えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
この『ハイスクールD×D』という原作は、俺が前世で暮らしていた「世界」を基礎としている「世界」である。俺が暮らしてきた前世と比べ、歴史的な部分がちょっと変わっていたりするけど、有名人の名前はそのままだったりする。大まかな歴史に差異はあまりなく、俺が知っている流れとそこまで変わりがない。そのことに最初は、不思議に思ったりもしたものだ。
だってこの世界には異種族がたくさん住んでいて、冥界や天界まで実在する。人間の中にも神器持ちや魔法使いなんて超常の存在がいるのだ。それでも前世の世界の歴史と大まかな違いがない。裏側は混沌としているだろうけど、表側は前世と本当に似ているのだ。
神器の禁手化で述べられていた『世界の流れ』というのが、こういうことなのかなって考えたりもした。世界には決められた流れがあって、俺が知っている前世を添うようにあるんじゃないかって思ったのだ。前世の記憶を思い出してすぐに姉ちゃんの歴史の教科書を見て、俺が知っている歴史とは違う部分をいくつか見つけることができた。あれはもしかしたら、世界の流れに逆らった結果だったのかもしれない。
俺が知らなかった災害や事件は、本来の世界の流れ的には起こり得なかった出来事だったのではないか。その世界の流れに逆らいたい誰かが起こした結果が、俺の知る歴史との違いに繋がったんじゃないだろうか。もちろん、答えなんてない。哲学とか歴史学とか、難しいことは俺もさっぱりだからな。
それなのに、そんな俺がどうしてこんな小難しいことを考えているのか。それは、この世界は前世の世界観をなぞる様に動こうとする力があるんじゃないかって考えたからだ。やり方やなんか違う感はあれど、似たような結果が残される。その結果から、この世界はさらに進んでいくんじゃないかって思った。
さて、歴史だとか難しいことを考えていたけど、そろそろ現実逃避から戻って来ようと思う。歴史なんて遠いことではなく、現代で考えてみればかなりわかりやすい。俺がこんなことを考えたのは、日本で生まれる娯楽関連についてふと思ったからである。俺が好きな漫画やアニメ、ゲームなどは前世の世界にあったものを基盤としているものが多い。ゲームならキャラやコンセプトの違いはあれど、パズルや対戦、育成ゲームなど前世の機能と差がない。前世で有名だったゲームシリーズとかもちゃんとある。色々と内容や名前は違うけど。
漫画やアニメだって、『ドラグ・ソボール』やら『機動騎士ダンガムシリーズ』とどっかで見たことがある内容が公開されている。前世と似たようなキャラ、展開、だけどやっぱり何かが根本的に違う。過去に見た漫画やアニメとの違いに内心ツッコミながらも、そんな展開アリかよ!? と視聴をやめられない面白さがある。
『ダンガムシリーズ』とか最初は「戦士じゃなくて騎士かよ! あとダとガを反対にしただけじゃん!?」と思ったが、前世で見た展開とは違うところや、生存するキャラが変わったり、健気ヒロインがダンガムファイトをし出したり、何が起こるかわからない混沌さに逆にハマった経緯が俺にはある。昭和時代のファーストから、思わず全シリーズを網羅してしまった。俺の趣味が漫画やアニメやゲームになったのは、こういった背景もあったのだ。ラヴィニアとアザゼル先生にも、現在貸し出し中である。
そんな俺の趣味は、少年が好きそうなジャンルだけでなく、少女が好きそうなジャンルにも及んでいたりする。その最たるものとして名が上がるとすれば、やっぱり『魔法少女ミルキーシリーズ』だろう。魔法少女という概念は、俺の前世でも確かに生まれたものだ。そのジャンルに根強いファンがいることも知っている。そしてそれは、今世でも変わらない。
この世界の流れとして、『魔法少女』が娯楽として生まれることは決まっていたのだろう。ただ、その流れから生まれた存在をどう扱っていくのか。どのように接していくのかはその時代の者たちが決めて、定めていくものなのだろう。俺は遠い目をしながら、『魔法少女』という存在がもたらすであろう新時代をひしひしと感じるのであった。
「今回の『魔法少女ミルキー』も、やはり最高だったな。特にミルキーの思いによって生まれた新魔法が、敵すらも温かく包み込んだ瞬間は涙が止まらなかった」
「うむ、あのシーンは魔法少女と悪の幹部という相容れない存在だとしても、それでも助けたいというミルキーの優しさが生んだ素晴らしい奇跡だった。他にも、第三話でミルキーに助けられたあの少女が、彼女を救うために声を張り上げたところもいいシーンだ。ミルキーが築いてきた絆が、よく演出されている」
「みんなの思いを受け取ったミルキーの最後のセリフも最高だったにょ。あのセリフは、前シリーズのミルキーの敵だった魔法少女が残した言葉をしっかりと受け継いでいると感じたにょ」
「ほぉ…、あのミルキーのセリフをそこまで理解しているとはな。
俺は三人の大人たちから少し離れたところで体育座りをしながら、黙々と『魔法少女ミルキー』を視聴している。俺から言うことは何もない。というか、会話に入っていけない。感動したシーンもあったし、面白かったんだけど、この空気に入っていけるほど俺のレベルは高くない。ただ、こんな風にミルキー語りが当たり前のように始まるので、俺は間接的にミルキー知識が深くなっていたりする。ちょっと目頭に熱いものを感じた。
「遠山監督が指示を出した新魔法のエフェクトもさすがだ。今までのイメージを壊すことなく、それでいて成長したミルキーの心情を上手く表現していた。あの魔法を再現するには、並大抵の努力ではたどり着けないだろう。しかし、私のミルキーへの思いを昇華させ、必ずその領域を目指してみせる。どんな困難が立ちふさがろうと、決して諦めないミルキーのようになっ!」
「ミルたんも目指すにょ。魔法少女に、……ミルたんはなるんだにょ」
「魔法少女に…、なる、だと。なんという、……いや、しかしお前ならいけるかもしれないか。神域とされるミルキーの領域へ。その道を歩くのなら、果てしなき困難がお前を襲うだろうが、それでも目指すというのか?」
「にょ」
「ふっ、そうか…。意思は固いようだな。いいだろう、我が同士よ。ミルキーを愛する者たちがこうして四人も集まったのは、きっとミルキーからの導きがあったおかげだろう。魔法少女になるというその無謀を、奇跡にしてみせろと」
「面白い。魔法少女への憧れだけで終わらず、その思いを現実にしたいという気概、気に入った。ならばあとは進むだけだ。俺たち四人で目指そう、魔法少女の道をっ!」
「魔法使いさん、悪魔さん……。ミルたんは、今、とても感動しているにょ。奇跡も魔法もあったんだにょ」
ガシィッ! と男三人で涙を流しながら肩を組み合う、たぶん感動的な場面。俺も当たり前のように数に入れられていることに、もらい泣きをした。奇跡も魔法もあるけど、俺に対する救いがねぇ。しかも、ミルキー軍団が俺の方に手招きをしている。入れと、その円陣に俺も入れと。キラキラした純粋な目をこっちに向けて来るな、こんちくしょう。
「あの、ミルたん。俺との契約としては、これで大丈夫でしょうか」
「もちろんだにょ。魔法使いさんと一緒に、魔法少女の衣装を作るのが楽しみにょ。悪魔さんも、ミルたんにミルキー魔法を教えてくれるにょ。何よりも、ミルキーパワーがこれほど強い仲間ができたのはカナたんのおかげにょ。ありがとにょ」
「い、いえ、大変満足いただけて何よりです」
もうノリノリだな、この人たち。あと、カナたん呼びは決定なのかな。今更ではあるが、この人たちを引き合わせたのは早まったかもしれない。そんな気持ちがむくむくと膨れ上がって来たけど、もう遅すぎることだろう。
ミルたんの契約者として、俺には責任がある。悪い人じゃないのは確実だし、自分が目指す夢を真摯に追う姿勢は素直にすごいと思う。俺も協力できるところはしっかり手伝おう、っていう気持ちがある。だから問題があるとすれば、俺のメンタルだけであろう。頑張れ俺、超頑張れ。
「今度悪魔さんが、ミルたんに『ミルキー・サンダー・クラッシャー』を教えてくれるみたいにょ。一緒に頑張ろうにょ」
「えっ……、は、はい、善処します。ところで、仕事の話をしたいんですけど、いいでしょうか?」
冷や汗がだらだら流れながら、俺は笑顔で話の方向を変えることにした。このままでは、物理的にミルキー的な存在に変えられる。ミルたんも異論はないみたいで、俺の言葉に頷いてくれた。それにほっと息を吐き、俺はこれまでの経緯を簡単に振り返っておいた。
メフィスト様やミルたんに連絡を入れて、あれから数日ほど経っている。タンニーンさんにはメフィスト様が連絡を入れてくれて、俺もアザゼル先生に個人的に連絡を取ってみた。俺の神器のことや、普通にゲームをするために遊ぶことがあるので、先生とは個人的なやり取りを何回かしたことがあるのだ。それでいいのか堕天使の総督様、と果たして何回思ったことだろう。最近は、気にしなくなってきたけど。
アザゼル先生に事の経緯を話した時は、さすがの彼も真面目な顔つきになった。俺はとにかく必死に頭を下げることしかできなかったけど、先生は「メフィストと少し話をする」と言って考えている様子だった。断られても仕方がない内容だと思っていたので、一考してくれるだけでもありがたい限りである。
今回のことは、ラヴィニアにも一応話をしておいた。彼女から手伝いの申し出を受けたけど、さすがに彼女にまで危険なことはさせられない。彼女にとっては、本当に何の関係もない事件なのだ。それに正直、今回の事件にラヴィニアの力は使えない。魔法使いの協会として表に出られない以上、メフィスト・フェレスの秘蔵っ子として名前が広まっている彼女が出てくるとまずいのだ。だからラヴィニアには、いい方法があったらアドバイスが欲しいとお願いをしておいた。それに何か言いたげだったけど、「任せるのです」と頷いてくれた。本当に彼女には、助けてもらってばかりである。
「この前も話した通り、この世界にはミルキーのような魔法使いがいて、そして悪魔や天使、堕天使も実在しています。妖怪とか、神様も。この世界の情勢とか、俺がしたいことは前に簡単にですが話したと思います。今回ミルたんにお願いしたいのは、天使側の陣営である『教会』の様子を伺ってほしいことです」
「街外れにある教会の牧師さんを見てほしい、と前に聞いたにょ」
「はい。あそこは一般人が祈りに行ったり、悩みを相談しに行ったりできるように一部開放されています。そこの牧師である紫藤トウジさんの様子が知りたいんです。ミルたんは駒王町の住人ですし、何か悩みができたとか理由を付けて、中に入ることは可能だと思います」
俺はまずミルたんと約束したことを果たすために、ミルキー魔法使いさんたちのところへ連れて来た。色々精神的ダメージは受けたけれど、本人に満足していただけたのはよかったと思う。ならば次は、お仕事の話である。俺はミルたんの可能性を知っているけれど、やはり彼を危険な目にあわせるのはしたくない。俺が守ろうと決めた一般人を、こっちの世界へ呼び込んだのは俺なのだ。無茶なお願いは絶対にできない。
だから、俺が彼に今回お願いするのは、教会の様子を探ることだけである。別にすごい情報を取ってきてほしい、とまでは言わない。紫藤トウジさんと普通に話をして、教会の様子を見てきてくれるだけでいいのだ。教会側が粛清に動くのなら、必ずその行動や精神に変化が起きるはずだろうから。教会を休みにしたり、慌ただしい様子だったり、あの不器用な紫藤さんが器用に全てを隠しきれるとは思えない。その時になれば、きっと頭の中は八重垣さんの粛清のことで手一杯になると考えたのだ。他の仲間の人たちも。
彼らは十年経った原作でも、ずっとこの事件を悔い続けていた。自分の命で復讐を終わらせてほしい、と思うほどに。紫藤さんの後悔はなんとなくわかるけど、その時の八重垣さんの怒りもわからないでもない。後悔しているからって、許せるものじゃないだろう。後悔してずっと苦しむぐらいなら、その命を八重垣さんにあげるぐらいなら、なんで粛清したんだって。止まってくれなかったんだって。結果論でしか、ないのかもしれないけど。
原作では、復讐に狂った八重垣さんを止めてくれる存在がいた。自分では止まれない彼を止めてくれる存在が。でも紫藤さんたちには、止めてくれる人が誰もいなかった。「それは違う」って、たった一言を言ってくれる存在が。止まらない相手を止めようとすれば、必ず衝突するだろう。俺の足掻きで彼らを止められるのかはわからない。だけど、止めてくれる存在が彼らにいないのなら、俺が止めるしかない。たとえ、衝突することになったのだとしても。
「わかったにょ。連絡は電話でいいにょ?」
「はい、協会経由でお願いします」
「教会に聞いてもらうミルたんの悩み、考えなくちゃいけないにょ」
「あっ、そうですね…。情報収集が目的でも、せっかく教会で悩みを相談できる機会なんですから生かしたいですよね。ミルたんにとっても真剣な悩みの方が得だし、相手側もミルたんの真剣さがわかるしなぁ……」
何かあるかな。ミルキー魔法の悩みは俺が解決しちゃったし、教会関連で何かミルたんが相談できそうなこと。俺との契約である、魔法少女っぽいものの道をミルたんはちゃんと進んでいるし。待てよ、魔法少女っぽいもの。っぽいもの……。もしかしてこれなら、教会に悩みを相談しに行くのは、一応ありなんじゃないだろうか。
「えっと、ミルたん。こんな悩みなんてどうでしょう?」
「……なるほどにょ。それは確かに、ミルたんにとって必要な悩みにょ」
ちなみに、このミルたんのお悩み相談によって、教会が阿鼻叫喚なことになったことを後で俺は知ったのであった。
――――――
『あのバカ、本当に時々とんでもないことをやらかすよなぁー』
『笑い事ではないだろう。まったく、メフィストから話を聞いた時は、こっちは正気かと思ったぞ』
「それでもこうして話し合いの場を作ってくれているのだから、感謝しているよ。二人とも」
愚痴を言いながらも、こうして悪魔・堕天使・ドラゴンの三者が連絡を取り合う状況が生まれた。しかも話し合う内容が、人間の子どもからのお願いである。普通ならあり得ない内容だ。ここに揃った三者それぞれが組織や種族のトップに位置する人外。それでも、メフィストもアザゼルもタンニーンも肩を竦めながら、呆れながらも小さな願いを切り捨てることはしなかった。
お互いに交流ならあった。酒を飲んだり、組織経営のことを話したり、事務的な会話をしたりしたこともある。しかし、このように三者で集まったことも、ましてや一つのことについて話し合う場面など初めてだろう。それを実現させたのが、まさかの子どものお願いだ。そのお願いの内容が内容ではあるが、無理だと切り捨てるには可能性は捨てきれず、願いを口にした少年を彼らはよく知っていた。
もしこちらに全てをお願いするようなら、メフィストは彼を諌めただろう。この世界ではよくあることだ、となんとか諦めさせるようにしたかもしれない。しかし、少年は組織のことや戦争への危惧を考え、さらに解決方法はぶっ飛んでいながらも、悪魔や教会の落としどころまで示した。最古参の悪魔・堕天使の総督・最上級悪魔の元龍王、これほどのバックを持ちながらも、彼がお願いしたことは自分たちならそれほどの手間もかけずにできることだった。
少年が頼んだのは、本当に力を貸してほしいという内容のみ。少年はメフィストなどに彼らを救ってほしい、とは言わなかった。ただただ頭を下げ続けた。それ故に、彼らは人間の子どもの願いを聞くことを選んだのだ。下手を打てば血が流れるだろう。ならば、下手を打たせなければいい。それを補助し、手助けをしてやるぐらいなら手を貸そうと彼らは思えたのだ。組織や種族の垣根を越え、個人として動くぐらいならいいだろうと。
『アザゼルよ、お前はいいのか。近年レーティングゲームに参加していなかったが故、皇帝と戦うのも悪くないかと俺は思っている。しかし倉本奏太も言っていたが、堕天使の組織に利益はなさそうだぞ』
『なぁーに、利益なんてもんはこっちで作っちまえばいいんだよ。カナタが考えた案は確かに突拍子もねぇ内容で、運の要素も高いだろうが、……実現できねぇ内容でもない。あのバカの思いつきがどうなるのか、それを見るだけでも俺は楽しいぜ。それに、悪魔と聖職者の恋愛だ。こっちは色々、俺としても使えそうではある』
「彼らはカナくんの友人らしいからねぇ。悪い様にはしないでほしいんだけど」
『わぁーてるよ。……それよりも、メフィスト。バアル派だったか? 悪魔の社会は俺もそこまで詳しくない。そいつらの目的は、本当に悪魔と聖職者との恋愛故の粛清、でいいのか?』
「……それについては腑に落ちない点があるかな。カナくんも言っていたけど、悪魔側は別の思惑で動いている可能性が否定できない」
メフィストの前に映し出される魔方陣からの映像には、アザゼルとタンニーンがそれぞれ映っている。先ほどまでの談笑していた雰囲気は消え、メフィストの言葉に思案する表情を浮かべた。冥界政府との関わりを切っているメフィストではあるが、全てを絶っている訳ではない。魔法使いと悪魔との契約を『灰色の魔術師』は行っているため、ある程度の情報なら入って来るものだ。時々ではあるが、現魔王との個人的な交友もある。
今回の事件は、この世界ではよくあることの一つとして葬られてもおかしくはない。逆によくあることだからこそ、小さな違和感があった。確かに普通の悪魔と信徒との恋愛なら、悪魔側も体裁のために粛清を示してもおかしくないだろう。メフィストは教会側の事情には明るくないが、元教会関係者が魔法使いになっている者もいる。その者から話を聞いた限りでは、教会も似たような対応のようだ。
『なら、何故だ?』
「普通の悪魔と信徒との恋愛だったら、ってことだよ。教会側の八重垣くんだったかな。彼は教会でも名の知れた剣士らしいけど、それでもただの人間だ。聞けば孤児だったそうだし、上層部から切り捨てられてもおかしくはない。だけど、クレーリア・べリアルは違うと思ってねぇ」
『違う? そのべリアル家の子女は分家であろう。古き悪魔たちなら、血と体裁を優先しそうだが』
「そう、確かに分家筋の悪魔だ。普通なら粛清されても、仕方がないと思われる。しかし彼女は、あのディハウザー・べリアルの従姉妹で、彼と仲が良いことは調べればすぐにわかる。そんな彼女を彼に伏せながら粛清する。恐ろしいねぇ。いくらべリアル側が原因としても、それでもし彼が逆上したらどうするんだい。それが目的で皇帝の座から引きずり落とす手はあるけど、被害はとんでもないだろうねぇ。彼を止めるには、魔王級の実力者がいる。たとえ彼が激情を抑え込んだとしても、バアル派の悪魔への負の感情は確実に与えるだろう。悪魔社会の体裁を守るため、という理由だけじゃあまりにリスクがあると思わないかい?」
クレーリア・べリアルの後ろには皇帝がいるから、べリアル家との戦争になってはとんでもないことになる。だからこそ、彼に気づかれる前に早期に解決しなくてはならない。バアル派の悪魔のこの対応は、あまりに性急すぎる。ディハウザー・べリアルには言えないのなら、せめてべリアル家には話を通しておくべきだろう。何故クレーリアへの説得に家族ではなく、バアル派の悪魔が一貫として行ったのか。そして、その粛清までも行おうとしているのか。
駒王町という土地を貸し与えているバアル派としては、その土地で信徒との恋愛という汚点をつけられるのは堪ったものじゃないだろう。しかしだからといって、悪魔社会のためという理由で勝手に粛清するなど、べリアル側の立場がない。粛清するにしてもべリアル側の手でやらなければ、彼らはただ犯罪者を身内から出し、バアル派に後始末をさせた家と言われるのだ。べリアル家が戦争をしそうなほどなら、魔王に事前に知らせればいい。サーゼクス・ルシファーたち魔王が、戦争を望んでいないことをメフィストは知っている。
「あいつらが皇帝を内心で侮っているにしても、この対応はあまりにべリアル側を蔑ろにしすぎだねぇ。何より、あいつらがべリアル家に貸しを作れるこの状況を見逃すのがどうも腑に落ちない」
『貸しを作る、か。なるほどな、今回の騒動は悪魔社会的に言えばべリアル側の失点だ。バアル派は何も自分たちでやらなくても、べリアル側を糾弾すりゃいいって訳か。バアル家が貸し与えた土地で、悪魔側にとって汚点となり得る不祥事を起こした。べリアル家や皇帝も、そんな迷惑をかけたバアル家の土地で戦争なんてしたらまずいってわかるわな。頭を下げて、説得でもなんでもするだろう』
『ふむ、つまりべリアル家に貸しを作れる状況にもかかわらず、バアル派の悪魔はあくまで自分たちで手を下すことを優先している。なるほど、確かに腑に落ちんな。あの利権や体裁にうるさい者たちが、この件を利用しないなど。悪魔社会を守るため、という美辞麗句を並べながら、皇帝への貸しよりもそのクレーリア・べリアルをよほど消したいとみえる』
メフィストが最も違和感を感じたのが、そこだった。古き悪魔たちの性格をよく知り、己の利権ばかりを考えている彼らがそれを利用しないことに。レーティングゲームは、悪魔社会にとって大きな要素だ。そのゲームで長い間、王者として君臨しているディハウザー・べリアルへの貸し。彼らなら、今回の件の貸しのために王者としての椅子を明け渡せぐらいのことを言えるだろう。レーティングゲームの王者という称号は、それほどまでに大きいのだから。
そんなチャンスを蹴って、彼らは頑なにべリアル側の介入を拒んでいる。あの時、奏太がメフィストに見せた記録から、クレーリアたちが冥界に連絡が入れられないように監視するほどの徹底ぶりだ。教会はべリアル側にこのことが知られたら戦争になると危惧しているようだが、それこそあり得ない。悪魔側にだって、政争や家の都合がある。悪魔の貴族社会に明るくない教会側では、それに気づくことができなくて当然だろう。悪魔側は、それをわかっていて紫藤トウジを煽っている節があった。
クレーリア・べリアルは、古き悪魔たちにとって都合の悪い存在である。それ故に彼らは今回の件を利用して、彼女を亡き者にしようとしていた。
『あぁー、やだねぇー。こういう利権とかめんどくさい輩の相手は。しかし、カナタはよく今回の件の裏に気づけたな。あいつ、そこまで勘がよくなかっただろう』
「たまたま聞いたらしいよ、バアル派の悪魔の一人言を。……今回の件はもしかしたら、悪魔社会の根幹に関わる内容かもしれないしねぇ」
『ふっ、そんな悪魔どもの思惑を、それをたまたま知った人間の小僧が引っ掻き回す訳か。しかも、協会の理事長、堕天使の総督、この俺をも巻き込んで。友を助ける為、というそんな理由でな』
タンニーンは喉を鳴らしながら、おかしくて仕方がないように告げた。もともと強者と戦うことは臨むところだ。それに皇帝と戦うという気まぐれで、救える命があるかもしれない。邪悪の象徴とされ、自分中心なドラゴンが他種族を救う手助けをする。それに彼は、笑ってしまった。
『
「あんまり引っ掻き回し過ぎないでくれよ、アザゼル。君の場合、本当に洒落にならない時があるから。……でも、そうだね。確かに、クリスマスプレゼントとしてなら、ちょっとぐらい豪華にしてもいいはずだよねぇ」
『……自重はちゃんとしろよ、お前たち』
自由の権化とされるドラゴンに窘められながら、メフィストとアザゼルは楽しそうに笑った。さすがは悪魔と堕天使、なんて黒い笑みだ。タンニーンはしばし遠い目をする。なんだかあの少年に出会ってから、こんな目をする日が増えたような気がした。
『よーし、それじゃあ俺はしばらく籠るぜ。さっさとアレを完成させなきゃいけないからな』
「うん、わかったよ。僕もせっかくだから色々伝手を使ってみようかな。……色々と、ねぇ」
『あぁー、そうか。俺はじゃあ、……あの小僧にやる来年の夏の修行メニューでも考えとくか』
それぞれが自分にできることをしよう、とやる気満々な面々であった。倉本奏太が始めたやらかしが、徐々に手に負えない勢いで勝手に広がっていこうとしていた。