えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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 原作から自分なりに『眠りの病』について考察させてもらいました。今後原作で明記された場合は、修正や追記を行うこともあります <(_ _)>


第二百二十八話 眠りの病

 

 

 

「うーん、なるほど…。でも、やっぱり資料だけじゃ難しいですね」

「『眠りの病』についてかい?」

「はい、やっぱり一度は患者本人を診ないことにはなんとも」

 

 魔王様から送られてきた冥界がこれまで調べてきた『眠りの病』に関する資料の山をパラパラと読みふけりながら、俺は頬杖をついて溜め息を吐いた。停戦協定が成立して半年が経ち、不治の病であった『神器症』が俺の神器によって治療できるものだと世界中が認めるようになった頃。確かにそろそろこっちの病についてもメスを入れる時期だったのだろう。

 

 古き悪魔が協定を受け入れる約定の一つが『眠りの病』の研究であった。何万年と生きる古き悪魔達が停戦を受け入れた背景には、それだけ切実な思いがあったからだ。身内や友人、それこそいつ自分にも降りかかってくるかわからない不治の病。対処法はなく、予防もできず、年齢も関係ない。発症率は悪魔全体で見れば低いとはいえ、決して無視できる問題ではないだろう。

 

 そもそも『眠りの病』とは何か。それは原作でも未だ原因が解明されていなかった悪魔特有の病気のことである。ある日突然深い眠りに陥り、そのまま目覚めることなく、人工的に生命を維持させなければ徐々に衰弱して死に至る恐ろしい病。そして、原作で唯一それを完治させた方法が『乳語翻訳(パイリンガル)』――つまり乳力(ニューパワー)のみという情報しかない。うん、全然参考にならねぇなッ!?

 

「メフィスト様、すみません。忙しいのに俺の診察のために冥界まで付き合ってもらって」

「旧魔王派が関わることなら僕が適任だろう。あそこはデリケートに扱わないと面倒なことになるからねぇ…。魔法使いの理事長としてではなく、古き悪魔の一人として今回の件に関わるのは当然のことさ」

 

 そう言って俺の向かい側に座るメフィスト様は、大量にある資料をテキパキと仕分けてくれる。それにぺこりと頭を下げながら、今回の一件の厄介さに遠い目になってしまう。『眠りの病』だけでも大変なのに、そこに『旧魔王の血筋』が加わったことに頭を抱えたくなった。本当にとんでもない案件を魔王様は持ってきたものである。

 

 大報告会で今後の予定を詰めた結果、まずは悪魔側の問題から着手することになった。もちろん、すぐに結果が出るとは限らないので三日間の予定だ。とにかく患者を診てみないことには始まらない。予定していた神器症の治療を前倒しで済ませ、『聖剣計画』の施設へ赴く予定を組んだ後、冥界へ向けて手早く出発することになった。

 

 今俺達が乗っているのは、冥界のグレモリー公爵領に向かう次元の狭間を渡る列車の中だ。なお、今回はお忍びの渡航となる。冥界の公式の記録には残らず、秘密裏にグレモリー公爵邸へ向かえるようにサーゼクス様が手配してくれたのだ。それゆえ、俺とメフィスト様だけのひっそりとした旅になった。

 

 ただいくらひっそりとはいえ、俺達が要人であることに変わりはないので、当然グレモリー側から最強の護衛をつけてもらいました。

 

「グレイフィアさんも資料の整理を手伝ってもらってすみません」

「お気になさらず。フェレス理事長もおっしゃられていましたが、これは旧魔王派の問題です。それにあなたを巻き込んでしまったことを詫びなければならないのはこちらです」

 

 艶やかな銀髪にホワイトブリムとメイド服を着た美貌の貴婦人――グレイフィア・ルキフグスさん。サーゼクス様の奥さん兼、最強の『女王(クイーン)』である。冥界中から集められた『眠りの病』に関する資料をまとめてくれただけでなく、列車で移動する間にわかりやすく説明もしてくれたのだ。俺が資料を見てわからないところは、適宜丁寧に答えてもくれた。

 

 本当に申し訳なさそうな表情に、旧魔王派だったルキフグス家の生き残りとしての責任も感じているのだろう。それだけ現魔王派と旧魔王派には確執がある。これは『眠りの病』だけでなく、今後も慎重に対応する必要がありそうだ。それからグレイフィアさんから事の経緯を詳しく聞きながら、現在のグレモリー家での対応も話してくれた。

 

「じゃあ眠っているイングヴィルドさんは、リアスちゃん達がお世話をしているんですね」

「えぇ、当然ですが魔王レヴィアタンの血筋のことは伏せています。ただ私達の様子から察して、彼女のことは口外しないようにしてくれています。あと、これは黒歌が仙術で彼女を診察してくれた結果ですが…」

「……微弱だけど二つ目のオーラが感知できた、か。黒歌の診察なら確かだろうな。イングヴィルドさんは元々人間で、十七歳の時に『隔世遺伝』によって悪魔の血に目覚めたというのなら――神器持ちの可能性があるな」

 

 おそらく彼女を保護していた旧魔王派閥のヒト達は、このことを知らなかったのだろう。そもそも悪魔陣営は、神器の知識にそれほど明るくない。眠っている神器の波動を確かめるには堕天使のような技術力や、黒歌のようなオーラ感知能力が必要だ。まだ確定ではないけど、その可能性が高いとみるべきだろう。

 

「レヴィアタンの血筋のことは、今後も周りには伏せておいた方がいいですよね」

「えぇ、お願いします。……旧魔王派閥の目がどこに紛れているかわかりません。現レヴィアタンの当主に彼女の存在を知られるのは避けたいのです」

「彼らは己の血を何よりも崇高なものだと信仰している。そんな血筋に下等だと見下している人間の血が混ざったなんてあいつらにバレたら、血眼になって殺しに来るだろうねぇ」

「……だからこそ、彼女を匿っていた前魔王レヴィアタン派に属していた貴族悪魔も隠し続けていたのでしょう」

 

 彼らが何の目的でイングヴィルドさんを匿っていたのかはわからない。ただただ己が信仰する魔王レヴィアタンの血筋を、人の血が入ったという理由だけで失いたくなかったのかもしれない。前魔王の一族を支持する層は未だに根強くいる。古き悪魔達が一枚岩じゃない、っていうのもよくわかる事例である。

 

 原作の『禍の団(カオス・ブリゲード)』に所属していたカテレア・レヴィアタンは、イングヴィルドさんのことを知らなかった可能性は高い。もしかしたら、原作が始まる前の過去に見つかってしまい、すでに殺されてしまっていたパターンもあるが…。たぶん、それはないだろうなぁと俺の直感が告げている。

 

 だって、旧魔王の血筋を持つ神器持ちって、ヴァーくんのような奇跡てんこ盛り属性なんだぞ。これがモブ扱いされるなんて、そんなの世界の方がおかしい! 十七歳の美少女が描写なく死ぬなんて『ハイスクールD×D』じゃない! クレーリアさん達みたいな悲しい過去扱いはマジでもう勘弁してくれ…。

 

「今思ったけど、ヴァーくんと何だか似ていますね」

「あぁ、殿下もいたねぇ…。殿下の方も面倒だけど、家門が残っている方も色々厄介だよ」

「旧ルシファーの血を引く者は、現在の悪魔社会にいません。しかし、レヴィアタン家は今でも悪魔社会に現存しています。レヴィアタンの血筋の者をレヴィアタン家の当主がどのように扱ってもこちらは本来手出ししてはいけないのです。それが悪魔貴族の社会ですから」

 

 なるほど。リゼヴィムとその息子は行方不明で、旧ルシファーの正当な血族はおそらくいないのだろう。原作の旧魔王派にルシファーの血族だけいなかったのがその証拠だ。だからこそ、ヴァーリ・ルシファーが人間とのハーフだとしても、旧魔王派は自身の派閥に組み込もうと最初声をかけたのだろうな。

 

 そう考えると、イングヴィルドさんの存在はなおさらバレてはいけない。正式に当主からイングヴィルドさんを寄越せと言ってきたら、こちらがそれを断るのは難しいからだ。たとえ、殺されるだけだとわかっていても。政府や古き悪魔の説得でなんとか殺されないようにしたとしても、彼女が無事に過ごせるかはわからない。

 

 まるで原作のバアル家みたいだな。滅びの力を受け継げなかったサイラオーグさんを母親の実家であるウァプラ家や、親族であるグレモリー家が引き取ると言っても、バアル家の血を引く者は自分達で管理する、と存在を否定しながらもバアルという檻に閉じ込めた。母子が不幸になるとわかっていても、悪魔貴族家のルールに従うしかなかったのだ。

 

 あぁー、サイラオーグさんで思い出したけど、彼のお母さんのミスラ・バアルさんも『眠りの病』に罹ってしまっていたはずだ。まだ完全な『眠り』に入っていないだろうけど、症状が出始めている時期かもしれない。彼女のことも心配だけどバアル家に閉じ込められている現状、こちらは手出しができない。原作同様、サイラオーグさんが次期当主の座を手に入れるまで待つしかないのだ。

 

 改めて心の中で思う。悪魔というか、貴族社会がめんどくせぇ…。

 

 

「ふぅ…、暗い話は一旦やめましょうか。まだ『眠りの病』から救えるかもわからない内から悩んでも仕方がないことですし。彼女はグレモリー家がたまたま保護した混血児の女の子。今はそれでいいですよね」

「……確かにそうですね」

「それに、資料には『眠りの病』に発症してから少なくとも九十年以上は眠り続けていたって書かれていました。彼女にしてみれば人間として平凡に過ごしていたら、突然悪魔の血に目覚めて病を発症し、そのまま家族や友人達と別れを告げる間もなく眠ってしまった。……俺からすれば、例え目覚めたとしても彼女の精神面の方が心配です」

 

 俺だったら耐えられるだろうか。目が覚めたら、家族や自分のことを知る人間はすでに死んでしまっているという現実を。人間から突然悪魔という種族に変化してしまったことを。俺だって徐々に天使に近づいているってことを時間をかけて受け入れているのに、そんな覚悟もなく否応なしに突きつけられるのだ。

 

「カナくん、同情のし過ぎはいけないよ。キミの良いところでもあり、危険なところでもある。患者を思うのは大切だけど、まずは『眠りの病』について研究することだけを考えなさい」

「……はい、わかりました。それでも、俺は彼女の主治医になるんです。患者の治療に関する責任は治療者として果たします」

 

 冷静に諭すメフィスト様の言葉に頷き、心を落ち着かせるように深く息を吐いた。彼の言う通り、俺のこの心配も捕らぬ狸の皮算用ってやつだ。まず俺が一番にやるべきことは、『眠りの病』について知り、そして治療に向けて出来ることを頑張ること。それ以外のことは一先ず後回しにしても問題ない。

 

 『眠りの病』は原作でも解決方法が解明されていない。それでも、『眠りの病』から『回復できる』ことを俺は知っている。決して不治の病ではないことを俺は知っているのだ。だから、出来る限りのことを俺はしてあげたい。手を心臓に当てて瞼を少しの間閉じた後、俺は意識を切り替えるように笑みを浮かべた。

 

「もう大丈夫です。とりあえず、やれるだけまずはやってみます。最初から一発で成功するのはさすがに難しいでしょうから、今後も定期的に彼女を通して『眠りの病』に関する記録や経過観察、治療を進めていくつもりで頑張ります」

 

 ある意味で治験のような扱いになってしまうのは非常に申し訳ないけど、『眠りの病』について研究するには患者が必要だ。それに悪魔であり、人間である素体はおそらく彼女だけだろう。俺は人も悪魔も何度も治療してきたし、ヴァーくんというイングヴィルドさんと似たような事例にも触れてきている。

 

 あと言い方は悪いが彼女は天涯孤独だ。シトリー領で『眠りの病』の生命維持を受けている悪魔達にはそれをお願いした家族がいる。その関係者と信頼関係を築いたり、治験をさせてほしいと交渉したり、治療の内容を説明したり、そういった手続きを毎回やる手間を考えたら時間の短縮にもなる。もちろん、試す時は必ず安全確認をするし、大人達の許可だってもらうけど。

 

 そんな様々な不安を胸に抱えながらも、冥界へ向かう列車は粛々と進んでいったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「あっ、やっと来たわね奏太。グレモリー家に患者を運んでおいて、ずいぶん待たせるじゃない」

「黒歌、お客様に対して失礼ですよ。それに、倉本奏太様を呼んだのはこちらの都合です」

「今はオフの時間でしょ、それに奏太から敬語を使わなくていいって言われたしー」

「まったく、あなたは…」

 

 グレイフィアさんの後に続いてグレモリー公爵邸にお邪魔し、公爵様方に挨拶をしてしばらく人気の少ない廊下を歩いた後。長い黒髪を二つに括り、落ち着いた色合いの和服に身を包む女性がぷんすかと腰に手を当てながら現れた。猫の耳と尻尾をゆらゆらと揺らし、グレイフィアさんに対して減らず口を叩くのは一人しかいない。駒王町体験ツアーぶりだけど、相変わらず賑やかな悪猫である。

 

「久しぶり、黒歌。でも、メフィスト様はちゃんとしたお客様だけど?」

「ごきげんよう、グレモリー公爵邸へお越しくださり誠にありがとうございます」

「うわぁ…」

「ちょっと、ヒトに言わせておいてその反応は何よッ!?」

 

 シャー! と猫パンチしてきたので、ひょいっと避けておく。うんうん、やっぱりこの反応こそ黒歌である。後ろの方で好々爺のように笑うメフィスト様と、頭が痛そうにしているグレイフィアさんは見えたけど。

 

「ハハハっ、元気だねぇ」

「お恥ずかしい限りです…」

 

 そんな騒がしい様子に向かい側の扉が開かれ、そこからひょこっと顔を出したのは白い猫耳がついた白髪の小柄な女の子。その子は俺達を見つけると、頬を膨らませてプンプンとした様子で姉に向かって「怒っています」とアピールするように腰に手を当てた。

 

「姉さま、声が大きいですよ。傍で寝ているヒトがいるんですから!」

「いや、白音。その眠り姫を起こすために奏太を呼んだんでしょうが」

「それでもマナーは守るべきです。兄さまも姉さまを揶揄っちゃダメですよ」

「ご、ごめんなさい」

 

 さすがはしっかり者のみんなの妹、白音ちゃん。最初の人見知りなところなんて過去のこと、だんだんと俺の扱いも姉に似てきているので気を付けよう。俺はいつだって頼れるお兄ちゃんでありたいからな。自分の可愛い妹からの注意に「はーい」と素直に返事をすると、黒歌はこちらに向かって真っ直ぐに視線を向けた。

 

「それで、実際はいけそうなの?」

「わからない、初めて見る症状だしな。まぁ色々試してみるしかないさ」

「あの子がここに来てまだ一週間ぐらいだけど、リアスも白音もすごく心配してる。病気なことは話しているけど、まだ二人とも子どもね。必死に起こそうと毎日話しかけたり、手を握ったり、本を読み聞かせたり、寂しくないようにってぬいぐるみを作ったり…。わかっているけど、こういう時ってどう声をかければいいのかわかんないわね」

「黒歌…」

「だから、期待してる。妹達のために頑張んなさいよ」

「……おう」

 

 黒歌なりの激励に、素直じゃないなと返事を返した。詳しい事情は知らなくても、本来ならレヴィアタンの血筋を持つ彼女の存在をリアスちゃん達にも隠すべきだったかもしれない。だけど、グレモリー家の皆さんが彼女達に世話を任せたのはたぶん、本当にイングヴィルドさんが目覚めた時、自分のことを心配してくれるヒトがいることを知って欲しいと思ったからなのかもしれない。

 

 一度懐に入れたのならその深い情愛で慈しむ、それこそがグレモリー一族だ。偶然が重なっただけかもしれないけど、イングヴィルドさんがここに連れてこられてよかったと思う。俺は真っ直ぐに白音ちゃんが出てきた扉の前まで進むと、グレイフィアさんによって開けられた扉の先を見据える。白いベッドの上にはカラフルなぬいぐるみが置かれ、傍にあるテーブルには本や観葉植物、楽器なども並べられていた。

 

「ごきげんよう、奏太さん。来てくれてありがとうございます」

「こんにちは、リアスちゃん。そのヒトが、イングヴィルドさん?」

「えぇ、綺麗な子よね」

 

 ベッドの隣の椅子に座り、静かにその白い手を握る紅髪の少女はニコッと笑って挨拶をしてくれた。でも、どこかいつもの覇気がないのはわかる。彼女は賢いから、病気のことも理解しているだろう。それでも、出会って一週間しか経っていない少女に、こうして心を傾ける。黒歌が心配するわけだと肩を竦めた。

 

 そっとベッドの中を覗くと、思わず息を呑んだ。これまで色々な髪色を見てきたけど、淡い紫色の長い髪が柔らかそうに波打っているのを見て珍しさに目を瞬かせる。瞳はきつく閉じられているけど、整った顔立ちからは幻想的な雰囲気が感じられた。悪魔は美人が多いと聞くけど、これは悪魔の血が色濃く覚醒した証でもあるのだろう。

 

「手を握っていると、この子が生きているってわかるわ。脈も呼吸も心配になるぐらいゆっくりだけどね」

「リアス、あんまり根を詰め過ぎても仕方がないわよ。そんなに何度も確認したって、大して変わらないわよ」

「何よ。黒歌だって毎朝、毎晩、わりとこまめにこの子が大丈夫か仙術で確認している癖に」

「な、何で知って…」

 

 ハッと口を押さえようとした黒歌の横で、姉にムフフと「姉さまの素敵なところを私はちゃんとわかっているよ」と自慢げにグッジョブと親指を立てる白猫の姿が。黒歌の白音ちゃんへの仙術修行は順調なようで、きっと姉の痕跡に気づいて妹二人でにんまりしていたのだろう。相変わらず仲がよろしいことで。

 

 

「ほ、ほら、私たちは一旦出るわよ! あと奏太、眠っている子に悪戯はしないようにね」

「するかっ! リアスちゃんと白音ちゃんの前でそういう冗談はやめてくれ」

「はいはーい」

「もう、黒歌ったら」

 

 黒歌に揶揄われ、白音ちゃんとリアスちゃんにお願いしますと頭を下げられ、俺は小さく笑ってひらひらと手を振り返しておいた。三人が部屋を出ると、メフィスト様は俺の邪魔にならないように部屋の隅で様子を見守るように立ち、グレイフィアさんがイングヴィルドさんを俺が診やすいように動かしてくれる。

 

 その間に俺は手の平に相棒を呼びだし、まずは普通に診察から始めてみることにする。俺が目を瞑ると同時に紅の槍からひらりと黄色の蝶が舞い上がり、イングヴィルドさんの胸の上に止まるとふわりと溶ける様に吸い込まれていくのを感じた。オーラの流れは正常な人より確かにゆっくり循環している。身体の機能も血の流れにも特に異常はないが、ただただ静かに衰弱していっている感じだ。

 

「…………」

 

 俺はさらに集中して彼女の身体にオーラを巡らせていく。悪魔特有の魔力の波動を調べると、かなりの量が内包されていることに気づいた。下手したらルシファーの血族であるヴァーくんぐらいはあるんじゃないか。少なくとも、現レヴィアタンの子孫の中では、ぶっちぎりのトップだろう。

 

 もしかすると、彼女を保護した悪魔はそれを知って現レヴィアタンの当主から隠したのかもしれない。とりあえず、魔力を調べてみたが特に異常と呼べるものは感じられない。ただ身体全体が機能不全を起こしているように、魔力もどこか歪というか、歯車が上手く回っていないようなそんな感じがする。

 

 あと彼女の魂の部分にもオーラを慎重に流してみると、何故か殻のようなものに阻まれた感覚を覚えた。どういうことだ? まるで何かに覆われているような感じである。俺は右手に相棒を持ち替え、左手に数珠を巻き付けて術式を発動する。しかし、いくら試してみても魂にまでたどり着かない。彼女の魂は確かにあるはずなのに。

 

「相棒はどう思う?」

《――接続不良(connection failure)

「接、続……?」

 

 おおよそ生き物には相応しくない原因に声を失う。

 

《肉体、魂の接続に齟齬(エラー)。天使生成システムと違い、悪魔生成システムの管理者不在。故にプログラムエラー発生。黄昏は完璧主義。魔王は過剰故の欠陥構築。杜撰不愉快》

「え、えーと…」

 

 ここまで相棒が長々としゃべるのは珍しい。そして、意外にも不機嫌そうな感情が感じられた。さすがの相棒もあまりの杜撰さに見ていて美しくないとイラっときた感じなのかな。なんというか、同じ神性を相手にしているような……同族嫌悪に近いのかもしれない。

 

「カナくん、どうしたんだい」

「その、相棒からの診断結果の意味がよくわからなくて…。たぶん、肉体と魂に接続不良があるみたいです。それで天使生成システムは相棒のことだよな。でも、悪魔生成システムの管理者不在って何のことでしょう?」

「……それは、リリス様のことかもしれないねぇ」

「えっ? リリス様って、ヴァーくんの(ひい)お婆さんのことじゃ…」

 

 俺の口から告げられた相棒の言葉に、メフィスト様とグレイフィアさんが揃って目を見開く。首を傾げる俺に向かって、メフィスト様は少し考えるように顎に手を当てると、ちょっと嫌そうな表情を浮かべながら肩を落とした。

 

「カナくんは僕達古き悪魔……その中でも原初の悪魔がどうやって生まれたかは知っているかい?」

「原初って言うと、七十二柱の悪魔達の初代や番外の悪魔がってことですか?」

 

 そういえば、どうやって生まれたんだっけ? 魔王ルシファーは元々天使で、リリスは元人間だったって説はあるけど…。現在の悪魔達は人間と同じようにエ、エロいことをして子どもを出産する。だけど、一番最初ってなると親はどうなるんだろう。

 

「正解は、天使と同じさ。僕やカナくんも知る初代バアルも含め皆、悪魔生成システム――リリス様によって直接産み落とされたのさ」

「え、えぇぇッーー!? つまり、ヴァーくんは大家族だった!?」

「倉本奏太様、落ち着いてください。違いますから、先ほど天界のシステムと同じだと話していましたでしょう」

 

 リリス様ヤベェ…と戦慄していたら、改めて詳しく説明をしてくれました。要はリリス様には、生殖活動なしで原初の悪魔を生み出す能力が備わっていたらしい。そしてルシファーの子どもであるリゼヴィムは、魔王ルシファーとリリス様がちゃんとイチャイチャした結果できた子どもとのこと。なるほど、つまりリリス様は悪魔版の人型相棒だったってことか。システムである相棒にも天使を生成する機能が備わっている訳だし。

 

「じゃあ、管理者って言うのは…」

「魔王ルシファーだよ。もっとも、彼でも産み出した後の悪魔の不具合を治せたかはわからないけどねぇ。なんせ、相当リリス様に無理をさせて悪魔を生産させていたみたいだから。相棒くんの言う欠陥が内包されていたとしてもおかしくはない」

「あぁ、『黄昏の完璧主義』っていうのは、聖書の神様は天使を作る時に『接続不良』って不具合が起きないように気を付けていたってことか」

 

 確かに天使と堕天使にはそういう感じの不具合はないもんな。『眠りの病』が発症するのは悪魔だけみたいだし。

 

「おそらくリリス様が生産した大量の悪魔の中には、今回のような接続不良や欠陥を持って産まれた初代悪魔もそれなりにいたのだろうけど、魔王ルシファーに出来損ないとして処分されたんだろう。そして、『問題なし』と太鼓判を押された悪魔のみが今の僕達になったってことさ」

「そんな…」

「そういうことを平気でやれる方だったのさ、初代魔王ルシファーは」

 

 相棒が怒るのはちょっとわかったかも。自分と同じような力をこんなにも杜撰に使われたら、プログラムエラーを起こして当然だって気持ちだったのだろう。初代の頃は問題なくても、年代や子孫を重ねる内に内包されていた不具合が表に現れた。サイラオーグさんのような『魔力が異常に少ない子ども』も、そういった不具合の一つだったのかもしれない。

 

「ある意味、今の神器システムと似ているのかもしれないねぇ。『神器症』と『眠りの病』はシステムの不具合によるもの、『神滅具(ロンギヌス)』と『超越者(ちょうえつしゃ)』はシステムの異常(バグ)によるもの。不具合が起こるなら、当然バグも起こるって訳さ」

「あっ、確かに『超越者』は悪魔のみに使われますもんね」

 

 何で悪魔だけ『超越者』って存在が突然生まれたのかと思ったら、神器システムの『神滅具』と似たようなもんって言われてなるほどと思った。両方とも訳が分からないレベルの性能だもんな。逆に完璧主義の神様の手で作られた天使や後の堕天使が、既存の枠組みを越えるのが難しいって理由もわかる。安定しているが故に変数も生まれにくいってことだろう。

 

 もしかしてリゼヴィムが『神器無効』って異能を持ったのは、こういう悪魔と神器というシステム的な類似点が原因でバグった結果とか? うーんと頭を捻るが、とりあえず悪魔のアレコレは今は置いておこう。今考えたところで仕方がない。重要なのは『眠りの病』を治療できるか否かなのだから。俺は先ほどまでの調べた結果を頭の中で反芻しながら、自分の考えをまとめるように呟いた。

 

 

「まずはどこから手を付けるべきか。身体と魂の接続不良ってことは、相棒の異能で不具合部分を『書き換え』られるかもしれないけど…。そもそも指針となるべき『0』がないと難しい。神器システムの不具合は聖書の神様を基にして『0』に設定できたと考えれば、悪魔システムの不具合はリリス様が基になる『0』ってことになるのかな」

 

 しかし、俺の原作知識に悪魔の母であるリリス様は出てきていない。奪われたオーフィスの力から生み出された分身体の少女に、リゼヴィムが『リリス』と名付けていたけどアレは全くの別ものだろう。悩んでもリリス様に関する情報はほぼないに等しい。そうなると、このやり方で不具合を直すのは骨が折れそうだ。

 

「じゃあ、それよりもまずはこっちを試してみるべきか」

 

 原作で兵藤一誠は何故成功できたのか。原理は知らん。だけど、ピースはある。『乳語翻訳(パイリンガル)』は女性の胸に秘められた声を聞くエロ技。たぶん大事なのはエロではなく、この心の声を聴くこと。そしてその心に『語り掛けることができる』のが重要なんだと思う。

 

 原作の九巻の修学旅行編で九重(くのう)のお母さんである九尾の御大将(八坂さん)が、英雄派によって洗脳されて暴走させられた時、『乳語翻訳(パイリンガル)』を使って正気に戻すことができた。あの時は初代様の補助で心に直接語り掛けられるように弄ってくれたおかげだったはずだ。九重(くのう)の声が届いたことで、母親を救うことができた。

 

 そして原作十巻では、兵藤一誠が一度ミスラさんに『乳語翻訳(パイリンガル)』を使って失敗したような描写があったけど…。何故かサイラオーグさんとの最後の決戦の時に一誠だけに見えるミスラさんがサイラオーグさんに喝を飛ばす姿と声が認識できたのだ。ここで重要なのは、サイラオーグさんには見えていなかったことである。心では感じていたかもしれないけど。

 

 そこで俺なりの考察だけど、兵藤一誠とミスラさんは失敗したと思っていた『乳語翻訳(パイリンガル)』でずっと胸の中で微かに繋がったままになっていたんじゃないかってことだ。それなら兵藤一誠にだけはっきり見えるのも、聞こえるのも理由がつく。九重の時は彼女の言葉で、ミスラさんの時は兵藤一誠を通して見た息子の姿で、目を覚ますきっかけになったんじゃないかってことだ。

 

 

「心――魂に直接呼びかけることで意思の力で内側から殻を破ってもらう。肉体と精神の接続が切れているのなら、精神を活性化させて燃料を注ぎ込んで稼働させる。まだ他の悪魔には使えない方法かもしれないけど、人間であり、悪魔でもある彼女なら直接魂に働きかける道がある」

 

 イングヴィルド・レヴィアタンは神器所有者だ。魂には触れられなかったからどんな神器を持っているかはわからないけど、黒歌の言う通り彼女とは異なるオーラが確かに身体の中を流れていた。それなら話は早い。だって、神器はその人の魂に宿っているのだから。

 

 そして、俺が持っている神器はその神器を統括するシステムそのもの。肉体から魂に接続できないなら、神器を呼び覚ますことで魂を活性化させて肉体と接続させればいい。そうすれば、原作の『乳語翻訳(パイリンガル)』のような効果を及ぼしてくれるかもしれない。

 

「メフィスト様、グレイフィアさん、禁手を使ってもいいですか?」

「それほどのことをするのかい?」

「これに関しては単純な俺の実力不足です。俺が使いたいのは『慈悲(ケセド)』の「干渉(インターフィア)」の異能です。だけど、通常の状態ではまだ使いこなせないんです。禁手による相棒のサポートがあれば、彼女の中に眠る神器に「干渉」して神器の意思を呼び起こせるかもしれません」

 

 簡単に俺がやろうとしていることをいうと、初対面の鳶雄が小学二年生の俺にやらかしたやつである。つまり、神器同士の共鳴によるもう片方の引き上げ。神滅具は一種だけでも事象が歪みやすいので、俺の神滅具のオーラを当てることができれば、彼女の眠っている神器を叩き起こせる可能性が高い。

 

「今は接続不良の不具合の所為で、彼女の魂や精神に影響を及ぼすのが困難になっています。だから、もう禁手の威力でごり押しすることにしました」

「カナくん、色々考えた結果、結局力押しになっていないかい?」

「シンプルって素晴らしいですよね!」

 

 それに接続不良は治らなくても、神器さえ目覚めれば宿主を生かすために意思が働きかけてくれるかもしれない。昔の俺が生き残れた時のように。そして目覚めた神器が暴走しないように制御するのも俺と相棒の役目だ。彼女の安全は第一で、必ず成功させる。

 

「いける、相棒?」

《肯定》

 

 無機質ながら当然というニュアンスで答える相棒がそういうのなら間違いない。俺が神器を構えたのを見て、不測の事態に備えてメフィスト様達も準備してくれている。深く、深く――息を吐き切った俺は紅の槍を構えながら聖句を口にした。

 

 そうして彼女の神器へと呼びかけた俺の目に映った景色は、どこまでも広がる澄み切った大海原だった。

 

 

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