えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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 第四章駒王町編の前編は原作編で、兵藤一誠と出会って時系列を知ったり、そして原作について悩んだりしながら進んでいくことになると思います。


第四章(上) 駒王町編
第三十一話 駒王町


 

 

 

「ふーん、魔法の適性ってやっぱり生まれ持った才能が大きいんだ」

『そうですね。私は攻撃系統の魔法に適性がありましたので、それらの能力を伸ばすように心がけています。魔法使いの家柄に生まれた者でしたら、独自の魔法や技術を有している場合が多いので、紋章として心と身体に刻ませる方法もありますね』

 

 『灰色の魔術師』から日本に帰ってから、毎日夜の一時間ほどラヴィニアからの魔法通信教育を受けるのが、俺の日課になっている。彼女から借りた本を読んで勉強し、実際に魔法を使う時はこの通信教育で行うようにしているのだ。メフィスト様からお土産でいただいたスティックを手に、先日杖の先に火を起こした記憶は、かなり感動したものである。

 

 悪魔が使う魔力は、想像力と創造力が必要なイメージの力。対する魔法は、術式を扱うだけの知識、頭の回転と計算力が必要な力だ。とりあえず小難しくない簡単な魔法だけど、ラヴィニアからいくつか教えてもらった。水を沸騰させる魔法とか、遠くのものが見える魔法とか、意識を逸らす魔法とか、痛覚を和らげる魔法とか、他にも色々。あって困るようなものじゃないので、助かる限りである。

 

 基本的に魔法使いの家柄から輩出された者は、その家系の魔法を極めていくのが通常のスタイルらしい。しかし、中には家の魔法に適応できず、別の道に進む者もいるにはいるそうだ。北欧のヴァルキリーであるロスヴァイセさんが、確かそうだったな。降霊術とかルーンとかが得意な家系の中で、攻撃魔法ばかりに適性が出てしまったって言っていたような気がする。

 

『もちろん、何年も研磨し続けてきた魔法使いの一族と、一般の人間では術式や魔法力に差が出てしまって当然です。しかし、使う魔法によってはその差を埋めることもできます。いかに自分に合った魔法と巡り合い、そして研磨していくのか。そういった運の要素も、魔法にはあるのです』

「巡り合わせか…。そういうのを判断する方法って、何かあったりする?」

『そうですね…。まずはみなさん、初歩の魔法から練習して、そこからコツを掴んでいきます。それから、既存の魔法術式を総当たりしてグッときたものを選ぶ方もいますね』

「えぇ…、大変そう」

 

 ラヴィニアの言葉に、思わず声をもらしてしまった。それにくすくすと微笑む彼女に、気恥ずかしさから俺は頬を掻いた。

 

『ふふっ。あとは、自分の知識から繋げて選ぶ方法もありますね』

「自分の知識から?」

『はいです。適性と同等に大切なのが、魔法に対する知識や理解なのです。例えば、神話の知識に明るい方なら、そっち方面の魔法の習得がかなり早くなります。私の同僚にいる方なら、筋肉美的な趣味から繋がって水の精霊と仲良くなり、水の精霊術が使えるようになったとかがありますね』

「……そ、そっかー」

 

 筋肉と水の精霊。それって、もしかしてあのウンディーネと言う名の、マッスル博覧会さんたちのことだろうか? 筋肉に詳しくなると、水の精霊魔法が使えるようになるの? そんなんでいいの、魔法の知識って。理解って、そういうことなの?

 

 魔法が得意な血筋と言うのもあるらしいし、魔法の優劣も確かにある。だけど魔法は、元々力のない人間たちの願いからできた技術だ。どんな者にだって、可能性があるのが魔法の凄いところだと思う。ソーナさんたちが作ろうとしていた学校で、悪魔の子どもたちに魔法を教えていた時も、簡単な魔法なら発動することができていた。俺も頑張っていかないとな。

 

「うーん、俺の知識から使えそうな魔法かぁー。ゲームとか漫画とかアニメとかだったら自信があるんだけど、さすがに魔法として使うのは無理だろうし」

『そうですねー。まずは、カナくんが興味を持てる分野を探していきましょう。効率を考えて魔法を覚えることも大切ですが、私としてはカナくんに魔法を好きになってほしいのですよ。楽しく魔法を学んでいってくれるのが、魔法を教える側としてもやっぱり嬉しいのです』

「なるほど。好きこそものの上手なれ、だな」

『あっ、それって日本のことわざですよね。えーと、意味は確か……』

 

 魔法の授業の後は、こんな風になんでもない話で盛り上がる。日本の話や、協会での話、表と裏が入り混じった会話は素直に楽しいと思った。最近の主な話題は、俺たちの神器合体の影響でロボットグッズを集め出したアザゼル先生である。コレクター魂だけならいいけど、彼が生き生きとしている時ほど、周りへ迷惑をかける比率が高くなるからだ。技術力だけは三大勢力の中で飛び抜けているからなー、堕天使陣営って。

 

 あと俺にとって、やっぱりラヴィニアの存在はすごく大きいとわかる。気兼ねなく相談ができる同年代の友だちって、本当に貴重だ。魔法はアザゼル先生やラヴィニアの言うとおり、焦らずじっくり探していくべきだろう。

 

 正直、俺が興味の持てる分野っていうのが、まだ想像することができない。もしかしたら、神話を模したゲームとか、昔の伝承をモチーフにした漫画とか、そっち方面から見つけていくことだってできるかもしれないだろう。本格派の魔法使いの人に、怒られそうな考え方だけど。

 

 怒涛の勢いだった夏休みが終わり、こうして俺の新しい日常の日々がまた始まっていくのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

「えーと、お土産を渡す人はこれで大丈夫かな?」

 

 俺は指折りして数えながら、協会で日本用に買ってきたお土産を確認していく。家族やご近所への物はすでに渡しているし、クラスメイトや先生には始業式の時に渡しておいた。他に思い出そうとするけど、おそらく渡した方がいい人たちはこんな感じだろう。

 

 クラスメイトの中には、いきなり背が伸びたやつもいれば、真っ黒に焼けて夏を楽しんできたやつもいて、みんながそれぞれ夏休みを過ごしてきたのだとわかった。ちなみに夏休みの宿題は、協会にいる間に終わらせられたから問題はなかった。アザゼル先生に槍をブン投げられながら、よく頑張ったと俺自身も思う。メフィスト様の存在って、本当にありがたかったと今ならすごくわかる。学生に大切なのは勉強だよ、って学習時間をしっかり確保してくれていたもんな…。二週間ずっとドラゴン尽くしの後半って、前半と比べたらやっぱりひどすぎる。

 

 あと俺が一番大変だったのが、夏休みの作文を書くことだった。主にファンタジー部分以外を、どう文章に表せばよいかのあたりで。俺の夏休み、ファンタジー要素が満載すぎて何度手が止まったことだろう。みんなに説明する時も、同様に大変だった。後半なんて、自然の中で子育てサークルの方々と仲良くなって、子どもたちと鬼ごっこをして遊んだよー、と半笑いで語ったような気がする。嘘は言っていない。

 

「さてと、それじゃあ、原作の確かめついでにもう一つのお土産をもらいに行きますか」

 

 俺はパソコンからプリントしておいた用紙を眺めてみる。表側の人たちへのお土産配りは終わったけど、実は裏側の人たちへのお土産配りがまだ終わっていないのである。師匠には、先日魔法の道具一式を仕事場からの経由で渡せたけど、もう二人俺にはお世話になった人たちがいる。俺を『灰色の魔術師』まで転移させてくれたり、家族の護衛をしてくれたりと、大変お世話になったミルキー魔法使いさんたちである。

 

 ただ彼らの場合は、お土産が難しかったのだ。ミルキー魔法使いさんは協会の人だから、そこで買った物を渡してもという気持ちになった。何より、俺は彼らが絶対に喜ぶだろうプレゼントが何かがわかっている。ツッコミどころのある人たちだけど、良い人たちだし、すごくお世話になったのも事実だ。これからも色々お願いすることも多いだろうし、せっかくなら二人が喜ぶだろうお土産を渡したいと思ったのであった。

 

「やっぱり、あの二人が喜ぶ物だったら、これしかないよなー」

 

 俺が持っている紙に書いてあるのは、『魔法少女ミルキー』のショーについて書かれている広告用紙である。ここに、このショーを見た人のみに配られる特別グッズが載っているのだ。一応二人分手に入れられそうなら、もらった子どもや親と交渉と言う名のお話をしようと思っているけど。おそらく外国のお土産より、二人にはこのお土産が一番いいだろうと俺は判断したのである。そして何よりも重要なのが、このショーの開催場所であった。

 

「場所は駒王町のショッピングモール。確か、駒王学園の近くにあるデパートで、ソーナ・シトリーさんとのレーティングゲームの舞台になった場所だったっけ」

 

 薄らと覚えている記憶を頼りに、俺は原作の内容を思い出そうと頭を捻らせる。ネットで調べた感じ、たぶんゲームの舞台に使われたデパートと同じだったと思う。ネットに載っていた情報には横長の作りで、二階建てになっていて、天井が吹き抜けのアトリウムになっていると書かれていた。そこにある二階の特設ステージで、ミルキーショーが始まるらしい。

 

 さすがに悪魔がいるかもしれないって街に行くのに、何も理由がないのはまずいと俺も思ったのだ。もし悪魔に見つかっても、一応『灰色の魔術師』の人間だって証明をすればいいし、メフィスト様の紋章を出せば大丈夫だろう。しかしその時、どうして駒王町に行ったのか、とメフィスト様に聞かれた時の理由となる何かが欲しかった。そこで、何か駒王町で催し物がやっていないかをネットで調べた結果、使えそうな理由を見つけることができたのであった。

 

 ミルキー魔法使いさんたちへのお土産も手に入れられて、さらに駒王町へ行く理由にもなる。多少不思議に思われるかもしれないが、偶然の範囲内ではあると思う。俺は前世の知識で駒王町が悪魔の領土扱いになっていることを知っているけど、倉本奏太は駒王町が悪魔の管轄だとまだ知らないのだ。たまたまお土産をもらいに駒王町へ行ったら、悪魔がいてびっくりした。という、偶然を装えると思う。兵藤家を探すときだって、初めての街だから、ちょっとぶらぶらしたくなった。という理由で、たぶん大丈夫なはずだろう。

 

 俺は正真正銘の十一歳の子どもだ。子どもながらの好奇心で行った、と言えば迂闊だって怒られるかもしれないけど、納得はしてくれると思う。お説教や呆れは受けるかもしれないけど、変に疑われるよりはマシだ。一番は特に何も起きないことだけど。悪魔にも裏関係にも見つからず、目的を達成できたら万々歳なんだから。少なくとも、そんじょそこらの悪魔や堕天使なら、メフィスト様とアザゼル先生の名前でなんとかできると思う。まんま虎の威を借る狐で情けないけど、命に勝るものはないだろう。

 

「えーと、まずはデパートに行って、ショーを見るだろ。そこで一つ目のお土産をもらって、次に誰か譲ってくれそうな人に声をかけて、二つ目ももらっちゃおう。子連れの大人とかも見ているだろうし、欲しいって言えばもらえそうだよな。そのあと、街を探索してみるか」

 

 男の俺がミルキーショーを見るっていうのは、ちょっと何とも言えない気持ちになるけど、別に駒王町に知り合いはいない。俺が住んでいる街から離れているから、誰かに見られることもないだろう。きっとショーは女の子ばっかりだろうから、ちょっと浮くかもしれないのが恥ずかしいけど、お土産と理由のためだ。大丈夫、ドラゴンに追いかけられて追い詰められた時の辛さを思い出せ。女子たちの冷たい視線ぐらい耐えられるはずだ。一応、胃薬を持っていこうかな。

 

 とりあえず、ショーは二時から始まるみたいだから、今の内に準備をしておこう。冥界に行った時に思ったけど、備えあれば憂いなしだと思うし。『灰色の魔術師』の証明パスとか、駒王町の地図とか、使えそうな魔法の道具とか。他にも旅行用に、カメラや救急セットも持っていっておくかな。

 

 念のため、魔法で家族には俺に対する認識を薄めておこう。もし兵藤家がなかなか見つからなくて帰りが遅くなった時に、俺がいないと警察沙汰になったら大変だから。とりあえず、明日の朝まで効力が持てば大丈夫だろう。

 

 そんなことを考えながら、俺は駒王町へ出発する手はずを整えていったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ここが、駒王町か…」

 

 駒王町の二歩手前の駅まで神器の効果で移動し、そこからお金はかかるが切符を買って進むことにした。俺はあくまでプライベートで駒王町に来た人間である。気配や姿を消して神器の効果全開で進むのは、裏があるんじゃないかともしもの時に勘繰られるかもしれない。それなら、堂々と旅行者として向かう方がいいと判断した。

 

 一応、いつ兵藤一誠に会うかはわからないので、神器の波動や俺が受ける神器の波動を消滅するようには心がけている。まだ覚醒していないとはいえ、彼の持つ神器は神滅具だ。たぶん話しかけるぐらいなら大丈夫だろうけど、念には念を入れるべきだろう。

 

 原作で神器がまだ覚醒していない時に、木場祐斗さんが話しかけても特に彼の神器は反応を起こしていなかった。また彼と同じように、後発的に神滅具を発動させたヴァレリーも、神器持ちのギャスパーと暮らしていた当時、特に変化がなかったらしい。例外はあるかもしれないけど、神器所有者同士が近づいたら覚醒するという訳ではないと考えられる。

 

「ふーん、都会過ぎず、ほどほどに施設があって、緑もある。確かに住みやすそうな場所だなぁ」

 

 確か原作で、東京まで電車に乗っていた記憶があるから、俺の住んでいる地域とそこまで離れていないのは知っていた。逆算すると、たぶん東京まで一時間ぐらいの距離だな。地方都市って感じで、人口も含めて何事もほどほど的な場所っぽい。

 

 そして、俺が向かうショッピングモールは、どうやら駒王町に住む人々の憩いの場でもあるようだ。商店街はあるみたいだけど、商業施設がそれほど多くないため、だいたいの人はここでまとめて買い物をするらしい。これらは原作の街だから、ネットでちょっと自分でも調べてみたのだ。買い物や食事、レジャー施設と揃っているショッピングモールには、たくさんの学生が集まるみたいだし、数年後の原作のみんなもここで買い物をするんだろうなー、と思うとなんだか感慨深く思った。

 

 さて、街を探索するのは後回しで、まずはミルキーショーを見に行かないとな。時間もそろそろ迫っている。俺は神器の効果や特殊な効果をしっかり消せていることをもう一度確認し、プリントしておいた駒王町の地図を片手に歩き出した。ショッピングモールは、駒王町の駅から大通りを真っ直ぐ歩いて数十分ぐらいだ。迷うことはないだろう。

 

 

 そして、数十分の道のりは何事もなく無事に終わり、俺はショッピングモールの特設ステージの前にいた。

 

「魔法少女ミルキー! きらめき魔法で極悪怪人を成敗しちゃうんだから!」

 

 きゅぴーん☆ とバックのミュージックから効果音が流れ、フリフリの魔法少女の衣装に身を包んだお姉さ――ではなく、魔法少女さんが杖を片手に参上した。この手のショーに出る女性の年齢、というメタ的なことを気にしてはいけない。それにミルキー魔法少女さんは、結構ノリノリのようだ。アニメのポーズもしっかり再現されているな。

 

 ミルキー魔法使いさんたちに、アニメでめちゃくちゃ解説されたおかげで、ミルキー知識が悲しいぐらいある。家族の護衛として、ついでに夏休み中の俺の様子をメフィスト様(ホームステイ先)の知り合いと名乗ってきっちり証拠とちょっとした暗示をかけ、家族に時々報告へ行っていたらしいことを後日、俺は知った。仲良く俺の家の食卓で、普通に飯を食っていた二人に噴いたのは記憶に新しい。ミルキーが俺の日常にさらっと追加される。ちょっと目頭が熱くなった。

 

 ちなみに俺の周りは、やっぱり女の子ばっかりだった。あとは子連れのお母さんとかの家族連れや、たまたま通りかかったって感じの人だろう。幼稚園ぐらいの子や、低学年ぐらいの女子が多い中で、やはり高学年の男子がいるのは目立つかもしれない。でも、これぐらいの覚悟はもともとしていたつもりだった。あまりに心が折れそうだったら、すこーし神器で気配を薄くしようかとも思っていたけど、どうやら俺以上の勇者がいたことで、俺の存在は自然と薄まったようである。

 

 俺の後ろの方に、悠然と佇む存在感。観客のみんなは、もうとにかくショーに集中しようと後ろの方はないものとしているようだ。俺は恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこにいたのは圧倒的な巨体だった。鍛えぬかれた筋肉はどこの名のあるプロレスラーか、破壊神か。その鋭いほど真っ直ぐな眼差しは、魔法少女ミルキーを見つめ続けていた。

 

「あれって、まさかミルたんか?」

 

 恐々とした思いで小さく呟いてしまう。今更だけど、ここは駒王町だし、ミルキー関連だから、確かにミルたんがいてもおかしくないのかもしれない。だけど俺が確信を持てないのは、その筋肉ムキムキのお兄さんが、魔法少女の衣装を着ていないことであった。普通にTシャツとジーンズ姿なのだ。

 

 おかしい、ミルたんならどんな場所であろうとフリフリの衣裳を絶対に着ているはずなのに。筋肉に包まれた巨躯のゴスロリネコミミ付き(おとこ)の娘じゃないなんて、そんなことありえないだろ。アレが一般人として正しい姿のはずなのに、もはや俺の思考の方がおかしい気がしてきた。

 

 確信が得られない。どうなっている。この時代のミルたんは、魔法少女に興味はあっても、まだ己が魔法少女になりたいとまでは思っていない? それとも、彼は別人なのか。くそっ、後ろの巨漢が気になってショーに全く集中できない。この空気の中、いつも通りに演じているらしいミルキー役の魔法少女さんを尊敬してしまいたくなった。敵役の人は、見えた巨漢さんにまずびっくりしているのに。すごいぞ、ミルキー。もう頑張って、ミルキー。

 

 そんな混沌としたミルキーショーは、無事ミルキーが悪役を倒し、最後までやり切ったことで特大の拍手と共に終了することとなった。もうなんか別の戦いだったような気がするけど、終わりよければ全て良しだよね。あまりの背後の存在感に、俺もなんだか冷や汗が止まらなかったし。

 

「はい、どうぞ。ミルキーショー記念のキーホルダーよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 観客席にいたら、スタッフらしいお姉さんからミルキーの変身シーンを模ったお土産をもらうことができた。なんだかちょっと予定外もあったけど、一応目的は達成できたってことだろう。俺はもらったキーホルダーをなくさないようにリュックに入れようとして――

 

「――ッ!!」

 

 殺気……かと思った。いや、殺意はないけど、何かものすごく見られている。俺は再び後ろをゆっくり振り返ると、そこにはやはりマッスルの化身がいた。ただ先ほどと違うのは、彼の視線が俺に突き刺さる様に向けられていることだ。……俺、何かこの破壊神様を怒らせるようなことをしただろうか。背中に嫌な汗が流れる。あっ、待って、スタッフのお姉さん。張り付いた笑顔で、そそくさと何故かロックオンされている小学生の俺をここに置いて行ってしまわないで。

 

 巨漢に見つめられている俺はどうすればいいんだろう。改めて、ちらっと視線を向けてみると、ふとあることに気づく。どうも俺自身じゃなくて、彼の視線は俺の手元に向かっているということに。もしかしてと思い、試しにもらったミルキーキーホルダーを横にずらしてみると、突き刺さるような視線も一緒に移動した。これって、つまりそういうことだろうか。

 

 キーホルダーを配っているスタッフさんたちは、誰一人として数多の格闘技の看板を奪ってきた、みたいなフレーズで通じそうなマッスルさんへ声をかけようとしない。彼は俺のキーホルダーを見ては、近くのスタッフに目線を飛ばすけど、誰一人として視線を合わせようとしないのだ。ある意味当然だろうけど、これってつまりあの人はキーホルダーがほしいってことだろうか。

 

 ミルたんなら、きっと堂々と「ミルたんにも頂戴にょ」とか言いそうだけど、Tシャツ姿の彼はどうやらシャイなのかもしれない。もちろん、俺の勘違いだったらあの巨木のような腕で捻り潰されてもおかしくないだろうけど。うーん、しかしどうしよう。これって、キーホルダーをもらってきてあげた方がいいのかな。このままじゃ、彼も彼から熱い視線を受けているスタッフさんも誰も救われない気がした。

 

 

「……えーと、すみません。もしよかったら、あの人もキーホルダーが欲しいみたいなので、渡してあげて――俺が渡してきてもいいですか?」

 

 スタッフの方に頼もうとすると小刻みに震えだしたので、俺は引き攣る笑顔で宣言した。すると、スムーズに俺の手にミルキーキーホルダーが乗る。スタッフさんも気になっていたんですね。そして、普通に小学生に任せるんですね。自分から言った手前、やりますけど。

 

「えっと、あの、……これ。キーホルダーですけど、いりますか? ずっと見られていたので、欲しいのかなぁと思って」

 

 顔にとにかく笑顔をはりつけながら、俺は頑張って逝くことを決意した。俺の勇気ある行動に、周りの時間が止まったかのように硬直している。すみません、みなさん。固唾をのんで見守っていないで、援護とか何かしてくれませんか。ドラゴンに追いかけられて度胸を付けた俺でさえも、ちょっと足が震えているんですけど。

 

 俺がキーホルダーを片手に話しかけると、射抜かんばかりの視線が注がれる。そんな無言が数秒ほど続き、正直その間は生きた心地がしなかった。そして、俺の頭を軽く握り潰せるんじゃないかってぐらい大きな手が静かに差し出されたため、俺はそこに恐る恐るキーホルダーを乗せた。気分は完全に、異種族との初めての交信である。あの人差し指同士を合わせる感じの。

 

「……ありがとにょ」

「あっ、はい」

 

 彼の声は予想を裏切らない、すごく野太い声だった。意外にハスキーかもしれない。さらに大変ミスマッチな語尾がくっついてきたが、何故かそれに安心してしまった俺は、果たして正常と言えるのかちょっと疑問を持った。心の平穏のために、もう気にしないことにした。

 

 さすがは駒王町。こんな出会いがあるなんて、やはり原作との繋がりが深い場所は伊達じゃない。こうして、俺の記念すべき原作遭遇リストの四番目に名前を残したのは、たぶんミルたん(半覚醒前)だったのであった。

 

 


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