えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二百五十五話 海

 

 

 

「夏だ! 海だ! 山だ! バカンスだァァァアアアアアッーー!!」

「……すまぬのぉ、うちのベオが…」

「いえいえ、せっかくの夏イベですし、こういうテンションの高いヒトがいた方が盛り上がりますよ」

 

 海に向かって雄たけびをあげる海パン一丁の茶髪の男性。唐突に海に向かってあふれ出す気持ちを叫びたくなる時だってあるよね。サーゼクス様の『兵士(ポーン)』で、麒麟(きりん)炎駒(えんく)さんが消え入りそうな声で遠い目をしているけど…。もし周りに他のお客さんとかがいたら、俺もさすがに他人の振りをしていたかもしれないことは言わないでおこう。

 

「それなのに、何でここには海パン男だらけで、水着の女子が一人もいないんだァァァアアッーー!!」

「そりゃあ、前日準備ですから…」

「おなご達は明日のために食事の下ごしらえをしとるからのぉ…」

「旅館をほぼ一人で建てることになった俺へのご褒美はお預けか、ちくしょぉおめェェェッ!?」

 

 血涙を流しそうなテンションで、出来立てほやほやの砂浜に拳を打ち付けるベオウルフさん。サーゼクス様の眷属の『兵士(ポーン)』である彼のテンションが壊れているのは、急ピッチで岩礁だらけのこの島の整備や旅館建築を頑張り過ぎたことで徹夜テンションになっているからだろう。お疲れさまです、真面目に今日は寝させた方がいいと思う。

 

 さて、そんなわけで俺は幹事としての最終確認のためにバカンスに来る予定の島へ先に到着していた。クレーリアさんや朱璃さん、グレイフィアさん達女性陣は、島に届けられた食材の下ごしらえ中だ。グレイフィアさんは今日まではメイドとして手伝いたいとのことで、さすがは広大なグレモリー公爵邸をまとめるメイド長らしくテキパキと部屋の掃除も備品の確認も終わらせていった。

 

 旅館内のことはグレモリー邸から呼んでくれたメイドの方々や、お手伝いのみんなで大丈夫そうだったので、俺達男性陣は外のチェックに向かうことになったわけだ。たくさんの子ども達が遊びに来る場所だからな、危険なものがないかのチェックは重要である。そんな訳でお手伝いにきてくれたサーゼクス様の眷属の皆さんと外を歩くことになったのだ。

 

 海岸の探索ということで、俺も一応明日着る予定だったボタニカルデザインのボードショーツをはき、白色のラッシュガードとビーチサンダルを身に着けている。今日は海に入らないけど、砂浜を歩くからべたつくだろうし、せっかくなら海水浴の気分ぐらいは味わいたいしな。本日は海パン男集団でベオウルフさんには我慢してもらおう。

 

「『変革者(イノベーター)』殿、転移で運んだ砂浜はこのくらいでいいでしょうか」

「あっ、マグレガーさんお疲れさまです。この量の砂を運び込めるなんて、さすがはサーゼクス様の『僧侶(ビショップ)』だなぁ…。あと、堅苦しいですから俺のことは名前でいいですよ」

「では、奏太さんと。バハムートが巨体で岩礁を全てどかしてくれましたからね、これぐらいでしたら大したことはありません。本来こういう力仕事はセカンドが得意なのですが…」

 

 紅色のラッシュガードを着た切れ長の目をした二十代後半の男性――マグレガー・メイザースさん。金髪と黒髪の長髪は軽くウェーブがかかり、佇まいからも貴族って感じで優雅だ。雰囲気はアジュカ様みたいな妖艶な印象に近いだろう。近代西洋魔術の使い手で、ルフェイちゃん達が所属している『黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)』の三人の創立者の中の一人でご本人である。ちなみにエレインさんの家名であるウェストコット家は、この創立者の一人だったはずだ。

 

 そして、彼が肩を竦めて話すセカンドさんは、北欧神話に登場する炎の巨人スルトのコピー体なのだが、誕生時に暴走してしまい北欧では対処しきれず廃棄されることになってしまったヒトだ。そこにサーゼクス様が現れて、悪魔の駒による後押しもあって自分すら燃やし尽くそうとした炎を制御可能にしたという過去がある。北欧の都合で創られて、スルトの炎が制御できず自分も含めて周りを燃やし尽くしかねない彼を、北欧側は自らの安全のために切り捨てた。サーゼクス様がいなければ、彼は自らの炎で消滅していたと考えれば、見捨てた北欧に対して隔意を抱いてもおかしくないだろう。

 

 そんな彼の心情を思えば、バカンスとはいえ北欧と会談するこの地に呼ぶのは複雑な気持ちになって当然だ。それも友好関係を築いて協定を結ぼうとしていると考えれば、北欧に負の感情を持つ自分はいない方がいいと判断されたらしい。命を救ってくれたサーゼクス様を、彼は誰よりも敬愛している。だからこそ、主の邪魔になる感情を表に出さないことを選んだのだと思う。

 

 原作ではサイラオーグさんを一回り大きくした巨漢で、逆立ったオレンジの髪が特徴の三十代中ごろの豪快なヒトだった記憶がある。今回会えなかったのは残念だけど、事情が事情だから仕方がない。やっぱり陣営同士の輪が広がると、こういう神話同士の過去も考慮して動かないといけないんだろうなぁ…。セカンドさんには、お土産をたくさん送れるようにルシファー眷属の方達にお願いしよう。

 

「ベオウルフ、いつまで恥ずかしいことを叫んでいるのですか。海の方はバハムートが見ているので、さっさと海岸に危険物がないかの確認作業に入りなさい」

「本当にお前らの俺の扱い雑過ぎだからなッ! 少しは労わってよ、本当にっ!!」

 

 「ヌオオオォォン…」と海の方からキラキラと輝く鱗を持つ巨大な魚の魔物らしきバハムートさんが、さっきから五月蠅いんだけどと言いたげにバシャバシャしている。前に会った時、仲間達から雑用を色々押し付けられるって泣いていたっけ…。でも、海岸に危険物がないかの確認は子ども達の安全のためには必須である。おいおい涙を流すベオウルフさんに、俺は心配げな表情を見せながらマグレガーさんにアイコンタクトを送った。

 

「マグレガーさん、ベオウルフさんは旅館の建築ですごく頑張ってくれたので休ませてあげましょうよ」

「かっ、奏太くんッ……!」

「俺も正直、ベオウルフさんみたいなすっごく頼りになるヒトに海岸の確認をお願いしたかったですけど…、お疲れみたいですからね。だって、ベオウルフさんなら完璧に仕事をこなしてくれるだろうし、俺も尊敬するベオウルフさんのサポート能力の高さをこの目で見たくて仕方がなかったですけど、とても疲れているんですから…」

「おや、それもそうですね。では、大変疲れているベオウルフの代わりに、この私が完璧な仕事ぶりを見せて――」

 

 無言で勢いよく立ち上がったベオウルフさんが、ものすごい勢いで浜辺へと駆けだしていった。

 

「ウオォォォッーー!! 見ていてくれ、奏太くん! このすっごく頼りになって、尊敬される格好いいお兄さんによる、超完璧な仕事ぶりを見せてあげるからねェェェッーー!!」

『……よし』

「お主ら、今日が初対面よなぁ…」

 

 すごい勢いで魔力を使って海岸の掃除を始めるベオウルフさんの後ろ姿に、俺とマグレガーさんはお互いにサムズアップを送り合った。さすがはマグレガーさん、すぐに合わせてくれたぜ。もちろん本心から誉め言葉は言っているから、嘘じゃないしね。というわけで、海岸方面はバハムートさんとベオウルフさんに任せて、どこら辺にパラソルを設置して、安全にキャンプファイヤーができるかの場所確認を行うことにした。

 

「うーん、パラソルはこっち側だけ用意すれば大丈夫かな」

「向こう側はいいのかい」

「あっち側はデュリオに頼んで日中曇らせてもらう予定なので」

「……教会の切り札と呼ばれるエクソシストに、悪魔のために神滅具で天候調整をしてもらうことに時代の流れを感じるよ…」

 

 異能を日常使いするのが、ここ数年のトレンドですからね。主に俺が流行を広めたことは否定しない。最近はラヴィニアと一緒に、氷姫にふわっとかき氷を作らせられないか研究しまくったしね。絶対に子どもたちが喜ぶ。純度が高くて、結晶が均一で、とにかく不純物がない透明な氷が必要だから、小さい氷姫をテレビの前に体育座りさせて半日ぐらいかき氷特集を視聴させまくったな。

 

「それに今回は凄腕の剣士もいますからね。きっとおじいちゃんなら、ふわふわかき氷を作る上での最大の肝であるきめ細やかな削りもいけるはずです!」

「教会最強と名高い『ミスター・デュランダル』が、悪魔だらけの場所でかき氷を切ることになるのか…」

「教会の暴力装置も随分平和になったものじゃのぉ…」

 

 おじいちゃんばっかりに頼むと大変だろうから、正臣さんや紫藤さんにもお手伝いを頼まないとな。ついでに元聖剣計画の子どもたちも良い刺激になるだろうし、凄腕剣士たちによるかき氷ショーを見学させてあげよう。素晴らしい剣の神髄を知ることで、いずれ彼らも二代目のふわっとかき氷の達人になってくれることだろう。

 

 

「おやおや、凄腕の剣士をご所望でしたら、ルシファー眷属の『騎士(ナイト)』である私も参戦せねばなりませんね」

「あっ、沖田さん! 森の確認お疲れ様です。沖田さんも参加してくれるんですか?」

「えぇ、かのミスター・デュランダルの剣技には前から興味がありました。せっかくこうして剣の腕を競える機会があるのですから、逃すわけには参りません」

「なるほど、これが新時代の戦い方というわけか」

「かき氷で勝敗を決してええのか、お前さんたち…」

 

 教会の戦士たちによるふわふわかき氷製造計画の話をしていたら、森の方から嫋やかな足取りでこちらへ歩いてくる男性が姿を現した。サーゼクス様の『騎士(ナイト)』にして、日本で有名な新選組一番隊組長だった天然理心流の達人――沖田総司(おきたそうじ)さんである。彼は度重なる魔の儀式の影響で体内に数多くの妖怪を飼っているため、一人百鬼夜行がマジでできちゃうお方なのだ。

 

 そのため、この島の広大な森の確認を彼一人にお願いすることになった訳である。彼の中にいる妖怪たちに森の調査をお願いしていたが、ここに姿を現したということはもう仕事が終わったということなのだろう。悪魔でも普通なら何日もかかるだろう作業なのに、さすがは魔王様の眷属。みんな仕事が早いなぁー、と感心した。

 

「森の方はどうでしたか? 古代種や幻想種がいるって聞いていましたけど」

「数多くの魔物や古代生物がいて、この島独自の生態系ができていて面白かったですよ。魔物の生態に興味を持っていた姫も、これなら楽しめそうでしたね」

「あぁー、リアスちゃん魔物の生態を観察するの好きですもんね。ちなみに安全性は?」

「気性が荒いボス的なもの達には、(ぬえ)を新たなボスとして認識させることに成功したので、森を探索するときは私の妖怪を供につけておけば襲われることはないでしょう」

 

 原作では、人間界への留学のためにまとめるレポート課題でよく魔物の生態について調査する話を読んだものである。危険な魔物に襲われたなら対処しないといけないけど、島の生態系を壊さないようにしないといけなかったから、沖田さんの妖怪が安全を確保してくれるなら安心だな。

 

「しかし、森の奥にある山の向こうはおすすめしません。現在鵺が山の主と交渉して、お互いに不干渉を約束しているところですから」

「……あの鵺が交渉を選ぶほどの相手があの山に?」

「ここ、天空の魔鳥と呼ばれるジズの避暑地だそうです」

「なんで終末世界を象徴する伝説の魔物が、日本近海の島でバカンスしとるんじゃ」

「普段は天界の一角で隠遁生活をしているようですが、夏になるとふと世界を横断するレベルでかっ飛ばしたくなるようです」

「確かに渡り鳥ってよく日本に来ますもんね…」

 

 渡り鳥にしては明らかに規模がヤバいけど。確かに原作でジズが島に現れたのは、乳龍帝おっぱいドラゴンがまだ有名になっておらず、ゼノヴィアさんが仲間になったころだから夏あたりだったはずだ。イッセーたちが島に訪れた時に、なんで伝説の魔物がいたのか不思議だったがまさか避暑地だったとは…。なんかさっきから山の方で「キーキー」って鳴き声と「ヒョーヒョー」って鳴き声が響いていたのはその所為か。まぁ、空の王だってバカンスぐらいしたくなるよね。

 

「こちらが魔王の眷属だとわかると、せっかくならバハムートやベヒーモス、クジャタやファラクの伝説の魔物同士で数世紀ぶりに飲み会をしたくなったから声をかけてほしいと交渉されましてね」

「子どもたちがわいわい遊ぶ隣で、世界の終末を迎えそうなメンツで飲み会してるのか…」

 

 確かに魔王様たちそれぞれが伝説の魔物を眷属にしているのは有名だからね。たまたま顔を合わせる機会ができそうだから、ついでに自分たちもバカンス気分で飲み会でもしない? ってお誘いをもらったらしい。魔物たち同士でわいわいしているから、その間こっちも好きに島を使っていいようだ。山の向こうで終末世界の魔物たちが飲み会をしている隣で、俺たちは安全に島で遊べる。不思議な因果関係である。

 

「先ほどバハムートに通信で聞いたら、ノリノリで尻尾を振っていたので、遊泳時間のパトロールの仕事が終わったら飲み会に参加するそうです。他の眷属たちも面白そうだから参加するかと乗り気みたいで」

「……あの、ファラクさんとクジャタさんって確か伝承ではバハムートさんより巨大なんですよね。この島、潰れたりしません?」

「さすがにこの島よりでかい魔物たちがいたら気になって仕方がないだろう。ジズは仕方がないが、眷属たちには魔力で人型か小型になってから参加しなさいと伝言しておきましょう」

 

 溜息を吐き出すマグレガーさんの言葉に、そういえば悪魔の眷属なんだから魔力で姿を変えられることを思い出してなるほどと頷く。タンニーンさんやリンが魔力で大きさを変えたり、五大龍王のティアマットさんのように人型にだって変身できたりする。それなら山の向こうでどんちゃん騒ぎをしても、たぶん大丈夫そうかな。

 

「もともとラスボスだらけのバカンスでしたからね。今更終末の魔物達が増えたところで誤差みたいなものか」

「……すでに終末を起こせそうな戦力はありそうじゃからのぉ」

「肩書きにとらわれず、ありのままを受け入れる。主や姫が気に入るのもわかりますね」

 

 せっかくなら沖田さんの飼っている鵺や妖怪達も、夜は飲み会に行かせてあげるのもありだな。今日ならまだ追加のお酒も頼めるだろうし。そんな俺からの提案に、「お気遣いいただきありがとうございます」と沖田さんは笑っていた。それから海岸のど真ん中で清々しくやり切った表情でぶっ倒れていたベオウルフさんを回収しながら、俺達は明日の準備を着々と終わらせていったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「あっ、いたいた。ようやく見つけたわよ!」

「あれ、黒歌と……イングヴィルド? 二人も手伝いに来ていたのか」

「年長者として前日の手伝いぐらい参加しなさいって、グレイフィアに首根っこを掴まれたのよ」

「こんにちは、先生。見回りお疲れ様」

 

 ルシファー眷属の皆さんと別れて旅館へと帰ってきたら、ちょうど食事の仕込みが終わったころのようだった。旅館の玄関口に座っていた二人の様子から、どうやら俺の帰りを待っていたらしい。それにしても、年長の黒歌が手伝いに呼ばれたのはわかるけど、イングヴィルドも来ているのは意外だった。前回のビデオでだいぶ体調もよくなっていたようだけど、体力はまだ万全とまではいかないだろうに…。

 

「言っておくけど、イングヴィルドがここにいるのはこの子が行きたいって強く希望したからよ。さすがに病み上がりに無茶なことはさせないわよ」

「そうなのか?」

「うん、その、どうしても海を早くこの目で見たくなっちゃって…。我が儘言っちゃった」

「まっ、リアスの我が儘に比べれば可愛いもんよ。それにイングヴィルドの付き添いって言っておけば、グレイフィアにたくさん仕事を押し付けられることもないしねー」

 

 なるほど、言われてみれば記憶が曖昧になっていたイングヴィルドにとって、海は数少ない故郷の大切な思い出だ。冥界に海はないから、一日でも早く目に焼き付けたいと思うのは当然ではあるだろう。にししっと悪い顔で笑う黒歌に、イングヴィルドはにこっと笑った。

 

「そんな悪態をわざわざついて、私の我が儘を肯定的に受け止めて気にすんじゃないわよと暗に伝えてくれる黒歌はやっぱり優しいよね」

「ちょっ…、イングヴィルド。勝手に変な解釈を入れるんじゃ――あんたもそのにやけ顔をやめなさい!」

「えー、恥ずかしがんなよ。ちゃんとみんなのお姉さんしてるじゃん」

「うん、黒歌は良いお姉さん」

「あんた達、絶対にわざとからかっているでしょ!?」

 

 楽しそうに自然体で笑う彼女を見て、俺もホッとしたように笑みを浮かべた。俺が知っているイングヴィルド・レヴィアタンは、目覚めてすぐだったからどこか浮世離れしていたというか、ふわふわしている印象が強かった。だからこうして言いたいことを言い合える距離感が出来上がっていることに、グレモリー家がしっかり彼女にとって第二の家になっているみたいで安心した。

 

「そういえば、手伝いは終わったんだろ。外の安全確認も終わったし、海を見に行きたいなら今から行ってきたらどうだ?」

「だから、奏太を待っていたんでしょ」

「えっ、俺?」

「先生、前に私の神器が海に関するものだって教えてくれたでしょ。明日はリアス達も来るし、それなら誰もいない内に海で安全確認をした方がいいんじゃないかなって思ったの」

 

 どうして二人が俺を待っていたのか疑問だったが、神器関係と聞いて納得した。イングヴィルドの神器である『終わる翠緑海の詠(ネレイス・キリエ)』は、「ドラゴンに影響を与える歌声」と「海を操る力」という二つの特性を持っていると俺は診断した。(うた)の効力は魔龍星であるタンニーンさんが行動不能に陥るほどの威力を持っていたし、海を操る力が万が一暴走したら危険だと判断したのだろう。安全面を考えたら、確かに異能を鎮静化できる俺が傍にいた方がいいな。

 

「それなら、明日神器に詳しいアザゼル先生が来るから、イングヴィルドの異能を見てもらうこともできるけど」

「あんたにとってはよく知っている相手かもしれないけど、こっちからしたら初対面の堕天使の親玉にいきなり異能を披露しろって結構なプレッシャーよ」

「堕天使の総督さんに見せるって思うと緊張しちゃうかもしれないから、少しだけ練習しておきたいかなって。先生がいてくれるなら私も安心だから」

 

 俺にとってはお馴染みのヒトでも、悪魔である二人にとっては半年前まで敵対していた組織のトップなのだ。先生なら神器の操作に失敗しても気にしないだろうけど、事前に試しておきたいという二人の考えも理解できる。それに主治医として、患者であるイングヴィルドの期待には応えてやりたい。神器を使用する上で、気持ちのもちようっていうのはかなり重要だからな。

 

 先ほどイングヴィルドが言っていたように子どもたちがいる海で異能の検証はできないし、それなら誰もいない今、海で試すのが一番だろう。冥界にいる間に湖や大きな池などで異能が使えるか試してみたようだが、やはり海以外の水場で力を発揮することはできなかったみたいだし。初めての試みなら、なおさら彼女が安心して力を使える環境を整えるのが大事だろう。

 

「そういうことなら、俺も検証に参加させてもらうよ。さっそく向かうか?」

「ちょっとたんま。せっかく海へ行くんだし、付き合ってもらうお礼もかねてあんたには先に見せてあげるわよ」

「……見せる?」

「もちろん水着よ。私たちの新しいみ・ず・ぎ!」

 

 えっ、と呆然とする俺を置いて、二人は「じゃあ先に海で待っていなさいよー!」と着替えに向かってしまった。女性陣の水着はどうせ明日見られると思っていたが、まさか今日見られるとは思っていなかった。もちろん、明日来る予定の女性陣のレベルがみんな高いのは百も承知である。だから別にやましい気持ちはないが、水着の女の子二人と一緒にこれから海へ行くという流れにちょっと狼狽えてしまった。

 

 

「じゃーん、どうよ! こんな美女二人の水着を先行で拝められるんだから、しっかり称えなさいよね」

「黒歌、布がお腹にないけどこういう水着が百年後のトレンドなの?」

「あんた素材はいいんだから、露出の少ない水着なんて勿体ないでしょ。ほら堂々としなさい」

 

 あれから約二十分ほど海岸で待っていると、賑やかな声が耳に入る。そっちへ振り返ると、不思議そうにお腹のあたりをさするイングヴィルドと、俺に向かって見せつけるように胸を張る黒歌がいた。黒歌は二つに束ねられた黒髪の上にサングラスをかけ、藤色のビキニを細い紐でまとめて着こなしている。腕周りには着物のような華やかなレース状の薄い羽織を着崩していて、自分で豪語するだけあってよく似合っていた。

 

 そしてイングヴィルドは色鮮やかな黒歌と違って、シンプルなホワイトで統一されたビキニを着ていた。胸や腰のあたりにはレースが飾られ、嫋やかな彼女のイメージによく合っている。そういえば、百年ぐらい前の水着って首から膝まで布で覆われたものが主流だったらしいから、さすがのイングヴィルドも布面積の少なさに珍しくおろおろしていた。

 

「二人ともすげぇ似合っているな。イングヴィルドの水着は黒歌が選んだのか?」

「まぁねー、結構いい線いっているでしょ?」

「この水着、紐で止めてるからちょっと泳いだら取れちゃいそう…」

「馬鹿ね、そのうっかり取れちゃいそうなギリギリを攻めて、周りの視線をくぎ付けにするのが今の主流なのよ」

「ドヤ顔で嘘を教えるなよ」

 

 ほら、イングヴィルドがカルチャーショックを受けてびっくりしているじゃん。さっきからかわれた仕返しを黒歌にされたのだとわかったのか、ぷぅと頬を膨らませていた。先ほどのベオウルフさんの叫びを思い出したけど、確かに海は女性陣がいる方が華やかになるなと実感した。

 

 そんなお披露目会を終えると、イングヴィルドの視線は自然と大海原へと向いていた。潮風に紫の髪が揺れ、潮の匂いに懐かしそうに目を細める。一歩ずつ海へ向かって足を進める彼女に、俺と黒歌は懐古の邪魔にならないように後ろから静かについていった。イングヴィルドの足下に波が当たり、そっと手の平で掬った海水を天に掲げ、キラキラと再び海へ流れ落ちていく様子を眺めていた。

 

「良い海風…。波もすごく穏やかで、優しい(こえ)が聞こえてくる」

「海の聲が聞こえるのか?」

「うん、私を呼んでいるみたい。一緒に詠おうって誘われている」

 

 当然俺と黒歌にはそんな聲は聞こえないが、おそらく『終わる翠緑海の詠(ネレイス・キリエ)』の同調によるものだろう。その感覚は、俺にも覚えがある。何かに呼ばれているような感覚と、まるで魂に染み込むように聞こえてくる(うた)。イングヴィルドの心象風景は海そのものだった。なら、魂と繋がる神器の波長が、海によって呼び起こされたとしてもおかしくない。

 

「イングヴィルド、その(うた)を一緒に詠ってみたらいいよ」

「詠っていいの?」

「海から聞こえてくる謳って、危険はないわけ?」

「危険なら神器が止めようとするさ。誘っているってことは、イングヴィルドを待っているんだ」

 

 昔の俺のように、足りないなら相棒が止めてくれる。満ちるその時をずっと待っていてくれたように。

 

「その謳は、神器からイングヴィルドに贈られたものだ。大丈夫、『終わる翠緑海の詠(ネレイス・キリエ)』はイングヴィルドをずっと気にかけていた。同じ未来を願って、共に前へ進もうと詠っていた」

「私と一緒に…」

「俺の先生からの受け売りだけどさ。他人事みたいに宿主を呪ったり、祝ったりするんじゃなくて、共に歩む相棒として発破をかけるような……そんな過保護極まりない内容だと思う。それはきっと『祈り』であり、『願い』であり、そして『誓い』の謳だと思うから」

 

 俺が背中を押すように告げると、イングヴィルドは意を決したように海の中へと足を進めていった。波が膝丈に当たるぐらいの場所までゆっくりと歩み、両手を祈るように胸の前で捧げる。目を閉じて波の音を感じるイングヴィルドに合わせるように、海も穏やかな音を奏でていた。

 

「うん、みんなで一緒に詠おう」

 

 広大な海に呼びかけるように、イングヴィルドの口からまるで透き通るような透明度の高い旋律が奏でられる。そして彼女の謳と合唱するように、海から紫色の粒子のような光が浮かび上がっていった。波の音が旋律に合わせるように相槌をうち、海から俺達の様子を見ていたバハムートさんが気持ちよさそうに泳いでいる。バサッと羽音が遠くから聞こえて振り向くと、巨大な魔鳥のジズがこちらの邪魔をしないように海を眺めていた。

 

 空の王のジズには、海と関わりのある伝承がいくつも存在している。空のジズ、陸のベヒーモス、そして海のレヴィアタン。そういえば、バハムートは一説によるとアブラハム系神話の大怪獣ベヒモスの読みを変えただけで、両者は同一の存在だって話があったな。ただ外見的にはレヴィアタンに近いから、両者の伝承が混合し伝わったって説もあった。奇しくも、伝説の魔物と関連がある三名が偶然一堂に(かい)したことになるのか。

 

 イングヴィルドの歌声は静かで神秘的でありながら、海のような雄大さとあらゆるものを飲み込まんとする深淵が折り重なっていた。海の水が一つ、また一つと空へと吸い上げられていき、徐々に生き物のかたちへと変わっていく。それは俺が彼女の魂の奥底で見た、薄紫に光る海水で出来た巨大なドラゴンだった。あの時はそのドラゴンに命の息吹は感じなかったが、今はイングヴィルドの歌声が力強い鼓動へと変わっていた。

 

「海全体からあの子の歌に合わせて紫の粒子みたいなのが浮き上がってきてる。神秘的だけど、本能的な恐怖を感じるわね」

「今この海は、イングヴィルドが支配しているんだ。彼女が望めば、海を荒れさせてこの島ぐらい簡単に海の底に沈められるだろうな」

「マジ…?」

 

 俺からの見解に黒歌はごくりと喉を鳴らした。黒歌が本能で感じた畏れは、決して間違いではない。海が大半を占めている人間界で、イングヴィルドの神器はまさに水を得た魚だ。正直ドラゴンに影響を与える()()が、かわいらしく思えてくる。彼女がこの異能を極めれば、人間界で彼女に敵う存在はほとんどいなくなるだろう。地球にある海洋の約七十%近くが敵になると考えれば、その絶望感は計り知れない。

 

「……先生」

「ん?」

「私の力ってやっぱり危ないものなのかな…」

 

 ふと声が聞こえて振り向くと、オレンジ色の瞳がまるで波のように静かに揺れていた。目の前に現れた海水でできたドラゴンの存在を確かめるように、そっと手で撫でている。愛しそうに、でも不安そうに自分の中にある力を確かめていた。きっと彼女も本能的に分かったのだろう、自分の力がどれほど大きいものなのかが。そんなイングヴィルドの言葉に、俺は肩をすくめて笑って見せた。

 

「前に言っただろう。異能と向き合う時に大切なのは自分の力を恐れないこと、使い手として前を向くことだって」

「恐れずに向き合う…」

「神器は確かに強い力だ。だけど、その力を使いこなせるか、その力に飲み込まれるかは俺たち次第だ。大事なのは、イングヴィルドがこの力で何をしたいかだと俺は思うよ」

 

 俺はイングヴィルドが支配する海に足を踏み入れる。今この海は、島一つ簡単に飲み込めるだろう力を秘めている。だけど、俺は気にすることなく足を前に進めた。それに驚いたような顔を見せるイングヴィルドへ、俺は手で掬った海水を確かめるように天へと掲げた。

 

「ほら、大丈夫だ。イングヴィルドなら誰も傷つけないってわかっているのに、この海を怖がる必要なんてないだろ」

「先生は私の海なら、怖くないの?」

「あのなぁ、俺はイングヴィルドの先生だぞ。教える側が生徒の力を信じないでどうする」

 

 俺の記憶にある大人たちの大きなを手を思い出す。信じて俺の力を伸ばしてくれた先生たちの言葉や思いが、俺をここまで至らせてくれた。だから、今度はそれを俺が次に渡していくんだ。俺の言葉や思いが、彼女にとっての道標になれるように。

 

「よし、海を操る異能はだいぶ慣れてきたみたいだし。次は渦を作れるか試してみようぜ」

「えっと、渦を作るの?」

「せっかく海を操れるんだ、この夏にぴったりの使い方なんていくらでも思いつくだろ。流れる海のプールとか、ウォータースライダーとか色々できないか試してみたくないか?」

 

 俺はむしろ早くやってみてもらいたいけど。わくわくと好奇心があふれている俺の様子を見て、イングヴィルドに小さく噴き出された。なんだよ、そんなに子どもっぽかったか?

 

「イングヴィルドもさ、せっかくならその力でリアスちゃん達を喜ばせてみたくないか? こんなことができるなんてすごーい! って言われてみたくない?」

「……言われてみたいかも」

「そうだろ、そうだろ。じゃあ、練習あるのみだ!」

 

 俺のテンションに合わせて、イングヴィルドも笑顔でオー! とこぶしを空に掲げた。今年の海はイングヴィルドのお披露目会もあるからな。しっかりバカンスに最適な神器の異能を見せつけてやろう。そんなイングヴィルドの背中に抱き着くように現れた黒歌は、驚く彼女をしり目にポンポンと頭を撫でていた。

 

「あんたのその能天気さって、ある意味すごいわよね。言っていることは馬鹿っぽいけど、私もちょっとは見習わないとね」

「黒歌…」

「やってみなさい、イングヴィルド。私も最後まで付き添ってあげるから」

「うん、ありがとう」

 

 それから俺たちは時間が許す限り、イングヴィルドによる楽しい海遊び計画を実行するために熱血指導に熱を入れることになった。流れるプールは三種類の速さを作って、子どもや大人も楽しめるアトラクションを考える。バハムートさんにお願いしてウォータースライダーの足場になってもらって、超巨大滑り台も作ってみた。これはマジでスリル満点で素晴らしい出来だった。

 

 すると、ずっと見学していた伝説の魔鳥さんがジッとイングヴィルドを見つめていたので、彼用の巨大な滑り台を頑張って作ってもらったら羽根をしっかり折りたたんですごいスピードで巨体が滑っていった。海に落ちるととんでもなく巨大な水しぶきを立てているが、面白かったのか大変キラキラした目で催促していた。

 

 そのあと、イングヴィルドの歌声と海遊びが大変気に入ったらしい空の王さんが、そのままノリで使い魔契約まで果たしてしまったことに、リアスちゃんが「なんでそんなことになったの!?」とひっくり返ったのは余談である。

 

 

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