えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第四話 はぐれ悪魔

 

 

 

「うっわぁ、雰囲気出すぎだろ……」

 

 俺は港近くの倉庫の壁に身体を預けながら、ゆっくりと周りを見渡した。暗闇に自然と声が潜められ、波が寄せては返す音だけが耳に入る。倉庫の入り口に小さなランプはあるが、正直光源としては心もとない。近所の噂通り、人の気配が感じられないけど、これはさすがに暗すぎて怖いな。もし調査の名目なんてなく、海を見にきただけなら「暗すぎ、無理」であっさり帰ってしまっていただろう。普通に怖いし。

 

 現在の時刻は、十時前後。家を出たのが八時半だったから、一時間半ぐらい経ったのか、と光で照らした腕時計を見て気づく。今日は自分の街のパトロールを普段よりじっくり行ったからな。行方不明事件があったからか、いつもより早い時間だったのに、人通りは少なかったためスムーズに行えた。それにホッと息を吐きながら、ついに最終目的地へとたどり着けたのだ。

 

「行方不明者が最後に見られたって現場にも行ってみたけど、当然神器以外は一般人の俺に何かの気配なんて感じられなかったからな。なら、もう自分の目で確かめるしか方法はない」

 

 港に着くとすぐに、俺は神器の設定を『神器・気配・姿』の三つを他者から感じられないようにした。いつ何が起こるかわからないからな。もっとも、何も起こらないのが一番だけど。俺は唾を飲み込むと、意を決して倉庫の付近を歩き始めた。

 

「うおっ、でっかいコンテナだなぁ。俺の何倍以上あるんだろう」

 

 ペチペチとそんなコンテナを持ち上げている鉄製の巨大ガントリークレーンを触り、さらに初めて見る機械などを見学しながら進む。これって、いったい何トンぐらいあるんだろうなー。そんな風に興味津々に楽しめたのは、ぶっちゃけ歩き始めて数分程度であった。

 

「うぅ、こわいこわいこわい。一応懐中電灯を持ってきたけど使おうかな…。でもそういえば、悪魔って夜目が利くんだったか。光で気づかれたら意味がないし、念のためこのまま進むしかないよな……」

 

 波の音しか聞こえないが、時々強い風の音が悲鳴のようにも聞こえてくる。自分でも情けないが、恐怖を紛らわせるために小声で何かしゃべっておかないと足を進められない。多少の夜闇なら問題ないが、さすがにここまで暗いと恐怖心の方が俺の中で勝った。悪魔は体質的に闇を好むらしいけど、俺は人間らしくお日様がやっぱり安心できる。探索が終わったら、すぐに家に帰って朝を清々しく迎えよう。

 

 

 そんなことを悶々と考えながら、約一時間ぐらい倉庫近くを歩き回った。闇は深くなるが、相変わらず人気は感じられないと思う。人も人外もここにはいないのだろうか。それならそれで、俺の目的は達成されたってことだよな。だいたい何となく嫌な予感がするからで来ただけなのだ、何もない可能性の方がずっと高い。肩透かしでよかったじゃないか。

 

 帰ろうか、そう相棒に語りかけようと口を開いた時――

 

 

 カタンッ、カツン……。

 

「――ヒッ!」

 

 突然の音に小さな悲鳴が思わず出てしまい、慌てて口を手で塞ぎ、その場で座って身体を小さくした。カチカチとなりだした歯をグッと噛み締め、早鐘を打つ心臓をもう片方の手で押さえる。息をひそめながらゆっくり深呼吸をすると、俺は視線を辺りに巡らせてみる。俺の視界に映るのは先ほどと何も変わらない風景だ。今の音はどちらかと言えば、ここより離れた場所から聞こえた気がした。たぶん、右の角を曲がった先にある大きめの倉庫だと思う。

 

 ただ風で物が転がっただけなのかもしれないけど、確かめにいくべきだろう。音の正体を確認したら、もう探索はやめてさっさと帰ろうと思う。俺の駄目さがよくわかるが、こんなことで寿命が縮んだかもしれないと感じてしまう。いっそ『恐怖』を神器で消してみようかとも思ったが、恐怖は一種の自己防衛だ。これは最終手段にするべきだろう。

 

「行こう、相棒」

 

 紅の槍を握りしめ、口に出すことで勇気を振り絞る。そうして壁伝いに一歩ずつ音源へ向かっていくと、見えたのは他と同じ造りの大きめの倉庫であった。その倉庫を見ても、やっぱり他と同じで何者の気配も感じられない。音の発生源は結局わからないが、誰もいないとわかっただけよかっただろう。

 

「……ん、なんだあれ」

 

 風で灯りが揺れた時、倉庫の入り口付近に何かが見えた。一瞬だけ見えたけど、あれは携帯電話じゃなかったか。たぶんガラケータイプのもの。誰かが落としたのだろうか。もしかしたら、手掛かりだったりするのかもしれない。俺は何度も周辺を確認し、恐る恐る足を踏み出す。神器はしっかり効果を発現しているのが感じられる。俺は焦らず、呼吸音や足音を極力出さない様にゆっくりと近づいた。

 

 もう少し…、あと数歩で届きそうだ。あっ、一応消滅効果なしで槍で突いてみた方がいいかな。そんなことを考えながら、もう一歩また前に足を踏み出したその時。

 

 

 ――世界が変わった。

 

 

「――――」

 

 何かを通った。俺は今、何かを通ったと思う。そんな違和感と共に目に入ったのは、真新しい血の跡だった。

 

 なんでさっきまで見えなかったんだ、と気づかなかった自分が信じられないぐらいの血が携帯の傍についていた。倉庫の気配も一変している。何の気配も感じられない、夜の風と波の音しかなかった場所に響く歪な笑い声。倉庫の中で何かがうごめいているのがわかる。外から異常を一瞬で感じられるほどの存在感が、そこにはあった。

 

 なんで……、なんで今まで気づかなかったんだ。こんな異常を。これほどの殺意を。頭がガンガンし、鼻につく鉄の臭いに吐き気が起き、身体を包むような重い空気に足が竦む。ケタケタと聞こえる笑い声は、どうやら俺に気づいていないらしい。そいつの殺気が、別のものに向けられているのはわかった。

 

「――す、――てェッ!」

 

 悲鳴、だろうか。誰か、あの倉庫の中にいるのかもしれない。この殺気の主に追われているのかもしれない。倉庫の中を、楽しそうに歩き回っているらしい巨大な気配がある。追いかけられているのは、行方不明者の人だろうか。それとも、この携帯の持ち主か。または別人なのか。それはわからないけど、わかったことはあった。

 

 ここは、裏の世界だ。命や存在を奪い合い、己の掲げるもののために争い合う闘争の世界。弱き者は踏みにじられ、強者のみが生き残れる場所。こんな世界では、表の人間など何の力もない。食われ、奪われるしかない存在なのだ。

 

「……結界で隠していたのか」

 

 おそらく、一定範囲を隔離する結界が倉庫の周りに張られていたのだろう。だから俺は、結界外からこの異常に気付くことができなかった。俺がこれに気づくことができたのは、人外が張った結界の中に侵入したからだと思う。おそらくこの結界の効果は、結界外に異常を気づかせないことだ。表だけでなく、裏からの目も逃れるために。

 

 俺が結界の内部に侵入したのを悟られた可能性はあるかと考えたが、その答えは相棒が思念で教えてくれた。どうやら俺の気配はしっかり消せているらしい。つまり俺の存在は、まだ相手に気づかれていない。俺の目的は、今回の事件が裏に関係があるのかを確かめることだった。つまり、俺の目的は達成された。このまま気づかれない内に、逃げた方がいいのだ。

 

 俺の想定は、最悪の形で当たってしまっている。俺は足元に落ちている携帯電話を恐る恐る拾い、画面を開く。液晶はひび割れてしまっているが、問題なく使えるようだ。あと携帯の裏にプリクラが張られており、そこに三人組の女性が仲良さげに映っていた。

 

 おそらく、被害者はこの三人の内の一人なのだろう。大学生ぐらいで、みんなまだ若い。行方不明者として写真が載っていた人ではなかったので、新たな行方不明者ということだ。この携帯は血で汚れているから、この持ち主の安否はあまり期待できないだろう。

 

「また、悲鳴が……」

 

 耳を塞ぎたい。こんな狂った空間から、早く逃げ出したい。わかっているのだ。悲鳴一つで、殺気一つで、震えが止まらない俺なんかが戦える訳がない。小説やアニメの主人公のように、カッコよく悪いやつを倒してハッピーエンドにできるのなら、俺だってそうしたい。今すぐ誰かに助けを呼びに行って、それで助けられるのなら全力でそうする。だけど、そんなご都合主義は起こるはずがない。

 

 見捨てるべきだ。ここは見なかったことにして、なんとか教会や悪魔にこの事を知らせるんだ。被害者たちは運が悪かったんだって、諦めるべきなんだ。

 

 俺が今から倉庫に入っても、戦うことができない。仮に被害者を逃がそうとしても、気配を消す効果があるのは俺だけだ。他人に常時効果を発現させるには、その人を槍で刺し続けるしかない。しかも俺自身とは違い、他者相手に試したことがないため、ぶっつけ本番で試すしかないのだ。気づかれたら最後、逃げ切れるかわからない。

 

 俺は死にたくない。俺は創作の主人公にはなれない。真正面から立ち向かう覚悟もない。だから――。

 

「…………」

 

 俺は、倉庫とは逆の結界の方へ足を向けた。

 

 

 

――――――

 

 

 

 どうして、こんなことになってしまったのか。座り込みそうになる己を無理矢理立たせ、少しでも遠くに逃げるために足を動かす。ピリッとした痛みを頬に感じ、服で拭うとそこに血が付いたことに気づく。それにまた涙が溢れてきたが、奥から聞こえた嘲り声が耳に入ると、彼女はすぐに離れるように走り始めた。

 

 今日は同じ大学の友達三人と遊んでいた。行方不明者事件が起きたため、早めに家に帰る様にと言われていたが、彼女たちはそのまま遊びに行ってしまったのだ。自分たちは大丈夫だと、行方不明者事件で授業が無くなったことに不謹慎だが喜びさえしていた。せっかくの空いた時間なんだから、夜になる前に帰れば問題ない。巻き込まれる可能性なんて、まったく考えることがなかった。

 

 買い物をして、最後にゲームセンターでプリクラを記念に撮る。そして夕暮れが近づいてきたから、そろそろ家に帰ろうと駅に向かったはずなのだ。それなのに、気づいたら三人の足は港に向かっていた。誰も疑問に思わなかった。誰もが当たり前のように、ここを目指してしまっていた。おかしい、と気づいた時には彼女たちはすでに囚われてしまっていたのだ。

 

「ケタケタケタ……」

「いや…、いやっ……!」

 

 最初にそれを見た時は、現実とは思えなかった。人間の身長の倍以上はある巨体、妖艶な女性の裸体、そして昆虫のような身体。手はカマキリの鎌のように鋭く、そこには固まった血のようなものが付着していた。濃い鉄の臭いを纏いながら、彼女たち三人を見てにたりと口元が裂けたような笑みを、その化け物は見せた。

 

 

 化け物は、元は人間であったが、『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』による転生によって下僕悪魔となった存在であった。しかし今その身は悪魔の魔力に犯され、溢れ出す力に逆らわず欲望を求め続けた結果、『はぐれ悪魔』と呼ばれる身となっていた。力に溺れて主を殺したり、裏切ったりしたことでどの勢力からも疎まれる存在となった悪魔。彼らの多くは無関係な表の人間を襲い、餌とするものが多かった。

 

 この場所は、はぐれ悪魔にとって新しい餌場である。魔力を使って人間をおびき寄せ、恐怖で歪んだ顔を楽しみ、遊びながら殺して食すのだ。このはぐれ悪魔が特に好きなのは、一瞬の希望から絶望を浮かべる瞬間であった。

 

 今回の三匹の獲物の内、一匹は力加減を間違えてすぐに死なせてしまった。もう一匹はなかなか楽しめたが、つい鎌で壁に叩きつけてしまい、出血が多く先ほど動かなくなった。うっかり窓から何かが飛んでいってしまったが、問題はないだろう。そのため、はぐれ悪魔は最後の一匹を丁寧に丁寧に追い詰め、じっくり遊んでいた。

 

 ルールは簡単。追いかけっこだ。少しずつ傷をつけ、少しずつ追い詰め、少しずつ壊していく。はぐれ悪魔にとって、これはゲームであり、娯楽でしかない。理性的な思考などすでに壊れ、欲望のままに命で遊ぶ正真正銘の化け物であった。

 

 

「どこに、逃げたらいいの?」

 

 荒い呼吸音は彼女の体力だけでなく、精神的な消耗の証でもあった。逃げてもいずれ追いつかれてしまう。隠れても、見つけられたら終わりであろう。生きたいという気持ちと、もう楽になりたいという気持ちが、彼女の心を蝕んでいた。

 

「ひっく、あ、あァァ……」

 

 もう無理だ、とそう足を止めようとした時、彼女のポケットが突然震えた。それに悲鳴が上がりそうになったがすぐに堪え、目を大きく見開いて震えを知らせた「それ」を手元に持ってきた。バイブの振動によって電話を知らせてきた相手は、一緒にここまできた一人である友人の名前。先ほどまで電波が繋がらなかったのに、ここにきて繋がったのだ。生きていてくれたのか、と彼女は急いで通話のボタンを押した。

 

「もしもし、亜紀子。無事でよかったっ。あいつに追いかけられていたから、私もう駄目かもしれないってッ……!」

『……ごめん、俺は亜紀子さんじゃない。この携帯をたまたま外で拾ったから、電話をかけただけなんだ』

 

 通話越しに聞こえてきた声は、友人のものではなかった。おそらく相手は男だが、男性の声にしては高いので少年なのかもしれない。それでも、あんな化け物の嘲り声とは違う人の声に、安堵の気持ちが彼女の中で広がった。

 

「あの、私っ! 信じられないかもしれないけど、化け物に襲われていて。お願い、警察か、誰か助けを!」

『まず、落ち着いてください。あなたは恵さん、……であっていますか?』

「えっ、私の名前」

『この携帯の持ち主のプリクラに、あなたの名前が書かれてありました。それとメールの履歴で、今日その三人で遊びに行っていたのもわかっています。もう一人の方には繋がりませんでしたが、あなたには繋がったんです。こちらこそ信じられないかもしれないですけど、俺はある程度あなたの状態をわかっています。今あなたは、倉庫の中ではぐれ――化け物から逃げている。先ほどあなたも言っていましたが、その状況であっていますか?』

 

 電話の相手は何者なのか、何故といくつもの疑問が恵の頭の中に過った。これは罠なのではないか。この電話の声の主は、あの化け物と繋がっているのではないか。奥からまた笑い声と地響きが聞こえ、止まりそうになった足を無理矢理また走らせた。

 

『……今の気持ち悪い笑い声で確信しました。今倉庫のどのあたりにいるのかわかりますか』

「あなたは誰なの。ねぇ、私はどうなるのっ!?」

『あの、話を』

「死にたくない! 私は、まだ死にたくなんてないよォ……!」

『わかったから、お願いだから答えてくれっ! ――ッ、ごめんなさい。でも俺はあなたを助けたいんだ。俺には直接あなたを助ける力はないけど、あなたが協力してくれたらもしかしたら助けられるかもしれないんだよ! その、だからッ――!』

 

 混乱する恵と同様に、声の少年も必死なのだと感じた。この声の主が何者なのかわからない。希望だと思わせた罠なのかもしれない。それでも、恵を助けたいのだと絞り出されたような言葉に、彼女は信じることを選んだ。

 

 どうせこのままなら、自分は死ぬ。だったら、罠でも正体がわからなくても縋りたい。恵は唇をギュッと噛み締めると、なんとか冷静さを取り戻し、少年の望む言葉を口にした。

 

「……わかった。今私は二階にいて、窓から海が見えるわ。海は南側にあったはず。だから南の、そのあたりの廊下を走っていると思うわ」

『南か……、一階に降りられそう? あなたが外にさえ出てくれれば、なんとか助けられるかもしれない』

「無理よ。だって、扉は何度も開けようとしたけど、外に出るものは全部開かなくなっていて!」

 

 外に出れば助かる。その言葉に希望が芽生えたが、そんなことはとっくに試した。窓だって、割ろうとしても割ることができなかったのだから。

 

『魔力で閉じ込めているのか。あなたが南にいるのなら、やつも南に向かっているはず。……よし、やつに気づかれない様に俺が東側の扉を消滅させておく。東なら真っ直ぐに走って逃げられるはずだ。だから、やつからなんとか逃げ切って、外に出てくれないか』

「東……。でも、外に出ても追いかけられたら」

『確証はないけど、なんとかしてみる。魔力や不思議な力が通っていなくても、はぐれに純粋な物理攻撃はちゃんと効果があったはずだから』

 

 ぶつぶつと電話越しに聞こえる声に不安になるが、もう彼女にはこの少年を信じる以外に道はなかった。何とか化け物から逃げ切って、東の扉から外に出る。難しいことを簡単に言う、と恵は思うが、それで生き残れる可能性があるのなら最後まで足掻いてみせる。

 

「――っ、笑い声が近くなってきた。お願い、絶対に助けにきてねっ……!」

『無茶なことを言ってごめん。今すぐ助けられる力がなくてごめん。だけど、俺にできることはしてみせ、……か、ら』

 

 ザザッと電波がブレ、会話が不明慮になっていく。そして次に聞こえたのは、通話が繋がらなくなった時に鳴る音声であった。もう一度かけるべきかと思ったが、電話をしながら逃げるのでは追いつかれてしまう危険性が高い。恵は携帯を握り締め、一階へ向かう階段を探すために、最後の力を振り絞って駆け出した。

 

 夜が深まり、全てを闇に誘おうと迫る絶望を前に、微かでも小さな希望の光を目指すことを彼らは選択した。

 

 

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