えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二百四十一話 暁光

 

 

 

王国(マルクト)

 

 武装した研究者達の鎮圧に成功したと判断した倉本奏太は、オリーブ色の蝶を子ども達に向けて飛ばしていく。蝶は子ども達の肩に止まると、麻痺による痺れを取り除くように消えていった。ストラーダとデュリオには戦闘前に迷彩蝶で異常効果が効かない状態にしていたが、子ども達まで無効化してしまうと焦った研究者達が更なる手段を用いる可能性があった。相手が勝利を確信している隙を狙うためとはいえ、怖い思いをさせたなと溜息を吐いた。

 

「おじいちゃん、デュリオ、体調は大丈夫ですか? 必要なら蝶を飛ばしますが」

「えーと、俺達は大丈夫だけど、周りが大丈夫じゃないと言うか…。むしろ視覚が大丈夫じゃないと言うべきなのか…」

 

 警戒のために顔を上げたいのに顔を上げきることができずに半目で立ち尽くすデュリオ。部屋にいた大人達は床に倒れ伏し、己の末路を受け入れられない何人かが発狂していた。服を破ろうとする者もいたが、前回の『地獄の姫島編(命名雷光)』で全裸になってエボリューションする荒業への対抗策のために、最高品質の錬金素材とドラゴン素材による合成で素手で破くことは不可能になっていた。鬼だ。

 

 さらに、逃げ出そうとする者にはトビーくんが再び空から突撃して強制変身シーンさせる(物理的に動きを止める)ので諦めたように泣き出す者もいる。予備の武装なども全てコンパクトに収納されているので、戦う術を完全に封じられていた。子ども達の安全を第一に考えれば最善の行動だっただろうが、阿鼻叫喚の地獄の光景にしか見えなかった。

 

「あの、カナたん…。魔法少女(コレ)の有能性は俺も理解しているっスけど、さすがにコレを見る子ども達の教育に悪いかなって…」

「安心しろ、デュリオ。ちゃんと異常状態の消去と一緒に、俺と同様にR指定のモザイク処理を子ども達にも施しているからな。大量の物体Xにしか見えないぞ」

「……じゃあ、いいかぁー」

 

 そういえば、さっき飛んでいた蝶はいつもの黄色ではなくオリーブ色だったことを思い出し、デュリオは悟ったように頷いておいた。相棒の教育基準的に完全にアウトだったので、さすがの奏太も配慮はしておいたのだ。ガスによる麻痺が消えたことに視線を彷徨わせた子ども達は、小刻みに動くモザイクだらけの空間にポカンとしている。子ども達が無事ならもうそれでいいや、と思えるぐらいにはデュリオも耐性がついていた。

 

「デュリオも相棒に頼んでモザイク処理してもらう?」

「……うん、お願い。じいさんは?」

「……警戒のために、踏ん張ります」

「じいさんのこんな声音初めて聞いたよ」

 

 もはや背水の陣レベルの覚悟で警戒を続ける猊下に、デュリオは尊敬の眼差しを向ける。さすがは伝説にもなっている歴戦の戦士、この地獄の光景にも一歩も引かずに相対できるなんて。この領域に達するまでに、どれだけの地獄を経験してきたのか…。素直にモザイク処理されながらも、デュリオは追うべき背中の大きさにグッと拳を握りしめた。

 

 

「とりあえず、強制執行による制圧はこれで完了ってことでいいですか?」

「もはや相手に戦意は感じられません。このような手段に出た時点で、非合法な実験を行っていた証明として十分でしょう。デュリオ、外と連絡を取って研究者達の捕縛の指示を伝えよ」

「了解です。でっかいのを一発落としちゃったので、そっちの処理もついでにお願いしておかないと」

 

 ここの研究データとかぶっ壊していたら怒られるかな? とちょっと苦笑いで通信を始めたデュリオに、子ども達は本当にもう大丈夫なのだとホッと息を吐いていた。痺れから解放されたとはいえ、蓄積された精神的疲労も合わさり多くの子ども達は床に座り込んでいる。そもそも元から栄養失調気味であり、体力も精神もすでに限界に近かった。

 

 失った体力を回復させることはできないため、しばらく子ども達は動けないだろう。いくら無力化したとはいえ、命を狙ってきた大人達をただ転がしておくのも不安かと考えた。教会の援軍が来るまでに、視力が正常であるおじいちゃんに研究者達の拘束をお願いしようかと考えていた奏太に、もぞりと一つのモザイクが動いた。

 

「貴様、このような…、邪悪としか言えないような仕打ちを……!」

「……すみません、どなたですか?」

「バルパー・ガリレイだァァッ!!」

「あぁ! モザイクだったので…」

「元凶だろ、貴様ッ!?」

 

 元気に床でうにょうにょする白っぽいモザイクに、それは確かにと奏太は頬を掻く。おじいちゃんが特に武器を構えていないので、負け惜しみの遠吠えだろう。それでも、彼からの射殺さんばかりの視線は感じる。奏太は肩を竦めると、ストラーダの隣に立ってたぶんあそこら辺が顔かな? と素知らぬ顔で思いながら視線を合わせた。

 

「もう一度言うぞ、バルパー・ガリレイ。『聖剣計画』は終わった。子ども達を犠牲に人工聖剣使いを創るやり方を俺は容認できない」

「この研究に私がどれだけの年月を費やしたと思っているのだッ…! あとは取り除いた因子を結晶化させるだけだった。環境が整えば、いずれ量産だってできただろう! 選ばれた者だけが聖剣を握られる時代は終わり、祝福を受けた者なら聖剣を握るチャンスが訪れる新しき時代! ヴァチカン本部は、天界は、貴様は何故それを拒むのだァァッーー!?」

「俺の言葉を曲解するなよ。俺は人工聖剣使いを創ることに反対はしていない。犠牲を出すやり方が気に入らないって言っているんだ」

 

 これまでの全てを否定されたことに血走っていたバルパーの言葉に、奏太はピシャリと強く言葉を被せる。それに後ろで聞いていた子ども達もパチクリと目を見開く。聖剣によって苦しんできた彼らの過去はわかっている。それでも、人工聖剣使いを創るという目的自体は間違っていないのだ。バルパーの志の全てを否定したい訳ではない、と伝えるように奏太はゆっくりと口を開いた。

 

「あなたは焦り過ぎた。成果を得るための過程を蔑ろにし過ぎた。聖剣とは人が人らしく生きるために、邪悪を打ち払うための正義の(つるぎ)じゃなかったのか。何かを犠牲にしなきゃ握れない剣って、世間でなんて言うか知っているか? 代償を払うことで力を与える剣を人は――『邪剣(じゃけん)』って言うんだよ」

「……うるさい」

「バルパー・ガリレイ、さっき自分の夢を語っていたよな。その夢の元となった物語に出てくる聖剣使いは、あなたが創り出す聖剣使いと同じだって本当に言えるのか?」

「――黙れェッ!」

 

 ガンッ! と床を強かに打つ音が響き、口から血が零れるほどに歯を噛みしめる。こんな子どもに言われるような感傷的な気持ちなど、遠い昔に打ち捨てたものだ。子どもの頃に聖剣を握れないことに絶望し、それでも諦めきれず長い年月を研究に費やし、そしてついに見つけたのが『聖剣計画』だったのだ。それだけが、バルパーの世界に色を付けた全てだった。それ以外の過程(些事)など色褪せたものでしかなかったから。

 

「他に方法などなかった…。これ以外、見つからなかった。やっと、やっと見つけた道だったのだ…」

「……じゃあ、他に人工聖剣使いを創る道があったら、そっちを選べたのか?」

「馬鹿を言うな、そんな選択肢が最初からなかったから――」

「あるよ、選択肢」

 

 さらっと告げる青年に、先ほどまでのどす黒い怒りが霧散するほどの衝撃にバルパーは目を見開く。己の人生の全てを捧げて見つけた答えとは違う道など、見当もつかなかったからだ。だが、倉本奏太の目に一切の揺らぎがないことに次の言葉が出てこなかった。それから奏太は隣にいる猊下の持つ聖剣に視線を向けると、真っ直ぐに両手を伸ばした。

 

「おじいちゃん、ちょっと聖剣を借りてもいいですか?」

「若の事です。ミカエル様より許可はいただいているのですね?」

「はい、俺と相棒に任せると」

 

 短いやり取りだが、そこに籠められた決意は芯の通ったものだった。ヴァスコ・ストラーダが逡巡したのは一瞬だけであり、すぐに片膝をついてまるで捧げるように聖剣を奏太へと差し出した。伝説の聖剣使いが己の聖剣を他者に捧げる。その行為がどれだけありえないかは教会の人間だからこそわかる。誰もが口を挟めない中、奏太は右手で聖剣の柄を持ち、左手を刃に添えた。

 

「そもそも聖剣の因子とは何か」

 

 奏太の手に渡った聖剣はほのかな光を放ちだす。

 

「この世界に生きる人間には、元々不思議パワーが存在しています。代表的なのが仙人や仏さまですね。人間の持つ未知の部分を活性化させることで仙術が使えるようになる。なら、聖剣の因子という未知の存在が、人間の中にあるっていうのもありえなくはない。だけど、その因子ってそもそも『聖剣のみに反応する』ものなんでしょうか」

 

 倉本奏太は元々聖剣を握れるほどの因子を持っていない。だから、本来なら聖剣に拒まれるはずだった。しかし、聖剣は静かに沈黙を保っている。

 

「気になったのは、この『聖剣計画』に集められた被験者達でした。ここにいる子ども達はみんな「神器持ち」だ。何故、わざわざ集めにくいはずの「神器持ち」ばかりが選出されたのか。人工聖剣使いを創るための研究の為なら、別に「神器持ち」ばかりを集めなくてもよかったはずなのに」

「……因子量の大なり小なりはあれど、そこにいる被験者達は一定以上の因子持ちだと判断された」

「そう、つまり「神器持ち」だというところがポイントだ」

 

 奏太には堕天使の組織で学んだ知識がある。そして、神器症に苦しんでいた子ども達を知っていた。だからこそ、これらが一本の線で繋がったのだ。

 

神器(セイクリッド・ギア)は元々人間の身体には存在しなかったものだ。生まれる時に魂にくっ付いて来る。だから、所有者の中には神器に対する抵抗力が低いために、身体に異常をきたしたり、その神秘の力に呪い殺されたりする子どももいた」

「……神器の放つ神秘の力」

「そう、神器も聖剣も神からの恩寵だ。つまり、聖剣の因子とは『その神秘の力に耐えられる耐久値』だと考えれば説明がつく。神器持ちに聖剣の因子持ちが多いのは、そもそも耐えられるだけの耐久値がなければ神器を扱うことさえできないから。聖剣はその求める耐久値が神器より高いんだろうね」

 

 神器は宿主の魂にくっ付く時、最も自分の異能を扱えるだろう者を選ぶ。だから自分を扱えるだけの神秘の力への抵抗力がある者に振り分けられやすい。宿主と神器の相性が最初からいい状態なので、求められる耐久値も低く済むのだろう。

 

「聖剣とは言わば、『安全装置の付いた外付け神器』と言えるのかもしれない。自分を扱えるだけの『神秘への抵抗力』を持つ者だけに握ることを許す武器。選ばれた者だけが握れるのは、人を守るための剣だからこそ、人を傷つけないための慈悲。ただ聖剣に選ばれるかは神器と同じで、宿主との相性が必要になってくる。おじいちゃん、確か聖剣デュランダルと思念で会話ができましたよね?」

「……えぇ、できましたね。大変なじゃじゃ馬でありながら気位が高い最高の相棒でした。握った瞬間に、自身の使い方を頭に叩き込んでくるせっかちさもありましたな」

 

 懐かし気に話す猊下の口元には、優し気な笑みが浮かんでいた。聖剣と話ができることに周りは驚きに目を瞬かせるが、奏太からすると神器と会話できるのは当然なのでうんうんと納得気味に頷いていた。聖剣にはきちんとした意思が宿っている。だからこそ、デュランダル持ちのゼノヴィアと親友であった紫藤イリナに、聖剣オートクレールは心を開いたのだ。デュランダルの持ち主だったパラディンのローランの親友であり、幼馴染であったオリヴィエの剣だったのだから。

 

「バルパー、あんたのやり方じゃ名のある聖剣はついてこない。人を守るための剣だと自負を持つ聖剣達に、子ども達を犠牲にして得た抵抗力で握ったって声なんか届けるわけがない。ただ聖剣を握れるだけで、その異能を使えるだけでしかないだろう」

 

 実際、原作では分割されたエクスカリバーや錬金術で創られたレプリカが限界だった。聖剣に選ばれた者は、実際に聖なる力を扱えるほどの技量を持っている。ストラーダは自身の拳に光力を宿すことさえできるほど、神秘の力との親和性が高かった。聖剣に夢を見るのは構わないが、本来聖なる力も人間にとっては異物であることを忘れてはならない。

 

 そして、神器所有者の聖剣持ちが原作で出てこなかったのもある意味で当然だろう。神器と聖剣で神秘の力への抵抗力の食い合いが起こってしまうため、神器と聖剣分の二つ分の神秘への耐久力が必要になってしまうからだ。もし神器と聖剣を両方使える者がいるとしたら、神器自体が聖なる力由来のもので親和性が高かったからか、生まれながらに剣に愛された麒麟児(きりんじ)ぐらいだろう。

 

 

「……面白い仮説だ。其方の言う通り、聖剣に意思があるのなら私のやり方を受け入れてはくれないということもわかる。だが、結局聖剣を握る別の道などないではないか。生まれもっての神秘の力に対する抵抗力が高くなければどうすることもできん」

「そうでもないぞ。まず、俺には聖剣を握れるほどの因子はなかった。だけど、見ての通り拒まれてはいない」

「――ッ!?」

 

 ハッとしたように奏太が持つ聖剣に目を向ける。奏太は両手で聖剣を握り、よろけない様に気を付けながら振り下ろす。そこには微かにだが聖なる粒子が舞っているのが目に焼き付いた。弱弱しい光ではあるが、確かに拒まれてはいない。子ども達もキラキラと光り輝く軌跡に目を奪われた。

 

「うーん、やっぱり俺の光力じゃまだこんなもんか」

「えっ、カナたん。聖剣を使えたの?」

「使えるほどじゃないけど、握って振るぐらいならだな。神秘の力と光力っていうのは、元が聖書の神様由来のものだから相性がいいんだ。だから俺が元々持っていた神秘の力の抵抗力に光力が加算されて、聖剣を握れるぐらいの耐久力を得られているって感じだな」

 

 やっぱり聖槍(相棒)が一番使いやすいわ、と一息吐いて聖剣を握り直しておく。原作で紫藤イリナが聖剣オートクレールを握れたのは、転生天使となって光力を手に入れたからだと推測していた。因子の力に光力が加算されたことで、名のある聖剣を握れるほどの後押しを受けたのだ。それを自身で証明した奏太は、未来の技術革新のヤバさを改めて実感した。

 

 つまり、聖剣の因子持ちが天使化したら、ほぼ誰でも聖剣を握れると言っても過言じゃないからだ。光力は鍛えれば鍛えるほど高まっていくのだし、あとは聖剣との相性問題さえ解決すれば人工聖剣使いの完成である。そもそも聖なる力を使える天使が、聖なる武器を使いこなせないわけがない。バルパーの望みは、聖書陣営の和平が成立した時点で遠からず叶うことだったのだ。邪悪なる者を嫌う教会側としては、皮肉なことだったかもしれないが。

 

「光力だと…。それは神や天使、それこそストラーダ猊下のような伝説の存在でなければ使えぬはずで……」

「まっ、これは別の道の一つね。神秘の力への抵抗力をあげることはできない。それは神器症をこれまで治療できなかった背景が証明している。なら、別の力に頼るのが効率的だ。今回は光力を例に出してみたけど、他にも人間の中にある神秘の力への抵抗力と親和性の高い力があるかもしれないし、光力を付与させる研究をするのも一つの手だ」

 

 奏太はさらっと流すように会話するが、バルパーの目はだんだんと畏怖の籠ったものになってきていた。これまで想定していなかった方面の知識、後天的に聖剣を握れる実例まで見せられたのだ。頭の回転が尋常じゃないほど回ったバルパーは、ハッとしたように倉本奏太の情報を引っ張り出した。もし聖剣が彼の言う通り『安全装置の付いた外付け神器』だというのなら…。

 

「先ほど、『神秘の力への抵抗力をあげることはできない。それは神器症をこれまで治療できなかった背景が証明している』と言ったな」

「……あぁ」

「だが、その前提を覆したのは『変革者(イノベーター)』――其方自身だろう。本来治療できないとされた神器症を治療した十四番目の神滅具持ちよ。其方の話を前提に考えれば、神器症を患っている患者自身の抵抗力をあげることはできない。つまり、其方の治療は神器に干渉することで達成できるのではないか」

 

 ストラーダの目が微かに鋭くなるが、表情に出すことはしなかった。『変革者(イノベーター)』の情報はすでにそれなりに出回っているとはいえ、そこから正確に情報を分析し、さらに己の目で見た情報から瞬時に推測まで立てられる頭脳に舌を巻いた。奏太も「頭がいいやつが相手だと嫌になるなぁ…」と内心で溜め息を吐いていた。

 

「神器は聖書の神が創りしもの。もしそれに干渉できる力があるのならば、それは当然神の力が宿った聖剣にも干渉できるのではないだろうか!?」

「あぁー…、マジかよ。この人が反省した後に教えるつもりだったのに…」

「やれるのか! やれるのかァッ!?」

「うわぁぁぁ、モザイクがこっちに来たぁぁっ…!?」

 

 ゴキブリが近づいてきた並みに鳥肌を立たせた奏太に、猊下がギンッと睨んでオーラを飛ばすことで近づくのを止めさせた。自業自得である。

 

 

「……というか、よく思いついたなそれ。普通なら神様が創った神器に干渉できる、なんて考えもつかないだろうに」

「神滅具の出鱈目さは歴史からよく知っている。さらに聖剣を創造する神器もあることを知っているのでな、それなりに神器についても調べていたのだ。光力を身に宿し、最強と切り札に護衛され、何よりもヴァスコ・ストラーダ猊下が頭を下げる相手など限られている。……其方は神か?」

「神様じゃないよ」

「だが、神の領域に越権できる権利はもっていると」

「おじいちゃん、もうこの人と会話したくなくなってきた」

「ここまで私の知的好奇心を刺激しておいて無責任だと思わないのかァッ!」

「うるせぇっ! モザイクから人間になってから文句言えよ!」

「其方がやったことだろうッ!?」

「カナたん、落ち着いて。子ども達もいるんだから」

 

 デュリオに諭すように言われ、奏太も咳払いをして止めておく。いずれ子ども達には伝えるとはいえ、今は疲労困憊な彼らを休ませるのが先だ。バルパーは納得できなさそうなオーラを感じるが、敵意ではなくこちらに関心を寄せていることは間違いない。正直、バルパーを仲間に引き込むのは早まったかと後悔しそうになったが、話は聞いてくれそうな雰囲気はある。だからこそ、奏太は真っすぐに視線を前へ向けた。

 

「バルパー・ガリレイ、あんたの推測通りのことを確かに俺は出来ると思う。だけど、先ほども言ったけど俺はお前のやり方や考え方が嫌いだ。これまでやってきたことの罪を認め、ちゃんと償ってほしい」

「……罪か。確かに其方の言う通りなら、私がしようとしたことは聖剣への冒涜だったな」

「子ども達に謝れってことだよ、頭聖剣が! コイツ本当に嫌いだよ…」

 

 頭が痛そうにする奏太に、デュリオが優しく肩を叩いていた。バルパー・ガリレイが本当に反省するのかはわからないが、それでも別の道を示すことはできた。さすがに知り過ぎてしまっているため、和平まで厳重監視はされるだろうが十分に自分を見つめ直す時間は取れるだろう。少なくとも、先ほどまでの澱んだ狂気が収まっているのは確かだった。

 

「子どもにか…」

「当たり前だろ。言っておくけど、ちゃんと反省しない限り、俺は協力しないからな。だけど、あんたが誰も犠牲にならない、聖剣も認めるような道をちゃんと進めるというのなら協力する」

「私は聖剣の頂に触れてもいいのか」

「……俺は許すよ」

「そうか」

 

 傲慢ともとれる短い会話に、バルパーはフッと小さく笑みをこぼした。自分達が信仰していた神についてはわからないが、少なくともこの青年が神の代行者として動いているのだろうと当たりをつけていた。不透明な情報は数多とあるが、今重要なのは聖剣への道はまだ閉ざされていないということ。聖剣に宿る意思に恥じぬ道、自分にはまずこれぐらいの目標がいいだろうと目を閉じた。

 

 

「なら、贖罪に一つ話そう。この施設の地下の隠し部屋に、『聖剣計画』の被験者が一人残っておる」

「えっ?」

 

 小さいながらもはっきりとしたバルパーの声に一番に反応したのは、イザイヤだった。『聖剣計画』の被験者、と言われたが今この施設にいる子どもは全員ここにいるはずだ。だからもし一人残っているとしたら、それは数日前に行方が分からなくなった同志しかいなかった。

 

「トスカが…、トスカは生きているんですかッ!?」

「アレを生きていると称していいのなら、生きているかもしれんな。聖剣の因子を取り除く際の事故だった。だが、今思えば因子と神器への抵抗力が連動しているのなら暴走は必然だったのだろう」

 

 グッと歯を食いしばったイザイヤがバルパーに掴みかかりそうになったのを、デュリオが肩を掴んで抑える。話を聞いていた同志達も仲間が生きていた希望に目が輝いたが、安否への不安は消えない。それと同時にデュリオが呼んだ応援が扉から入ってきて、物体X達を見て悲鳴を上げながらもお仕事を頑張っていた。彼らが一番の被害者かもしれない。

 

「これがこの研究所のマスターキーだ。其方なら救えるかもな」

「……どうも」

 

 教会の者に拘束されながら、バルパーは不敵に笑ってみせた。何人かの子ども達は立ち上がろうとするが、力が上手く入らずに崩れ落ちる。元々限界が近かった子も多く、デュリオや応援のシスターたちが慌てて支えに入っていた。それに奏太は猊下と目を合わせて頷くと、子ども達を安心させるように振り返った。

 

「大丈夫だよ、俺とおじいちゃんで今から君たちの仲間を助けに行くから。デュリオ、子ども達と研究所の後始末を頼んでもいいか?」

「わかった。カナたんの異能でここの施設の構造はある程度把握できているし、俺が動くのがよさそうだね」

「待って! あの、僕も連れて行ってください!」

 

 奏太たちの話を聞き、居ても立っても居られずにイザイヤはデュリオの手を離れて前に飛び出た。失われた体力はまだ回復していないが、それでもどうしてもじっとしていられなかった。彼らを信じていない訳じゃない。それでもトスカを迎えに行くのは自分の役目だと思ったのだ。

 

「僕、ここの施設の地下の場所を知っています。だから案内させてください」

「……おじいちゃん、いいですか?」

「はぁ、こういう目のものは絶対に譲りません。自分の足で歩けるな?」

「は、はい!」

 

 咄嗟に言ってしまったため断られるかと思ったが、二人は仕方がなさそうに肩を竦めるだけだった。奏太の異能を使えば、施設内の構造を知るのは容易いだろう。しかし、イザイヤの気持ちがわからないわけでもないのだ。本来ならここにいる子ども達全員で迎えに行きたいだろうから。イザイヤは震えそうになった足に力を入れ、二人を先導するように先を進んだ。

 

「えっと、イザイヤくんだよね」

「はい、あの……奏太様? って呼べばいいですか?」

「いやいや、そういうのはちょっと…。さん付けとか、お兄ちゃんでいいけど」

「でも、僕達がお世話になる組織のトップなのに…」

「若、体裁も大切です」

「……じゃあ、ボスでいいよ。そっちなら慣れているし」

 

 体裁がいらない場所では、もっと軽い感じでいいからね! と頭を撫でられ、あははっとイザイヤは笑ってしまう。きっとトスカもこの雰囲気に馴染めるだろうと思うと足に力が入る。複雑な廊下だが、何年も過ごしてきた場所であるため迷うことなく進んでいった。そして、実験施設である地下に続く頑丈な扉の前までつくと、奏太はバルパーから預かったマスターキーを使った。

 

「ごめんなさい、ここから先はわからなくて…」

「いいよ、ここまで来れば俺の方で感知できる。最後までくる?」

「いいんですか?」

「その代わり、俺がやることはみんなに内緒な。いずれ教えるけど、みんなが元気になってからで」

「わかりました」

 

 人差し指を口元に持ってきて約束を交わす奏太に、イザイヤはしっかりと頷いて見せた。それから静かに息を吐いた奏太は、自分を中心にオーラを集める様に手のひらを床につける。ごくりとそれを見つめていたイザイヤは、突然突風のようなものがこの地下空間の全てを駆け抜けていったような感覚を覚える。奏太から当てられたオーラに声を失っていると、「うん、わかった」と本人は呟いて立ち上がった。

 

「だいぶ奥の方に保管されているみたいだ。ちょっと道が複雑だから転ばないように足元を見てね」

「う、うん」

 

 そう言って伸ばされた手を迷いながらも掴むと、手を繋いで地下を歩くことになった。奏太の歩くスピードはイザイヤに合わせているからかそこまで速くないが、その足に迷いが全くない。時々黒に紅が混ざった瞳をきょろきょろとするだけだ。色々気になるが、内緒だと言われたので口を閉じて進む。今はトスカを助けることが先決だと意思を固めた。

 

「……隠し部屋だな」

「ここに」

 

『アレを生きていると称していいのなら、生きているかもしれんな』

 

 バルパーの言葉が脳裏をよぎり、ギュッと震えそうになる手を握り込む。暗証番号が必要な隠し扉だったため、猊下スラッシュ(物理)で潜り抜けた先にあったのは、部屋全体を包むような巨大な結晶体だった。その結晶の周りには結界のようなものが幾重にも張られており、宿主に近づかせないという強固な意志が感じられた。その中心にある結晶の中に、目を瞑る白髪の少女が祈る様に眠っていた。

 

「――トスカッ!」

 

 イザイヤは必死に声を張り上げた。結界に触れると、まるで拒絶するように弾かれてしまう。何度も結界を拳で叩き、神器の魔剣で破壊しようとするが傷一つつかない。トスカはまるで眠っているように見えるが、息をしているようには見えない。顔色は死人のように青白い。まるで時間がそこだけ切り取られたかのように、精巧な人形と言われても信じてしまうだろう。

 

「下がりなさい」

 

 ストラーダの言葉にイザイヤは下がると、素早い斬撃が少女を囲う結界を切り裂くが、瞬時に修復されていく。レプリカとはいえ破壊を付与した聖剣の力で少女を閉じ込める結晶を砕くが、砕いた瞬間から何層もの結界が結晶のように硬化していった。いくら少女を助けようとしても、少女を中心に結界が止まることなく再生し続けているため壊してもキリがない。

 

「なるほど、研究者達が放置するしかなかったわけだ。宿主に触れさせないという絶対の拒絶が生み出した檻。私なら結界を壊し続けることはできるが、このまま暴走状態のままが続けば宿主の命の方が先に尽きてしまうだろう」

「そんな、じゃあトスカは!?」

 

 考察が終わったストラーダは聖剣を鞘に納め、自分ではこの少女を救えないことを悟る。このまま斬り続けても、いたずらに少女の命を縮めるだけ。修復された結界はまた「静」を刻みだし、時が止まったように動きを止めた。神器が発動しているということは、宿主は生きているがほぼ仮死状態に近いだろう。下手に結界に手を出すと、時を進ませて衰弱を早めてしまう可能性が高かった。

 

 正攻法としては、この幾重にも編まれた結界を一つひとつ解いていくしかないだろう。だがこの神器の結界は教会の技術で編まれたものでなく、おそらく世界中の術式が混在した結界で編まれている。それこそ、神器に詳しい堕天使の組織でなければ安全に助け出すことは不可能に近かった。原作でも彼女が助け出されたのは、同盟が締結し、堕天使の技術の応用を用いてやっと解けた代物だった。

 

「うっ、うぅぅ…」

 

『大丈夫よ、私は必ず帰って来るから。だから心配しないで!』

 

「帰ってくるって、約束したじゃないかっ…!」

 

 目尻から零れる涙が結界に落ちる。やっとみんなでこの地獄から出られると思ったのに、彼女だけここに残すしかない絶望に悔しさにボロボロと雫が流れた。生きているだけよかったのかもしれない。もしかしたら、外には何とか出来る方法があるのかもしれない。今は、諦めるしかないのかもしれない。

 

 ――そんな涙でぼやけた視界に、紅が映った。

 

 

「大丈夫、解析はできた」

 

 ポンッとイザイヤの頭を叩くと、ストラーダに任せる様に奏太は前に進んだ。その手には見覚えのない紅の槍が握られ、先ほどまで夢中で気づかなかったがまるで聖堂にいるようなオーラが周囲を包んでいた。えっ? と紅い槍の神々しさに言葉を失いながらも、太陽のような温かさが冷たくなっていた心に熱を灯した。

 

 

『先生は――倉本奏太さんは必ずあなたたちを助けてくれる』

 

 

「トスカを、助けて――」

 

 掠れるような、祈るような声音に、奏太は振り返って笑った。

 

「任せろ」

 

 

《――義の太陽が昇り、その暁の翼には癒しがある――》

 

 ここまで来たなら、目指すはハッピーエンド一択。『聖剣計画』の子ども達、全員でここを出なくては「聖剣」という呪縛からは解放されない。半透明に輝く暁のように紅い翼と光輪が顕現し、その肩には白い蝶が止まっていた。

 

 『王国(マルクト)』によって分割(ディバイド)された蝶が、暴走状態だった神器の意思に繋げる様に干渉(インターフィア)――『慈悲(ケセド)』を発動させ、『理解(ビナー)』によって解析(アナライズ)を続けていく。

 

《――神去(かむさり)し黄昏の循環は、夢幻なる黙示の夜明けを祈った――》

 

基礎(イェソド)

 

 禁手によるブーストで侵入者に抵抗しようとする結界を異能ごと破壊し、修復しようとする機能を解析した結果をもとに『(ティファレト)』による書き換え(リライト)が鎮静へと向かわせる。もう宿主を脅かす敵はいないのだと、彼女の帰りを待つ人がいるのだと思念を送る。

 

《――あぁ、最後の天秤は――》

 

 結界に干渉しながら、宿主である少女の修復――『峻厳(ゲブラー)』による治療(メディカル)を発動させる。聖剣の因子の抜き取りによる肉体の損傷を、読み取った魂の情報から健全な方向へと道しるべをつくる。

 

《――黎明(れいめい)を照らす福音となり沈まぬ光を与えよう――》

 

 それら全ての演算と並行思考を『王冠(ケテル)』によって憑依した『叡智の結晶』であるシステム(レーシュ)が肩代わりする。左目の黒と、右目の紅はお互いのやるべきことを何も言わずに連携していく。現状の倉本奏太が使える全ての異能を駆使し、トスカの魂に宿る神器の最奥にまでたどり着いた。

 

《――()い、(うた)い、奏でよ…》

 

 呆然と見ることしかできないイザイヤは、その暁光(ぎょうこう)をその目に焼き付ける様に逸らすことができなかった。そんなイザイヤの背中をストラーダは軽く押し、振り返った少年に向けて頷いて見せる。迷子の少女に帰る場所はここだと伝えるのはいつだって、――大切な家族からの思いだから。

 

「帰ってきて、トスカァァッーー!!」

 

白夜なる(ミッドナイトサン)夢見鳥の聖樹槍(・イノベート・イデア・ロン・セフィラ)

 

 イザイヤの思い(オーラ)をのせた蝶が最後の結界に届いた瞬間――パリンッとまるでガラスが割れる様に少女を包んでいた結界が霧散した。ゆっくりと下降する白い少女に向かってイザイヤは走り出し、もう離さないと伝える様に力強く抱きしめた。

 

 

「おかえり、トスカ」

「……イザイヤ」

 

 最後に覚えていたのは死への恐怖。もう大切な人に会えないのだという悲しみ。だけど、恐怖に閉じこもるしかなかった自分に鮮烈な紅い光がこの声を届けてくれた。トスカはボロボロと泣きながらも、最後に彼へ見せた無理やり押さえ込んだ笑顔ではなく満面の笑顔で答えた。

 

「ただいま」

 

 

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