えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二百三十一話 経験

 

 

 

「何というかイングヴィルドくんを紹介したのは間違いなく私だけど、まさか診断した当日に『眠りの病』の原因の究明と治療まで済ませてしまうなんて…」

「カナたんと相棒くんならって期待はしていたけど、いざ本当にできちゃうと言葉が出てこないね…」

 

 大報告会でサーゼクス・ルシファーがもたらした情報により、倉本奏太がイングヴィルドの診断のために冥界入りをした当日。四大魔王達はそれまでに急ぎの仕事を終わらせ、残りは眷属たちに任せ、万全の体制で治療結果を待つことにしていた。治療を頼んだのは魔王達であり、期待も当然あったが、それ以上にあの少年がやらかさないか不安も大きかったのだ。

 

 永年悪魔達を悩ませてきた不治の病に対して何か新しい手立てが生まれればいい、という気持ちは当然あった。だが、本来なら診察してすぐに好転するような結果が出る方がありえないのが正直なところ。こんな風に魔王全員が集まって、じっと人間の子どもによる治療結果を待っている方が異様なのだ。しかし、これまでの経験からこの選択に迷いはなかった。

 

 さすがの倉本奏太だって何も成果を得られない可能性だってある――というそんな「甘い考え」でいたら確実に対応が出遅れる。もうやらかす前提で胃薬とフェニックスの涙を準備してスタンバイしておくのが彼らの中で常識となっていた。

 

「まぁ実際、大当たりだったわけだしね。結果的に本家本元だったからこそ原因がわかったっていうのも大きいけど」

「『眠りの病』のそもそもの原因が、初代悪魔を創った魔王ルシファーによるもの。聖書の神が創った天使生成システムを真似て、さらに自分なりに魔改造を施して生まれたのが悪魔生成システムであるリリス様。不具合のない完璧な生命体が天使なら、不具合が起きる可能性もあるが変数を持つ生命体が悪魔ってことだろうな」

「悪魔のみに起こる不具合と変数…」

「それが『眠りの病』であり、『超越者』という存在なのだろう」

 

 奏太から伝えられたシステムからの診断に思わず遠い目になる。まさか『眠りの病』の治療から、自分達のルーツにも繋がる原因が発掘されるとは思ってもいなかった。何故悪魔から『超越者』が生まれるのか。多くの研究者にとって課題だったことが、こんなかたちで表に出るとは…とこめかみを手で押さえるしかなかった。

 

「でもでも、『眠りの病』の治療が好転したのは本当に良かったよ! 今のままじゃ打つ手なしって感じだったしね」

「肉体と魂の接続不良の解消か…。こういったスピリットやシャーマン的な療法は、仏教陣営や北欧勢力の方が詳しいだろう」

「今回、倉本奏太くんの治療が成功したのは、患者が魂と直接繋がっている神器持ちという特殊ケースだったからだ。システムそのものである相棒くんの助けも大きいだろうね」

 

 気分を変えるように明るい声音で嬉しそうに手を叩くセラフォルーに同意するように、アジュカとサーゼクスも今後の展開を口に出していく。まだまだ先は長く問題も多いが、『眠りの病』は不治の病ではないと証明された。この知らせは多くの悪魔達にとって間違いなく吉報となる。

 

「ただ現時点で精神という概念に「干渉」できる力を持っているのは、倉本奏太くんだけだからね。神器症の治療に続いて、眠りの病まで彼一人に抱え込ませるのは負担が大きすぎる」

「そのあたりは俺の持つ『覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)』で唯一の覚醒者であるイングヴィルドくんから何か情報が得られないか調べるつもりだ」

「あとは、神器症の負担軽減のための研究を堕天使の総督が行っていたはずだよ。肉体との不具合を解消するという目的は同じだし、そのあたりから探っていくのもありだねー」

「じゃあ、私は外交官として仏教陣営と北欧勢力へお伺いを立てないとね。仏教陣営はカナたんのおかげで連絡が取りやすいけど、北欧側はどこからあたりを付けるのが角が立たないかな…」

 

 少年がもたらした情報から四大魔王はさらに議論を交わし、これからの予定を突き詰めていく。やるべきことは多いが、何から手を付けていいのかわからず止まっていた今までと比べればマシであろう。そうしてある程度の方針を固めることができた魔王達は、放心したように深く息を吐き合った。休憩に飲む温かい紅茶にダメージを負った胃を癒しながら、改めて今回齎された『悪魔』の在り方についてわかった情報に疲れたように瞼を閉じた。

 

 

「それにしても、どうやって初代魔王様は変数を持つ「悪魔」って存在をつくったんだろう。聖書の神のシステムを真似て悪魔(私達)ができたのなら、(あっち)もそういう天使が創れたってことだよね?」

「創れなかったのではなく、創りたくなかったのだろう。変数とは言わば未知だ。己の手足となるべき天使(部下)が「創造主より強くなる可能性」を神は潰し、安定を図ったと考えれば辻褄は合う」

「そして、神によって創られた元天使である初代魔王ルシファーは、それにより神に勝つことは難しいと悟り、「創造主より強くなる可能性」としての悪魔(変数)を求めるに至った。その過程にどれだけの悲劇や不幸が起ころうともね」

 

 セラフォルーからの疑問に、アジュカとファルビウムは肩を竦めて考察を話す。神の用心深さはこれまでの歴史が物語っている。己が創った天使にさえ、「堕天」という裏切りを抑制するルールを強制的に背負わせているのだから。初代魔王ルシファーにとっても苦肉の策だったのかもしれないが、自分が神に敵わないのなら可能性に賭けるしかない。多くの犠牲を払いながらそうして悪魔は数を増やし、神に対抗する勢力へとのし上がっていったのだ。

 

「フェレス会長が言っていた『神器』と『悪魔』が似ているという点から考えて、神は変数を起こしうる『神器』を天使ではなく人間へと渡し、魔王は『悪魔』にその概念を混ぜることにした。だから悪魔には『神器』のような特殊な能力を持つ者が生まれ、血筋として異能を受け継いでいくが、同時に不具合やバグも起きるようになってしまったという訳さ」

「確かに悪魔には「魔力」と「血で受け継がれる異能」があるけど、天使と堕天使には基本「光力」しかないもんね」

「天使や堕天使が注視する神器から一番遠い存在だと思っていた私達が、実は一番近しい存在だったかもしれないというのは皮肉だけどね」

 

 バアル家の持つ『滅びの魔力』やベリアル家が持つ『無価値』、そして悪魔の家ごとにある特性。それらは悪魔貴族にとって誇りであると同時に、いつ己に牙を剥くかわからない不具合も孕んでいた。サーゼクスは小さく肩を竦めると、複雑な表情で自分の手の平を見つめていた。

 

「……ネビロス家が『人工超越者』を作る過程で、何故『混ぜ物』に拘っていたのか。もしかしたら、彼らは悪魔が混ぜられて創られた存在だと知っていたのかもしれないね」

「それであんな(おぞ)ましいものを創られてはたまらないよ」

「ごもっとも。数多ある変数を人工的に手繰り寄せて創ったものに制御が効くかも怪しいのにね」

 

 肩を竦めておどけるファルビウムに、疲れたように首を振ったサーゼクスは小さく溜め息を吐く。それからふと天井を見上げて逡巡したファルビウムは、「あっ」と力のない声でボソッと呟いた。

 

「あぁー、だから初代魔王は『刷り込み』と『恐怖政治』で悪魔達を縛ったのか」

「えっ、どういうことファルビー?」

「天界にいる多くの天使達が、未だに死んだ神を信仰しているのは「そういう風に創られた」からとも言える。悪魔が天使生成システムを基礎にして創られているのなら、そんな忠誠心と同じような刷り込みを悪魔にだって植え付けられるかもってことだろう?」

 

 ファルビウムの考えに、思わずハッと魔王達は顔を見合わせた。時代は変わり、トップである魔王だって変わったのに、未だに根強く残る旧魔王派へ向けた信仰にも近い忠誠心。それは古い悪魔程顕著だが、そういう風に初代魔王から刷り込まれたと考えれば年代が上であるほど影響が大きいのは当然だろう。子孫にいくほど忠誠心の影響が少ないのは、血の薄まりによって刷り込みが薄れているからとも捉えられる。

 

「さしずめ新興魔王(僕達)は、初代魔王()(たもと)を分かった堕天使と同じなのかもね。悪魔には『堕天』っていうわかりやすいシステムがないから、見分けがつかないだけでさ」

「つまり、私達って初代魔王にとって堕天した悪魔ってことなのね」

「神が天使に子孫を残しづらくしたのも忠誠心を薄れさせるのを防ぐためだったのかも。魔王は神に対抗するために数を増やさなきゃいけなかった関係上、子作りを推奨するしかない。だから、子どもの頃から恐怖による『刷り込み』で縛るしかなかった」

 

 変数を持つ可能性がある悪魔は、魔王よりも強い者が生まれる可能性がある。だからこそ、旧魔王派は恐怖によって幼少期から逆らわないことを教えることで、悪魔達を自分たちの下に置いたのだ。サーゼクスやアジュカといった、魔王の予想を遥かに越える『超越者』が現れるまで。

 

 幼少期時代の苦い記憶を呼び起こした魔王達は、苦虫を嚙み潰したような顔で重く息を吐き出す。何故旧魔王派はあれほど残虐なことができたのか。その根底が権威による傲慢を見せびらかすためでもあり、恐怖による刷り込みのための教育でもあったのだ。もっとも、彼らはやり過ぎてしまっていたし、そのことをわかっていて行動している者は少なかっただろうが…。そりゃあ、相容れない訳だと頭を抱えた。

 

「……でさ、こんな爆弾情報を僕達はどうするべきだと思う?」

「世間にそのまま公表はできないよねー。『眠りの病』の原因が初代魔王ルシファーが後先考えずにそう創ったからです、とか言ったら頑固なおじちゃま達が絶対にカンカンになるのが目に見えるよ…」

「天使生成システムと神器システムを混ぜて魔改造したのが悪魔です、とか正直に言ったら悪魔社会が大混乱するな…」

「とりあえず正式な情報を整理しながら、表向きに公表できる情報と古き悪魔達を納得させるための情報に分けるしかないだろう…」

 

 全員キリキリと感じるお腹の痛みを胃薬とフェニックスの涙で誤魔化しながら、こちらに関しては徹夜作業になるだろうことを予感した。情報がマジで爆弾過ぎて下手に他所へ頼ることもできない。『眠りの病』の治療の為だったはずなのに、いつの間にか悪魔社会の根幹を揺らす真実を「なんかついでで発見しちゃった」みたいなノリで発掘してぶん投げてこないでくれ。覚悟していたとはいえ目に涙が滲んだ。

 

 そうして奏太が禁手の影響で眠った後も魔王達の長い夜は続いた。どうせ明日の朝になったら、目覚めた奏太からまたどんな新情報が飛び出すかわからないのだ。今のうちに片付けられるものは片付けておかないとまずい。絶対に色々まずい。これまでの経験の賜物だった。

 

 そして予想通り、目覚めた奏太から伝えられた『神器勝手にポン事件』やら「イングヴィルドさんの神器、もしかしたら新規神滅具かも?」とかが容赦なく為政者たちの胃に襲い掛かった。レヴィアタンの血筋だけでもヤバいのに、それに神滅具が追加かもしれないとか悪夢か? と徹夜作業の後の追撃にちょっと吐きそうになった。

 

 

「うぅぅ~、そのイングヴィルドちゃんって子、とんでもないびっくり箱過ぎない? どこのヴァーくん二号なのかな?」

「だが、無事に目覚められるようで何よりだよ。魔王として神滅具候補は危険だけど、同時に戦力の確保という観点から見れば悪くない結果でもある」

 

 目を覚ました奏太からの話をまとめたメフィストの報告に再び頭を抱えながらも、魔王達はイングヴィルドの目覚めを好意的に受け取った。厄介事は山ほどあるが、それを補えるほどの可能性(変数)を彼女は秘めている。それに善悪センサーを持つ奏太が問題ないと判断し、過保護なシステムが神器の暴走の心配をしていない。それなら、過度に危険視する必要もないだろう。

 

「うーん、ただそのヴァーくん二号はヴァーくんのように他組織が保護するのは難しいだろうね。レヴィアタン家が健在な以上、悪魔側で護るなら後ろ盾をちゃんとしていないと横から奪われるよ」

「あぁー、ファルビーの言う通りそのあたりも考えないとだね。でも、まだ目覚めたばかりなんだし、しばらくはグレモリー家が匿ってくれるでしょ。今はこっちもバタバタしているから、落ち着いてからそのあたりの兼ね合いを話し合ってもいいんじゃない?」

「はははっ、そうだね。ファルビウムの心配もわかるけど、セラフォルーの言う通りしばらくの間なら家に任せてもらって大丈夫だよ。リアス達も気にかけているみたいだしね」

 

 ふと、そんな三人の仲間たちの会話を何気なく耳にし、アジュカは不意に不安に駆られた。突然の感覚に驚くが、これは無視してはならない感覚だと経験が告げる。顎に手を当てて静かに瞑想する。これまでのことを思い出していく。この嫌な予感ともいうべき焦燥感や危機感はどこからきているのかを。

 

「……セラフォルー、そのイングヴィルドという子は近いうちに目覚めるのか?」

「えっ、うん。カナたんの検診では今日にでも目を覚ますかもしれないって」

「ファルビウム、レヴィアタンの血筋を考えれば後ろ盾が必要なのは間違いないが、早急に作るべきか?」

「……作るべきだろうね。レヴィアタンの血筋はそれだけ影響が大きい。天涯孤独で裏を何も知らない少女が生きていくには、この世界はあまりに敵が多すぎる」

「サーゼクス、グレモリー家のもつ情愛の深さをお前の妹も持ち合わせているか?」

「もちろんだ、私の妹だからね!」

 

 気になるピースを一つひとつ確認し、組み合わせていくと見えてくるものがある。確かに悪魔の出生の秘密や『眠りの病』の原因、神器勝手にポンなど大量の爆弾がこちらに放り込まれたのは事実だ。しかし、それらは倉本奏太にとっては本命ではない。あくまで彼の目的はイングヴィルドという少女を助け、『眠りの病』の研究をすることなのだ。

 

 そんな彼が、天涯孤独で命を狙われる危険性がある少女を、自分の立場を理由に放置できるだろうか。答えは――否だ。確実に何とかならないかと思考するに決まっている。こちらの判断に委ねるという選択を彼が取ってくれる可能性より、うっかりまた何かを思いついてやらかす可能性の方が高い! アジュカの優秀な脳みそがフル回転で稼働した。

 

 

「まずい」

「アジュカ…?」

「経験上、このままだと――奏太くんによるおかわり爆撃が来るぞッ!?」

 

 冷静沈着な友人の珍しく焦った叫びに魔王達の表情が恐怖に引きつった。

 

「えっ、ええぇぇぇッーー!? どっ、どういうこと、アジュカちゃんっ! もう現時点でいっぱいいっぱいなのに、まだおかわりが来るかもしれないのォッ!?」

「さ、さすがの奏太くんだって、これだけの爆弾を放出してすぐには――いや、前にもあったか」

「アジュカの実家の問題の後すぐに、僕の実家の問題を口に出してきたり…。神器症の治療、異世界の存在などを暴露した後に、赤龍帝とおっぱいで時間差爆撃テロを起こしてきた過去は実際にあるね…」

 

 思い出すと、むしろおかわりの前例の方があり過ぎて絶句した。

 

「――ッ!? そういうことか。サーゼクスのところには未使用の『悪魔の駒』を持つリアス・グレモリーがいる。地位や安全性、培われた情を考えれば、彼女が後ろ盾として立候補する可能性は高い」

「あっ、なるほど! イングヴィルドちゃんをリアスちゃんの眷属にするってことね。あれっ、それって私達的には良いことじゃ…」

「だが、イングヴィルド・レヴィアタンの神器や資質を考えれば、今のリアス・グレモリーが彼女を眷属にするのは難しいだろう。もし、そうなった場合――」

「はっ!? リーアたんが悲しんでしまう!」

「……サーゼクス同様のシスコンである彼なら同じ結論に至るだろう」

 

 アジュカの焦燥を理解した魔王達は、このままだとまずいと立ち上がる。アジュカの心配を考えすぎだと一笑できない時点で喉がカラカラに乾きだした。もうすでに魔王達はパンク状態なのだ。いくら悪魔故の体力で徹夜の仕事ができても、精神的な疲労は蓄積する。さらに朝から食らった爆撃の処理もまだなのに、ここからさらに追加とか心が死ぬ。

 

 シスコンだからこそ伝わるシンパシー。妹分が悲しむ姿を見た倉本奏太がそのまま慰めるだけで終わるわけがない。絶対にろくでもないことを考えようとする。概念に干渉できる異能ってだけでもヤバいのに、頼まれたら嬉々として奇跡を起こす過保護な神の後継者による全力のフォローも目に浮かぶ。凶悪過ぎるコンボだった。

 

「いっ、いやぁぁぁッ~~!! わんこ胃薬はやめてぇぇっーー!?」

「アジュカ、奏太くんのおかわり爆撃を止められるのはキミしかいない! 悪魔の駒関係の悩みなら、キミに任せるのが一番だッ!」

「軍師として、アジュカの懸念はもっともだと判断する。適材適所、すっごく嫌だけどキミの分の仕事は僕がやっておくから、今すぐに危険の排除へ向かうんだっ!」

「うぅぅ…、アジュカちゃんすぐに行って! ここは私達で食い止めるからッ!」

「お前たち…」

 

 最大の危機を前に四大魔王達の結束力はより深まり、アジュカは彼らから託された信頼にグッと拳を握りしめる。膨大な仕事(強大な敵)は仲間たちが食い止めてくれる。ならば、「あれ、ちょっと待てよ」の阻止(己に任された責務)を全うするのみ。限界を迎える自分や仲間達のメンタルや胃を守るために、必ずこの手で追加爆撃は止めてみせる!

 

 そうして、期待を一身に背負ったアジュカ・ベルゼブブが迅速に行動したことで間一髪、無事に任務を達成することができたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「――という理由で、仕事は仲間達に任せて俺は朝からグレモリー邸へ来たわけだ」

「さすがは魔王ね、奏太の思考をここまで理解するなんて…」

「経験者の知見ってすごいのですね…」

「お兄様、わりと元気そうでよかったわ」

「あれ、これツッコミを入れる話じゃないの? ごめんなさいって謝るべきなの、俺?」

 

 グレイフィアさん曰く、昨日から続いて今もてんやわんやしていると聞いた魔王様達。それなのに、どうして朝からアジュカ様がそこから抜け出して、わざわざグレモリー邸へ来てくれたのか理由を聞いたらコレである。イングヴィルドさんの検診の為じゃなくて、理由がまさかの俺だった。誰もが魔王様達の行動に称賛を送っていて、ツッコミをしてくれる人がいない件。

 

 おかしいな、俺はまだ何もしていないはずなのに…。むしろ人助けしかしていないと思うけど? それに思考の海に入る直前だったから未遂だし、そもそも本当に思いつくのかもわからなかった。しかし、そんな俺の考えを見透かすかのように全員のジト目がこちらに向けられてしまった。解せぬ。

 

「大袈裟だと思うんだけどなぁ…」

「だが、考えようとはしていただろう」

「そりゃあ、そうですけど」

 

 だって、リアスちゃん達が悲しそうな顔をしていたから…。でも、もしあのまま考えていたとしたら――資質が高すぎるイングヴィルドさんを『悪魔の駒』で転生させる方法。彼女の方を弄るのは人体実験をしているようで怖いので、もし手を付けるなら『悪魔の駒』の方に手を加えようと思っただろう。……あれ、そういえば。『悪魔の駒』って確か最初は王の資質で悪魔に転生させることができるけど、その後はその転生悪魔の資質が王よりも向上した場合、後天的に『変異の駒』に代わる仕様があったはずだ。

 

 原作の十一巻で元の肉体を失った兵藤一誠の「兵士」の駒八個がリアスさんの手元に戻った後、十二巻でイッセーは夢幻と無限で創られた龍の身体という明らかな資質オーバーになって帰って来たはずだ。それなのに、同じ「兵士」の駒八個でグレモリー眷属に戻ることができた。その時、兵藤一誠の「兵士」の駒は全て『変異の駒』に変化していたような描写がされていたはずだ。

 

 つまり、『悪魔の駒』には元々それだけの伸びしろがあり、どの駒にも『変異の駒』へと変わる可能性が秘められているという訳だ。だったら、そのあたりを相棒の異能で解析して弄ることができれば――

 

 

「まずはそのふざけた発想をぶち殺す」

 

「――いったァァッ!?」

 

 超越者様の右手による強烈なデコピンが俺の額を容赦なく打ち抜いた。

 

 

「考えるな。思いつくな。忘れろ。今頭の隅で考えただろうろくでもない発想を口に出すつもりなら、俺は実力行使も厭わない」

「も、もう実力行使をやってる…」

「す、すごい音が響いたのです」

「えっと、さすがに今回は奏太さんが悪いかな…うん」

「アホね」

 

 魔王様の突然のデコピンに、考えていたことがマジで頭から吹っ飛んだよっ! あまりの痛みに涙目で額を押さえるが、相棒が痛覚を消滅してくれないあたり反省しなさいということなのだろう。いや、うっかり考えちゃった俺も悪かったけどさ…。服の袖で涙が零れそうになった目を擦り、微笑んでいるのに目が全く笑っていないアジュカ様に俺は素直に頭を下げて謝罪を口にした。

 

「倉本奏太くん、『悪魔の駒』関連でキミが困った時は製作者として必ず相談にのるし、多少なら融通や裏技だって使ってあげよう。だから今後は……いいね?」

「はい、次からは気を付けます!」

 

 ビシッとお行儀よく返事を返しました。実際、『悪魔の駒』関連って冥界の社会全体に関わる明らかな厄ネタばかりだから、部外者が下手に弄らない方がいいだろう。困ったらまずは大人に相談って大切なことである。だから、記憶が一瞬飛ぶぐらいマジで痛かったので『発想殺し(デコピン)』はもう勘弁してください!

 

「……これふざけているようで、さらっと魔王相手にとんでもない交渉を成立させているわよね」

「駒を所持する上級悪魔からしたら、喉から手が出るほど欲しい破格の契約内容よ」

「でも、不思議です。すごいことのはずなのに、兄さんを素直に褒められないのは何故なのでしょう…」

 

 『悪魔の駒』に関して触れないという条件で、アジュカ様の全面協力という強い後ろ盾を手に入れたはずなのに、妹分達の目が遠い。初めの頃は純粋に俺のことを慕ってくれていたはずなのに、だんだん朱乃ちゃんのように「兄さまだもんね…」の一言で諦められてきているような気がする…。相棒、俺の兄の威厳的なものをうっかり消しちゃっていたりしない? 後日、「キングオブお兄ちゃん(命名:俺)」の称号を持つデュリオに相談するべきだろうか。

 

「あのアジュカ・ベルゼブブ様、ご協力ありがとうございます。でも、本当にいいのですか? 本来、王の資質に合わない者を無理やり眷属にするのは混乱を招くことですが…」

「もちろん、今回だけのレアケースだ。王の実力以上の者を眷属にするのは危険性の方が高い。だが、イングヴィルド・レヴィアタンの場合、実力が問題ではなく資質の高さが問題だ。裏を何も知らない一般人であった事実は変わらないのだからね」

「確かに神器、豊富な魔力、高いポテンシャルはあっても、所詮は一般人。使い方も知らないんじゃ現状宝の持ち腐れ状態よね」

 

 アジュカ様の言う通り、イングヴィルドさんを実力者と呼ぶのは違う気がする。戦い方だって知らないし、自分に秘められている力すらよくわかっていない。今の彼女じゃ下級の相手と戦うことも難しいだろう。

 

「それにイングヴィルドさんは、まだ療養中です。しばらくは体力や記憶障害の回復に専念しないといけません」

「つまり、今現在彼女の資質の高さは必要なものじゃない。それなら対処は簡単さ。その資質の高さを、リアス・グレモリーが眷属にできるレベルまで封印してしまえばいいだけだ」

 

 アジュカ様はリアスちゃんの『女王の駒』を受け取ると、幾重もの魔方陣を駒に向けてスキャンするようになぞっていった。すると、彼の手にあった『女王の駒』は『変異の駒(ミューテーション・ピース)』ほどではないが淡い光を放ちだしていた。どうやらリアスちゃんの資質に合わせて調整してくれたらしい。そんなことを片手間で出来るとは、さすがは超越者様である。

 

「つまり、簡単に言うと弱体化ってことですか?」

「あっ、ゲームでよくある展開です。敵の時は強かったのに、仲間になった途端に弱くなっちゃう現象です!」

「ごほんっ、まぁその通りだ。リアス・グレモリーの資質に合わせた実力しか発揮できないように調整を施した。彼女が本来の資質を発揮するには、王の資質も相応に上がらなければならない仕組みとなっている」

「……それって私が弱いままだと、イングヴィルドも弱いままってことですか?」

「そういうことだ」

 

 そう言って手渡された『女王の駒』に、リアスちゃんは悔しそうにギュッと唇を噛んでいた。あれだけ恵まれた資質の高さを、自分の実力が低い所為で無理やり落とさなくてはならない。イングヴィルドさんが真に力を発揮できる時は、リアスちゃんが王として完成した時。それはすぐに成し遂げることができない苦難の道だろう。彼女を『女王』にするなら、そんな制限をイングヴィルドさんに強いてしまうということだ。

 

「だが、悪いことばかりではない。先ほども話していた通り、彼女には長い療養が必要だ。戦闘訓練よりもまずは日常生活に慣れることから始めていかなくてはならない。約百年近い時代のズレだ、適応するにも時間はかかるだろう」

「それもそうね。リアスがレーティングゲームに参加できる年になるまで、まだ数年は猶予があるわ」

「あと、彼女がレヴィアタンの血筋だとバレる可能性が一番高い魔力を主に抑えるように調整をした。神器の方は『眠りの病』による接続不良の解消に必要なため下手に弄れないからな」

 

 もしかしたら下級レベルまで魔力量が落ちているかもしれないらしい。原作の兵藤一誠と同じか少し上ぐらいにまで魔力の弱体化が行われるのかもと考えたらかなりヤバい。魔方陣のジャンプを一人ではできないので、イッセーみたいに自転車で契約を取りに行く羽目になりかねない。だけど、そこまでやれば現状のリアスちゃんでも眷属化は可能になるみたいだ。

 

「『悪魔の駒』の製作者として、これが俺にできる融通だ。贔屓のようなことはあまりしたくないのでね」

「デメリットは大きいけどね。リアスの資質が低いままなら、イングヴィルドの素質を潰すも同然。それに魔力を隠すことでレヴィアタンの血筋だとバレるリスクは減るけど完全にじゃない。もし気づかれたら、抵抗すらできないでしょうね」

 

 眷属になっても油断はできないってことか。リアスちゃんにかかる負担というか、責任がかなり大きくなる。彼女は強くなることを命題にしていて、アジュカ様もそれを知っている。つまり、これは覚悟を決めろってことだ。強くなって家族をその手で護ってみせろと。運命共同体として、イングヴィルドさんと最後まで歩いていきたいのならば。

 

 

「ふぅ…、とにかくこれ以上相手を待たせるのは失礼だろう。そもそも彼女が悪魔に転生するかもまだ決まっていないのだから」

「あっ、そうですね。もちろんイングヴィルドさんの意思は大事です」

 

 イングヴィルドさんがリアスちゃんの眷属になることを拒むのなら、アジュカ様の力を借りる必要性がなくなるのだから。だけど冷静に現状を考えると、イングヴィルドさんの立場はかなり危うい。グレモリー公爵家や魔王様達がイングヴィルドさんの安全を確保してくれているのは善意だけではなく、それだけの「利益」を齎す可能性があると考えているからだ。そうじゃなきゃ、「不利益」を及ぼす可能性も十分にある爆弾をただ抱えるだけなんてしないだろう。

 

 ある意味で俺がいい例だ。俺の持つ概念消滅の異能は、使い方次第で凶悪な効果を及ぼす可能性が高かった。その「不利益」を認めたメフィスト様は、世界の混乱を避けるためにその芽を摘んで闇に葬ることもできた。だけど彼はその選択を取らず、俺を保護することで自分達の「利益」に繋げる道を選んだ。確かに自由は制限されてしまったけど、その代わり俺を護ってくれる存在と安全な居場所を手に入れることができたのだ。

 

「俺がこうやって成長できたのは、メフィスト様や先生達がいてくれたおかげです。だからその分、所属した組織や助けてくれた人達に貢献するのは当然だって思っています」

「キミのように自分の力を過信せず、物事を俯瞰的に捉えることで足りない部分は周囲を頼ることで補い、そして与えられた恩を返すことが当たり前だと思考できるかは、もはや「個性」の領域だ。誰もがそういう生き方をできるわけじゃない。傲慢、嫉妬、虚飾、恐怖などの強い感情は、時に冷静な判断を狂わせる」

「……イングヴィルドは、加害者がいないただ不運だっただけの被害者。ただただ理不尽に全てを奪われてしまっただけ。その辛さも怒りも悲しみも恨みもぶつける相手が誰もいないって、キツイわよね」

「それでも、今の彼女は選択しなければならない。庇護を求めるか、己の力だけで生きるかを」

 

 全てを失い、記憶や体力だって不安定な状態であるイングヴィルドさんに求めるには、あまりに急な選択だろう。だけど、今は外部にバレていないから問題になっていないだけ。有事があった際、不利益の面が強くなってしまったらグレモリー公爵家も魔王様も彼女を切り捨てるしかなくなる。そうなったら、イングヴィルドさんはたった一人で「世界」の悪意と戦わなければいけなくなるのだ。今回の話を蹴るということは、そうなる覚悟を持つことに等しい。

 

 原作の姫島朱乃さんは、母親を失った恐怖と悲しみによって堕天使の庇護を蹴り、自らの力だけで生きる選択を取った。それにより彼女は自由の代わりに、「世界」の悪意を受け続けることになったのだ。正直にいえば、俺はイングヴィルドさんには今回の提案を受けてほしいという思いがある。リアスちゃんの眷属になれば、自由は制限される代わりに安全と居場所を何もない彼女に与えることができるから。

 

「……断られたっていいわ。私は何度だって誘うだけだもの」

「リアス…」

「私がイングヴィルドを眷属にしたいって思ったのは、保護とか資質の高さとか色々理由はあるけど、私がそうしたいからって気持ちが一番大きいの。つまり、フィーリングってやつね。一度断られたぐらいで諦められるほど潔くなれないわ」

「覚悟はあるのね」

「もちろんよ! イングヴィルドが私の手を取ってくれるなら、私は最後まで彼女と共に生きるわ!」

「そ、そうです。私もイングヴィルドさんを一生懸命誘います!」

 

 俺達の会話を聞いていたリアスちゃんは、こちらの不安なんて吹っ飛ばすように堂々と言ってのける。白音ちゃんも賛成だとぴょんぴょんと手をあげていた。子ども故の万能感みたいなものはあるかもだけど、ここで啖呵をきれるあたりはさすがリアス・グレモリーである。どれだけ厳しい現実が待ち受けていたとしても、誰よりも真っすぐに向き合おうとしているのかもしれない。

 

 リアスちゃんの宣言に黒歌とアジュカ様は一度肩を竦めたが、それ以上は何も言わなかった。大人があれこれ心配するより、ここは子どもの熱意に任せようということだろう。気合いを入れるようにフンと鼻息を鳴らしたリアスちゃんの背中について行きながら、意気込んでイングヴィルドさんの待つ部屋へと足を踏み入れたのであった。

 

 

「えっと、家族……正式には眷属っていうのだったかな? うん、なってもいいよ」

『めっちゃ軽いッ!?』

 

 精神世界で出会った時と同様のぽわんとした表情でこてんと首を傾けるイングヴィルドさんに、未来のグレモリー眷属達の総ツッコミが炸裂したのであった。

 

 

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