えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第三十六話 気持ち

 

 

 

「えっ、クリスマスのプレゼントをですか?」

「あぁ、うん。その、……まだ先ではあるんだけど、今の内に考えておいた方がいいかなと思ってね。クリスマスは恋人と過ごす日だと言われているし。だけど、僕は今まで女性と付き合ったことがなくて、むしろ女性とプライベートな関わり自体してこなかったから、いったいどういうものを渡せばいいのか、さっぱりわからないんだ」

「だからって、一番年下にそれを聞きますか。えーと、教会仲間の女性の方は参考にならないんですか?」

「……昔、砥石や自作した聖水をあげたら喜ばれた」

 

 なるほど、一切参考にならないってことは理解できた。駒王町にやってきた俺だけど、放課後に急な依頼がクレーリアさんたちにあって、眷属のみんなで出かけて行ってしまった。夕暮れまでには帰ってくるね、と謝られてしまったけど、依頼主からなら仕方がない。そのため俺は、一緒にいた八重垣さんと二人でお留守番になったのだ。「いってくるねー」って感じで悪魔の家の留守を任されるとは、信頼が嬉しいような、ルシャナさんが頭を抱えたくなる理由もわかるような。俺のでよかったら、お薬あげようかな。

 

「前に、クレーリアから髪紐をもらったんだ。そのお礼もしたくてね」

「それって、俺と初めて会った時に、クレーリアさんが買っていたプレゼントですよね」

「あぁ、そうだったと思う。その、好きなヒトからプレゼントをもらえて、僕はすごく嬉しかったからさ。だから彼女も、同じ気持ちになってくれたら嬉しいと思って」

 

 照れくさそうに、本当に幸せそうに、リア充オーラ全開で語る八重垣さん。ここまで純粋で真っ直ぐで初心だと、呆れはするけど爆発しろとまでは思えない微妙な気持ちになる。ある意味、突き抜けきった愛の形だなー、とは感じた。

 

「クレーリアさんの眷属の皆さんには?」

「さすがに、……ちょっと気恥ずかしくてね」

「えっ、今更ですか」

「……キミも結構、容赦なく言うようになったよね」

 

 そりゃあ、日頃の惚気っぷりを見せつけられていますから。羞恥心というものがないんじゃないか、ってぐらいには失礼なことをちょっと考えていました。でも、クリスマスプレゼントって悪魔的にいいのかな。キリスト教の神様関連の行事じゃなかったっけ。でも、キリスト教とあんまり関係ない、的な話も聞いたことがある気もする。悪魔の仕事的にもクリスマスは依頼がたくさん入って忙しい、ってリアスさんも言っていた気がするし、そういったところは意外と緩いのかもしれない。

 

 そういえば、クリスマスで思い出したけど、この世界ってサンタクロースが実在するんだよな。やっぱり赤い服を着て、白いお髭の優しそうなおじいさんなんだろうか。空飛ぶトナカイにも乗って。原作の水の精霊や雪女、人魚を知っているから薄ら怖い思いはあるんだけど、さすがに子どもの味方であるサンタクロースの夢は壊さないだろう。世界よ、そのあたりは頼むから信じさせてくれ。でも、俺のところに来た覚えがないんだよなー。おかしい、俺は別にエッチなDVDやエロ本なんて欲しがっていないんだけど。なんか俺、悪いことをしたかな。

 

「それにしても、八重垣さん。確か二十代ですよね。女性関係が一切なかったんですか?」

「し、仕方がないだろう。僕は教会のエージェントとして、ずっと仕事をしてきたんだ。孤児だった僕を育ててくれて、剣の才能を磨いてくれて、そして紫藤さんの部下になれて、そこでたくさんの仲間ができて……」

「八重垣さん?」

「……僕がしていることは、そんなみんなからの恩を踏みにじるような行為なのかもしれないって思ってね。教会の戦士として育てられたのに、僕は悪魔(彼女)を愛してしまった」

 

 今まで恋や愛を知らなかった戦士に、初めて愛を教えてくれたのがたまたま悪魔の女性だった。そしてその女性もまた、その戦士に同じだけの思いを抱くようになってしまった。

 

「どうして、クレーリアさんを好きになったんですか?」

「彼女が彼女だったから、かな。最初に彼女に出会ったのは、教会の任務の時でね。その時はこの土地を領土にしている女性悪魔と、取引をするためだったんだ。情報や不可侵の話し合いに行った時、……僕はそこで彼女に一目惚れをしてしまった」

「一目惚れ…」

「もちろん、最初は僕の勘違いだって思ったさ。でも、気づいたら彼女を目で追っていて。偶然クレーリアと話をする機会ができて、その時に色々話をしたら、さらに気持ちが彼女に傾いてしまっていたんだ。そのことに悩んで考えて、だけどどうしても抑えることができないこの気持ちを彼女へ正直に告げた時、クレーリアから教えてもらったんだ。これが、恋なんだって」

 

『まさか、そんなにも熱烈な告白を受けるだなんて思ってもいませんでした』

 

 風に靡く灰色の髪。温かく優しい瞳。大きいところは大きく、引っ込むところは引っ込んだ美しいプロポーション。容姿から性格、彼女に関して思いつくところ全てを、彼は語り尽くしたらしい。そんな八重垣さんからの真っ直ぐすぎる思いに、クレーリアさんは頬を赤らめるしかなかった。

 

 そして彼女から告げられた「告白」と言う二文字から、ようやく八重垣さんは自分が恋をしていたことを自覚したのだ。そこからお互いに意識し合い、種族なんて関係なく、ただの男と女としての邂逅を重ねていった。

 

「僕はクレーリアだから、好きになってしまった。どうして好きになってしまったのかって理屈は、正直僕もわからない。初恋も愛も全て彼女が初めてで、それが温かくて幸せで、それを教えてくれた彼女に僕はただ笑っていてほしくて。……ずっと、一緒に過ごしていきたくて。ただ本当に、それだけの気持ちなんだ」

「……俺、八重垣さんがちょっと羨ましいです。そんなヒトと出会うことができて」

「あぁ、僕も彼女に出会えてよかった」

 

 もし、クレーリアさんと八重垣さんが出会わなければ、お互いが恋に落ちなければ、あんな結果にはならなかったのかもしれない。だけど、二人は出会ってしまって、その出会いによってどれだけ辛い思いをしても、決して出会えたことを後悔だけはしていないんだ。

 

 クレーリアさんは悪魔の政府に目を付けられているけど、八重垣さんはその思惑に巻き込まれた部分が大きい。確かに悪魔と恋なんて教会の禁忌を犯せば、今まで通りでいられないだろうけど、それでもアーシアさんやゼノヴィアさんのように追放だけで済まされる可能性だってあったはずなのだ。たとえ悪魔との愛が死罪だとしても、彼はそれまで教会のために懸命に貢献してきたのだから。彼が彼女と共に粛清されたのは、クレーリアさんの死の真相を隠すために、悪魔側が教会側を粛清へと唆した部分もあるんじゃないかと俺は思った。

 

 だから、彼が演技でも彼女から距離を取る様にすれば、または彼女を諦められるのなら、彼の粛清なら何とかなるかもしれないと薄らと考えたのだ。だけど、そんな俺の見解は彼に受け入れられることはないとわかってしまった。たとえ、このままじゃ殺されてしまうと知ったとしても、自分は生き残れるのかもしれないとわかっても、彼は決してクレーリアさんを見捨てない。理屈なんかじゃない、それが八重垣正臣という一人の男なのだ。

 

 

「……わかりました。俺でよかったらクレーリアさんへのプレゼント探し、協力させてください。俺も、彼女やみんなにはお世話になっていますから」

「本当か!? それならさっそく行こう!」

「ちょっ、今からですか!?」

「クレーリアの好みは把握しているからな。ただ、デザインや細かいところがわからないんだ。だから、直接プレゼントを見ながら、探していこうかと」

「だからって、俺が八重垣さんと一緒に街へ行くのはまずいですよ!」

「うっ、そうだ。そうだったね。すまない…」

 

 喜色からわかりやすいぐらいに肩を落とす彼に、俺も罪悪感がよぎる。だけど、さすがに俺が八重垣さんと街に行く危険性には変えられない。教会側とかに、俺のことを気づかれる可能性が高い。これ以上ややこしいことになってほしくないのは、お互いに思っていることだ。

 

 だけど俺は、なんとかできるかもしれない方法が一つだけあることを知っている。八重垣さんと俺が、街に買い物へ行くことができる方法を。彼は俺のことについて言い触らしたり、ばらしたりするような人じゃない。それに俺の能力について、彼らは追求しないでくれている。それに甘えるかたちになってしまうけど、それでいいのなら神器のことを伏せながら協力することはできるかもしれない。

 

「あの、八重垣さん。俺のお願いを聞いてくれるのでしたら、一緒に街に行くことができると思います」

「キミのお願い?」

「はい、後ろからの援護は俺の得意分野なんで」

 

 危ないかもしれないけど、何もせずに隠れ続けていたら、何かが変わる訳でもない。日にちが過ぎていくにつれ、冬が近づいてくるにつれ、重くなっていく気分を少しは発散することができるかもしれないだろう。何よりも俺には、彼らのために何かしたい気持ちがあったから。

 

 そうして、俺と八重垣さんは駒王町へと出かけて行ったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「うーん、この髪飾りなんてどうだろう」

『ちょっと派手じゃないですか? そっちのもう少し落ち着いた色の方が似合いそうですけど』

「しかし、クレーリアは元々見た目が大人っぽい。まだ彼女は学生なんだ。年相応な明るい色も、悪くないだろうしな…」

 

 真剣な表情で呻る黒髪の男性に、店員さんもその気迫に押されて無言で見守ることにしたらしい。傍から見たら、一人事をぶつぶつ言っている怪しい長髪男子である。実際に傍から見ている俺がそう見えるのだから、まず間違いないだろう。

 

 似合わない訳じゃないんだけど、髪は切らないのかな。原作での彼の幽鬼スタイルは、これがサダァーコォヘアーにでもなっているのかもしれない。ちなみにこの世界での、あのホラー映画の幽霊の正式名が「サダァーコォ」なのである。孫悟空が日本名になったり、日本の幽霊が欧米かぶりになったり、この世界の混沌さが地味にやばいです。

 

『うーん、ブローチやネックレスも良さそうだなぁ…。あっ、あっちにあるのは指輪みたいですね』

「指輪…。彼女の左手の薬指にはまる、僕が送った指輪。彼女が髪を掻きあげる度に、白魚のような指からそっと存在を主張する輝き。ふ、ふふ、……指輪かぁ」

『八重垣さーん。指輪一つで妄想豊かなのはいいですけど、周りのお客さんが普通に気味悪がっていますので戻ってきてくださーい』

 

 ガラスケースに飾られている指輪を眺めながら、ニヤニヤと妄想を滾らせる男性を現実に呼び戻すのが俺の主なお仕事である。この人、紫藤一家と同じように妄想癖が強いらしい。自分の世界に入ったら、なかなか戻ってこないからな。眷属さんたちが、彼らの妄想結界『アンリミテッド・バカップル・ワールド』に耐性がつくのもうなずける。俺も何回も体験したし。

 

 ちなみに俺の声は彼にしか聞こえないようになっている。彼の耳につけているのは小型の通信魔法具で、そこから俺の声が出ているのだ。黒いニット帽で耳元を隠しているので、周りからばれることはないだろう。そして俺はどこにいるのかというと、一応彼の後ろの方で待機している。ただし、神器の能力全開なので、俺の姿も気配もすべて消えながらだけど。

 

 彼は俺の願いどおり、この力について一切言及しなかった。ただ一言、ついて来てくれることにお礼を言ってくれたのだ。本当に彼らの優しさに、俺は救われている。俺の能力について考えを巡らせてはいるだろうけど、何かしらの特殊な魔法か神器の力ってぐらいだろう。消滅の効果を知っている人は少ない方がいい。申し訳ない気持ちはあるけど、俺を保護してくれているメフィスト様にこれ以上迷惑をかけられない。『灰色の魔術師』って組織の後ろ盾があるから、俺は隠れながらだけど自由に行動できている部分もあるのだから。

 

「そうだ。アクセサリー以外も見ようと思うんだが、他に女性へのプレゼントとして送れるものってなにがあるだろう?」

『八重垣さん的なプレゼントへのこだわりってありますか? 食べ物でもいいとか』

「……わがままかもしれないけど、できれば形に残るものがいい。僕の送った物を彼女が身に付けてくれると思うと、……あぁ、もう幸せだ」

 

 また妄想の世界に入ってしまった。なんだか自由人でマイペースな人が多いよなー、俺の周り。主な筆頭は、ミルキー関連とアザゼル先生だけど。

 

『形に残るものなら、そうですね…。アクセサリー以外でしたら、洋服や靴や香水といったファッション系がありますが、これは相当難度が高いのでおすすめはしません。男性から女性のために決めたものって、だいたいセンスが合わないって確率が高いらしいです。女性のおしゃれは気分にも左右されやすいので、好みの色や種類を選んだはずなのに「これじゃない」って言われることもあって、かなり難しいんですよね。クレーリアさんなら八重垣さんのプレゼントだったらなんでも喜びそうですけど、それでいいって訳じゃないですよね?』

「あ、あぁ…」

『でしたら、彼女の趣味がわかっているのなら音楽関係は無難でいいですよ。クリスマスでしたら、オルゴールとかきれいですし。日常でも使えるものでしたら、バッグや腕時計も悪くありませんね。冬の季節感を出すのなら、手袋やマフラーといった定番でも――』

「待ってくれ。ちょっと色々ありすぎて、考えをまとめさせてほしい。……しかし、その、なんか詳しいね? クレーリアから、小学生だって聞いていたんだけど」

『……過保護な家族がいるものでして』

 

 一応前世の知識もあるけど、一番大きいのは姉ちゃんの存在である。現役女子高生から教えてもらった、フレッシュな知識だから参考にはなると思うよ。去年のクリスマスプレゼントとか、今年の誕生日プレゼントとか、姉ちゃんが欲しいものがわからなかったから、いっそ直接聞いてみたのだ。ラヴィニアへのプレゼントの参考にもなるかな、って思っていたし。

 

 だけどそうしたら、「もう、奏太ったら! イベントで渡すプレゼントを直接本人に聞くなんて、女の子のロマンってものをわかっていないわ。そんなんじゃ、奏太に彼女ができた時に呆れられちゃうわよ!」と宣言され、そのままの勢いでプレゼントレッスンが開始されてしまったのだ。うん、普通に大変だった。

 

 まさかこんなところで、それが役に立つとは思わなかったけど。弟からの姉のプレゼントぐらい、直接聞いたっていいじゃないか。……と、思わなかった訳じゃないけど、勢いにノッている女性はぶっちゃけ止められない。暴走機関車のようにノンストップである。明らかに小学生になんとかできる知識じゃないんだけど、前世の価値観を持っていたおかげもあって、姉の女性理論で理解できる部分もあり、結局最後まで話を聞いてしまったのだ。

 

「女性か…。駒王学園が女子高なこともあって、彼女の眷属もほとんどが女性でね。男一人の時だと、時々肩身が狭い時や、勢いに押されてしまう時はあるな……」

『あぁ、確かにそれはありそうですね。女性に囲まれると、だいたいの男性は弱いですよね』

「そうそう。話をしていても、僕が話をしたり、お互いに交互で話すよりも、基本聞き手に回る方がよかったりさ。クレーリアの話なら、いつまでだって聞けるんだけど」

『あるある。あと、さらっと惚気られても反応に困るので自重してくれると助かります』

 

 しかし今更だけど、こんな風に男同士でトークをしたのって初めてかもしれない。クラスメイトとこんな話をするのはまだちょっと無理だし、メフィスト様にこんなトークは恐れ多すぎる。アザゼル先生にこの手の話は、俺の直感が危険信号を出しているのでとてもできない。あの人から女性関係について聞いたら最後、とんでもない知識までつけられるだろう。女体で堕天して開き直った男だぞ、あの人は。

 

 

「ははっ、すまないね。あぁ…、こんな会話をするのは久しぶりだ」

『女性に囲まれているとできませんからね』

「違いない。さて、早めに見て回らないとクレーリアたちが帰ってきてしまう。しかし、やっぱり迷うな…」

『そうだなぁ、……あくまで参考までにですけど。俺の友達に裏関係の女の子がいて、俺はその子に魔法の技術を付加したブレスレットをあげようかなー、って考えています』

「魔法のアクセサリーを?」

『一応、魔法使いの協会所属ですから』

 

 夏休みにラヴィニアからの紹介で、何人かの魔法使いと知り合いになれたのだ。その時に様々な研究をしている方々に出会え、その中に道具に魔法を付与(エンチャント)する技術を研究している人に会うことができた。彼女の場合、髪飾り系はとんがり帽子をかぶったり、指輪はスティックを使ったりするのに邪魔かと思い、女の子らしく腕につけるタイプがいいかなと思ったのである。

 

 俺の給料(というかお小遣い)では本来大した付与はできないんだけど、ラヴィニアからの紹介と彼女へのプレゼントということで、かなりおまけをしてくれるそうなのだ。俺としては、お守り的な効果があるものを選ぼうかなと思っている。クレーリアさんたちの件はあるけど、ラヴィニアにいつも助けられているのは事実だからな。そんな俺の話に、八重垣さんは思案するような表情を浮かべた。

 

「ショウくん。厚かましい話かもしれないんだが、その魔法の付与を僕のプレゼントにもできないだろうか。もちろん、僕の付与(エンチャント)代とキミへの依頼としての料金は支払うよ」

『えっ、クレーリアさんのですか?』

「……彼女を守ってくれるお守りになれれば、良いと思ったんだ。しかし、教会の戦士が悪魔と恋愛だけでなく、悪魔の魔力を大元にした力にも手を出すなんて、ある意味皮肉なものだね。教会で悪だと否定されていたものばかりだというのに…」

『俺としては、もうちょっと気楽に考えたらって思いますけどね。宗教とかよくわからない俺が言ってもアレですけど、生きる上での心の拠り所にするのは悪くないと思いますよ。拠り所にした分、その恩として献身するのも。でも、宗教のために生きるのは勿体ない気はしますね』

「も、勿体ない?」

『だって、宗教って誰かを救ったり、自分が救われるためのものでしょ。それなのに、その宗教で苦しい思いをしたり、死んじゃったりしたら救われていないじゃん。だったらなんか違うなー、と思うところは適当に割り切ったり、自分で頑張るしかないと思うかな。自分の命や大切な誰かを守るためなら、なんでも使えるものは使ったらよくないですか? 死んじゃったら元も子もないですし』

「……すごい、割り切り方だね」

『あっ、真に受けすぎないでくださいよ。あくまでこれは俺の考えですから』

 

 俺は聖書の神様がいないってことを知っているので、懸命に祈ってもそれがその人に還元されることが難しいのを知っている。だから神への不義理や教会の掟に苦しむ八重垣さんを見ていると、もっと自分のために割り切っちゃえばいいのにと思ってしまう。……なるほど、人間の混乱を避ける為や三大勢力側の事情もあるけど、こういう無神経な考えが生まれるから神の死って伏せられているんだろうな。神様のためにって言われても、「えー」としか思えないし。

 

 俺がもったいないと思った背景には、教会の技術と魔法の技術って組み合わせると、特に悪魔や魔の者に結構使えそうなものが多いこともあげられる。魔法で録音した聖書の一文を延々と流し続ける嫌がらせ魔術とか、水を操る魔法で聖水を動かして攻撃する魔術とか、俺でも色々思いつくのだ。原作で教会のクーデターの時に聖剣の能力で、聖なる波動をホーミング弾として使っていたけど、あれにはとんでもない技量がいるだろう。だけど魔法と組み合わせれば、才能があまりない人間でも工夫して使えると思うのだ。

 

 でも、魔の力を使いたくないって人がいるのもわかる。悪魔や吸血鬼とかが人間に迷惑をかけているのは事実だし、それで人生を狂わされた人だっているだろう。俺だって、メフィスト様やクレーリアさんみたいな悪魔以外と関わるのは、正直怖い。だから教会の人たちが魔の者を嫌悪したり、切り伏せたりする気持ちもわかるのだ。危ないやつだったら、ぜひともそうしてくださいって俺も言いたくなるからな。俺だって基本、人間側の思考だし。

 

 結局は自分の気持ち次第なのだ。俺は原作の知識のおかげで、人外や異形の中にも良いヒトがいることを知っている。人間を尊重してくれたり、守ろうと考えてくれたりするヒトがいることを。だから、種族という視点で俺はどうしても嫌いになれない。無理やり眷属にする悪魔とか、クレーリアさんを殺そうとしている悪魔とかは、普通に嫌いだけど。うん、自分でも平和ボケした考え方だと思った。

 

 

『すみません、あんまり参考になる意見が言えなくて』

「いや、でもそうか。難しく考えすぎか…。そういう考え方もあるってわかっただけでも、少し気持ちが楽になったよ。僕こそ、つまらないことを言ってしまってすまなかったね」

 

 お互いに謝り合い、それがおかしくて小さく噴き出してしまった。それから、次のプレゼント探しを再開しよう、とお店から出た瞬間――異質な気配を察知した。神器を通して警戒していたおかげで、一般人とは違う視線に気づいたのだ。俺は慌てて感じた感覚の方へ視線を向けると、人通りの中から栗色の男性がこちらを……八重垣さんを見ている姿が目に入った。

 

 三十歳ぐらいの男性で、黒の牧師服を着ている。明るい栗色の髪から覗く目は、どこか伏せがちであるが、真っ直ぐにこちらへと向けられていた。彼の表情は無表情のようで何かを抑え込んでいるようにも見え、上手く読み取ることができない。突然のことに驚いたけど、どうやら俺の存在は気づかれていないらしい。

 

「……紫藤さん」

 

 少し離れたところから聞こえた八重垣さんの小さな声に、俺は相手の正体の確信を得る。栗色の髪と牧師服からまさかと思っていたけど、俺の想像通りだったようだ。俺は仙術もどきを発動しながら、気配を紛れ込ませるように慎重にさらに消しておく。八重垣さんが意を決したように歩き出した後ろを、つかず離れずの距離でついていった。

 

「アクセサリー店にいるのを見て、驚いたよ。昔っから、キミは剣の修行ばかりだったからね。八重垣くん」

「……そうですね。僕も、初めて入ったかもしれません」

「彼女へかい?」

「はい、プレゼントに」

 

 懐かしむような声だけど、お互いの表情は硬い。短い会話から意味をしっかり汲み取っているところから、二人の付き合いの長さを感じられる。それから無言が続いたが、同時に同じ方向に歩き出したのを見て、俺も静かについていった。八重垣さんの持つ魔導具の音量を上げ、二人の会話を聞き洩らさないようにする。一応、紫藤さんは帯剣していないし、戦闘をしに来たって感じじゃない。俺は自分の心臓の音が聞こえそうなほどの緊張を感じながら、神器を握りしめた。

 

 二人がたどり着いたのは、商店街から少し離れたところにある歩道橋の上だった。あまり人は通らないところだけど、時々ではあるが一般人が歩いて来るような場所だから、本当に戦闘をしに来た訳じゃなさそうだとホッと息を吐いた。俺は歩道橋の柱の下に座り込み、会話を聞く姿勢に入る。彼を放っておくことはできないし、でも接触する訳にもいかないからだ。

 

 おそらくだけど、紫藤さんは八重垣さんを説得しに来たのだろう。クレーリアさんを諦めるようにと。原作でも、何度も説得を試みたって話をしていた。時々クレーリアさんの下を訪れる悪魔もいることを知っていたけど、俺はそれを見たことがなかった。こんな形で見ることになるとは、思っていなかった。

 

「また、雰囲気が変わったね」

「……紫藤さん、僕は」

「八重垣くん。キミは教会で育ち、教会の教えを受けて戦士となった。そして教会でも名うての剣士として数えられ、多くの功績を残してきた。今ならまだ間に合う。私も上層部に口添えをする。……だから頼む、このままではキミは」

 

 紫藤さんはそこまで言うと、いったん口を閉じて、また開こうとして言葉にならずに沈黙した。彼の言葉の続きを、俺は心中で察してしまう。そしてそれは、八重垣さんも。

 

「紫藤さん、僕はクレーリアが好きです」

「悪魔と信徒との恋愛は許されない」

「わかっています、彼女は悪魔です。だけど、僕たちと同じように笑って、思いを共有できて、涙を流すことができる、普通の女性でもあるんです。僕は彼女から、たくさんの笑顔を、嬉しさを、幸せをもらえました。僕も彼女も教会と敵対する意思はありません。ただ一緒にいたいだけなんです」

「……初めての感情に制御ができていないだけだ。キミを幸せにできる女性なら、きっと他にもいる。だから一時の過ちから、早く目を覚ますんだ」

 

 紫藤さんからの言葉に、俯いていた八重垣さんが顔を上げる。強い意思を宿すその瞳は、決して納得できないと雄弁に語っていた。

 

「それ、本気で言っているんですか? 愛する妻や娘がいるあなたが。好きな人と結ばれて、幸せを感じているあなたがっ…。それじゃあ紫藤さんは、もしあなたの奥さんが教会から異端だと言われたら、切り捨てられるんですか? もしあなたが好きになった人が、たまたま悪魔だったら諦められるんですか? 他の女性と、幸せになれるって本気で言っているんですかッ!?」

「ッ……、だが、それがルールなんだ。このままじゃ、キミは幸せになれない。キミたちの愛は認められることはない」

「どうして歩み寄ろうとしないで、否定ばかりなんですか! 悪魔としてでなく、どうして彼女を見てくれないんですかっ…! 僕は教会の戦士として過ごしてきた時間を誇りに思っています。紫藤さんたち仲間が大切です。それと同じだけ、彼女を愛しているだけなんです。ただそれだけの気持ちまで、否定されなくてはいけないのですか……」

 

 自分の主張をお互いが語り、その相手の気持ちを理解できながらも、それでも交わることのできない平行線が二人の間にはあった。俺は彼らの会話を、ただ聞くことしかできない。俺が口を挿める内容なんかじゃなかった。紫藤さんだってわかっているんだ、八重垣さんがクレーリアさんを思う気持ちを。八重垣さんもわかっているんだ、紫藤さんが仲間を心配する気持ちを、教会が悪魔との恋愛を肯定することがないことも。お互いに理解はできても、それでも認めることができないのだ。

 

 二人とも、本当に不器用だ。もっと上手く生きる方法だってあるはずなのに、愚直なまでに真っ直ぐで。それからも一言二言話し合っていたが、双方の主張が認め合えることはなかった。八重垣さんは震える拳を握りしめながら、紫藤さんに無言で頭を下げて踵を返した。それに目を伏せ、栗色の男性は静かにその背中を見送っていった。

 

 俺は慌てて八重垣さんを追いかけようと思ったが、まだこの場には紫藤さんがいる。一応彼に渡している魔法具から反応はわかるので、紫藤さんが去ってから行った方が安全だろう。そう思ってじっと息を潜めていた俺の背に、――ゾワッと寒気が突如駆け巡った。

 

 

「説得は失敗されたようですね」

「……見ていたのか」

「えぇ、なんせ我々は一時とはいえ協力関係にある間柄ですから。お互いに穏便に済ませたいでしょう?」

 

 クスクスとどこか嘲笑うかのような笑い声をあげながら、紫藤さんの前に一人の悪魔の男が魔方陣から転移してきた。聖職者の前に堂々と魔力を纏って姿を現した悪魔に、紫藤さんは憎々しげに睨みながらも何もしない。あれほど教会と悪魔は相容れない、と話していたというのに。そしてその理由が、彼らの会話から察せてしまった。

 

 バアル派の悪魔。クレーリアさんを粛清する元凶。二人の恋愛に否定的な両者が、戦争を起こしたくないという意見の一致から、一時的に協力関係を築いたのだ。先ほどの紫藤さんと八重垣さんとの会話から、教会が強引な手を考え出しているのかもしれないとは感じていた。でもまさか、もう彼らは関係を築いていたというのか。

 

 本来協力することのない悪魔と教会が手を組んだことによって、この事件は他者やミカエル様すら知らされることなく、内々に闇に葬られることとなるのだ。クレーリアさんや八重垣さんは、二つの組織が手を組んだことを知らなかったのだと思う。もし事前に知っていたら、自分たちを消そうと本格的に動き出したのだと察するはずだから。

 

 そこまでの事態になれば、さすがにルシャナさんあたりはクレーリアさんがどれだけ抵抗を示しても、皇帝へ連絡を入れただろう。八重垣さんだって、はぐれになる覚悟で逃げ出すことを選ぶ道を示したかもしれない。彼らが皇帝に連絡を入れる前に、逃げ出される前に、悪魔と教会は二人を粛清する道を裏から築いていっていたのだ。

 

「まだ間に合う。必ず、彼を説得してみせる。そちらも、彼女を説得することはできているのか」

「あちらも頑固なものです。……しかし、このまま説得し続けても、その間に彼らが逃げ出したり、べリアル家が出てきたりしてしまったら、戦争の引き金になってしまうかもしれません。駒王町周辺に冥界との連絡を遮断するように結界を敷いたり、街から出る際は監視をつけたりしていますが、いずれ気づかれることでしょう。そうなる前に、決着をつけなくてはなりません」

「そちらに言われなくても、わかっている。……わかっているんだ」

 

 神器で消しながら、魔法で彼らの会話をなんとか拾っていく。歯を噛みしめながら紫藤さんは、絞り出すような声をあげていた。彼らの話を聞きながら、俺は神器を強く握り締める。そこでようやく、自分の身体が小さく震えていることに気づいたのだ。

 

 俺が知っている未来へと確実に進んでいっている。それを、身をもって実感できてしまったのだ。さっきまでの八重垣さんとの様子を見た限り、とても紫藤さんに説得できるような感じではなかった。彼らは二人して、あまりに不器用すぎる。戦争の引き金になるかもしれない焦り、仲間一人の命と教会で暮らす多くの者たちの命を天秤にかける彼の葛藤。その葛藤の先で、彼らは仲間の命を奪うしかなかった。たとえ、救いなど一切なくても。

 

 このままでいい訳がない。だけど、俺にいったい何ができるんだ。今の俺にできることなんて――。

 

「ッ!」

 

 俺はリュックへ手を伸ばし、そこからカメラを手に取った。情報屋の仕事用にシャッター音が鳴らないカメラを構え、俺は紫藤トウジとバアル派の悪魔の姿を何枚も捉えた。さらに、魔術を使って二人の会話を録音する。どうしてこんな行動をしたのか、明確な理由はない。だけど、何かしないといけないと思ったのだ。 

 

 それから俺は、彼らが去っていくまで息を潜め続けた。手に持つカメラと、録音してしまった彼らの会話を俺は呆然と眺めるしかない。これをクレーリアさんたちに渡せば、彼女たちは現実を知るだろう。だけど、現実を知って彼女たちに何ができる。冥界への連絡手段はなく孤立無援で、悪魔と教会からはぐれとして逃げるだなんて無謀すぎであり、戦うにしても戦力差がありすぎだ。

 

 八重垣さんは教会の戦士として戦えるけど、相手はエージェントの集団である。彼一人でなんとかなる訳がない。クレーリアさんたちなんて、学生ばかりなのだ。公式な『レーティングゲーム』は成熟した悪魔しか参加できないため、彼女たちは戦闘経験が多くない。はぐれ悪魔の討伐などはしているだろうけど、彼女たちの手に負える範囲の相手ばかりだっただろう。とても悪魔と教会を敵に回して勝てるはずがない。

 

 

「俺は、俺は……」

 

 いやだ。このままなんていやだ。俺は、クレーリアさんや八重垣さん、眷属の皆に生きていて欲しい。原作を崩してしまうとか、一時の感情で動いたことによる責任とか、ここにきてようやく……それよりも彼らに生きていて欲しいと心の底から俺は思ってしまった。

 

 クレーリアさんとまた一緒にテレビを見て、レーティングゲームの試合を観戦したい。八重垣さんとまた一緒に買い物とかに行って、何でもない話で盛り上がりたい。ルシャナさんや眷属のみんなと一緒に二人のバカップルっぷりに呆れながら、それを笑って見守っていきたい。俺はそんな未来を、原作の流れによる安寧よりも、これからもみんなで笑い合える未来が欲しい。それが俺の中にある、偽りのない気持ちだった。

 

 リュックの中にさっき取り出した道具を全て片付け、俺は座り込んでいた地面からゆっくり立ち上がる。……まずは、クレーリアさんの家に戻ろう。八重垣さんもそこに戻ってくるだろうし、留守を任されたはずの俺たちがいないとわかったら、彼女たちを心配させてしまうだろう。

 

 太陽が傾き出した空を真っ直ぐに眺めながら、俺は駒王町を歩き始めた。

 

 


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