えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二百四十五話 決壊

 

 

 

「私とカナくんが恋人に見えて…。えっと、すぐに違うと言うべきだったでしょうか? だって、私達は魔法使いのパートナー同士ってだけで…」

 

 大悪魔と戦女神による熾烈を極めた戦いが繰り広げられている頃――ラヴィニア・レーニも奏太と同様に混乱の境地に立たされていた。杖大会ではお互いに仕事中だからと雑念を振り払うように集中できたが、それが終わると悶々と先ほどの出来事が頭の中を何度も掠める。ラヴィニアは大会の審査員用の控室で白い魔女帽子を腕に抱えながら、真っ赤になった顔を帽子に埋めるしかなかった。自分でも情けない表情をしているとわかっているので、どうしても顔が上げられない。ようやく一人になれたラヴィニアは、火照っている熱を冷まそうとぎゅっと目を瞑っていた。

 

「……カナくんがこの後、北欧との会談があってよかったのです」

 

 大会が終わってすぐ、簡単な挨拶を終えた奏太はメフィスト・フェレスの下へ足早に駆けて行っている。彼の行動は予定通りであるため、そのことについて疑問は特にない。ラヴィニア自身、奏太とどう接すればいいのか咄嗟に思いつかなかったのでホッとしたぐらいだ。さっき言われたことを話すべきなのか、それとも何事もなかったかのように流すべきなのか。お互いに勘違いされちゃったね、と笑ってすぐ済ませればよかったのかもしれない。

 

 しかし、こうして空白の時間が出来てしまったことで、逆にこの後どうすればいいのかと悩みを深めてしまっていた。下手に話を蒸し返さない方がいいのかもしれないし、でも気にしているのなら話題を振った方がいいのかもしれない。そんな袋小路に陥りそうになり、とりあえず気持ちを落ち着かせようと控室に常備されている飲料水を口に付けた。

 

 少なくとも少し前のラヴィニアなら、「カナくんと仲良しに見えたのですねー」と外からの意見をただ好意的に受け取って、ニコニコと笑って解釈しただけだっただろう。こんな風に悩むことさえきっとなかったはずだ。それなのに、グリンダが攫われた一件から彼とのやり取りの一つひとつに心が動かされる。当たり前だったはずの行為や言葉に不思議と目が惹かれる。ラヴィニア自身、そんな自分の変化を何となく感じ取れるようになってきていた。

 

「ふぅ…、冷たい。でも、カナくんが帰ってきた時にどうしたらいいのでしょう。私は、カナくんを困らせたくないのです」

 

 両足を腕に抱え込み、身体を丸めながら憂鬱を吐き出す。元々ラヴィニアの性格的に、些細な事なら悩みにすらせず、本当に悩みがある時はそれを外へ吐き出すこと自体が滅多になかった。そのため、自身の悩みを誰かに相談する経験自体が少ない。もし悩んだときは、いつもグリンダや奏太に聞いてもらっていた。しかし、今その二人は傍にいないのだ。そもそも悩みの種が奏太に対してなのだから、その相手に聞けるわけがない。

 

 自分自身だけの悩みならラヴィニアは笑顔で隠せた。だが、今回はパートナーである奏太に直接関係があるため有耶無耶に出来ず、しかもそれほど考える時間もない。とにかく奏太を困らせたくなくて、でも言葉や対応を間違えてラヴィニアが望む「いつも通り」が崩れてしまうことも怖くて。彼の隣で当たり前のように笑う自分、という「今」を失いたくなかった。

 

 そこまで悶々と考え続けてしばらくして、――ふと彼の言葉が頭をよぎった。

 

 

「……カナくんが言っていましたね。悩み過ぎて自分一人じゃ動けなくなった時は、素直に助けを求めるのが一番だって」

 

 のろのろと帽子から顔を上げたラヴィニアは、昔を思い出すように自身の手のひらに目を移す。自らの過去について語り、悩みを打ち明けたラヴィニアの手を優しく握ってくれたぬくもり。最初、彼に悩みを打ち明けられたのは、裏の世界へ巻き込んでしまった罪悪感への贖罪のためだった。次にグリンダが強襲された時には、無我夢中で彼に手を伸ばしていた。なら三度目は、自分の意思で打ち明けるべきなのかもしれない。

 

『ラヴィニアの周りには、その手を取ってくれるヒトがたくさんいるんだから』

 

「……私の手を、握ってくれるヒト」

 

 でも、迷惑になってしまわないだろうか。こんな私的なことに、ラヴィニア自身でもこんなことで周りを煩わせてしまっていいのかと不安が膨らむ。何より自分の手を握ってくれるのだろうか、という幼い頃のトラウマが顔を覗かせてくる。冷たい目で自分を見つめてきた親戚たちがフラッシュバックし、慌てて頭を横に振って記憶を振り払った。もう何年も経っているはずなのに、それでも消えてくれない凍えるような寒さ。氷のように冷え切った記憶(恐怖)は、ラヴィニアの心の中に未だに深く巣くっている。

 

 それでも――

 

『手を伸ばしてくれて嬉しかった。よく頑張ったな』

 

 その冷たさに怯え続けているだけじゃ、何も変われない。氷のお化けに怯え、八つ当たりで周りへ当たり散らして、心を閉ざすことでしか自分を守れなかった九歳の頃と何も変わらないままでいたくない。あれからもう七年も経ったのだ。この七年で身体だけじゃない、心だって成長したはずだ。助けを求めてくれたことを嬉しそうに笑って受け止めてくれた温かさを、心を覆っていた氷が確かに溶けていった感覚は今でも覚えている。

 

「今でも、怖いです。周りに迷惑をかけてしまうことが、……あの時のように冷たい目で見られてしまうんじゃないかって過去の思い出が今でも心に残っています」

 

『俺達だけじゃダメな時は、メフィスト様やアザゼル先生、タンニーンさんに、クレーリアさんや正臣さんとか、みんなにも助けを求めればいいよ』

『それは、ご迷惑では…』

『だったら、そのもらった分を一緒に返していけばいいじゃん』

 

「だけど、そんな冷たい思い出を温めてくれるたくさんの言葉や思いを、カナくんやみんなからもう十分に私はもらっているはずです」

 

 だから必要なのは、あとほんの一握りの勇気だけなのだ。これまでの記憶から言葉として実際に形にしていくことで、ラヴィニアは決心を固めていく。誰かに頼ることは確かに怖いが、でもそれ以上に奏太との距離が開いてしまうかもしれないことの方がよっぽど怖い。一度深く息を吐き、深呼吸をしたラヴィニアは懐を探り、通信用の魔方陣が描かれたカードを取り出した。

 

 意を決して魔法力を通信用のカードに籠めると、馴染み深い友人の声が耳に届いた。

 

『あら、お疲れ様ラヴィニアちゃん。今の時間だと、ちょうど杖大会が終わった頃かな?』

「は、はい、クレーリア」

『……ん、どうかしたの? 大会で何かあった?』

 

 ラヴィニアが相談相手として選んだのは、奏太の次に付き合いの深い人物だった。魔法使いとしての仕事の付き合いだけじゃなく、お菓子作りを一緒にするぐらいにプライベートでも関わりがある。何より彼女はこちらの事情をよく知っていながら、おそらく「恋人」という関係について最も詳しい人物だと当たりを付けたのだ。クレーリア・ベリアル――年は離れているが対等な友人であり、気心の知れた仲でもあった。

 

 ラヴィニアの微かな声の震えを察したクレーリア・ベリアルは、心配そうに声をかけてくれる。相変わらず、他者の機微に(さと)いヒトだと感心しながら、ラヴィニアはドキドキする胸を手で押さえた。

 

「大会の方は大丈夫だったのです。そっちは大丈夫だったのですが…」

『うん』

「あの、クレーリア。実は相談したいことがあるのです。これは仕事とか関係なくて、私がどうしたらいいのかわからなくて聞きたいことで…。その、クレーリアのご迷惑でなければなのですが……」

『ふふっ、そんな前置きなんていらないよ。私がラヴィニアちゃんの相談相手になれるのなら、むしろ喜んでって思うから』

 

 珍しいと心の中で思いながら、クレーリアは疑問を挟まずにまずは受け入れる姿勢を前面に出すことを選んだ。ラヴィニア・レーニとの付き合いはもう五年になる。彼女が自分の悩みや弱みを誰かに相談することは滅多にない。仕事に関することや日常の事なら素直に疑問を口にするが、自分自身のことになるとパートナーである奏太ぐらいにしか言葉にできなかった。

 

 そんな彼女がクレーリアを頼ったということは、よっぽどのことが起きたのだと察する。それもおそらく、倉本奏太には相談できない内容なのだろうとも。普段情けないところを見せることはあっても、それでも年上のお姉さんとして困っている妹のような友人を導くぐらいの度量はあるつもりだ。しかし、優秀な魔女であり、大抵の事には動じない彼女がいったいどんな悩みを抱えているのか。緊張を声音には出さずに、クレーリアはラヴィニアの言葉を固唾を飲んで待った。

 

「……実は大会の最終選考中に参加者の方から、私とカナくんが、こっ――恋人同士に見えるって言われてしまって…。わ、私、びっくりしてその時は何も言えなかったのですけど、大会が終わった後にカナくんとどう接すればいいのかわからなくなっちゃったのです…」

 

『聞くわ。めっちゃ詳しくお姉さんに教えて』

 

 スタンディングオーベーションな気持ちを心の中で叫びながら、ガッツポーズを見せたクレーリア・ベリアルであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 大悪魔が二人の出会いから普段の無自覚っぷりを暴露し、それに女神を悶えさせている頃――クレーリアは自身の部屋に呼んだラヴィニアにジュースとお菓子をふるまっていた。通信越しのやり取りで済ませられる簡単な問題ではないと考え、対面で彼女の悩みを聞くことになったのだ。こんな日が来ることを心待ちにしていた部分はあったが、まさかそれが今日であることにクレーリアは噛みしめる様に隠れて拳を握った。

 

 だが、浮かれているだけでは駄目なのは冷静な思考で理解はしている。この二人の関係を友人として一番近くで見守ってきたのは自分なのだ。故に、この二人がなかなか進展しなかった問題もある程度把握していた。奏太の方はおそらく大丈夫だろう。彼は恋愛に対して遠慮気味で疎いが、あえて考えないようにしているところがある。だから直視せざるを得ない場面になったら、ちゃんと前を向くだけの気概はあった。

 

 だからメフィスト会長なら今頃、余裕のある大人の貫禄で奏太を諭しているだろうとクレーリアは考えた。まさか会談を放り出した女神が強敵過ぎて、共依存気味な二人のやり取りでクリティカルヒットを与えてノックダウン寸前まで身悶えさせているところとは想像できなくて当然だろう。きっと今日の北欧はツヤツヤである。

 

「その、クレーリア。わざわざ時間を取ってもらって申し訳ないのです」

「気にしなくていいよ。それに、遅かれ早かれ今回のことは起こるべくして起こったと思うしね」

「……えっ?」

 

 一方、ラヴィニアは今の心地よい関係に変化を及ぼすことを恐れる傾向を持っていた。それも無自覚で。彼女の過去はクレーリアもそれなりに聞き及んでいるため、変化することで「今」がなくなることに恐れを抱いていることもわかっていた。だから、奏太とラヴィニアの関係に変化を及ぼす「きっかけ」に周りはあえて触れないようにしてきたのだ。いずれ向き合う時が来るだろうことも理解しながら、ラヴィニアの心の傷が少しでも癒えるのを待ち続けた。

 

 そして、その日が今日だったのだろう。おそらくラヴィニアに奏太との関係で踏み込んだ話ができるのは、自惚れでもなく自分だけだろうとクレーリアは思っていた。それだけ彼女と深い交友関係を築いている者は少ない。そこから恋愛に関する相談となればさらに対象者はほとんどいないだろう。だから、ここでラヴィニアの相談を曖昧なままで終わらせてはならないとクレーリアは気合を入れ直す。狭い彼女の世界を広げられるかは、きっと第三者との関わりがきっかけになるだろうから。

 

「まず、ラヴィニアちゃんの悩みを解消するアドバイスをする前に。ラヴィニアちゃんには、決めてもらいたいことが一つあるの」

「決めることですか?」

「うん、これが決まらないと今回の悩みに対しての解決の方向性が定まらないからね。だから、厳しいことを言うけどちゃんと選んで欲しいの。もちろん、どっちの答えを選んだとしても悩みを解消するための手助けは絶対にするわ」

 

 向かい合ったラヴィニアの瞳が揺れたのを目に映しながら、クレーリアは真剣な眼差しで人差し指と中指を二本立てた。

 

「一つ目は、今回の悩みを解消した先でカナくんとはこれまで通りの関係のままでいる未来ね」

 

 クレーリアから示唆された未来は、元々ラヴィニアが望む未来そのものだった。これまで通り、魔法使いのパートナーであり、幼馴染の信頼し合える友達同士でいられる。彼女にとって「変化」とは、失うことと直結していた。もちろん、変わることで得られるものがあることはわかっている。それでも、自分の手にあるものが少しでも零れ落ちてしまう可能性が歩みを止めさせていた。

 

「そして二つ目が、今回の悩みと向き合うことでカナくんへの気持ちを整理して、今までの関係から変わる未来を選ぶことよ」

「カナくんとの関係を変える…」

 

 ここまではっきりと口に出されたのは初めてだった。それだけ、クレーリアはラヴィニアの心に踏み込む決意をしたのだとわかる。無遠慮に掻きまわすことはしないが、それでも明確に道を二つ用意されたことでラヴィニアはようやく自分の心と向き合いだす。ギュッと両の手を胸の前で握りしめ、二人の間にしばらく無言の時が流れた。

 

「いきなり決めるのは難しいと思うわ。だから今、ラヴィニアちゃんが考えていることを率直に教えてもらってもいいかな?」

「……怖いと思いました。もしかしたら、逃げているだけなのかもしれません。それでも、本当に変わらなきゃ、変わる必要はあるのかって思ってしまうのです。カナくんの傍にいられる「今」を変えてまで――」

 

 

「いつまで?」

「――えっ?」

「ラヴィニアちゃんは、『いつまで』カナくんと一緒にいたいの?」

 

『なら、私も一緒にいます。あなたが望むなら、どこまでも』

 

 そんな風に問いかけられるとは思ってもいなかった。自分の答えはすでに出ている。だけど、いつまで――彼は自分の傍にいつまでいてくれるのだろう。

 

『俺が俺である限り、この魂が続く限り、必ずラヴィニアの下へ帰って来る。絶対にいなくなったりなんてしないから』

 

「カ、カナくんが言ってくれたのです。必ず私の下に帰ってくるって、絶対にいなくなったりしないって…」

「カナくん、また無自覚ですごいこと言ってる…。こほんっ、そうだね。カナくんの性格なら、約束は守ると思うよ」

「なら――」

「でも、一番じゃなくてもいい?」

「……ッ」

 

 いったい何の順番だろうと一瞬思い、すぐにクレーリアが言いたいことを察して言葉を失う。確かに奏太はラヴィニアの下に帰ってきてくれるだろう。だけど、もし彼にラヴィニアよりも大切な人ができたら、きっとまずそちらに足を向ける。それからラヴィニアに会いに来てくれるだろう。それは、決して蔑ろにされている訳じゃない。それでも、間違いなくチクリと胸に痛みが走った。

 

 否定したかった。こんなのただの我が儘だって思う。だって、彼はちゃんと約束を守ってくれるはずだ。それなのに、自分に一番に会いに来てくれないかもしれない、という可能性に心がざわついた。おかしくないはずなのに、おかしいと思ってしまった矛盾。どうして、と一瞬でも考えてしまった。

 

「ラヴィニアちゃん、カナくんはこれまで外の世界にあまり触れてこなかったわ。だから交友関係だって制限されたものだったけど、今後は『変革者(イノベーター)』として表に出て、新組織のボスとして立ち回り、二代目神の子として世界に触れることになる。世界中から注目の的になるのは当然だわ。つまり、……たくさんの女の子からアプローチを受けてもおかしくないの」

 

 大げさでも何でもなく、クレーリアの言う通りだろうと思った。ラヴィニアの立ち位置は変わっていないが、奏太の立ち位置はこれまでとは劇的なまでに変わってしまったのだ。当然周囲との付き合いもさらに増えていくだろうし、その中に奏太に対して深い関係を望む者だって出てくるかもしれない。

 

「メフィスト会長もだけど、聖書陣営のトップ陣は次世代を見据えてカナくんが家庭を持つことを推奨している。もしカナくんが女の子が大好きな子なら、たぶん各陣営から相性の良さそうな相手を宛がうぐらいは政治的にされていたと思う」

「……でも、皆さんはしませんでした」

「うん、トップ陣の皆さんは、カナくんの意思に任せようって見守ることを選択してくれた。だからこそ、カナくんが選んだ相手なら上は受け入れると思う。相手がどんな立場で誰であろうともね」

 

 さすがに敵対する陣営や明らかに奏太へ害を与えそうな相手なら苦言は申すだろうが、そもそもレーシュが奏太が不幸になる相手を認めるわけがないという信頼があった。あの過保護筆頭が認めた相手なら、少なくとも奏太を裏切ることはない。命すら預ける相棒の言葉を奏太が無視することはなく、また精神を律する異能を持っているため、ハニートラップも効かないことから大人達は見守りを選択したのだ。

 

「だから、さっきの二つの選択はこう言い換えてもいいよ。変化を望まず今のままを選ぶなら、さっき話した懸念の全てを受け入れる覚悟を持つこと。変化を望むことを選ぶなら、今のままはなくなってしまうかもしれないけどカナくんの傍に本当の意味でずっといられるかもしれない」

「……それを、選ばないといけないのですね」

「うん、厳しいことを言っていると思う。でも、二人のことをよく知っている私だから現実を突きつけるよ。きっと、ここが二人にとっての分岐点だと思うから。それに、今のラヴィニアちゃんならきっと選べると思ったの」

 

 先ほどまでの真面目な相貌を崩し、クレーリアは優しくラヴィニアの頭を撫でた。ラヴィニアはその温かさに目を伏せながら、考えをまとめる様に思考を回していく。彼女の言う通りだ。きっと今じゃなければ、この答えは選べなかっただろう。先ほど感じた胸の痛みと、矛盾を孕んだ気持ち――この二つは彼と積み上げてきた「今まで」があるからこそ生まれたのだから。

 

「異性って難しいよね。同性なら今のまま友達としてずっと隣にいられたかもしれない。でも、異性だとどうしても遠慮が生まれてしまう。その遠慮がなくなるには、今までの関係を変えなくちゃいけなくなる」

「…………」

「でもね、その代わりその人にとって最も傍にいられる人物になれる可能性もある。ラヴィニアちゃん、あなたはその隣を別の誰かに譲れる?」

 

 

『本当に沈みそうになった時、真っ先に手を差し伸べられるのは同じ道を歩むその人の隣にいる者だけよ』

 

 あぁ、なんだ。もうとっくに答えなんて出ていたじゃないかとラヴィニアは笑みを浮かべる。あの時、朱雀から投げかけられた言葉に自分は当たり前のように頷いていたのだから。

 

 ――一番最初にその手を掴むのは『自分』じゃなきゃ嫌だ、と。

 

 

 そして、改めて実感する。孤独を恐れていた幼い少女を、こんなにもたくさんの人が支えてくれていたことを。きっかけは奏太から繋がった縁だった。だけど、そこからちゃんと自分だけの繋がりも結ぶことができていたのだ。そうじゃなければ、彼らの言葉がこんなにも心に響くはずがない。変化への一歩を踏み出す勇気に変えられるはずがない。

 

『まっ、二人共難しく考えすぎるな。色々複雑な事情はあるが、お前らはお前らの進みたい道を選べばいい。過去はどうあれ、これから進む方向は一緒なんだ。ゆっくり歩きながら、考えていけば問題ないだろ』

 

『日本の姫島家じゃあまり力になれないかもしれないけど、もし私の力が必要になったら言ってちょうだい。ラヴィニアには朱乃やおばさまのことで世話になったのだから、遠慮はなしよ』

 

『ラヴィニア姉さま、ヴァーリくんと一緒にうどんを作ったの。おいしいご飯は元気の源だって、母さまが言っていたよ』

『ふん、俺が作ったんだ。喉越しの良さと弾力は保証する。……あまり思いつめるなよ』

 

 ラヴィニアにとって変化とは、何かを得る代わりに何かを代わりに失うことだった。温かかった家が、優しい両親が、一瞬にして目の前からいなくなってしまった代わりにグリンダと出会えた。グリンダとの生活が終わる代わりに、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』で他者との関わりが増え、倉本奏太と出会えた。そして、グリンダがいなくなってしまった代わりに、変わりたくないとどれだけ願っても、変わってしまうものがあることに気づいた。

 

 なら、今回の変化の代償は「今のまま」を願っていた安寧になるのだろう。その喪失感に身体が震えそうになるが、それ以上にクレーリアからの問いかけに肯定だけはできなかった。彼の隣を別の誰かに譲る。幼馴染として、友達として、パートナーとしての立場だけでは足りないのなら、新たな関係を築くしかない。氷のように覆われていた恐れが、ようやく決壊したのがわかった。

 

 

「嫌です。カナくんの隣だけは譲れません」

 

 迷いはある。思考は未だに複雑に絡み合っている。それでも、この気持ちだけは声に出して表明できた。これが恋愛感情と呼ばれるものなのかはまだわからない。こんな自分勝手な気持ちで、彼の隣を縛り付けてしまっていいのかもわからない。それでも、嫌だという思いだけは強く心を動かした。お人形のようにお行儀よく待っているだけでは駄目なのだとわかった。

 

 

「クレーリア、私はいつまでもカナくんの隣にいられる選択肢を選びたいです」

「答えは見つけられたみたいだね」

「はい。……クレーリアは、その、応援してくれますか?」

「もちろん、さっき言った通りどっちを選んでも相談にのるつもりだったよ。でも、個人的にはこっちを選んでくれてお姉さんは嬉しいかな。……そもそも二人とも距離感がバグっていたものねぇ。私と正臣がどこでもイチャイチャしていた所為で、普通の距離感をラヴィニアちゃんに誤解させちゃったところもあるだろうし…」

 

 ボソッと呟いたクレーリアの懺悔は聞こえなかったが、そんなに奏太との距離は近かっただろうかと首を傾げる。クレーリアと正臣のバカップルっぷりは、奏太たちにとっては日常風景レベルでスルー出来るものへすでになっていた。今更二人のイチャイチャを見て顔を赤くすることもないし、日常的に愛の言葉が飛び交っても普通としか思わず、相変わらず仲が良いなぁー程度にしか思わない。ある意味で奏太とラヴィニアは、バカップルに鍛えられ過ぎてしまっていたのだ。

 

 

「さて、それではお姉さんから「恋人」に向けた講座を始めるわよ。これでも元敵対組織だった正臣と見事両想いの恋仲まで発展させた実績持ちだからね!」

「えっと、クレーリア。五年前のことはちゃんと反省しているのです?」

「その節は大変なご迷惑をおかけしました…。だ、大丈夫、今回は外野を気にしなくてもいいはずだから、うん…」

 

 遠い目で視線を明後日の方向に向けるクレーリアに、ラヴィニアも困ったように笑うしかなかった。先ほどまでの焦燥が完全に消えたわけではないが、不安と期待が少しずつ膨れ上がってくるのが感じられる。変化を受け入れられた自分自身の成長を誇らしく思いながら、やっと一歩を踏み出せたことに微笑みを浮かべたのであった。

 

 

 一方――大悪魔による魂が続く限りキミの下に帰ってくる宣言(特大級の供給)に、女神はフォルクヴァング(天国)へ昇天された。

 

 

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