えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二十六話 自然

 

 

 

 鬼ごっこというゲームがある。広い場所で行う集団遊びの一種とされ、いつの時代も子どもに大人気な遊びだ。走るという単純な遊びだからこそ、大人だって楽しめる。ルールは様々あるが、基本追う者と追われる者にわかれ、追う役目になった鬼から逃げ続けるルールなのは変わらないと思う。

 

 単純なゲームだけど、俺は鬼ごっこがそれなりに好きだ。クラスメイトとよく運動場で駆け回るし、年齢差はあってもどんな相手とだってなんだかんだで楽しい時間を過ごせるだろう。そう、……鬼ごっこというゲームは、とても楽しいゲームのはずなのだ。少なくとも、こんなにも冷や汗がダラダラ流れ、一歩間違えたら怪我必至の恐ろしい遊びなんかじゃない。第一、逃げるのが俺一人とかおかしい。集中狙いなんてもんじゃなさすぎる。

 

「あっ、いたー」

「げッ!?」

「ばかっ、こえにだすなよー」

 

 神器を握りしめてひっそりと隠れ続けていた俺の背後から、可愛らしい声が二つ聞こえてきた。嘘だろ、もう見つかったのかよ。ずっと逃げ続けて、体力もだいぶ減らされた。気配を察知するための集中力が途切れてしまっている。ここまで接近を許したことに俺は小さく舌打ちをし、急いで神器の能力を変え、再び逃げ出すことになった。

 

「まてっ!」

「ぼくがやるんだー」

 

 俺を見つけた追うものたちは翼をはためかせながら、口から火の玉を連打してくる。大きさはテニスボールぐらいだから死にはしないだろうが、当たれば痛いし火傷は必至。俺は自分に向かって来る火炎を一発目は避け、二発目は槍で消滅させる。三発目以降は、なんとか攻撃範囲から逃げ出せた。素のスピードは俺の方が少し早いため、このまま振り切ろうと足を前に進めていると。

 

「みーつけた!」

「わーい、はさみうちだー!」

 

 彼らの言葉通り、俺が向かっていた先からもう一匹現れた。頬が引きつるが、ここで立ち止まると三匹から強襲される。慌てて方向転換をするにも、かなりスピードをつけて走っていたから事故る可能性がある。俺は意を決して、新たに現れた一匹へ一直線に向かっていくことを選択した。

 

 方向転換して逃げると、おそらく今度は三匹で追い回される。その騒ぎで他の鬼もどんどん集まってくるだろう。それなら、ある程度引きはがしている後ろ二匹から更に距離をあけるために、目の前の相手を出し抜きすり抜けるしかない。神器を構え、飛んでくる火の玉をスピードを落とさないように気を付けて避けていく。

 

 最初の頃は何度も失敗して火傷した。感じる熱や痛覚、傷を消したりはできるけど、だからって自分の身体が焼かれるのは普通に嫌である。今もチリチリと傍を通った火球に肌が粟立ち、恐怖が膨れ上がるけど、もう一度言うが立ち止まったら終わりなのだ。痛いのはごめんだ。

 

 俺に向かってくる火球のスピードは決して速い訳じゃない。しっかり目を凝らせば、俺にだってなんとか見える。神器の能力は体力勝負だ。鬼ごっこという消耗の激しい遊びの中、消滅の力ばかりに頼っているとすぐにガス欠になる。前ばかりを向いていたが、相棒から反応があったのですぐに右に避ける。すると、後ろで俺を追っていた一匹の火の玉がここまで飛んできていた。危ねぇ、助かった。こうやって俺一人じゃできないところは、相棒にカバーしてもらうしかない。

 

「むぅ!」

 

 俺が火の玉を避け続けたからか、だいぶ距離が迫った。それにムキになったのか、相手は先ほどまでの火球連打をやめ、地面に降り立って一点集中するように火の玉を口元に集め出した。火の息を出して、全体攻撃をする気のようだ。やめなさい、俺が死ぬでしょ。それに嫌な汗は流れるが、チャンスではあった。

 

 俺はこいつらに怪我をさせてはいけない。だから「Ruin」は発動できないし、「Delete」で意識をとばすこともできないのだ。だけど、少しぐらいなら問題ない。遊びでちょっとぐらい痛い思いをするのは、彼らの中では許容範囲のことらしい。その許容範囲に火の玉が飛んでくるのはおかしいと思うけどね! 火に強い君たちならいいだろうけど、俺は普通の人間ですよ!?

 

「相棒!」

 

 火の玉の連撃が一瞬止まった隙に、俺は槍を握り締め、物質を消滅させる効果を纏わせる。その力を前方の地面に突き刺し、勢いよく薙ぎ払って浮かせた。突如飛んできた石つぶてに、火を溜めていた相手は驚きに動きが止まり、慌てて目を守る様に顔を手で押さえた。細かいつぶてが相手の顔に降り注ぐ中、俺はその横を駆け抜ける。無事に突破した。

 

「あー、ずるいっ! わっ!?」

 

 石つぶてから顔を上げた相手は当然俺を追って来ようとしたが、消滅の投槍(ルイン・ジャベリン)で通り際に足元を消滅させておいたので、上手く落とし穴にはまってくれたようだ。ずるいって言うなよ、ずるくなきゃ人間生きていけねぇんだよ。覚えておけ、ちびっこ共!

 

「ちくしょうっ! 確かにタンニーンさんとの鬼ごっこじゃなかったのはよかったけど、それで子竜たちの遊び相手になるだなんて聞いてねぇよォォーー!!」

 

 俺は後ろの三匹の子竜たちからなんとか逃げだし、俺VS子竜十二匹集団による恐怖の鬼ごっこはまだまだ続くのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「カナくん、お水ですよー」

「……ありがとうラヴィニア。あぁ、生きているって本当に素晴らしい」

 

 一回の鬼ごっこの制限時間は二時間と決まっているので、俺はなんとかそれまで逃げ続けた。最初の頃は、数分ごとにこんがりされていたからな…。隠れてもよし、怪我をしない(子竜基準)程度なら攻撃もよし、なルールだ。あの子竜たち元気いっぱいだから、どこまでも追いかけてくるのだ。そもそも体力が全然違う。ドラゴンとの修行開始から一週間目の朝。俺はまだ生きていられているようです。

 

 俺はポケットに入れている、もはやお守りにもなっている十字架を握り締める。神様はいないけど、この祈りたくなるような気持ち。今日もちゃんと生き残れますように、と願掛けを毎日するのが日課になってしまった。悲しくなる。

 

「カナー、つぎはなんのあそびをするのー」

「ぼく、かくれんぼしたいー」

「カナがへんなものもってるー」

「待ちなさい、体力が有り余っている子竜たちよ。お兄ちゃんの体力ゲージは現在レッドゾーンだから。向こうで昨日教えた『だるまさんが転んだ』でもしていなさい」

 

 寝転がる俺にツンツンと遊びを要求してくる子竜たちに、俺は真剣な声で伝えておく。ズルズル引き摺っていかれたらたまらない。俺の言葉に、「じゃあぼくらもごろごろするー」と俺の真似をして転がり出した。やっていることは可愛いんだけど、彼らの遊びに混ざるのは危険ばっかりだ。子竜でも、俺よりもちょっと大きいので相手が大変なのである。しかも複数。

 

 ドラゴンの子竜と言えば、原作ではアーシアさんの使い魔になった蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)のラッセーくんを思い出すが、俺が相手をしているのは年がちょっと上のようだ。それでもつぶらな瞳や無邪気なところは子どもらしい。幼生である彼らの声は本来聞こえないのだが、メフィスト様からいただいた翻訳魔法具はやっぱりすごいや。聞こえてくるのは、基本遊びとご飯のことだけど。

 

「可愛いですねー」

「ラヴィニアはこいつらに無茶とか言われていないか? 俺、四六時中遊べコールが来るけど」

「そうなのですか?」

「おんなのこはまもるものー」

「ものー」

 

 おい、なんだよそのあからさまな女尊男卑。ドラゴンのオスは他生物のオスに厳しいのは知っていたけど、俺だって優しさが欲しいよ。ラヴィニアが無理を言われていないのはよかったけどさ。

 

 

「しっかし、なんで神器で姿や気配を消しても見つけてくるんだ? 最初の鬼ごっこの時は、それで開幕こんがりされたし」

「俺たちドラゴンは自然と共に生きている。そして、竜はオーラに敏感だ。お前の気配遮断は、あの子どもたちにとっては居場所を教えているようなものだぞ」

「タンニーンさん」

「ちょっと待ってください、タンニーンさん。逆に居場所を教えているってどういうことですか!?」

 

 それは聞き捨てならない。だって、俺の疑似気配遮断はちゃんと効果を発揮している。俺のオーラ(?)というものを探知されるはずがないのだ。あの子たちに、上級クラス以上の力はないはずだし。

 

「消滅の効果が働きすぎているから、問題なのだ」

「働きすぎ?」

「お前の能力は優秀だ。しかし、ドラゴンや自然と共に生きる生き物にとったら、その効果は逆に違和感を生む」

 

 俺は休ませていた身体を起こし、タンニーンさんの言葉を聞きながら考える。能力は優秀ということは、俺の気配遮断の効果はちゃんと発動されているのは間違いない。ドラゴンはオーラに敏感だとしても、俺のオーラを探ることはできないはず。だったら、別の要因があるってことか。そして自然という言葉に、まさかと思い当たったことに俺は顔を上げた。

 

「俺の疑似気配遮断は、自然に紛れ込めている訳じゃないってことですか」

「そうだ。お前が消滅の力で気配を絶つと、お前がいる空間だけ全てが消え失せる。当然オーラもな。本来気配を絶つ使い手は、本当に己を消しているのではなく、周囲に己の気配を紛れ込ませているものだ。しかし、お前の場合は本当に消してしまっている」

「はい…」

「この自然という様々なオーラの溢れた場所で、ポツンと何にも感じられない場所がある。上から見ていたが、違和感がありすぎだ。あれでは、周囲のオーラを感じられる竜の子が簡単に見つけて当然だろうな」

 

 マジか、そんなのありかよ。俺の気配遮断は問題ないけど、問題は周囲の環境ってことか。例えば白い画用紙の中に、白を入れてもわからない。でも、黄色の画用紙の中に、白があったらすぐに気づく。その黄色が、自然が発するオーラってやつか。この世界には、仙術なんていう自然を力にしたものがある。周囲の気の流れを読まれたら、俺の隠密なんて一発でばれるってことかよ。

 

「お前はなんでもかんでも消し過ぎだ。確かに今までのように人や人外相手ならいいだろうが、自然と共に生きる異形相手には厳しいぞ。そこらにいる魔物相手なら誤魔化せるだろうが、オーラや気の流れを読まれたら終わりだな」

「消し過ぎ、ですか」

「お前の臆病さは一つの武器だ。だが、同時に欠点でもある」

 

 そうだ、俺はどうしようもないぐらい臆病だ。だから、俺が相手に感じさせる全てを消滅させて気配を消してきた。だけど、それだと通じない相手がこの世界にはいる。俺じゃなくて、周囲の気を探ってくるやつだっているんだ。

 

「先ほど、子どもたちがかくれんぼをしたいと言っていたな。倉本奏太よ、次はお前が鬼をやってみろ。自然と共に生きる竜を、全て見つけ出してみせるがいい」

 

 タンニーンさんからの挑戦的な内容に、俺は少し時間を置いてから静かにうなずいた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「はぁ、はぁ……、くそっ。マジで一匹も見つからねぇ」

 

 思わず悪態をついてしまったが、かくれんぼを開始して一時間経っても、一向に見つけることができない。俺たちが現在遊んでいる場所は、森の中。峡谷の中に子竜たち用に残している自然の遊び場らしい。子竜にとって危険な生物はいないが、それでも小さな魔物などはいるので油断してはならない。そんな場所で、俺の今日の修行は始まった。

 

 森自体は一、二時間で回れるぐらいの広さらしい。そして、制限時間は夕暮れになるまで。元気が有り余る子竜たちの相手を俺がしてくれるということで、他のドラゴンさんたちは渓谷の方から見物して楽しんでいるようだ。俺の修行にもなって、子竜たちも楽しめて、大人のドラゴンたちは楽ができる。まさに一石三鳥だな、とアザゼル先生は帰り際に笑っていたけど、なんだか俺だけしんどくない? 修行だから仕方がないんだけどさ。

 

「相棒、この辺りに気配はあるか?」

 

 俺は右手に持つ神器に意識を向けながら、周囲を確認するがやはり見つけることができない。見つけても別の生き物だったりするので、現在全てが空振りだ。顎まで流れてきた汗を手で拭い、俺はとにかく足を前に進めた。

 

「子竜の数は、全部で十二匹。大きさは俺より少し大きいぐらいだから森の中だと見つけづらいけど、真っ赤な鱗だから緑の中なら目立つはずなんだ」

 

 それなのに、緑や茶色ばかりの空間でその赤を一つも見つけられない。実は誰もいませんでしたー、ならアレだけど、さすがにそれはないだろう。だから、彼らの方が上手く隠れているだけなのだ。

 

 修行なので神器の力を使っても構わないらしいので、さっきからずっと気配を探り続けている。それでも、赤を見つけられないのである。とりあえず、ぐるっと森中を歩いてみたが駄目そうだ。我武者羅に歩き回るだけじゃ、たぶん見つけられないと思う。これは、そういう修行なのだろう。

 

「タンニーンさんの言葉を思い出せ。おそらくこの修行は、気配察知の修行であり、子竜たちを通して俺の疑似気配遮断を違和感なく消せるようになれってことだと思うんだよな」

 

 大きな森の木を見上げると、空へと羽ばたいていく鳥の羽ばたきが耳に入った。そういえば、あいつら飛べたな。木の上とかにも隠れている可能性はあるか。制限時間はまだある。俺は良さそうな木の根っこにいったん座り、体力を回復させながら思考を巡らせた。

 

 あれからラヴィニアと色々話をしたけど、たぶん俺が子竜たちを見つけるのは、相当困難なことかもしれないと言われた。自然と共に生きてきたアドバンテージと俺の実力的に。子竜たちがまず親から習うのは、狩りではなく隠れ方なのだそうだ。自然と一体になり、身を潜める。身体が小さい故に敵が多い子竜が、生き残るためにとれる戦術という訳だ。

 

 この森の中に十二匹の赤いドラゴンがいる。言われていなかったら、気づかないぐらいだ。まるで俺一人だけが森の中にいる気分になる。それほど静かで、森の息吹しか感じられなかった。生命に溢れたこの自然の中で、自然に紛れ込むように気配を消す。確かにこれほどの雄大な自然の中に、何も感じられない「無」があったら、違和感がありまくって当然だなと思った。

 

「だいたい、オーラってなんだよ。ドラゴンのオーラだとかは聞いたことがあるけど、要は『気』ってことか? 黒歌さんや小猫ちゃんが使っていた仙術みたいなものなのかな」

 

 確か仙術とは、魔法や魔術とは違う、生命に流れる大元の力のことらしい。自然の動植物や、人間が体内に秘めている未知の部分を仙術は用いる。仙術は直接的な破壊力はないけど、気の流れからの探知や、肉体の内外強化、生命の流れを操作することができるヤバい術だ。対処法も限られているから、仙術を使う者との戦闘はできるだけ避けろってアザゼル先生から教わった。

 

 人間が仙術を使えると言えるのは、仙人や仏と呼ばれる実例があるからだ。有名なのはやはり、原作にも出てくるアルビオンのカウンセラーである玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)法師様だろう。彼のような高い徳を積んだ人間だからこそ、使える力なのだ。人間の中にも仙術を使える天才はいるらしいけど、それは本当に稀なことらしい。まずそもそも気を感じることが難しいと言われたな。

 

「俺も仙術が使えたら、色々役に立つだろうになー。第一、人間の中にある未知の部分ってどこだよ。この世界の人間って神器だけじゃなくて、不思議パワーとか実はあったりするのか?」

 

 ぺたぺたと身体を触ってみるが、やはり何もわからない。俺が転生したと自覚した時は、身体の中に以前にはなかった異物――神器の存在を感じ取ることができた。もしこの「気」というものも、同じようにこの世界にしかない力だったら、俺も感じ取ることができるかもしれないのかな。でも、生命力って言うんだから難しいかもしれない。前世の世界にも、気という概念は一応あったと思う。

 

 そういえば、さっきタンニーンさんから、俺は自分のオーラも全部相手に気づかせないように消してしまっていると言われた。だから、周囲のオーラを感じ取れるドラゴンに発見されるのだと。それってつまり、俺は外部への自分のオーラの流れを消せているってことなんだよな。

 

 だったら、俺が意識してオーラだけを消してみたらどうだろう。少なくとも、人間の体のどっかにはその未知の部分があるんだ。それを感じ取るのが難しくて、人間で仙術を用いることができる者が少ない。でもそれって、感じ取ることができるようになればいいってことじゃないのか。

 

 俺はものは試しだと、神器を膝の上に置き、目をつぶって集中してみる。オーラって要は生命力だから、全部消したら死んじゃうかもしれない。だから、少しだけやってみよう。両手で神器を握り締めながら、俺は能力を発動させた。

 

「……オーラの消去(デリート)

 

 呟くと同時に、俺の中にある「何か」が消えていく感覚を覚えた。そして次の瞬間、俺は目を見開き、慌てて口元を手で押さえた。視点が突如ぶれ、込み上がってきた嘔吐感に咄嗟に神器を手放す。身体に上手く力が入らず、とんでもない脱力感が全身を襲った。本気で気持ち悪い。身体の内側に嫌な違和感が未だに残っている。ほんのちょっとオーラを消しただけで、こんなことになるのかよ。オーラを攻撃する仙術が凶悪だって言うのが、よく理解できた。

 

「だけど、……なんかわかった」

 

 感覚的なことだし、上手く説明なんてできないけど、本当になんだかわかったのだ。あぁ、あれがオーラっていうか、人間の身体の中にある未知の力なんだって気がした。一瞬だけだったけど、その「何か」が消える感覚は、今でも俺の中にまざまざと残っている。

 

 俺は痙攣する手を開いたり閉じたりして時間を置くと、落とした神器を拾いに行く。次にすぐ後ろに生えている木に目を向ける。自然を感じ取るというか、自然のオーラってものが俺には理解できない。なら、工夫するしかないだろう。だって俺は人間だ。ドラゴンでも、妖怪でもないし、仙人になれるような徳もないんだから。

 

 俺は神器に意識を集中させ、相棒を通して世界を見るように傾ける。

 

オーラの消去(デリート)

 

 木に槍を突き刺したと同時に、木に溢れていたオーラがどんどん消滅していった。それに心の中で謝りながら、神器を通してオーラを感じ取っていく。木に宿る生命力を消滅という効果を通して見続け、遂に木はオーラを消されていったことによって、葉先から急激に老化していき、カラカラと枯れていった。

 

「ぷはぁっ!」

 

 俺は止めていた息を吐き、少し枯れた木に背中を預けながら倒れ込んだ。腕を上げて腕輪を見ると、レッドゾーンぎりぎりになっていた。危ない、かなり体力を持っていかれた。疑似仙術もどきは、攻撃にはちょっとまだ使えそうにないな。木一本をちょっと枯らすだけでこれだと、生き物相手には辛い。

 

 それでも、小猫ちゃんのように相手の気にダメージを与えられるようになれるかもしれない。俺の使う『意識の消去』は、格上相手だと上手くいってふらっとする程度らしい。だけど『オーラの消去』なら、ちょっと掠った程度でもキツイと原作で言っていた。これって、消耗はすごいけど逆転の一撃に使えないかな。先生にまた聞いてみよう。

 

 そしてたぶんだけど、なんとなくオーラというものが掴めた。神器を通して感じたオーラの流れ、先ほどまでとは違い俺の目に映る景色が少し変わった様に思う。あの時感じた身体の中の感覚も、少しだけ理解できた。

 

 それから俺は、ゲージが半分より上になるまで、身体を休めるために仮眠を取った。眠りは一番回復が早いのだ。魔物除けの魔法の道具を周辺に張り、腕輪の機能の一つについているタイマーでアラームをかけておく。残り時間が少なくなっちゃうけど、次に目を覚ました時は絶対に子竜たちを見つけ出してやる。

 

 

 

「さてと、やるか」

 

 アラームが鳴り、だいぶすっきりした俺は身体を伸ばして準備運動をした。空は暗がりが少し広がってきているので、夕暮れまであと一時間と少しぐらいだろう。だけど、やるだけやってやるさ。

 

「さすがに、自然のオーラに溶け込んだ相手を見つけるのは、今の俺の実力じゃたぶん無理だ。たった今感じたばかりの気で探索するのも無謀。それなら、俺自身に効果を及ぼすしかない」

 

 先ほど感じ取った自然のオーラ。俺は自分のオーラを相手に感じ取らせないようにすることならできる。だったら逆に、俺自身が自然のオーラを感じられないようにすればいいのだ。どれだけ自然に紛れても、その紛れ込むはずの自然のオーラを俺が遮断してしまえば、残るのはそれ以外のもの。木を隠すなら森の中なら、その森自体を見えなくしてしまえばいい。

 

Remove(リムーブ)

 

 俺自身が感じ取るものの一部を、取り除くように消滅させる。全てを消すのではなくその一部のみを取り除く故に、能力の発動キーを変えることにした。ちょっとの違いなんだけど、自分でもわかりやすい方がいいだろう。

 

 日本に帰ってからも練習し続けた清掃掃除のおかげで、全体から一部を消滅させることはそれなりにできるようになったからな。俺は紅の光に包まれながら、俺に与えてくる自然の息吹を、木々のオーラを自分が感じ取れないように消し去った。

 

 次に感じたのは、静寂だった。音はある、鳥だって鳴いている。草が風で揺れる音だってする。だけど俺が感じるのは、あれほど溢れていた命が消え去ってしまったような静寂。まるで映像を見ているようだ。目で見え、音も聞こえるのに、何も感じないようなあの感覚。手で近くの木を触ってみるが、まるで無機物に触れているようである。肌触りだってちゃんとあるのに、生きているように感じられなかった。

 

 自分でもちょっと気味の悪い思いが起こるが、少しの我慢だ。俺は自然のオーラを取り除いた状態で、神器を通して周辺を探る様に見通した。すると先ほどまで、感じられなかった小さな生き物の気配がはっきりと俺に伝わってきた。木の中に隠れる鳥や、草むらに潜む兎のような生き物、地面の中にいる虫さえもわかる。こんなにも自然の中に隠れていた生き物がいたのか、と驚いてしまった。

 

 そして歩き始めて数分して、森の中に他とは違う強い気配を感じ取った。タンニーンさんや他のドラゴンさん達と比べると小さいけど、その力強いオーラは誤魔化せない。今まで森に溢れる命のオーラで隠されていただろうその存在を、俺ははっきりと感じ取ることができたのだ。

 

 俺は重力を消滅させ、身体を浮き上がらせる。木と木の間の隙間に上手に隠れていたのだろう子竜に向け、お決まりのセリフを口にしたのであった。

 

「みーつけた」

「うそー」

 

 俺が葉っぱをかき分けると、そこには赤い鱗を持つチビドラゴンが隠れていた。真っ直ぐに自分へと向かってきた俺に瞳が大きく開かれている。どうやら俺のドッキリは成功したらしい。自分でもズルかもしれないとは思うけど、タンニーンさんは神器の能力を使うことに許可は出していたんだ。作戦勝ちってことで許してくれるよね。

 

 そうして残り時間いっぱいを使って、俺は子竜たち十二匹を無事見つけることに成功したのであった。

 

 


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