えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二百四十七話 余波

 

 

 

「なぁ、暁紅の。儂、今回いる必要あったかのぉ…」

「も、もちろんですよ、初代様! 初代様が後ろで待機してくれていたから、こう心強さを感じたというか…」

「それにしては、儂のことをまるっと忘れておらんかったか?」

「いえいえ、そ、そんなことは…。ほら、北欧の女神様と会談するのに、人間の俺の言葉だけじゃ…えっと、信用問題的なこともありましたし。初代様がいてくれるってことが大事であって…」

「ほぉー、ほぉぉ~お」

 

 やべぇ、声色が穏やか過ぎて逆に怖い。相棒に言われて慌ててフレイヤ様に初代様のことを話し、めっちゃ謝罪したがニッコリとした笑顔が消えてくれない件。真面目な会談をする予定が、気づけば真面目な恋愛相談になってしまっていたから申し訳なさと恥ずかしさで頭が回らない。しかも、メフィスト様がフレイヤ様に俺とラヴィニアのあれこれを暴露していた頃から隠れていたわけなんだよな。うわぁ…。

 

 恋愛相談の延長で会談の目的を達成してしまったが、本来なら初対面の人間の子どもの言葉を受けて、他神話の神様が主神に内密な話を繋いでくれる方がおかしいのだ。正式な会談でもなく、信憑性だってない。だからこそ、そこで仏教陣営の重鎮である初代様がババーン! と登場することでただの子どもの話に信憑性を持たせようという段取りだった訳だ。俺の護衛兼初代様の威光を借りるという流れだった。

 

 なお恋愛相談の結果、何故かフレイヤ様の俺への好感度がカンストして個人的な後ろ盾だけでなく、オーディン様にも伝えてくれることになっちゃった訳だけど。真面目に会談するより、恋愛相談するのが正解のルートだった…? またうっかりで色々考えてくれた大人達の想定をぶっ壊してしまったのが、非常に申し訳ない。

 

「あと、聖書(そっち)(せがれ)は儂のことを『しっぽ』呼びしとるんか…?」

「……初代様のしっぽが大変モフモフで素晴らしかったので」

「いや、褒めとるつもりか。名前の基準が坊主の感性過ぎるじゃろ」

 

 俺だって最初に「しっぽ」の神託を受けた時は頭に「?」が浮かんだが、俺が感動したしっぽは初代様だけだったからな。相棒も認めるとは、さすがは神格まで至った仏様のしっぽである。今もちろちろと揺れる尻尾に視線が向いてしまい、初代様から本気で呆れた目を向けられてしまった。鎮まれ、俺のモフモフ魂。

 

 

「そこまでにしなさいな、闘戦勝仏(とうせんしょうぶつ)殿。そもそも恋愛相談をデバガメしていた時点で威厳も何もないでしょう」

「儂被害者なァッ!! 神話同士の会談をするというから待っとったのに、大悪魔も女神も坊主も護衛も会談放り出して恋愛相談を優先するとは思わんじゃろうッ!?」

 

 いつも飄々としている初代様が、わりとマジな魂の叫びをしてる…。よっぽど本気の隠形をしてまで覗き行為をしていた扱いは心にキタらしい…。

 

「そういうお前さんこそ、よく坊主の言葉だけで聖書のアレコレを信じる気になったのぉ。実際、納得はしておらんのだろう?」

「そうですわね、納得はしていません。しかし、奏太くんの言葉に嘘はなかった。一番は聖書陣営にとって、奏太くんが代えの利かない重要な立場であると確信できたからですわ」

「えっ、俺?」

 

 何で俺の立場が聖書側の信用に繋がるのかと首を傾げると、フレイヤ様は小さく笑った。

 

「神滅具を持っていようと、特殊な異能を持っていようと、長命な異種族にとって人間の立場は低いものよ。それこそ、人間の子どもを上手く言いくるめて、利用するぐらい訳ないわ」

「切り捨てるのは惜しくとも、組織全体の為なら仕方がないと切られてしまう。そういった立場の者を信用するのは危険でしかない。特に聖書のようなでかい組織ならなおさらのぉ」

 

 つまり、例えば今回の会談で俺が失敗して、北欧に失礼を働いてしまっていたら、人間の子どもが勝手にやったことだと体裁のために組織から切り捨ててなかったことにされる可能性を考えていたわけか。今は正式な会談ではないため、記録に残らない。そんな場所で発された人間の言動を、聖書の全体の意思だと認識する方が普通に考えて厳しいだろう。

 

「しかし、先ほどの恋愛相談によって判明した聖書側の奏太くんへの配慮はあまりにも徹底されていました。あなたの精神に負荷を及ぼさないように細心の注意が払われ、安全を最優先にしている。つまり、聖書陣営にとって『次代の神の後継者』と『それに選ばれた神の子』は、文字通り次世代を担う大切な道標として扱われているのだと判断したわ」

「俺と相棒が、次の道標…?」

「そうよ、古き者が裏から操るための傀儡ではなく、聖書全体を導く新たなる旗頭。私はあなたの言葉を、聖書陣営の行く末を担う者としての言葉だと受け取ったという訳よ」

 

 な、なるほど…。確かに聖書陣営のトップ陣は後ろ盾として俺のことを立ててくれている。聖書陣営にとって新たなる神の後継者と神の子は、決してお飾りの存在ではないと察した。だからフレイヤ様は、俺の話をちゃんと責任ある言葉として聞いてくれたってことか。恋愛相談の延長によるノリじゃなくて、ちゃんとそういう部分も加味されていたって訳だ。さすがは女神様である。

 

 

「ごほんっ、しかしこのままでは本当にデバガメしていただけのジジイになってしまうからのぉ…。メフィストから『これ』をもらっといてよかったわい」

「これって、箱?」

「……随分と隠蔽の術式が仕込まれた箱ね。あまり良いものではなさそう」

 

 メフィストから預かった『お土産』がなかったら、本当にいる意味がなくなっていたわい…、とちょっと黄昏れながら初代様がゴソゴソと手元に持ってきたのは小ぶりの箱だった。シンプルな装飾ながら、魔術や術式が幾重にも籠められているのがわかる。相棒から不機嫌そうな思念が感じられたので、中身が何かわかっているのかもしれない。というより、俺ではなく初代様に託す北欧へのお土産って時点でヤバい代物だろう。

 

「儂の役目は坊主の護衛と信用のためだけでなく、この箱を北欧に手渡すことが本命じゃったからな」

「仏教陣営が聖書陣営に秘密裏に加担する秘密が、『それ』ってことかしら」

「これを主神に見せろ。そして『それ』について知りたければ会談に応じればいい。それだけで仏教陣営()がここにいる意味も、聖書からの説明が『足りない』理由も察せるじゃろう」

 

 あえて明言を避けているのはフレイヤ様もわかっているのだろう。初代様から慎重に手渡された箱を興味深く、そして警戒しながら見つめた女神様は、不意に俺の方へ視線を向けた。

 

「奏太くんは、このお土産をオーディン様に渡すべきだと思う?」

「えっ、俺? 俺は渡してほしいですけど…」

「あなたの反応的に『これ』について何も聞いていなかったのでしょう。それでも渡すべきだと思うのね」

「えーと、俺に知らせていなかったのはあえてだとは思っています。俺って隠し事とかが下手ですから」

 

 特に「神依木」の特性によって、神性を持つ相手には自分の考えや感情が筒抜けも同然なのだ。親和性が高いというのは、メリットだけでなくデメリットも当然ながらある。だからメフィスト様達からは、神様に対して素直なまま誠実に対応したらいいと言われていた。フレイヤ様が俺に聞いたのも、初代様より俺の方がわかりやすいからだろう。それに不快感はない。フレイヤ様は北欧の女神様だ、慎重に判断するために使えるものを使うのは当然だ。むしろ、利用しようとするならこっちも利用するべきである。

 

「少なくとも、聖書陣営も仏教陣営も北欧陣営に対して敵意はありません。だから、そのお土産に危険はないと思います」

「オーディン様――北欧の主神が動くほどのものでも?」

「はい、この世界の為に必要なんです。だから、オーディン様にどうか渡してください!」

「ふふっ、素直ね。わたくしが奏太くんの感情を読み取れることを逆手にとって、むしろ後押しに使う。そういう強かなところも好きよ」

 

 えっ、何か好きって言われちゃった…。ウインクと一緒に直球なお言葉をもらったことに、思わず顔が真っ赤になってしまう。それに何やらうずうずしだしたフレイヤ様が、両手を広げて抱きしめようとしてきたので慌てて初代様の後ろに隠れた。

 

「助けて初代様、女神様の距離感がヤバい!?」

「ちょっとそこのしっぽどきなさい。その子を可愛がれないでしょう!」

「さらっと儂を戦女神の防波堤に使うでないわい! 護衛ってこういう使われ方ではなかったはずだが、何でこの坊主が絡むと明後日の方向に向かうんじゃ…」

 

 とりあえず、頭よしよしで許してもらいました。この女神様、俺をペットか何かだと思っていませんか…?

 

「ふぅ、落ち着きました。あとダメですよ、奏太くん。そういう初心な反応が大好物なモンスターもいるんですからね」

「自己紹介か?」

「こほんっ、ではこちらのお土産は預からせてもらいますわ。確認ですが、オーディン様以外には極力見せない方がいいということでよろしいかしら」

「そのように頼む。……中身は見んでいいのか?」

「『世界の為』と奏太くんは言いました。つまり、彼は中身が何なのかおおよそ判断できる代物なのでしょう。あの抜け目のない大悪魔の事です。わたくしが見ても問題ない――むしろ見てしまうことでわたくしを巻き込む前提で考えている可能性の方が高い。奏太くんのために今回の思惑にはのりましたけど、わたくしの気持ちまでこれ以上都合よく使われたくないですわ」

 

 ピンクブロンドの髪をさらっと手で撫で、不遜に微笑む女神様に初代様は肩を竦めるだけだった。俺は「あっ」とうっかりで言ってしまった内容に手で口元を隠すが、フレイヤ様は楽し気に笑ってみていた。この女神様、マジで俺の言葉を信じてくれているらしい。恋愛相談にも真剣にのってくれたし、優しくてすごい美人なお方だけど、頼り過ぎるととことんまで甘やかしてきそうで怖い。何より相棒が拗ねそうだ…。

 

「あのフレイヤ様、今回は本当にありがとうございました。オーディン様に話してくれる件やお土産もよろしくお願いします」

「どういたしまして。ちなみに奏太くんとラヴィニアちゃんの次のイベントとかってあるのかしら?」

「次のイベントって…。えっと杖大会が終わったら先生のところに挨拶へ行って、そのあとに夏休みに無人島を借りてみんなでバカンスでもしようかと」

「夏の! 無人島で! バカンス! 海に水着に夜のアバンチュールなんて最高じゃないの。行くわ、絶対に行って後ろで見守っているわね!」

 

 あの、ラヴィニアだけじゃなくて他にもたくさんヒトを呼ぶ予定なんですけど…。もうウキウキと心から予定を組んでいる女神様を止めることができそうにないので、後で保護者や子ども達に北欧の女神様がカチコミに来ますって伝えておこう…。さすがに北欧にはバレないように誤魔化して来てくれるだろうし。明らかにヤベェ戦力だらけのバカンスになりそうな件。

 

「あら、そうだわ。ついでにオーディン様やお兄さまも呼んじゃおうかしら」

「……えっ?」

「だって、主神であるオーディン様と秘密裏に会合する予定なら場所や護衛も必要でしょう。それなら事情を知るわたくしが一緒にいればいいし、フレイお兄さまはヴァン神族の代表として、オーディン様はアース神族の代表として来てもらえばいいわ。表向きの名目はバカンスとしてね」

「あの、北欧のトップ陣が突然バカンスに行くって不審がられません?」

「大丈夫よ。バカンスという名目でわたくしが《ピ――――》したいからって裏事情で伝えておけば、少なくとも北欧の神族達はまたかって納得するから」

 

 久々に相棒のジャッジが入った! さらっと放送禁止用語(R指定)発言したぞ、この女神様ッ!? 隣の初代様がめっちゃ噴き出しているからとんでもないことを言ったぞ、たぶんっ!! 原作で悪神ロキの襲撃とかがあったから心配だったけど、明け透けなフレイヤ様の事情を考慮すれば探る方が野暮という認識なのか…。それにしても、主神と豊穣神がまたかで連れていくことを納得させられるフレイヤ様がすごすぎる。そしてそれでいいのか、北欧よ…。

 

 というか、さらっと夏休みの予定にとんでもない会談が入ったんだけど。北欧会談(ガチ)がまさかのバカンス中に開催されちゃうの? 北欧神話が来るなら、聖書と仏教も来るだろうから三大神話による夢の集まりが実現することになる。オーディン様がこっちの会談に応じてくれるかはまだ未定だけど、あの『お土産』が俺の想定通りならおそらく動いてくれるだろう。

 

「暁紅の、聖書の方にはお前さんから伝えい。お師匠様には儂から伝えておく」

「わかりました、初代様もありがとうございました」

「……まったく。お師匠様が坊主を気にかける理由がよぉくわかったわい。何をやらかすかわからんくて、これは目が離せんわ」

 

 そんな遠い目をしながらしみじみと言わないでくださいよ…。間違いなく北欧との会談としては最上の結果を導けたはずなのに、報告を聞くだろう保護者の皆様の胃がヤバそうなのがさすがの俺でもわかる。というより、俺は恋愛相談を女神様にしたことを報告しないといけないから羞恥心がヤバい。相談内容は詳しく言えないけど、とりあえずフレイヤ様のおかげで気持ちの整理はついているとは伝えようと思う。

 

 何はともあれ無事に北欧との会談が終わったことに、ホッと息を吐いた。それに、ようやくゆっくり休めそうだ。昨日聖剣計画の施設に乗り込んだのが、随分前に感じてくるレベルである。起きたらすぐに子ども達に説明して、その足で杖大会に参加して、ペンドラゴン家のアーサー君に核爆弾を放り込まれて、気づいたらフレイヤ様に恋愛相談をしていて、最後に夏休みに北欧がカチコミに来ることが決まった。うん、羅列すると一日で起きていい内容じゃないなぁ…。さすがに疲れを感じてきたよ。

 

「……ふむ。どうやら迎えが来ているようだぞ、暁紅の」

「えっ、迎え? メフィスト様、もう挨拶回りが終わったんですか?」

「あらあら、これはこれは…」

 

 思わず眠気まで感じて欠伸が出そうになったが、不意に初代様が扉の方へ視線を向けて、どこか面白がるように顎をしゃくっていた。それにフレイヤ様も、顎に手をやってニコニコと笑みを浮かべ出す。二人の反応に首をかしげたが、話し合いは終わったんだし迎えが来たのなら対応するべきだろう。この二人が促すなら危険はないのだろうと思い、あんまり働かない頭を横に振りながらロックを外して扉を開けた。

 

 そして、その扉の先には――ラヴィニアが立っていた。

 

 

「――ッ、あっ…」

「カナくん、お疲れ様なのです」

「えっと、うん。お疲れ様…。あれ、ラヴィニアが俺を迎えに来てくれるんだったっけ…?」

「ふふっ、いいえ。でも、私がカナくんを迎えに来たかったのです。会談は無事に終わったのですね」

「うん、そっちは大丈夫だった」

 

 「恋人」発言から慌ててこっちに来てしまったから、ラヴィニアがどう思っているのか心配だったけど、いつも通りの会話ができて胸をそっと撫で下ろす。同時にいつも通り過ぎて少し残念に感じてしまう自分の複雑な恋心に苦笑しながら、ぎこちなくならない様に俺も笑みを浮かべた。大丈夫、心は落ち着いている。手汗がじっとりと感じられるが、緊張はバレていないはずだ。

 

 落ち着いたラヴィニアの様子から、たぶん先ほどの「恋人」云々の話を掘り返す必要はなさそうだろう。彼女が気にしていないならそれでいい。真っ直ぐに俺を見つめる碧眼に迷いは感じられないし、無理をしている様子も感じられない。むしろ、何かを決意したような真剣さが感じられて、いっそう彼女の芯が固まったような意識さえ覚えた。

 

 改めて自覚すると、俺ってラヴィニアと一緒にいてよく無自覚でいられたなぁ…と自分の鈍感さに笑ってしまいそうになる。杖大会が始まる前までは当たり前だった距離が、今は少し遠くに感じてしまう。それに少し淋しさと愛おしさを感じながら、それでも俺は友達として彼女の隣に立つことを選んだ。ラヴィニアに気づかれないぐらいに深く息を吐くと、気持ちを切り替える様に視線を合わせた。

 

「カナくん、聞いてほしいことがあるのです」

「俺に聞いてほしいこと?」

「はい、私は恋人という関係がまだよくわかっていません」

 

 切り替えた途端、めっちゃ直球でぶっこまれた。思わず噴き出しそうになったが、慌てて口元に力を入れる。

 

「私のこの気持ちが恋と呼べるようなものなのか、自分ではまだ判断ができません。だけど、カナくんの隣にこれからもずっといたいという気持ちだけは間違いなくあるのです」

「えっと…、はい…」

「この気持ちとしっかり向き合いたい。あなたとこの先で見る未来を、紡いでいく言葉を、築いていく関係を大切にしたい。カナくんとのこれからを、私はちゃんと考えたいのです」

 

 今更だが、思い出した。俺がラヴィニアに対してだけはいつも誤魔化すことなく、真っ直ぐに言葉を伝える様にしていた理由を。彼女はいつだって自分の言葉を曖昧なままにしなかったからだ。自分の気持ちを正直に打ち明ける蒼い瞳が、誰よりも綺麗だったから。

 

「だから、これから先もあなたの隣にいながら――この答えを見つける時間をもらいたいのです」

「それって、俺に待っていてほしいってこと?」

「はい、待っていてほしいのです。私があなたの全部を知って、カナくんが私の全部をもらっていいんだって知るまで」

 

 一歩俺との距離を詰める様に前へ踏み出したラヴィニアは、硬直して固まる俺の頬を両手でそっと包み、お互いの視線を合わせてからキラキラと輝くような微笑みを浮かべた。

 

「だから覚悟していてくださいね、カナくん」

 

  思わず、ヒクッと頬が引きつった。恐怖はないのに、まるで蛇に睨まれた蛙のような心境が胸中に広がった。ラヴィニアから「待つ」という逃げ道を用意されてしまったことで、俺はこの提案を受け入れる以外の選択肢が実質ない。彼女が答えを見つけるまで、ただ真っ直ぐに向き合い続けるだけ。元々「待つ」と決めていたのは俺だけど、こんな待ち方になるなんて思わないじゃん! これを天然で言っているなら、そうとう性質が悪いんですけどっ……!?

 

「ふふっ、改めて今後ともよろしくなのです」

「よ、よろしくお願いします…」

 

 触れられていた頬からそっと手が離され、満面の笑顔でにこっと笑うラヴィニアに、俺も笑って答えるしかない。内容が内容だけに下手にツッコむこともできなくて、頭の中が上手く働かない…。ただ、これだけはわかった。俺達の関係は、この瞬間確かに変化したんだってことは――

 

 

「ところで、先ほどから後ろの方は大丈夫なのでしょうか? 何だか過呼吸気味で胸を押さえているのに、初代孫悟空さんの肩をすごい勢いでバシバシと叩いていますが…」

「あぁ、うん。ただの発作だから大丈夫だよ。初代様の肩が終わる前に解散しようか…」

 

 護衛本当にありがとうございます、初代様。あとで玄奘老師に労災をお願いしておきますね。こうして、北欧陣営との会談は各方面に様々な余波を残しながら終わったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 ――北欧にある神々が住まう天界『ヴァルハラ』。アースガルドのトップである最高神オーディンのお膝元である宮殿へと足を踏み入れた女神フレイヤ一行に、多くの神々の視線が向けられた。最上の美貌を持つ彼女の存在感は普段から強いが、今回はそれ以外にも含みのある視線が多数寄せられている。他陣営と関わることなく暮らしてきた神々の興味は、外へと遠征にいった彼女達から何か情報が得られないかと見つめられていた。

 

 だが、一介の神が戦女神の歩みを止められるわけがなく、遠征の結果をトップである主神オーディンへ報告に行こうとする彼女の足を止められる者はいない。なので、彼女たちの顔色から少しでも様子を知ろうと窺ってみるが、妙に全員が艶々しているような気がする。しかも酒ぐさい。女神なんてウキウキと浮足立っているかのように頬を高揚させていた。というか、めっちゃご機嫌であった。

 

 えっ、絶対に何かあったじゃん、と神々はコソコソと話を広めていく。彼女たちが魔法使いの組織が開催する杖大会に北欧の代表として参加したのは周知されている。だが、ただ大会に参加してきたわけじゃないのは誰もが察していた。半年ほど前に停戦協定が結ばれた聖書陣営の動向を探るために、女神が派遣されたのだろうと。実際、会場には魔王がいて、大悪魔が主催者としてそこにいたのだ。何かしら話し合いが行われたとしてもおかしくない。

 

 今後の北欧の方針にも関わるかもしれない。特に他神話に対する敵愾心を持つ者にとっては、必要な情報であった。

 

「これはこれは、随分とご機嫌みたいじゃないか――女神フレイヤ」

「あら、珍しいわねロキ。あなたがわたくしをわざわざ出迎えに来てくれるなんて」

 

 額に宝石のような装飾をつけ、青銀色の長髪を靡かせた鋭い瞳の黒衣の美青年――ロキは不遜な態度を隠すことなく女神フレイヤ達の前へ悠々と歩みを進めた。フレイヤと同じ北欧神話の神であり、アースガルズの悪神(トリックスター)と呼ばれるこの男は何よりも平和を嫌う。『神々の黄昏れ(ラグナロク)』の成就を願い、他神話を滅ぼすことに躊躇がない。実際に北欧の神々を殺すために、神殺しの牙を持つ神喰狼(フェンリル)を開発するほどの用意周到っぷりだった。

 

 それこそ原作では、日本神話の神々と和議を結ぼうとした主神オーディンの行為に堂々と牙をたて、自ら粛清しようと兵藤一誠達と戦った宿敵である。グレモリー眷属とシトリー眷属、ヴァーリチームが共闘し、ミョルニルのレプリカを用いてようやく撃破することができた相手だった。そして、カオスの化身である乳神様の初登場もこの時である。乳神様の加護によって神の武器であるミョルニルのレプリカを用いることができ、異世界の存在を確信へと至らせた重要な戦いでもあった。

 

「そりゃあ、そうだろう。北欧が誇る戦女神である貴殿が、我らが神話体系を抜け出し、我ら以外の神話体系に接触した可能性があるのだ。いったいどんな話を持ち帰ってきたのか大変興味深くてねぇ…」

 

 魔法使いの協会が主催した杖大会に、魔法体系なら世界でもトップクラスだと自負する北欧が出ないわけにはいかない。そういう名目で女神が複数の戦乙女達をつれて乗り込んでいったのだ。だが、彼女らの動向を探る者達からすれば、これがただ大会に参加しただけとは思わない。協会の裏には大悪魔であるメフィスト・フェレスがおり、大会には魔王セラフォルー・レヴィアタンが参加していたのだ。これで何もないはずがないのだから。

 

 半年前に聖書陣営は停戦協定を行い、数万年と続いた種族同士の争いを止めた。聖書陣営に近づくことで、その真意を探りにいっただろうことは考えなくてもわかる。問題は聖書側が北欧に対してどういうスタンスを取ろうとしているのか。これまで同様に不干渉か、はたまた開戦か、……まさかの和議なのか。言い逃れはさせない、と爛々とした目でロキはフレイヤに不敵な笑みを浮かべた。

 

「つまり、わたくしが大会で何を聞き、何をしてきたのかをあなたは知りたいということね」

「ふん、せっかくだ。どうせこれからオーディンに報告する予定なのだろう。まずはこの我が聞いてやってもいいぞ?」

「まぁまぁ、本当に! わたくしの話をぜひ聞きたいだなんて、よくぞ言ってくれたわっ!」

 

 あれ、思っていた反応と違う。警戒されるかと思ったのに、むしろノリノリだった。ガシィッ!! と効果音がつくほどの速さでフレイヤはロキの肩に両手をやり、もう語りたくてしょうがないとうずうずとした表情で恍惚な笑みを返した。ロキから小さな悲鳴が上がった。

 

「もうずっと誰かに語りたくて仕方がなかったのよ! あなたの言う通り、最初はオーディン様とお兄さまに三時間ぐらいわたくしのこの高ぶった気持ちをぶつけないと治まらないと思っていたけど、あなたが代わりに聞いてくれるならぜひ発散させてちょうだい!」

「いや、待て。我が思っていたのと違う。貴殿、魔法使いの大会に行ったのだよな?」

「そうよ! 大会に出場してみんなでロックフェスで盛り上がって、楽しくわいわい飲み会をして、最後にもうすっごくピュアで胸がキュンキュンしちゃうような恋愛相談を受けてきたのよ!」

「本気で何しに行ったんだァァアアッーー!?」

 

 これ本気だ。本気で言っているぞ、この女神。周りの護衛達も「ご愁傷様」と手を合わせるんじゃない! 長年の付き合いから、彼女に全く嘘がないことを感じ取ってしまったロキは完全に地雷を踏んだことを理解した。その日、神類は思い出した。暴走した女神に巻き込まれる恐怖を…、推しのマシンガントークに囚われる被害者の気持ちを…。

 

「さぁさぁさぁ、何から聞きたいかしら! まずは二人の出会いからよね。それとも「恋人」って発言に戸惑って、涙目になっていたシーンから語るべきかしら。人間の恋愛相談にはこれまでにも数多くのってきたけど、こんなにも心から応援したくなる推しができるなんて久しぶりですもの! わたくしの気が済むまで語り合いましょうッ!!」

「息子達よぉぉぉッ!! ヘル()でもいいから我を恋愛モンスター(これ)から助けてくれェェェッーー!?」

 

 それから必死の抵抗の末、四時間三十八分で何とか解放された悪神ロキは、フレイヤの顔を見かけるたびに心の傷が癒えるまで全力で逃走するようになったらしい。

 

 

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