えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第四十二話 王の駒

 

 

 

 四大魔王のお一人、アジュカ・ベルゼブブ様が作った悪魔の駒(イーヴィル・ピース)は、大戦や内戦によって数を減らした悪魔社会にとって革新的な技術であった。弱体化した勢力を再興するために、悪魔へと転生させることで数を増やし、優秀な者を悪魔側へ取り込むことができるようになったのだ。

 

 さらには、レーティングゲームという実戦に近い経験が得られる冥界のゲームの誕生によって、悪魔たちの前に新しい道が示されることとなった。実力主義を謳う冥界で、このゲーム成績が爵位や地位にまで大きく影響するようになったのだ。転生悪魔や貴族ではない悪魔でも、実力があれば大成し、爵位持ちになれる希望が生まれたことになる。爵位持ちの悪魔にとっても、冥界の利権を得られるチャンスとなった。それにより、悪魔たちは高い資質を持つ者を眷属にしようと動くようになったのだ。

 

 アジュカ様の開発は、確かに悪魔にとって革新的な技術だった。減ってしまった悪魔の数を増やすことができた。しかし、同時に様々な問題もあった。異種族を無理矢理己の眷属にしようとする悪魔が現れた。転生した異種族の中には、悪魔の力に溺れてしまう者もいた。悪魔と転生悪魔との間に、差別という格差が生まれた。それにより、はぐれ悪魔になる者が増えてしまったこともあると思う。

 

 その中でも被害を受けたのは、人間であろう。人間は数が多く、抵抗する力を持たない者も多い。特に神器という、特異な能力を持つ者が狙われることになった。俺が悪魔に対してずっと警戒心が消えなかったのは、この悪魔の駒という存在が一番大きかっただろう。

 

 悪魔の駒に対して思うところはあるけど、ここで製作者を責めても仕方がないこともわかっている。爆弾を開発した人に、お前の所為でたくさん人が死んだ! って言うのと似ているだろう。確かにそれは間違っていないけど、それと同時に救われている者がいることも事実だ。タンニーンさんのように悪魔になったことで種族を守ることができたり、兵藤一誠のように悪魔として生きていきたい者だっている。結局は、それを使う者次第なのだ。これに関しては、これからも考えていかなければならない問題だろうけどな。

 

 

「なるほど、『王』の駒ね。それを悪魔でも、冥界の者でも、天界や神仏関係の者でもない、最も遠い位置にいるだろう人間の口から出てくるとは思わなかったよ」

「俺自身、未だに混乱している部分はありますけど、口にできたのがたまたま俺だっただけだとは思っています」

「キミは、『王』の駒が本当に存在すると思うかい? そのべリアル家の子女がこの家で見つけた情報は、根も葉もない内容かもしれないよ。冥界でも都市伝説とされ、誰も信じてくれないような情報だ」

 

 俺は今回の件について、そしてクレーリアさんたちから得た情報を全て彼に話した。その時に俺の名前や『灰色の魔術師』の所属であることも告げ、タンニーンさんに仲介をお願いしていることも伝えてある。アジュカ様も悪魔の駒に対して思うところがあるだろうし、魔法使い側に不利益を及ぼす方ではないと思ったからだ。

 

 そして、彼が言うことはもっともなことだろう。こんなこと、俺の口から言っても誰も信じない。クレーリアさんだって、もしかしたらあるのかもってぐらいの気持ちだった。あるかもしれないし、ないとしてもおかしくないのだ。今の俺は「UFOを見た!」という話を聞かされて、それを頼りにUFOを探しに来た変人でしかない。だけど俺の答えは、決まっていた。

 

「あります。『王』の駒は存在します」

「……ほぉ、その根拠は?」

「根拠ならあります。だって、アジュカ・ベルゼブブ様は超越者と呼ばれる超天才ですよ。そんな方が、『王』の駒の製造ができない訳がないっ!」

「…………そんな根拠が飛んでくるとは思っていなかった」

 

 えっ、すごく説得力のある根拠だと思っていたんですけど。困惑が浮かんだ俺の表情を見て、アジュカ様が「本気で言っているみたいだね…」と頭が痛そうに額に手を当てる。だって、悪魔の駒とかレーティングゲームとか、革新的なものをいくつも創るような発明家だよ。できて当然じゃないのか。実際にあることも知っているし。

 

「随分と、俺のことを買っているんだね」

「買うと言いますか、それじゃあ逆にお聞きしますけど。アジュカ・ベルゼブブ様は、ご自身が開発された物を開発途中で放棄することを納得できるお方ですか?」

「……なるほど。それで?」

「えっ、はい。その、悪魔の駒は人間界にあるチェスの駒を元にしたものですよね。だからその駒の特性も、数も、デザインも忠実に再現されています。そこまでの完璧さを求めて開発されているのに、最も大切な『王』の駒を製造せずに十五体の駒で終わらせるなんて、逆にその、気持ち悪いじゃないですか。もし噂通りに製造ができないからという理由で諦めたのなら、悪魔の駒の製造者は自分の作品が未完成でも構わない、って言っていることと同じですよね。人間界で趣味の『ゲーム』を楽しんでいるということは、駒の製造を今はしていないってことですから」

 

 俺の言葉にアジュカ様は口元に怪しげな笑みを浮かべ、そっと手で隠した。よくわからないけど、なんだか楽しそうな雰囲気がある。俺はいっぱいいっぱいで緊張しまくっているのに。内心で何を考えているかわからないお方の相手って、ものすごく胃に来るよ。お薬飲みたい。

 

 『王』の駒がないって情報や理屈はたくさんあるけど、一番『王』の駒がないことに納得できないだろう人物は誰かと考えれば、それは製造者本人であるアジュカ・ベルゼブブ様だと思った。彼は魔王という為政者で政治家ではあるけど、本質はエンジニアである。無から一を創り出すことが好きで、生粋の技術者である彼が、悪魔の駒の製造を途中で放棄するなんてありえない。製造不可だからという理由で諦めるなんて、もっと考えられないだろう。彼が本物の技術者だと言うのならば。

 

「……今まで理屈や理論で根拠を示す者はいたけど、まさか俺の資質や感情を根拠に示してくるとはね。キミ、同胞以上に俺のことを知っているんじゃないかい」

「いやいや、俺程度が魔王様を測ることなんてできませんよ。ちょっと思ったことを言っただけで…」

「あるよ、『王』の駒は。俺にも技術者としてのプライドがある」

 

 えっ、教えてくれるんですか。魔王様からの突然の肯定に呆然としてしまったが、慌てて姿勢を正して話を聞くために背筋を伸ばした。そして、アジュカ様は『王』の駒の製造の過程、そしてそれによって起こった結果を語られていった。

 

 『王』の駒の能力は、単純な強化。しかしその効果は、十倍から百倍以上に力が跳ね上がるような能力だった。だからこそ、表に出すことができなかったのだ。駒の重複を防ぐためという理由もあるけど、絶大な力は目を曇らせ、冥界へ害意や邪な感情を生み出してしまうかもしれないのが大きな理由とされた。原作の旧魔王派だって、オーフィスの蛇という強大な力を得たからこそ、テロ組織に加担していった部分もある。力を持つというのは、実力主義の悪魔たちにとって重要な要素なのだろう。

 

 しかし、古き悪魔たちはこの駒を己のために使ってしまった。自分たちの子飼いに『王』の駒を与え、レーティングゲームのトップランカーにしたのだ。その事実を、一切公表せずに。『王』の駒の危険性から製造は初期に作られたものしか存在していないが、そのいくつかがディハウザーさんの世代の時に流れてしまったのだ。アジュカ様はその駒を回収する機会を伺い続けているが、古き悪魔たちもそれに目を光らせ続けていた。

 

「彼らは貴族社会と利権を手に入れる為なら、なんでもするだろう。べリアル家の子女を消すことに感慨もないだろうし、キミの想像通り皇帝を侮っている。さらに言えば、彼への嫌がらせも含まれているかもしれないね。彼は本物の実力者だ。政治や経済、利権を巡るためにランキング操作をしている面々にとってみれば、自分たちの思い通りにいかない目障りな存在ではあるだろうからね」

「そんなの、ディハウザーさんは何も悪くないじゃないですか…」

「あぁ、彼は純粋にレーティングゲームを楽しんでくれている『ユーザー』だ。発案者としては、彼にはこのまま何も知らずにゲームを楽しんでほしいと思っていたんだけどね」

 

 自分が開発し、システムを管理してきたアジュカ様にとって、大半の利権を運営側に奪われ、八百長試合ばかりをするレーティングゲームの現状は気に入らないものだっただろう。その中で、己の実力で王者となり、レーティングゲームを楽しむ皇帝の姿は、彼の中で唯一の救いだったのかもしれない。

 

 ふいにアジュカ様は右手を宙へと持っていき、指を当てて小さな音を鳴らした。すると、空中から魔方陣が現れ、俺とアジュカ様の間にあるテーブルに数十枚ほどの書類のようなものが出現する。いきなりのことに目を瞬かせる俺に、彼は口元を吊り上げながら告げた。

 

 

「今キミの目の前に置かれている書類は、悪魔の駒に関する資料だ。『王』の駒が実在する内容も入っている」

「えっ?」

「これが欲しかったんだろう。そしてキミは、この情報を皇帝べリアルに渡したいと思っている」

 

 俺の視線は自然と書類に向かってしまう。確かに俺が欲しかったものだ。アジュカ様から説明はしてもらったけど、俺の口からそれを伝えるよりも、資料として提示する方が信憑性が増すだろう。だけど、わからない。どうして突然現れた俺に、ここまで協力してくれるんだろう。

 

「この資料を、くれるんですか?」

「キミがこの資料一つで、どれだけの血が流れるのかがわかっていて、それでも欲するというのならね」

「血が、流れる?」

「キミに話した通り、今の冥界は理不尽なものだよ。だけどね、それでも表向きは上手く回っているようにみえる。一つ間違えれば、内部争いだって起こるかもしれない危うさがあるんだ。この資料は、その争いのきっかけになってもおかしくない爆弾。冥界の民衆の価値観自体を根底から崩し、すべてが覆る情報だ。キミはそのことをちゃんとわかっていて、それでもこの資料が欲しいのかい?」

 

 アジュカ様の声は平坦で、落ち着いた声音だ。それが逆に、俺の中にある不安や恐怖心を膨れ上がらせた。

 

「皇帝べリアル、彼をそんな爆弾に巻き込ませて本当にいいのかな。クレーリア・べリアルを救うため、そのために冥界を混乱させるかい。それとも、人間であるキミにとったら、冥界や悪魔なんてどうでもいいことかな」

「どうでも、いいって訳じゃ…」

「それでも、人間にとっては対岸の火事でしかないだろう。皇帝がこの資料を受け取れば、彼は古き悪魔たちと敵対することになる。クレーリア・べリアルを一時的に救うだけならできるかもしれないだろう。だが、そこから先の未来がない。彼がどれほどの実力者であろうと、それで対等に立ち向かい続けられると思うかい。彼らは狡猾だよ。あらゆる手を使って、彼を貶めようとしてくるだろう」

「だって、駒の秘密を皇帝が握って」

「言っただろう。彼らは皇帝を侮っている。彼が情報を手に入れようと、本気で冥界にそれを流せるとは思わないだろう。従姉妹を救うために冥界を混乱させ、真実を知った者たちを暴徒にさせ、相応の犠牲を出させるなんてね。追い詰められた彼が暴走しない、とも言えないだろう。そうなれば、残るのは血の海だ。そんな事態になれば、人間界も影響を受けるだろう。どんな理由であろうと、冥界を混乱へと導いた皇帝を犯罪者として、処罰しなければならないことになるかもしれないね」

 

 否定はできなかった。皇帝なら、ディハウザーさんなら、……たとえ自分が粛清されることになってしまっても、覚悟を決めてしまえる意思を持っている。それを彼は、十年後の未来で証明してしまっている。

 

「キミは友達を助けたいという理由でここに来て、人間でありながら悪魔の問題に関わろうとしている。勇敢なことだ。魔王として、同胞である悪魔を救うためにそこまでしてくれることに嬉しくも思う。しかし、キミのその行動によって流す必要のなかった血が流れる可能性もある。綺麗事だけで回るような世界じゃないんだよ、ここはね」

「…………」

「それでも、キミはこの資料を受け取るかい? 己の行動によって流れるかもしれない犠牲を受け入れてね」

 

 蒼眼を細めながら、アジュカ様は俺を静かに見据える。まるですべてを見透かすように、何もかもを理解しているかのように。俺は一度目をつぶり、彼から告げられた言葉を頭の中で反芻した。

 

 正直に言わせてもらえば、……そんな覚悟なんて持っていなかった。皇帝に任せれば、『王』の駒という手札を持たせれば、古き悪魔たちからクレーリアさんたちを助けられるかもしれないということしか考えていなかった。彼から提示されたことは、決して脅しではない。起こり得てもおかしくない、現実なのだ。

 

 俺はそれを理解し、唇を噛み締めた。閉じていた目を開け、悪魔の駒の資料を一瞥し、ゆっくりとアジュカ様と目を合わせた。

 

 

 

「それで、キミの答えは?」

「とりあえず、資料は下さい」

 

 俺の即答に、アジュカ様の口元がヒクついた。えっ、どうしたんだろう。

 

「……ちゃんと考えた?」

「えっ、考えましたけど。くれないんですか」

「いや、そういう訳ではないんだが。ここまで雰囲気を作ったのに、さらっと答えられるとちょっとね」

 

 魔王様が自身のこめかみのあたりを指で解しだした。なんでビビりまくっている俺以上に疲れた感じなんですか。

 

「今、この資料によって起こる危惧を俺が話したよね」

「はい、俺が考えていなかったことだったので、ここで教えていただけてよかったです」

「教えてって…。そんな状態なのに、この資料を受け取るのかい」

「えっ、今って資料が欲しいか、欲しくないかの話ですよね。だったら、資料は欲しいですよ。もらえなかったら、ふりだしに戻るしかないですし。これをそのままディハウザーさんに渡すだけだとまずいかもしれない、って魔王様の話でわかったので、クレーリアさんやみんなともう一回話し合って、他にも何か手がないか考えないといけないですよね。犠牲が出ないのが一番ですから」

 

 犠牲を受け入れるとか俺は嫌だし、そんな未来になる可能性があるのなら、もっと色々考えなくちゃいけない。犠牲を受け入れる覚悟なんて、それからのことだろう。それにしても、さすがは魔王様だ。俺じゃ気づかなかった視点である。やっぱり考えの足りなかったところがあって、正直落ち込みそうになる。でも、俺一人じゃどうしようもないのはわかっていたことだし、足りないところはみんなで補い合っていくしかない。情けない限りだけど、頑張っていかないとな。

 

 俺は人間だけど、それで冥界にいる関係のないヒトたちに犠牲を強いたくない気持ちはある。ディハウザーさんを犯罪者になんてさせたくない。冥界の政治とか利権とか、そんなもん俺にはさっぱりだけど、それでもやると決めたのは自分自身なんだから。

 

「皇帝べリアルを巻き込むのかい」

「巻き込むも何も、それを決めるのはディハウザーさんじゃないですか。……俺も最初は、いきなり今回の事に巻き込まれた感じでした。本来俺はこの件に関わる必要だってないし、関わらない道を選ぶことだってできました。だけど俺は自分の意思で彼女たちを知って、友達になって、すごく悩んで、それでもみんなを助けたいと思ったんです。みんなを助けるためなら俺にできることは全てして、なんでも使ってやるって。俺自身が巻き込まれることを決めたんです」

 

 俺にできるのは、ディハウザーさんへ選択肢をつくることだけだ。他力本願なのはとっくに自覚している。だけど原作での彼は、その選択肢すら用意されていなかった。そこに彼の意思は何一つとしてない。彼が自分の意思で選択できたのは、原作でのテロ組織への加担というものしかなかったのだから。

 

「資料は欲しいです。犠牲は出したくないです。クレーリアさんたちを助けたいです。これからも王者として、ディハウザーさんに頑張ってもらいたいです。……これって、欲張りですかね?」

「そうだね、悪魔の俺としても強欲だと思うよ」

「あははは、ですよね。でも、そうなるように目指すことは間違っていないと思っています。できるかどうかわからないですけど、諦めたら何も変わらないじゃないですか。この世界は理不尽で鬼畜だし、モブに優しくなくて泣きたくなるようなことばっかりで、綺麗事じゃ回らない世界なのだとしても。諦めずに頑張ったら、ほんの少しでも変わってくれるかもしれないって。俺はそう思いたいんです」

 

 人外わんさかだし、命の危機に溢れているし、理不尽で容赦がないし、そんな世界なのに主人公はおっぱいおっぱい言っているし、本当に訳がわからない世界だけど。それでも俺はここに生まれて、こうして生きているんだ。そりゃあ、文句や愚痴ぐらいはこれからも言うと思うけどさ。

 

 それでも、後ろ向きで卑屈に生きたって楽しくないし、それなら笑って前向きに頑張っていきたいじゃん。この俺の考えが、何もなくしたことがないから言える甘い考えなのだとしても。俺はその今をなくさないために、頑張りたいんだから。

 

「考えているようで、すごく行き当たりばったりだね」

「あー、はい。俺、悪魔の政府とか政治とか情勢とか、よくわかっていないですし。みんなに比べて弱いし、頭も良くないから、周りに頼ることしかできません。どうしようもないのは、わかっています」

「しかし、だからこそ進むこともできるか。……サーゼクスや俺のような力などなくてもな」

 

 テーブルに置いてあったティーカップを持ち上げ、紅茶を口に含んでいく魔王様。実に様になっている。紅茶を飲むだけで優雅さや高貴さを感じさせてくるとは、やっぱり貴族なんだなー。話をしていて少し冷めてしまっているが、緊張で喉が渇いてしまったのも事実。せっかくいただいたものだし、俺も紅茶を飲んでおく。正直ちゃんと味がわかる気がしないけど。

 

 

「それじゃあ、はい。悪魔の駒の資料だよ」

「ごほぉ、げほっ! えっと、本当に、も、もらっちゃっていいんですか? 今更ですけど、重要書類ですよね」

「欲しいと言ったのはキミだろう。俺が渡したものだとわからないように工夫はしてあるから、心配はいらない。あれだ、クリスマスプレゼントだと思ったらいい」

「……魔王様がクリスマスプレゼントっていいんですか?」

「構わないだろう。この前別の悪魔から聞いたばっかりだし、サーゼクスも妹のためにパーティーを開くようだしね。悪魔間で流行っているんじゃないか」

 

 悪魔の皆さん、イベント関係はとことん自由ですね。サーゼクス様の眷属には沖田総司さんがいるから、日本の文化にリアスさんは興味を持った的なことが書かれていたと思う。それで魔王様がクリスマスパーティーを始めちゃうとは、さすがのシスコン具合である。

 

 俺は丁寧にティーカップをソーサーに置き、アジュカ様から手渡された資料を両手で受け取る。その時、魔方陣のようなものが一瞬走ったので、驚きで資料を落としかけた。防犯のため、俺からディハウザーさんだけにしかこの資料が手渡せないようにしたそうだ。俺から別の人の手に渡ったり、見られた場合、資料は跡形もなく消滅する仕組みらしい。

 

 ディハウザーさんに渡れば、証拠提示に必要なためその効果も消えるみたいだけど、これは気を付けないとな。まぁ、冥界が傾くかもしれない重要書類だからわからなくもないですけど、お願いですから事前に一言言って下さい。

 

「その、アジュカ・ベルゼブブ様。資料どうもありがとうございました」

「そこまで畏まる必要はない。もともと今のレーティングゲームの状況を生んでしまったのは、俺の見通しの甘さが原因だった。魔王としてではなく、技術者としてのプライドを優先してしまったことも含めてね。べリアル家の子女が『王』の駒について知ったのも、俺が人間界で趣味を楽しんでいたこともある。それと、これを皇帝へ一緒に渡しておいてもらっていいかな」

「……手紙ですか?」

「ちなみに、俺の魔術で彼以外には封が切れないようになっているから、むやみに開けると大変なことになるからね」

「絶対に開けません! でも、なんで手紙…」

「言っただろう。俺にも原因があり、責任がある。俺だって、同胞を切り捨てたくはないさ。俺の案に乗るかは、キミが言っていたように彼次第だけどね」

 

 俺はもらった手紙とアジュカ様を交互に見て、首を傾げる。いつの間にこんなものを用意していたんだろう。まぁ、超越者とも言われる魔王様だから、魔法か何かで書いたのかもしれないけど。さっきまですごく怖いことを俺に言っていたのに、いきなりなんか協力的な感じになるし。本当に何を考えているのかわからない魔王様である。

 

 こうして予定外なことがありながらも、なんとか俺は『王』の駒の資料を手に入れることができたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

『今日のミルたん 第三話「もう何も怖くない」』

 

 

 ――静寂。一切の音がなくなってしまったかのような、まるで呼吸をすることすら忘れてしまったかのような静まり。誰もが動くこともできずに、ただ立ち尽くすことしかできない。太陽の光によってうつり込むステンドガラスの輝きだけが、荘厳な教会の中で唯一揺らめいていた。

 

 そんな場所に、一つの音が生まれた。その音は、教会を無の静寂へと導いた者自身が発した歩みの音。その姿からは考えられないほどの機敏な動きと足捌きにより、彼の足音はそれほど大きくはない。しかし、今の教会にとってはその足音だけで、この空間を支配することができてしまっていた。

 

 教会で神の信徒として献身してきた男――紫藤トウジ。彼は最初、それを認識できなかった。それが何であるか、全くわからなかった。いや、彼の頭の中で一つの答えは出ている。しかし、紫藤トウジの脳内はそれを理解する領域に達する前に、動きを止めた。彼のキャパシティを一気に超えるほどの衝撃に突如襲われたことによって、活動を停止させられたのだ。

 

「……牧師さん、こんにちはにょ」

 

 そんな彼を呼ぶ声が、静まり返った教会の中で響く。声の主は、教会の中を真っ直ぐに歩く足音の主。野太い声と謎の語尾。それだけなら、彼は知っていた。それが何であるか、ものすごい存在感で刷り込まされていたのだから。しかし現在、それら今までの全てを覆す存在感を纏い、彼は教会へ現れたのであった。

 

 あり得ない質量の筋肉に包まれた巨体。その肉体は鍛え抜かれており、見るものが見ればその完成された人類の神秘に平伏すことだろう。その人物は紫藤トウジに彫りが深く濃すぎる表情に笑みを浮かべながら、穢れのない澄んだ瞳を向けた。

 

「ミルたんにょ。少女になるために教会へ来たんだにょ」

 

 一言でその現象を表すなら――奇跡と言う者もいたかもしれない。少しでも動けば引きちぎれそうなボタン。服の端々から悲鳴があがり、今にも無残に破れてしまってもおかしくないにもかかわらず、絶妙なバランスでその均衡を保っている。巨木のような太さの上腕と太もも、見事な胸板を持ちながら、明らかにサイズの違う衣裳に身を包んでいた。

 

「牧師さんに教えられた通りにしたにょ。ミルたんが少女になるために必要なことを、それを今日実践してみたにょ。そして、実践してわかったにょ。ミルたんに足りなかった一歩を、ミルたんの心を素直に表現する大切さがわかったんだにょ」

 

 白を基調とした、風に舞うようなヒラヒラとしたゴスロリ衣裳。ピンクのレースのアクセントに胸元を飾るリボン。真っ赤でフリフリのミニスカートと縞々のオーバーニーソックスが作り出す至高の絶対領域。真っ直ぐに切りそろえられた前髪の横に、艶のある漆黒のツインテールが揺れる。そして、頭部にはネコミミがあった。

 

 紫藤トウジは生唾を飲み込んだ。頬に一筋の汗が流れ、手が緊張から小刻みに震えだしていた。彼の思考は混乱、混沌、もはや阿鼻叫喚。これが漢の娘。これがファンタジー。これが自分が彼の相談に乗ったことで起こった結果。

 

「牧師さん、背中を押してくれてありがとにょ。ミルたんはもう……何も怖くないにょ」

「そ、れは、よかった…です、にょ……」

 

 もはや、それしか言えなかった。紫藤トウジはこの日、泣いた。

 

 


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