「お兄ちゃんの治療って、「聖女様」って言うより「お医者様」みたいだね」

「俺の治癒とアーシアちゃんの治癒は、結果は同じでも過程が全然違うからね。はい、治療完了っと。ではではお達者でー」

「あの…、せ、聖者様。できれば…その、もう少しだけ威厳なんかを…」

 

 気絶から復活した司祭さんやシスターさん達はしばらくしたら起き上がり、これ以上は胃がもたないからと慌てて手伝いを申し出てくれた。枢機卿まで働いている中、自分達は何もしないとか無理です! と泣かれてしまったのだ。おかげで装具を持ってきてくれたり、喉が渇いたから水を運んで来てもらったり、立派にパシられてくれている。

 

 そんな司祭さんから涙声で頭を下げられたけど、どうしよう? 今やっている「聖女」による治療は、神の加護と評して教会の権威を高めるため、いうなれば信者を増やすためのパフォーマンスだ。アーシアちゃんは「聖女」として、治癒した後の患者に毎回天使のような微笑みを浮かべ優し気な言葉をかけている。あれが素で出来るところが彼女のすごいところである。

 

 さて、男の俺に天使の微笑みとか誰も求めていない。優しい言葉と言っても、アフターケアぐらいしか俺には伝えられない。なら「聖者」らしく威厳たっぷりな感じでやってほしいってことだろうか。しかし、言っちゃなんだが無理難題だぞ。俺より強い、偉いヒトが周りにいるのが当たり前の環境で育ったからか、偉そうな態度を自分からやるのはキツイんだが…。

 

「……デュリオ、威厳ってどうやればいいんだ?」

「い、威厳かぁ…。カナたんの場合、笑顔でいいんじゃない? ダヴィード・サッロ殿の時みたいな」

「えっ、ダヴィードさんの時? あの笑顔は「俺は人畜無害ですよー」ってアピールのつもりだったんだけど」

「…………」

 

 デュリオがすんごい目で俺を見てきた。おかしいな、戦闘力がないから魔法少女コンパクトを背中に押し付けはしたけどちゃんと友好的な態度を心掛けたのに。同じ土俵に立って交渉するなら、笑顔は大切だよね。首を傾げる俺に、隣で聞いていたおじいちゃんが首を横に振って司祭さんにやめておいた方がいい的なことを言ってくれたのか、すごすごとお手伝いに戻ってくれた。何か申し訳ない。

 

 

「ふぅ、終わりました。もう大丈夫ですよ」

「あぁ、ありがとうございます! 聖女様」

 

 俺の方の患者をさばき切った後、アーシアちゃんの方も無事に終わったようでホッとしたように息を吐く。それでも最後までお役目を全うしようと、お礼を告げる信者に嬉しそうに微笑みを浮かべ続けていた。半分以上は俺が受け持ったとはいえ、これを毎日やっていると考えたら大した胆力である。俺なんてサクサクと捌いちゃったからあっさり過ぎて、患者さんから「えっ? え?」みたいな反応をされた。

 

 それから教会内にいた信者さん達は、俺達に深々と頭を下げるとそれぞれ帰路についていった。教会の信徒も含め、俺のことをチラチラ見てきたが「ただの聖者です」と笑顔で押し通しておいたので大丈夫と信じよう。「聖女」のお役目が終わったアーシアちゃんに、傍で手伝いをしていたイリナちゃんがキラキラとした眼差しで声をかけていた。

 

「お疲れ様、アーシア! 手を近づけたらパァッと光って、あっという間に傷が治って見ててすごかったよ!」

「ふぇっ!? そ、そんな、私は当然のことをしたまでで…。イリナさんこそお手伝いありがとうございました」

「そんなの気にしなくていいよ。あんまり大したことはできなかったし」

「そんなことありません。本当に助かりました」

 

 ぐいぐいと積極的なイリナちゃんに、明らかに対人慣れしていないアーシアちゃんはたじたじのようだ。先ほどの患者さん達は、聖女の治療を受けるとその超常的な力に崇拝と畏れを抱いていた。それなのに、同じ年からの変わらない純粋な笑顔と賛辞にどう反応したらいいのか困惑しているようでもあった。

 

「せ、聖女様に何という口の利き方をっ…!」

「はいはい、教会の皆さん。アーシアちゃんの「聖女」の仕事はこれで終わりでしょ。ここからは俺達に時間をくれるって約束でしたよね」

「それは――」

 

 二人のやり取りに罰当たりだと憤りかけた周りに向けて、俺は意識して声を張り上げた。教会側としては元々一時間程度の時間はこちらのために取ろうと調整してくれていたみたいだけど、俺達の要求が半日近く遊びに誘いたいというものだったので難色を示されたのだ。それを解決するためにこちらは手札を切ったのだから、文句は言わせない。

 

 おじいちゃんの態度と、先ほどの治癒の異能を見たからか、司祭さんは俺の言葉にもごもごと何か言いたそうにしたが静かに頭を下げて「仰せのままに」と頷いた。「聖女」を外に連れ出すことにまた難色を示されたが、おじいちゃんとデュリオという最強の護衛がついているのに何か危険があるとでも? と言えば反対意見も消えていった。

 

 子どもを遊びに誘うだけでも一苦労である。アーシアちゃんの安全のためや心配だからって理由ならわかるが、彼らの場合は「聖女」が普通の子どもと同じように遊ぶという行為を厭うているのだ。たぶん、無自覚で。つまり、「聖女」というレッテル(価値)に傷がつくことを恐れている。そんなの大人側の都合で、そこにアーシアちゃんの意思なんて一つもない。

 

 彼らにとって「聖女」は仕事ではなく、教会の権威の象徴そのもの。だからこそ、常に「聖女」であることをアーシアちゃんに望んできたのだ。だけど、そんなの俺達には関係ない。俺達が今望んでいるのは「聖女」ではなく、アーシアちゃんという十二歳の女の子なのだから。

 

「さて、少し遅くなったけどせっかくだから外でピクニックでもしようぜ。お弁当ならイリナちゃんのお母さんにたくさん用意してもらったからな」

「わぁー、いっぱい動いたからお腹ペコペコだよ! アーシア、ママの料理は絶品だから楽しみにしていてね」

「えっ、わ、私もですか?」

「もちろん! アーシアだってお腹が空いたでしょ? ずっと治療を頑張っていたんだもの」

 

 イリナちゃんと新しいお友達のためにと事前に伝えていたからか、かなり張り切って作ってくれたらしい重箱サイズのお弁当だ。俺達は未だ困惑気味なアーシアちゃんを連れて、教会の裏手にある芝生広場へと足を運んだ。イリナちゃんは嬉しそうにアーシアちゃんに手を差し出すと、きょとんとする彼女の手を握って一番手に走り出した。アーシアちゃんが転ばないぐらいのスピードで芝生を駆けまわる子どもたちに、俺達は笑って後を追いかけた。

 

 魔法で取り出したピクニックセットを見晴らしがいいところに広げ、デュリオが人数分の食器やお茶を用意してくれる。おじいちゃんが周囲にさりげなく結界を張り、俺は魔法で水を出して手洗いの準備をした。ワクワクと目を輝かせながら、可愛らしいお腹の虫の音に顔を真っ赤にする少女達をこれ以上待たせないように楽しい食事は始まった。

 

「わぁ、卵焼きにチーズハンバーグに、ママ特製の炊き込みご飯! アーシア、まずは何が食べたい?」

「こ、こんなに豪華なお食事を食べられるなんて…。あぁ、主よ。この恵みに感謝を」

「私も主に感謝を、ママもありがとう! じゃあ、いただきまーす」

「私も、イ、イタダキマス!」

 

 どうやら普段は部屋で一人で食べているらしく、みんなで囲む賑やかな食事は孤児院以来らしい。ぎこちないながらもイリナちゃんの真似をしながら、フォークを使ってパクッと口に料理を運んでいく。イリナちゃんは国際色豊かな戦士達に囲まれて育った教会出身者だからか、地味に英語はお手の物だったりする。英語の聖書や聖歌も日常的に触れるし、教会のイベントにもよくお手伝いをしていた。それもあってイギリスに馴染むのも早かったし、日本人らしい朱乃ちゃんに憧れを抱いた経緯もあったようだ。

 

 俺達も早速料理に手を付けていき、お腹をしっかり満たしていく。さすがは紫藤さんの奥さんだ、原作でイギリスに引っ越した後、女手一つで料理店を開くほどの腕前である。クレーリアさんが駒王町の管理者の引継ぎを終えたら、一緒に料理店を開きたいって話していたけど俺の方でも投資させて欲しいってお願いをしよう。美味しい食事は人生を豊かにする大事な要素だからな。

 

 一仕事終わった後もあって、しばらくはみんな食事に夢中になった。初めて食べたものが多かったからかアーシアちゃんは一つひとつじっくりと味わい、イリナちゃんは「ママの味はやっぱりサイコー!」と栗色のポニーテールをぴょんぴょんと跳ねさせていた。まだ少し固かったアーシアちゃんの表情が解れたのを見て、食事で緊張を紛らわせることはできたらしい。

 

 

「アーシア、これも食べてみて。おいしいよ」

「は、はい、ありがとうございます。あの、イリナさん…」

「ん、どうしたの?」

 

 先ほどまでの雰囲気からどこか強張った声音に変わったのを感じ、イリナちゃんは真っすぐにアーシアちゃんを見返した。ずっとこちらのペースに乗せてきたけど、のんびりした時間を取ったことで彼女なりに気になっていたことをまとめることができたのだろう。しばらく視線を彷徨わせた後、ギュッと目を瞑って震える声音で口を開いた。

 

「イリナさんは、怖くないのですか…?」

「怖い?」

「私の力が…。怖いと、えっと変だって思わないのですか…?」

 

 癒しの異能を発現してから、ずっと「聖女」として見られてきた少女の恐怖。同じ年の子どもほど、「人とは違う者を見る視線」が顕著に彼女へ向けられてきた。原作で兵藤一誠と出会うまで、誰とも友達になれなかったと涙をこぼしていたことをよく覚えている。初めて好意を寄せてくれる同世代だけど、もしかしたら我慢しているだけなのかもしれない。その好意を信じていいのかわからない。

 

 失礼かもしれない。この真っ直ぐな視線がなくなるかもしれない。それでも知らないといけない、とそんなアーシアちゃんの気持ちがオーラとして伝わってくるほど強く感じられた。

 

「そんなこと思うわけないじゃん」

 

 しかしそんな覚悟なんて何のその。あっさりと即答で言い切ったイリナちゃんに、アーシアちゃんは小さく息を呑んだ。

 

「私は、その…みんなとは違う力を持っているのに?」

「癒しの力のこと? 私は普通にすごいなーって思っただけだよ。小学校で習った「みんな違って、みんないい」ってやつだよね!」

「…………」

 

 あっけらかんとするイリナちゃんに言葉を失うも、それでもどこか信じきれない様子のアーシアちゃんに太陽のような少女はグイッと逃げないでと伝えるように身体を寄せた。

 

「んーとね、私にはたくさんの友達がいるの。ミルたんさんは私の二倍ぐらい背が高くてムキムキなんだけど、ピンクのスカートと猫耳をつけて魔法少女としていつも町の平和を守っているんだ」

「……えっ?」

 

 イリナちゃんの言葉を理解しようとして、ショートするアーシアちゃん。さりげなくフォローしようとイリナちゃんの後ろから、携帯でミルたんの写真を見せたら見事に固まってしまった。純真無垢な少女には刺激が強すぎたようだ。

 

「あとね、藍華(あいか)は見ただけで的確に下半身を制圧できる『スカウター』の持ち主で、翼紗(つばさ)は悪霊を素手でアーメンできる力を持っているんだ。清芽(きよめ)先輩は魔物や妖怪と仲良くできて、クリスティは口から冷凍ビームが出せるんだよ!」

 

 任せろと俺も写真をスクロールして、決定的場面をどんどん見せていく。クリスティの冷凍ビームはぜひ間近で見てほしいものだ。デュリオから小声でそろそろやめてあげてと止められたけど、どうしてだろう。

 

「さらに、イッセーくんはおっぱい教祖で女性の胸を光らせることができるの!」

「じょ、女性の胸をですか!?」

「すごいよね、それでカウンセリングもできちゃうんだから」

 

 自慢げに幼馴染のすごさを語るイリナちゃんに、言葉通りに受け取るほどカオスな状況に困惑しかないアーシアちゃん。こちらにちらっと確認のために視線が向いたので、間違いないよとグッとサムズアップを送っておいた。報告でイッセーくんの現状を知る猊下とデュリオも視線を逸らすしかない。残念だけどこれ、まごうことなき現実なのよね…。

 

「うーんとだからね、私が言いたいのは、それでもみんな大切な友達だってことなの」

「友達…」

「うん、私にはみんなみたいな特別な力なんてない。だけど、そんな私を大切に思ってくれるみんながいる。だから私は私が好きだし、私はみんなのことが好き。他の人と違うことぐらいで揺らぐほど軽い気持ちじゃないんだから」

 

 エッヘンと胸を張るイリナちゃんの姿は、悪魔と教会が恐れ慄いた駒王町で番長として周りから認められただけの貫禄を見せていた。ある意味で、これこそが紫藤イリナの持つ特別な才能だろうと思う。彼女は自分が信じる道を突き進むことに迷いがない。駒王町が「普通」だと感じる感性からも、思い込みが激しいところはあるけど…。

 

「だから私は、アーシアとも友達になりたい」

「私、と…」

「毎日一生懸命お祈りして、あんなにたくさんの人を助けているんでしょ。隣で治療をずっと見ていたからこそ、アーシアがどれだけ頑張っているか、治療が終わった時の嬉しそうな笑顔に嘘がないこともわかるよ」

「それは、私は聖女だから…」

「私がアーシアと同じ力を持っていたとしても、きっと同じことはできないよ。アーシアじゃなきゃできない。そんな優しいアーシアだから、私は友達になりたいって思ったんだ」

 

 イリナちゃんにはアーシアちゃんの置かれている状況についてある程度は話していた。出来れば友達になって欲しいともお願いしていた。それでも、ここまで心の籠った言葉を届けられるのは、彼女が本気でアーシアちゃんと友達になりたいと望んだからだろう。

 

 そうじゃなきゃ、他者の望む「聖女」になるためにずっと心を閉ざしていた少女の仮面が外れることはなかっただろうから。ぽろぽろと溢れる涙が止められず、何度拭っても嗚咽を溢すしかないアーシアちゃんをイリナちゃんは静かに待ち続けた。

 

「私は世間知らずで、友達と何をしゃべったらいいのかもわかりません」

「私もイギリスに来たばかりで、全然よくわかっていないよ。それに、いっつも修行で先生に怒られているんだー」

「人を癒す以外全然ダメなシスターですよ?」

「私だって特別な力なんてない元一般人だよ?」

 

 ニッと笑い返された言葉に、また涙が零れていく。それでも、引きつりそうになる喉に力を入れ、唇を噛みしめた少女は顔を上げて伸ばされた手をゆっくりと掴んだ。

 

「私もイリナさんと、友達になりたいです…」

「うん、これで私たちは友達だよ。よろしくね、アーシア」

「ぐすっ、はい、よろしくお願いします」

 

 掴まれた手を握り返し、背中をあやすようにポンポンと叩くイリナちゃんにアーシアちゃんは安心したように友達の胸の中で泣き続けた。アーシアちゃんの心をどうやって解きほぐそうかと思っていたけど、全部イリナちゃんに持っていかれてしまったな。さすがと言うべきか、やっぱり子ども同士の方が通じ合うものがあるのだろう。俺達じゃ年が離れている分、遠慮をなくすまでにどうしても時間がかかってしまっただろうから。

 

「先を越されちゃったね」

「だな。アーシアちゃんが落ち着いたら、俺も友達という名の兄になるために参戦しないと」

「俺の方が先になれるかもっスよ」

 

 挑戦的なデュリオの視線に、フッと俺は笑みをこぼす。よーし、どうやらどちらが『キングオブお兄ちゃん』の称号にふさわしいか決着をつける時が来たようだな。アーシアちゃんの第一お兄ちゃん呼びは俺がもらうぜ。デュリオは推定数百人の弟・妹がいる強敵だが、同じ異能を持っている分俺の方に分はあるはずだ。

 

 そのあと、しばらくして泣き止んだアーシアちゃんに突撃してあわあわさせてしまったことに、おじいちゃんとイリナちゃんから二人揃ってお叱りを受けました。そうだよね、繊細なことだから勝負事にしちゃダメだよね。つい兄の称号に目が眩んでしまって…。黒歌あたりにまた変態扱いされそうなので気を付けよう。

 

 

「す、すみません。お食事中に泣いてしまって…」

「気にしてないよ。料理は魔法で保温しておいたから問題なかったし」

「魔法…、そういえば使っていましたね」

「うーん、とりあえず軽く自己紹介からしようか。おじいちゃんはアーシアちゃんと前に会ったことがあるんですよね」

「えぇ、彼女がカトリック教会に移転して二年後ぐらいの頃に」

 

 つまり、アーシアちゃんが十歳の頃か。原作でも過去に一度だけ挨拶をしたって語られていたしな。改めて食事を終えて一服した後、今後について話す時間をようやく取れそうだ。先ほどまでの気恥ずかし気な表情を引き締め、アーシアちゃんは顔見知りの猊下に向けてぺこりと頭を下げた。

 

「お久しぶりです、ストラーダ枢機卿。二度も私に会いに来ていただき光栄です」

「あぁ、聖女アーシア。……いや、今はSr.(シスター)アーシアと呼ばせてもらおう。司祭から話は聞いているか」

「はい、しかしあまり詳しくは…。三大勢力の停戦協定が結ばれた地に、教会の代表となる者を選出していると聞きました。司祭様からは、その代表者に私の名が挙がったと…。しかし、その…私の名前が挙がったことは大変光栄なのですが、私にそのような大役が務まるかは…」

 

 自信なさげにしょんぼりと肩を落とすアーシアちゃん。確かに教会の代表に選ばれたとなれば、プレッシャーが半端ないだろう。そんな彼女に向けて安心してほしいと言うように、イリナちゃんは胸にドンっと手を当てた。

 

「大丈夫だよ、アーシア。だって私がその教会の代表の一人だからね! 停戦協定を行った駒王町は私の故郷だから、さっき紹介した友達にも会わせてあげられるよ」

「えっと、ムキムキスカートの魔法少女さんが冷凍ビームで胸を光らせるんでしたよね」

「悪魔合体してる!?」

 

 たぶんインパクトが強い単語だけが脳内に残っちゃったんだろうね。アーシアちゃんの脳内には、とんでもない生物が駒王町に降臨しているようだ。イリナちゃんをツッコみにまわらせるとは、さすがはアーシアちゃんである。気を取り直したイリナちゃんは改めて自己紹介を行い、イギリスの教会で修練を積んでいることを話していた。

 

「改めてよろしくね、俺はデュリオ・ジェズアルドって言うんだ」

「もしかして、『教会の切り札』と謳われている方ですか…?」

「そう言われることもあるかな」

「はわわ…」

 

 口元を抑えて目をぱちぱちとするアーシアちゃんに、デュリオは気負わなくて大丈夫だよと笑っていた。デュリオの名前はわりと有名だけど、名乗らなかったらただの気の良い兄ちゃんだからな。目まぐるしさに呆けて知らずに一緒に食事をとっていた人物が、教会の戦士の中でもトップレベルの実力者だった心境を思えば、ちょっと同情してしまうけど。

 

 そんな風に考えていたら、今度は俺の方に向き直って目があうとカチコチに固まるアーシアちゃん。えっ、どうしたの?

 

「あの倉本奏太様は、聖者様なのですよね…」

「いや、何で俺は「様付け」なの!? やだよ、せめて奏太お兄ちゃんとかお兄さんって呼んでよ!」

「ふええ…」

「お兄ちゃん、ステイ」

 

 はい、すみません。怖がらせたらダメだよね。でも、さすがに「様付け」は勘弁してくれ…。渾身の土下座を披露するべきか悩む俺の様子を察したおじいちゃんが、「奏太さん」呼びをアーシアちゃんに提案してくれました。さすが猊下、痒いところに手を届かせる判断力が神懸っているぜ。

 

「奏太さんも神器(セイクリッド・ギア)を持っているんですか?」

「あぁ、ただ俺の場合は治癒は異能の一部って感じだけどな」

「えっ、あんなにテキパキと治療をしていたのに…」

「それは経験年数の違いなだけだよ。俺の治療は医者の真似事みたいな一手間がかかるけど、アーシアちゃんみたいに患部に力を注ぐだけで治癒することはできない。ただ状態変化系の神器にはそれなりの知識があるし、同じ治療者の観点からキミの異能を伸ばす手助けは出来ると思うよ」

 

 アザゼル先生に頼むのが一番伸びるだろうけど、さすがにいきなり堕天使の下へ連れていくわけにもいかないだろう。俺の予想だけど、アーシアちゃんに医学や神器の知識とかを学ばせられたら、もっと効率よく治癒が出来ると思うんだよね。状態変化系の神器の能力は、使用者の知識や技術、精神に威力が左右される傾向にある。原作の彼女はその精神性によって威力を増していたけど、そこに幼少から知識も加わればさらに化けるだろう。

 

 さて、俺のことは代わりにおじいちゃんが説明してくれたけど、魔法使いの協力者ってところにめっちゃ驚かれた。そりゃあ、こんなにも豪奢な祭服を着て教会を歩いているんだもんな。びっくりして当然だわ。まだ正式に協力者と決まっていないので、神滅具のことや神の子などは伏せることになったけど、十分にキャパオーバーっぽいのでこれぐらいでいいだろう。それよりも先に、今後のことを話す方が先決だ。

 

「悪魔や堕天使の皆さんと一緒に学校生活ですか…」

「うん、私は最近裏の世界を知ったばかりだから、正直悪魔や堕天使とかあんまり気にならないんだよね。もちろん聖書とかで悪者って書かれていたけど、実際に友達になったみんなは良いヒト達だったよ」

 

 これまで悪として教わってきた悪魔や堕天使と共同生活を行う。そのハードルは、敬虔な信徒ほど高くなってしまうだろう。しかし、イリナちゃんのような教会歴が浅い人物一人に代表を任せるのはまずいのも事実。そこで長年教会に所属し、尚且つ異種族と諍いなく過ごすことができそうな人格者を探していた訳だ。

 

「アーシアちゃんはさ、悪魔や堕天使は怖いかな?」

「えっと、正直わかりません。聖書には恐ろしい存在だと書かれていましたが、実際に会ったことはないですから。でも、イリナさんがお友達になれる悪魔さんや堕天使さんなら怖くないかもです」

「うん、その考えができる時点で、十分採用理由になるよ」

「えぇぇっ」

 

 肩を跳ねて驚かれたけど、マジでその考えができるだけで採用決定レベルだよ。おじいちゃんとデュリオもうんうんと頷いている。イリナちゃんの友達なら大丈夫、ってワードの強さを改めて感じた。

 

「もちろん「聖女」って呼ばれるほどの治癒力も考慮されているよ。駒王町は今後の中心地になるから、世間の注目も浴びるだろうしその分危険も多い。だから、治癒能力を持つ者が複数常勤していることが望ましい。俺だけじゃ、手が回らないこともあるだろうしね」

「私の力が必要とされているってことですか?」

「あぁ、そうだ。「聖女」としてのアーシアちゃんも、「ただの女の子」であるアーシア・アルジェントちゃんの両方が俺達には必要なんだ」

 

 この四年間、彼女は「聖女」として頑張り続けてきた。確かに彼女自身を認めることも大切だけど、これまでの過去を否定するのは違う。だから、両方の彼女を受け入れたいって言葉にする。どちらも間違いなく、アーシア・アルジェントそのものなのだから。

 

「…………」

「まだ答えは出せなくていいよ。今日はキミを勧誘に来たんだしね。生まれた国を離れて、異種族と共存して、危険があるかもしれない土地で暮らすことになるんだ。いっぱい悩んで、答えを出してほしい」

「悩んでいいんですか?」

「もちろん、そのためにゆっくりできる時間をもらったんだから。だけど、俺達はキミを勧誘したいから甘い誘いをかけまくるぞー。学校生活の面白さや街で遊ぶ楽しさ、友達とおしゃべりする賑やかさや、食べ歩きの背徳感なんかを思う存分語って、いくつか経験もしてもらうからなぁ」

「そ、それは、悪魔さんのような誘惑だらけです…」

 

 困ったような、でもどこか楽し気な様子で微笑みを浮かべたアーシアちゃんと一緒に、これからの予定をみんなで話し合って立てていく。最初は何をしようか悩んでいたので、まずは芝生の上で寝っ転がってお昼寝や雲の形を当てっこゲームなんて遊びを楽しんだ。以前レグレンツィ家で使ったフリスビー型のラケットを手に、おじいちゃんVS子どもチームで戦ったりもしたが惨敗したりして笑い合った。

 

 

「それじゃあ、俺はお姫様達を連れて街に遊びに行ってくるっス」

「うん、頼んだよ。イリナちゃん、アーシアちゃん、デュリオの言うことはちゃんと聞くんだぞ」

「はーい! ねぇねぇ、デュリオお兄ちゃん。どこに行くの?」

「ふふふっ、この街は以前来たことがあって、俺の美味しいもの巡りで当たりを引いたお店が何件かあるんだ。ちょうどおやつ時だし、ほっぺたが落っこちそうなぐらい甘くてフワフワなお菓子を食べさせてあげよう」

「あわわわっ、私はこの誘惑に勝てるのでしょうか。あぁ主よ、これが私に課せられた試練なのですね…」

 

 両手でポーズを取って祈りを捧げるアーシアちゃんと、ふわふわ甘々なお菓子に夢中のイリナちゃんを引率しながらデュリオは街へと降りていった。デュリオなら二人を護衛することもできるだろうし、緊急時用に俺の式神を一匹つけておいたから連絡や対処もできる。トビーくんは撮影技術を持っているので、子ども達の成長記録もバッチリ撮影してくれるだろう。

 

「さて、それじゃあ俺達は交渉に行きましょうか」

「えぇ、参りましょう」

 

 楽し気な子どもたちの声を背に、俺達は教会へと足を踏み出した。

 

 

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