えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二十八話 魔龍聖

 

 

 

 あれから俺はラヴィニアの手を引いてあの場所から離れ、どうやって最後の地獄を乗り越えるか頭を巡らせていた。とにかく、戦力差を確認しないといけない。煩いぐらいに鳴る心臓を抑えるように大きく息を吐きながら、俺たち用に用意されていた部屋に座り込んだ。お互いに無言が少しの間続いた。

 

「……ラヴィニア、一撃入れられそう?」

「さすがに難しいのです。私の神器は氷雪系で、炎を司るドラゴンとはあまり相性がいいとは思えません。たぶん、私の実力では力負けしてしまうと思うのです」

「昨日追いかけ回された時、本気で一発神器を当ててみたんだ。もちろん、消滅の効果で空気抵抗も消して、全力で『Ruin』を纏わせて。タンニーンさんは堂々と真正面からそれを受けてくれたんだけど、……皮膚にすら刺さらなかった」

「……ありゃーです」

 

 本当にありゃーだ。これ、どうやって一撃を入れろと? まず問題として、俺にできる援護がほとんどない。消滅の投槍(ルイン・ジャベリン)は、相手に突き刺さらないと効果を発動できない技だ。ダーツじゃ駄目なら、もっと大きくすればいいのかもしれないけど、たぶん俺が扱えない。槍を投げるって、かなりのコントロールと力がいる。

 

「私の神器『永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』は、氷故に壊されても何度でも修復できます。ですが、今の私では三メートルぐらいの大きさを作り出すのが限界なのです。それ以上の大きさですと、細かい制御が難しく誤って暴走する可能性があります」

「神滅具なんて呼ばれるすごい神器だし、制御が大変なのは当然だよな。……ちなみにだけど、ラヴィニアって禁手(バランス・ブレイク)はできたりするの?」

「えっ!?」

 

 俺の言葉に彼女は驚きに目を見開き、ぶんぶんと首を横に振る。原作では禁手(バランス・ブレイク)がバーゲンセール並みに乱立していたから、ちょっとホッとした。さすがに十歳ぐらいの女の子が、すでに神器の最終奥義的なものまで修めていたら、パートナーとしての俺の立ち位置的に焦るよ。一応聞いてみただけだったので、気にしないでと誤魔化しておいた。

 

 元々禁手を扱える人材がいっぱいいる方がおかしい、って原作のアザゼル先生は言っていたから、この時代では本当に稀な現象なのだろう。ちなみに禁手とは、神器の力を高めることによって、ある領域に至った者が発揮する世界の均衡を崩すほどの大きな力のことだ。神器の切り札と言ってもいい。それ故に扱いが難しく、力の制御や消耗が激しいものもあった。

 

 神器は所有者の思いを糧に、変化と進化をしながら強くなっていく。しかしその思いが、この世界に漂う「流れ」に逆らうほどの劇的な転じ方をした時、次の領域に至る。均衡を崩す力、故に禁手(バランス・ブレイク)と呼ばれるのだ。その力は、上級悪魔にすら匹敵するほどと言われていたと思う。

 

 世界の流れすら崩す思いか…。俺はそんな思いを抱ける日が、いつか来るのだろうか? 正直、俺の性格的に一番禁手に遠い気がする。自分が情けない自覚はあるから。少し落ち込んでしまったが、俺は首を勢いよく振って、今どうしようもないことは振り払う。とにかく、今俺たちの持つ手札の中から、できる全てでやるしかないのだ。

 

 俺の手札は神器だ。これしかないと言っていい。俺自身に消滅の効果を使っても、今回の戦いではあまり効果を発揮できないだろう。消滅の枠は四つ使えるが、内一つは冥界で過ごすための生命線に使ってしまっているので、実質三つだ。この三つの枠で、俺はいったい何ができる。

 

 考えろ、本気で考えろ。俺にできることを。神滅具で厳しいのなら、たぶん魔法も無理だ。いや、でも隙はつくれるかもしれないか。でも隙を作れても、あの元龍王様にダメージを通せる一撃なんてどうやって作れと? 兵藤一誠のようなパワーが俺たちにはない。相手はドラゴンで、しかも転生悪魔の特性まで持っているのだから。

 

 ……あれ? もしかして、あれだったらできるかもしれないのか? そうだ、だってタンニーンさんは――。

 

「ラヴィニア、もしかしたら一撃だけなら、タンニーンさんにダメージを与えられるかもしれない」

「本当ですか?」

「ただ、気づかれたら絶対に警戒される。だから、その一撃を入れられる状況を作らないといけないんだけど…」

 

 ラヴィニアに思いついた方法を話すと、彼女はぱちくりと目を見開く。そして、「それなら確かに、一撃っぽいのは入るのです」と同意をもらえた。一筋の突破口が見えたことに、ようやく固かった俺たちの表情に笑みが浮かぶ。なら後はどうやって、その状況を作り出すかだけど……。

 

 

「おーい、子どもたちよ。そろそろ始めないと日が暮れるぞ。普通は戦闘前に、こんな風に悠長な時間なんて取れないんだからな。何より俺は早く帰って、竜の鱗を使った発明に戻りたいんだが」

「ちょっと待っててくださいよ! 無茶ぶりをしたのはそっちなんですからっ!? 研究や発明なんかよりも、可愛い生徒の無事を願うのが先生ってもので…………」

「おい、カナタ?」

「アザゼル先生、発明、合体、世界観ぶち壊し……」

「おい、なんだその単語の羅列」

 

 先生がなんか言っているけど、俺は思考の中に潜る。アザゼル先生を見て、彼が原作で見せていたある姿を思い出したのだ。もしかして、俺の力なら再現できるかもしれないか? いや、たぶんできる。これなら俺にもできることがある。

 

 しかもラヴィニアを最大限にサポートできるし、彼女の戦術もかなり広がるはずだ。接近戦が苦手でパワーが足りない俺たちが、作り出す新たな手札。彼女の神器と俺の神器なら、きっとできるはずだと思いついた。

 

「ラヴィニア! ちょっとこれができるか教えてくれ!」

「えっ、なんですか?」

 

 俺の声掛けに不思議そうにしながら、俺の方に耳を傾けてくれる。俺はこしょこしょ話をするように声を潜め、思いついた内容を彼女に告げていく。それにさっきの提案以上の驚きを一瞬見せたが、次に彼女はキラキラと目を輝かせた。

 

「やってみたいのです! カナくん、それやってみましょう! 私が見てみたいのです!」

「だよな、見てみたいよな!」

「はい、頑張ってみるのです。カナくんが教えてくれた日本のアニメを、この手で再現してみせるのです!」

「な、なぁお前ら。何をする気だ。というか、何を思いついた。碌でもないことのような気がするんだが…」

 

 そもそもの元凶である先生には絶対に教えません。アイデアが浮かんだ俺たちは、先生は放っておいて小声のおしゃべりを再開する。それに「教え子が先生をはぶり出した…」と、なんか聞こえた気がしたけど、今は気のせいと思うことにした。

 

 相手はタンニーンさんだ。長期戦は不利で、自力は向こうが圧倒的に上。普通の攻撃じゃ、彼の固い身体に決して届くことはない。だったら、パワー対決なんてしない。なんで相手の得意な戦い方に合わせる必要がある。なんでもいいから、一撃入れたらこっちの勝ちなんだ。うん、『どんな一撃でもいい』と言ったのは向こうだ。だから自重なんてしない。

 

 こうして夏休みの冥界修行最後の日、ラヴィニアと俺のタッグによる、対タンニーン戦が始まるのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「どうした、アザゼル」

「いや、作戦会議中だからと仲間外れにされちまってな」

 

 タンニーンは遺跡から頭を掻きながら出てきたアザゼルに不思議そうに声をかけると、返ってきたのは笑いを含んだ答えだった。堕天使と元ドラゴンであるが、お互いに長い付き合いだ。しかし今回のように、世間話をするような間柄ではなかった。事務的な話や取引などは何度かあったが共通の話題はなく、つかず離れずな距離であった。

 

 それが今回、子どもの引率という形で彼が訪れたことで、共通の話題ができてしまった。組織の総督が何をやっているんだ、とは思ったが、こういう男であることも知っていた。メフィストを通して、彼が戦争を望んでいないことも知っている。しかしつかみどころのない、油断ならない男ともわかっていた。そんな男が、齢十歳ぐらいの子ども二人に振り回されているのだ。それに、思わず喉が鳴ってしまった。

 

「おい、笑うなよ」

「くくくっ、これぐらい許せ。しかし、いつの間にお前は先生などになったんだ?」

「つい一ヶ月ほど前にだよ。神器のことを教えるから先生ってな。言っておくが、言い出しっぺは向こうだぜ」

「それを許容している時点で同じだろう。俺もお前のことを言えんがな」

 

 メフィストからの頼みもあったとはいえ、あの少年を鍛えたのは己だ。まさか自分が他種族の、それも人間の子どもを鍛えることになるとは思っていなかった。性格は臆病で人間らしいが、文句を言いながらもよく頑張ったものだろう。少年自身は普通の子どもであったが、ただあの神器は面倒だとは感じていた。

 

 メフィストとアザゼルが警戒するだけはあるだろう。本人がいまいちわかっているのかが難しいが、あまり押さえつけすぎるとあの性格では逆に力を発揮できなくなる。少なくとも、本人は強くなろうという気持ちはあるのだ。しばらくは様子を見ながら、見守るのが最善だと感じた。

 

 

「それにしても、俺と戦うための作戦会議か。ふっ、まぁ精々楽しませてもらおう」

「あぁー、それなんだけどなタンニーン。油断していると、マジで一撃をもらうかもしれないぜ?」

「何?」

「俺としてはこの最後の修行は、本物の実力者との経験値を得られればそれでよかった。尋常じゃない戦闘体験は、神器の質をより高めるからな。お前に一撃入れるなんて、あいつらの実力じゃまだ無理だ。可能性があるとすればラヴィニアだが、あいつは己の中のものを出し切ることにまだ踏ん切りがつけられていない。単純に、実力差がありすぎる」

 

 それは、始まる前から出ていた結論であった。タンニーン自身も、アザゼルと同じ見解だ。手加減はするが、それで手を抜くつもりはなく、わざと勝たせてやるほどドラゴンは甘くない。ドラゴンとは力の塊であり、戦う者だ。負けることを何よりも嫌う者が多い。タンニーンも他のドラゴンに比べれば血の気はそれなりに低いが、本当にそれなりである。強敵との戦いを常に望み、高みを目指す志は今も消えずにあった。

 

「そこまで言いきっていながら、根拠は何だ?」

「……なぁ、タンニーン。俺はよぉ、神器を研究することが好きだ。あれは面白れぇ。俺のコレクター魂を刺激してくるし、持ち主によって成長の方向性も変わっていく。単純な力では測れない、一つの可能性の塊だと思っている」

「…………」

「だが、戦争が終わってもうかなりの時が過ぎた。全てを調べ尽くせたとは思っちゃいねぇが、それでも俺の興味を刺激するような可能性を魅せてくれるものは減っちまったのも事実だ。そんな俺が、先を見てみたくなるような楽しみが最近一つ増えた」

「……例の神器か?」

 

 訝しげに告げられた答えに、アザゼルは面白そうに目を細めながら首を横に振った。

 

「それもあるがな、俺が見たいのは――あのバカのやらかしだよ。リミッター外すわ、仙術もどきを開発するわ、なんでそっち方面に行くっていいたくなるようなアホなことを時々思いついてきやがる。普段はどうしようもないやつだが、思わず呆れたくなるようなことを無自覚に仕出かしてくるからな。何よりもあーいうやつは、周りも動かしてくる」

 

 はっきり言えば、なんかズレているのだ。他の人間と同じようなはずなのに、どこか違う。これでも胡散臭いやら、信用ならないと言われ続けてきた堕天使の総督だ。そんな相手を先生と認め、しかも全面的に信頼を寄せてくる。

 

 ドラゴンとの修行をさせるために、アザゼルは「日常には戻さない」と彼が大切にしているものを強引に踏みにじった。それなのに、この人は自分を裏切らない、と無自覚に思っているのだ、あの少年は。その根拠はわからない。彼が一番に驚いたのは、その向けられる真っ直ぐな信頼だったのだから。

 

 神器は所有者の思いに応える。神の残した置き土産は、これからどのような成長をしていくのか。力に溺れるのでもなく、怯えるのでもない。身体も心も弱い人間が、自分なりに未来を生きるために、必死に足掻いて神器を使いこなそうとしている。方向性を定めて後ろを押してやらないとなかなか成長しないが、それぐらいの手間程度ならかけてやってもいいか、と自称ヒマな堕天使が思えるほどには楽しみの一つになっていた。

 

「どうやらそのバカが、なんか面白いことを思いついたらしい。なっ、楽しみだろう?」

「なるほど、ドラゴンが勝つか、バカが勝つかか。……しかしいいのか、俺にそんなことを教えて」

「俺をはぶった仕返しだ」

「子どもか、お前は…」

 

 元龍王に呆れられながら、堕天使はカラカラと笑った。それから二人は、遺跡の出口にゆっくりと近づいてくる気配を感じ、口元に笑みを浮かべ合う。タンニーンは腕を組み静かに待ち、アザゼルは壁に身体を預け見物の姿勢に入った。

 

 

「もういいのか?」

「えーと、はい。一応頑張ります。ところで、俺たちは一撃入れたら勝ちですけど、俺たちの負けの判定ってどうなるんですか? タンニーンさんの一撃を受けただけで、こっちは普通に死にそうなんですけど」

「あぁー、そうだな。どうする、タンニーン?」

「手加減はしてやるが、攻撃を受け流したり、こちらも反撃はさせてもらうぞ。危険だった場合はアザゼル、お前が間に入れ。大戦後から研究ばっかりだろうが、それぐらいできるだろう」

「まぁ、そんぐらいはしますかねぇ。それじゃあ、俺が間に入ったらお前らの負けでいいな」

「……わかりました」

 

 奏太はルールを確認すると、難しそうな顔で頷いた。小声で「タンニーンさんやっぱり容赦ねぇ…」と、ぶつぶついつものように呟いているようだ。ドラゴン相手に恐怖や緊張でガチガチになっていないかアザゼルは思案していたが、その心配はないらしい。ドラゴンと過ごした二週間で、だいぶ度胸はついてきたのだろう。

 

 さて、ラヴィニアは足りないパワーをどう補うか。奏太は自分の神器の能力が効かない相手とどう戦うか。二人はそれぞれの武器を手に、真っ直ぐに広場へと足を進めた。

 

「先攻はお前たちにやろう。さぁ、始めようか」

 

 タンニーンからのハンデ宣言に奏太たちはお互いに一瞬目を合わせると、同意するように頷いて見せる。そしてラヴィニアが一歩前に出て、両手を静かに横に広げた。小さく息を吸い込み、彼女の周囲に光る粒のようなものが舞い始める。どうやらさっそく手札を切るらしい、とその動作から悟る。そしてその選択は正しい。実力差のあいた相手に、ゆっくり準備する機会などないだろう。タンニーンからのハンデを、彼らは有効活用することを選んだということだ。

 

《――悠久の眠りより、覚めよ。そして、永遠なる眠りを愚者へ――》

 

 水色の神秘的な輝き、深淵を感じさせるような深い青の瞳。周囲を包み込もうとする冷たいオーラに、以前よりも冷気の質が上がっていることをアザゼルは感じ取る。おっとりした性格のラヴィニアだが、思考の切り替えが上手く、勤勉さや真面目さは魔法使いとしての要素を順調に伸ばしていた。当然、それは神器にも作用する。修練を欠かさず積み重ねてきたことが、メフィスト・フェレスの秘蔵っ子と呼ばれる実力へとさらに磨かれていた。

 

 彼らの目の前で雪吹が吹き荒れ、氷の塊が人型を取り出す。三メートルはあるだろう氷の人形は美しいドレスを纏い、四本の腕を軋ませる。しかし相手は、十五メートル級はある巨大なドラゴン。傍から見たら、大人と子どもよりもひどい差だ。それでも作り出された六つの目は、怯むことなく前方を見据える。

 

 十三の神滅具の一つ『永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』。その氷はあらゆるものを凍てつかせ、眠らせる。中でも凶悪なのが、氷でできた独立具現型神器であることだ。この氷の姫には痛覚が存在しない。さらには壊しても何度でも修復され、持ち主を倒さない限り再生され続ける。氷姫そのものが相手を凍てつかせる冷気を纏っているため、触れるだけで相手を凍らせてしまうのだ。

 

 故に、この独立具現型神器との接近戦は危険極まりない。拳を放てばその拳から凍らせ、武器を介してもその武器自体を凍らせてくる。さらに神器発動の副次的な効果によって周囲の温度は下がり、時間が経つにつれ体力を奪われ、足元は氷で覆われ氷姫にとって有利なフィールドへとなっていくのだ。

 

「……消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)

 

 畏怖を纏いし姫ができあがったと同時に、紅の槍が奏太の手の中で光り輝く。消滅の能力を司る、本来の能力から外れてしまった異端の神器。龍王のオーラと神滅具のオーラに呼応しているのか、今までよりも強く反応を示していた。

 

Analyze(アナライズ)

 

 冷風が吹きすさぶ中、静かな声が響く。少年の手にあった神器が輝き、力が分解されたことによって一本の槍が新たに作り上げられ、ザクッと地面に突き刺さった。左手に大元の神器を握り直し、彼は地面に刺さった一本を右手で引き抜いた。

 

「神器の力の密度から、大元に一つ、今カナタが引き抜いたのに三つの能力の分け方か。大元は冥界で過ごす様に使っているって感じかねぇ」

 

 アザゼルは顎に手を当てながら分析する。さて、四つの消滅の枠を分解した二本の槍でどう戦っていくのか。いくら氷の神滅具でも、魔王級の火を生み出すドラゴン相手では分が悪い。

 

 

「……まず俺とラヴィニアの共通の見解として、タンニーンさんに永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)消滅の投槍(ルイン・ジャベリン)自体は効かない。ラヴィニアの氷は、龍王の炎を凍らせるだけの力がない。そして俺の実力じゃ、炎を消したり、その強靭なドラゴンの皮膚を消滅させたりもできない。だから、俺にタンニーンさんを弱体化させたり、隙をついたりするようなサポートもできないとわかりました」

「ふむ、なら諦めるか?」

「いえ、一個だけ試してみたいことができたんです。サポートって、別にジャマーだけじゃないですよね。タンニーンさんに効果がないのなら逆転の発想をすればいい。単純に味方を強化すればいいんだって思いついたんです」

 

 奏太は引き抜いた槍を右手に構え、大きくゆっくりと振りかぶる。

 

「俺の神器は刺さらなきゃ他者に効果が発揮できない。でも俺自身はこの神器に触れるだけで能力が発動できた。俺は今までこの槍の効果で、たくさん助けられてきました」

 

 自身に消滅の能力を使うことで、気配を消したり、傷を消したり、重力による影響を消したりと様々なことができた。はぐれ悪魔も、はぐれ魔法使いも、ドラゴンとの修行も、そんな神器の能力に助けられてきたのだ。

 

「でも、これも俺の実力不足で真価を発揮することができないんだ。悔しいよ。もし自分の空気抵抗を消せたら高速移動だってできるかもしれないし、反動などを消せばすごい物理攻撃だってできると思う。でも、俺の体力で接近戦なんてしたらすぐにガス欠だし、何より人間の身体じゃそんな無茶をすれば即自壊だ」

 

 他者に施すにも、槍で刺し続けるなんてさすがにできないし、下手に能力を使えば簡単に壊れてしまう。だから強化は保留にし、敵を弱体化させることで効果を発現させる手を取ったのだ。だけどその時、彼は閃いた。もし、そんな自壊の心配がない味方なら、すべての問題が解決されるんじゃないかと。

 

「だけど、もし槍を突き刺しても、痛みを感じないような味方なら。もし無茶な能力操作をしても、自壊をしないような身体なら。しかも壊れても何度だって再生でき、敵に向かっていけるのだとしたら。俺と同じような能力を持った、無限にも等しい再生能力を持った超常の存在。それって、……最高だと思わないですか?」

「――おい」

「……倉本奏太、ラヴィニア、お前たち」

「一つずつじゃ駄目なら、組み合わせればいい。神器合体(セイクリッド・ユニゾン)。これが俺とラヴィニアの相性を最大限に生かした、格上と戦うために見つけた方法です!」

 

 アザゼルとタンニーンは、ようやく彼らの目的に気づいた。神器同士を組み合わせる。神器所有者同士で連携をするのではなく、神器同士を合体させ、二つの力を一つにする。なんだそれは、と思わず思ってしまった。しかし、理論上はできるだろう。氷という無機物でありながら独立具現型神器である神滅具と、突き刺すことで消滅の効果を司る神器なら。

 

 奏太はそのまま手に持った槍を、――永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)に勢いよく突き刺した。ラヴィニアが氷姫の身体に薄い氷の膜を作り、そこに紅の槍を刺す場所を作ったのだ。次に氷でその槍を覆い、神器が抜けないように頑丈な守りを用意する。奏太の神器を取り込んだ氷姫の瞳が、紅の色に輝きを染めた。

 

「いくのです、氷姫人形(ディマイズ・ギアドール)!」

 

 ラヴィニアの声に反応するように、氷の姫のフォームが変化していく。嫋やかなドレスにスリットが入り、動きやすい形に。結い上げられていた透明な髪は、ストレートに背中に流れた。そして人形の関節部分に氷が張りつき、まるで鎧のように身体を覆っていく。さらに背中から妖精のような氷の羽が、四本の腕から氷のブレードが生え、その姿は戦女神のように戦意に満ちていた。

 

 スラリとした女性型の氷の身体が、前に右手を突きだし、敵に向かう構えの姿勢を取る。生気の感じられない冷たく武骨な姿の中に、どこかロマンという名の熱さが宿っているような気がした。

 

 奏太が思いついた神器合体――これはアザゼルの発明品を思い出したことによって生まれた。マッド思考で自分の欲望に忠実な科学者は、ファンタジーな世界にロボットやUFOをノリで作っていた。それで思いついたのだ。

 

 氷の身体をもつ遠隔操作ができる巨大神器に、消滅の槍をぶっ刺せば、能力の力で空へ飛ばしたり、Gを無視した高速移動ができたり、氷だから腕を飛ばしてロケットパンチもどきをしたりできるかもしれないと。ファンタジーな神器だけど、遠隔操作ができるところはロボットっぽいし、ぶっちゃけやってみたいから世界観なんてこの際いいよね。的な考えで、氷の神器ロボットは日の目を見ることとなったのであった。

 

 これは、アニメや漫画が大好きな日本人と、日本文化に刺激されちゃった外国人が、勢いを燃料に思いつきで作り上げてしまった合体技。それこそが、神器合体。『氷姫人形(ディマイズ・ギアドール)』だった。

 

 

「よっしゃぁ! 次に行くぞ、ラヴィニア! ロボットって言ったら、やっぱり空を飛ばなくちゃカッコつかないよなっ!」

「はいです! カナくん、やっておしまいなさいなのです!」

「まっ、待てお前ら! ロボット!? 人間の文化で存在は知っていたが、ここで何故ロボット! というより、そのテンションの高さはなんだッ!?」

「ロボを自分の手で遠隔操作とはいえ動かせるなんて、子どもの憧れじゃないですか! こんなことが実現できるなんて、やっぱりファンタジーはすごいですよねっ!」

「それはファンタジーではないっ! バカ者がァァァッーー!!」

 

 タンニーンの叫びが峡谷を揺らした。

 

「そうだぜ、お前ら! なんてことをしていやがるッ!?」

「アザゼル!」

「そんな楽しそうな作戦になんで俺を参加させなかったァッ!? 俺がいれば、さらに美しく洗練されたフォームの案を出してやったり、面白いギミックをもっと搭載してやったりと色々したというのによォォォッーー!!」

「ここにはバカしかいないのかァァァァァッーーーー!!」

 

 心底悔しそうに拳で地面を叩く堕天使の総督様と、常識がある故にかわいそうなの称号をいただいた龍王様の心からの思いのたけが、峡谷中に木霊したのであった。

 

 


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