えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
夢見心地。まさに自身の今の状態を表すならそんな感じなのかな、とどこか冷静な思考がイングヴィルドの中に生まれる。全てに霞が掛かっているようなぼんやりとした思考。まだ眠っているような、夢の中にいるようなふわふわとした認識。だけど、これは現実なんだと俯瞰した感情が容赦なくナイフのように突き立ててくる。焦燥のようなものが沸き上がりかけるが、じゃあどうすればいいの? という諦観が身体を縛り付けた。
緩く整えられた紫色の髪を下の方で縛り、簡易だが質のいいドレス風の白いワンピースを着させてもらった。落ち着くだろうともらった温かい紅茶が、冷えた身体にホッと熱を届けてくれる。少なくともここは自身に危害を及ぼすものはない、と何となく感覚でわかる。それなら、今自分に必要なのは精査するための情報だろうと判断した。イングヴィルドはベッドに腰掛けながら、甲斐甲斐しく世話をしてくれる銀髪の女性に向き直った。
「お加減はいかがですか?」
「えっと、大丈夫だと思います。ここは、冥界…というところなんですよね?」
「はい、イングヴィルド様が暮らしていた人間界とは違う次元に存在する異世界、という認識で構いません。人間にとって冥界の空気は、独特の感触があるらしいですが…」
「……確かに私が知っている空気とは違うような気はします。でも、不思議と心地よく感じるんです」
うっすらとした記憶に残っている感覚。地球では見たことのない紫色の空、日光が差さない薄暗さ、どこかねっとりとした空気。普通なら薄気味悪いと感じて太陽を求めるはずなのに、身体はむしろこの世界こそが自分が生きる場所だと教えてくれているようだ。それに自分なのに自分じゃないようなズレを感じてしまう。まだはっきりと記憶は戻っていないが、少なくとも以前までの自分とは違うということだけはわかった。
「悪魔、なんですよね。グレイフィアさんも、さっきの子たちも、私も…」
「イングヴィルド様の場合は元々人間で、そこに隔世遺伝による悪魔の血が目覚めました。完全な悪魔ではありませんが、悪魔としての力が強く出ているのは確かです」
「だから、九十年以上も眠っていたのにおばあちゃんになっていないんですね」
マジマジと己の手の平を見つめてしまう。本当に
ついでにグレイフィアから悪魔の羽根を見せてもらい、思わず触っていいか確認して謎に感動した後、自分にも同じような羽根が生えるのかなと
「あれ、でも先生は天使だったような…?」
「奏太様は……そうですね。イングヴィルド様と同じ人間ですが、後天的に天使としての力に目覚められた方です」
「つまり、先生も私と同じなんだ。悪魔と天使って仲は悪くないんですか?」
「そうですね。今はお互いに手を取り合う関係になっています」
ほんの半年前まで冷戦状態だったらしいが、色々あって仲良くなれたらしい。自分が眠っている間に、世界はえらいことになっていたようだ。ぼんやりとした記憶であるが、たぶんすごいことなんだろうなぁーとうろ覚えの聖書の知識からわかる。冥界に人間はいないらしいが、自分に近しい存在が傍にいることは孤独感を和らげてくれた。
「このぬいぐるみとかお花を用意してくれたのが、さっきの女の子達ですか?」
「えぇ、さっきは驚かせてしまって申し訳ありません」
「ううん、気にしていない」
驚きはしたが、本当にそれだけだった。初対面の相手だったけど、彼女達からは好意しか感じられなかったから。傍にあった少し大きめのぬいぐるみを手に取ると、ギュッと手の中で感触を味わう。確かに自分は理不尽な不幸を受けたのだろう。失ったものが大きすぎて、何から悲しめばいいのかわからなくて涙を流すことすらできない。だけど最悪ばかりではないこともわかった。
不治の病から生還することができた。事情があるとはいえ、こうして手厚い介護を受けることができた。自分の目覚めを待ち、心配してくれるヒトがいることを知った。自分の目覚めを喜んでくれる温もりを感じた。全てを諦めて悲観にくれたり、周りに当たり散らしたりすることもちょっと考えたけど…。それよりも、この優しいヒト達を傷つけたくないと思う気持ちを大事にしたい。少なくともその気持ちがあれば、何もない自分を奮い立たせる動力源ぐらいにはなるだろう。
「『眠りの病』に、レヴィアタンの血筋か…」
目覚めてから身支度を整えてもらう間に、ある程度の情報はもらっていた。彼女達が何者なのか、どうして自分がここにいるのか、自分の身に何が起こったのか、これから何が待ち受けているのか…。それらを自分事として考えるのは難しかったが、ここで思考を止める方が危険だと必死に考える。朧げな記憶しかない、自分自身のことすらわからない。それでも、一つだけわかっていることがあるから。
……私は生きたい。例え悪魔という存在になってしまったのだとしても、家族や私を知る誰もがいなくなってしまったのだとしても、それでも死にたいとは思わなかった。空虚のような寂しさや孤独感に身体が震えそうになっても、それだけは強く思えたのだ。だから、イングヴィルドは必死に考えをまとめていく。生きるために全てを無くしてしまった自分にできることを。
「レヴィアタンの力を目覚めさせちゃった私は、今後命を狙われるかもしれないんですよね?」
「現レヴィアタンの当主にあなたの存在が見つかれば、その潔癖さから処分対象にされる可能性が高いです。また処分は免れたとしても、監視のために配下として扱われるかと」
「壊れてもいいおもちゃみたいな感じで、ろくな扱いはされないかもってことか…」
病み上がりの患者であるイングヴィルドに伝えるにはあまりに酷なことだろう。もし彼女が取り乱したり、悲観的であったりしたら、しばらくは伝えずに様子を見ようとグレイフィアは思っていた。しかし、彼女は見た目のか弱さからは感じられないほど強い女性だった。不安や恐怖を押し殺し、生きるために藻掻こうという意思を琥珀の瞳から感じる。だから、グレイフィアも誤魔化すことなく真実を話すことにしたのだ。
この話が本当なのかどうか、イングヴィルドには判断できない。だけど、こちらに対して悪意がないことは何となくわかる。奏太がいれば、それは神器による感覚の共有だろうと答えたものだ。現魔王派と旧魔王派の確執やらも簡単に説明されたが、
まず、自分一人の力で生きていけるか。それは無理だろうと首を横に振る。神器や豊富な魔力を持っているらしいけど、それで裏の世界や異種族など何も知らなかった十七歳の小娘が生きていけるビジョンが浮かばない。人間界で静かに隠れ住もうにも、悪魔の血が強いため見た目が変わらないことから迫害を受けるだろう。魔力で見た目を変えられるとしても、長寿や光が苦手なことは隠せない。しかも、自分がいた時代から約百年後の世界で、戸籍だってない。どう考えても、問題しか起こらないだろう。
じゃあ、先生やグレモリー家の皆さんに助けてもらう。でも、自分でも厄介事の塊だろう存在を無償で助けてくれるほど甘くはないだろう。恩を出世払いする程度で、旧魔王家として影響力が大きいレヴィアタン家から狙われるリスクを許容できるか。間違いなく迷惑をかけるし、もし見つかったら切り捨てられて当然だろう。それを冷酷だとは思わない。善意で助けてくれる範囲ならむしろ十分過ぎるほどだろうから。
つまり、後ろ盾として護ってもらうだけじゃなく、自分でも理不尽に抗える力を身に付ける必要がある。生きるための知識だって必要だ。すでにグレモリー家や先生には多大な恩をもらっている。そこからさらにそれほどの恩恵をお願いするなら、空っぽの自分に出来る全てで返すしかないと思う。でも、どうやってそんな恩を返せるのだろうか…。
そこまで考えて、先ほど紅髪の少女がイングヴィルドに告げた言葉が蘇った。
「さっき、私に家族になろうってあの子……リアスちゃんは言っていましたよね」
「はい。上級悪魔は「悪魔の駒」を使って、自分の眷属をつくることができます。眷属は王となる上級悪魔に従うことになりますが、同時に王の庇護を受けられます。あの子にとって眷属は、家族のようなものだと考えているのです」
冥界にいる貴族悪魔の中には、眷属はただの下僕であり代えの利く駒だと考える者も多い。しかしリアスにとって眷属とは、家族のような枠組みだと捉えていた。それは父や兄の眷属達と触れ合い、育ってきた環境が要因として大きいだろう。父の眷属やルシファー眷属達には、娘や妹のように慈しまれ、時に間違った時は叱責だってもらった。そんな彼らをただの駒として見ることなどできるわけがない。王である父や兄に対する彼らの敬意と気安さは、彼女にとって強い憧れとなっていた。
「えっと、いいのかな? 私、自分でもかなり厄介な存在だと思うけど…」
「あの子は自分がやりたいことには意地でも意志を曲げないわ。あなたを誘ったのは衝動的な行いだったでしょうけど、その気持ちに嘘はないと思う。だから、あの子の手を握るかはあなた自身で決めたらいいでしょう」
「私自身で…?」
「えぇ、あなたのその厄介事ごと全てを承知の上で受け入れるつもりでしょうから」
困った子だと微笑み、肩を竦めるグレイフィアにイングヴィルドは目を見開く。眷属だから護る。それは単純な理由に見えて、重い答えだと感じたからだ。リアス・グレモリーには、そもそもイングヴィルドを護る必要なんてない。彼女はイングヴィルドのことを知らないし、イングヴィルドだってリアスのことを知らない。それなのに、あんなに翡翠色の目をキラキラ輝かせて手を伸ばしてくれたのだ。
子どもとはいえリアスの方が、イングヴィルドより政治や敵について詳しいのは間違いない。それなのに、そんなこと知るかと吹っ飛ばすように、自分より年下の子どもが真正面からイングヴィルドの矢面に立つことを宣言したのだ。もちろん、彼女だって悪魔なのだからただの善意だけではないだろう。それでも、心に巣くっていた恐怖心が少しずつ薄れていくことを感じた。
「新しい家族…」
ぼんやりとした記憶しかないが、両親からもらった愛情は今でも心が覚えている。グレイフィアから彼女が眠りについた後、両親は必死になって娘を助けようと悪魔を召喚したのだと教わった。彼らが繋げてくれたこの命を、この思い出だけはなくしたくない。それだけははっきりと表明することができた。
「あっ、えっと、イングヴィルド。さっきは起きたばっかりなのに、勢いで色々言っちゃってごめんなさい」
「ううん、気にしていない」
「そう…、あ、ありがとう。身体は大丈夫?」
「たぶん。まだちょっと眠いかもしれないけど」
「え、えぇぇっ…!? 奏太さん、これって大丈夫なんですか!?」
「症状は落ち着いているから、リアスちゃんも落ち着いて。今は神器による力技で接続を可能にしている状態ってだけだから、『眠りの病』自体を完治できたってわけじゃないんだ。だけど、前回のような深い眠りに陥ることはないって断言できるよ」
気持ちを改めてイングヴィルドが待つ扉を開けたリアス・グレモリーは、奏太からの診断にふぅと息を吐いて安堵する。イングヴィルドも奏太からの言葉にホッと肩の力が抜けた。彼は主治医としてここにいるだけあって、イングヴィルドの症状に一番詳しい。リアスたちのような華やかさはないが温和そうな雰囲気が感じられ、自分と同じ年で人間だと聞いたけど、やっぱりすごいんだなぁと感心した。
そんな風にぼんやりしていると、彼らと一緒に扉から入ってきた新顔にあれと首を傾げる。緑色の髪に妖艶な顔つきを持つ美青年に視線を向けると、周りとは明らかに違う存在感に思わず圧倒される。唾をごくんと飲み込むと同時に、ざわりと自分の中の何かが警戒を発したのがわかった。それに目をきょとんとさせて胸のあたりに手を当てると、心臓の音がドクドクと早鐘を打っているようだった。
「ごきげんよう、初めまして。どうやらキミの中にいる神器を俺のオーラが驚かせてしまったようだね」
「初めまして。あなたのオーラに私の神器が?」
「俺はアジュカ・ベルゼブブ。これでも魔王をやっている者だよ」
本日何度目かの驚きにポカンと口が開いてしまう。悪魔のトップとこんなあっさりとエンカウントしてしまっていいのだろうか。ここが現魔王の実家だとは聞いていたが、元一般庶民からすればカルチャーショックの方が大きい。まさか悪魔のトップが登場するほど、自分って注目というか危険視されていたりしたのかな? とちょっと混乱してしまった。
「あぁ、安心してくれ。今日俺がここに来たのは奏太くんの暴走を止めるためで、ついででキミの様子を見に来たに過ぎない」
「えっ、先生が暴走?」
「ステイ、アジュカ様。俺の格好いいお医者様みたいなイメージを壊すのはまだ早い」
「キミだって自分で儚い夢だって言っているじゃないか」
魔王相手なのに気安い態度で接する奏太の様子に、「あれ、実は先生もヤバかったりする?」とイングヴィルドはこてんと首を傾げる。アジュカへの敬意のような距離感をリアス達からは感じるのに、奏太にはそれが全く感じられないのだ。魔王や周りもそれを咎める様子がない。彼だけ悪魔ではなく天使よりの人間だからかと思ったが、そもそも人間とは明らかに違う次元にいる相手なことを思い出した。
「先生って実はヤバい人?」
「あぁー、そのぉ…。お、堕とす訳じゃないし、悪い意味でもないんだけど……うん」
「えっと、兄さんを「兄さんだから」以外で適切に表現する方法は何でしょう…」
「初見でそれを見抜けるあんたは間違いなく有望株よ。誇りなさい」
「やった、誉められた」
「だから、何で俺の時だけ誰もツッコんでくれないの!?」
奏太でコミュニケーションを交わす女性陣にガクッと肩を落とす様子に、イングヴィルドは思わずくすくすと笑いが込み上げてしまった。ちょっと失礼だったかなと思ったが、イングヴィルドの笑みを見て仕方がないなと笑い返してくれたことにホッとする。それと同時に、緊張して強張っていた身体が弛緩するのが分かった。おそらく、自分のために空気を柔らかくしてくれたのだろう。
「…………」
こういった気遣いを感じれば感じるほど、胸の奥がポカポカと温かくなってくる。私もこの輪に入ってもいいのかな、と一歩踏み出す勇気をくれたような気がした。膝上で拳をギュッと握りしめたイングヴィルドは、一度目を閉じて一呼吸入れる。自分の決断に後悔はないか、もう一度気持ちを反芻する。
今の自分には何もない。たくさん迷惑だってかけてしまう。だからこそ自分から――自分の意思で未来を掴みにいかなきゃいけない。そこが今後の自分にとって大切な居場所になるのだから。
「リアスちゃんは、どうして私を家族に誘ったの?」
「どうして…。さっき黒歌にも言われたけど、私がそうしたいって感じたのが一番の理由だと思う。イングヴィルドの資質や単純に助けたいって気持ち、同情ももちろんあっただろうけど」
「さっき先生が言っていたけど、私の病気ってまだ完治してないんでしょ。もしかしたら、神器の不具合とかでまた眠ってしまうかもしれない」
「その時はあなたが目覚めるまで何年でも待つし、必ず起こす手立てを探してみせるわ。それで私が一番に「おはよう、寝坊助さん」って言うの。絶対にあなたを独りぼっちになんてさせないから」
だって私は悪魔だから、一度欲しいと思ったものは簡単に手放してなんてあげない。そう言って、自信満々に言い切ってみせるリアス・グレモリー。自分の身長よりも一回り小さい紅髪の少女が、頑張って背伸びしているようにも見えて何だか微笑ましかった。
「私、きっと迷惑をいっぱいかけるよ」
「それなら、私の眷属になるのだって大変よ。だって私の夢はレーティングゲーム、……悪魔同士で実力を凌ぎ合うゲームのトッププレイヤーになることだもの。だから、私含めみんなで強くなるつもり。でも、イングヴィルドは戦ったりしたことないでしょ?」
「うん、ない。だけど戦えないままだと、私は理不尽から逃げ続けることしかできない。もう私は理不尽な理由で自分のものを奪われたくない」
自分が大切にしていたものは、突然訪れた理不尽に波のように攫われてしまった。そのまま自分も流されてしまえば楽になれるかもしれない。だけど、最後に残ったこの命だけは、両親が未来に託してくれた思いだけは沈ませたりなんてさせない。
「あのね、イングヴィルド。私は強くなる。私の夢を叶えるために、私の大切なヒト達を理不尽から護るためにうんと強くなってみせる。あなた達が自分らしく生きられるように、私こそがあなた達の
だから――と一呼吸置いた後、真っ直ぐに顔を上げてみせた。
「イングヴィルド、私の眷属になってほしいの!」
「うん、いいよ」
間。
「――そうね。すぐに答えが出ないことはわかっていたわ。でも、私はまだ諦め……今なんて?」
「えっと、家族……正式には眷属っていうのだったかな? うん、なってもいいよ」
「…………」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔を見せるリアスに返事をしたのにどうしたのだろう、とこてんと首を傾げる。そもそも強くなるという目標は、今後の自分に必要なことだ。レーティングゲームはまだよくわからないが、戦闘経験を積むのは大切な事だと思う。試合で有名になるとバレる可能性も高まるが、いずれ立ち向かわなければならないのは変わらない。それなら、あちらも迂闊に手を出せない立場を確立するのが一番だろう。
何より、こんなにも自分を求めてくれているのだ。出会ってまだ短い時間だけど、絆されるには十分な言葉を受け取った。孤独な世界を塗り替えてくれた鮮烈な紅い二つの光。目の前で固まる夢幻の達成を目指す紅髪の少女と、夢の中を彷徨い続けていた自分の手を引いて引っ張り上げてくれた紅い翼。
この眩しい光が消えない限り、また孤独の海に沈むことはないだろうとそう感じられた。
『めっちゃ軽いッ!?』
「あははは…」
「これはなかなかに将来有望そうだね」
「はい、本当に」
思わずツッコんだ未来のグレモリー眷属達は、イングヴィルドの了承をじわじわと理解していくと同時に「やったー!」と抱き付き合っていた。さらにこれからよろしくね! と小さな身体を飛び込ませるリアスと白音に困惑しながらも、イングヴィルドもつられて笑ってしまう。病み上がり相手に何をやっているのよ、と呆れ顔の黒歌は妹分がごめんねと回収しながら「これからよろしく」と軽く手を振っていた。
こうしてこの日、グレモリー眷属の新たな門出が始まったのであった。
――――――
「はい、丸く収まってよかったけど、まずはイングヴィルドさんの診察が先な。さっきまだ眠気があるって言っていたし、身体はまだ休息を求めているんだ。『悪魔の駒』を使うなら、その変化に対応できるだけの体力が回復してからの方がいいだろうしね」
パンパンと軽く手を叩くと、ハッとしたように顔を赤らめる子ども達に俺は笑ってしまう。まぁ、心配事が一つ減ったのは本当に良かったと思うけどね。イングヴィルドさんがグレモリー眷属に所属するなら、俺も定期的に様子を見に来ることができるだろう。堕天使陣営に彼女を連れていったり、研究者のヒトをグレモリー公爵邸へ呼びだしたりするのは難しいだろうから、俺が神器関連を調べてあげた方がいいと思うし。
今のところ彼女の神器は落ち着いているが、じゃあ暴走の心配はないかと安心できるレベルなのかはまだわからない。目覚めた神器の力を、宿主が意識できるぐらいの手伝いなら俺でもできるだろう。イングヴィルドさんも神器の思念を感じ取ることはできているっぽいし。アザゼル先生から新規に創られた神器の詳細が欲しい、ってめちゃくちゃ言われたしな…。
「あれ、眷属ってすぐにならなくていいの?」
「イングヴィルドさんが自由に動けるようになってからでも遅くはないさ。しばらくベッドの住人なんだし、栄養のあるものをたくさん食べて、せめて歩けるぐらいの体力はつけないと」
「そうなんだ。……そういえば、先生と私って同じ年だよね。敬称はなくてもいいよ?」
「ん、そう? じゃあ、イングヴィルドって今後は呼ぶよ」
「あっ、イングヴィルド! それなら私のこともリアスでいいからね」
「うん、わかった」
そういえば彼女と俺って同じ年なのか…、年が近い同年代は多いけど意外と同じ年は少なかったんだよね。俺もちょっと嬉しい。夢の中で自己紹介はしたけど、改めて所属も含めて話をすると魔法使いであることに驚かれた。天使で、魔法使いで、お医者様なの…? と身分過多に俺も乾いた笑みが浮かぶ。とりあえず、魔法を軽く見せたら感動したように拍手してくれたので気分はよくなりました。
あと、彼女をすぐに転生させるのはアジュカ様からも止められていたりする。悪魔に転生させると死者すら蘇生させる効果を及ぼすので、むしろ体力のことを考えたら早く転生させた方が元気になるんじゃないかと思われるが、彼女の場合「悪魔に転生する方が弱体化」してしまうのだ。悪魔にとっての生命線の一つである魔力の大部分が封印されてしまうので、むしろ回復を考えるなら今の状態で行った方がいいとのこと。それに隅っこでリアスちゃんが「私が弱い所為で…」といじけてしまった。えっと、ドンマイ…。
「つまり、リアス…の眷属になるためには、私の魔力? が多すぎて難しいから封印するしかないと」
「うぅ…、ごめんね。イングヴィルドぉ…」
「さっきも説明したけど、悪いことばかりじゃない。イングヴィルドは悪魔の血に覚醒したばかりで、魔力の使い方なんてさっぱりだろ。多すぎる魔力を制御するのは難しいし、万が一暴走したら被害だって起きる。それなら少量の魔力から練習した方が馴染みやすいし、レヴィアタンの力を外に隠すこともできる」
「魔力は悪魔にとって力の象徴の一つだ。キミのその魔力量だと持っているだけで注目を浴びてしまうだろう」
「宝の持ち腐れどころか、不利益にも繋がっちゃう訳か。それならすっぱり封印した方が私には良さそう」
「決断が軽い…」
相変わらずさっぱりとしているなぁ…。対応力や柔軟性があるとも言えるけど。普通の人なら、自分の持つ才能を封印するなんて言われたら反発してもおかしくないのに。イングヴィルドって見た目や雰囲気がぽやんとしているけど、わりと冷静に思考しているっぽいんだよな。記憶があやふやだからか、自分自身すら俯瞰して見ている節がある。胆力はあるし、感情に流されることなく最善を選ぶこともできる。これは大成したら、わりととんでもないことになりそうだな…。
「逆に言えば、転生すると魔力が少なくなる分、魔力を操る感覚というのが掴みづらくなる。今の豊富な魔力がある内に体内にある力を感知し、循環させる感覚を養っておけば次のステップに移りやすいだろう。魔力の巡りがよくなれば、体力の回復も早まっていくからな」
「あぁー、それは確かに。俺も光力っぽいものがあるらしいけど、小さすぎて未だに感覚すら掴めてないもんな」
自分の手の平をグーパーしながら見つめるが、天使としての力はまだよくわかっていない。半年ほど禁手を使い続けているので、光力との親和性は日に日に上がっているらしいことはアザゼル先生の診断結果でわかっているけど。まぁ俺のことは置いておいて、初めての力を感じるだけなら大きい方が見つけやすいのは確かだろう。
「それと悪魔として生きるなら、それに関する知識も十分に学んでおきなさい。キミの決断を決して軽く見ている訳じゃないが、知ることで新たな視点を得ることもある。キミの前にある選択肢はあまり多くはないが、それでも納得いく未来を選びなさい」
「わかりました、ありがとうございます。先生、魔王様って何だか校長先生みたいだね」
「まぁ、俺にとっても先生ではあるから大先生という意味では間違っていないのか…?」
さすがは十七歳の元学生だったからか、イングヴィルドの感覚にちょっと笑ってしまう。アジュカ様って冷たい様に見えて、何だかんだで面倒見がいいヒトだからね。さすがはサーゼクス様の親友である。少なくともベッドでしばらく過ごすことになるイングヴィルドも、これで退屈する時間はなくなるだろう。
それからアジュカ様はイングヴィルドに向けて魔方陣を発動させ『眠りの病』などの経過を数式を用いて調べ終わった後、仲間たちが食い止めている仕事がまだ残っているからと帰られることになった。念押しのようにもうおかわりは勘弁だと言われてしまったが、さすがに大人しくしていますよ…。思い出すとヒリヒリしてきた額に手を当てながら、俺も自分の仕事をするかとイングヴィルドと向かい合うようにベッドへ椅子を寄せた。
「それじゃあ、俺も軽く診察させてもらうな」
「わかった。服を上げて胸まで見せた方がいい?」
「――ブゥッ!? しない、しなくていいよ! 蝶々を飛ばすだけだからッ!!」
お医者さんへの対応としては間違っていないかもだけど、同年代の異性って部分は頼むから忘れないでくれよ! こてんと首を傾げるイングヴィルドに、やっぱり天然属性は手強いと心に身に染みたのであった。