えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第三十三話 夕暮れ

 

 

 

「ありがとう、病院のお兄ちゃん!」

「ありがとうございました!」

「お、おぉー。元気でなー」

 

 あれから思考はまだ混乱中だったけど、身体はやるべきことをしっかり果たしてくれた。イッセーくんとイリナちゃんを連れ、さっきまで俺が歩いてきた道を逆戻りし、先ほど見た子ども部屋がある『兵藤家』の近くまで来ることになった。やはり、あの家が彼の家だったらしい。

 

 それから元気に挨拶をして、二人は真っ直ぐに家へ帰っていった。俺は神器の波動が出ないように念入りに消していたし、神滅具を確認するのはもしもの時に刺激したらまずいからやらなかった。イッセーくんに俺は魔法をつい使ってしまったし、もし覚醒したらどうしようと冷や冷やしまくりであった。でも、少なくとも特に変化は起こっていないようだ。それに安心したと同時に、ドッと疲れてしまった。

 

 本当に思ってもいなかったタイミングで、邂逅してしまったものだ。兵藤一誠は俺と同じ小学生ぐらいか、もしかしたら中学生って気持ちが、当たり前のようにあったから想像すらしていなかった。まさかの年下、それも幼稚園児である。

 

 あまりにも普通に関わっちゃったけど、傷を治して少し話をしただけだから、たぶん俺の存在が彼らに強い影響を与えたなんてことはないだろう。おっぱい呪文は、イッセーくんに周りへ言わないようには言い含めたけど。……大丈夫だよな、きっと。しかし、あんな純粋で素直な子が、エロハーレム王を将来目指すのか。色んな意味で目頭が熱くなった。

 

「はぁ…。とりあえず、これで目的は達成だよな……」

 

 ミルたんやチビイッセーくんという予定外の出会いもあったが、当初の目的は無事に完遂することができたのだ。正直俺がこれからどう動いていくべきなのか、まだ見当もつかない。とにかく今は、この疲れて重い身体を早く休ませたい。難しいことを考えるのは、また後日にしよう。今日だけは、もう何も考えずに平和に過ごしたい。原作から十年以上前って、本当にそりゃないよ。

 

 俺は夕暮れの見え出した空を見上げ、駒王町の駅に向かって歩き出した。少し急がないと、暗くなりそうだ。ブロック塀に囲まれた道を進み、落ち込みそうになる気分をなんとかつなぎとめながら、とぼとぼと帰り道を行く。うん、やっぱり今回のことは、それなりに俺の中ではショックであったらしい。主人公たちと同じ世界に転生したから、過ごす目線だけでもきっと同じだと思っていたのだ。遠くで激動の時代を一緒に経験していくんだろうなー、と想像していた日々。

 

 何より一番きついのは、三大勢力による和平が遠いことだ。禍の団という厄介な敵が出てきたり、リゼヴィムという世界崩壊の危機とかが出てきたりして、それも怖いんだけど。それでも、そこから先は主人公たちがいる。モブはモブらしく後方支援をしながら応援をするつもりだったのに、和平前はそんな悠長な考えでいたらマジで死ぬ。周りが本当に死亡フラグの塊すぎるのだ。俺にとっては、泣きたくなるような時代であった。

 

 きっと原作知識がなければ、倉本奏太と兵藤一誠は一切交わることはなかったのだろうな。このまま落ち込み続けても仕方がないし、十年の猶予ができたと前向きに考えていくしかない。そういえば、予定外と言えば、紫藤イリナにまさか会えるとは思っていなかった。

 

 原作では彼女が兵藤一誠の幼馴染であり、幼い頃は一緒によく遊んでいたって語られていたのは覚えている。男の子だと勘違いされていたぐらいの、やんちゃぶりだったって言っていたな。「自称」天使と言われるようになる転生天使で、天真爛漫なミカエル様のエース。俺が彼女と出会うことはないって思っていたから、本当にびっくりしたものだ。

 

 

「……あれ?」

 

 待て、今のところちょっと待って。俺は働いていなかった頭をなんとか再稼働させないとまずい、と勘のようなものがふいに働いた。疲れたとか言っている場合じゃなくて、今すぐに考えないとやばい問題があるような気がしたのだ。まさかの原作時系列に停止していた思考を、必死にフル回転させた。

 

 俺が引っかかったところ、それは「兵藤一誠」じゃない。「紫藤イリナ」だ。彼女がこの駒王町で普通に暮らしている。つまり、彼女はまだ外国に引っ越していない。イリナちゃんは原作の初期に登場する、教会の人工聖剣使いとして駒王町に派遣されてくる。堕天使の幹部コカビエルが盗み出した聖剣を回収しにきた、栗色のツインテールの美少女。俺の嫌な予感は、やはり彼女にある気がした。

 

 彼女自身は、たぶん違う。そうだ、どうして俺は彼女と出会うことはないって思っていた。それは、彼女が小学校へ上がる前に外国へ引っ越すことを原作知識で知っていたからだ。そこでイリナちゃんは、教会の教えを受け、信徒となっていくって流れだったはず。だけどまずどうして、紫藤イリナは駒王町を引っ越すことになったのか。その理由は確か、彼女の父親である紫藤トウジに原因があったって語られていた。

 

 そう、当時まだ紫藤イリナがいた時代の駒王町で、事件が起こってしまったからだ。粛清という、悲しい結果となる大きな事件が。それが原因で、紫藤一家はこの街にいられなくなったのだ。その事件こそ、原作で語られることになった悲恋の物語。十年後、怨嗟の復讐鬼となった元教会の戦士によって、ようやく暴かれることになった闇に葬られた出来事。悪魔の女性と教会の戦士という禁断の恋が起こした、過去でしか語られることのなかった事件。

 

 駒王町の前統治者であるクレーリア・べリアルと、紫藤トウジの部下である八重垣正臣(やえがきまさおみ)による悲しい事件。原作では過去として終わってしまった物語。だけど、俺が今いる場所はどこだ。俺が今いる時代はいつだ。今更気づいた事実に、俺は思わず口元を押さえてしまった。

 

 まずい、まずいなんてもんじゃない。一刻も早く駒王町から出ないと、とんでもないことになるかもしれない。俺は現在ここには、悪魔の統治者がいない空白期だと思って来ていた。だけど、違う。紫藤イリナがいるのなら、前統治者はまだ生きている。この街は、駒王町は、間違いなく現在悪魔が管理している土地なんだ。それも、特大の爆弾を抱えた状態で。

 

 

「――ッ!」

 

 気づけば、俺は走り出していた。先ほどまでのんびり楽しんで歩いていた街が、今では不気味で仕方がない。バクバクと鳴る心臓の音が聞こえてくるようで、脂汗が額から流れる。今は夕方だ。もう悪魔の活動時間になっていたとしてもおかしくない。暗くなる前に駒王町を出ようと、俺は全速力で道を駆け出した。

 

 迂闊だった。本当に最悪の時期に来てしまった。せめて去年、いや来年だったら、ここまで焦る必要はなかった。だけど、今はイッセーくんが小学校に入る前で、しかもクリスマスの前だ。原作で彼らは、幼い頃のクリスマスに約束をしていた。それから、紫藤イリナは引っ越していった。つまり今から半年ぐらいの間に、確実に事件は起きるのだ。それって、とんでもない緊張状態かもしれない時期じゃないか!

 

 俺は次の角を右に曲がり、次もまた右に曲がる。そうしたら大きな道路に出るはずだから、そこを真っ直ぐに行けば駅にたどり着く。手の中にある地図を確認しながら、考えた通りの通路を進んだ。そのはずなのに、俺が見たのはまた入り組んだ道だった。

 

「えっ?」

 

 道を間違えた? 大通りはもう一本先だっただろうか。俺は慌てて地図を確認しようとするが、ポケットに入っている相棒から紅の思念が突如過った。そこでようやく、俺は自分が冷静さを失っていたことに気づく。ここから逃げることに夢中で、自分ばっかりでまったく周りを気にしていなかったことに。やばい、アザゼル先生に怒られる。あまりに情けないミスだ。

 

 俺は一度立ち止まり、ゆっくりと相棒を通して辺りを見渡した。やっぱり、人気がない。夕暮れに包まれる街に、まるで俺しかいないような感覚。この感じ、はぐれ魔法使いとの戦いで感じたことがある。つまり、時すでに遅し。俺はすでに相手の術にとらわれている。どこで気づかれたのかわからないのが痛いが、俺はすぐに動けるように身構えた。

 

 相手はどっちだ。悪魔か教会か。もしかしたら、教会かもしれない。俺は紫藤イリナと接触してしまった。もし紫藤トウジが娘の安否を気遣って何か術をかけていたのだとしたら、それで何か不審に思われた可能性がある。

 

 どっちにしても、良い状況じゃない。特に教会と魔法使いの協会は敵対はしていないけど、良好な関係とは言いづらいのだ。主に思想の違いで。魔法は元々教会の敵である悪魔の魔力を元に作られた力である。三大勢力で同盟を組んだ後も、教会には否定派がいたぐらいだ。表立って敵対はしていないけど、眉を顰められる関係ではあった。

 

 ここまで来たら、俺も覚悟を決める。メフィスト様からいただいたスティックを左手に構え、神器を『Analyze(アナライズ)』で分解しておき、いつでも投擲できるように縮小させたまま右手で隠し持つ。神器の存在だけは、絶対にギリギリになるまで見せる訳にはいかない。くそっ、やっぱり駒王町に行くなら、もっと慎重に動くべきだった。駒王町に行ったら、ピンポイントで原作の過去の事件に巻き込まれるかもしれないだなんて、想像できるわけがないだろう。モブは自分とは関係ない事件に何故か巻き込まれる、みたいなジンクスとかいらない。

 

 

「人影……?」

 

 夕日の逆光で詳しくはわからないが、人影が俺に向かって歩いて来るのが見えた。俺の目に見えるのは一人だけだ。だけど、伏兵がいたとしてもおかしくない。俺は仙術もどきで周りの気の流れと同調させながら、神器を通して警戒を怠らないようにする。数メートルぐらいの範囲だが、俺に近づく気配を察知してくれるだろう。

 

 そして、真っ直ぐに俺に向かって来る人物は、光の加減で見えづらいがどうやら女性のようだ。この時点で紫藤トウジの可能性は消えるけど、不思議に思ったのは、その女性が着ている衣服であった。教会のシスター服ではなく、小豆色のスカートにレースがついた、可愛らしい学園指定の制服。シャツを押し上げるように強調している胸は見事なプロポーションであるとわかり、腰まで流れる髪が反射して純白に輝いているようにも見えた。

 

 誰だ? 教会の人間じゃないのはわかる。俺は咄嗟に魔法の道具で、周囲に魔力が感じられるかを調べる。すると、出てきた結果は是。つまり、彼女はおそらく……悪魔だ。ここの前統治者であるクレーリアは、女性であること以外の詳細がわからない悪魔。もしかしたら、彼女の眷属である可能性もある。

 

 しかし、そんな俺の思考は聞こえてきた声によって止まってしまった。

 

「さっきぶりだね、ミルキー小学生くん。その杖を見る限り、やっぱりこっち側の人間だったみたいだね」

「えっ…」

 

 ミルキー小学生くん。そんな涙を流したくなるようなニックネームをつけられる覚えは、たった一人だけ。身体が思わず震えてしまった。沈んでいく太陽によって光の角度が変わり、逆光で見えなかった女性の全貌が俺の目に映った。

 

 少し白にも見える毛先を持った灰色の髪。笑顔で輝いていた秀麗な容姿は、今はどこか固く感じる。髪と同じ灰色の目を持つ女性は、まるで普通の学校帰りの女子生徒のような出で立ちでそこに立っていた。

 

「あの時の、お姉さん?」

「うん。ごめんね、あなたに渡したキーホルダーに、術を咄嗟にかけていたの。あなたに渡したキーホルダーには、あなたの居場所を探知する魔術をかけていたわ。でも、あなたの手に渡った瞬間に、その魔術が消え失せてしまった。魔術は発動されているのに、こちら側に探知できないように阻害する何かがある。だから、何かあると思って君を見ていたんだ」

 

 キーホルダーに魔術をかけられていた。それに目を見開き、信じられない思いでいっぱいだった。探知魔法が消え失せたのは、俺の神器の効果だろう。俺は神器や魔法などの自分が持つ特殊効果を外部に漏らさないようにしていた。その効果が、もらったキーホルダーにかかっていた術も消してしまったのだ。それによって、彼女に不審を抱かれてしまった。

 

 彼女とは間違いなく、偶然の出会いであったはずだ。まさかキーホルダーに魔術を施すなんて、思ってもいなかった。いくら魔法や魔術の勉強をしている俺でも、まだ教えてもらって一ヶ月の素人に一本毛が生えたぐらいだ。魔術を探知するなんてまだできない。だけど、あの時は完全に油断していた。彼女がこんなことをするなんて、考えたくなかったのだ。

 

「なんで…」

「あの時、君の手をたまたま握った時、私の能力が発動されたの。それで、まさかと思って術を施してしまった」

「お姉さんの能力?」

「今ちょっと、私の周りがゴタゴタしていてね。私の眷属から護身のために、常に自分の能力を発動させておいて、相手の特性や特殊効果を消せるようにしておきなさいって言われていたの。だから、あの時私があなたの手を握った時に能力が発動されそうになって、慌てて閉じたのよ。……私の能力が発動されそうになったってことは、相手が何か特殊な効果を使っているってこと。だから、君が普通の人間の子どもじゃないって違和感を持ってしまった」

 

 相手の特殊能力や効果を消す力。聞きようによっては、俺と似たような能力だ。おそらく彼女が常に身に纏うようにしていたその異能を消す能力が、神器の消滅という異能を発動していた俺と接触したことで気づかれてしまったのだ。まさかの発覚方法に、俺も頬が引きつるしかない。運が悪かったというか、タイミングが神がかり過ぎだ。ミルキー関連って、碌なことしか起こっていないような気がするぞ。

 

 それにしても、相手の特殊効果や特性を消し去る能力。神器の力ではないだろう。そして俺は、その力を原作で知っていた。俺が原作で見たのは、彼女ではない別の一族の者が使っていた姿。でも、彼女も彼と同じ家柄に生まれたことから、おそらく使えるのだろう。元七十二柱の悪魔の家柄の出身であるならば。

 

 ……なんで、なんでここで出会ってしまうんだろう。なんでよりにもよって、彼女と接触してしまったんだよ。彼女の能力が俺の予想通りなら、このお姉さんの正体に気づいてしまった。今ならこの人の灰色の髪は、『皇帝』と呼ばれていた彼と同じであったとわかる。大人びている容姿なのに、どこか子どもっぽくて、素敵な笑顔を浮かべることができる女性。だけど、彼女は……。

 

 

「……あなたは?」

「悪魔はご存じかしら。改めて挨拶をさせてもらうわね。私は現在この駒王町の管理を任されている、クレーリア・べリアルよ。あなたの能力に気づいたのは、私たちべリアル家が持つ『無価値』の力。どうぞ、お見知りおきを」

 

 まるで貴族のお姫様のように優雅に挨拶をするクレーリアさん。いや、彼女は分家だったと聞くけど、しっかり貴族の一員であった。そして、現レーティングゲームの王者である『ディハウザー・ベリアル』の従姉妹。彼と親しい関係にあり、レーティングゲームなどのゴシップが大好きで、好奇心の強そうな女性と描写されていた。原作ではすでに、……遠い過去となってしまった人物。

 

 悪魔と聖職者という禁じられた恋をしたことで、悲恋として粛清されて殺されてしまう女性。だけど、その裏では古き悪魔たちの陰謀が渦巻き、彼らによって闇に葬られることとなる事実が明らかにされる。そして彼女の存在こそが、後に聖杯によって甦った八重垣正臣と、『皇帝(エンペラー)』の異名を持つ男を復讐へと走らせる要因。彼女の死こそが、この世界の大きな流れとなっていた。

 

 夕日がまぶしく彼女を照らし、次に彼女の背中から悪魔の羽が展開されていた。一筋の風が俺と彼女の間を流れ、お互いの髪が静かに揺れる。訪れた無音の世界は、より俺の目にその灰色を焼き付けさせるようだった。

 

 

 これから駒王町で起こるだろう現実が、俺の目の前にあった。

 

 

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