えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第三十四話 前任者

 

 

 

「へぇー、ショウくんってこんなに小さいのに『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の魔法使いなんだねー」

「あの…、人の頭を上からポンポン叩かないでくれませんか」

「クレーリア。どんなに年齢が低くとも、相手は正式な魔法使いとして認められている子よ。(キング)として、もっと毅然とした態度で……」

「ルシャナは相変わらず厳しすぎだよ。それにミルキー小学生くんとはプライベートで会っているんだから、別にいいでしょ? だから、私の領土に入ってきちゃったのもただ遊びに来ただけ。王として許可したんだから、……それじゃだめ?」

「もう、あなたはいつもそうやって…」

 

 困った様に溜息を吐く金髪のお姉さんに申し訳ない気持ちになる。明らかにあなた方の王であるクレーリアさんが自由奔放なのと、俺が原因ですね。ごめんなさい。広いソファーにクレーリアさんと一緒に座らされている俺は、もうどうしたらいいのかわからず、硬直するしかないんだけど。

 

 ここは駒王学園の近くにある広いお屋敷で、確かに地図でも見た覚えがある。どうやらこのお屋敷が、クレーリアさんが暮らしている家らしい。ここには他にも眷属が数人住んでいて、今俺の目の前にいる真面目そうな女性は女王(クイーン)だと紹介された。おちゃめで明るいクレーリアさん(キング)と、厳しく苦労性なルシャナさん(クイーン)という構成は、凹凸ながらも機能しているのだろう。

 

 実際、クレーリアさんは行動力があって、咄嗟の時に対応する機敏がある。ルシャナさんも呆れながら、それに慣れているのか肩を竦めて小さく笑っていた。彼女たちの間には、きっと強い信頼関係があるのだろう。

 

「あなたも、もっと下調べをしてから来なさい。悪魔の領土に無断で入るなんて、本来ならこんなにも穏便に済まされないのよ」

「はい、思慮が足りませんでした。すみません…」

「ルシャナ、もうそのあたりにしてあげなよ。この子に私たちへの敵意なんてなかったんだから。確かにここは悪魔の領土で、この子も他組織に所属している子だけど、人間に私たちのルールを押し付けるのは違うでしょ。堕天使や……教会の所属ならピリピリするのはわかるけど。『灰色の魔術師』に所属しているのなら、悪魔とも関わりが深いだろうしね」

 

 クレーリアさんが笑顔を浮かべながら、俺を庇ってくれた。悪魔としての意見を述べるルシャナさんは間違っていないけど、人間としての立場から考えると理不尽だと思う。人間の世界に進出してきているのは悪魔の方で、自分たちの世界のルールを本来の住人である人間にも強要してくるのは、理解はあるけど俺だって口には出さないだけでムッと感じた。それでも、裏の組織に所属している人間ではあるから、俺の方が悪かったとはわかるけどさ。

 

 あの時、クレーリアさんと対峙した俺はそのまま身分証明も含めて、彼女の家まで魔方陣の転移で移動することになった。少なくとも、彼女と一度話をしていたおかげで人柄はわかっているつもりだ。演技だったらどうしようもないけど。この街の統治者として堂々と名乗りを上げ、俺の前に王自らが姿を見せて話しかけてきたのは、彼女なりの俺への誠意を持った行動だと思う。なら俺も、牙ではなく話し合いに臨むべきだと考えたのだ。

 

 素直について行くことを決めた俺に、背後からこの女王様が現れたのにはびっくりした。どうやら俺が敵意を表したり、逃げ出そうとしたりした時のための伏兵だったようだ。ちゃんと対応に応じてよかった。俺だって、戦闘はごめんである。

 

 そうして彼女の屋敷に案内され、俺は魔法使いの証明とメフィスト様の名前、そしてここに来た目的を語ることとなったのだ。ちなみにミルキーショーを見に来て、好奇心がてらぶらぶら散歩をしていましたには、普通に呆れられたが。証人(クレーリアさん)がいるので、俺の証言は信じてもらえたようである。マジでありがとうございます。

 

 あとやっぱりメフィスト様に連絡を入れないといけないのかな、と青い顔になっていた俺に、クレーリアさんは笑って許してくれた。私の客人として、プライベートで遊びに来たことにしてあげるからって。俺が持つメフィスト・フェレス様の紋章と魔力は本物だから、保護者への連絡は勘弁していただけたのだ。統治者としての対応としてはすごく甘いのだろうけど、彼女の好意に本当に感謝でいっぱいだった。

 

 

「まったく、クレーリア。あなたはバアル家からこの駒王町を任されている上級悪魔なのよ。もっとこう、威厳というか、貴族らしくしなくちゃ、あなたのお兄様にまた心配されるわ。ただでさえ、今は……」

「うっ、ここでお兄様の名前を出さなくてもいいじゃない…。お兄様に迷惑はかけないわ。ちゃんとあの件だって、真剣に話し合えればきっとみんなわかってくれるもの」

 

 煮え切らない態度で心配を浮かべるルシャナさんに、笑顔を浮かべていたクレーリアさんの表情に陰りができた。二度目の彼女との邂逅の時、今周りがゴタゴタしていると言っていた。それで常に自身の能力を王が纏わないといけないような状態なのだ。彼女たちの会話から、同じ関連の内容だと思う。そして、もし俺の予想が正しければ、おそらくこの時期的に……。

 

「お兄様って?」

「あっ、お兄様っていうのはね、私の従兄弟なの。すっごくかっこよくて、すっごく強くて、すっごく優しくて、いつも私を心配してくれる……本当のお兄様のような大切な家族なんだ」

「……ディハウザー・ベリアル様。『灰色の魔術師』に所属している魔法使いの方なら、一度ぐらい聞いたことがある名前でしょう」

「確か、悪魔のレーティングゲームのランキング一位の王者の方ですよね。レーティングゲームは見たことがないけど、すごく強い魔王級の悪魔だって聞いています」

「えぇー!? お兄様の試合を見たことがないなんて、人生の大半を損しているわ! よーし、ここは私の秘蔵のお兄様コレクションであるベスト映像を見せて――」

「クレーリア」

「あうっ! ちょっと、ルシャナ! (キング)に向かってチョップはないでしょ、チョップは!」

 

 痛かったのか、少し涙目で女王に訴える王。ぷりぷりと怒るクレーリアさんを見て、額に手を当てる苦労人。たぶん、いつもこんな調子なんだろうなー。トップが自由人だと、それを支える周りは大変だよね。なんだかアザゼル先生とシェムハザさんのような関係を見ている感じだ。

 

 先ほどから話を聞いて、やはり彼女こそが原作で語られる悲劇の女性なのだろう。駒王町の統治者であり、皇帝を従兄弟に持つべリアル家の悪魔の子女。どうやら彼女たちは駒王学園高等部の三年生で、彼女の眷属のほとんどが駒王学園に在籍する生徒か関係者らしい。確かに原作のリアスさんやソーナさんも、眷属は学生でほとんど固められていたな。

 

 彼女は原作では、登場することのなかった人。闇に葬られ、物語の背景として消えることになる人だった。俺の目の前にいる女性は、様々な表情で泣いたり怒ったり笑ったりしているのに。今までいきなり怒涛のごとく状況が襲ってきたから、深く考える時間がなかった。だけど、こんな風に彼女を前にして、ゆっくり思考を巡らせる時間ができると、今の俺の状況に冷や汗しか流れなかった。

 

 どうして出会ってしまったんだろう。どうして俺は、原作知識なんて持ってしまったんだろう。今までこの知識に助けられてきたけど、今ほどこの知識に苦しめられることになるなんて思いもしなかった。だって、俺は知っているから。これから彼女たちが辿るだろう道を。未来を夢見ることも、こんな風に笑いあうことも、好きな人と添い遂げることもできないことを俺は知っている。

 

 俺は原作に関わるつもりはない。それは当初から考えていたことだ。俺みたいな神器だけの一般人に毛が生えた程度じゃ、インフレ世界で生き残ることなんてできないと思ったから。それは修行した今だって変わらずある。それに、俺の存在が世界にどう作用してしまうのかも怖かった。兵藤一誠に会うだけでも、夏休みの間ずっと悩んで考えたぐらいなのだ。ドラゴンとの修行で、親近感が湧いちゃって会いたい方に傾いちゃったけど。

 

 俺は今までメフィスト様やアザゼル先生といった原作の方に出会ったが、正直彼らは大物すぎて、俺みたいなやつが関わったからって何か原作で変化が起きるほどのことはたぶんないと思った。それに原作関連の出来事には関わったことがなかったし、原作で登場がほとんどない魔法使い陣営だから、俺の存在で何か影響を及ぼすほどの大きなことにはならないだろうとも考えていたのだ。

 

 だけど、今回の事件は今までのように甘い考えで終わらせられるものじゃない。俺は間違いなく、原作の事件の中にいるのだ。そして、関わってしまった。きっとこのまま何事もなく駒王町を去ってしまえば、俺の知っている原作通りにきっと進んでいくことだろう。俺の想像通り、ただのモブとして何も影響を与えず。そして、原作通りに彼女が死んで終わるのだ。

 

 ……死ぬ。今日会ったばかりでたったの数時間の邂逅。それでも、俺はクレーリア・べリアルを知ってしまった。美人で明るくて、笑顔が似合う女性だと知ってしまったのだ。俺の心は、彼女に死んでほしくないと言っている。だけど、彼女を助けるということは並大抵のことじゃない。そして何よりも、俺がずっと避けようと思い続けていた原作に自ら関わっていくことなのだ。

 

 俺はどうしたらいいんだろう。見て見ぬ振りをすれば、きっと楽だと思う。だけど、それは見殺しにすることと同じ意味だ。原作のために、何もしないなんて……それこそできるはずがない。原作のために俺は生きているんじゃない。だけど、俺が介入したらどうなってしまうのか想像がつかない。悲劇はたくさんあったけど、きっと原作通りに進めば、ハッピーエンドで終わるはずだと思っていたから。世界が平和になってほしい、と願う思いは俺の中で変わらずあるのだから。

 

「ショウくん? どうしたの、具合が悪いの?」

「あっ、……いえ。そ、の」

 

 そんな堂々巡りで頭が混乱する俺に、クレーリアさんは優しく背中を叩いてくれる。大丈夫と言いたいけど、正直考えすぎて気分が悪くなってきたのも事実だ。口の中がカラカラに乾いて、喉が引きつるように声を上手く出せない。相当顔色が悪かったのか、ルシャナさんが急いで水を用意して飲ませてくれた。

 

「その、ごめんなさい。私も少し言い過ぎたわ。いくら協会の子でも、悪魔にずっと囲まれていたら怖がってしまって当然でしたね…。配慮が足らなかったわ」

「ちが、違います。たまたま、俺の調子が悪かっただけで、クレーリアさんもルシャナさんも悪くないです。本当に」

 

 さっきまでの凛とした姿だった女性に謝られて、俺の体調不良を誤解させてしまったことに気づく。とにかく今は、彼女たちが目の前にいる。今すぐにどうなるという訳じゃないのは、間違いないのだ。この暗くなった雰囲気をどうにかしようとアワアワしていた俺の耳に、すごい勢いでこちらに向かって来る足音が聞こえてくる。その音に反射的にこの部屋の扉へ目を向けてしまった俺に、ルシャナさんの声が部屋に響いた。

 

「……ねぇ、クレーリア。まさかと思うけど、今回この子が街にいたことを相談したのって私以外に、もしかして彼にも?」

「あっ、あはははは。うん、どうしよう。彼に連絡を入れるのを忘れちゃってた」

 

 「てへっ☆」という軽い感じに小さく舌を出すクレーリアさん。次にルシャナさんの痛恨のチョップが、美しい軌跡を描いたのであった。スコーン! と気持ちのいい効果音が聞こえるような、すばらしい一撃だ。思わず拍手を送ってしまった俺は、きっと悪くない。空気は読めていなくても。

 

「クレーリアァァッーー!! 無事か!? 例の子どもはどうなって――ってキミは何者だッ!! 僕のクレーリアに抱きつかれているなんて、なんて! なんて羨ましいッ!! 何よりもそこは僕の場所だァァァッーー!!」

「……八重垣(やえがき)さん。心配しているのか、欲望に忠実なのか、どっちかにして下さい。あと、うるさいです」

正臣(まさおみ)って、聖職者なのに悪魔並みに欲望があるわよねー。真正面から私を求めてくれる、そんなところも好きだけど」

 

 ドカァァーーン! とすごい音と共に扉がこじ開けられ、現れたのは長い黒髪を一つ括りにしている若い男性だった。彼の目は俺とクレーリアさんに向けられ、俺の背中を擦っていた彼女の様子を見て抱きつかれていると勘違いしたらしい。いや、俺も今更だけど美少女二人から介抱されている役得展開なのかもしれない、と彼の反応を見て感じた。しかし、そんな色々な感想はすぐに吹っ飛んでしまった。他ならない、彼の登場のおかげで。

 

 彼が何者なのか、俺は知っていた。さらっとクレーリアさんが惚気っているところから、彼がおそらくそうなのだろう。八重垣正臣(やえがきまさおみ)、聖職者でありながら悪魔のクレーリアさんと恋仲となり、そして共に粛清されてしまう人物。原作では自分たちを殺した紫藤トウジさんを中心にした者たちやバアル家の者たちを狙い続け、怨嗟を纏った復讐鬼となっていた。

 

 最後は兵藤一誠のアスカロンと紫藤イリナのオートクレールの聖なる攻撃によって、彼の心は清められ救われることができた。あの時の彼の嘆きは、悲しみは、決して間違っていない。誰も救われることのなかった過去の結末。本当にただ、時代と相手が悪かったのだと感じた。そんな悲劇に見舞われた男性の過去の姿が、……これなのか。もう一回言う、本当にこれなのか。

 

「心配をかけてごめんね、正臣。私はこの通り無事で、この子も悪い子じゃなかったから大丈夫よ」

「クレーリア。お願いだから、心配をかけさせないでくれ。キミにもしものことがあったら、僕はとても生きていけないよ…」

「私もよ、正臣。私もあなたに何かあったら、心が張り裂けてしまうわ…」

「あぁ、クレーリアッ!」

「正臣ッ!」

「……お二人とも。客人の前ですので、お願いだから自重して下さい」

 

 まるで演劇を見ているかのように熱い抱擁をし合うリア充たちに、ルシャナさんがものすごく遠い目をしながらツッコんだ。本当に苦労しているんだなー、ルシャナさん。この手慣れたツッコミは、年期を感じさせる。俺もどう反応したらいいのかわからない。なんかもうこの二人を見ていると、難しいことを考えている方がおかしい気がしてきたよ。ちょっと別の意味で、頭が痛い。お薬を飲んでもいいかな。

 

 それから、ルシャナさんのツッコミもむなしく、彼らのアツアツっぷりはこれから数分ほど続いたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「いや、取り乱してすまなかったね。クレーリアがあまりにも素敵な女性で」

「もう、正臣ったら」

 

 正直、真面目な話を始めるのか、惚気を始めるのかどっちかにしてほしいなー、と俺は心底思った。口には出さずに笑顔で乗り切る俺って、まさに日本人の鑑である。後ろの方で顔を手で覆うルシャナさんが、印象的でした。

 

「俺こそ、色々ご迷惑をおかけしました。クレーリアさんたちが優しくて助かりました」

「キミは、……僕たちのことを知っていて来たわけではないんだね?」

「はい、それは間違いなく」

 

 八重垣さんにも俺のことをしっかり説明し、ミルキーな理由に例のごとく呆れられた。どうしよう、いきなりバカップルっぷりを見せつけてきたあなたに、そんな目をされたくないと素直に思ってしまった。悲しきは諍いを起こさないように下手に出てしまう小市民根性。俺の事なかれ主義は、今日も元気いっぱいのようです。

 

「こちらも今ちょっとピリピリしていて、過剰に反応してしまった部分もあるわ。驚かせてしまって、ごめんなさいね」

「いえ、俺は気にしていないので。その、ピリピリって言うのは……」

「……キミは、僕とクレーリアを見てどう思う?」

「バカップ……すみません、今のはなかったことでお願いします。素敵なお二人だと思います!」

 

 やばい、ポロッと我慢していた本音が出てしまった。きちんと言い直したので、カウントはなしでお願いします。だから後ろで聞いていたルシャナさん。よく言った! って感じで静かに親指を立てないで下さい。意外にあなたもおちゃめですね。

 

 しかしそんなテンパりながら言った俺の言葉に、聞いてきた八重垣さんの方が今度は固まった。彼の隣を見ると、クレーリアさんもちょっと驚いている。なんだ、俺は変なことを言ったか?

 

「本当にか? キミは魔法使いだから、悪魔のことも僕のことも知っているだろう」

「いや、こんなことに嘘をついてどうするんですか。第一、あんなにもお互いに惚気られたら、そう言うしかないでしょう」

「ふふっ、……そっか。素敵な二人か」

「変わった人間ですね、あなたは」

 

 それぞれが俺の言葉に反応を返してくる。主に驚きと嬉しさと物珍しそうな感じに。

 

「えーと、変わっていますか?」

「十分に。しかしおかげで、あなたが本当に無関係だとわかりました」

「そうね。しきたりに煩い悪魔や教会関係者なら、お世辞だろうとこんなこと言えないもの」

 

 悪魔と教会…。そうか、そういうことか。遅まきながら、さっきの八重垣さんの質問の意味がようやく理解できた。そして、どうして彼女たちが俺を珍しそうに見ていたのかも。クレーリアさんと八重垣さんは、悪魔と聖職者という禁断の恋をしている。普通の裏関係者なら、まさにとんでもない出来事に映るだろう。

 

 そんな出来事なのに、俺はあっさり二人の仲を公認してしまったのだ。実際はあまりのバカップルっぷりに咄嗟に出てしまった言葉だけど、嘘は告げていない。だって本当に俺にとっては、愛し合っているのならそれでいいじゃん的な気持ちだからだ。三大勢力の中の確執について、俺があんまり理解できていないだけなのかもしれないけど。それでも、人間の俺にとってみれば、どんな種族や立場の人も同じ死亡フラグの塊に見えて、ぶっちゃけ大差がない。

 

 何よりも俺は、今から十年後のこの世界を知っている。悪魔と聖職者どころか、悪魔と天使の愛が認められるような世界になるって知っているんだ。十年……言葉にすれば、時代的に見ればそんなに長い年数じゃないだろう。だけど、今の俺から見ればすごく長い時間だ。価値観って、本当に難しいものである。

 

 

「あの…、俺はそのあたりを特に気にしないですけど。つまり、お二人の恋愛に否定的な方々がいるってことですよね?」

「えぇ、まぁね。私にこの土地を貸してくださっているバアル家の悪魔の方々と、正臣の所属している教会の戦士(エクソシスト)の方々にね…。わかってはいるんだ、私と正臣の考えの方が異端だってことは。だけど、好きだって気持ちはどうしても変えられないの。あははは、困ったことだよね?」

 

 クレーリアさんは、寂しそうな笑顔を俺に見せた。彼女の笑みに、八重垣さんやルシャナさんも視線が下を向いている。この様子から、彼女も八重垣さんも彼女の眷属もわかっているんだ。自分たちの考え方が、この時代ではまずいってことを。今まで自分を守ってくれていた味方や仲間から、糾弾される立場になって。それでも、考えを変えることができなかった。原作ではどうして粛清されてしまうまで、二人は離れられなかったのかって思ったところはあったけど、きっと理屈なんかじゃないんだろう。

 

「その、どうするんですか?」

「大丈夫。きっと、わかってくれるって信じているから。私だって最初は眷属のみんなに、すっごく否定されたし、いっぱい怒られちゃったけど、最後には認めてくれたんだもの。まずは言葉でちゃんと伝えていこうって思っているわ。難しいって、わかってはいるけどね」

「僕も教会の仲間を信じている。紫藤さんやスミスさんや轟さん、他にも一緒に歩んできたみんな。クレーリアは悪魔だけど、彼女が素敵なヒトだってことを、きっとみんなだったらわかってくれるって思うから。教会から追放されて、エクソシストとしての仕事はできなくなってしまうかもしれないけど、それでも頑張って伝えていこうと思う。争い合うことしかできなかった悪魔と教会だからこそ、言葉とこの思いで伝えていくことが大切だと二人で考えたんだ」

「えぇ、いつか必ず。冥界の劇で見たような、伝説にもなっているあの究極のラブロマンスのように。第二の魔王ルシファー様やグレイフィア様みたいに、絶対なってみせるんだって!」

 

 二人の言葉は理想論で、ある意味自分勝手な思いを抱いているのかもしれない。彼らは現実をしっかり見ながらも、それでもそんな夢のような願いを持ち続けてきたんだ。悲壮な中で、確かな希望が彼らの中にはちゃんとあったから。悪魔を、仲間を、二人は純粋に信じていた。いつか自分たちの真っ直ぐな言葉を、真剣な思いを受け取ってくれるって。それによる弊害を理解しながらも、それでも自分たちの愛だけでも認めてほしいと。

 

 きっと彼らは、ずっとみんなを信じて、訴え続けていたのだ。最後のその時まで、ずっと。

 

 

「……っ」

「えっ、ショウくん? なんで泣いて…」

「お、おい。キミ、大丈夫か」

「あの、ハンカチならここにありますが」

 

 涙が出ていた。自分でも気づいたら、止まらなかった。ルシャナさんが持ってきてくれたハンカチを目に当てるけど、止めどなく溢れてくる。今日出会ったばかりの子どもの俺を心配してくれるような、温かいヒトたちの言葉に返事をすることもできなかった。

 

 どうして、どうして、と自分でもまとまらない言葉や疑問ばかりが、頭の中に浮かんでは消える。彼らの思いを、どうして周りは誰一人受け取ることができなかったのか。こんなにも仲間を信頼する二人を、粛清までして引きはがさなきゃいけなかったのか。時代が悪いとか、種族や立場の違いだとか、そんな理由でこの人たちは殺されないといけないのか。追放や処罰はあるかもしれないけど、好きな人と一緒にいたいって思いすらも否定されないといけないのかよ。

 

 何よりも、俺は知っている。この事件の本当の裏を。悪魔や教会の社会を守るための体裁ですらない、己の欲望のために二人の思いすら利用して闇に葬った黒幕を。二人で逃亡して彼女がはぐれ悪魔になれば、それこそ黒幕たちは嬉々として殺しに行くだろう。例え彼女たちを説得して、十年後の同盟までなんとか我慢をしてもらったって意味がない。黒幕の狙いは、クレーリア・べリアルの命だから。(キング)の駒という禁忌に近づいた彼女への粛清。レーティングゲームの闇を隠すために、彼らは彼女たちの純粋な思いすらも踏みにじったのだ。

 

 なんなんだよ、本当に。涙と一緒に、笑いまで起こりそうだ。もはや人間の子どもが一人で頑張って、なんとかなるような問題じゃなさすぎる。原作の問題もあるのに、何よりも彼女たちを救う方法がわからない。誰かを倒してハイ終わり、なんて単純なことではないのだ。彼女たちの本当の敵は、冥界の古き悪魔なんだから。

 

 

 原作の時系列といい、駒王町の前任者の問題といい、本当に俺の予定通りに進んだことが全然ない。この世界はいつだって理不尽で、モブに鬼畜な世界であったことを俺は今更ながら思い出した。自分の無力さと、自分がこれからどうすればいいのか決めることすらできない優柔不断さが、心底悔しくて情けなかった。

 

 


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