えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二百五十一話 裏切者

 

 

 

「まったく、弛んでおるぞ貴様らッ! それでも栄えある悪の組織の戦闘員かっ!? 特に一部はポーズの決め方がまだまだ甘かったぞォッ!!」

『グ、グゥー…』

「だが、安心しろ。今日から特別メニューを追加する。必ずや素晴らしい筋肉を持つ悪の魔法少女を極め、我々のアンチマジックを完成させるのだッ!!」

『グゥーッ!』

「アルマロスさんって熱血指導員ですねー。悪の魔法少女に対抗するためには、正義の魔法少女側も負けないように頑張らないと」

「まず悪の魔法少女とか、わけわからんものを勝手にグリゴリ(うち)に生やすな」

 

 朱乃ちゃんのアイドル談義がある程度済んだ頃、アルマロスさんは先ほど俺が見せた最新コンパクトの対抗策を早速組み込もうと構成員たちに喝を飛ばしていた。彼らは間違いなく悪の魔法少女を極めて、いずれ俺達の前に姿を現すだろう。不思議だな、恐怖よりもワクワク感がどちらかというと強い。なるほど、これがライバル関係ってやつか。今度、アルビオンに宿敵(ライバル)がいる気持ちがわかったって教えてあげよう。

 

「というか、今更ですけど戦闘員の中に人間も何人か混ざっているんですね」

「それは『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』のアルマロス教室の者達だろう。筋が良い者を何人か配下に加えていると前に話していた」

「あいつ教室を私物化し過ぎじゃね? 今度、監査でも入れた方がいいか」

「ちょっとやめてよ、アザゼル。私の美少女百合百合くんずほぐれつ教室の実態がバレちゃうじゃない!」

「アザゼル、今からでもベネムネの教室に監査を送ろう。娘の教育に悪すぎる」

 

 乙女の秘密を暴くなんてサイテーよ! とプリプリと怒るベネムネさんの強かさに、さすがは幹部唯一の女性堕天使だとしみじみ思う。男性陣に負けない濃さだ。戦闘員の何人かから神器の気配がしたから疑問に思ったが、サタナエルさんからの説明に納得する。全身黒タイツだから見分けはつかないけど、あそこでは人間も堕天使も仲良く魔法少女のポーズをとっていると思うと感慨深くなるな。こうして種族の垣根を越えていくのか。

 

「あっ、そういえばタミエルさん。この朱乃ちゃんアイドルプロデュースの企画書って写真に撮ってもいいですか?」

「それは構わないが…。必要ならコピーを用意しようか」

「いえ、朱雀に添付メールで送りつけておこうと思っただけです」

「さらっと火種を増やすなよ」

 

 だって朱乃ちゃん関係を朱雀に黙って進めたら、絶対に俺が怒られる未来しか見えないから。俺が主導じゃないのに、理不尽である。許可をもらった俺はさっそく携帯を弄って『朱乃ちゃん関連の重大事項』って件名で写真を転送すると、三十秒ぐらいで「質問事項を百個以内にまとめて後で返信する」と短く返ってきた。どんな時でも「朱乃ちゃん」って件名つけたら爆速で返信が返ってくるのバグかな。ちゃんと仕事してる?

 

「よかったですね、バラキエルさん。朱雀は頭がいいから、的確に質問用紙を作ってくれそうですよ!」

「頭がいいからって理由で良い笑顔で丸投げしたぞ、こいつ」

「姫島の次期当主の頭脳や人脈をこんなことに使っていいのか…。いや、朱乃の為には助かるが」

「バラさんの娘さん、やっぱり魔性なのだ」

 

 俺が満面の笑みで作戦通りってサムズアップすると、大人組は遠い目をして「次期当主がそれでいいならいいか…」と納得していった。俺とバラキエルさんって、そこまでアイドルに詳しくないので表面的な質問しかできないからね。五大宗家という経済界に太いパイプを持ちながら、姫島の姫として上に立つ心得を持っていて、同性である朱雀だからこその視点は大切だ。あいつが朱乃ちゃん関連で妥協するわけがないしな。

 

「俺だってちゃんと頑張りますよ。まず、外交や広報に詳しいセラフォルー様やガブリエル様に相談するつもりですし」

「初手で魔王と熾天使(トップ)に聞くなよ」

「えっ、トップがダメなら…。じゃあフレイヤ様に聞きます」

「女神をじゃあで使うんじゃねぇよ。妹のことになると脳がバグり過ぎだろ」

「クッ、常識で考えれば諫めるべきなのだろうが、朱乃の為なら父親としてもっとやれと言うべきかっ…!」

「おい、ツッコミが足らねぇッ! トップを助けろや、幹部共(お前らぁ)っ!!」

 

 えぇー、と言う顔でトップの命令に嫌そうにブーイングをあげる部下たちと、青筋を立てるアザゼル先生。仕事の時はちゃんと上下関係があるんだろうけど、ひとたびプライベートになるとここまで自由な空気になるとは。将来組織のトップになる予定の俺としては、このアットホームさはちょっと見習いたいような、ここまで舐められるのは遠慮したいような…。複雑な心境である。

 

 あとタミエルさん。そろばんを弾きながら、営業成績アップに影響力のありそうな女性陣との付き合いありとかメモしないでください。これはコラボ企画が大成功の予感! とか目を輝かせないで。営業根性があり過ぎるだろ、このヒト。さすがは堕天使だわ。

 

「それにしても、アザゼルの生徒とは聞いていたけど、こんなにあっさりアタシ達に馴染めるとは思っていなかったわ。堕天使の幹部勢に囲まれるなんて、普通の人間なら緊張でガチガチになっていたでしょうから」

「『変革者』を中心に聖書陣営と魔法使い陣営がまとまったという話は、どうやら眉唾物じゃなかったということでしょう」

「あの頭のかたーいミカエルが協定を受け入れたと聞いて、当時はびっくりしたのだ。いったいどうやったのだ?」

「どうって、神器症の治療を餌に天界陣営を釣り上げて、不意打ちでトップ陣を集めて強制外交しただけですよ」

『……さすがはアザゼルの生徒』

「俺を引き合いに出して納得すんじゃねぇよッ!」

 

 息ぴったりだな、この仲良しグループ。あとベネムネさんの言う通り、最初はちゃんと緊張していましたよ。ただ初めましてがひど過ぎて、このヒト達に遠慮したら振り回されるだけだとそうそうに察しただけです。現在、先ほどまで先生とベネムネさんが笑い転げていた場所へ全員が座れるようにテーブルをくっつけて、飲み物やお菓子を広げて団欒のような雰囲気で駄弁っている。今更だけど、ここまで緩くていいのか堕天使陣営。

 

「悪の組織の評価としてはなかなか高得点だ。悪の才能があるのではないか?」

「あるわけないでしょ。やらかしたり、迷惑かけたり、胃薬飲ませちゃったり、悪魔とか言われたりしたことはよくあるけど、悪いことはしていませんから」

「悪いとは思え」

 

 何故かアルマロスさんに悪の組織に勧誘される隣で、バラキエルさんに溜め息を吐かれた。悪って色々な単語があるんだね、ゲシュタルト崩壊しそうになったよ。

 

 

「さて、だいぶ場も温まってきた頃だ。そろそろ本題に入ってもいいかな」

「本題?」

「もちろん、キミの神器さ。こちらはずっとお預けされていた立場だからね」

 

 しばらくして、パンパンッと手を叩いたのはサタナエルさんだった。その言葉に肩を竦めたアザゼル先生だが、先ほどまでわちゃわちゃしていた幹部勢がピタッと止まったところを見ると、やっぱりみんな興味はあったらしい。俺はそっと先生の方へ顔を向けると、足を組み替えたアザゼル先生は組織の長としての顔を見せていた。

 

「サタナエル、前にも言ったが今日は顔合わせだけの予定のはずだ」

「わかっている。だが、せめて話ぐらいは聞いてもいいはずだ。私の研究の最終目標を知っているだろう。セイクリッド・ギア――神器の可能性、神滅具の解明。そして、人工神器……いや、人工神滅具の研究者である私の目標は、私の手で「神をも滅ぼす具現」を実現することなのだから」

 

 ゾクッとするほどの狂気がサタナエルさんの銀色の瞳を一瞬揺らしたが、すぐにその炎は消えて柔和な微笑みに代わっている。にこやかな表情に、爛々と輝く銀の瞳、優し気な言葉遣いなのに、無邪気なまでの探求心が彼のオーラから感じられてしまった。そこに悪意はなく、純粋なまでの好奇心だけがそこにあった。

 

 それにしても、サタナエルさんが神器の研究をしているとは聞いていたけど、まさか人工神滅具を創る研究をしていたとは思わなかった。原作で人工神器の実用化は知っていたけど、まさかこの時代から神滅具まで見据えていたのか。正臣さんが人工神器のテスターをやっているから、研究が少しずつ進んでいるのは知っていた。でも、まだ実験段階故に様々なリスクがあり、何事も器用にこなせて悪魔である正臣さんじゃなければ使いこなせないような状態らしい。

 

 しかも、今のところ回数制限があったり、限界を越えると壊れてしまったりする使い捨て仕様。正臣さんの使っている黒歴史ソードだって、定期的にグリゴリで調整を受けないといけないし、あまり長時間の使用ができない。原作のシトリー眷属が使っていた人工神器に比べると、まだまだ不安定であぶなっかしい印象だ。そんな内情を知っている俺からすると、人工的に神滅具を創るのはいずれ可能かもしれないけど長い時間がかかりそうだと感じた。

 

「いつも言っているはずだぞ、サタナエル。お前は何事も急ぎ過ぎだと。もっとじっくり腰を据えて研究をしないといつか足元を掬われるぞ」

「私からすれば、何故そんなに悠長にしていられるのかが不思議ですよ。……いえ、今はあなたと言い争いをしたいわけではありません。しかし、私の逸る気持ちも理解してほしい」

「アザゼル、サタナエルを擁護するつもりはないけど、アタシも興味がないわけじゃないわ。専門は刀剣類ではあるけど、新規神滅具――それも『暁紅の聖槍(ティファレス・リィンカーネーション)』なんて名前は聞いたことがなかったもの。『番外の神滅具(エキストラ・ロンギヌス)』の中にも、そんな神器はなかったはずだし」

「……『番外の神滅具(エキストラ・ロンギヌス)』?」

 

 二人の雰囲気にのまれていた俺だけど、ベネムネさんが口にした単語に首を傾げてしまった。神滅具は聞いたことがあったけど、番外とかは初めて耳にしたぞ。たぶん原作にも出ていなかったはずだ。俺の疑問が耳に入ったからか、アザゼル先生は「あー」と目を逸らしてばつが悪そうにしていた。

 

「奏太氏はアザゼルから聞いていなかったのだ?」

「初耳です」

「別に隠していたわけじゃないが、確かに言っていなかったな。一応、組織でも上の方にしか知らせていない口外禁止の内容だ」

「簡単に言うと、神滅具に選ばれそうになった神器の総称よ。神を殺すにはあと一歩足りないけど、強力な能力を持っている神器のことをアタシ達はそう呼んでいるわけ」

 

 ここにきて、まさかの新しい神器の分類が増えるとは思っていなかった。以前アザゼル先生から禁手に至る前の相棒のことを、準神滅具級と呼ばれたことはある。だが、ベネムネさんの説明的に神殺しまであと一歩レベルだったかと言われたらそんなことはない。だから、こっちの呼ばれ方はされなかったのだろう。むしろ原作で準神滅具って言われたギャーくんの神器の方がよっぽどそれっぽいな。

 

「ただ『番外の神滅具(エキストラ・ロンギヌス)』はアタシ達堕天使が主に使っている名称で、世間では『(ふる)い神器』とも言われているの。一番有名なのは、やっぱり『神殺しの忘れ形見』とも呼ばれている聖剣かしらね。アレを神滅具に認定するべきか、長い時間をかけて議論した思い出があるわ」

「神殺しの忘れ形見と呼ばれている聖剣…」

「『黄昏の聖剣(アナザー・ロンギヌス)』、刀剣型の神器の中でおそらく最強だと思われる旧い神器だ。他にも神に最も愛された神器ってのもあるが…。はぁー、このあたりの神器の知識に関しては、また時間ができた時にでも教えてやるよ」

 

 だからそれ以上は今聞くな、と言外に伝わったので俺は素直に首を縦に振っておく。たぶん、簡単に説明ができない色々面倒くさい神器が多いのだろう。それにしても、曹操が持つ『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』と随分似た名前だ。正直気になるけど、アザゼル先生の言う通り今は遠慮しておいた方がいいだろう。とりあえず、神滅具に届かないまでも強力な異能を持つ(ふる)い神器がある、ってことを覚えておけばいいか。

 

「アタシらが最初に十四番目の神滅具が現れたって聞いた時は、『番外の神滅具(エキストラ・ロンギヌス)』のどれかが至ったのかと思っていたわ。ところが蓋を開けてみれば、全く聞いたことのない完全に新規の神器。まぁ、ほんの二か月ぐらい前に『神器勝手にポン事件』が発覚したからありえなくはないかもだけど」

「堕天使間でも『勝手にポン』が正式名にされたんだ」

 

 大事件のはずなのに名前が軽すぎる所為で重みが感じられない。やっぱり名前って大事だわ、命名はその叡智の結晶なんだけど。

 

 

「確か『暁紅の聖槍(ティファレス・リィンカーネーション)』という名前は、アザゼルが命名したものだと登録記録が残っていたはずなのだ」

「あら、ということはそれまで名無しだったってこと?」

「私はもう一つの可能性を考えています。いえ、この可能性があったからこそ、私は彼の神器に興味が尽きないのです」

 

 好奇心から話題を盛り上げる幹部達に、頭が痛そうにするアザゼル先生。俺は下手に口を開かない方がいいだろうから見守りに徹するしかない。どうやら幹部の皆さんは、相棒のことを勝手にポンでできた新しい神滅具だと考えている訳か。つまり、イングヴィルドの持つ『終わる翠緑海の詠(ネレイス・キリエ)』と同じ扱いだ。そんな中で、サタナエルさんだけは楽しそうに目を輝かせていた。

 

「アザゼル、彼の神滅具はこれまで確認されてきた十三のものとは違って、既存の神器が神滅具に至ったものなのではないですか?」

「……何の根拠があって」

「『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』」

「えっ」

 

 サタナエルさんの口から出た神器の名前に、俺は思わず反応してしまった。それに嬉しそうににっこりと微笑むサタナエルさんを見て、鎌をかけられたのだと察した。うわぁ、やってしまった…。まさかここで旧相棒の名前を聞くとは思っていなかったからうっかり反応してしまった。アザゼル先生がガシガシと髪を掻いていることから、俺の情報が漏れていたわけではなかったのだろう。

 

「簡単な推測ですよ。以前彼はシェムハザクラスの生徒だと私に告げました。私はその後シェムハザが担当する神器所有者を調べましたが、顔写真すら公開されておらず、かなり巧妙に隠されていた割には所有者は凡庸な神器だという情報だけ。この私が一ヶ月かけて探って、ようやく顔を確認して別人だと判明したぐらいです。その際に研究レポートを読みましたが、物理消滅の能力の検証ばかりで大した成果は何もなかった」

「お前、気になることがあったらとことんまで調べたくなる癖、本当にやめろよな」

「ふふっ、性分ですから。嘘とは、少しの真実を混ぜることで信憑性が増す。五年前、私が彼らに会ったのは想定外のはずだったのに、咄嗟に私を騙せる嘘を彼らはつけた。それはシェムハザクラスに新規に入った神器所有者がいることを奏太くんは知っていたから。さらに、すぐに調べがつかないことも想定していた」

「…………」

「しかし、何故わざわざ人間の彼にそんな情報を教えていたのか。それは、倉本奏太くんとその神器所有者には、何かしらの繋がりがあったからではないかと思ったのです」

 

 まさか俺のついた嘘一つでここまで推測を立てられるとは思わなかった。おそらく何かしらの繋がりがないかを探った結果、所有者同士には一切の接触がないことがわかって神器に目を付けたのだろう。俺と一緒の神器を持っているから、それを『比較』するために研究されていたのではないかと。先生は俺の「概念消滅」が神器である『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』そのものがバグったものなのかを調べていた。その結果、異変(イレギュラー)の原因が俺の槍だけだと判明したのだ。

 

「既存の神器が進化して神滅具になる…。もしそうなら、これまでの根底そのものが覆されるわ」

「しっしっしっ、アザゼルが隠したくなるのもわかったのだ」

 

 絶句を浮かべる幹部勢の様子から、相棒の至り方はよっぽど特殊な事例だったのだと実感する。保護者のみんなが秘匿に力を入れていた理由だろう。新規神滅具が発覚して半年経つのに、未だに詳しい情報が世間に出回っていないのはこういう側面もあったからなのかもしれない。

 

『お前のは既存の枠に当てはめられていたはずの一般神器からの逸脱だ。メフィストが一番心配していたのは、そこだな。ただ単に新しい神滅具が誕生、または新たに発見されたのとでは訳が違う』

『……そうか。こいつの神器の逸脱は、進化とも捉えられる。禁手(バランス・ブレイク)で一時的に領域を超えるのではなく、神器そのものを領域外へと至らせた。もし倉本奏太の神器と同じように、一般的な神器を準神滅具級、それこそ神滅具級へと至らせられることができるとなれば、世界は間違いなく混乱する』

『研究者視点で言わせてもらえば、カナタの神器の存在はとんでもない爆弾であり、是が非でも調べたいと思わせるほどの研究対象だよ。文字通り、研究結果によっては世界を変革させかねない。もしサタナエルのやつが知ったら、喜々として研究するだろうな』

 

 二度目の夏の冥界合宿の時に、アザゼル先生とタンニーンさんがやり取りしていた会話をふと思い出す。確かここで初めてサタナエルさんの名前を知ったんだよな。バラキエルさんの言う通り、一番警戒しないとダメなヒトだった。人工神器を神滅具に至らせたい研究者にとって、既存の神器を神滅具に押し上げた事例は劇薬過ぎる。

 

「倉本奏太くん、ぜひ私の研究に協力してくれませんか。キミの協力があれば、人工神器の研究は間違いなく飛躍的に向上する。我々の手で後天的に神滅具を創り出せるかもしれません」

「…………」

 

 サタナエルさんの言うことは、おそらく本当のことなのだろう。システムである相棒の力を借りれば、研究を推進させることも不可能ではないと思う。それに未来での異世界との戦いを考えれば、神滅具という神をも殺す具現を創り出せることは魅力的だ。原作での研究の進み具合から見ても、いずれ人工神滅具を創り出すまで至れる可能性だってある。なら、その研究を早めること自体は良いことなのかもしれない。

 

 だけど――

 

 

『人工神器は、たぶんこの世界にはまだ早すぎる力なんだと思う。少しずつ改良はできるみたいだけど、時間はかかるだろうって言っていた。何より本物の神器でさえ、まだ完璧に解析し切れていない状態みたいだし。アザゼル総督が、この技術を慎重に取り扱っているのは間違っていないよ』

 

 人工神器のテスターを引き受けていた正臣さんの言葉を思い出す。不安定な力を制御するために、疲れたように語っていた姿。俺はこれまで原作知識から原作よりも早期に取り組めるものは促すようにしてきた。それがよりよい未来に繋がると信じて、俺の考えを口に出して伝えてきたつもりだ。それが間違いだったとは思わない。

 

『それと、一応感謝しているのよ。白音と『今』を過ごせるのは、あんたのおかげだって聞いたから』

 

 それでも思うのだ。後天的に神滅具を創る研究…。それは、後天的に超越者を創る研究と何が違うのだろうと。生き物なのか、物なのかの違いだろうか。それでも、強大な力を持つものをこの世界に誕生させることに変わりはない。俺はその研究で運命を捻じ曲げられた姉妹(被害者)を知っている。常軌を逸した研究だと吐き捨てていた姿だって思い出せる。当時の俺はそれに同意だって示していただろう。

 

『もともと今のレーティングゲームの状況を生んでしまったのは、俺の見通しの甘さが原因だった。魔王としてではなく、技術者としてのプライドを優先してしまったことも含めてね――言っただろう。俺にも原因があり、責任がある』

 

 何より、創り出す者には責任がある。技術者としてのプライドや好奇心が、全て良い方向に向くとは限らない。創り出すこととは、未来を担う責任も負うことだ。俺は、その後悔を知っている。技術革新はこの世界に必要だろう。それこそ異世界との戦いのために人工神滅具や、人工超越者だって必要になる時代だってもしかしたら来るのかもしれない。

 

 でもそれはきっと――今じゃない。

 

 

「俺はアザゼル先生を信じています」

「…………」

「俺も人工神器の製作には賛成です。いずれ神滅具だって創ってみせる目標だってすごいと思います。でも、人工神器がまだまだ出力が安定せず、危険がある技術だってことも知っています。そんな不安要素がある現状で、そのさらに先を見据えることを俺は賛成できません。だから、ごめんなさい。俺の二つ名の元ネタでもある冥界の『革新者(イノベーター)』の弟子としても、自分が責任の持てない技術を生半可な覚悟で手伝えません」

「……アザゼルと似たようなことを言うね」

「先生の生徒ですから。アザゼル先生はハチャメチャだし、愉快犯だし、怪しい実験もするし、ダメな大人の筆頭ではあるけれど…。研究者として誰よりも未来を見据えているヒトだって思っていますから」

「そうか…。前回同様に振られてしまったね、残念だ」

 

 大げさに肩を落としたサタナエルさんは、ソファーへ項垂れるように背を預けた。えっと、そんなに落ち込まなくても…。この空気の中でさすがに俺の神器について追及できないと思ったのか、他の幹部勢も仕方がなさそうに肩を竦め合っていた。

 

「おーし、お前ら。これ以上は時間切れだ。もう十分に挨拶はできただろう?」

「うーん、まぁそうね…。消化不良気味ではあるけど、元々そういう約束だったしね」

「しっしっしっ、今後の楽しみが増えたって思えばいいのだ」

「我は最初の方で満足だったぞ」

「私もアイドル営業の宣伝ができたので満足ですね」

 

 アルマロスさんとタミエルさんは、良い笑顔でサムズアップを返してくれた。この二人、結局自分の趣味しか喋っていなかったぞ。ベネムネさんとサハリエルさんは言葉通り興味はまだあるけど、また機会があればよろしくと手を振ってくれた。俺もなんだかんだで話していて楽しかったし、さすがは研究者だからか面白い知識もたくさん教えてくれた。神器についてまだまだ知らない知識があることもわかったから、堕天使の組織で勉強させてもらうこともあるかもしれないしな。

 

 そのあと、俺の新組織に就職してくれそうな人材やカリキュラムについての話し合いを軽く行い、今回の会合は終わることになった。それにしても、非常に濃い時間だったな。短い時間ではあったけど、さすがにトップと幹部合わせて七人を一ヶ所に留めておくのは危険だろう。こうして直に顔を合わせることはできたんだし、今後お世話になることもあると思う。

 

 そうして堕天使の幹部の皆さんに別れの挨拶をして、バラキエルさんと一緒に転移陣へと向かったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「少し、意外だったな」

「えっ、何がですか?」

「サタナエルの誘いを明確に断ったことだ。もちろん安請け合いはしなかっただろうが、悩んだり、曖昧に濁したりもしなかった。基本相手が困っているなら、自分に手伝える範囲なら少しぐらい手を貸すタイプだっただろう」

「あぁー、言われてみるとそうですね。でも何となく、直感でこの誘いは曖昧にしちゃダメだって思ったんです」

「いや、正しいだろう。サタナエルの性格的に、少しでもお前に迷いが感じられたら、あそこまで素直に引き下がりはしなかったはずだ」

 

 さすがは永年の同僚同士、相手の性格をよくわかっているようだ。俺とバラキエルさんは巨大な『G』と刻印が施された扉を抜け、ようやく張っていた肩の力が抜けた感覚で話をしていた。一応警戒はしていたけど、アザゼル先生の言う通り幹部がこんなに集まった場所で下手なことはできないよね。この施設に怪しいヒトが入り込まない様に警備を強めていたらしいし、心配してくれたみんなに問題なかったって連絡でも入れておこう。

 

「アザゼル先生達から、人工神器の不安定さは耳がタコになるぐらい聞いていましたからね。あと、サタナエルさんとはよく意見を衝突させているってことも知っていましたから。なんとなく、衝突する理由は今日のことでわかりましたけど」

「優秀な研究者であることは間違いない。だが、世界に混乱を招くことを厭わない性格が問題なのだ」

「『世界を滅ぼす要因だけは作るな』。アザゼル先生の口癖ですね」

「……しかし、そういう良識はあるのに、何故魔法少女関係は(たが)が外れるのか…」

「例え世界中の生物を魔法少女に変身させたって、世界は滅びませんよね。つまり、アザゼル先生の約束は守っていると言えます」

「正論である…、はずなんだが……」

 

 眉間にしわを寄せて、雷光が頭を抱えてしまった。万が一魔法少女変身魔法が世界中で暴発して、みんな魔法少女になっちゃったら、俺が責任をもって魔法少女の心得を巨額の資金と人脈を使って広める努力をする覚悟ですよ。最悪の事態が起こっても、世界は滅びないって素晴らしい技術だよね!

 

 まぁ、神器症の治療や停戦協定で世界を混乱させたことは俺もあるから、一概にサタナエルさんだけを責めることはできないけど。あれだって相当根回しをして、周りから協力をお願いしてようやく実現した結果だ。彼が本当に人工神滅具の研究を完成させたいなら、もっと周囲の理解を求めないと難しいだろう。あれだけ好奇心が強そうなヒトだと、手間に感じてしまうかもしれないけど。

 

「その、さっきのことでサタナエルさんが落ち込んでいたら、フォローをお願いしてもいいですか? 俺は研究自体に否定的な気持ちはないですので。俺の力が必要になったら、アザゼル先生ならちゃんと頼みに来てくれると思うから、その時にはお手伝いさせてくださいって」

「ふっ、わかった。だが、そう簡単にへこたれる様な可愛い性格はしていなかったと思うがな。研究者にとって、時間は有限だ。どうせすぐに新しい研究対象を見つけて熱中し出すことだろう」

「実感が籠っていますねぇ…」

 

 バラキエルさんから幹部のみんなについての小話を聞いて笑いながら、ここに訪れた時に使った魔方陣の部屋へとたどり着いた。バラキエルさんが転移陣の発動をセットし、二人で魔方陣に足を踏み入れる。俺は行きみたいに転移酔いしないように気を付けないとな、と深く息を吐いた。

 

 

 

 ――あれ、転移が発動しない?

 

 

 

「――ッ、転移封じかッ!!」

 

 瞬時に動いたバラキエルさんが俺の腕を掴み、周囲へと視線を走らせる。武人である彼が動揺するということは、それだけの理由がある。ここは人間界にある堕天使の施設の中でも重要な場所の一つだ。故に、この施設全体に転移を防ぐための防壁が張られている。俺達がわざわざ移動していたのだって、転移が可能とされるエリアまで歩く必要があったから。その場所をピンポイントで封じられた。

 

 侵入者がいれば、アザゼル先生達だって気づいたはず。そもそも内部の構造に詳しくないとできない芸当である。つまり、この転移封じを行ったのは内部犯ってことだ。でも、俺達が初めに使っていた時は違和感なんて何も感じなかった。そうなると、俺が幹部のみんなと話をしている間に術が施されていた可能性が高い。先生が俺を幹部全員と一斉に会わせたのは、万が一裏切者が動こうとしてもこういう裏工作をさせないためだったはず。

 

 ということは、裏切者は一人じゃない。

 

「アザゼルっ! ……クッ、通信妨害まで。倉本奏太、まずはこの部屋から出るぞ」

「わ、わかりました」

 

 とにかく今は頭より身体を動かそう。裏切者が動いたのかはまだ分からないが、不測の事態が起きたのは確か。安全圏に避難してから考えるべきだ。俺は光力銃を片手に持ち、バラキエルさんの後ろに続いて部屋の扉をくぐろうとした先で、何者かの気配を感じて警戒を強めた。

 

「グゥー!」

「……アルマロスさんのところの戦闘員さん?」

「ググゥーッ!!」

 

 ビシッ! とその通りとミルキーのポーズを決めてくれるコミカルな姿は、先ほどアルマロスさんと一緒に現れた構成員の一人だろう。真っ黒な全身タイツに、鷹か鷲をモチーフにした覆面とサングラスなんて間違い様がない。もしかしたら、異変に気付いたアルマロスさんが指示を出してくれたのかもしれない。そういえばこの人、さっきアルマロスさんにポーズが甘いって怒られていた人かな。さっきの完成されたポージングをしていた戦闘員のヒト達に比べると、ちょっと拙いような…。

 

「人間……アルマロス教室の神器所有者か」

「グゥー!」

「はぁ…、今は緊急事態だ。役作りはいいが、さすがに今は情報交換をさせてほしい」

 

 呆れたように溜め息を吐くバラキエルさんに、心得たとばかりに頷いた戦闘員は――五十センチほどの一本足の不気味な石像を召喚した。頭部には一本の角、背中には小さな翼が生えた閉じられた一つ目を持つ異形の像。……待って、この神器、前にアザゼル先生から危険度の高い神器だって教えられた資料に載っていたっ……!

 

 

「――目を閉じろォッ!!」

 

 神器の知識を持つバラキエルさんも気づいたのか、咄嗟に両目をかばうように腕で全体を覆う。次の瞬間、まばゆい光量が辺り一面に広がった。あまりに強い光に顔を背けることしかできず、光が止んだ後もチカチカする視界に頭がクラっとした。だけど、直撃はなんとか避けられた。

 

 あの神器は確か、『輝失の呪像(ブライン・シャイン・スタチュー)』だったはずだ。像が放つ光をまともに浴びると、徐々に視力を奪われ、最悪の場合失明する危険性まである初見殺しの神器。俺の異能なら状態変化を無効化できるかもしれないが、さすがにまともに喰らうのは避けたい分類だ。

 

「今のは『深淵に堕ちた者たち(アビス・チーム)』に登録されていた神器っ……!」

「ぷぷっ、うぷぷぷ。この衣装じゃわからなかったよね? よね? うぷぷ…。その代償に、潜入して魔法少女の番組視聴とポージングを延々と練習させられることになるとは思わなかったけど」

「急に狂気が消えるぐらい落ち込むなよ」

 

 他チームへの潜入による魔法少女の代償が狂気を吹っ飛ばしてやがる…。いや、自業自得だけど。全身タイツと覆面で顔がわからないのを逆手に取ったのか。まさかアルマロスさんの戦闘員に紛れ込んでいたのは想定外過ぎるだろ。確かに幹部以外で普通にここの施設へ出入りしていたけどさ! 転移陣への細工も普通にできる時間もあっただろうし。でもギャグだと思うじゃん、あんな愉快な連中!? ギャグとシリアスを悪魔合体するんじゃねぇよッ!!

 

 だけど、『深淵に堕ちた者たち(アビス・チーム)』がここにいるってことは、今回の首謀者はつまり…。先ほどの仲間内で馬鹿騒ぎをやって笑っていた先生と幹部のみんなの顔が頭を過ぎり、ギリッと歯を噛みしめた。

 

「……これは、霧?」

 

 相棒の異能で目くらましの効果を消し去ると、俺とバラキエルさんの周囲に霧が立ち込めていることに気づいた。何かしらの神器の効果かと咄嗟に『理解(ビナー)』で自分の身体を調べたが、こちらには何も影響がない。待て、俺に影響がないならこの霧の対象は――!

 

「バラキエルさんっ!?」

「『迷いの森』――転移系のセイクリッド・ギアかッ!?」

 

 ここはこの施設で数少ない『転移可能ポイント』。目くらましと同時に転移効果のある霧を発生させる。こいつらの目的は、最初から俺とバラキエルさんの分断かッ!

 

「倉本奏太っ! 持ちこたえろ、すぐにッ――…」

 

 バラキエルさんの声が深い霧に包まれると同時に、その姿は跡形もなく消え失せていた。それと同時に、新たな霧から部屋に三人ほどの人間が逆転移されてきたことを気配から感じ取る。転移の神器所有者を合わせると五対一になる訳か。それにじっとりと冷や汗が流れるが、俺は油断なく光力銃を構えた。

 

 アザゼル先生達がこの事態に気づいていないとは思えない。おそらく、向こうでも何かしらの妨害やトラブルを受けていると判断した方がいい。それにバラキエルさんがどこに転移させられたかはわからないけど、ここまで緻密に計画を練っていた相手だ。そう簡単にここへ戻って来ることはできないと想定した方がいいだろう。そしてこの歓迎具合からして、狙いは堕天使というより俺みたいだな。

 

 

「ぷぷっ、目が見えなくなる。どんどん目が見えなくなっていく…。キミはどんな悲鳴(感想)を聞かせてくれるのかなぁ……!」

「ハハハハハッ! 僕の可愛いピエロさん、今日も楽しいショーの始まりだよぉ!」

「殺さないと殺さないと…。あぁーでも、殺しちゃダメって先生が…。でも、殺されちゃうのはいやぁ…」

 

 ケラケラと楽し気に笑い声をあげているのに、その目の焦点は誰もが虚空を見つめていた。ドロリとした殺気が明確に肌を刺し、脈絡のない言葉の羅列ばかりが耳に入ってくる。少しでも時間稼ぎのためにせめて話し合いができないかと思ったが、これは期待しない方がよさそうだ。

 

『凶悪で残忍な効果を持つ神器所有者で構成されたチーム。……深淵に堕ちた者たち(ネフィリム・アビス)。サタナエルが受け持つ生徒で、人間社会へ悪影響を与える危惧から、処分されて当然の能力者ばかりが集められた教室だ』

 

 少しでも情報を引き出そうと、過去に聞いたヴァーくんの言葉が蘇る。凶悪な異能を宿してしまったことで、幼少の頃から周囲に疎んじられ、実の肉親にすら距離を置かれ、殺されかけた者も少なくない。それにより、能力だけでなく人格までも歪んでしまった人達。本来なら世界に害をなす恐れがあるため、処分されてもおかしくなかった。

 

《やめておけ、倉本奏太。遠目でその者たちを見たことはあるが、歪なオーラを纏う者が多かった。アレは人道からすでに外れた者が纏う空気だ。お前の思想はわかっているが、それでも手遅れになってしまった者もいるのだと知っておけ》

 

 彼らの濁り切った目に、俺は短く息を吐いた。今必要なのは、同情じゃない。彼らのような人をこれ以上増やさないために、俺は新しい居場所を創らなくちゃいけないんだ。だから、こんなところで止まるつもりはない。出入り口が塞がれている以上、戦いは避けられないのだから。

 

 そして開戦の狼煙は、言葉もなく始まった。

 

 

 先ほど不意打ちを放ってきた石像が再び所有者の周囲に現れたのを察知したと同時に、俺は懐から式神の札を指に挟んで放つ。ご丁寧に敵側全員サングラス持ちとは、手が込んでいることで。光を放つだけなら目を瞑ればいいが、そうなると他のメンバーに対応できない。なら、先に潰すべきはデバッファーだ。

 

急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)

 

 短縮詠唱で召喚したトビーくんが強襲し、今まさに目を開けようとした石像の目に張り付き、そのまま床に引き倒した。一本足で立っていたら、バランスなんて取れないだろう。所有者が慌てて引きはがそうと悪戦苦闘している間に、こっちへ独立具現型らしい熊のぬいぐるみと首が折れたピエロのような人形が迫っていた。

 

理解(ビナー)

 

 俺は光力銃で牽制も兼ねて神器に異能を撃ち込みながら距離を取る。アビスチームの特徴から考えれば、初見の神器を無暗に受けるのは愚策だ。概念消滅による解析は相棒に任せ、横合いから巨大な神器に隠れて迫ってくる両腕が真っ黒な呪詛に侵された所有者の気配を察知して、足底に魔法力を注いで見えない魔方陣を設置する。俺が相手の攻撃を避けると同時に、罠が発動して黒腕の男性に鎖が巻き付く。だが、男の黒い手が鎖を握ると、呪詛のようなものが鎖へと伝染し、ジュワッと音を立てて崩れていった。

 

 熊の独立具現型神器の解析の結果は、猛毒の効果を持つ爪と牙、そして宿主の気質による凶暴性。あの呪詛のような腕は触れたものを呪い腐らせる性質を持つようだ。厄介だが、当たらなければいい。問題はあのピエロのような不気味な独立具現型神器だ。

 

「さぁ、僕の可愛いピエロ! 今日も素晴らしいショーを魅せてくれ!」

 

 キヒヒヒヒッ! と歪な笑い声をあげると、ピエロはサーカスに登場するような大小さまざまな棘付きのカラフルボールを宙に浮かせて、こちらへと投げ込んできた。避けることはできるが、床に落ちたと同時に球についた棘がさらに撃ちだされて爆発する仕様らしく悠長にはしていられない。アタッカー二人に、遠距離が一人に、デバッファーが一人って感じか。だが、転移系の異能者も隠れているから増援を呼ばれる危惧は常に持っておかないといけない。

 

「ある程度の解析は完了。じゃあ、反撃開始といきますか」

「ぷぷっ、四対一でずいぶん強気だね」

「当然だろ、俺は非戦闘要員なんだ。……真正面からお前らみたいな危ないやつらと戦う訳がないじゃん」

 

 お前らが初見殺しに特化した性能を持っているのは十分に理解した。普通に戦ったら、苦戦を強いられていたかもしれない。だけどな、問答無用の初見殺しなら負ける気はしない。

 

「戯言はいいや。それより、はやく目が見えなくなる感想を聞かせてくれよなァァァッ!!」

「あぁ、聞かせてやるよ。……お前らのな」

「何を言って――」

 

 嘲嗤(あざけわら)っていた声が、ピタリと止まった。それどころか、巨大な熊の神器も、首の折れたピエロも、黒い呪詛まみれの腕をした男も、全員が困惑した顔で立ち尽くしていた。は? と何度も手で目のあたりをさするアビスチームの構成員たちに俺は静かに笑い返した。

 

「えっ、なにこれ。なんで何も見えないの?」

「いやっ、いやアアアァアアァッ!! 見えない! 何も見えないッ!! 怖い怖い怖い!? やめてぇぇっ、殺さないでェェェッ!!」

「てめぇ、『輝失の呪像(ブライン・シャイン・スタチュー)』を俺達に暴発させたのかァッ!!」

「そ、そんなわけないだろぉぉッ!? クソがァァッ! ふざけんなァ、何で俺の方が目が見えなくなっているんだよォォォッ!!」

 

 ひらりと彼らの肩に止まる迷彩蝶が、静かに醜態をみせる少年少女たちを目に映す。俺の異能をよく知る相手なら、必ず警戒されてしまうので模擬戦では常にオーラを纏われて防御されてしまう。しかし初見が相手なら、気配も姿も感じられない奇襲を防ぐことは不可能に近い。それも相手は異形ではなく、特殊な力を持っていようと人間が相手だ。視力を消滅させるぐらいなら訳もない。

 

 そして、この隙を逃す気はない。

 

「一人目」

「アガァッ…!?」

 

 石像の神器所有者に詰め寄っていた呪詛に覆われた両腕を持つ男に、光力銃を近距離で直撃させる。スピードのある厄介な能力持ちは、態勢が整っていない内に潰すに限る。仲間の悲鳴が聞こえたからか、罵り合いをしていたアビスチームたちもさすがにまずいと思ったのか構えを見せた。

 

「クッ、僕は見えなくてもマッド・ピエロの視界は問題ないはず! さっさとそいつをぐちゃぐちゃにしろォォッ!!」

 

 宿主の命令にピエロは奇声をあげると、こちらに向かって手当たり次第にボールを投げ込んできた。どうやら俺を追尾しているようで、がむしゃらに棘爆弾がこっちに向かってくる。目の見えない宿主を守るように警戒されているので、ピエロに近づくのは難しそうだ。ふーん、だけどこれはこれで利用できそうだな。神器にお願いをするなら、そんな杜撰な指令じゃ足元を掬われるよ。

 

 俺は足に異能を籠めて走り、球の猛攻を避けながら目の見えない少女を守るように佇む巨大な熊のぬいぐるみまで誘導する。錯乱する少女を守るように俺に向かって鋭い爪を振り下ろしたぬいぐるみの腕を避けて、そのまま走り抜ける。すると、俺を追いかけていた棘付きボールに熊のぬいぐるみの腕が衝突した。結果、派手な爆発音が炸裂し、無数の棘に貫かれたぬいぐるみは力なく横たわった。

 

「あ、あぁぁぁ、ああああぁあッーー!! 私のくまちゃんがっ、セイクリッド・ギアがァアアアァァァッ!?」

「お前こそ、味方に当ててどうするんだよッ!?」

「ぼっ、僕の所為じゃっ…!」

「見えないだろうけど、戦闘中に余所見はいけないな。とりあえず、頭は守りなよ」

『はっ……?』

 

 何故か俺の声が自分達の頭上から聞こえたことに、三人は惚けたように固まる。宿主が喧嘩をしていようと、ピエロの攻撃はまだ続いている。ピエロや宿主本体に真正面から近づけないなら、空を飛んで上からお邪魔するしかないよね。俺は棘付きボールを投げるピエロと宿主の真上の天井を駆けるように飛び回ると、爆弾ボールは当然天井に突き刺さる。そして、誘爆するように一気に弾けたことによって――崩れた天井が真っ逆さまに彼らへと降り注いだのであった。

 

「……忠告はしたから、さすがに大丈夫だよね。たぶん鍛えてはいるはずだろうし」

 

 俺を追いかけ回していたピエロは、崩落した天井に潰されたことで無事に止まったようだ。彼らの神器が宿主を守るように天井に潰されているから、死んではいないことにホッとした。手加減はできなかったが、手心は加えられたようだ。

 

 だが、まだ転移の神器所有者を倒した訳じゃない。巧妙に隠れているみたいだけど、近くにいるはずだ。増援を呼ばれる前に仙術で気配を探ろうとした瞬間、パチパチパチッと軽やかな拍手が響き渡った。つい先ほど見知ったオーラを感じとり、俺は警戒を緩めずに光力銃を「敵」に向けた。

 

 

「ずいぶんな挨拶ですね、サタナエルさん」

「ハハハッ、お気に召したかな。しかし、今度こそキミの神器を目にできるかと思ったが、下位の構成員とはいえまさか神器すら出さずに制圧してしまうとは思わなかったよ」

 

 やっぱり見られていたか…。嫌な予感がして、神器を出さなかったのは正解だったようだ。

 

「アザゼル先生達は?」

「無事だよ。だが、さすがに私一人ではこの施設の主導権を握るのは無理だったからね。一時的な奪取のために、協力者にも手伝ってもらったんだ」

「……ネビロス家ですか?」

「アザゼルはそんなところまで教えていたのか。その名前を口にできるぐらいには、キミは根深いところまで知っているようだね」

 

 堕天使の技術がネビロス家の実験に使われていた。なら、裏切者とネビロス家が組んでいてもおかしくはない。黒幕であるこのヒトが直接姿を見せたってことは、もう隠す気はないってことだろう。

 

「どうしてですか…。なんで仲間を裏切ってまで、こんなことをするんですか?」

「先ほど話した通りだよ。私は他の研究者同様に神器の可能性を求めるだけだ」

「それなら、アザゼル先生達だって志は同じはずです」

「彼らと肩を並べて、検証を繰り返すだけの緩やかな研究を続けるのは性に合わない。私が組み上げた理論が成功するのかを、いち早く形にしたくて仕方がないんだ。その所為で、かなり強引な方法になってしまったけれどね」

 

 このヒトには、本当に悪意なんてないのだろう。あるのは、純粋なまでの好奇心だけ。己の研究欲を満たすためなら、神の理を知るためなら、無邪気に選択してしまえる。たとえそれが、仲間を裏切ることになったとしても。

 

「それにしても、敵対した相手を心配するなんて随分甘いね。キミ、人を殺したことがないんじゃないかい」

「……好き好んで人殺しなんてしません」

「私の教室の生徒は、人殺しをしたことがない者はいないよ」

「たとえ彼らが加害者なのだとしても、もう手遅れなんだとしても、俺は最後まで被害者(傷ついた人)を見捨てたくない。神器所有者の為の居場所を創るボスである俺だけは、自己満足だとしても、傲慢だとしても、救いを求められてなかったとしても、少しでもなんとかしてあげたいんだ!」

 

 世界の流れに喧嘩を売ってでも、最後まで諦めずに生かす道を選ぶ。俺が助けたいヒトを全ては救えないかもしれないし、感謝だってされないかもしれない。だけど、それが倉本奏太が決めた生き方なんだから。

 

 

「良い啖呵だ。だけど、私は悪い堕天使だからね。欲しいものは無遠慮に踏みにじってでも手を伸ばしたいんだ。キミが彼らを殺せないなら、存分に利用させてもらおう」

「――ッ!?」

 

 深い霧が辺りを覆っていく。サタナエルさんの後ろから、一人、また一人と『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』に似た制服を着た少年少女達が姿を現す。先ほどまでの下位構成員だと言われた四人とは比べられないほど濁った眼で敵意を向けてくる彼らに、俺は無意識に一歩足を後ろに下げていた。

 

 裏でネビロス家が加担しているなら、おそらくアザゼル先生達の助けをすぐに期待するのは難しいだろう。バラキエルさんと合流したいけど、いつまで持ちこたえられるかはわからない。本部にいるシェムハザさんに連絡を取ることもできない。神器を使わざるを得ないとしても、果たしてこの場を切り抜けられるのか。ギリッと歯を噛みしめながら、それでも俺は諦めずに戦闘態勢に入った。

 

 そして、笑みを深めて銀色の瞳をうっそりと細めた堕天使サタナエルは、アビスチームに号令を下した。

 

 

 

「――随分と気に食わないものを見せられたものだ」

 

 一瞬、光が瞬いた。俺に襲い掛かろうとした構成員たちが、大きな力の前になすすべもなく次々と倒れていく。突然の出来事に呆然とする俺の前に、そのヒトは漆黒の翼を広げながら舞い降りた。

 

「アザゼルと同じ甘すぎる考え方には虫唾が走るが、戦意を失うことなく吠えたところは評価してやろう」

「馬鹿な、なぜあなたがここに…」

「クククッ、アザゼルに頭を下げられたから仕方なく頼まれた厄介事だったが、いつもへらへらしているお前のその顔が見られただけでも引き受けた甲斐はあったようだ」

 

 全身を覆う黒衣のローブを纏い、そのローブから覗くウェーブのかかった長い黒髪と鋭い眼光。手には光力で創られた戦斧が握られ、十枚の漆黒の羽根が辺りに広がっていった。初対面であるはずのこの堕天使を、俺は知っている。堕天使の武闘派の幹部の一人であり、原作ではグリゴリの裏切者としてイッセー達と敵対していたヒト。だけど今、その背中は……誰よりも頼もしく見えた。

 

「コカビエルッ……!」

 

 それぞれの思惑に決着をつけるように、最後の堕天使が舞台へと降り立った。

 

 

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