えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二百三十七話 聖剣

 

 

 

 物心ついた時から、自分達は聖剣のために生きてきた。繰り返される非人道的な実験、体罰など生ぬるい苦痛、聖剣に適合できないことを罵られる日々。自由などなく、人としても扱われず、それでも自分達は神に愛された存在なのだと言われ続けてきた。聖剣をこの手に持つことだけが、この地獄から抜け出せる唯一の希望。聖剣に対応した者を人工的に輩出するための特別な施設、それこそが『聖剣計画』なのだと大人達は言っていた。

 

 そんな大人達の崇高なる目的のために、子ども達は『その日』が来ることを待ち焦がれてきた。信じて、信じて、信じて――信じ続けることでしか生き残れない。自分達は特別な存在なのだと、いつか聖剣に手が届くのだと、そう強く信じなければ……自分達は何のためにこの辛い日々を過ごしてきたというのか。ただ生きたいと願うことすら困難な、この監獄のような地獄で…。

 

 そんなことをぼんやりと考えながら、改めて天使像の前で手を合わせて祈りを捧げる。この場所は、毎日神様に捧げる聖歌をみんなで口ずさんだ場所だ。もし、神様が自分の祈りを聞き届けてくれるのなら…。そう願うことしかできない無力さに何度も打ちひしがれてきたのに、それでも救いを求めて祈ることしかできない。そんな日々に耐えることができたのは、同じ境遇を過ごす同志が――仲間達(家族)がいてくれたおかげだろう。

 

「イザイヤ、難しい顔をしてどうしたんだい?」

「あっ…。その、さっきこの礼拝堂でトスカのリボンを見つけたんだ」

「トスカの…」

「うん、前に無くして困っていたから。だから、どうしても返してあげたくて」

「…………」

 

 このリボンが返せるように神様に祈っていたんだ、と儚く笑う少年。寂し気に見つけてしまったリボンを手にする弟の姿に、年長者である少年は次の言葉を紡ぐことができなかった。だって、彼女はおそらくもう――。それ以上の言葉を口にできない、したくなかった少年はただ無言で小さな金髪の頭を優しく撫でることしかできなかった。それにイザイヤと呼ばれた少年も、静かに目を伏せてギュッと持ち主がいなくなってしまったリボンを握りしめることしかできなかった。

 

 トスカは、少し前にイザイヤ達の前からいなくなってしまった家族だ。ついに『聖剣計画』に新たなアプローチを見つけたと研究者たちが話していたのを覚えている。そして、その最初の被験者として……彼女が選ばれてしまった。勝ち気でしっかり者だけどお茶目なところもあって、笑顔で引っ張っていってくれる白髪をおさげにした女の子。イザイヤは自分とはそう年だって変わらないのに、いつもお姉さんぶるトスカに不貞腐れながらも慕っていた。

 

『大丈夫よ、私は必ず帰って来るから。だから心配しないで!』

 

 そう言って見送るしかなかった背中。恐怖に震えそうになる気持ちを無理やり抑え込んだ笑顔。それがトスカを見た最後の姿となった。こんなことは、これまでにも何度かあった。何度もあって、その度に心が軋み悲鳴をあげ続ける。何度、何度繰り返せばいいのだろう。何度大切な家族が理不尽に奪われていくのを見続ければいいのだろう。いつ、終わってくれるのだろうか…。

 

「でも、トスカがいなくなった後から、僕達への研究が中断しているよね? あれから誰も実験でひどい目にあっていない。最近は栄養のある食事や新しい衣服も用意されている。もしかしたら、トスカが研究を成功させて、それでもう僕達へ研究を続ける必要がなくなったのかもしれないよ。トスカはただ……色々あってこっちにまだ帰ってこれないだけじゃないかって」

「……ここの研究が中断したのは」

 

 研究が止まった理由を大人たちから漏れ聞いた会話から察していた兄は、弟が縋る希望の儚さに視線を逸らす。停滞していた『聖剣計画』の新たなアプローチとは、自分たちの中にある『聖剣の因子』を取り出すことらしい。表向き被験者の子どもから安全に取り出せると言っているようだが、これまでのやり方から本当に安全が確保されているのかは不明だ。それに『聖剣の因子』を取りだされた自分達に、果たしてここの研究者達が価値を見出してくれているのかも…。

 

 

 トスカが研究を止めたのは、間接的には間違っていない。『聖剣の因子』を抜き取られたはずのトスカ(被験者)が、「生存不明」のままだったことがヴァスコ・ストラーダの目に留まったのだから。これから『因子摘出』の処置を残った子ども達に行おうとしていた矢先、「その実験で因子を抜き取られた子どもはどうしたの?」と上層部から突然指摘が入ったのだ。これまで『聖剣計画』に対して外の者が関わるのはタブーとされ、ここの研究者達が好き勝手できていた。本来なら「何も問題はない」と答えれば終わったはずが、どうやら相当上の権限がある者に疑問視を向けられたのだと理解した。

 

 それに慌てたのが研究者達だった。『聖剣の因子』を抜いて、言い方は悪いが用済みになった子どもの先など何も考えていなかったからだ。シグルド機関のように、研究で成果が出た後に残った子ども達の新しい居場所を探すなんて無駄なことなど視野にすら入れていなかった。しかし、それこそが上層部に目をつけられる原因となってしまったため、身の潔白を証明するために危険な実験は一旦凍結するしかなかったわけだ。

 

 

 年長者の少年はそこまで深く研究者達の真意や事情を知っているわけではないが、「上層部に研究の安全に関して目をつけられた」ということだけはなんとなく研究者たちの愚痴から理解した。それはつまり、実験として因子を抜かれただろうトスカの安否は…。盗み聞きをしているとバレたらどんな折檻があるかわからないため、それ以上聞き取ることはできなかった。

 

「聖剣の因子を抜き取るか…」

「いつまでも成果を出せない役立たずの僕たちが、やっと役目を果たせるって何度も言われたね」

「……っ」

「悔しいし、悲しいし、怒りもあるよ。僕達だって必死にやってきたのにって。……でもね、もしかしたらこの役目を果たしたら、聖剣の因子さえなくなっちゃえば、みんな自由になれるのかなとも思えたんだ。トスカは、誰よりも先に自由になれたんじゃないかって」

「自由か…」

 

 聖剣の因子を持ってしまったことがこの地獄の始まりだ。だけど、この因子を持っていたから大切な同志に出会えた。聖剣に対する思いは複雑だ。聖剣は自分達にとって生きる目標であり、これまでの全てと言ってもよかった。聖剣をこの手で掴むために費やしてきた時間と苦痛。それら全てが因子を抜き取ることで、無意味なものだったと言われたようで…。同志の中には因子を抜き取ることに抵抗する者だっていたのだから。

 

「イザイヤは、聖剣を諦められるか?」

「正直、わからない。だけど僕は、ただみんなとこれからも一緒にいたい。聖剣がみんなを繋いでくれるのなら求めるけど、こんな風にいなくなってしまうのなら、いっそ――」

 

 聖剣なんて、なくなってしまえばいいのに。心の奥底に積もっていく言葉にできない怨嗟。同志が一人、また一人と犠牲になっていく度に降り積もっていく怒りと無力感。『聖剣計画』で集められた子どもの中で、幼い自分をいつも気にかけてくれる優しいみんなとずっと共に生きていたい。イザイヤの願いは、本当にそれだけなのだ。それ以外は何も望んでいないし、それが叶うならどれほどの苦痛だって耐えてみせるのに。

 

 ――神様は、どうしてこんなちっぽけな願いすら叶えてくれないんだろう。

 

 

「あっ、二人ともっ! ここにいたのか!?」

「えっ、どうしたの? そんなに慌てて…」

「何かあったのか?」

「何かあったなんてもんじゃないよっ! さっき大人達から説明があったんだけど外から人が来るみたいなんだ!」

「えっ、この施設の外から!?」

 

 この施設を訪れる外からの来訪者。イザイヤ達が驚くのは当然で、ここで暮らし始めてから訪問者が訪れることなど一度もなかったからだ。もちろん、これまでにも外の人間が全くこの施設に来なかったわけじゃないだろうが、少なくともこんな風に自分達に向けて来訪を知らせることなどなかったはずだ。外の人間が被験者と顔を合わせるのは初めてなのだから。

 

「それで、そのことについて詳しい説明がしたいから全員を集めて来いって言われたんだ」

「……そうか、わかった。行こう、イザイヤ」

「う、うん」

 

 初めての出来事に未だに頭の中が整理できない弟の手を取り、剣の才能を磨くための訓練施設に少年たちは歩みを進めた。『聖剣計画』に関わる全員を集めるなら、確かにあそこの講堂が一番スペースがあるだろう。当然、研究がメインの施設なので本格的な訓練施設と比べると劣るし、窓は一切なく息の詰まった密閉された空間だ。それでも、同志たちと無心で剣を交えられるここは数少ない居心地のいい場所でもあった。

 

 そこに集められた少年少女達の顔に浮かぶのは、当然困惑ばかり。それでも無言でただ全員揃うのを待ち続けるしかないのは、今から説明を行うと告げた大人達があまりにも不機嫌そうだっただからだろう。遠目からでも「何故このようなことを…」とイライラしているのが伝わってくる。少なくとも、今回施設を訪れるという来訪者は彼らにとって招かれざる客なのかもしれない。

 

 

「さて、全員揃ったな。明日、お前たちを勧誘しに来たいという酔狂な者が来る」

「勧誘……?」

「余計な私語は慎め。聖剣に適応できなかった無能者の貴様らに、お似合いのお払い箱を提供したいとのことだ」

「聖剣の因子を摘出すれば、お前たちに価値などなくなる。そんな無価値なお前たちを、どうやらあちらは再利用したいようです」

 

 ざわりと子ども達の間でざわめきが静かに起こる。中には顔色を悪くさせる者だっていた。無能者、お払い箱、無価値、再利用…。どれも意図的に子ども達を傷つける言葉を選んでいるとしか思えない。その勧誘とやらが子どもたちにとって救いなどではない、と言外に伝えるように研究者たちは嘲る様に言葉を紡いでいく。

 

「その勧誘者は、悪魔や堕天使、魔法使いといった邪悪なる存在と繋がっている。半年前に停戦協定を結んだとはいえ、本当にその協定が今後も守られるかは甚だ疑問だ。天使の皆様は邪悪なる存在に騙されているのではないか、と我々は気が気ではない思いで胸が痛むほどです」

「えぇ、全くです。聖剣を弱点とするような「悪」など、断罪の対象でしかないというのに…。そんな邪悪なる存在達が集まる場所に、お前たちを勧誘したいとのことです。もしかしたら、停戦の為という名の生贄、または肉壁にでもしたいのかもしれませんね」

「ヒッ…!」

「あ、悪魔や堕天使が…」

「そんなの、本当に天使様が騙されていたとしたら殺されに行くようなものじゃ」

 

 幼き頃から教会で過ごし、共に育ってきた聖書の教え。生粋の教会の施設育ちの子どもたちにとって、それらは恐怖の対象でしかない。悪魔や堕天使に対する刷り込みのような恐怖心は、子ども達の目に怯えを伝染させていく。それを感じ取った研究者たちは昏い瞳で目配せをすると、これまでの不機嫌さを消して、優し気な表情で怯える子ども達へ手を差し伸べた。

 

「だが、安心するといい。さすがの我々もそれはあまりにも惨いと思ったのだ。この施設を出ても、邪悪なるものたちに騙され、殺されて糧にされるだけの運命など、いくら無能者であったとしても進ませるべきではない。お前たちは『聖剣の因子』を生まれながらに持った、神に愛された者達なのだからな。この施設に残りこれまで通り聖剣の糧となることこそが、お前たちに残された唯一の救済だ」

「上層部をどのような甘言で騙したのかはわからないが、選択はお前たちにあります。相手がどれだけ甘美な言葉を語ろうと、相手は悪魔と繋がっているということを忘れてはいけませんよ」

 

 突然目の前に現れた選択という名の二択に、子ども達は顔を見合わせるしかない。誰もがこの施設から出たいと心から願っていた。しかし、新たに現れた外への選択肢はあまりにも先が見えない暗闇でしかなかった。外に出たい気持ちはあっても、それが無残な死に繋がっているのなら意味がない。どれだけ身体を傷つけられ、心を蝕まれても、生きていたかったから。叶えたい夢があったから。

 

「お前たちの賢い選択を期待しているぞ」

 

 そう言い残して、研究者たちは明日の来訪のための準備の為か、さっさと訓練所から姿を消してしまった。残された子ども達は、ただ与えられた情報に恐怖で身を竦ませるしかない。ここに残りたくないのはみんな同じだ。だけど、ここから出たって更なる地獄が待っているだけかもしれないのだ。それでも、どちらかを選ばなくてはならない。

 

 

「あ、悪魔に殺されちゃうぐらいなら、僕はここに残りたいかも…」

「でも、ここにいても死んじゃうかもしれないんだよ」

「わかっているよ! だけど、悪魔に魂を持っていかれたら、神様の下にすら逝けなくなるかもしれないんだぞ!?」

「聖剣のためか、停戦協定の礎のためか。どっちに命を捧げるかってことなのかな」

「い、嫌よ! 私は生きてやりたいことがある! たくさんあるのっ! どうして私達の命の使い方を、他人に決められないといけないのよッ……!」

 

 この施設を出たら画家になりたいと夢を語った少年は、せめて神に愛された子なのだという矜持だけは捨てたくないと叫び。将来は可愛いシスターか、お花屋さんをやってみたいなと夢を語っていた少女が、決壊した涙を拭うことなく慟哭を上げる。ここをみんなで出るべきなのか、みんなでここに残るべきなのか、それともみんなバラバラになってしまうのか。イザイヤは呆然とそんなみんなを見つめるしかなかった。

 

「やめて」

 

 小さく漏れ出た声は、混乱する同志たちには届かない。残るか、残らないか。その二択が、ずっとみんな一緒だと笑い合っていた同志たちを引き裂いていく。大切な居場所が壊れていく。このままだと、対立が溝を深くしてしまうだろう。イザイヤは、みんなと共に生きていきたいだけだった。同じ(こころざし)を持つ仲間と一緒なら、どこまでも前を向くことができたから。

 

 だから――!

 

 

「僕が見極めてみせるよっ!」

 

 イザイヤは、精一杯に声を張り上げた。トスカが遺したリボンから力をもらうように、もう誰一人同志を無くさないために、真っ直ぐに前を向いてみせる。彼らの為なら勇気を振り絞れる。普段大人しく可愛い弟分だったイザイヤの覚悟を決めた声音に、先ほどまで混乱に包まれていた場は一瞬にして静まり返った。

 

「……みんな、冷静になろう」

「イザイヤ…」

「そもそもあいつらの言葉の全てを、僕たちは信用すべきなのかな? 邪悪な者に加担する勧誘者の言葉を疑えって言うのなら、彼らの言葉だって疑うべきじゃないかって僕は思うんだ」

「えっ…?」

 

 これまでずっと信じてきた大人達の言葉。信じ続けることで、いつか救われるはずだと願ってきた未来。これまではその与えられる言葉を信じることしか、子どもたちには他に道がなかったから…。だけど、先ほどの彼らの言葉の中には、イザイヤにとって許容できないものがあった。妄信に囚われていた自分を奮い立たせたのは、明確な怒りだったのだから。

 

「あいつらだって嘘つきだ。だって、僕は、僕たちは決して――無価値なんかじゃないッ!」

『――――!?』

「僕達の存在を無価値だって断じたあいつらの言葉は、僕にとって信用にも値しない石ころも同然だ! だったら、彼らが「悪」だと断じた勧誘者が、本当に「悪」なのかを見極めるべきじゃないかって僕は思うんだ!」

 

 イザイヤにとっても、これは賭けでしかない。勧誘者について、自分達はあまりにも知らなさすぎるのだから。ただこのままみんながバラバラになってしまうのを防ぎたい一心ではあっても、冷静な思考が言葉を紡いでいってくれる。幼い少年の言葉は彼らの心を揺さぶり、理性を宿した瞳が互いの顔を見つめ合った。

 

「……確かに、イザイヤの言うとおりかもしれない」

「うん、私達は無価値なんかじゃない。それにそんな風に私達を評した相手が、まるでこっちを救済する側のように言うのっておかしいよね」

「そもそも恩着せがましく言っていたけど、これまで通り聖剣の糧になれとしか言っていないよね。絶対に嫌だよ」

 

 これまで子どもたちが妄信し続けていた信仰に(ひび)が入ったのは、皮肉にもその妄信を作り上げた大人達の傲慢によるものだった。自分達は無価値なんかじゃない。それはここにいる全員の共通認識であり、それだけは絶対に認めてはならない人間らしさだ。胸に宿った小さな希望のおかげか、大人達への不満を言い合う口も軽くなり肩を竦め合った。

 

「でも、やっぱり悪魔は怖いよ…」

「あぁー、それもそうなのよね」

「停戦協定って本当に大丈夫なのかな…。そもそも俺達ってどういう理由で勧誘されるんだろう?」

「それが全然わからないから、イザイヤの言う通り見極めようってことなんでしょ。私たち自身のことなんだもん。なら、私達でちゃんと決めましょう」

 

 みんなで一緒に! そう言って笑った少女に、同志たちも同じように笑顔を浮かべて頷いていた。あぁ、やっといつものみんなに戻ったんだ、とホッとしたイザイヤは胸に手を当てて深く息を吐いた。今でも心臓が大きな音を立てるように緊張でドクドクしている。そんな弟分の様子にニヤッとした同志たちは、感謝を伝えるようにもみくちゃにするぐらいに抱き着いた。

 

「わっ、ちょっとみんなっ!?」

「ひひっ、サンキューイザイヤ! さすがは自慢の同志だ!」

「ありがとうね、イザイヤ。あなたの目で見極めてくれるのなら、私も信じられる!」

「うん、私も大人達より、イザイヤを信じるよ」

「えぇぇ…、責任重大過ぎるよぉ…」

 

 勢い余って自分で言ってしまった言葉に今更冷や汗を流すイザイヤに、同志たちはドッと笑い声をあげた。そんなみんなに囲まれながら、この温かな光景を護りたいと強く心に刻んでいく。何度願っても応えてくれない神様に、もう一度だけ祈りを捧げる。どうか、どうか…、この優しくて温かなみんなと一緒に生きていけますようにと。

 

 明日この地に足を踏み入れる者が、自分達に吉報を届けてくれるのかはわからない。信じていいのかもわからない。だけど、やれるだけのことはやりたい。不安と期待が入り混じった気持ちを落ち着かせるように、今日は早めに寝てすっきりしようと決めた。大人達は「選択は自分達にある」と言った。なら、選び取るんだ僕たちの未来を!

 

 そんな子ども達の様子を、天使像は優し気な微笑みで見つめていた。

 

 

 

――――――

 

 

 

 次の日を迎えたイザイヤ達だが、毎日のルーティンは変わらない。礼拝堂で神様に祈りを捧げ、聖歌や聖句を天使像に捧げ、模擬用の剣を手に訓練に勤しむ。本来ならここに過酷な実験や薬の投与もスケジュールに組み込まれるのだが、外からの来訪者が来るからかそれらは省かれていた。腕にある注射痕や体罰の(あと)がうっすらと消えかけていることに、今日のために身綺麗にされていたのかなと思わず溜め息が零れた。

 

「もうちょっと早ければ、もしかしたらトスカも…」

 

 あれから部屋に持ち帰ってしまった灰色のリボンを手の平に乗せ、ぼんやりと虚空を見つめてしまう。イザイヤも本当はわかっているのだ。彼女にこのリボンを直接返すことは、もうおそらくできないだろうことは。これまでの同志たちと同様に、一緒のお墓に埋めてあげるべきなんだろうってわかっている。それでも、今日だけは自分を支えて欲しいとポケットの中へリボンを押し込めた。

 

『大丈夫だよ、イザイヤ! 一緒に頑張ろうねっ!』

「うん、頑張るよ」

 

 記憶の中に残る歯を見せてニッと笑うお茶目だった少女の笑顔に応えるように、イザイヤは来訪者を迎えるために意識を切り替える。『聖剣計画』に関わる子どもが一堂に集められるため、集合場所は昨日と同様に訓練所のようだ。相変わらず窓も何もない息苦しさに辟易しそうになるが、周りにいる研究者達の方が緊張や焦燥を感じられる雰囲気に子ども達も黙って待つことになった。それでも気になる者は当然いるので、ひそひそと大人達を刺激しないぐらいの小声で話していた。

 

「なぁ、いったいどんな人が来るんだろうな」

「悪魔や堕天使、魔法使いがいるところなんでしょ。そんなところから来るなら、凄腕の魔法使いだったり、屈強な戦士だったりするのかしら。それか邪悪で不気味な感じなのかも。でも、ここにいる大人達と同じは一番嫌かな…」

「研究や実験はもう嫌…。でも戦えって言われちゃったらどうしよう。私、みんなほど剣の才能があるわけじゃないから怖いよぉ…」

「でもさ、逆にここで磨いた力をただ腐らせるだけになるのも嫌なんだ。聖剣の担い手になることはできなかったけど、それでも今まで頑張ってきたことが全部無駄なことだったなんて思いたくないんだ」

 

 昨日みんなで決めようと話し合ったおかげか、取り乱す者はいなかった。研究者たちは勧誘者への悪感情を芽生えさせたかったようだが、とりあえず冷静に対応はできそうだ。それでも、不安に押しつぶされそうな同志は多い。何度も入口に目を向けては、本当に自分達のこれからを「選択」できるのかがわからなかった。彼らはこれまで大人達から目標を与えられ、信仰心を糧にして愚直に磨き続けるしかなかった。そんな生き方しか知らなかった自分達が、果たして一歩踏み出せるのだろうか。イザイヤもそんなみんなの気持ちが痛いほど理解できてしまった。

 

『イザイヤは、聖剣を諦められるか?』

 

 昨日同志に聞かれた質問が、再びイザイヤの頭を掠めていく。自分には剣の才能がある、と大人達に言われた。実際、同志たちとの打ち合いでは勝ち越すことが多い。まだ小柄なため体格で負けてしまうことは多いが、それならと技術を磨くことを欠かさなかった。同志たちはそんなイザイヤの努力をちゃんと見ていてくれたのか、負けてもすごいじゃないかって何度も褒めてくれたのだ。これまで剣を通して語り合った経験は、イザイヤの血肉として確かに生きていた。

 

「…………」

 

 以前、同志たちとこの施設を出たらどうしたいか話し合ったことがある。画家になりたい、シスターになりたい、F1のレーサーになりたいって様々な夢を語り合った。そこでイザイヤは、これからもみんなと一緒にいたいと笑い合ったのを覚えている。それは紛れもない本心だが、同時に将来の夢を語るみんなが眩しかったのも確かだった。

 

 

 ざわりっ、とざわめきが突如止まる。思考の海に揺蕩っていたイザイヤは、ハッとなって前を向き直した。訓練所の入り口が開いた音を聞き取ったからだ。そこに現れたのは、白い神父の服装を着たふくよかな初老の男。垂れ目で優し気な目元と丸眼鏡、白いビーニー帽を被った姿は教会の者だと一目でわかった。この人が勧誘者なのかとジッと見つめて不意に目が合ったかと思うと、ゾッと背筋が粟立った。

 

 優し気な目元から見えた冷え切った視線。そこにあるはずの目の光と焦点が合わない。まるでイザイヤ達のことを路頭に落ちている石ころのように眺めている。いや、感情がのっていないのならまだマシかもしれない。彼の目は明らかにこちらに対して侮蔑と憎悪に彩られていた。初めて会ったはずなのに、何故そのような目を向けられないといけないのかと身体が震えそうになった。

 

「バルパー・ガリレイ大司教様! この施設の責任者であるあなた様が、直接お越しくださるとは」

「責任者だからこそだよ。それに本日お越しくださる方の一人が、伝説と謳われる聖剣使いなのだ。聖剣をこよなく愛する者として、失礼などあってはならない」

 

 バルパー・ガリレイ大司教、それがこの『聖剣計画』の責任者の名前。イザイヤ達をこの施設に集め、過酷な日々を過ごすことになった原因。嘘だ、と首を横に振りたくなった。信じたくなかった。自分達の命を握るこの施設のトップが、こんなにも冷たい目をした男だったなんて。子ども達の命なんてなんとも思っていない、それどころか忌々し気に疎まれる存在だと思われていたなんて。

 

「ふん、素晴らしい聖剣使いとしての適性がありながら、その担い手になれない半端者の失敗作共が。本当に余計な仕事を増やしてくれる。あと一歩で本物の聖剣使いを誕生させることができたものを…」

「本物の聖剣使い…」

「そうだ。あともう少しで聖剣使いが完成するところだったのだ。他ならない、キミたちの手によって! それなのに、このような横やりを入れられてしまうなんて本当に残念でならないよ」

「僕達の手によって、聖剣使いが完成させられる……?」

 

 誰もが言葉を失い、ただバルパー・ガリレイと呼ばれた男の言葉に耳を傾けてしまう。だってそれは、イザイヤ達がずっと願ってきた到達点だったからだ。本物の聖剣使いになることを目標に、これまでずっと辛い日々を耐えてきたのだから。それが、あと一歩で完成するところまできていたなんて。それも、自分達の手によって――

 

「ふふふっ、そうだ。なぁ、見届けたくはないか? これまでの日々に報いたくはないか? お前たちが創ることになる本物の聖剣使いを、あと一歩のところで本当に諦めてしまうのか? 外になど行く必要はない。あと少しここに残り、本物の聖剣使いを完成させてからゆっくりと後のことを考えたらいいじゃないか」

「…………」

「何よりもそれこそが、お前たちが同志と語る『聖剣計画』に携わった全ての者への報いとなるのではないかな?」

「――――ッ」

 

 優し気な目元から覗く血のような赤い瞳が、まるで蛇のようにイザイヤ達の心を縛り付けていく。これまで実験の犠牲になってきた同志たちの無念を、夢を、残されたお前たちで叶えてやるべきではないか。自分達は運よく生き残った。あともう少しで完成するというのなら、生き残った者の責務として、最後を見届けるべきなんじゃないだろうか。そうじゃないと、犠牲になったみんなの死が無駄になってしまいそうで…。

 

 カラカラと喉が渇く。俯き拳を握りしめ、ポケットに入れていたリボンの存在がイザイヤの焦燥を駆り立ててくる。ここで過ごしてきた日々が、失った同志達への申し訳なさが、せめて何かを残してやりたいと思う後悔が、子ども達の瞳から意志の光を失わせていった。

 

 

 

「ずいぶんと、自分達に都合の良い様に語るんだな」

 

 ――カツンッ、と足音が静寂に堕ちた空間に突如鳴り響く。それと同時に、ふわりと温かな優しい風のようなものが子どもたちの間をひらりと舞ったような気がした。

 

「えっ」

 

 ハッとしたように顔を上げると、そこには驚きに目を見開く同志達の姿が目に映った。先ほどまで考えていたはずの昏い思考が、まるで爽やかな晴天のように不思議と晴れているのを感じる。すっきりとした思考と、聞き覚えのない第三者の声に、子ども達の目は真っ直ぐにバルパー・ガリレイを越えた扉の入口へと向けられた。

 

「失礼します。お話の途中だったみたいだけど、ちょっと感心しないなと思って口を出してしまいました」

「おやおや、随分と性急な方のようだ。私の話のどこがおかしかったのでしょうか?」

「少なくとも、『聖剣計画』に携わった子ども達の思いを、あなたの勝手な想像で語るべきじゃない。その思いはその子達だけのものであり、その子達と深く関わってきた彼らにとっての大切な記憶だ。それを何にも知らない他人が、意志を縛るための道具にしちゃいけないんだ」

 

 美しい金の刺繍が幾重にも織り込まれた白の祭服に、双黒の髪と瞳を持った青年。自分達よりも一回りぐらい年上のようだが、予想以上に若いことに目を見開いた。雰囲気だって畏怖のようなものは感じないし、顔立ちだって穏やかそうで、不思議とそこにいることに疑問が浮かばない程に自然体だった。それなのに大司教と呼ばれた男の存在感に一切怯むことなく、射貫くような眼差しで相対していた。

 

 それから、青年はバルパーからスッと視線を外し、その後ろにいる子ども達へと真っ直ぐに目を合わせる。それにビクッと肩が跳ねたが、大司教の時と違って恐怖はなかった。優し気な相貌は同じはずなのに、その瞳に映るのは温かく陽だまりのような視線だったからだ。子ども達一人ひとりとしっかり目を合わせ、年相応な笑顔を向けてくれた。

 

「いきなり初対面の人間が来てびっくりしちゃっただろ。改めて、自己紹介をさせてもらうな」

 

 祭服の胸に手を当て、姿勢を少し屈めてまるでイザイヤ達と目線を合わせるようにして青年を告げた。

 

「俺は倉本奏太。キミたちを俺の創る組織に勧誘しに来た者で――未来への選択肢を与えに来た者だ」

 

 『聖剣計画』という閉ざされた檻の中に、劇薬のような光が差し込まれたのであった。

 

 

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