えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第四十一話 魔王

 

 

 

 辺りを見回しても、本や資料で埋め尽くされた部屋。少しカビ臭いにおいもするし、だいぶ年代を感じさせる趣だ。見たこともない生物の標本が飾られているし、よくわからないものがホルマリン漬けにされている。研究室的な部屋って感じがするな。俺は近くにあった資料に目を通してみると、まさかの悪魔文字だった。当然といえば、当然だけど。

 

 俺は魔術書の翻訳などでいつも使っている魔導具をリュックから取り出す。メフィスト様からいただいた翻訳魔法具の一つで、メガネのような形なのだ。これをかけて字を見れば、俺の頭に登録されている文字の意味を教えてくれるのである。魔術文字や北欧文字や悪魔文字など、この世界にはたくさんの文字があるからな。翻訳系統の魔法や道具は、魔法使いにとって必需品の一つなのだ。

 

「えーと、いのべーと? システムに、ケータイ…。これは、ベルゼブブ様がやっているゲームの資料かな」

 

 確かにここは、彼が独自に開発しているゲームを取り仕切っている場所だ。ゲームに関する資料が置いてあるのが当たり前だろう。ここの研究室っぽい部屋も、そのゲームを開発するための場所だと思うし。となると、この部屋に冥界の駒関係がおいてある可能性は低いな。これは目的のものを探し出すのは、相当大変かもしれない。

 

 ベルゼブブ様にとって、『ゲーム』は趣味の一環でしかないだろう。彼は四大魔王の一人で、趣味を楽しんでいるのだとしても多忙なお方のはずだ。それに隠れ家はここ以外にもあるだろうし、主な経営は他の悪魔や人間に任せていると思う。そんなところに、『王』の駒の詳しい情報を置いておくだろうか。クレーリアさんが見つけたっていう情報も確信的な内容じゃなかったみたいだし。

 

 となると、一般の研究員が入れないように決められている場所。そこにもしかしたら、冥界の情報を置いているんじゃないだろうか。あぁー、危険値がどんどん上がっていくよぉー。俺は落ち込みそうになる気分をなんとか持ち上げ、視線を天井へと向けた。

 

 確か原作で、ベルゼブブ様は最上階にいて、そこでリアスさんたちと話をしていた。だからこの隠れ家の彼の私室は、おそらくそこの近くだと思う。そこにあるという確信はないけど、一番可能性があるとすればそこだ。だけど、あの魔王様の私室って、どう考えても簡単に入れそうにないよな。

 

「……とりあえず、上に行ってみるか」

 

 まずは確認してみるだけでもするべきだろう。無理そうだったら、研究室で虱潰しに資料を探すしかない。もしかしたら、クレーリアさんが見つけたように駒についての情報が紛れ込んでいるかもしれないし。希望的観測だけど、今はその希望に縋りつくしか方法がない。

 

 だけどもし、『王』の駒の情報が手に入らなかったらどうしよう。古き悪魔たちをどう抑えればいいんだろうか。大した情報もなく冥界に『王』の駒について流せば、いくら皇帝であるディハウザーさんでも冥界を混乱に陥れたと逆に裁かれてしまうかもしれない。それこそ、王者の椅子を明け渡すことを条件にされるかもしれないと思う。クレーリアさんのためなら彼は渡すかもしれないけど、確実にクレーリアさんは一生自分を責め続けるだろう。もう本当に後がなかったらどうしようもないけど、出来ればそんな結果にはなってほしくない。

 

 

「はぁ…、上までエレベーターが使えたら楽なんだけどなぁ。文句を言っても仕方がないけど」

 

 わざわざ最上階付近に部屋を作らなくてもいいだろうに。カメラで撮った地図を確認すると、屋上は吹き抜けの庭園のようになっているらしい。さすがに庭園に資料は置いていないだろうから、その下の階らへんにありそうかな。体力はつけているからまだ余裕はあるけど、精神的な疲労の方が大きいな。本当に怖くて仕方がない。

 

「ここが屋上から一つ下の階か」

 

 フロアに入るための扉に施されている魔術自体は、四階のものと同様のようだ。それに安心しながら、神器に意識を集中させていく。先ほどと手順は変わらない為、スムーズに魔術の構成を消滅させることができた。感覚的なことなんだけど、一度消滅させたらなんとなく「こういうことか」ってわかるんだよな。アザゼル先生の光力を消す訓練をしていた時の、あの感覚というか。よくわからないけど、こう『定まった』って感じがするというか…。まぁ、相棒が俺を引っ張ってくれているおかげが大きいけどな。

 

 ゆっくりと扉を開け、フロア内に首を巡らせる。シンと静まり返った廊下は薄暗く、離れたところにある窓から太陽の光がうっすらと入っていた。俺は緊張に震えてきた身体を神器を握ることで落ち着かせ、人気のない廊下を真っ直ぐに進んでいった。

 

 なんだか、部屋まで遠い気がする。今までの階ではぽつぽつと部屋がある感じだったんだけど、この階は壁が続いているようだ。窓から映る景色は変化しているし、ビルの距離感はちゃんと正確だから、この階だけこういう作りなのだろう。はぐれ魔法使いやクレーリアさんの結界の魔法をもろに受けた経験があるので、警戒は怠らないけど。

 

「……あれ、開いてる?」

 

 そして、廊下の奥まで歩を進めた先で、ようやく部屋に入るための扉を見つけた。それに安堵するよりも、俺の中に生まれたのは困惑だった。部屋の扉が少し開いているのだ。相棒を通して気配を探ってみるが、どうもあの部屋の中が確認しづらい。閉め忘れてしまっただけか、もしかしたら誰かいるのかもしれない。

 

 俺は扉の前まで来て詳しく確認をしてみる。それでわかったこととして、まずこの扉に施されている魔術はさっきまでの扉の魔法とは全く系統が違う、桁が違うレベルでの構成がされていることだった。思わず頬が引きつった。魔法素人の俺でも試す前にわかるぐらいの難解な術式すぎる。何これ、さっぱり理解ができない。

 

 こんな魔術が施されていたら、この部屋に入るのは諦めるしかなかっただろう。それなのに、その扉が開いている。まるで中に入ることを誘うように。どうしよう、これって罠なんじゃないか、って俺の警戒心が最大値を示している。この部屋は侵入者撃退用の罠で、ベルゼブブ様の研究資料を狙う不届きものを釣る餌なのではないだろうか。扉を開けた瞬間、ボカンとか。この扉を開けたら死ぬんじゃないか、俺。

 

 相手は魔王様だ。しかも、あのアジュカ・ベルゼブブ様である。サーゼクス・ルシファー様と並ぶ超越者で、すべての現象を数式、方程式で操りきる『覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)』という絶技を持つとされるお方だぞ。ジークフリートが彼を同盟に誘った時、愉快そうな表情で話に乗りながら、あっさり蹴るようなことをするお方だ。冷や冷やしているリアスさんたちを見て、ちょっと楽しんでいただろうS気のある人物である。

 

 彼はゲームにも通じているだろうし、この扉は『ミミック』的な開けたらまずいもののような気がする。俺のレベルでそんなものが出てきたら、ザラキられること間違いなしだ。くそっ、なんて精神攻撃だ! なんて魅力的な罠なんだ!? もし本当に閉め忘れただけだったら、俺のこの思考がアホなだけなんだけどッ!

 

 

「くっ、入るべきか、入らないべきか。……いや、待て。落ち着けよ、俺。ここがもしミミック的なデストラップだとしたら、他にちゃんとベルゼブブ様の部屋があるはずだよな。なら、先に他の階を調べてからの方が安全じゃないだろうか? でも、もしここが本物で、閉め忘れに気づいて閉められたら後の祭りだし…。いやいや、だったら急いで他の階を調べてくればいけるんじゃないか。よし、それじゃあ早速、この下の階へレッツゴーしに――」

「……扉を開けていたら入ってくるかと思ったら、キミ結構めんどくさい性格をしているね」

「だって、あのアジュカ・ベルゼブブ様ですよ。何を考えているのかよくわからない魔王様ですし」

「ミステリアスとゴシップに書かれたことならあるけど、そこまで面と向かって言われたのは初めてだよ。まぁ、他の魔王に比べたらそうかもしれな……いや、わかりやすすぎる俺以外の魔王の方が問題じゃないだろうか」

「あぁー、……それは否定できません」

 

 セラフォルー様は魔王少女で、自分でアニメ制作をしちゃうお方だし。ファルビウム様は頭がいいけど、「働いたら負け」とか言っちゃうようなお方だし。サーゼクス様は真面目に仕事ができるだろうけど、サタンレッドとかリアスさんの寝顔映像集とかを集め出すお方だし。家庭ではグレイフィアさん苦労しているんだろうなー、ということはすごくよくわかる。

 

 さてさて、……今更だけど、俺はいったい誰と会話をしているんだろう。廊下には誰もいない。気配があるとすれば、俺が警戒しまくっていた扉の方からだ。つまり、中にヒトがいたということである。しかも、俺のことをしっかり認識しているようだし、アザゼル先生クラスのラスボスレベル以上なのは間違いない。だって俺の能力、ちゃんと発動されているはずだから。

 

 胃がすごく痛い。背中に流れる冷や汗が止まらない。声からして男性だろう。そして「俺以外の魔王」というお言葉から、泣きたくなった。ねぇ、なんでいるんですか。なんでピンポイントでいらっしゃるんですか。しかもわざと扉を開けられていたようだし、完璧に俺の侵入がばれているよ。一番ばれちゃいけないヒトに、気づかれていたよ。

 

「……すみません、勝手にお家にお邪魔させてもらっていました。本当に申し訳ありませんでした。どうか殺さないで下さい」

「いきなり下手に出たね」

 

 いくらだって下手に出るよ。プライド捨てて、土下座だってこのお方の前ならできるよ。若葉色の髪をオールバックにした、蒼眼の美青年。妖艶で怪しげな雰囲気を纏い、冥界や公けの場ではないからかラフな感じの服装に身を包んでいる。威圧感のような重い重圧はないけど、視線がこちらに向くだけで心臓が震えるような緊張感が襲ってくる。ミルたんの時も味わったけど、生きた心地がしないってこういう時のためにある言葉なんだね。

 

 ここは彼の隠れ家なんだし、ここにいること自体は何も不思議じゃない。だからって、なんでこのタイミングでご本人が登場してくるんですか。どうして毎回、俺が会おうと思っていなかった人物とエンカウントする破目になっているんだろう。しかも、割と冗談抜きでとんでもない相手と。

 

「さて、部屋の前で立ち話もアレだね。入るといい、別に扉を開けても死にはしないから」

「えっ、……は、はい。ありがとうございます、アジュカ・ベルゼブブ様」

 

 世界は広いって言うけど、案外狭いんじゃないかなー、と遠い目をしてしまった。こうして俺は、悪魔のトップのお一人である魔王様と邂逅してしまったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「そうだ、少しばかりキミの中を見てみてもいいかな。なかなか面白いものを持っているようだしね」

「その、面白いものというのは……」

「キミが今も纏っている神器だよ。このフロアへ入ってくる時にも使っていたね」

 

 完全に神器の効果を見られていた。というか、これどうしよう!? メフィスト様の名前を出すべきなのか? いや、でも『灰色の魔術師』の人間が魔王の隠れ家に無断で入ったなんて政治的にまずくないか。もし見つかったら、名前を出してもいいとはメフィスト様に言われていたけど、そうならないことが一番だ。気づかれたら即刻逃げる気でいたけど、魔王本人に見つかるだなんて思ってもいなかった。血の気が引いたような俺の表情に、アジュカ様は何か含んだような笑みを浮かべた。

 

「あぁ、そうか。安心するといい。これは俺個人の好奇心だよ。面白そうなものを見ると、解析してみたくなってね。技術者故の癖のようなものだから、キミに害は及ぼすつもりはないよ。――からも言われているしね」

「えっ?」

「何より、ここは人間界だ。俺は魔王という為政者としているのではなく、ただの『ゲーム』の運営者で、プライベートな趣味を楽しんでいる一人の悪魔だよ。俺の『ゲーム』に参加しているのは人間が主だ。この建物はそんな彼らのためのプレイルーム。人間が間違って入ってきてしまうこともあるだろう」

「……いいんですか?」

「何がだい? 娯楽や趣味は大切だよ。『ゲーム』を楽しむことに、つまらない垣根なんて俺は持ち込みたくないね」

 

 アジュカ様は楽しそうに口の端を吊り上げて、笑ってみせた。これってつまり、見逃してくれるってことだろうか。怒っているような様子はないし、彼はある意味で裏表のない自分のやりたいことをやるタイプのヒトだ。面白そうなら引っ掻き回したりするだろうけど、無意味な嘘や遊びはしないだろう。

 

「じゃあ、懸念も解消されたということでいいね」

「うおぉッ!?」

 

 本当にいきなりだな!? アジュカ様はそう言うなり、俺の胸の辺りに人差し指を突きつけ、小さな魔方陣を発動させた。すごい勢いで陣の中の文字が動き回り、複数の魔方陣が展開されていく。何が起きているのかさっぱりわからない。やることなすこと高次元すぎるというか、唐突過ぎてついて行けない。さすがは四大魔王の一角、ゴーイングマイウェイ集団の一員である。

 

 そういえば、このシーンって原作でも見たような気がする。確か、兵藤一誠の悪魔の駒を解析する場面だったかな。俺は転生悪魔じゃないけど、たぶん俺の神器を直接調べているって感じだ。アザゼル先生も俺の神器を調べる時はすっげぇ楽しそうだったし、技術者方面の方にとっては面白い神器だったりするのかもしれない。

 

「へぇ、どんな神器かと思ったら『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』だったのか」

「知っているんですか?」

「あいつそっくりの神器だったからな。面白半分、あいつへのからかいになるかという気持ち半分で、調べてみたことがあった」

 

 そんなネタ神器的な扱いなんですか、俺の相棒。

 

「しかし、なかなか面白いことになっているようだね。神器本来の力が歪んで――いや、これはシステムとの境界そのものにまで影響しているな。能力そのものが変質するほどの異質(イレギュラー)によって、起こったバグのようなものか。こんな現象は俺も初めて見たね」

「あのー、どういう意味でしょうか。バグってなんか、俺の神器ってまずいんですか?」

「まずい訳ではないかな。キミとキミの神器は傍から見れば歪ではあるけど、それが逆に上手いこと機能している。……この世界を構成する『概念』にまで力が及ぶなら、システムにも影響できるか。可能性は未知数であり、派生による分岐点もある。なら、この世の法則すらも消滅させ、新たな式を生み出すことも不可能ではないだろう。無から一を創る可能性が――」

 

 なんかすっごく難しそうなことを言っているのはわかるけど、意味がさっぱりわからない。法則を消滅って、どういうことだよ。本当に言葉通り、解析したかっただけのようだ。それにしても、俺の神器って歪んでいたのか。どこがおかしいんだろう。便利な能力ではあるけど、俺自身には特に支障はないしな。上手いこと機能しているって超越者様からのお墨付きをもらえたんだから、よかったと思っておくべきだろうか。

 

 それからもぶつぶつ独り言をおっしゃるアジュカ様に困惑しながらも、しばらくは静かに待つことにした。なんか楽しそうだし、魔王様の機嫌を損ねたくない。なんだかアザゼル先生みたいだけど、方向性が少し違う気がする。原作でも、確か先生とは気が合わないって言っていた気がするし。同じ技術者同士ではあるんだけどな。

 

 アザゼル先生は既存のものを研究して、開発するのが好き。アジュカ様は今までにないものを創るのが好きな方だっけ。簡単に言えば、アザゼル先生は二次小説を書くのが得意で、アジュカ様はオリジナル小説を書くのが得意ってことかな。いや、うーん。それもなんか違う気がするけど。

 

「キミ、神器の中に潜ったことは?」

「えっ、潜る? いえ、たぶんないですけど。……あれ、神器の中に潜ることができるのは、魂を封じられたタイプのものだけじゃ」

「あぁ、よく知っているね。なら、忠告だ。もし神器に呼ばれることがあったら、その声を聴くかどうかはしっかり考えてからにしなさい」

「呼ぶ? 俺の神器って何か封じられていたりするんですか?」

「神器自身には何も封じられてはいない。ただ、キミの神器が向かう方向性によって変わっていくことだろうけどね。要は、決めるのはキミ自身ってことさ。俺が介入するより、キミが見つけたやり方を突き進んで行く方が、その神器には合っているだろうからね」

 

 神器の中に潜る。これは原作の兵藤一誠が赤龍帝の籠手で行っていたことだろう。アザゼル先生の神器授業でも習ったことだ。ドライグやアルビオンのような、神器に魂を封じられたタイプのみにできることらしい。でも、俺の神器にはそういった神獣・魔獣系は封印されていないはずだよな。アザゼル先生にも言われたし、魔王様にも今言われたし、それは間違いないだろう。

 

 アジュカ様は満足いったのか、俺に向けていた人差し指を降ろし、大量に浮かんでいた魔方陣も同時に消えていった。胸のあたりをぺたぺた触ってみるが、特に違和感は感じられない。先ほどの言葉通り、やっぱり調べるだけで終わったのだろう。相棒の調子も特に変化はないしな。

 

 気になることをたくさん言われたと思うけど、たぶん意味を聞いても教えてくれないタイプだろう。自分が介入するより、俺がやりたいようにすればいいって言われたし。つまり、今まで通りでいいってことだろうか。相棒にも聞いてみたら、「それでいいんじゃない」的な紅の思念が浮かんだような気がする。ちょっと俺に対して適当になってきていませんか、相棒。

 

 

「さてと、なかなか面白いものを見せてもらえた。時間を取っただけの価値はあったし、特別にキミの話を聞いてあげよう」

「話を聞くって」

「キミの反応からして、魔王である俺が運営しているとわかっている場所へわざわざ忍び込んだんだろう。『ゲーム』について調べにきた様子ではなかったし、どちらかといえば冥界について調べにきたって感じだった。魔王である俺が握っている情報が欲しくて、ここに来たんじゃないかと思ってね」

 

 アジュカ様が指を鳴らすと、テーブルの上に魔方陣が展開する。するとそこから、湯気が立った紅茶のようなものが二つ現れた。ソファーに優雅に座った彼は、視線で向かい側に座る様に俺を見る。魔王様と対面するように座ることになるだなんて、人生って本当に何が起こるかわからない。せっかく用意していただいた紅茶を飲まない訳にもいかないため、俺はいそいそと向かい側のソファーへと腰を下ろした。

 

 俺の神器をいきなり解析された時はビックリしたけど、その報酬としてまさかお話を聞いてもらえるとは思っていなかった。それにしても、ご自身の趣味のことならわかるけど、魔王である彼が冥界の情報を求める俺のお願いを聞いてしまっていいのだろうか。しかも俺が求めている情報は、冥界でもトップシークレットにあたるものだ。人間の子どもに渡してもらえるものじゃないだろう。

 

 ならいっそのこと、彼にクレーリアさんたちを助けてほしいと言うべきだろうか? いや、それも厳しいだろう。魔王である彼でも、古き悪魔たちとの政治面では一進一退を余儀なくされているのだ。彼も若い可能性を摘みたくない、と尽力してくれているけど、さすがに今回の事件でいきなり動くのは難しいんじゃないだろうか。悪魔と聖職者との恋愛を魔王が認めたら、冥界だって混乱するだろうし。

 

 それでも、これは間違いなくチャンスなんだ。悪魔の駒の製作者であり、四大魔王のお一人であるアジュカ・ベルゼブブ様の協力が得られるかもしれない。上手くいくのかなんてわからないけど、こうなれば正直に全部言ってしまおう。俺の頭じゃ、この方に取り引きだとか駆け引きだとかは絶対に無理である。だったら、ダメで元々だ。もしかしたら、別の新しい道を示してくれるかもしれないんだから。

 

「少し、長くなります。それでも、大丈夫でしょうか」

「少しぐらいなら、時間はあるね」

「……俺が求める情報は、悪魔の駒についてです。だから冥界一の技術者にして、悪魔の駒を生み出したアジュカ・ベルゼブブ様の隠れ家に俺は来ました」

 

 俺からの話に目を細め、アジュカ様は紅茶を飲みながら、静かに耳を傾けてくれた。彼の内心を読むことはできないし、表情からも何もつかめない。それでも、俺が見てきたことをしっかり伝えよう。俺の中にある不安を抑え込み、勇気を振り絞って俺は言葉を続けたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

『今日のミルたん 2wei(ツヴァイ)!』

 

 

「あっ、あなた最近教会によく来ている大きい人ね!」

「そうだにょ。教会の牧師さんに相談に来ているミルたんだにょ」

「ミルたんさんって言うの? 私は紫藤イリナって言うんだよ。ミルたんさんが相談をしている牧師って、もしかしてわたしのパパのこと?」

「にょ。牧師さんはミルたんの悩みを真剣に考えてくれる良い人にょ。牧師さんの娘さんだったのかにょ?」

「えへへ、うんっ、そうだよ! パパならどんな悩みだって解決しちゃうんだからっ!」

 

 少女を夢見るミルたんは、夢見る少女と出会ったのであった。

 

「それで、ミルたんさんはどんな悩みなの? よかったら私も、パパのお手伝いで相談にのるよ」

「にょ、お手伝いを頑張る娘さんは偉いにょ。ミルたんは牧師さんに、少女になるためにはどうすればいいのかを相談しているんだにょ」

「えっ、少女ってなれるものだったの!?」

 

 紫藤イリナは、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。ミルたんの目があまりにも澄んでいたため、からかわれている訳ではないと幼いながらも気づいたのだ。ミルたんの願いが本気であると。

 

「でも、少女って本当になれるのかな?」

「ミルたんはなれるって信じているにょ」

「そっか、なら大丈夫だね。パパはいつも『信じる者は救われる』ってお祈りの時に言っているもの。パパは嘘なんてつかないから、ミルたんさんが信じているなら絶対に悩みを解決してくれるよ。だって、私の最高のパパだからっ!」

 

 紫藤トウジのハードルが、愛する娘によって色々な意味で涙を流したくなるほどに跳ね上がった。

 

「よしっ、私もミルたんさんのために考えるよ! うーん、少女になる方法かぁー。イッセーくんに聞いたらわかるかな? この前病院のお兄ちゃんが、小学校に行ったら色々教えてくれるって言っていたし、先生に聞いたら教えてくれるかなぁ…」

「娘さんは優しい子だにょ。この前牧師さんに相談した時に教えてもらった方法を、ミルたんは実践してみようって考えているにょ。楽しみにしていてほしいにょ」

「わぁ、さすがはパパだね。 ねぇ、ミルたんさん。少女になる方法がわかったら、私も気になるから教えてね」

「もちろんだにょ」

 

 こうしてミルたんは、一つの小さな出会いをしたのであった。

 

 


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