えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第三話 日常

 

 

 

「今日のパトロール終了ぉー、特に異常はなし」

 

 よっ、と軽い掛け声と一緒に夜の街を駆けていた俺は、ビルの天辺から街を一望していた。ここは俺のお気に入りの場所の一つで、まるでイルミネーションのような色とりどりに輝く人工的な光が見られるのだ。ただ風が強いので、まだまだ幼い俺の身体じゃ吹っ飛ばされることもあるため、注意は必要である。

 

 神器を発現させてから、早四年が過ぎた。短かったような、長かったような不思議な気分だ。当時七歳だったから、あの時の姉ちゃんと同じ十一歳に俺はなった。神器の効果のおかげか、運がよかったのか、未だに俺は人外関係に遭遇することなく平穏に暮らすことができている。積極的に裏関係を探しはしなかったけど、それでも一度も遭遇なしなんだから、俺の幸運値は悪くないのかもしれない。槍兵って、大抵幸運値の低い人が多くて悲しくなるからな。ジンクスの改善を求めたい。

 

「うおっと、今日はちょっと風が強いなー。なぁ、相棒。この周辺一帯の風を消滅、……は俺の力量じゃ数秒が限界なのね。それなら、それで力を使うのはもったいないか。実体がないものや流動的なものは、やっぱりめんどくさいなぁ」

 

 ビルの屋上の手すりに身体を預けながら、自分の肩に立て掛けている紅の槍に目を向ける。赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)のような神獣・魔獣系を封印した神器ではないからか、または目覚めていないからか、この槍は大変無口である。大体俺が独り言をしゃべる羽目になる。なら、話さなければいいんじゃないかと思うが、なんとなくこいつの思念みたいなのは感じられるのだ。

 

 俺が「これ消せる?」と聞くと、頭の中に「いけるんじゃない」や「無理無理」みたいな思念っぽいのが流れてくるのだ。頭の中で聞くだけでも問題ないが、ずっと無言だと憂鬱になるし、ちょっと寂しい。なので、俺は返事がこないとわかってはいても、こいつに語りかけるようになった。もしかしたら、話すことはできないけど、意思はあるのかもしれないから。あったら色々話したいなー、願望だけど。

 

「それにしても、平和そのものだな。……思えば、はぐれ悪魔の襲来とかって、災害にあうぐらいの確率なんだよな本来。兵藤一誠にはドラゴンが宿っていて、それが騒乱を呼ぶみたいな表記があったし、普通はこれが当たり前なのかな」

 

 凭れかけていた手すりから立ち上がり、右手で槍を持ち、左手で服に着いた砂埃をはたく。俺の目に見える平和な世界の裏で、たくさんの悲しみが、命を奪い合う争いが行われているなんて、信じられないぐらいだ。それでも、俺はそれを知っているのだ。そして、知っていて未だに俺は何もしていない。少しばかりの罪悪感が胸をよぎったが、俺にはそうするしかないのもまた事実だった。

 

 この世界が本当に、『ハイスクールD×D』の世界なのか。これを調べるのは慎重、かつ火急な内容であった。神器を使いこなすことと同時並行で、図書館やパソコンで調べたり、原作知識を書き起こしたりなどの作業を行った。さらに俺が知っているだけの危なそうな名前の街を、電話帳や日本地図で虱潰しに探す。いくつか表に関係があるキーワードを、片っ端から俺は検索したのだ。

 

 もしかしたら、二次小説で時々見かける『テイ○ズ(技だけ)』みたいな感じの神器のみクロスの可能性もあったからだ。「海鳴市」とか、「学園都市」とか、「冬木市」とか、「麻帆良」とか、そういう死亡フラグ的なところは重点的に調べる。まさかのクロスオーバーで、めっちゃ混沌! なんて事態になったら、目も当てられないと割と必死に頑張った。

 

 そんな俺の願いが通じたのか、俺の目に留まったのは「駒王町」という地名のみであった。これに安堵するべきか、やっぱりと嘆くべきなのか、数分間ほど悩んだ。ともかく、まだ確証はないが、ここが『ハイスクールD×D』の世界だと想定して動いた方がいいと結論付け、俺は少しずつ行動を開始することにしたのだ。

 

「一番気になるのは、二次小説でもよくある俺以外にも転生した人がいるかどうかだよな。こればっかりは、原作との差異でしかわからなさそうだけど。あと、創作ものの転生系のお約束って、何かあっただろうか…」

 

 商業やネット小説の読み過ぎなのかもしれない。妄想の産物だと笑うべきものであり、考えすぎなところもあるだろう。だけど、俺にとって今は現実なのだ。いつか俺の身に起こるかもしれない。解決はできなくても、想定だけはしておくべきだと思うのだ。正直、どうしようもないことの方が多いけど。

 

 

「いかん、ちょっと憂鬱になってしまった。今日は疲れたし、そろそろ帰るかー。さすがに眠い。寝不足を消すことはできるだろうけど、寝ないと身長が伸びないしなー。ほどほどが一番。……えっ、そんなしょうもないことに能力を使うなって? だって、便利じゃん」

 

 「寝不足消滅」の俺の言葉に、ものすごく何か言いたげな思念が送られてきた。この神器の消滅の効果、俺を対象に能力を発動する時は、それなりに融通が利くのだ。昔、突然の尿意を感じて、でも近くにお手洗いがなかった時など「消滅せよ、俺の尿意の元!」で黒歴史を回避したりと大変お世話になった。ちなみにその時は、なんだか静かな怒りの思念を感じたかもしれない。

 

 他人に効果を発動しようとすると、途端に難易度が跳ね上がるので、神器のコントロールの訓練も含め、俺を対象に細かい制御をするように四年間修業を行ってきた。おかげで、俺が一度に消滅できる選択の枠を増やすことができたのだ。今は最大で三つである。普段は槍の先端で触れたものを物理的に消滅させるものだが、選択の枠で対象を設定すれば、それのみを消滅させられるようにもなった。

 

 これがとても便利なのである。例えば、骨の多い魚が苦手な俺でも、「骨よ、消滅せよ!」と設定して魚に刺せば、魚の皮や身は残り、骨だけを消してくれるのだ。素晴らしすぎて、思わず涙が出るかと思った。ちなみにその後、相棒にずっと無視されてしまったので、お風呂で謝りながら綺麗に洗いました。

 

「それじゃあ、いつも通り頼むな。『対象は俺』で、『神器の波動』、『俺の気配』、『重力』を消滅させよ」

 

 紅の槍を改めて握り直すと、赤い光が俺を包み込むように広がった。もう慣れた感覚だが、夜の街探索は基本この三つを消して行っている。疑似気配遮断は、周りに気づかれなくなるので何かと便利だ。小学生が夜中に歩き回るなんて、補導ものだし、危ないからな。重力の方は、これで空を飛びあがれるようになって、探索範囲が劇的に増えた。ここまで飛べるようになれたのは、四年間の修行の賜物だろう。最初は、激突したり制御できなかったりで、色々大変だったとしみじみ思う。

 

 もし四つ目のスロットができたら、次は『周りからの俺の姿』を消せないか考えている。気配は消せても、防犯カメラには映ってしまうのだ。まぁ、この時代の防犯カメラは映りが悪いし、高価なものだから数もあまりないのが救いか。あと消すものによって、疲労度が違うからそこの検討も必要である。色々と応用ができそうな力だから、研究ノート(別名:黒歴史ノート)にまとめるのも俺の日課の一つであった。

 

「明日は隣街にでも行ってみるかな、港とかが確かあったはず。夜の海とか、綺麗だろうし。あっ、でも灯りとかあるかな」

 

 重力を消したりつけたりで調節しながら、信号機の上、電柱の上などをポンポン跳んでいく。これが一番スピードが出るのだ。スペック的に一般人なのに、神器があるとあっという間にビックリ人間の出来上がりである。神器所有者が危険視されるのも、わからなくはない。俺だって、神器のことは誰にも話せていないのだから。

 

 暗闇の中に浮かぶ月の明かりが綺麗だなー、と思いながら俺は真っ直ぐに帰路へとついた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「えっ、今日って集団下校になったのか?」

「あぁ、奏太はお昼休みにドッジに行っていたから知らないのか。たぶん五時間目に説明があると思うけど、昨日隣の市内で行方不明者が出たみたいなんだ。それで、付近に不審者がいるかもしれないからって、授業が一時間短縮になるらしいぞ」

「ラッキーだよな、今日は早く帰れるぜ。なぁなぁ、俺の家で放課後みんなでゲームでもしないか?」

 

 小学生の視点じゃ、学校の授業が一時間減ったことばかりに集中してしまうのは当然だろう。しかし、さすがに近くの市内での行方不明者ということで、かなり厳しく先生からのお話を受けた。保護者あてに電話連絡もされているらしいから、子どもの外出は禁じられるだろう。ゲームをしよう、とはしゃいでいた友達の肩が残念そうに落ちている。

 

 俺だって何も知らなければ、きっとみんなと同じように不謹慎だけどはしゃいでいただろう。だけど、ここがあの世界だと知っている俺としては、行方不明という言葉に背筋が冷えてしまう。人間が起こした事件の可能性はある。だけど、もしかしたら裏の事件である可能性もある。こういう事件が起きるたびに、人が起こした事件であってほしいと心の底から願ってしまう。

 

「……今日は家で大人しくした方がいいだろうか」

 

 もし裏の事件なら、犯行は夜に行われるだろう。堕天使やテロ組織なら、対象を殺すか攫うかしてそれで終わりになる。教会の粛清なら、表側に知られる前に揉み消すだろうからこの線は薄い。ここで一番恐ろしいのは、はぐれ悪魔だ。悪魔の活動時間は夜。夜はやつらにとって、狩りの時間なのだ。連続で行方不明者が現れるかもしれない。

 

 俺の毎日の日課であるパトロール。これは、神器の修行や俺の体力作り、そして裏関係が俺の近くに起こっていないかの調査のためであった。それなら、今日のパトロールをしっかり行うべきではないだろうか。そう思う気持ちはあるけど、もし本当に裏関係だったらどうしようという恐怖が胸に渦巻く。自分でも重い溜息が、思わずこぼれてしまった。

 

 まず、俺は戦えない。神器の強さが不安とかいうレベルではなく、俺には戦う覚悟がないのだ。無機物相手なら、今まで神器の能力でたくさん試してきた。だけど、神器を生物に試したことが俺にはない。相棒の思念から、今の俺なら生物を対象にできなくはないらしい。でもだからって、それで試そうとはとても思えなかった。生き物を殺す覚悟どころか、傷つける覚悟すら俺にはないのだ。

 

 そんな俺のパトロールなんて、結局は自分の心の平穏を守るためでしかない。怖いのなら、ひっそりと息をひそめて隠れ続ければいい。幸い俺の神器なら、逃げるだけならできるかもしれないから。

 

「でも、それでずっと引き籠っていていいんだろうか。第一、明日から家に閉じこもり続けるなんて無理だ。それなら俺自身が何もできなくても、自分の近くの安全ぐらい確認した方がいいんじゃないか?」

 

 どう思う? とキーホルダーぐらい小さくした相棒に意識を向ける。誰にも相談することができない俺にとって、相棒だけが頼りである。もちろん、こいつはしゃべったりしないし、なんとなく思念っぽいのが感じられるだけだ。それでも、俺が不安になった時はいつもこいつに語りかけてしまった。

 

 当然、俺の言葉に神器は何の反応もしない。しゃべったり、動いたりなんてしない。だけど数秒後、頭の中で一瞬だけど紅の光が走ったように感じた。まるで「傍にいる」と伝えてくれているような感じで。俺の妄想かもしれないけど。

 

 そんな脳内イケメンな相棒を握りしめながら、まずは家に帰ったら行方不明事件の進展についてネットで調べようと心に決める。人為的なことなら、何かわかっていることがあるかもしれない。

 

 

「なぁ、倉本ー。明日の中休みサッカーしようぜ。一緒にメンバー集めを手伝ってくれよ」

「お前また遊ぶ話かよ。明日の三時間目は体育だから、体操服に着替えないと駄目だろ。遊ぶ時間なんてないぞ」

「げっ、忘れてた。じゃあ、お昼休みだ。お昼休みに集合だからな!」

「はいはい、わかった」

 

 下校のルートが一緒のクラスメイトといつも通りの会話に笑い、「また明日!」と当たり前のように約束を交わした。軽く友達に手を振り、俺は真っ直ぐに家を目指す。明日があると当然のように考えるみんなが羨ましいと思うと同時に、そうであってほしいと何よりも俺は願っている。俺にとっての当たり前を、誰にも壊されたくない。

 

「あっ、おかえり奏太。今日は集団下校だったんでしょ、懐かしいなぁ」

「姉ちゃん、ただいま。高校の方が下校早かったんだ」

「私のところは昼までで終わったからね。小学生は遊びたい盛りだろうけど、事件が終わるまで外出は控えなさいよ。学生なんだから、しっかり勉強でもしときなさいね」

「それ、中間テストで項垂れていた姉ちゃんにこそ相応しい言葉じゃ……」

「…………き、期末は頑張るもの」

 

 ごめん、姉ちゃんにとって地雷だった。

 

「お母さんたちも早めに帰って来るみたいだから、晩御飯は早めになりそうだって。私は先にお風呂へ入っておこうと思っているけど、奏太はどうする?」

「そうだなー。じゃあ、姉ちゃんの後に入るよ。出たら教えてくれ」

「わかったわ。あと、うっかり寝ちゃったとか、イヤホンをしながら音楽を聞いていて聞こえなかった、とかはなしだからね」

「了解」

 

 姉ちゃんが中学生に上がると同時に一人部屋になったので、夜のパトロールに行きやすくなった。あと部屋にいない間のいいわけで、居眠りと音楽鑑賞は常套手段である。おかげで、姉に呆れられるようになってしまったが。

 

 自分の部屋に戻るとパソコンの電源を入れ、起動の間にランドセルの片付けをしておく。それから、行方不明者事件について何かわかっていないかを調べた。結局、わかったのは行方不明者の名前と最後に確認された場所だけ。名前も場所も聞いたことがない。一応、最後に確認された場所の地図を調べ、確認だけはしておいた。

 

「……ここ、今日行こうと思っていた港の近くなんだ」

 

 あそこにはたくさんの倉庫などが立ち並んでいる場所があり、あの辺りは人気がないらしい。だからのんびり海を眺めるにはいいか、と思って行こうと考えていたのだ。しかし、今思うとここは何かが潜伏するには悪くない場所ではないだろうか。もしかしたら、昼に調べられているかもしれないけど、相手が人外なら一般人相手から隠れるぐらい造作もないことだろう。

 

 ごくりっ、と俺の喉が鳴った。いない可能性の方が高い。心配のしすぎかもしれない。……もしいたとしても、すぐに別の場所に行ってくれるのかもしれない。だけど、そいつがこの街に向かってきたら? この街の住民を餌にし出したら? 「また明日」という簡単な口約束すら守れなくなったら?

 

 

「……確認、確認だけでもするべきかな」

 

 こんな状態で事件解決まで過ごすなんて、俺の方が参りそうだ。それなら、「ほら、取り越し苦労だった」と少しでも安心できる確証が欲しい。本当にいて見つかったらやばいが、俺の神器の能力なら気づかれずに確認ができると思う。怖いけど、「もしかしたらここにいるかもしれない」と悩み続けるより、「ここにはいない」とわかるだけでも気持ちが楽だ。

 

 まず、市内をぐるっと回ってみよう。何もなければ、事件があったらしい場所と今日の夜に行こうとしていた港だけ覗きに行けばいい。確認する時は、念のため『神器・気配・姿』を感じられない様にしておく。俺に魔力はないから、これでいけるはずだ。上級の人外だったらわからないけど、上級ならこんな表に気づかれるような失態はしないと思う。広がる前に、揉み消すはずだ。こんな風に世間が騒ぐ前に。

 

「奏太ー、次いいよー」

「あっ、はーい。わかった」

 

 姉ちゃんの声と軽くノックされた扉に返事をし、とりあえず風呂に入ってスッキリしようと思う。晩御飯を食べて、今日は早めに寝ることを伝えて、それから――外に行ってみよう。もしいても隠れて、逃げればいい。いたら俺じゃどうしようもないから、その時は教会に姿を消して侵入して事件についての手紙を置いてみたり、はぐれ悪魔なら怖いけど駒王町の悪魔に話をして、討伐をお願いできるかもしれない。

 

「きっと、大丈夫だよな」

 

 俺は弱い。体も心も。だけど、後悔はしたくない。自分にできることは少ないけど、もしかしたら俺の行動で救われる命があるかもしれない。無茶はしない。無謀はしない。俺にできることだけをするんだ。

 

 ポケットに入っている神器をグッと握りしめ深く息を吐くと、俺は部屋の扉を開けて、まずはお風呂に入るために足を前に進めた。

 

 


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