えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第三十五話 矛盾

 

 

 

「あった、クレーリア事件」

 

 あれから、クレーリアさんたちに謝罪とお礼を告げ、俺は転移魔方陣で駒王町の外へと連れて行ってもらった。悪魔や聖職者に自分たちの関係を知られてから、話し合いを続けている緊張状態らしい。事が事なだけに、お互い敵対はまだしていないが、無関係である俺が巻き込まれる必要はない。そう言って、彼女たちは笑って他の者たちに気づかれないように俺を帰してくれたのだ。

 

 俺はそれに頷くことしかできなかった。正直もういっぱいいっぱいで、頭痛すら起こっているぐらいだったから。そんな俺の様子に「大丈夫だから、心配してくれてありがとう」と言って、クレーリアさんは俺の頭をポンポンと優しく叩いてくれた。八重垣さんやルシャナさんも、自分たちの方が大変なのに俺のことを心配してくれた。俺がずっと避けてきた貴族の悪魔と教会の戦士なのに、すごく優しいヒトたちだった。

 

 少し夜遅くになってしまったけど、家に帰って日常をぼんやりと過ごした後、俺は引き出しの奥から原作についてまとめていた手記を引っ張り出したのだ。彼女たちについて書かれている項目や駒王町のことについて、もう一度見直すために。原作に登場した箇所が少ないから、彼女たちについて書かれている内容はほとんどなかったけど。

 

「クレーリア・べリアル。リアス・グレモリーさんが駒王町の管理を任される前の統治者であった女性悪魔。バアル大王の話では、一時だけあの土地を貴族の子女や子息の経験の為に貸し与えていて、その中の一人が彼女だったって言っていたっけ。クレーリアさんの運営は順調で、上級悪魔としての役目をしっかり果たしていた」

 

 しかし、偶然が重なって八重垣さんと出会い、彼女たちは愛し合ってしまった。悪魔と教会の関係者が通じるなど、あってはならないこと。王の駒のことをいつ古き悪魔に知られてしまったのかはわからないけど、クレーリアさんはもともとレーティングゲームについて調べていたというし、前から目を付けられていた可能性が高い。彼らは説得すると言いながら、きっと彼女を合法的に葬れる状況に歓喜したのだろうな。……気分が悪くなる。

 

 原作でも、アーシアさんを救いたいと言ったイッセーは、リアスさんに「教会関係者に関わってはいけない」ときつくお叱りを受けていた。理不尽だって感じるけど、彼女があれだけ過剰に反応したのは、それだけ危険だったのだろう。いつ戦争になるかわからない小競り合いが続く時代。何が引き金になるかわからない怖さ。

 

 俺は三大勢力のトップ陣が戦争を望んでいないことや、和平をしたいと考えていることを知っているけど、普通はこんなことわからないからな。多くの命が犠牲になる戦争に発展するのなら、小さな犠牲で終わらせるべき。それが原作の過去――今の時代の考え方なのだ。教会もバアル派の悪魔も、お互いに穏便に済ませたいという気持ちは同じだったのだろう。

 

 そして、悪魔や教会側が過剰に反応してしまった原因の一つには、彼女の従兄弟である『ディハウザー・べリアル』の存在が大きかった。彼らは皇帝が現れることを恐れた。そしてそれは、悪魔側も同様に。悪魔の政府は皇帝に、『クレーリアは死んだ』としか伝えなかったぐらいだ。妹のように思っていた大切な従姉妹の死を、その真相を求める彼を政府は握りつぶしたのだ。その疑惑が、彼をテロ組織への加担へと繋げてしまった。

 

 皮肉にも、自らの保身や体裁のために消した事実が、巡り巡って特大の復讐として己に降りかかったのだ。教会は八重垣さんの死に後悔と自責の念、そして彼自らの手によって。悪魔はディハウザーさんがクリフォトで得た真相を、冥界中に告げたことによって。あの後、皇帝の語った王の駒の事実によって冥界がどうなったのか。彼の復讐や古き悪魔はどうなったのか、俺は結局知らないまま転生してしまった。それが少し、悔やまれる。

 

 俺だからわかるけど、ディハウザーさんはクレーリアさんと八重垣さんの思いをきっと受け入れてくれると思う。彼女の幸せを、彼は願っていたから。教会が恐れていたべリアル家との戦争。教会の戦士がクレーリアさんを誑かしたのだと、べリアル家や皇帝の怒りが教会に降りかかってくるかもしれないという恐怖。彼らの考えもわからなくはないけど、それでもあまりに悲しすぎる。

 

「……はぁ。わかっているのに、お互いの事情も裏も理解しているのに、やっぱり納得できない。悪魔とエクソシストとの恋愛や王の駒なんて、って思ってしまう俺の方が異端なんだってわかっているけど、それでもさ……」

 

 ただ時代が悪かった。クレーリアさんが王の駒に近づきすぎなければよかった。相容れない二人が愛し合いたいのなら、もっとズル賢く上手く生きなきゃダメだった。それは彼らの甘さで事実は間違っていないけど、それでも古き悪魔たちの身勝手さに嫌な気分になった。だって本当にこの事件は、彼らだけが嗤い、他の誰も救われない事件だから。

 

 

 俺はもう一度溜息を吐いてしまった。俺は手記を元の場所に隠し、ベッドの上に倒れ込む。腕で目を覆い、静かに瞼を閉じた。本当に気持ち悪い。俺の持っているこの嫌悪感が、古き悪魔たちだけでなく、俺自身にもあったからだ。

 

「なんなんだよ、本当に。駒王町に行った俺が馬鹿だったのか? なんで原作に関わらないって決めた俺に、こんなもん見せてくるんだよ。俺にどうしろって言うんだよ。……どうしたらいいって言うんだよっ!」

 

 俺の中にずっとある矛盾。俺はこの世界に転生したとわかった時から、原作には関わらないって決めていた。確かに、原作のみんなに会いたいって気持ちはあったさ。彼らの手助けができるのなら、喜んで手を貸したいって思ったよ。アザゼル先生の左腕のこととか、俺にできる小さなことがあったら助言できたらって気持ちもあった。だけどそれらは、本当に小さなことで、……こんな原作の根幹に関わるような介入なんて考えていなかった。考えることを放棄していた、と言ってもいいだろう。

 

 俺の部屋には魔術で防音などが掛かっているから、八つ当たり気味に枕に拳を打ち付ける。喚いても、八つ当たりをしても、何も変わらないってわかっていても、それでも鬱々とした思いが俺の中で止まらなかった。俺の当初からの思いを貫くのなら、このまま見て見ぬ振りをするべきなのだ。仕方がないんだって諦めるのが、きっといいのだろう。俺の許容範囲を明らかに超えすぎているのだから。

 

 それに、俺は『灰色の魔術師』の人間だ。いくら放任主義のメフィスト様でも、とても容認されるような事件じゃない。彼との契約の時、『他勢力と敵対さえしなければ』という言葉があった。彼らを助けようとする行動は、悪魔や教会との敵対行為に思われるかもしれない。俺には彼らを助けられない大義名分がある。それを理由に、自分を誤魔化して生きていくのが、きっと上手な生き方ってやつなんだろうと思った。正義感だけで生きていけるような、簡単な世界じゃないんだから。

 

「でもそれって、……古き悪魔(あいつら)や教会の人たちと同じ思考じゃないか」

 

 だからこそ、俺は自分へのイラつきが収まらなかった。クレーリアさんたちは今を精一杯に生きていて、決して原作のために犠牲になっていいはずがないって頭の中ではわかっているのだ。本当に誰も救われない事件だからこそ、その悲劇を止めようと行動するのは間違ってもいない。

 

 何よりも俺は、幸せそうだった彼女たちの姿が眩しかった。周囲も呆れるようなバカップルっぷりに、思わず笑ってしまった。あんな風にずっと笑っていて欲しい、と感じてしまったのだ。

 

 

「はぁー、状況は違うけど、なんか恵さんを助けようとしたときとなんか似ているな…。あの時のチップは自分の命だけだったけど、この自分のために彼女を見捨てるべきか悩んだ気持ちって、本当にそっくりだ」

 

 そして、あの時の俺の行動は――。そこまで考えて、俺は頭を振った。あの時と今とでは状況が全く違う。それでも、俺の頭の中に何度もあの時の光景が再生される。俺が怖がり続けていた裏の世界に、頑張って関わろうと思えた原点。

 

『……奏太くんも、ちゃんと諦めずに最後まで生きてね』

 

「笑って自分の人生を歩くって、すごく難しいことだったんだなー。アザゼル先生にも言われたけど、これが俺の道だって胸を張って突き進める最高の自分って、本当に難しすぎるよ」

 

 顔を手で覆うように押さえつけながら、俺は疲れたように笑った。これからどうするべきか。まだ考えはまとまらないけど、それでも自分自身の原点を思い出せたからか、少しだけ冷静になれた。

 

 あの時の俺は、とにかく必死で、見捨てた方がいいのに見捨てられなくて、それで――たとえ中途半端でカッコ悪くても悪あがきを選んだんだ。俺はまだ今回のことに、何もしていない。ただ現実がわかっただけで、俺ができる範囲ですら何もしていないのだ。

 

 答えすら出ていないような中途半端な状態だけど、……そんな俺でも何かできることってないのだろうか。どうしようもないぐらいの馬鹿なのかもしれないのは、自分でもわかっているけど。

 

 夜が更け。その日は結局悩み過ぎて、気づいたら深い眠りに俺の意識は沈んでいたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ふふふっ、これこそが私の秘蔵であるコレクションの数々よ! これはお兄様が出演した冥界の映画でしょ。こっちが去年の『皇帝べリアル十番勝負』の映像でね。あっ、この十番勝負っていうのは、年の暮れにチャンピオンにだけある特別企画でね。普段のレーティングゲームでは見られないような珍しい組み合わせも多くて、最高に盛り上がる一大イベントなの。全悪魔が毎年見る、視聴率トップクラスのすごい番組なんだから! 特に去年は、お兄様とリュディガー・ローゼンクロイツ様の試合は最高でね! もうこの試合は、私の中で一生忘れられないような歴史に残る名勝負だったわ…」

「へ、へぇー」

「あとね、あとね。こっちは魔王様と冥界の政治について語った特番で、こっちのは『皇帝による皇帝お料理講座』って言ってちょっと色物なんだけど、もうお兄様が出るならどんな番組だって面白いわ。適当に揶揄するような証拠もないゴシップは捻り潰してやりたいけどね」

 

 俺は笑顔を浮かべながら、横目でルシャナさんに助けを求めてみた。あっ、無理ですか。そんな胸の前で、大きな×マークを作らなくてもいいのに。あと、皇帝って忙しいし、すごいんですね。お料理講座までするんだ。あの美丈夫がエプロンを装備する姿に、もうどう反応したらいいのかわからない。

 

「クレーリアのこんなにも生き生きとした笑顔を拝めて嬉しいような、しかしその笑顔がお義兄さんによるものであることに悔しいような…。さすがは僕の最大の目標。僕はいつか彼のように、存在だけで彼女を幸せにできる相手になれるのだろうかっ……!」

「もう、正臣ったら。お兄様はお兄様。あなたはあなたよ。他に代わりのいない、私の幸せそのものであることにどちらも差なんてないわ。あなたはずっと私の大切なヒトよ」

「――ッ! あぁ、クレーリア! 悪魔だとしても、君のその笑顔は僕にとっての唯一の天使だ!」

「正臣ッ!」

「クレーリアッ!」

 

 お互いを強く抱きしめ合う二人に俺は乾いた笑みを浮かべながら、懇願の眼差しでルシャナさんを見た。あっ、やっぱり無理ですか。『もう手遅れよ…』と、胸の前にわざわざ魔力でテロップのようなものを出さなくてもいいのに。ルシャナさん、もうバカップルオーラを浴びすぎて疲れているんじゃないかな。

 

 

「それにしても、ショウくんって物好きよね。他の悪魔や教会関係者に会わないようにこそこそしながら、わざわざ危険だって言った私たちに会いに来るなんて」

「建前上は、クレーリアさんのプライベートな客人ですよね。ただ遊びに来ただけの」

「クレーリアも八重垣さんも、相当な変人ですけど。そんな理由を前面に出してこんなところに来るなんて、あなたもとんでもない変人ですよね」

 

 心の底から呆れたようなルシャナさんの言葉に、俺としても笑うしかない。本当にその通りだと、自分でも思っているからな。だけど、そんな理由で所属は明かしていても俺みたいな怪しい子どもを受け入れてくれる、あなた方の方がよっぽど変人で、お人好しすぎですよ。

 

 俺は駒王町に来た日から、空いた時間にクレーリアさんの屋敷へ訪れるようになった。季節は秋になり、運動会の練習を小学校では行っている。ラヴィニアから魔法のレッスンを受けて、休日は時々協会の方に行って、そんな俺の日常にこの場所がひっそりと加わったのだ。

 

 もしもの時にとクレーリアさんから一応教えてもらっていた通信魔術で、事前に連絡を入れてからだけど。神器の力で姿も気配も消して、そろりそろりと。メフィスト様にばれたら、絶対に怒られるだろうな。彼女たちも最初は俺からの連絡に否定的だったけど、どうしても気になるからってごり押してしまった。

 

「その、ごめんなさい。みんな、大変だってわかってはいるんですけど…」

「ううん、断りきれなかった私も悪いしね。それにね、ショウくんと話すのっていい気分転換になっているの。みんな、私たちの関係に否定的だからさ…。頑張るんだって思っていても、やっぱりちょっとね」

「……あっ、うん」

「あははっ、ごめんなさい。しんみりするのは私らしくないわね。……でも、もし危なくなったらすぐに逃げるのよ? これは、私たちの問題なんだから。魔法使いであるショウくんが、これ以上深入りする必要なんてないんだからね」

「僕たちを受け入れてくれる、キミのような子がいる。そう考えるだけで、十分勇気をもらえているんだ。大丈夫、いつかこんな風にこそこそせずに、堂々と入れるようにしてみせるさ」

 

 逆にフォローされて、こちらが心配されてしまった。そりゃあ、小学生に心配されても、年上なら大丈夫としか言えないよな。クレーリアさんや眷属さんたちは高校生ぐらいで、八重垣さんは二十代前半ぐらいだ。ちょっと犯罪臭的なものを感じるけど、四・五歳ぐらいの年の差だからたぶん問題ないだろう。いや、性癖(そっち)の心配をしている場合じゃないんだけど。

 

「さっ、辛気臭い話はこれぐらいにして、私の秘蔵のコレクションを一緒に見ましょう! ふふふっ、お兄様のファンを増やす絶好のチャンスよ…」

「お、お手柔らかに」

 

 クレーリアさんのこの目、どこかミルキー魔法使いさんたちを彷彿とさせてくる。クレーリアさんからもらったキーホルダーを含めて、二人にお土産で手渡したらものすごく歓喜されたな。そのまま、ミルキー秘蔵コレクションを見せられ、解説され、同士としての絆を深められて……。俺って、本当に何をしているんだろう。

 

 

 それから、クレーリアさん力説の皇帝映像をたくさん見せてもらった。正直、さすがは王者と言うべきか。初めて生で見たレーティングゲームの映像にまずは驚き、次に彼の戦いに純粋にのめり込んでしまった。さっき彼女が伝説だと話していた例の試合なんて、思わず応援したり、拍手を送ってしまったり、手に汗握ったりとすごいゲームだった。原作では彼の眷属を見ることはできなかったけど、クレーリアさんの詳細なまでの説明によって一日で覚えてしまった。悪魔なのに、恐ろしい布教率である。

 

 俺たちの笑い声や話し声につられ、彼女の他の眷属さんたちとも、一緒に過ごすことになった時間。難しそうな顔をしていたルシャナさんも、くすくすと笑っている。原作では確か、クレーリアさんの眷属についても語られていた気がする。主を守ろうとした眷属悪魔たちも、彼女たちと同様に始末されたってたった一文で。生き残りもいたのかもしれないけど、そのあたりはちょっと曖昧だ。

 

 原作のイリナさんの父親である、紫藤トウジさんをふと思い出す。クレーリアさんの仲間は彼女の幸せを願って、例え犯罪者になって粛清されることになっても、彼女のために戦った。だけど、八重垣さんの仲間は……彼の思いを受け入れることができなかった。でも、きっとクレーリアさんの眷属の姿は、彼らの目に焼き付いていたのだろう。仲間である八重垣さんを殺してしまった自責の念だけでなく、自分たちとは正反対の道を選べた彼らにも。

 

 『思想や立場を超えて、仲良くできると信じている』と、十年後の紫藤さんは天使の娘であるイリナさんを思って、そして当時の後悔をのせて、兵藤一誠へ泣きながら伝えていた。……ねぇ、紫藤さん。十年後のその思いを、今持つことってできないんですか。家族や教会を思えば難しいのはわかっているけど、八重垣さんはすごく幸せそうです。好きなヒトと受け入れてくれたヒトたちに囲まれながら、笑って頑張っていますよ。

 

 

「たとえ、自分たちのルールに反していたとしても、何もできなかった後悔か…」

 

 十年後の紫藤さんが語ったこの思いを、俺は他人事のように考えられなかった。もし、このまま彼女たちを死なせてしまったら、俺も彼と同じように何もできなかったことを悔やみ続けるのだろうか。俺は、……何かできるのだろうか。自分にできることはやったって、後悔せずに。

 

 あと数ヶ月で冬が来て、クリスマスが訪れる。中途半端な俺に与えられた時間は、決して多くはない。選択の時が必ず来ることもわかっている。それでもこうして、みんなで笑い合えるこの時間を、俺は深く心に刻み込んでいこうと思った。

 

 


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