えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
「じゃあな、カナー。またおにごっこしようなー」
「つぎはもやしてやるー」
「ラヴィニア、こんどはぼくとおひるねをしようねー」
「はいなのですよー」
「お前ら、最後までブレないな…」
冥界で過ごした二週間は、本当に色濃く俺の中に残っている。特に焦がされたり、泣き叫んだりした部分とかは、当分忘れられないだろう。そして今日は、遂に本当のお別れの日だ。お世話になったような、結局おもちゃにされ続けただけのような、とにかく刺激的な日々であった。
さすがに冥界だから、簡単に会いに来るなんてできないから、次に来るのはいつになるかはわからない。だから、しばらく会えなくても仕方がないよね。大きくなったこいつらと鬼ごっこをしたら、俺は今度こそ死ぬかもしれないけど。
昨日行った最後の修行の疲労は、ゆっくり身体を休めたことで無事に回復した。少し硬くなっていた筋肉を解す様に腕を伸ばし、軽くストレッチをしておく。ラヴィニアはまだ少しうとうとしているのか、眠そうに瞼を擦っている。神器合体は、やはり彼女の方が負担が大きそうだ。思いつきで作っちゃった合体技だったけど、まだまだ改善していく必要がありそうである。
「二週間とは早いものだな。しかし最初に出会った頃に比べれば、だいぶマシな面にはなっただろう」
「あっ、タンニーンさん。そりゃあ、二週間もドラゴンだらけな毎日を過ごしていて成長なしだったら、俺はもう引き籠るしかないじゃないですか」
上空から大きなはばたきが聞こえ、俺たちの傍に降り立ったタンニーンさんの言葉に、俺は遠い目をしながら告げた。子竜たちや龍王様のおもちゃにされたおかげで、体力や度胸とかはまずついただろう。それに狩りの仕方や気配の感じ取り方、消し方もいい勉強になったと思う。修行の成果としてはなかなかだと感じるけど、本当に大変だった。
俺としては、ここまで毎日が混沌だった夏休みはなかった。たった一ヶ月ちょっとなのに、怒涛の勢いで色々起こっただろう。魔法使いの協会へ所属したことに後悔はないけど、それがアザゼル先生フラグやタンニーンさんフラグを立てるとかとんでもなさすぎる。原作でメフィスト様と交友関係があることは知っていたけど、それが俺に適用されるなんて考えねぇよ。なんだか俺、大物としか会っていないような気がする。俺の存在が霞みそうです。
「……強気になれとは言わんが、その弱気は克服できるようにしろ。お前は俺に一撃を入れられたのだからな」
「いや、でもそれって。タンニーンさんは手加減をしてくれていましたし、ラヴィニアがいなかったら俺じゃどうしようもなかったし、その入れた一撃だって実戦じゃ役に立たないし……」
「それでも、お前の力で勝ち取った一撃だ。お前の卑屈は、相手にとっても失礼だぞ」
彼は腕を組んで、真っ直ぐに俺へ忠告する。それに理解できる部分もあるから、俺は口を噤むしかない。確かに相手が負けを認めてくれているのに、こっちが勝ちを認めないのは失礼だろう。自分に勝ったやつがいつまでもうじうじしていたら、イラッときても仕方がない。
「驕るな、しかし誇れ。慢心と自信は違う。自分を信じない者に先はない。覚えておけ」
「……はい」
自信を持てか。俺は自分が弱いって知っているし、気を抜けばすぐに死んでしまう世界なのも理解している。甘さだってあるし、怖がりだし、他者と衝突しないで済むのなら下手にだって出る。戦闘だって、苦手意識がまだまだ抜けない。それでも、その弱さを自覚しながらも自分を信じて誇っていけと彼は言うのだ。難しい忠告である。だけど、必要なことだとも感じた。
俺は俺だ。俺だって、自分の性格でなんとかしたいと思うところはある。ラヴィニアにカッコ悪いところを見せたくないし。だけど、そんな簡単に克服できるのなら、人間関係で悩む人なんていなくなるだろう。それに、俺はやっぱり平和な日常が好きで、戦わなくて済むのならそうしたい。戦闘狂にはなりたくないし、進んで誰かを傷つけたくない。克服するために努力はするし、自信が少しでもつくように頑張るけど、この思いはたぶん変えられないような気がした。
「お前はバカな癖に、考えすぎなんだよ。要は、お前が自信を持って進める道を選べってことだ。お前が強くなりたいのならそうしろ。女にカッコいい自分を見てほしいのなら男を磨け。そして崩したくない思いがあるのなら守ってみせろ。お前がお前らしくバカみたいに笑って生きられる道を、これが俺の道だって胸を張って言えるような生き方を探せってことだ」
「それ、自由すぎません?」
「人生楽しまなきゃ損だろうが。それで誰かと衝突する時だってあるさ。だがもしそれで死んだってよ、自分にとって最高の自分になれていたら、文句ねぇだろ?」
「最高の自分か…」
それが過ぎると慢心や驕り、リゼヴィムのような邪悪になってしまうけど、自分が目指すイメージを持つことは大切だと思った。俺はまだ誰かと衝突してでも、叶えたい道がちゃんと定まっていない。この道を見つけ出すことが、俺が今後考えていくことでもあるのだろう。俺が笑って、胸を張って生きられる未来を。
俺は二人の言葉を胸に受け止めながら、今度は力強く返事をしたのであった。
――――――
「その、俺なりに努力をしていきます。タンニーンさん、短い間でしたがありがとうございました」
「あぁ、また来るといい。次に会う時は、半日以上俺と鬼ごっこができるぐらい鍛えてやろう」
「あ、あはははは…。俺は人間で日常の生活があるので、冥界へ手軽には来れないですから……」
「来年の夏を楽しみにしておけ」
俺の輝かしい未来に、死亡フラグが遠慮容赦なく突き刺さった。ひどい、学生にとって夏休みは至福の時間のはずなのに。こんなにも夏休みが来ないで欲しい、と願ったことは今までにないよ。そして、俺の夏休みが今後修行で使われるのは決定事項なんですね。おかしいな、涙が出てきたよ。俺の人生から、楽しい夏休みの予定が消えた。
「さて、挨拶も済んだし帰るぞ。メフィストのやつが首を長くして待っているからな」
「はいなのです。タンニーンさん、ありがとうございました」
「はーい、先生。ところで、帰りも徒歩ですか?」
「俺が人間界の入り口まで送っていってやる。お前たちの帰りが遅くなったのは、こちらの所為でもあるからな」
タンニーンさんからのお言葉に甘え、俺たちは冥界を空から眺めながら帰宅することとなった。やはりドラゴンの背中は快適である。大きいし、迫力もあるし、カッコいいし。ドラゴンたちに見送られた渓谷を抜け、行きに歩いてきた自然をタンニーンさんは悠々と越えていく。俺の目に映った流れるような景色は、絶景そのものだった。
空から眺める冥界は、本当に自然が溢れる場所だ。遠くの方に街のようなものが見えたかもしれないけど、それ以外は山や木ばかりである。川や湖も見えたけど、海がないためそれほど大きいものは見えなかった。初めて見る怪鳥が目に入ったけど、そいつらは巨大ドラゴンの姿に恐れをなしてすぐに逃げていく。うん、当然だな。
空の旅はすぐに終わってしまったが、やはり最高だった。それから、タンニーンさんにお礼を言い、アザゼル先生が用意してくれていた列車に再び乗りこんだ。列車の中で、冥界で過ごした日々の話で花を咲かせ、あと今後の修行の方針について先生から教えてもらった。
「そういえば、カナタ。タンニーンとの戦闘を見ていて思ったが、能力をつけたり消したりとかなり器用に変えていたが、いつの間にあそこまで変えられるようになったんだ?」
「えっ? あぁ、アレですか。あれは俺というより、全部相棒にお願いしていました。相棒は俺よりも反応に敏感だし、
「……なんというか、お前本当に時々とんでもないことをさらっとするよな」
おかしいな、アザゼル先生の目が遠い。重力や空気抵抗とか、ずっと消し続けたままだと危険だし、攻撃に転じる時に威力が上手く発動できないかもしれない。それに悩んだ時、相棒になんとかできないか? と聞いてみたら、氷姫とくっ付いた状態なら思念で伝えられるかもしれないと教えてもらったのだ。
なので俺はとにかく相棒が出す紅の光の合図に合わせて、操作をし続けただけだ。消したりつけたり忙しくて、正直なんでここで効果を消すの? と理解できないところも多かったけど、素人の俺より相棒の方が信用できたからそうした。実際にそれでなんとかなったんだし、結果オーライだろう。
「神器は確かに所有者にとって足りないところを補ったりはするけどな……、そこまで神器に頼りまくった戦い方は初めて聞いたぞ」
「えっ、聞いたらいいって言ってくれたからお願いしちゃっていたんですけど、もしかして相棒に任せ過ぎでしたか?」
「……神器とそこまで対話ができていることを褒めるべきなのか、神器を過労死させそうなぐらい働かせていることを諌めるべきなのか。ものすごく判断がめんどくせぇ」
えーと、とりあえずごめんな相棒。もうちょっと俺、頑張るよ。
「さて、お前らが考えた
「はいです」
「返す言葉がないけど、なんか理不尽」
独立具現型神器だから、ラヴィニアの望む思念を受け取って氷姫は動くことができる。それでも、彼女の指示がより具体的で的確になれば、神器の精度も上がっていくらしい。だから、接近戦の知識を持てばそれだけ戦術も広がるって訳か。今度、ロボットアニメや他のアニメとかを協会に送っておこう。
「カナタは消滅のストックをさらに増やせるように、その調子で神器の力をもっと知っていけ。あと神器に頼りすぎず、少しずつお前自身が力をつけていくんだ。体力作りも並行してやっていくぞ」
「今までの修行の延長って感じですね」
「まぁな。だが神器合体中は、ラヴィニアは制御に手一杯で自衛ができない。つまり、お前が守ってやらないといけないってことだ。守るための戦い方や手札を、今後は考えていく必要があるぞ」
「そっか、確かに…。わかりました」
アザゼル先生からの言葉に、俺はしっかり頷いた。ラヴィニアを危険な目にあわせる訳にはいかないからな。これは気張ってやらないと。俺がしっかりしないと自分だけじゃない、彼女も危ないのだ。神器合体は強いが、その分弱点もはっきりしている。攻撃の為でも、逃げる為でもない、守るための戦い方か。
それからもアザゼル先生から色々聞くことができたけど、この人本当に面倒見がいいなと感じる。俺たちにわかりやすく、それでいて俺たちに合わせたメニューをちゃんと考えてくれるのだ。説得力もあるし、実際に言っていることは正しい。主人公たちも言っていたけど、教えるのが上手いなぁと改めて思った。
うーん、それにしても手札を増やすか。俺の神器だと防御が難しいんだよな。飛んできたものを槍で刺して消滅はできるだろうけど、能力分の体力の消費が激しくなってしまう。範囲攻撃なんてされたら防ぎきれないし、接近戦なんて論外だ。神器合体分の力がすぐになくなってしまうだろう。
「先生、手札って神器の能力以外でってことでしょうか」
「そうだな。神器の力に頼りすぎると、お前の場合すぐにガス欠だ。つまり、体力を使わずにできる防御が必要って訳だな。そして運良く、お前はそういった特殊方面が強い陣営に所属している」
「……魔法ってことですね」
魔法力、それは人間が持つことができる特殊な力だ。俺の神器の能力は体力を消費して使うため、魔法力は必要のない力だろう。だからこそ、魔法力を使って防御や支援をし、ここぞというところで温存していた神器の能力を見せる。俺の考えに、先生は口元に笑みを浮かべた。
「魔法が使えれば、お前の能力の幅も広がるからな。それに、魔法力を体力の代わりに消費して扱う方法も一応ある。体力と魔法力の二つを媒介に、神器が使えるようになれるってことだ」
「お、おぉぉ…」
体力の消耗は動く上でも結構厳しい課題だったんだけど、魔法力を消費して使えるようになればかなり動きやすくなる。今までのように
そういえば、ヴァーリさんは『
それにしても、魔法を覚えるか。なんだかその言葉だけでワクワクしてきてしまった。夏休み中に簡単な知識は教えてもらえたけど、本格的なものは時間がなくてできなかった。この一ヶ月、神器や体力作りで精一杯だったからな。だけどこれからは、魔法にも力を入れていけるって訳だ。
俺が使用する魔法の方向性は、防御を中心に支援やジャマー的なものになるだろう。攻撃系の魔法は俺よりラヴィニアの方が上で、しかも何年も修行がいる。それなら壁役としてラヴィニアを守ったり、攻撃を防ぎながら、隙を見て神器を使っていくほうがいいかな。攻撃力はちょっと置いといて、そういった方面に特化させていく方が俺の役割もわかりやすいし、動きやすそうだ。
「もちろん、攻撃方法が少ねぇのは危険だから、全部を切り捨てるんじゃないぞ。だが、自分の強みを最大限に生かせる方向に持っていくのは大事だ。まずは基礎から習っていけ。魔法は分野によって得手不得手があるものだ。お前に合うものを見つけて、そこから方向性を決めていっても遅くはねぇだろう」
「日本に帰っても勉強ができる魔法の教材を用意しておきますね。通信でですが、色々私からも教えられると思うのです」
「ありがとう、ラヴィニア。すごく助かるよ」
「カナくんは、私の友達でパートナーなのです。当然ですよ」
パートナー、つまり相棒ってことか。俺の精神的な支えは神器だけど、一緒に支え合っていく仲間と言われればラヴィニアだろう。まだまだ力不足の俺を、彼女は相棒として認めてくれているのだ。それに嬉しさと気恥ずかしさから頬を掻いてしまった。
俺は、
その背中を追いかけ続け、いつの日か彼女を支えられるように。大変だし難しいだろうけど、俺だって男である。可愛い女の子の隣に立てるような男になる、って俗物的な考えだって一つの動力源になるはずだ。
それからも三人でこれからのことを話し合い、さらにロボット談議を熱く語り合い、ある程度まとまったところでゲーム大会が開催された。ちなみにゲーム機はアザゼル先生が持参して持ってきたので、ちゃんと三人プレーである。さすがはコレクターにして、凝り性。このやり込み具合、俺たちを冥界に連れて行ってから、ゲームをやり込んでいたのがわかった。
それにしても、発明やゲームに時間を使ってしまっていいのか、堕天使の総督様。副総督様の苦労が、彼の生き様からしみじみと感じられる。会ったことのないシェムハザさんへの同情度が、俺の中で鰻登りだよ。アザゼル先生にゲームを教えたのは俺だから、心の中で謝っておいた。
ちなみに、対戦ゲームは完全に俺がカモられるようになったので、三人の時は協力プレーができるゲームや運の要素があるゲームで楽しむことになった。ただ二人の対戦を眺めるのは面白いので、その時は勝手に実況して楽しんでいる。
ゲームに高性能な頭脳で戦うラヴィニアと、知識と経験による勘で対抗するアザゼル先生。色々無駄遣いすぎると思わなくもないが、俺は細かいことを最近あんまり気にしないようになった。気にしすぎたら、もう寝込むしかないような気がして。
こうして最後は三人でゲーム大会をして盛り上がりながら、俺たちは人間界へと帰っていった。引率してくれたアザゼル先生に挨拶をして別れ、『灰色の魔術師』に着くと、メフィスト様から「大変だったねぇ」と労わりの言葉と一緒に、お菓子をたくさんもらえた。俺はその優しさに、このお方について行くんだって決心を新たにする。
「なんだか、寂しくなってしまいますね…」
「だよな。でも、数日後には始業式だし、そろそろ日本に帰らないと」
「日本への転移魔方陣は問題ないよ。いつでもこっちに来たらいいさ。待っているよ」
「ありがとうございます、メフィスト様。それでは夏休みの間、大変お世話になりました!」
二人に頭を下げてお礼を告げ、お土産やらをいっぱい手に持ちながら、俺は日本の日常へと帰ることになった。協会で使った俺の部屋はそのまま残してくれるそうで、お泊りも大丈夫らしい。家におけない裏関係の私物とかは、そっちに転移させるようになった。師匠に買ってもらった魔法の道具とか、家族に見せられない物も多かったので助かった。
長いことお世話になったからか、やっぱりちょっと寂しいな。通信で話はできるだろうけど、次に会えるのはいつになるだろう。休日はできる限り行くつもりだけど、向こうも都合があるだろうし。とりあえず、アザゼル先生の特訓メニューやラヴィニアからもらった魔法の本で、コツコツ頑張っていこう。
『灰色の魔術師』に所属し、冥界でドラゴンと過ごした俺の裏世界初めての夏休みは、こうして過ぎて行ったのであった。
――――――
「さて、明日から始業式か…。宿題は大丈夫だし、あとやることって何かあったかな」
あれから、家に帰ってきた俺を家族は温かく迎えてくれた。それにちょっと涙が出そうになったけど、ここに帰って来れた安堵が胸に広がる。それから向こうであったことをファンタジー部分はなしでたくさん語り、みんなはそれに笑って聞いてくれた。隠していることに罪悪感はあるけど、巻き込まないためにはこれが一番だってわかっている。俺はこの表の時間を、素直に楽しんで過ごした。
さぁ、夏休みが終わり、俺の日常がまた始まる。毎日が刺激的だったから、この平和な日々がなんだか不思議に感じるけど、やっぱりどこかホッとする。魔法使いの仕事とかで、非日常を体験することはまたあるだろうけど、しばらくは何もないと思う。メフィスト様からも、しばらくはゆっくりしておいで、って言われたし。
「……だったら、そろそろ頃合いだよな」
俺は夏休み前に比べて、それなりの自衛手段を手に入れられた。アザゼル先生からも戦闘なら下級は問題なく、上級相手は逃げに徹すれば問題ないだろうと言われたのだ。もちろん、不意をついてである。常に油断はするな、って忠告を受けている。だけど、それぐらいの行動なら俺はできるようになったのだ。
俺はこの世界が『ハイスクールD×D』の世界だとわかってから、ずっと調べ続けていたことがある。ただこの情報は転生者である俺だからこそ重要であり、この世界の者にとったら訳が分からない情報だろう。アザゼル先生やメフィスト様にそれとなく聞いてみたりはしたが、あまり深く聞くことはできなかった。だから、俺は正確な情報を得ることができないでいたのだ。
しかし、俺にはそれを知れるだろうチャンスを知っていた。それを見つけられるだろう場所も。ただあの場所はとても原作に深い場所だ。俺の行動一つで、もしかしたら予定外のことだって起こるかもしれない。それに足が竦んでいたが、今ならたぶんいけるんじゃないかと考えたのだ。今の俺なら、あの地に足を踏み入れても対処できるかもしれない。
俺が求めている情報、それは『時系列』だ。今が原作から何年前なのか、あまりに長寿の大物ばかりと出会ってしまったので、そのあたりが全然わかっていなかった。原作から数年前なのは間違いない。だけど、正確な年数がわからないままだった。兵藤一誠と同じ年なら、今から五、六年後に原作が始まる。でもリアスさんや後輩組と同じ年の可能性だってあるのだ。
原作は超ハイスピードインフレの世界である。なんせ主人公が裏の世界に巻き込まれて、たった一年で原作二十巻分なのだ。しかも、まだもうちょっと続きそうであった。つまり、一年のずれがとんでもなく致命的なのだ。原作開始から、世界はとにかく加速する。いくら原作に関わりたくないからって、それに乗り遅れるとヤバい。『
だから、俺にとって原作が後何年で始まるのか、という情報は是が非でも欲しいものなのだ。それも正確無比に。俺は自分の考えを何度も反芻させながら、やっと答えを決めることができた。
「始業式が終わって、しばらくは学校の授業は午前中で終わる。その間に一度、……駒王町へ行ってみよう」
原作の舞台にして、悪魔が深く関わる街。今の時期なら、まだリアス・グレモリーさんは駒王学園にいないかもしれない。でも、兵藤一誠ならいる。彼は生まれも育ちもあの街だった。冥界に行くときに考えていたことを実践するのだ。
駒王町に行って、主人公を見つける。そこで彼の年齢を調べて、時系列の情報を安全に手に入れるのだ。彼に会うべきかは迷ったけど、話はしてみたいと思う。小学生からエロに忠実だった的なことは知っているけど、普通に話ぐらいできるだろう。
ちなみに主人公に接触して、早期に神器を覚醒させたり、修行をつけたりというのは保留である。原作を壊したくないという思いもあるが、本当にそれでいいのか俺自身が判断できていないからだ。もちろん一般人の彼が、いきなり堕天使に殺されてしまうというのは、俺だって気持ち的に嫌だと感じる。
でも神器は、その人の一生を左右するほどの大きな力だ。俺には前世の記憶があったからこうして落ち付けているけど、今の彼は普通の子どもなのだ。もしもの時、俺は彼の人生を背負えるだけの覚悟がない。だから、いたずらに感情だけでこれは決められないと思ったのだ。
何よりも俺は、『
アザゼル先生にお願いしたら、兵藤一誠を保護してくれるかもしれないだろう。原作では危険だからと一度殺されてしまったけど、土下座してでも頼み込むしかない。でもそうなれば、原作なんて全て崩壊してしまう。彼から家族を奪い、両親から大切な子どもを引きはがしてしまうのだ。原作が最善というつもりはないけど、それでも彼らはちゃんと笑えていた。俺はその笑顔を壊してしまうかもしれない。俺の余計な行動が、世界の崩壊を招いてしまったら後悔してもしきれない。
彼を早期から鍛えるメリットがあることは理解している。しかしそれによって起こるデメリットが測りきれない。それ故に、俺は主人公に裏側を教えることができない。はっきり言えば、怖いのだ。俺がいなければ丸く収まるとわかっていることに首を突っ込んでどうする。何度も悩んで考えた。そしてまだ、俺の中で答えは出ていない。何が正しいのか、わからなかった。
「とにかく、今回は会ってみるだけなんだ。駒王町に行って、兵藤一誠に会う。俺の目的はそれだけだ。それ以上は絶対に踏み込まない。もっとしっかり考えて、自分の中でちゃんと答えを見つけてからでも遅くはないんだから」
メフィスト様やアザゼル先生も言っていた。焦るなって。一度に俺ができることなんて、たかが知れている。今は一つひとつできることをやっていくしかないのだ。俺は原作の時系列が知れれば、今はそれでいいんだから。自分のことで精一杯なのに、ここに他人の人生まで背負うなんて今の俺には無理だ。だったら、割り切ることだって大切だと思った。
「よし、とりあえず考えはまとまった。駒王町へ行く! 兵藤一誠に会う! それで時系列を知る! これでOKだ!」
俺は拳を握り締め、ベッドに倒れ込みながら宣言する。安全第一が俺のモットーである。これから俺は、魔法を覚えて、神器を使いこなせるようになって、ラヴィニアのパートナーとして彼女を支えて、師匠から技術を学んで、そして魔法使い陣営から頑張っていくと決めているのだ。俺の家族や友達が笑顔で暮らしていけるような、そんな平和な世界への手助けができたらそれでいい。目標は単純でわかりやすい方がいいからな。
こうして俺は、駒王町へ足を踏み入れる決意をした。やることも決まった。さぁ、頑張るぞ! と気合を入れて、明日の始業式のために早く眠りについたのであった。
しかし、この時の俺は大切なことを忘れていた。この世界はいつだって理不尽で、モブに鬼畜な世界であったことを。数日後、俺は駒王町でそれを思い知らされることになるのであった。