えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二百三十八話 名前

 

 

 

 『聖剣』は人が中心となって活動する教会において、強力な戦力の一つとして数えられているものである。強靭な肉体や魔の術を使う異形と正面から戦える聖なる武器。当然教会はその武器の製造や確保に尽力したが、同時に困難を極めたのは使い手を見つけ出すことだった。聖剣は自ら使い手を選ぶ性質を持ち、尚且つ使い手になれるほどの『聖剣の因子』を持って産まれてこなければならない。この二つが揃ってこそ、初めて『聖剣使い』は誕生するのだ。

 

 故に、人工的に『聖剣使い』を創り出すための研究を行う『聖剣計画』は教会にとって切り札でもあった。表向き問題ないなら、多少のやりすぎぐらいなら見逃されるほどに。実際に原作でも問題視されたのは「非人道的な実験」ではなく、「大量の死者を出した非道さ」があげられていたのだから。逆に言えば、大量殺人さえなければバルパー・ガリレイは大いに称賛され、教会の技術に大きく貢献した偉人として名を残していたかもしれない。

 

 だが、『聖剣の因子』の摘出は、原作でも安全が確立されていない技術であった。摘出の際の命の危険、さらに移植者が因子に耐えきれず亡くなることもある。それでありながら分割されたエクスカリバーまでしか扱えず、天然の聖剣使いには及ばないのだ。三大勢力の和平が成された後には、『聖剣計画』の被害者であった木場祐斗の訴えからその危険性と、『転生天使』という新たな戦力が確保できたことによって人工聖剣使いの研究および製造は凍結されることになった。

 

 結論として、聖剣の因子を『安全に』取り出すことは現状不可能という訳だ。

 

 

「バルパー・ガリレイが、何故『皆殺しの大司教』と呼ばれることになったか」

 

 それは彼の私怨もあるだろう。『聖剣の因子』を持ちながら、聖剣を扱えない子ども達に失望して失敗作と断じていたのだから。実験体である子どもたちから因子を抜き取るにも、命の危機があるのなら当然抵抗されるだろう。彼らは全員『神器持ち』なのだ。宿主を守るために神器が暴走する危険性だってある。しかし、子どもの安全を優先すれば因子を抽出しても微量な数しか手に入らない。子ども達の安全のためでなく、自分達の安全のために、尚且つ『聖剣の因子』を確実に手に入れる方法は何か。

 

『――同志たちを殺して、聖剣適性の因子を抜いたのか?』

 

 原作の木場祐斗の問いに、嘲笑いながら肯定を返したバルパーとのやり取り。そう、彼が子ども達を殺した理由は、『子ども達の死体(・・)から安全に全ての聖剣の因子を抜き取るため』だった。因子を全て抜き取ることに命の危険があるのなら、その命の危険によって暴走の可能性があるのなら、最初からそのリスクを除外すればいい。『聖剣の因子』は生まれた時から持っている身体の一部。つまり、神器のように魂の消失と共に消えるものではない。

 

 ――因子の摘出に、生死は問わないのだ。

 

『あともう少しで聖剣使いが完成するところだったのだ。他ならない、キミたちの手によって!』

 

 その結末を知っているが故に、倉本奏太は口を挟まずにはいられなかった。

 

『なぁ、見届けたくはないか? これまでの日々に報いたくはないか? お前たちが創ることになる本物の聖剣使いを、あと一歩のところで本当に諦めてしまうのか? 外になど行く必要はない。あと少しここに残り、本物の聖剣使いを完成させてからゆっくりと後のことを考えたらいいじゃないか』

 

 因子を抜いた後のことなど、考えてすらいないだろうバルパーの言葉に怒りがわいた。おそらくバルパーは、研究者たちの安全のためと、死体から剝ぎ取った大量の聖剣の因子によって人工聖剣使いを複数人創れることを担保に「大量虐殺」を肯定させようとしていたのだろう。だから、原作でもあれだけ堂々としていたし、それを認めてくれなかった天界に矛を向けた。今も自分の考えこそが正しいと子ども達の前で大きく両手を広げて語っている。

 

「相棒」

 

 その一言で、神器は宿主の意を汲んで『王国(マルクト)』で呼びだした蝶達を子ども達に向けて放った。驚かせないように姿は消し、負の感情を浄化するように子ども達の肩から肩へと飛び回る。ハッとしたように目を合わせる子ども達を見て、怒りの感情を面に出さないように息を静かに吐きだした奏太は、真正面から『聖剣計画』の闇と対峙した。

 

 

「しかし、お客人。私の言葉にも一理あるのではないかな。彼らは多くの時間を聖剣のために費やしてきました。その最後の成果を見せてあげたいと思うことは間違っておりますかな?」

「その最後の成果へと繋がる過程が、本当に安全なものならね」

「……ほう」

「だけど、今回俺が来たのはあなた方の実験に文句を言うためじゃない。『聖剣計画』に携わった子ども達のこれからを話し合うために来ました。あなた方が上に報告した通り真っ当な運営を行っていたのなら、こちらを止める理由だってありませんよね?」

 

 朗らかな笑みを口元に浮かべながら、お互いに目を細め合う。穏やかで優し気な口調でありながら、双方共に相手に譲る気がないのが感じられた。不安げに視線を彷徨わせる子ども達の雰囲気を察したバルパーは、困ったような表情を作ってまるで子ども達を案じるかのように声をあげた。

 

「えぇ、もちろんですとも。ですが、私どもも心配に心を痛めているのです。聞くところによれば、あなたは『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』に所属する魔法使いだそうで。さらには悪魔や堕天使とも懇意にしているとも。いくら停戦協定が結ばれたからといって、教会と敵対していた者達が中心となった組織に教会で育った子ども達を送るのは本当に大丈夫なのか疑問が尽きません」

「俺が勧誘しに来た新しい組織は、天使長であるミカエル様も後ろ盾になっています。さらには聖剣使いである紫藤トウジさんを中心としたエクソシスト達も常駐している土地です。表の人間が暮らす土地を利用させてもらっているので、人間の実力者が多い教会勢力との関わりも多くなるでしょう。教会からのバックアップもあるので、子ども達が孤立することはありません」

 

 元敵対種族への疑念を掲げるバルパーに対して、奏太も遠慮なく天使長と現役の聖剣使いの名前を出して牽制をする。悪魔や堕天使・魔法使いと関わりが深いのは事実だ。それに懐疑的になるのも、不安がるのも当然だろう。故に奏太は「彼らなら大丈夫」という自分の主観や感情論は捨てて、まず安全性の保証のみを語るように心がけた。

 

 お互いに子ども達のためという前提は崩さない。感情的な姿は第三者である子ども達の不安を煽るだけ。今回の勝利条件は、相手を説き伏せることじゃない。子ども達自身に未来を選んでもらうことが重要なのだ。さすがに天使長や、この施設の達成目標である「聖剣使い」の名前を出されたバルパーのこめかみがピクリと微かに動いた。

 

「天使長のミカエル様が後ろ盾なの…?」

「そ、そんなにすごい組織ってことなのかな」

「聖剣使いの紫藤トウジって聞いたことがある。プロテスタントの牧師で、今度日本支部の局長(エージェント)にもなるって『週刊ぶれいぶエンジェル』で書かれていたはずだよ」

「えっ、マジ? 紫藤さん、大出世じゃん」

 

 子ども達のひそひそ声が耳に入り、うっかり素でびっくりする奏太。原作でもとある支部の役職に就いている局長という立ち位置だったが、これだけ早く重役に就けたのは上層部の介入もあってのことだろう。駒王町内部を管理する統括はクレーリア・ベリアルだが、駒王町と外を繋ぐ外交は人間である紫藤トウジが中心となって行うことになる。だからこそ、その立場にふさわしい役職が与えられるのは必然ではあった。

 

 だが、主に駒王町がメインだが日本の神秘(やべぇもん)は君に任せたと責任者に抜擢された紫藤トウジは、当然ながら入院した。それを聞いた悪魔・堕天使・天使・仏から「早く良くなって頑張ってね☆」と大量の回復薬が家に届くようになったらしい。異世界について知っている中間管理職なんて便利な立ち位置(素晴らしい逸材)を守るために全力フォローをする上位種の皆様であった。

 

「紫藤さんにも君たちと同じ年ぐらいの娘さんがいるんだ。その子も教会の代表として一緒に赴任する予定で、もし君たちが日本に来たら紫藤さんの暮らす教会でお世話になれるように手配をしているところだよ」

「聖剣使いがいる教会に僕達が?」

「環境がいきなり変わるかもしれない不安は当然だからね。こちらの都合で国や言葉も違うところに来てもらうなら、それぐらいの配慮はするよ。現役のエクソシストやシスターから色々教わってもいいし、希望があるなら学校にも行けるように手配をする予定だ」

「えっ、学校にいけるの!?」

 

 教会の戦士である紫藤トウジの話題を皮切りに、現役の聖剣使いと親しい仲であることを何気なく含ませながら、奏太は子ども達の輪にスッと入り込むように情報を開示していく。子ども達に話を聞いてもらうには、まずは不信感を払拭していく必要がある。未だに懐疑的な反応を見せる子どももいるが、興味を示しだした子どももそれなりに出てきた。だんだん周りと相談するように声量が上がってきた子ども達に、苛立ちから研究者達が口を開こうとするのを仙術を混ぜたオーラを当てることで黙らせた。

 

 バルパーも口を挟もうとしたが、入り口あたりで奏太と子ども達の意識の邪魔にならないようにデュリオ・ジェズアルドがこちらを見張っているのを見止め、逡巡の末静観の姿勢を見せることにした。おそらく最初からこちらを窺っていたのだろう。部屋全体に視線を向け、不審な行動をしている者がいないか、倉本奏太の行動を阻む者がいないかを静かに観察している。

 

 デュリオは『教会の切り札』として有名であるため、ここで子ども達の興味を新参の奏太ではなく自分へ持っていってしまうことは避けたかった。子ども達への信用のために必要なら前に出たが、奏太と子ども達の様子的に大丈夫だと判断して影に徹することにする。護衛であるデュリオの判断に心の中で感謝を伝え、奏太は相談し合う子ども達の意見がまとまるのを待ち続けた。

 

 

「あ、あの!」

「ん、君は…」

「えっと、イザイヤって言います。その…、こちらから質問してもいいのでしょうか?」

 

 しばらくして、おずおずと手をあげた淡い金髪の少年に奏太は少し目を見開く。『ハイスクールD×D』のメインヒロインであるリアス・グレモリーが信頼する騎士、「木場祐斗」が悪魔に転生する前の名前がイザイヤだったからだ。もちろん、この施設にいるだろうと思っていたが一番最初に矢面に立つ姿にすごいなぁ、と心の中で称賛する。ずっと周りから抑圧された環境にいただろうに、こうやって勇気を振り絞ってみんなの前に立てる。幼いながらも立派な騎士としての風格が感じられた。

 

「もちろんだよ。俺は話をしに来たんだ、気になることはぜひ聞いて欲しい」

「はい。その、倉本さんは僕達を勧誘しに来たって言っていました。でも、僕達はどれだけ頑張っても聖剣使いになれなかった。……みんなの期待に応えられませんでした。そんな僕達を勧誘するのはどうしてですか? 僕達は何のために……その組織に行くんですか?」

 

 イザイヤが意を決して発した疑問は、子どもたち全員が思っていた言葉だった。だが、それを直球で聞いていいのかを悩んでいた。自分達は無価値じゃないと何度も言い聞かせてきたが、それでも大人達に押し潰されてきた自尊心は悲鳴を上げている。認められたいのに、認められない葛藤。こんな自分達にどんな価値があるのか。今度は何をするために生きることになるのか。

 

「そうだなぁ、色々建前や難しい事情もある。でも、虚飾の言葉なんていらないだろうから、偽りなく答えるよ。まず何故君たちを選んだのか、と言われたら神器を所有しているフリーの子ども達が欲しかったからだ。『聖剣計画』の計画通りなら、因子の摘出により君たちの今後は不透明になった。そこで、新しい組織の一員が欲しかった俺が上に相談して、子ども達を引き取りたいと申し出たんだ」

「それはつまり、僕達が選ばれたのは都合がよかったからですか?」

「否定はしない。だけど、それだけじゃないよ」

 

 豪奢な白い服が床に触れることを気にすることなく屈み、奏太は目線を合わせるようにイザイヤの目を見る。複雑な色を宿したアイスブルーに笑いかけると、バンッと三本の指を立ててみせた。それに驚く子ども達へ、奏太は堂々と胸を張ってしたり顔で声をあげた。

 

「まず第一に、君たちは長い年月を聖剣のために捧げ、努力を怠らなかったこと。目標意識も高く、頑張り屋で大変素晴らしい!」

「えっ」

「第二に、仲間と力を合わせてずっと頑張ってきたこと。団結力もあり、切磋琢磨できるライバルもいる。人間関係って大切だからね、特にうちの組織に加入するならマジで協調性がないとお腹から来るからめっちゃ大事!」

 

 先ほどまでの落ち着いた雰囲気から、突然ドヤ顔でべた褒めしてくる相手にイザイヤは目を白黒させる。というより、褒められ慣れていない所為で思わず赤面して言葉が出てこない。先ほどまで感じていた緊張も十代の年相応な言葉遣いにつられて不思議と吹き飛んでしまう。そんなポカンとするイザイヤへ小さく笑った奏太は「最後に」と柔らかな声で付け加えた。

 

「そして、何よりも大切なのが生きることを決して諦めなかったことだ。未来を夢見てキラキラ輝くそんな将来有望な子ども達を欲しがるのは当然だって思わない?」

 

 聖剣なんて関係ない。自分が求めるのは、聖剣使いになるために歩んできたイザイヤ達の道のり(生き方)だから。ニッと笑みを浮かべる奏太に、何と答えていいのかわからなかった。聖剣使いになるために必死に手を伸ばしてきた「これまで」こそが、自分達が選ばれた理由。無価値だと、失敗作だと言われ続けてきた「これまで」に、初めて価値を与えられたような気がした。

 

「手を見せてくれる?」

 

 気づけば目の前に立っていた青年が、イザイヤにそっと手を伸ばしていた。それに驚く思考は置いてけぼりで、思わず言われた通りに手を重ねてしまう。青年は小さな手を優しく握ると、うんうんと納得したように頷いて見せた。

 

「俺は資料でしか君たちを知らない。紙の情報でしか君たちの頑張りを知らなかった」

「…………」

「剣だこがすごいね。俺の友人に剣士がいるんだけど、そのヒトと同じ毎日鍛錬を怠らないからこそできる手だ。これでも医者の真似事をしているから、筋肉のつけ方や張りもわかる。栄養失調気味なのは、ここの大人達に文句を言いたくなったけど…。まぁ、それは今は置いておこう」

 

 ありがとう、とお礼を言われて手を離される。その離された手をイザイヤはジッと見つめてしまった。言われてみると、確かに自分の手は昔より硬くなっているように感じる。聖剣を握るために鍛えてきた剣術。だけど、聖剣を握れないのなら結局意味がないのではないか、と無意識に考えてしまっていたことに気づく。だから、自分の手なんて意識してこなかった。

 

「ふふっ、俺がイザイヤくんの手を握った時、後ろにいた子達がすごく心配そうに見ていたね」

「みんなが…?」

「あぁ、良い仲間達だね」

「……うん」

 

 努力を認めるのはまだ気持ちが追いつかないけど、同志達との繋がりを認めることに迷いはなかった。仲間を褒められたことに嬉しくなったイザイヤは、照れくさそうに笑っていた。素直な返事に気分よくさらっと金色の髪を軽く撫でた後、姿勢を正した奏太はイザイヤと同志達に向けて改めて意思を籠めた言葉を発した。

 

 

「俺は種族や所属、勢力の垣根を越えた中心となる組織を創りたい。そして、その中心にいるのはどの勢力にも関わりを持てる人間だと思っている。異種族と共存しながらも、人が人らしく生きられる居場所。その生き方を、その背中を後押しできる場所を俺は創りたいんだ」

 

 停戦協定によって、異種族同士が手を取り合う下地ができたからこそ生まれる組織。この世界は人では抗うことができない上位種や理不尽が山のように存在している。それに巻き込まれることなく何も知らずに表で生きられる人が大半だろう。だけど、生まれもった血筋や力、巡り合わせや巻き込まれたことによってそんな世界で生きるしか道がない者もいる。

 

「その中でまずは、生まれながら裏で生きるしかない神器所有者達の為の居場所を創りたいと思ったんだ。望まずに表の世界から弾かれてしまった人達を受け止めて、現状を受け入れる時間とこれからについて必要な導きを与え、どのように生きたいかを選択できるように見守り、そして未来に向かって巣立っていけるようにする。これが自分の道だって胸を張って羽ばたけるように、そして疲れたら羽根休みにいつでも帰ってこられるようなそんな『家』でありたいと思っている」

 

 メインは神器所有者だが、いずれは特異な力や血筋を持ってしまった人々、裏の世界で生きるための方法を知りたいという人も受け入れる予定だ。異種族と人が共存できる橋渡しを行いながら、限られた選択肢だとしてもその中から自らが決めた生き方を歩いていけるように支える。

 

 なお、奏太の中では元々裏でフリーランスとして働いていた賞金稼ぎや情報屋をしている人達も組織の理念に賛同してくれるなら加入を検討している。彼らは自由を大切にしているが、後ろ盾がないため常に危険と隣り合わせな生き方をしていた。なので、従来通りのやり方を好むなら特に干渉しないが、後ろ盾を望むのであれば仕事の斡旋や補助をすることはできるだろうと考えていた。

 

 つまり、尊敬する瓢稔(ひょうねん)師匠を自分の組織に誘う気満々だった。「そろそろ老後を考えんとなぁ…」と師匠が呟いたのを聞いた弟子が、「じゃあ師匠が安全に仕事ができる場所も作ろう!」と善意100%でトップ陣に調整をお願いしていることを師匠は知らない。新しい組織のお抱え情報屋になってもらえれば、師匠と一緒に仕事ができる! とキラキラとした眼差しで動いていたりする。彼の選択はいかに…。

 

「家をつくるの?」

「うん、家だね。ここにいるみんなのように出身も年齢もバラバラだけど、悩んだときは相談して、困ったときは助け合って、時には意見が衝突して喧嘩をすることがあっても最後には手を取り合える。そんな場所にするためには、君たちのような家族(お手本)がいて欲しいと思っているんだ」

「私たちがお手本になる…」

 

 イザイヤよりも少し年下だろう少女が、大事な同志達の顔を見つめながらもじもじと嬉しそうに頬を赤らめた。

 

「ぼ、僕は絵を描きたい。神器を持っているけど戦わなくてもいいの?」

「戦いたくないなら戦わなくてもいいさ。俺だって戦闘は苦手だから、強いヒトに基本任せているし。でも、もし理不尽が迫ってきた時、それに抗える力はあった方がいいと思う。誰かの願いの為じゃなくて、これからは自分が護りたいもののために力を使ったらいいよ」

「自分の為に戦う…」

 

 聖剣のために生きてきた少年は、自分のために力を使うことに戸惑いを覚える。

 

「俺、昔テレビで見たレーサーになりたいんだ。それでもいいのか?」

「おっ、いいじゃないか。今後保護する神器所有者の中には、表の世界で夢を叶えたいって人もきっといると思う。むしろ、君がそのテストケースになって欲しいぐらいだ。表の世界のレースに出るためにはどれぐらい力を制御できればいいのかとか、裏の世界の走り屋になりたいならどんな技術が必要なのかとか。第一期生として、どんどんチャレンジしていってほしいな」

「あの、それってシスターとお花屋さんを一緒にやってもいいんですか!」

「もちろんいいぞ。そのために必要な知識や技術はこっちで提供する。そんで、時々学んだ技術や経験なんかを今後来るだろう後輩たちに伝授するのを先輩として手伝ってくれると助かるな」

 

 自分達が挑戦する夢が、未来の後輩達の道になる。終わりのない真っ暗な檻での生活を繰り返す日々から、自分達が先駆者として真っ白な道を切り開いていくことに目を輝かせた。

 

「俺は、まだ聖剣を諦めきれていない。ずっと、ずっとそのために生きてきたから…。でも、同志達とも離れたくない。そんな、中途半端な気持ちしかわからないんだ」

「僕も、みんなみたいな叶えたい夢がない。何をしたらいいのかわからないよ」

 

 それでも、戸惑いや葛藤を持つ子ども達は複数人いる。イザイヤはみんなと仲良く暮らせればそれでよかった。奏太からの提案はとても魅力的だが、自分は彼が求める人材とは違うのではないかと俯く。自分は何がしたいのだろう、何になりたいのだろう。そんなことを考える余裕すらなかった。だけど、こうして目の前に突きつけられると、自分には何もないんじゃないかと思ってしまう。

 

 夢や目標がない、なくなってしまった子ども達の畏れ。これまではみんなで足並みを揃えて一つの目標を目指してきたが、この手を取れば自分で選択していかなければならない。やりたいことを見つけられるのか。夢を叶えられるのかもわからない。そんな葛藤をオーラから感じとった奏太は、子どもなのに難しく考えすぎているなぁーとクスッと笑った。

 

「俺が君たちに求めるのは、君たちらしく生きることだよ」

 

 その一言は、水面を波紋する波のように子ども達の心をとらえた。

 

「言っただろう、見守るって。いくらでも悩んでいいんだって。そのための時間を、居場所を提供するのが俺の役目なんだから。この組織の呼び名は――『止まり木』。夢を追う雛鳥達を見守り、巣立ちまで支え、疲れたら羽根休みもできる場所。あと、どうしても巣立ち先が決まらなかったら、そのまま腰掛けたってかまわないような頑丈な「()」にするつもりだよ」

 

 神依木の起源を持つ倉本奏太が創る組織なら、やはり「木」は外せないと考えた。木は生命力と豊穣のシンボルであり、聖書では人間を象徴するものの一つでもある。あとインドでは、樹液は地母神の母乳とも言われているので『ハイスクールD×D』の理不尽の概念に(あやか)れるかもと思ったのもあった。

 

「そして、人間(Human)天界(Heaven)聖人(Saint)悪魔(Devil)堕天使(Downfall)ドラゴン(Dragon)(Deus)異種族(Different species)といった種族や所属、勢力の垣根を越えた象徴となれるように籠めた名前が『HSD×D(止まり木)』だ」

 

 倉本奏太にとって、原点にして頂点である『ハイスクールD×D』という名の黙示録。レーシュが作成したセフィロトを基に創られた十個のセフィラの異能の裏――不可視の深淵(アビス)の上に存在する異なる次元の知識(ダアト)こそが『原作知識』だった。そこに籠められた名は、この世界の概念にすら影響を及ぼす「知恵」と「理解」が結びつく「知識」そのもの。

 

 だからこそ、その名前を選んだ。『D×D』の前身となる組織として、人と異種族を繋ぐ居場所として、せっかくならと欲張ることにしたのだ。この知識と共に歩んできた道を忘れないために、そして本当の意味は伝えられなくてもこの名が世界から消えてしまわないように。奏太が歩んできたことで変わってしまった黙示録。けれども、原点としての初心を忘れないために刻んでおきたかったのだ。

 

 

「だから、焦らず一緒に探そう。まずはやりたいことをなんでもやってみればいい。誰かに迷惑をかけないなら、大抵のことは俺の人脈と札束アタックで叶えてやるぞ」

「叶え方が物理的すぎる…」

「だって、それが一番確実だろ」

 

 首を傾げる奏太に、イザイヤの頬が引くつく。天使長を後ろ盾にしている相手の言葉だと重みが違う。それに、どれだけ祈っても何も叶えてくれなかった大人達やこれまでの日々よりも信じられる気がした。もう一度視線を固くなった手の平に向けたイザイヤは、ギュッとその固さを感じながら拳を握った。

 

「僕、剣の才能があるって教えてもらったんだ。だから、まずは強い人と戦ったり、剣術を教えてもらったりしたい、かもって」

「剣かー。それならクリスタルディさんやおじいちゃんにお願いしようか。あと紫藤さんや正臣さんに頼むのもありだし、なんだったらサーゼクス様に頼んで『騎士(ナイト)』の派遣をお願いすることも…」

「カナたんストップ。カナたんが言うと本当にやらかしそうだから一旦止まろうね。子どものお願いで初手から魔王を召喚しようとしないで」

 

 猊下(教会トップ)の名前が一番に出る時点でお察しである。いつの間にか奏太の隣に佇んでいた教会の戦士に、イザイヤは驚きに固まってしまう。奏太はわかっていたのか、何事もないように「はーい」と返事を返していた。今さらっと出ちゃいけない名前が連呼されていたような気がするが、イザイヤは直感で深く考えないことにした。

 

 デュリオが奏太の傍に来たということは、おそらく痺れを切らしたということなのだろう。一部の研究者が部屋から移動していっているのを視界の端に捉える。そして、賑やかな子ども達の声を遮る様に――パチパチと突如拍手が鳴り響いた。

 

 

「これはこれは、ずいぶんと理想だらけの夢物語ですな。全ての種族や陣営が手を取り合い、勢力の垣根を越えた組織を創る。本当にそのような絵空事が実現できると思っているのですかな?」

 

 柔和な微笑みの中に隠すことのない嘲りを含めた声音が響く。

 

「だいたいそのような世界の為にもならない組織運営など聞いたこともない。絵を描く? 花屋になる? そんな無駄なことのために使われるぐらいなら一匹でも多く邪悪なる者たちを狩るために使うべきではないでしょうか」

「単純に価値観の違いでしょう。俺はこの子達の夢にこそ価値があると思っていますし、俺自身も理想は叶えるために足掻くものだって思っていますから」

「夢か…。私にもありましたよ、夢にまで見るほどに憧れた理想が。だが、結局叶えることができなかった。だからこそ、託したのです。この『聖剣計画』に私の全てをね」

 

 バルパー・ガリレイにとって、聖剣こそが全てだった。己にとっての理想の終着点。エクスカリバーの伝記に心を躍らせ、聖剣の担い手になるために幼い頃から剣を学び、いざその手に聖剣を握ろうとした瞬間――「適性がない」という無慈悲な結果だけが夢を砕いた。生まれもった因子が足りないという、努力では覆すことができない絶望だけが残った。

 

「それに夢を叶えるという綺麗ごとで隠していますが、その組織だって利益がなければ悪魔や堕天使のような存在が無償で後ろ盾になるはずもないでしょう。夢という耳障りの良い言葉で子ども達を洗脳し、育ててもらった恩を盾に悪魔や堕天使の先兵にしない保証などどこにあるというのですか」

「ミカエル様がそれを許すとでも?」

「まただ。そうやって天の名を使って誤魔化そうとする。先ほどの質問にも結局答えられていない」

「感情論になるだけだと思ったからです。でも、そうですね。確かにこれまで敵対していた相手をすぐに信じろとは言えません。教会の教えを受けてきた者からすれば、邪悪なる者として名前があげられてきたわけですからね」

 

 バルパーの言う通り、悪魔や堕天使を納得させた背景には神器使いとして育った者を「勧誘」できる権利を与えていることだ。教会にも同様の権利を与えているが、まるで商品のように扱っていると言われれば否定はできない。この子たちの中にも、もしかしたら勧誘を受ける子だって出てくるかもしれない。もちろん、納得できる理由や本人の望みがなければ受け入れるつもりはないが。

 

 だが、そんな話をしたいわけじゃないだろう。奏太が言う通り、結局は感情による水掛け論になるだけだ。無理やり打ち切ることも考えたが、それだと子ども達を不安がらせる可能性がある。悪魔や堕天使、魔法使いへの恐怖は根底に根付いてしまっているのだ。それを有耶無耶にするのは得策じゃない。

 

 故に、バルパーに対してニッコリと笑みをつくった。

 

 

「なら、知ってもらえばいい」

「は?」

「知らないからこそ、畏れは生まれるってことさ。――カモンッ、おじいちゃん!」

 

 パチンッ! と槍をクルクル回す練習と一緒に格好よく指パッチンの練習もした甲斐があり、講堂に響くように音が反響した。それにカラカラカラと何やら巨大な物を運ぶ音が入り口から鳴り響き、入り口あたりに待機していただろう研究者達が「ざわ…ざわ…」と狼狽えているのがわかった。デュリオは「あぁ、やっぱり使うことになるのかぁ…」と悟りを開きだしていた。

 

 そして扉が開くと同時に、巨大なスクリーンのようなものを剛腕で運び入れる猊下が姿を現した。教会の信者として、当然その姿を写真で見たことがある全員がポカンと口を開ける。そんな視線など気にもせず、せっせとスクリーンの電源を入れるためのコンセントを挿そうと雑用をする猊下に、バルパーの目がクワッと最大限に見開かれた。

 

「伝説の存在に何をやらしているのだッ!?」

「えぇー、でもおじいちゃんが荷物持ちをしてくれるって言うから」

「猊下だぞっ!?」

「途中まではちゃんと俺達も運んだよ」

「だから相手は猊下だと言っているのだァッ!!」

 

 言葉が通じない。なるほど、これは確かに価値観の違いだろう。

 

「若、準備が終わりました」

「ありがとうございます。よーし、子ども達よ! 今から紹介PVを流すからしっかり見ておくんだぞー」

「ま、待て! いったい何を――」

「さっきの問いの答えを見せてやるってことだよ。理想っていうのは、みんなで力を合わせて叶えるものだってことをな」

 

 すでに深く根付いてしまった価値観を変えることは難しいだろう。それでも自分の目で見て、感じることに意味がある。教会という狭い世界で生きてきた者には、世界の広さを知ってもらうのが一番だ。

 

 

 ――数分後

 

『見よ! これぞ、ペンドラゴン家に伝わりし、聖王剣コールブランドの極意!』

「えっ、なんで人類最強枠がいるの?」

「あ、あれは、まさかっ……! 地上最強と称される伝説の聖剣『カリバーン』だとッ! まさかこの目でアーサー王の伝説の聖剣が見られるとは」

『はあぁぁぁッ! 愛する妹とエレ――お、幼馴染のために最高のドラゴンの鱗素材をーー!!』

「オォぉぉぉっ、凄まじい切れ味ッ! やはり聖剣は素晴らし――ではないわぁぁぁッ!! 魔法使いの大会なんぞで、聖剣を研磨に使うとは何事だァァァッ!?」

『お兄様、次は錬金素材に使いたいので冥界産の男爵マンドラゴラのヘタをお願いします!』

『任せろ』

「聖剣で野菜を切るなァァッーー!!」

 

 価値観の暴落と世界の広さはまだまだ続いていくのであった。

 

 

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