えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
「いつも言っているだろう、アザゼル。俺は人間の持つ神器に興味などないと」
堕天使の幹部勢からの声もあり、近日行われることになった新規神滅具の所有者との会合。それについて話をするために、アザゼルは幹部一人ひとりを部屋に呼んで意思の確認をしていた。その時に四名の幹部は参加を表明したが、拒否を示したのは総督の前でふんぞり返って鼻を鳴らすコカビエルだけだった。そんな横暴な態度に、だよなとニヤリと笑ったアザゼルは逆に安心したように真っ直ぐに相手を見据えた。
「あぁ、お前ならそう言ってくれると思っていたぜ。そんなお前だからこそ、頼みたいことがある」
「……面倒事はいらんぞ」
「この組織の研究成果を外に流す裏切者がいる。それも、幹部レベルの権限を持ったやつがな」
ここまではっきりと裏切者の存在を口にしたアザゼルに、コカビエルは目を見開く。これまで情報を統制する動きや、何かしら探りを入れる様子を総督と副総督が行っていたのはうっすらとだが知っている。表だって騒ぎはしなかったが、あまり気分がいいものでもなかったのは確か。幹部からすれば、『
それを総督自ら明確に示した。それも長年思想の違いからいがみ合っていた相手に。コカビエルはソファーに凭れかけていた身体を起こし、アザゼルを睨みつけるように腕を胸の前に組んだ。
「俺にそれを伝えた訳は何だ」
「その裏切者はかなり慎重なやつでな。俺が疑いを持った時点でその目を掻い潜る様に尻尾を見せなくなった。俺の考え方をよく知る相手じゃねぇと、ここまで完璧に隠すのは不可能だっただろう。俺も手をこまねいていたが、相手も自由に動けなくなったことに変わりはない」
「……つまり、俺はその慎重な裏切者ではないから話したと」
「青筋立てんなって。お前だったら、こんなまどろっこしい
「ふん…」
遠回しにそこまで気は長くないだろう、と言われてイラっと来たが、自分でも面倒だと感じてしまったのは事実。そう、堕天使の幹部勢はお互いの性格を理解し合えるほど永い時を共に過ごしてきたのだ。仲間として、同僚として、友として。だからこそ、やるせなくもなるのだろう。
「先ほど話した新規神滅具の所有者は、普段は『
「お前を合わせて、総勢七名の幹部がいるはずだろう」
「言っただろ、相手は俺達をよく知る相手だって。もちろん警戒や対策はするが、その警戒すら考慮して裏をかきにくると考えておくべきだ。なら俺は、そのさらに裏をかく切り札を用意しておくしかねぇ」
「…………」
「つまりコカビエル、お前こそがその切り札だ。裏切者は当然お前のその性格を熟知している。お前と俺が長年対立し合っていたこともな。俺達をよく知る相手だからこそ、お前と俺が協力する可能性を無意識のうちに排除してしまう」
もし相手が外部の者なら、任務で出ていったというコカビエルも警戒の対象にしただろう。だが、「神器に興味はない」と常に公言し、我の強さからアザゼルと堂々と意見をぶつけ合う姿を知っている内部の者なら、その集まりに姿を見せなくても「コカビエルなら仕方がない」と過去の経験から考える。これまで築いてきた時間こそが、逆転の一手となるだろう。
「好き勝手言ってくれる。俺は貴様の手札になった覚えはない」
「ははっ、俺だってお前みたいな言うこと聞かねぇ手札なんてごめんだよ。だが、今回ばかりはお前に頼むしかないんだ」
普段からふざけた態度を見せるが、総督としての顔を見せる時は決して己を下に見せない。長年いがみ合っていた間も、コカビエルに対して下手に出る様な態度は出さなかった。お互いに我を譲らないからこそ対立したが、心のどこかでこの男の情けない姿を見たくないとも思っていた。そんな男が、自分に頼みたいと言った。命令ではなく、コカビエルを頼りたいと口にしたのだ。
「その新規神滅具の所有者は、俺の生徒だ。バカでお人好しで弱っちいくせに、こっちの想定を越えるようなことを毎度やらかして度肝を抜いてくる問題児でな、俺もかなり手を焼かされた。だが、あいつがいたから、あいつの先生として導く立場になったからこそ、お前とも向き合わなきゃならねぇって覚悟を決めさせてくれた」
「……そいつがお前を変えたのか」
「この年にもなって、人間の生徒に教えられるとは思わなかったよ。俺にとって、それだけ大事なやつなんだ。この世界の事情に巻き込んでしまった責任を果たすためにも、俺にできることは何でもするって決めた」
そのためならずっと対立し合い、長年弱みを見せないようにしてきた相手にだって弱さをさらけ出せる。アザゼルはコカビエルへ深く頭を下げた。友人同士の延長としてではない。組織の長としての矜持を持つアザゼルをよく知るからこそ、その行動にコカビエルは言葉を失った。組織の長がこんなことで頭を下げるな、と軽口が咄嗟に出てこないほど、彼の真剣さを感じ取ってしまった。
「頼む、コカビエル。もしもの時は、俺の生徒を助けてくれ」
「……もし、裏切者に動きがなかったら?」
「その時は俺の取り越し苦労だったと笑ってくれ。生徒の安全のために、お前に頭を下げる
「ちっ…、裏切者の裏をかくための任務として受けてやる。お前の生徒を守るのはそのついでだ」
「あぁ、それでいい。ありがとよ、コカビエル」
「ただの任務だ、感謝される謂れはない」
男のツンデレは需要ねぇぞ、と言いかけてさすがに今は怒らせない方がいいか、とアザゼルは口を閉じる。それでもニヤニヤとする総督の口元に、ろくなことを考えていないなとコカビエルは不機嫌そうに舌打ちをした。もし裏切者が動いても動かなくても、今回のことは生涯ネタにしてやろうと心に決めたのであった。
――――――
「やってくれましたね、アザゼル…。あなたの存在は、私にとって確かに盲点でした」
本来この施設にはおらず、外で異変に気付いても間に合わないように対処していたにもかかわらず、この場に現れたコカビエルを見止め、サタナエルはアザゼルに謀られたことを察する。コカビエルが「神器に興味はない」という理由で幹部の招集を蹴った、と言う理由に当たり前のように納得してしまっていた。そんな自分の考え方に、随分長くここにいたのだなと思わず笑ってしまった。
現在、この施設は協力者によって外との繋がりを封じていた。本部にいるシェムハザへの対策のためであったが、この場に彼がいるということは「外に任務へ出た」という事情そのものが全て嘘だったということだろう。コカビエルは今回の集まりが始まる前からこの施設にいて、裏切者が動き出す機を窺っていたのだ。
「さて、サタナエル。大人しく投降するなら、痛めつけるだけで済ませてやろう」
「おや、あなたが来たことは想定外でしたが、数的有利は未だにこちらですよ」
「人間の神器所有者など数に入らん」
「ふふっ、あなたらしい」
お互いに軽口を叩きながら、その目は油断なく警戒し合っている。コカビエルの言う通り、武闘派の幹部である彼と真正面から打ち合えば、分が悪いのはサタナエルの方だ。一方でたかが人間と舐めて足元を掬われる可能性があることもコカビエルは理解している。過去に聖剣を持ったストラーダとやり合った記憶が、彼の中で警戒心を生んでいた。
「あの、コカビエルさん。助けてくれてありがとうございます」
「裏切者の裏をかくための任務のついでに過ぎない」
「それでも助かりました。俺は倉本奏太で、アザゼル先生の生徒です」
「ふん…」
そんな膠着状態で、援軍の登場にホッとした倉本奏太はコカビエルに頭を下げた。原作知識で彼のことは知っていたが、今は緊急事態であり、何より嫌な感じはしない。ならば今は余計な考えは排除して、この場を切り抜けることに集中するべきだ。サタナエルはそんな初対面らしい二人の様子を見て、面白いことを思いついたという顔で手を叩いた。
「そうだ、コカビエル。一つ提案があるのですが」
「なんだ、命乞いか?」
「まさか、建設的な申し出さ。あなたも私と一緒にここで裏切るというのはどうでしょう?」
「えっ…」
サタナエルの提案に絶句したような声をあげたのは奏太だった。実際、原作では溜まりに溜まった鬱憤が戦争の誘発へと彼を駆り立てようとしていた。堕天使の組織を裏切り、教会から聖剣を強奪し、魔王の妹の領地へ戦争を仕掛ける。そんな未来を知っていたからこそ、奏太はこの誘いがコカビエルにとってどれだけ魅力的かが理解できてしまった。眉根を寄せたコカビエルに、サタナエルは顎に手を当てながらこれまでのことを振り返っていく。
「だってあなたの性格や望みを考えたら、停戦協定を結び、さらに和平を結ぶだろう道筋すら見えている今の『
「…………」
「『カオスをもたらす者たち』、まだ正式な名称はありませんが、己の目的のために世界の不穏分子が集まった組織です。どうです、コカビエル。このままアザゼルと共にいてもあなたの目的は達成されない。ですが我々となら、あなた自身の覇道を存分に歩むことができるでしょう」
片手を前に突き出し、明るく友を誘うような微笑みをサタナエルは浮かべる。彼の言う通り、停戦協定が結ばれると聞かされた時、この組織を抜けることを考えたのは事実だ。組織のトップであるアザゼルが主導で和平への舵をきり、戦争を望む自分とは相反することを明確に理解できてしまったのだから。この組織に主戦派である自分の居場所はない、それを決定的に突きつけられたのだ。
故にサタナエルの誘いは、面白そうだとは思った。堕天使こそが最強だと世界に示し、己を捨てた神の使徒やムカつく悪魔どもだけでなく、他神話の神々すらも敵として対峙できる。アザゼルの望む和平が叶えば、仲良しこよしのつまらない色褪せた日々しか映らなくなるだろう。他の同僚たちのように研究に興味もない。バラキエルのように大切な
「言いたいことはそれだけか?」
「おや、これ以上ないほどのプレゼンかと思ったんだが」
「つまらんからそう言っている」
それなのに、口に出たのはそんな言葉だった。そんな
「お前の言う通り、この組織に不満がない訳じゃない。アザゼルのやつは気に食わんし、同僚は研究やアホな実験ばかり行い、人間の力などを当てにしているところもくだらない。和平自体も納得した訳ではないからな」
「では、何故?」
「あいつは気に食わない男だが、嘘はつかん。戦争以外のやり方で、俺の望みを叶えてみせるとヤツは言った。俺のこの力を腐らせることなく、思う存分に力を示せる戦場を用意すると。なら、どれだけ好かない職場だろうが、その約束の時が来るまで己を高め続けるだけだ」
「……それは思考の停止というのでは?」
「少なくとも、薄ら笑いで何もかも隠す貴様より、胡散臭い馬鹿の方が余程
それもまた永い時をかけて気づいた、コカビエルなりの決断だった。自分は組織を率いることには向いておらず、根っからの戦士でしかない。ならば、この力を最も使いこなせる者に預けるだけだ。それは他の誰でもいい訳ではないが、その中でまだマシだと思えたのがあの男だっただけのこと。消去法でしかない決め方だが、それでいいと開き直った。
今己に必要なことは、武を磨くこと。それ以外は全て些事に等しい。不平不満を溜めたり裏切りにリソースを使ったりするぐらいなら、さっさと訓練に集中したいのが本音であった。というか、あの研究馬鹿に負けたのが心底悔しくて和平とか正直どうでもいい。まずアザゼルを圧倒できるぐらい強くなり、堕天使の武闘派としての格を見せつけることが最優先だ。その目標が叶うまでは、この組織で、この仲間達と共に力を蓄えよう。
それがコカビエルなりの、真正面から喧嘩し合った友への義理だった。
「はぁ…、また勧誘失敗か」
おどけたように差し出していた手を下ろしたサタナエルだったが、自分の傍でバチッ! と小さな音が鳴ったことに気づき、その発生源に視線を向けて面白そうに目を細めた。サタナエルに近づこうとした見えない蝶が力なくひらりと落ちて消えたからだ。コカビエルに集中している隙を狙って、先手必勝で忍ばせた異能が看破されたことに奏太は渋面をつくった。
「なるほど、見えない異能か。先ほど私の生徒の視力を奪ったのは、やはり神器の能力だったようだね。用心しておいて正解だったようだ」
「はぁ…、まさか二手目でこれが防がれるなんて」
「頭を一番に狙う判断は悪くない。それにしても、キミの神器は非常に興味深いね。さっきの攻防で見せた陰陽術、魔法は簡易なものばかりだったが、それを異能で補うことで油断ならない武器に変える。空を飛んだり、魔法や異能を透明にしたりする…のは、あくまで神器の能力の一部と考えておくべきか」
奏太を見ながら異能をウキウキで解析しだすサタナエルに、頬を引きつらせてコカビエルの後ろへとサッと隠れる。それに迷惑そうな視線を受けたが、奏太からするとここまで自分に対して興味関心しかない相手との戦闘は非常にやりづらいのだ。彼が得意とするのは、相手の意識外からの必殺の一撃。なのに、次は何をするんだろうと子どものような好奇心でガン見してくる敵とか怖すぎた。
特に状態変化系の神器所有者の弱点は、能力を相手に悟られて対策されることである。先ほどのアビスチームとの戦いを奏太が有利に運べたのも、異能に対する知識の差が大きかった。状態変化系は強力なものも多いが、単一の異能しか発動できないためバレたら対策されやすい。小細工が通じない純粋なパワータイプやスピードタイプ、そしてサタナエルのような冷静に分析して対策を講じてくる相手はやっぱり苦手だと溜め息を吐いた。
「コカビエルさん、実際のところサタナエルさんを倒せそうですか? 感情論は抜きで」
「一対一なら負ける気はない。だが、やつのことだ。俺が来たにも関わらず、戦意が衰えていないところを見るに、小癪な手札をいくつかまだ隠し持っていると考えるべきだろう」
奏太の質問に素直に見解を述べてくれるコカビエルに、彼自身も冷静に戦局を見据えていると察する。人間を頭数に入れるのは性に合わないが、異能者の集団を相手にする危険性はコカビエルもわかっていた。何より倉本奏太は神滅具の所有者で、あのアザゼルの生徒だ。そこらの神器所有者よりは使いものになるだろうと考えた。
コカビエルの言う通り、閉じ込められている奏太たちと違い、サタナエルならいくらでも逃走の機会があった。コカビエルが合流したことで形勢が悪くなったのなら、転移の神器を使って安全圏へすぐ離れられるだろう。コカビエルとしても、状況的に裏切者の確保よりもアザゼルの生徒の保護を優先せざるを得ないのだから。
つまり、まだ危機は脱せた訳じゃない。サタナエルと凶悪な神器所有者達を退ける手を、改めて考える必要があった。
「……アザゼル先生やバラキエルさんの助けを期待して、時間稼ぎに徹するのは悪手か」
「それは俺が好かん。何より、向こうがそれを許さないだろう」
「ですね。アビスチームの特性を考えると、時間を与える方がより厄介度が増すでしょうし」
アザゼルから見せられた厄介な神器についての資料を思い出す。アビスチームは原作のイッセー達や英雄派の幹部達のような、純粋な戦闘力を発揮するタイプの方が少ない。匙元士郎が使っていたヴリトラ系神器のような呪いやデバフ、英雄派が使った『
堕天使の幹部であるコカビエルを相手にするなら、彼らは全力でその異能を開放してくるだろう。奏太の異能でデバフや特殊効果を消し続けるには、敵の数があまりに多すぎる。何よりコカビエルの性格を考えると、神器の知識を持つバラキエルと違って事前知識がない状態だ。しかし、初見殺しに特化したチームを相手にするからといって、プライドの高いコカビエルが消極的な戦い方をするとも思えない。
「ふふっ、作戦会議ですか。いいですよ、たった二人で我々の異能を前にどう立ち向かうのか興味があります」
「……わかりました。こうなったら、この手しかありませんね」
「ほう、作戦があるなら聞いてやろう」
厄介な異能者が相手なら、それを使えない状態に追い込めばいい。手元に魔方陣を起動した奏太は銀色に輝くコンパクトを取り出すと、コカビエルの手の上にポンッと乗せた。
「はい、コカビエルさんの分です」
「……なんだこれは」
「あっ、コカビエルさんは初見でしたね。これは、魔法少女変身コンパクトです。これをアビスチームに投げまくって変身させまくりましょう。コカビエルさんの突破力なら、一気に魔法少女を増やせるはずです。厄介な異能者もサタナエルさんも、みんな魔法少女にしてしまえば怖くありません!」
「はぁっ?」
キリっとした顔で作戦を伝えた奏太に、コカビエルはふざけているのかと思って凄んでみたが、あまりに純粋な目で「コカビエルさんならできる!」と目を輝かされて言葉を失う。こいつ本気で言っていやがる。しかも懇切丁寧にコンパクトの使い方を説明しだした。そんな二人のやり取りに「ざわっ!?」とアビスチームに戦慄が走り、サタナエルもフッと笑みを浮かべて片手を前に突き出した。
「やめてくれ奏太くん、その兵器は私に効く」
「はぁっ?」
「やめてくれ」
こっちも本気で懇願しだした。何で敵同士で通じ合っているんだ。
「……しまえ」
「えっ、でも…」
「聞こえなかったか。しまえ」
「サタナエルさんが、今効くって教えてくれて…」
「帰るぞ」
「しまいます」
さすがにアタッカーに帰られたら詰みなので、ものすっごく後ろ髪を引かれる表情でいそいそとしまった。それに明らかにホッと安堵を浮かべるアビスチームに、コカビエルのこめかみがピクピクと痙攣する。さすがはアザゼルの生徒、神経を逆撫でさせる意味でそっくりの師弟だった。
「アザゼルめ、どういう教育をしているんだっ……!」
「コカビエル。今ほどあなたの武人としての誇りにこれほど感謝する日が来るとは思いませんでした」
「貴様に感謝される謂れはないッ!!」
戦闘が始まる前に、すでに頭痛による精神的ダメージを敵味方から受けるコカビエルであった。
「じゃあ、仕方がないか…」
「もう貴様の作戦に期待したくないのだが…」
「なら、シンプルにいきましょう。コカビエルさん、ただ真っ直ぐにサタナエルさんを殴りに行って下さい」
作戦とも言えないようなことを堂々と告げる奏太に、コカビエルもサタナエルもきょとんと眼を瞬く。先ほどまで厄介な異能を危険視していたとは思えない考えなしな台詞に、さすがのコカビエルも渋面をつくる。だが、奏太の目は決して自棄を起こしているものではなかった。
この目を、コカビエルは見たことがある。俺についてこい! と我を通すワインレッドの瞳と似た苛烈な輝き。それにコカビエルは、無意識のうちに笑った。なるほど、確かにこれはアザゼルの生徒だと。コカビエルは獰猛な光を目に宿し、光力でハルバードを形成してサタナエルへ差し向ける。その殺気に、サタナエルも笑みを消して無言で光力の槍を構えた。
聖書に記され、大戦を潜り抜けた堕天使の幹部の重圧にアビスチームの構成員たちにも緊張が走る。彼らは己の異能を顕現していき、サタナエルを守るように布陣を敷いていく。無数の毒虫が召喚され、死臭を漂わせる独立具現型神器が牙を覗かせ、呪いの炎が盾になるように展開されていった。サタナエルも光の槍を手にしながら、もう片方の手で人工神器らしきものを起動させる。だが、コカビエルの目はそんな異能など目に映らなかった。
これは連携でもなんでもない。そもそも初対面のコカビエルと奏太が協力する方が難しいだろう。だが、互いの役割を明確に分けた共闘ならできる。自分でも自棄が回ったかと思ったが、コカビエルは己の役割を遂行するように足に力を籠めてただ真っ直ぐに斬り込んだ。
「――ッ! 喰らえっ!!」
『
その強引な進みにアビスチームは対応しきれず、サタナエルへの距離はどんどん詰められていく。だが、コカビエルの背後から挟み撃ちを狙うように無数の異能が迫り、少しでも足を止めれば袋小路にできるだろう。サタナエルはコカビエルの突貫に備え、防御系の人工神器を起動させ、対応できる異能者を油断なく配置した。
もちろん、背後にいる奏太に注意を向けることも忘れない。いくら武闘派の幹部のごり押しでこちらの先手を奪えても、ただ突っ込ませるだけなんて無謀でしかないのは彼もわかっているはず。それなのに、奏太は未だに一歩も動いていない。深く息を整え、コカビエルの歩みがサタナエルへと届くのを信じて待ち続けているだけ。
それに勘にも似た不気味さを感じた。だが、すぐそこまで迫ったコカビエルの圧に意識をそちらに向けるしかない。奏太はサタナエルが自分と似たような戦闘スタイルだと薄々感じていた。戦闘で搦め手を得意とするタイプにとって、小細工を破壊するほどの純粋なパワータイプを相手にする厄介さはドラゴンで経験済み。だからこそ、
だが、このままだと蜘蛛の巣に絡めとられるのは時間の問題。しかし、この時間こそが奏太が何よりも欲しかったものだった。サタナエルが奏太の神器を解析しきれていない今だからこそ、アビスチームという異能に特化したチームだったからこその一手、――逆転の手札は、ようやくこの手に揃った。
「緊急事態だし、アザゼル先生もきっと許してくれるよね。相棒、……全力全開でやるぞ」
コカビエルの光の槍と、サタナエルとアビスチームの異能が激突する寸前――溜め時間が必要であるが故に戦闘では使いづらいと評価された異能を起動させる。この異能に敵味方の区別はつかず、攻撃力だって一切ない。だが、そのものの状態を0――『無』に帰すことなら右に出るものはない。
「全てを消し飛ばせッ…! 『
ただ異能を消すことだけに特化した異能。奏太の手に現れた槍の穂先から、アザゼルが神器にとって天敵のような能力だと評価した紫の光が施設全体を照らすように
当然、コカビエルとサタナエルが握っていた光力で創られた武器も消え失せる。互いに驚愕に目を見開く一瞬の隙。――その隙を真っ先に踏み込んだのは、己のやるべきことに迷いを見せなかった鮮烈な赤い瞳だった。
『ただ真っ直ぐにサタナエルさんを
作戦とも言えないような作戦。だが、それこそサタナエルに気づかれないように籠められたメッセージだった。
遅れて反応したサタナエルだったが、迷いなく振り抜かれた拳に対応する術はなく、苦痛の声をあげて壁に叩きつけられる。突然己の神器が消えてしまったことに反応できなかったアビスチームの構成員たちは、
「はっ、ははっ…。はははははッーー! なるほど、『
「うわぁ…、すごい勢いで壁まで叩きつけられたのにめっちゃ元気だぁ…」
「これでも大戦を生き残った堕天使の幹部の一人だよ。ッ…、だが、さすがにここまでか」
本当に残念そうに肩を落としたサタナエルは、コカビエルに殴られた痛みに眉を顰める。さらに警報のような轟音が鳴り出し、複数の堕天使の気配がこちらに向かってくることを察した。ネビロス家の協力によって施設の権限を奪っていたはずだがと一瞬考えた後、すぐに先ほどの『概念消滅』の光を思い出し、感心したように笑みを見せた。
「なるほど、先ほどの紫の光は我々の異能を消すためだけでなく、この施設に施された異能すら消し飛ばすためだったというわけか。この施設の防衛システムを組み込んだ術式すら消し飛ばすことで、奪取した権限を無効化し、味方の増援を可能にする。自分の異能をよく把握し、環境すら利用した胆力と判断力。私の生徒にも、ぜひ見習ってもらいたいものだ」
「余裕ぶっているが、形勢はこちらに逆転した。お前の子飼いの転移よりも早く、俺の光が速く届くだろう」
「今回は素直に私の負けと認めましょう。しかし、私はまだまだ研究を続けたいのでね。ここは味方の助けを借りましょう」
サタナエルの言葉と同時に、彼らを包み込むような魔方陣が足下に展開される。それは神器による力ではない。その展開の速さと籠められた魔法力から、高位の魔法使いによる転移魔法だと察知する。コカビエルは光の槍を、奏太は咄嗟に光力銃を撃とうとしたが、すでにアビスチームの姿は光に包まれてしまっていた。
「さようなら、倉本奏太くん。そして、『
堕天使サタナエルは楽し気に笑みを浮かべながら、その生徒たちと共に完全に消え失せた。ようやく危機が去ったことに奏太は肩の力を抜いたが、サタナエルの言う通りこれで終わりではないのだろう。この戦いは倉本奏太にとって、『カオスをもたらす者たち』との最初の衝突になったのであった。