えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二百四十四話 北欧

 

 

 

「しっかし儂がいるとはいえ、暁紅の坊主に女神との会談を任せるとはのぉ。お師匠様もそうだが、あんの坊主を余程目にかけておるようだな」

「そうだね、あの子は僕達の目の前で数多くの不可能を可能にしてきた。僕達が前に出てしまうと、どうしても聖書陣営と北欧陣営という神話同士の体面が優先されてしまうからね」

 

 杖大会の最終選考が盛り上がっている裏で、この大会の主催者であるメフィスト・フェレスは初代孫悟空である闘戦勝仏(とうせんしょうぶつ)と会談についての調整を行っていた。閉鎖的だった北欧陣営との繋がりは欲しいが、聖書陣営として下手に出すぎるわけにもいかない。そういった背景を考えれば、聖書陣営の考えを理解して動けながら、陣営の垣根を越えられる人間は貴重だった。

 

 大会の貴賓室であるここは、要人との会合も想定して作られているため、一部の連絡手段を除いて外部からの一切の干渉を防ぐことができる。まさに密談には最適な場所と言えるだろう。だからこそ、不安要素を少しでも排除するために奏太一人にホストを任せることになった訳だ。控えに初代孫悟空がいるとはいえ、彼の性格的に若い者の尻を持つぐらいの気持ちでいるだろう。それがわかっているが故に、「なかなかスパルタじゃのぉ…」と長い髭を撫でながらクツクツと笑った。

 

「今回は女神フレイヤとの友好を示し、北欧との新たな信頼関係をこちらは構築していきたいというアピールが目的だからね」

「ふむ、この会談で和平云々まで話を持っていくのは厳しいからの。その点で言えば、坊主の特殊な体質から北欧神話のヴァン神族である女神フレイヤも警戒を下げてくれる可能性が高く、個での繋がりを作れるかもしれんか」

「あの子は悪意のない相手になら、当たり前のように友好を示すことができるからね。陣営や地位に拘らず、しかし相手への尊敬は忘れず、一切の打算なく相対する相手の本質を見る。それでいながら相手に少しでも悪意や嘲り、警戒を感じ取ったら途端に距離を取り出す。まるで鏡を見ているような感覚になるよ」

 

 その分、このヒトなら大丈夫と認識したら、的確に相手が嫌がる線引きを越えない範囲で遠慮がなくなるところは困りものだが。呆れたり、叱ったり、頭を抱えたりすることはあっても、怒りまでは沸点がわかない。その境界の見極めは万を生きる悪魔から見てもドン引きするほどだ。傍から見れば、地雷原の上でタップダンスをしているようなものなのだから。

 

 だが、今後の外交を考えれば奏太ほど適任者はいなかった。彼の持つ『神依木』の体質は、神性を持つ者が多い神話に対して特効効果を持っていると言っていい。彼は神性を取り込める体質から思念のような感情を相手から読み取ることができるし、それは相手側からも似たようことができる。神性に対して畏れよりも親しみを覚え、神側からもどこか心地よさのようなものが感じられた。

 

「儂も神格に昇格した仏の一人じゃからのぉ、あの坊主の前だとふと気が抜けそうになるわい。どうも警戒心が芽生えん。孫悟空の尻尾を触らせてほしいなんて言われた時も、純粋に触りたいだけという本心しか感じず、呆れはしたがまぁそれぐらいならよいかと思ってしまったしのぉ」

「……寛大なお心に感謝いたします。しかし、その感覚は僕達にはないものだね。どちらかと言えば、あの子が今度は何をやらかすのかと胃がキリキリすることの方が多く…」

「……そっちはそっちで寛大だと思うぞい」

 

 神格化までした仏の尻尾を触らせて欲しいなど普通は畏れ多くて口に出せないだろうが、聖書陣営のトップ陣の羽根を興味でモフった奏太ならやるだろう。初代としても驚きはしたが、別に不敬とまでは思わなかった。むしろそれぐらいの些細な願いぐらいなら叶えてやってもよいか、と良いことをしたという気分程度だ。神はこだわりが強い者や尊大な者は多いが、超越した者としての寛大さも持ち合わせている。神からすれば奏太の存在は、近所の小っちゃい子に飴ちゃんをあげる祖父母のような感覚に近いかもしれない。

 

「メフィスト、あの坊やは確かに神族との交渉には有効だろう。じゃが、神性にとってはそうだな…アレはマタタビみたいなもんでもある。ようく手綱を握っておけ。知らない内に誑かされたジジババが増えるぞ」

「手綱を握れるか不安しかないけど、肝に銘じておくよ…」

 

 神様ホイホイだけは切実にやめて欲しいなぁ…、と元祖おじいちゃんは心から願う。大悪魔が溜め息を吐くしかない現状に、忠告をした初代も思わず遠い目で煙管を噴いてしまった。聖書陣営に神はいない。しかし、他神話にはむしろ神の方が多いところもある。神族に対する和平の使者として倉本奏太は最適であると同時に、劇薬でもあるのだ。

 

 

「ふぅ、話を戻そう。女神フレイヤとの会談で告げる範囲としては、聖書の神は表に出ることができないこと、二代目聖書の神の候補が生まれ、今後は神の子を通して世界を回すこと。そして聖書陣営がいずれ和平を目指し、北欧とも友好関係を築きたいと考えていること。これらについて話し合うために主神オーディンとの秘密裏の会談を申し込みたい、ってところだね」

「……それで納得はせんと思うが?」

 

 奏太には杖大会の審査の途中にあった休憩時間に、すでに『ほどほど』の情報開示をするように使い魔を通して伝えてある。神の死は伝えず、異世界についても伝えない。それだと原作と同様に『種の存続のため』の和平だと思われるだろう。しかも、神の死を秘匿しているため、聖書陣営に対する警戒も高いままかもしれない。それに奏太は不安そうにしたが、メフィストがあえてそうした理由があるのだろうと『部下』として承諾した。

 

真実(アレら)を口頭で伝えるのは危険であり、やはり主神オーディンにのみ直接伝えるべきだと結論が出たよ。それに『お土産』も用意している」

「……なるほど、その土産こそが本命か」

 

 顎髭を指で掻き撫でながら、初代は面白そうに目を細めた。メフィストから『お土産』だと受け取った箱を手の中で弄ると、意地悪小僧のような笑みをこぼす。つまり、今回の女神フレイヤとの会談の内容はそこまで重要ではないのだ。この『土産』をアースガルズの者に『見せること』こそが本命。彼らは己の神話を誇りに思い、魔法・魔術に関しては聖書陣営より発展――いや世界でも最高峰だと自負している。そんなプライドを持つ相手を刺激するのに、これ以上のものはない。

 

「解析の方は順調なようで何よりだわい」

「一歩ずつではあるけどね。相棒くんの『解析(ビナー)』によって紐解かれた技術の一部を、アジュカくんとリュディガーくんでなんとか形にできたものの一つだ。会談に応じてくれるのなら、『これ』について説明すると一言添えてくれるだけで構わないさ」

「女神が箱の中身を見ることは?」

「想定済みさ。むしろ見てしまうからこそ、彼女は主神に繋げざるを得なくなる」

 

 悪魔らしくうっそりと笑みを浮かべるメフィストに、初代は呆れたように肩を竦めた。まさに罠としか言いようがない。この悪魔は『変革者(イノベーター)』を女神や世間の目の注意を引くための餌にしたのだ。北欧との会談という重要な役目を突然任されて泡を食っていた少年に思わず同情した。魔王や理事長だけでなく、奏太もまた囮だった。腹芸ができない本人にそれを教えないのはあえてだろう。

 

「小僧共がお前さんを『優しい』と評するんは詐欺じゃのぉ…」

「はははっ、人聞きの悪い。もちろん、カナタが女神フレイヤからの信頼を得て、主神との繋ぎを作ってくれる可能性も考えているさ。そして、さらにその可能性を100%にする手助けをするのが裏方(僕達)の役目だろう?」

 

 実際、聖書陣営に囲われているとはいえ人間の子どもと女神が二人っきりになったところで、それが重要な会合とはまず思われないだろう。神滅具を持っているとはいえ、それで北欧最強の戦女神に何かできるはずもない。それが世間一般の常識であり、北欧の過激派や他の勢力からの目も確実に逃れられる。

 

「それに、カナタにトップとしての経験も積ませてあげたくもあったからね。安全上仕方がなかったとはいえ、これまであの子はずっと僕達の背中に守られてきた。だから重要な会談を一人で乗り越える経験は、今後のために必要だろう」

「その試金石に北欧を利用するとは肝が据わっとるわい。まぁ、だからこその切り札(お土産)なんじゃろうがな。女神との対談に対して緊張で肩の力が入り過ぎていたら、多少は抜いてやったほうがええぞ」

「ほどほどの緊張感は持っていてほしいけどね。……あの子の場合、緊張感がないと何をやらかすかわからないから」

「……さすがに初対面の女神相手にやらかさんと思いたいが。初手で冥途を機能停止させて、お師匠様に説法を説かれるような坊主じゃからのぉ…」

 

 自分も若い頃はかなりやんちゃをしたと自負する初代でも、さすがにヤベェなとドン引きしたのはよく覚えている。閻魔帳を墨で塗りつぶしたり、冥界十王をぶん殴ったりしたことはあったが、冥途を機能停止にまで追い込むほどのことはさすがにやっていない。奏太がそれを聞いたら、そっちの方が絶対にヤベェだろとドン引きするだろうが。

 

 奏太の相談役として話を聞いているらしい師が、悟りの修行扱いしている時点でレベルが違う。弟子としての勘だが、おそらく異世界からの侵略という情報以上に『ヤバい何か』を玄奘三蔵法師は奏太から聞き及んでいるのだろうと予想している。しかし、それにツッコむ気も他者へ教える気もさらさらなかった。

 

 あの師ですら持て余している状況だ。そんな厄災に自ら関わりたくない。そもそも異世界だけでも十分に目が回るような事態なのに、これに好奇心で首を突っ込んだせいで厄災まで抱え込みたくないのは当然だ。これまでやんちゃしてきたからこそ、しっかり培った危機察知能力であった。

 

 

「――ん、どうやら大会の方も無事に終わったようだのぉ。この部屋に女神が来るんじゃろ?」

「えぇ、ですので女神フレイヤとカナタが二人きりになるまで、初代殿には姿を隠していて欲しいのですが…」

「護衛の戦乙女(ヴァルキリー)程度なら問題ないじゃろうが、北欧最強の戦女神相手に無茶言うわい。まぁ、身を隠すことに集中すればできんことはないだろうが…」

 

 これでも過去に冥途を敵に回したり、天帝を怒らせて大軍を向けられたりしてきたのだ。武力で制圧してきたとはいえ、常に万全の状態だった訳ではない。時に仙術による隠形で身を顰め、万の大軍や神を欺くこともあった。神クラスなら僅かな戦意でも放てば感づかれるだろうが、本気で身を潜めるだけなら可能だろう。

 

 さすがに二人きりになったからと、いきなり姿を現したら反射的に戦闘態勢を取られる可能性が高いので、奏太の口から中立者として闘戦勝仏(とうせんしょうぶつ)の名が出てからになる。つまり会談の始まりは、奏太と女神の二人きりであることは間違いない。さすがにフォローが必要なら出ざるを得ないが、あの坊主がどんな風に女神と交友を結ぶのか興味はある。緊張でガチガチだろうがちょっくら観察して楽しもうかのぉ、とニヤニヤと笑みを浮かべた。

 

「はぁ…、あんまり意地悪はしないでほしいけどね」

「なぁーに、お前さんも儂も悪いジジィなんじゃい。暁紅の坊主のやらかしでさんざん振り回されて来たんじゃし、こんぐらい仕返しにも入らんわい」

 

 そう言って貴賓室に備え付けられている備品の衝立の裏へと足を進めると、深く息を吐いて座禅を組み、両手で複雑な印を組んで仙術による気を集中させる。まるで岩のようにその身体に溢れるオーラが全て無機質に変換されながら、違和感を感じることができないほど巧妙に馴染ませていく。目の前にいたとしても、背景の一部のようにしか感じられない。その目に映る認識すら欺く隠形。メフィストはその技術に素直な称賛を心に浮かべながら、客人を迎えるための準備を始めた。

 

 なおこの後、悪い大人同士の話し合いに熱中し過ぎて、最終選考を見ていなかったことで仕返しどころではなくなるのは余談である。

 

 

 

 それから――時間にして数刻後。この貴賓室へと向かってくる気配に、優し気な笑みを浮かべながらメフィストはソファから立ち上がる。リズムよく鳴るノックの後、魔法による認証を幾つも解除する音が響き、次にガチャリと重厚な扉が開かれた。先ほどまで協会の組織長として大会に参加していた使い魔が先導して連れてきたのは、絶世の美貌だった。

 

 長くウェーブのかかったピンクブロンドの髪が揺れ、サファイヤのように輝く両の瞳は妖艶な雰囲気を感じさせる。北欧の代表として大会に参加するにあたって、ユニフォームとして戦乙女と似たデザインの兵装を身につけて居ながら、明らかに他とオーラが違う。美の化身と称されるプロポーションと容姿は、数多の神や異種族を魅了する逸話通りにふさわしかった。

 

 北欧最強の戦女神でありながら、美と愛、そして豊穣を司る女神。それが北欧神話における女神の一柱――女神フレイヤであった。

 

「ごきげんよう、メフィスト・フェレス会長。此度は面白い大会を開いてくれて感謝しています」

「ごきげんよう、女神フレイヤ。キミほど知名度がある者が参加してくれたんだ。大会の主催者として、まずは感謝を述べさせてもらうよ」

 

 彼女と一緒に入室した護衛役の戦乙女たちも各自挨拶を述べ、フレイヤの後ろを守る様に沈黙する。彼女たちに剣呑さはないが、警戒はしているのだろう。貴賓室の部屋の配置や危険物がないかを調べている様子がわかる。それに気を悪くしないでほしい、と肩を竦めて促されたソファに座ったフレイヤは緊張感の感じられない甘い微笑みを浮かべた。

 

「ごめんなさい、この子達ったら真面目なのよ」

「構わないさ。北欧は長らく他神話と距離を取っていたのです。僕も聖書勢力から政治的に離れた身とはいえ、悪魔であることは変わらないからね」

「『偶然』大会に参加していた魔王レヴィアタンと、ロックフェスの打ち上げ会を行えたのは大変有意義だったわ。主に悪魔特有の病に関する相談や取引でしたけど、それだけで聖書が北欧に対して矛を向ける気はないのだとわかりました。まずはそれが収穫の一つですわねぇ」

 

 神話の始まりから敵対していた陣営同士が協定を結んだ。他神話からすれば、まず調べるべきはその矛の向け先だ。聖書陣営が三つの種族同士で争っている間は、他神話に攻撃する余裕などないだろう。しかし、それがなくなったのなら余裕が生まれてしまう。その余裕の矛先を探ることも、フレイヤの目的の一つだったのだ。

 

 だが蓋を開けてみれば、聖書陣営は北欧に対して歓迎するムードを崩さなかった。杖大会に参加を表明した時もスムーズに対応され、複数のヴァルキリーが武器(魔法杖)を携帯したままで参加を許された。名目が杖大会なのだから当然ではあるのだが、他神話の者が武装したままでもいいと許可を出したのだ。フレイヤがロックフェスを開いたのも、北欧の魔法杖を紹介するためもあったが、武装状態のままで大会の雰囲気を壊さないためもあった。

 

 さらにセラフォルー・レヴィアタンから長期的なアストラル系統の魔法に関する契約をフレイヤの権限でいくつか承諾している。協定を結んだことにより、北欧でなくても他神話へ矛を向けるつもりなら、まずこのようなやり取りは生まれなかっただろう。少なくとも、聖書がどこかの神話に喧嘩を売るつもりなら、北欧は様子を見るために間違いなく距離をとる。つまり、今回結んだ契約は意味のないものになってしまう訳だ。

 

「ふふっ、いやぁね。面白そうな大会があったから、北欧のロックの熱をおすそ分けにきただけで、わたくしは政治のためにここへ来たわけじゃありません。そういうのはオーディン様の役目。わたくしがここへ来たのは、あなたの秘蔵とされる魔法使いをせっかくなら見ていきたいって思ったからです」

「女神のお眼鏡に適うとは光栄だ。でも、うちの子を勧誘するのはやめてね。あなたのような美人のお姉さんへの耐性があまりない子なんだ。ほどほどに頼むよ」

「あらあら。それはそれで楽しみですわねぇ」

 

 他者の目がある中だと、お互いに踏み込んだ会話は避けるしかない。政治的なやり取りを望んでいなくても、女神と大悪魔という立場だけで周りから色眼鏡で見られてしまう。実際、フレイヤの後ろで待機している戦乙女達の緊張で強張った顔が物語っている。こういう立場のしがらみってやっぱり面倒だねぇ、とメフィストは内心で溜め息を吐いた。

 

「メフィスト・フェレス会長はこれからどちらに?」

「今回の大会には顔を合わせておきたい要人が何人か来ているからね。あなたがその一人目であり、北欧の女神から大会を楽しめたという言葉だけで十分さ。なんせこの大会の運営責任者だからね」

「ふふっ、そうねぇ。わたくしは楽しませていただいた運営の責任者である会長に挨拶と称賛の意を表しただけ。それだけだもの」

 

 女神と大悪魔ではなく、参加者と運営というスタンスで話を進める。戦乙女達もそれは聞き及んでいたのか、ホッとしたように息を吐いていた。彼女たちの反応から、大悪魔であるメフィストは警戒しても、人間である『変革者(イノベーター)』は警戒に値しないのだろう。奏太と女神がこれから会うと聞いても、女神の戯れぐらいにしか思っていない。それだけ人間と女神には隔絶した差があると当たり前のように認識している。

 

「でも、フレイヤ様と人間の男を一緒の部屋にいさせて大丈夫なのかしら? ほら、フレイヤ様はお美しいから…」

「けど、お会いしたいと言っているのはフレイヤ様ですし…。まぁ、フレイヤ様なら軽くあしらえるでしょう。この部屋を出ても馴れ馴れしくしそうだったら、その時は護衛としてわきまえさせればいいわ」

 

 小声でこそこそする護衛の会話に、メフィストは思わず肩を竦めた。確かに女神フレイヤの美貌は数多の神すら虜にした逸話を持っている。彼女たちが安全面より求婚面を気にするのはある意味当然なのだ。ただメフィストからすれば、「カナくんはないだろうなぁー」と乾いた笑みが浮かんでしまう。ラヴィニアを始め、姫島の女性たちや魔王の関係者、それと天界一の美女であるガブリエルとも素面で接する青年である。

 

 女神の美貌に見惚れたり、ドキドキぐらいはしても、たぶんそれだけだ。相棒であるレーシュがR指定フィルターのやりすぎ(過保護過ぎたの)もあるが、恋愛面での情緒があまりにも育っていない。保護者として六年以上倉本奏太を見守ってきたのだ。今回は特に仕事として意識しているだろうから、恋慕なんて余計な感情を抱く余裕すらないだろう。

 

 聖書陣営のトップ陣が揃って「アレは見守ろう…」と結論を出したほど恋愛面に疎いのだ。メフィストとしては、もうちょっとそっち方面も意識してくれたらなぁーと思うが、ようやく意識が芽生えてきたっぽいパートナーが傍にいることもあって、余計な茶々を入れる方が野暮というもの。もしあの二人に進展があったら、心の中で雄たけびを上げながらにこにこと話を聞きたいぐらいだ。

 

 

 そんな空気の中、コンコンと扉がノックされる。認証システムが作動されたことから大会が終わり、審査員をしていた奏太が到着したのだろう。メフィストの使い魔が素早く扉のロックを開けていくと、そこには灰色のローブを着た黒髪の青年が俯き気味に立っていた。その様子に思っていた以上に女神との会合に緊張しているのだろうか、とメフィストは首を傾げた。

 

「えっと、その、失礼します…」

「大会の審査ご苦労様、カナタ。大丈夫だよ、入ってきたらいい」

「…………」

 

 メフィストは優し気な口調で促すと、奏太は余裕がなさそうにこくんと頷いてメフィストの傍へと早足で駆けよる。珍しい、初対面の相手がいるのにそれを気にする素振りもない。フレイヤ達も不思議そうに見つめている。これは何かあったか? と奏太の変化に気づいたが、仕事モード中でもあるため確認しようと口を開く――前に、勢いよく顔をあげた奏太の声に遮られた。

 

「あ、あの、メフィスト様! その俺とラヴィニアって、ほっ、他の人から見たら…、こ、恋人同士に見えるんでしょうか――!?」

 

「――……すぅ」

 

 メフィストの呼吸が一瞬止まった。

 

 

「俺、えっと、外からそんな風に見えるぐらい、ラヴィニアとの距離を間違えちゃったのかって思って…。も、もちろん、嫌って訳じゃないし、ラヴィニアは幼馴染で大事なパートナーだけど。でも他の人に誤解させちゃったら、ラヴィニアの迷惑になるかもしれないし…。俺、この後ラヴィニアにどんな声をかけたらいいのかもわからなくて――!」

「カナくん、落ち着こう。本当に落ち着こう。ほらジュースをあげるから」

「う、うぐ…」

 

 顔を真っ赤にして涙目でもらったジュースをゴクゴクと飲む奏太に、メフィストは優秀な頭脳をフル回転させていた。何があった。いや、間違いなく何かがあった。おそらくメフィストが目を離していた最終選考中という短い間にとんでもないことが起こった。誰だ、うちの子に核爆弾を放り込んだのは!! 僕達がどんだけ慎重に見守っていたと思っている!?

 

 ぶっちゃけ、奏太とラヴィニアの距離が近かったかと言われたら、めっちゃ近かったとしか答えられない。当たり前のように家族同伴とはいえ同居OKしている時点で今更だとか心から思っている。だが、今の奏太に真実を伝えたら、ラヴィニアとの距離感を意識し過ぎて逆に距離を置きかねない。しかし、否定するのは見守ってきた保護者として口に出したくない。

 

 そんな珍しく余裕がないメフィストは気づかなかった。自分の隣に更なる混沌が舞い降りたことを。

 

 

「恋愛相談なら任せなさい! わたくし以上の適任はいません。この愛の女神フレイヤが引き受けるわっ!」

 

 会談なんかやってる場合じゃねぇ! ガシッとジュースを飲んでいた奏太の手を掴み、女神フレイヤはそれはもう極上の微笑みを浮かべた。メフィストも同様ながら圧を感じる笑顔を浮かべた。

 

「――却下で!」

「なっ、メフィスト・フェレス会長! こんな初々しい場面を見せられて、愛の女神であるわたくしの提案を退けるとは何事です!?」

「却下です! エロで堕ちた堕天使やハーレム上等の悪魔ですら見守りを選択したんだ。北欧の恋愛観をうちの子に持ち込まないでもらいたい!」

「まぁ、わたくしは求められた愛に愛を返した純愛ですわ。北欧で恋とは、剣や雷と同等の価値だとオーディン様も言って下さいましたわ」

「……悪神ロキですらドン引きさせた話は有名だよ」

「アレは神々全員を罵倒していたついででしょう。それにわたくしとしては普通のことですのに…」

 

 こてんと頬に手を当てて不思議そうにするフレイヤから守るように、奏太を背中に隠しながら冷や汗を流すメフィスト・フェレス。北欧に一番持って来ちゃいけない話題を、よりにもよって彼女に聞かせてしまったのは痛恨のミスであった。奏太の様子がおかしい時点で、すぐに別室へ一旦下がるべきだった。

 

 そんな保護者をよそに、ジュースを飲んだことでちょっと落ち着いた奏太は、そういえば北欧との会談があったんだった! とマイペースに思い出した。

 

「あっ、すみません! 頭の中が混乱していて申し訳なかったです。女神フレイヤ様ですよね。俺は『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の『変革者(イノベーター)』である倉本奏太です。本日は俺と会談をしたいと伺ってきました」

「えぇ、あなたの恋愛相談を受けに来たわ」

「ちがいます」

「えっと…」

 

 あれ、何でこんなカオスなことになっているんだ? フレイヤの護衛である戦乙女達も「恋バナよ!」できゃあきゃあ言って助けになりそうもない。初代様に助けてもらおうかと仙術で意識を向けると、絶対に見つかりたくないという固い意思で闘戦勝仏(とうせんしょうぶつ)は沈黙を貫いた。こっちも会談やっている場合じゃなかった。

 

「あらあら。メフィスト・フェレス会長。先ほど、わたくしの他にも挨拶をしないといけない要人が何人かいると話されていたじゃないですかぁ。魔王レヴィアタンからも、『変革者(イノベーター)』と話す時間をもらえると聞いていたのですが?」

「えぇ、あなたが魔法使いであるうちの子に()()として会談するとは聞いていますよ」

「もちろん、(お仕事)に専念させてもらいますねぇ」

「クッ……! カナくん、部屋の外で少し待っていなさい。この駄女神とちょっと決着をつけてくるからねぇ」

「奏太くん、ちょっと待っていてくださいね。この過保護者にちょっと愛について語ってきますから」

「は、はーい」

 

 フレイヤ様頑張れ! と応援する護衛達と、儂この空間にい続けないといけないの!? と涙を流したくなった初代様を置いて、奏太は使い魔のダンディなおじさまと一緒に扉を出て体育座りをして待つことになった。おじさまからもらったティッシュで鼻をかみながら、やっべ、やらかしたなぁーと遠い目になったのであった。

 

 こうして、奏太と北欧陣営のファーストコンタクトは恋愛相談から始まったのであった。

 

 

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