えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第三十二話 邂逅

 

 

 

 あれから、ミルたん(仮)は感動の涙を流しながら俺の手をぶんぶんと握り、キーホルダーのお礼にか、一枚の紙を俺に渡してくれた。中身は連絡先だった。普通に困る。可愛い女の子よりも先に、巨漢の漢の娘からもらえるなんて、心臓に悪い意味でドキドキした。

 

「ミルキーは困った人を助ける存在にょ。見ず知らずの相手を助けるその心、正しくミルキーと同じにょ」

「は、はぁ…」

「遠くからの憧れで終わらず、その行動から示す……教えられたにょ。困ったとき、ミルたんはいつでもキミの隣にいるにょ」

 

 それは遠慮したいな、と素直に思ったが、事なかれ主義全開な日本人スマイルで切り抜けることを俺は選択した。死にたくないので。よくわからないけど、なんか気に入られたらしいことはわかる。本当に理由はよくわからないけど。友好的なんだから、もうそれでいっか、と思うぐらいには俺はこの世界にちょっと疲れていた。

 

 それから「にょ」という謎の言葉を残して、静かに去っていくミルたん。やっぱりあの人、ミルたんだったんだなー、とぼんやり俺は思った。突然現れて、いつの間にかさらっといなくなる。圧倒的な存在感でありながら、気づいたら風のように消え失せているのだ。さすがは将来、あの最強の白龍皇に二度見される存在である。

 

 その背中を呆然と見送った俺は、数分後にようやく再稼働した。完全に空気に呑まれていた。意識が現実に戻ってくるような感覚と同時に、嫌な汗が服を濡らしていたのか、それが少し冷たく感じる。……恐ろしい。Tシャツ姿でこれだと、将来アレがネコミミゴスロリ魔法少女になったら、いったいどうなるっていうんだ。そりゃあ、例え異世界だろうと駆け巡って、生きて帰って来れるよ。

 

 あれ、そういえばミルたんって、確か異世界を体験した経験者なんだよな。原作で「異世界に行った」的なことを言っていたし。まさか、そのミルたんが行った世界って乳神がいる世界なのだろうか。ミルたんって、純粋で嘘はつかなさそうだからな。

 

 ……ん? それってつまり、もしミルたんの存在が世間に知られたら、リゼヴィム・リヴァン・ルシファーが動き出すかもしれないのか? 彼は異世界の存在を渇望していた。実はミルたんって、この世界を動かすかもしれない重要なキャラクターだったんじゃないのか。第一巻から第二十巻まで繋げた、壮大な伏線だったりしないか。

 

 ミルたんは異世界へ行った。これが世間に知られたら、その方法を知るためにリゼヴィムがミルたんを手に入れようと行動をしていたかもしれないのだ。夢の異世界の為なら、おじいちゃんはきっとやってくれるはず。それって下手したら、原作でミルたんの危機を救うために、テロ対策メンバーが立ち向かうIF展開もあったかもしれないのか。

 

 ミルたん(悪の組織に狙われたヒロイン)を巡った、『D×D』と『クリフォト』による大激闘…。ミルたんがまさかのヒロイン枠に参入である。もしもの話だけど、ありえないことではないのかもしれない。だって、リゼヴィムが動き出した動機って、マジで異世界の存在を感知したからだぞ。もしかしたら、リゼヴィムVSミルたんというまさかの夢の戦いも見られたかもしれないだろう。

 

「んな訳ないか」

 

 さて、ちょっと混乱してアホなことを考えた気がするけど、しっかり現実に戻ろう。俺は一度頭を振って、思考をクリアにする。彼が過去のミルたんであろうと、そうでなかろうと、これから先の関わりはたぶんないだろうと思った。彼は他人に一切左右されず、己の道を突き進みそうな人物だし。もう気にしないことにしよう。最近、自分に暗示をかけることが多くなったような気がするよ。

 

 

「……って、あっ! キーホルダー!」

 

 そうだ、お土産用にキーホルダーを二つもらうつもりだったんだ。俺は慌てて辺りを見回したが、すでにお客さんは散り散りになり、わからなくなってしまっていた。何人か目を付けていた人もすでにいなくなってしまっている。これはまずい、とスタッフさんに声をかけて、余っているキーホルダーがないか聞いてみた。しかし、ミルたんの視線の圧力をキーホルダー配りで紛らわせてしまったため、どうやら全てなくなってしまったようだ。

 

 うっかりしていた。さっきミルたんに渡す時に、スタッフさんからもう一個おまけや報酬でもらっておくんだった。俺はもう一回周りを見回すが、今更家族連れにミルキーストラップをくれませんかー? は、さすがの俺でも気遅れする。他の人に言うにも、すでに移動しているだろうし、誰が持っていそうかわからない。まだ近くにショーを見た人がいないだろうか。

 

 そんな内心焦っていた俺に、柔らかい女性の声が聞こえてきた。

 

「ねぇ、もしかしてさっきのショーで配られたキーホルダーが欲しいの?」

「えっ?」

 

 たぶんこちらに向けてかけられた言葉に、俺は後ろを振り返った。そこにいたのは、灰色の髪と目をした綺麗な外国人の女性だった。腰まで伸びた柔らかそうな髪は、光の加減で毛先が純白にも見える。少しつり目なところが勝気そうな印象を受けるけど、俺の身長に合わせて屈みながら話す姿は優しそうな感じに思えた。

 

 彼女の容姿に驚いたけど、次に俺の目に入ったのは彼女の衣服であった。これ、たぶん駒王学園の制服だ。縦縞が入ったシャツに黒のアクセント。小豆色っぽいスカートには可愛らしいレースがついている。だけど、ちょっと原作の制服とはところどころ違う気がする。駒王学園の制服によく似た制服でも通じる気がするけど、ちょっと周りを見ると、大体の学生らしき人たちは彼女と同じ制服を着ていた。

 

 ここは駒王学園に近いショッピングモールだ。ショーが終わって、ちょうど学校の下校時刻と重なっているから、たくさんの学生がいても不思議じゃない。そして、これだけの学生が訪れるのだとしたら、やはり駒王学園の生徒だと思った。原作の五・六年前なら、制服のデザインが違っていてもおかしくないだろう。

 

「どうしたの?」

「あっ、すみません。えっと、駒王学園の高等部の方、ですよね」

「えぇ、そうよ。君は小学生か、中学生かな?」

「俺は、小学生ですけど…」

 

 俺が質問に答えると、「わぁ、私もこんな時代があったなー」と彼女は明るい声で俺を見て笑った。今時の女子高生って感じだけど、外国の方だからか大人っぽくて大学生にも見える。日本語もすごく上手で、全く違和感が感じられない。

 

 ……もしかして、悪魔なのかな? 美少女外国人だから悪魔っていうのは、ちょっと暴論かもしれないけど、否定もできないんだよな。美人で妖艶なところとか。でも、駒王学園って留学生が多いって言われているからな…。何より、この時期に駒王学園へ通う悪魔なんていたっけ?

 

 確か原作の十年ぐらい前に、駒王町の前任者であった悪魔が粛清されてしまって、次の統治者であるリアス・グレモリーさんが来るまで、ここには統治者がいない状態だったって話だ。今はちょうどその空白期のはずだよな。統治者がいない街で、悪魔の子女が普通に高校へ通えるのだろうか。考えすぎかもしれないし、さすがにここで魔法の道具で確かめる訳にもいかないだろう。

 

 神器を通して観察するにも、この近距離じゃ不自然に思われるかもしれない。少なくとも、神器の効果で不審なものはちゃんと消せているんだ。彼女が何者でも、こんなに一般人がいる場所や時間帯で何かをしてくることはないだろう。一応原作に、灰色の髪の女性悪魔はたぶんいた記憶がないしなー。そうだ、そもそもなんでこの人は俺に声をかけてきたんだろう。

 

「そうだった、そうだった。はい、これ。君、欲しかったんでしょ」

「それ、さっきのショーでもらえたキーホルダー」

「ちょっとプレゼントを買いに買い物に来て、商品をラッピングしてもらっている間暇だったからぶらぶらしていたんだ。そうしたら、たまたまショーをやっていたから、つい覗いてみたら一緒にもらっちゃってね。私も少しどうしようか困っていたし、よかったらあげるよ」

 

 灰色の女性の手には、俺が欲しかったキーホルダーがあった。はっきり言おう、すごくありがたい。このお姉さんが、悪魔かとか関係なく、後光が射すような女神に見えてくる。あまりに表情に出すぎた所為か、くすくすと笑われてしまった。いかん、さすがに恥ずかしいぞ。

 

「あははっ、そんなに好きなんだ。魔法少女ミルキー」

「えっ……。ちっ、違いますよ! このキーホルダーは、俺の知り合いがファンだからお土産にもらっていくために必要だからで。決して俺がですねっ!」

「そんなにムキにならなくてもいいよー。ふふっ、男の子でも好きなものは好きでいいじゃない。周りから何を言われたって、……好きになってしまったものは仕方がないもの」

「いや、本当に俺の為じゃなくてですね! ミルキーは確かにアニメとかで見てはいますけど、ってあぁ、もうっ!」

 

 そんな生温かい視線を向けられると、ものすごく居た堪れないんですけどっ! 俺は嘘も間違ったことも言っていないのに、客観的に見たら明らかに好きなものに素直になれない墓穴を掘る人だ。何この八方ふさがり。否定すればするほど、彼女の目が優しくなっていく。一瞬だけ、辛そうな感じに見えたけど、すぐにどこかいたずら好きな笑顔を見せた。さっきのは見間違えだろうか…。とにかく、俺のメンタルは大ダメージです。

 

 

「……もうミルキー好きでいいですよ、こんちくしょー」

「ぷっ、あははは。ごめんごめん。お姉さんも言い過ぎました。お詫びにこのキーホルダーをタダで進呈しましょう。普段のお姉さんはこういった取引関係はきっちりしますが、今回は特別に謝罪も込めてねっ!」

「さっきお姉さん、そのキーホルダーをもらって自分も困っていたって言っていませんでしたっけ?」

「あっ…、あはははは」

「上手く丸め込まれたような気がしますけど、どうもありがとうございます。正直、助かりました」

 

 どうもこの人、ちょっと憎めない感じの女性だ。見た目は大人っぽいのに、明るくて、おちゃめなところもあって。ウインクをしながら、小さく舌を出す彼女に、俺も一緒に笑ってしまった。俺は手を差し出し、お姉さんの手から直接キーホルダーを手渡してもらう。その時に握手をするような感じになった。

 

「――えっ」

「ん?」

「う、ううん。なんでもないわ。はい、せっかくあげたんだからなくしちゃダメよ」

「なくしませんよ。でも、すぐにプレゼントであげちゃうかもしれないですけど」

 

 お互いに手を離し、俺はもらったキーホルダーを握り締めながら彼女と交互に見る。今、何かあったか? 一瞬だったから、よくわからなかった。でも、特に違和感も何か変化した様子もない。俺の手が冷たかったとか、そんな理由だろうか。さっきのは気の所為って感じじゃなかったんだけど。でも、俺の能力はちゃんと発動されているし、俺は一般人の子どもに見えるはずだ。彼女がアザゼル先生クラスだったら、詰みだけど。

 

 少なくとも、このお姉さんは悪い人じゃないと思う。はぐれ悪魔やはぐれ魔法使いと遭遇した時は、すごく嫌な予感や黒いドロドロしたものが流れ込んでくるような感じだった。でも、彼女にはそれが全く感じられない。大人っぽいのに、笑うと子どもっぽいところは年も近いからか、なんだか恵さんに似ているような気がする。

 

 俺の立場的に、慎重にならないとまずいのはわかっている。だけど、なんでもかんでも悪い方に人を疑うのは……俺がすごく嫌だ。わざわざ困っている俺に声をかけてくれて、俺が欲しかったものを譲ってくれたんだ。他の人たちみたいに、そのまま離れて行っても誰も咎めないのに。それでも、彼女はこうして俺を助けてくれた。

 

 そうだ、このお姉さんは良い人だ。単純かもしれないけど、俺はそう思った。なら、疑ってもやもやしたままじゃなくて、しっかりお礼を言うべきだ。だって今は、俺を助けてくれた優しくて明るいお姉さんなんだから。

 

「お姉さん、本当にどうもありがとうございました」

「そんな何度もお礼を言われるようなことじゃないわよ。でも、どういたしまして」

「お姉さんも、確か誰かにプレゼントをするんですよね。喜んでくれるといいね」

「……うん。喜んでくれたら、嬉しいな」

 

 俺からの言葉に、彼女は目を細めて微笑み返してくれた。たぶんだけど、お姉さんがプレゼントを渡そうと思っている人は、彼女にとって大切な人なんだろう。だって、今までで一番綺麗な顔で笑ったような気がしたから。

 

 短い時間だったけど、ここでお別れかな。俺も彼女もこれから予定がある。原作の時系列がわかったら、駒王町にはできるだけ近づかないつもりだから、もう会うこともないだろう。ちょっと寂しい気もするけど、楽しい出会いと思い出ができたと考えれば、駒王町に来てよかったと思えた。

 

 それから、お互いに手を振り合って挨拶をし、それぞれの目的へと足を進めたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「さてと、それでは最大の目的である、『兵藤家』を探しに行きますか」

 

 ショッピングモールから出て、駒王町の地図を片手に気合を入れ直す。地図には電話帳や図書館などで保管されている明細地図から調べた『兵藤家』を全て載せている。もし地図を他人に見られても大丈夫なように、色々工夫して気を付けてはいるけど、ここからまず探していこうと思う。

 

 「兵藤」なんて名字はそう多くないだろうし、たぶん彼は俺とそこまで年が変わらないと思う。同じ小学生ならまだ午前授業だろうし、家にいるか近くの公園とかで遊んでいると考えた。もし、友達の家に遊びに行っている場合は、仕方がないから夕方まで待つか、近所の方から世間話的にさらっと聞くしかないだろう。無事に彼が見つかればいいんだけど。

 

 駒王町にある『兵藤家』は、全部で三軒だ。内一つは、駒王学園から離れているため、近場の方にある二軒から行くべきだろう。俺はきょろきょろと街を探索しながら、目的地へ向けて歩き出した。途中で古本屋やゲーム屋など気になったお店は覗くようにしている。趣味や探索中なこともあるが、純粋に気になったし。もしかしたら、兵藤一誠だっているかもしれないよな。

 

 そうして、兵藤家を目指して巡りながら、ぐるっと駒王町を回ってみた。歩道橋を渡り、商店街を通り抜け、兵藤家に着いたら神器で魔法の気配を消しながら、透視の魔法を使って覗いてみる。その結果、家の中に子どもの姿はなかったが、子ども部屋の有無は把握できた。二つの内一つは、一人暮らしの家だったが、もう一つの方は家族で暮らしているとわかったのだ。ここの可能性が高いな。

 

「だけど、ランドセルがないな…。子ども用のおもちゃはあるけど、なんだか小さい子向けって感じだし」

 

 俺は透視の結果に首を傾げてしまった。もしかして、駒王学園から一番離れている『兵藤家』が当たりだったのだろうか。念のため、もう一個の方も見ておこうと考えた。俺は地図を見て、公園を突っ切れば最短コースで行けそうなことに気づく。ちょっと遠いし、近道をしてもいいだろう。

 

 俺は一つうなずき、駒王町の少し外れの方にある公園の中へ入っていく。木々が並んだ道を真っ直ぐに歩いているけど、なんだかちょっと寂しい公園だな。ちょっと外れにあるし、人通りがあまりないからかもしれない。ふと顔を前に向けると、白で統一された噴水が目に入った。芸術には詳しくないけど、なんだかヨーロッパにありそうな石造りのデザインだ。この公園、噴水と小さな広場しかないみたいだな…。

 

「もしかして、ここって……」

 

 噴水があって街の外れの方にある、人通りの少ない小さな公園。この場所って、やっぱりあそこなのかな。思わず立ち止まって、ゆっくり辺りを見回してしまった。もし俺の想像が正しければ、ここは兵藤一誠が天野夕麻(あまのゆうま)――堕天使レイナーレに殺される場所じゃないだろうか。この場所から、彼を中心に様々なことが起こっていくのだ。それに感慨深いような、不思議な気持ちになった。

 

 俺は噴水の縁に座り、空を見上げると明るい青空が見える。そっと耳を澄ませば、噴水の流れる音と、子どもの泣き声ぐらいしか聞こえない。本当に静かな公園だなって、……子どもの泣き声?

 

 

「もう男の子でしょ! このぐらいで泣かないの!」

「だって、ひっく…。いきなり引っ張られたら痛いに決まっているじゃん、うぅ……」

 

 俺は声のする方に進んでいくと、そこには二人の子どもがいた。一人は栗色の髪を一つ縛りにしたタンクトップの子で、もう一人は茶髪の泣いている子だった。茶髪の子の足が擦りむいているので、さっきの会話から栗色の子が彼を引っ張っちゃって、それであの子はこけてしまったのだろう。血と土で汚れた足は、確かに痛そうだ。

 

「うぇっ、っくぅ……」

「あっ、うっ…。その、ごめんね。私のママのところに行って、手当てをしてもらおう。えっと、歩ける?」

 

 さすがに相手の子の痛がりように、栗色の子もおろおろしだしてしまったようだ。しかし手を差し出しても、茶髪の子は目に涙を溜めながら首を横に振る。痛みから動けずにいる子と、どうすればいいのかわからず、一緒になって目元に涙が溜まり出した子。二人とも、幼稚園児かたぶん小学校低学年ぐらいかな。あの年齢じゃ、さすがに自分たちでなんとかするのは難しい。仕方がない、ここは俺が動くしかないだろう。

 

「ほぉーら、どうしたお前ら。こんなところで泣いたって仕方がないぞー」

「えっ?」

「お兄ちゃん、誰?」

「おっ、露骨に警戒された。親御さんの教育がよく行き届いているようで」

「当然よ! パパもママも最高なんだから!」

「お、俺のおとーさんとおかーさんだってすごいぞ!」

「はいはい、対抗意識を出さなくていいから。まぁ、泣き止んでよかったけどさ」

 

 俺の言葉に元気に反応するちびっこたちに、つい噴き出してしまう。俺は背中に背負っていたリュックをおろし、中から簡単な救急セットを取り出した。もしものために持ってきて正解だったな。子どもたちはリュックから出てくるグッズに目を見開いているようだ。そうだよね、自分でも準備が良すぎると思うよ。

 

「とりあえず、手当てをしてやるからまずはあそこの水道で傷口を洗っておこうな。座れそうな所は…、なぁ、向こうの噴水までなら頑張って歩けるか?」

「う、うん」

「よし、いい子だ。そっちの子は、近くに親がいるなら呼んできてくれないか?」

「あっ、その…。私たち、ちょっと探検しちゃっていて、それで……」

「親が近くにいないと。まったく、お前らぐらいの年齢の子どもは、ちゃんと大人が見ている所で遊びなさい。やんちゃなのはいいけど、こんな風に怪我をしたら大変だろ?」

 

 ちょっと叱り口調で言うと、二人とも悲しそうなぐらい肩を落としたが、ちゃんと頷いて見せた。きちんと反省できているのなら、大丈夫だろう。俺はそれに笑顔で安心させてやると、茶髪の男の子の身体を横から支える。俺の補助を受けながら傷口を水道で洗い、噴水まで彼は自分の足でゆっくりと歩いていった。

 

 無理だったらおんぶしようかと思っていたけど、なかなか強い子だ。傷口の砂を取るために水を掬って洗い流すと、痛みからまた涙が目に滲んでいるようである。それでもさっきとは違い、泣かないようにしている姿は、本当によく頑張っていた。

 

 それから、洗った足に消毒液を塗り、絆創膏を貼っておく。さっきは勝気なことを言っていた栗毛の子の心配そうな目に、小さな笑みが浮かんだ。それにしてもさっきこの子、自分のことを「私」って言っていたから、もしかして女の子なのかもしれない。この年代の子って、服装ぐらいでしか判断が難しいんだよな。服は動きやすそうなものだし、正直どっちなんだろう。

 

 まぁ、それは置いといて。処置は終わったけど、まだ痛みが続いていそうだな。本当は駄目だけど、頑張ったご褒美ぐらいならいいよな。俺は神器で子どもたちには魔方陣が見えないように力を発動させ、ラヴィニアから教えてもらった痛覚を和らげる魔法を子どもの足にかけてみた。一応何度も練習した魔法だから自信はあったけど、きちんと発動できたみたいである。自分の中の魔法力が減る感覚を感じながら、この子の痛覚を和らげていった。

 

「あれ、あんまり痛くなくなった…」

「きっと泣かないように頑張ったから、良いことが起きたんだよ。歩けそうか?」

「ん、……うん! 歩けそう! ありがとう、病院のお兄ちゃん!」

「ははっ、病院のお兄ちゃんね」

 

 子どもにつけられた直球なネーミングに、思わず笑ってしまった。なんにしても、元気になって何よりである。とりあえず、この子たちが知っているところまで連れて行ってやるかな。ここまでやって置いて行くのはなんか嫌だし、最後まで面倒を見るべきだろう。

 

「心配だし、家の近くまで送っていってやるよ。次からは親か人目があるところで遊ぶんだぞ」

「はい、わかりました。その、ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 栗毛の子は素直に返事をすると、最初の頃の警戒心は消え、嬉しそうにお礼を言ってくれた。その後、茶髪の子にいきなり引っ張ったことをもう一度謝って、二人とも仲直りできたようだ。俺はリュックの中に道具一式を片付け、立ち上がると公園の出口に向けて三人で歩き出した。

 

 

「ねぇ、病院のお兄ちゃんは何歳なの?」

「俺か? 俺は十一歳だな。お前らは同じ年か?」

「うん! 来年小学校に一緒に行くんだ」

 

 「ねー!」と、嬉しそうに話す幼稚園児たちに微笑ましくなる。俺に下の兄弟とかができたら、こんな気持ちになるのかな。前世で兄ちゃんがいた時は、喧嘩ばっかりしていた気がするけど。二人とも明るくていい子だし、小学校に入学したらきっとたくさん友達ができるだろう。幼馴染同士、仲良くこれからもいてほしいものだ。

 

「へぇー、じゃあ五・六歳ぐらいか。小学校はたくさん学べるし、友達もいっぱいできるし、面白いことが色々あるからな。来年を楽しみにしておけよ」

「わぁ、楽しみだね。イリナ!」

「うん、イッセーくん!」

「…………ちょっと、待とう。お子様たちよ」

「どうしたの、病院のお兄ちゃん?」

 

 純粋に慕うような視線を向けて来る幼い子どもたちに、俺は精一杯の笑顔を張りつける。聞き間違いであってほしい。それか、ただの似たようなニックネームという可能性。だって、そんなはずはない。こんな現実が起こり得る訳がない。自分の頭の中がぐるぐると気持ち悪いぐらいに揺れ、嫌な汗が噴き出してくる。

 

 茶髪の男の子と、栗毛の女の子っぽい子。間違いであってほしいと強く願っているのに、俺の記憶や知識はすでにある答えを導き出してしまっている。イッセーとイリナと言う名前は、あまりに聞き覚えがありすぎた。そして、もし俺の知識が正しいのなら、彼らは決して同じ小学校に通うことはできない。次に彼らが再会するのは、これから十年以上も後。それも、片方は人間ではなくなってしまっているのだから。

 

「なぁ、……お前らの名前ってなんていうんだ?」

「名前? 俺は兵藤一誠だから、イッセーって幼稚園のみんなに呼ばれているんだ」

「私は紫藤イリナって名前で、イリナって私もみんなから呼ばれているよ」

 

 満面の笑みで、こちらに名前を教えてくれる二人に、俺は本気で眩暈が起こった。この子たちがいるから我慢しているが、今すぐに座り込んでしまいたくなる。ここまで言われれば、俺だって現実を直視する。だけど、未だに信じられない気持ちばかりが溢れ出ていた。

 

 俺は今まで、ずっと主人公である兵藤一誠たちと同じ年か年が近いと思っていた。いや、勘違いしていた。そうだ、だって彼らと同じ年ぐらいだっていうのは、俺の勝手な想像だ。俺は無意識の内に、自分が彼らよりもずっと年がはなれているかもしれない可能性を切り捨ててしまっていた。あの時、ミルキー悪魔さんが「少し前に魔王様に妹が生まれた」と言っていたのは、本当にそのままの意味だったのだ。

 

 俺は今十一歳で、今年度で満十二歳になる。そして、兵藤一誠が現在五・六歳である。つまり、俺と五・六年の年の差だ。大きい、あまりに大きすぎる。原作が始まって中心となる登場人物のほとんどが高校生の中、俺は完全に二十歳超えである。みんなより一足先に、大学生になっているのだ。どうしよう、全然実感ができない。

 

 何よりも、原作は兵藤一誠が高校二年生の春に始まる。逆算すれば、今から約十年後だ。原作までの年数が欲しいなー、とは思っていたけど、まさかの年数に開いた口がふさがらない。十年後って、それって倉本奏太が今まで生きてきた年数と同じ分だけの時間ができたということである。原作が五・六年前後に始まると思っていたら、まさかの倍だ。これって、喜ぶべきなのか。それとも、和平までの緊張状態が十年も続くことに胃を痛めるべきなのか。

 

 あまりに突然の情報に、混乱して思考が追いつかない。どうしよう、俺がどうしたらいいのかがわからない。そういえば、このイッセーって子どもは代名詞である「おっぱい」って言っていないじゃないか。まさかの同姓同名の可能性が、……紫藤イリナがいた。イッセーがおっぱいに覚醒するのは、確か小学生の間だった。つまり、今は純真無垢な明るい少年でしかない。なんてことだ。もう頭がいっぱいいっぱいすぎる。

 

 

「くそっ、なんで…。なんで俺を、イッセーがおっぱいおっぱい叫んでいる時代から引き離しやがったァッ! てめぇっ、世界のこの野郎ォォォッーー!!」

「病院のお兄ちゃんが、いきなり頭を抱えて叫びだしたっ!?」

「ど、どうしよう、イッセーくん! 病院っ!? 病院のお兄ちゃんを病院へ早く病院に、……あれ?」

「お、俺がおっぱいって叫べばいいのか? おっ、おっぱーい! おっぱーい! 病院のお兄ちゃん、ほらしっかり! おっぱーい! おっぱァァッーーい!」

 

 ここが人気のない公園で本当によかった、と後で冷静になって心底思いました。健気で純粋な思いから如何わしい呪文を唱えるイッセーくんと、病院がゲシュタルト崩壊して目を回しているイリナちゃんの頭を優しく撫で、素直に二人へ俺は謝った。

 

 ごめん、冷静さを失って、子どもたちを混乱の渦に巻き込んでしまった。彼らに罪は全くない。悪いのは、きっとモブに全く優しくないこの世界だ。完全に八つ当たりだけど、そう思わないとやっていられなかった。

 

 こうして俺は、色々予定外なことが起こりながらも兵藤一誠と邂逅し、何とか原作の時系列を知ることができたのであった。

 

 

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