えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第四十五話 価値観

 

 

 

『皆さま、毎年冥界で行われる年の暮れの大イベント。そう、楽しみにされていたことでしょう、『皇帝ベリアル十番勝負』の選考がついに決まりました! なんと今年は、元龍王でありドラゴンの中のドラゴンと言われる実力派の最上級悪魔、タンニーン様と皇帝ベリアルとの試合が、最終戦にて行われることになりました! 他にも、最近勝ち星をあげてきている期待のルーキーのお披露目や、怪我で一時期レーティングゲームを離れていた選手の復活記念も兼ねており、目玉となる試合が盛りだくさんです! 今年最後のレーティングゲームを、皆さん熱く燃え上がっていきましょうッ!!』

 

 テレビの司会者さんのテンション高めな紹介を聞きながら、俺は冥界のチャンネルを眺めていた。ついに訪れた、皇帝との話し合い当日。メフィスト様に連れられて、二度目の冥界に降り立ってしばらく経った。さすがに冥界で、タンニーンさんにずっとくっ付いて回る訳にもいかないため、皇帝との話し合いが持ち込めたと同時にすぐに移動することになったのだ。

 

 現在はタンニーンさんを待つだけで暇だったので、冥界のテレビ番組を視聴していたのだが、この時期はレーティングゲームについての内容ばかりのようである。日本ならクリスマスやその先の正月について、はたまた歌番組やスペシャルドラマやアニメとか、バラエティーにとんだものが多いんだけど、冥界のテレビ番組は人間界ほど数は多くないらしい。

 

 何より、アニメ系が全然ない。あっても特撮系で、アニメーション的なものはないのだ。冥界の子どもたちへの娯楽の少なさに、俺は人間界に生まれてよかったと心底思ってしまった。アニメやゲームがないとか、アジュカ様が度々人間界へ行ってゲームをしたくなる気持ちがわかってしまうよ。わかっても、真面目に魔王の仕事をしてほしいなーとも同時に思っちゃうけど。……本気で魔王の中で、真面目に魔王業をしているのって、サーゼクス様ぐらいしかいなさそうだな。他の人たち、趣味第一っぽいし。サーゼクス様もシスコンで家族第一なヒトだけど、彼には最強の女王がついているからな。グレイフィアさんの安定感がすごいです。

 

 ちなみに、子ども向けの特撮番組『マジカル☆レヴィアたん』のスペシャルアニメは発見した。かなり演出に力が入っていたけど、これ確かCGなしの本物の魔力演出だったような気がする。山が一つ二つぐらい消し飛んでいるし。

 

 ちなみに内容は、日本の魔法少女と一緒にしてはいけないぐらいの、天使や堕天使の滅殺シーンのオンパレードであった。ちょっと魔王少女様。子ども用の番組なのに、情操教育も何もあったもんじゃないだろう。容赦なさすぎるんだけど。内容のカオスさと、リアル演出のすごさに結局、全部見ちゃったけどさ。悪魔的に、これはOKの範囲なんだろうか。展開が予想できなくて面白かったんだけど、冥界の子どもたちの将来が心配だよ。

 

「というか、『おっぱいドラゴン』がヒーローになって大人気になる冥界だもんな…。フラグ的に手遅れなのかもしれない」

 

 なんていうか、意外にみんなしてヒーローとか正義ってものが好きなんだよね、悪魔なのに。悪魔のイメージ的にどっちかというと、悪役とかダークヒーローに憧れを抱くものだろうと考えていた。そう思うと、人間的な善悪の思考を持っている悪魔が、悪魔の子世代を中心に多いような気がする。

 

 考えてみれば、転生悪魔のために冥界に朝や夜の概念を作ったり、年の暦まで一緒にしているのだ。三大勢力の中で、最も人間が社会の中枢にまで入り込んでいるのは悪魔陣営だけだろう。つまり、悪魔としての価値観の中に、自然と人間としての価値観が交わっているのかもしれない。

 

 悪魔らしい悪魔と言えば、胸糞は悪いけどディオドラ・アスタロトが俺の中で一番に名前があがる。あんな風に、人の人生を弄ぶような合理的な悪魔ばかりだったら、確実に悪魔社会は崩壊へ向かっているだろう。他ならない、転生悪魔達の手によって。

 

 いくら悪魔になったからって、今までの種族としての生き方や考え方を簡単に変えることはできない。アーシアさんやゼノヴィアさんみたいに、悪魔になっても祈りを捧げたいと考えるようにだ。つまり、悪魔に転生しても考え方は転生前のままなのである。

 

 イッセーのように、人間より悪魔としての生を、みんなが受け入れられる訳じゃない。旧魔王派や古き悪魔達のような思考だと、確実に現悪魔社会は破綻するだろう。

 

「もしそうなら、……セラフォルー様が正義の魔法少女を前面に押し出すことで、冥界の子どもたちに人間的な善悪の価値観を教えているのかもしれないな。悪魔と転生悪魔との間に衝突を起こさないために。まぁ、趣味で楽しくやっているのが一番の理由だろうけど」

 

 むしろ、今の俺みたいに難しく考えている方がありえないか。この世界は理不尽に溢れているけど、それと同じだけ別方向に理不尽に突き抜けているからな。ラヴィニアやミルたん、セラフォルー様を見ていると、魔法少女関係は理不尽の筆頭的な不可侵の領域なのかもしれない。俺も彼らには、色々な意味で勝てる気がしないです。

 

 

「あぁー、タンニーンさん。早く迎えに来てくれないかなぁー。ディハウザーさんとの打ち合わせが、長引いているんだろうか。暇をつぶすにしても、ずっとテレビを見続けるのは、さすがに飽きてきたんだけど…」

 

 冥界に来た当初は、ついに皇帝との邂逅が叶うことにガチガチになっていたのだが、ずっと緊張した状態でい続けるのは無理というものだ。でも、こうして待っている時間があったからこそ、テレビを見られるぐらいの冷静さが俺に戻ったのも事実である。

 

 おかげで、『マジカル☆レヴィアたん』の年末スペシャルを全部見ちゃったよ。ちくしょう、一視聴者として続きが気になって仕方がない。カオスさが半端なさ過ぎて、展開が全く読めなかったのだ。もはやネタ番組だろうと思っていたら、油断した時にまさかの伏線からの感動シーンをぶち込んでくるとか、さすがは悪魔。人の心を弄びやがって。

 

「カナ、さっきからぶつぶつうるさい。おうさまのニュースが、きこえないだろぉー」

「あぁー、うん。ごめん。……今更だけど、なんでドラゴンの巣に大画面テレビが置いてあるんだ? 夏休みの時にはなかったよな」

「おうさまがゲームにでるから、おうえんしたいっていったらかってくれた! おうさま、ぞくちょうさま、ふとっぱら!」

「ぱらぱらっ! ぼく、まえにりょうりばんぐみにでていた、こうていチャーハンがきになる」

「ミルキー・ファイヤー!」

「めっさーつ☆」

 

 大変だ、純粋な子竜たちが冥界のテレビの影響を多大に受けてしまっている。やはり十二匹も集まると、ものすごく賑やかだ。ただし、番組が始まると途端にすごい集中力で静かになる。今はタンニーンさんが映っているシーンではないからか、いつも通りの騒がしい様子になったようだ。

 

 それにしても、ドラゴンにまでちゃんと浸透するんだ、近代機器って。そう呟いた俺に、『蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)』の巣では子竜に情報教育をしているところもあるらしい、とドラゴン社会の最先端を教わる。恐ろしいな、冥界のドラゴン。あと、やっぱり魔王少女様の番組は、情操教育に良くない。俺で必殺技を試そうとするんじゃないよ。死ぬから、俺が。

 

「はぁー。冥界で俺がタンニーンさんを待っていられる場所なんて、夏休みに来た火龍さんの巣ぐらいしかないのはわかっていたけどさ。まさか半年で、お前らと再会することになるとは思っていなかったよ」

「ぼくは、ラヴィニアにあいたかったなー」

「ラヴィニアはこないのぉー?」

「うん、知ってた。お前らの俺に対する無邪気なドライさは、身に染みるほど知ってた…」

 

 泣きはしないが、ちょっと目頭は熱くなった。

 

 

「おうさまのあいて、こうていかぁー。どっちがかつのかなぁー?」

「えっ、珍しいな。お前らなら、タンニーンさんが勝つ! って当たり前のように言うと思っていたけど」

「おうさまにはかってほしいよ。でも、こうていがまけるすがたをみたくないきもする…」

「ゲームは、すごくたのしみなんだけどね。たいへん、ふくざつなしんきょうなのだよー」

「なのだよー」

 

 テレビ効果ってすごいな。こいつら夏に比べて、明らかに語彙力が増えている。というか、影響されている。どうやらタンニーンさんが出場する『レーティングゲーム』とは何なのかが知りたくて、テレビでいくつかの試合を見ていたらしい。そこには当然、皇帝であるディハウザーさんの映像もあった。

 

 男に厳しいこいつらが認めるぐらいだから、相当彼のゲームのファンになったのだろうとわかる。すごいもんなー、ディハウザーさん。俺もクレーリアさんの布教の影響で、ファンになっちゃったからな。わいやわいやと、それぞれ他にも応援している選手の名前があがっていく。そこにいるのは、純粋にゲームを楽しむファンの姿だった。

 

 そんな子竜たちの様子に、俺は何とも言えない気持ちになった。俺もレーティングゲームはすごいと思うし、素直に面白いと思う。だからこそ、トップランカーたちの不正や八百長という事実が、重く感じてくる。

 

 アジュカ様からも言われたけど、『(キング)』の駒のことを冥界にばらすというのは諸刃の剣なのだ。確かに古き悪魔達に打撃は与えられるだろうけど、同時に関係ないヒトたちや、今まで純粋に応援していたファンまで巻き込んで傷つける方法である。楽しそうに話をする子竜たちの思いを、俺は消し去りたくないと思う。でも、だからといってこのままでいいとも思えない。

 

 

「ビィディゼ・アバドンのわざってえげつないよねー。ぼく、あーいうあっとうてきなの、いちどやってみたいなぁー」

「うーん。たしかに、すごくつよいんだけど。ホールって、わざじたいはすこしじみではあるよね」

「それほんにんは、なにげにきにしているかもよ。はでなわざをだすあいてには、ちょっとおもしろくなさそうなのがオーラでわかるし」

「まえのコメントで、かんきゃくにホールのしんわざのアピールをしていたしねぇー」

 

 さすがは男相手には、手厳しい子竜たちの評価である。これでも、概ね好評な感じだったりするけど。ビィディゼ・アバドン。レーティングゲームの第三位で、『王の駒』の使用者。俺が知っている二十巻分の原作知識の中では、名前ぐらいでしかよくわからない悪魔だ。

 

 ただ、テレビで見る彼は自信家そうな顔で、正に貴族って感じの雰囲気だった。クレーリアさんの集めていたゴシップには、紳士的でエンターテイナーを大切にするヒトっぽく書かれていたっけ?

 

「だいにいのロイガン・ベルフェゴールは?」

「ぼくとツノが、おそろーい!」

「びじん」

「いつもおうえんしてるー」

 

 お前ら、それただの感想…。先ほどまでの辛辣な評価はどこにいった。女性に対しては、本当に対応が違いすぎる。

 

 だけど、確かにテレビで見た姿は綺麗で凛としたお姉さんだったよな。妖艶さが感じられる大人の女性って感じなんだけど、かなりさっぱりとした性格の悪魔だったように思える。正直、このヒトが不正組の一人だったことに、初めて彼女の試合を見たときは信じられなかった。

 

 俺が見たのは、クレーリアさんに見せてもらったディハウザーさんと彼女の試合だ。結果だけなら、ロイガン・ベルフェゴールの敗北だった。でも、俺が驚いたのは彼女が悔しそうにしながらも――楽しそうだったことだ。ゲームだって、見てるこっちもすごく面白かった。

 

 他の不正組の試合もいくつか見て、こいつらの感想も聞いてみると、なんとなく思うのだ。確かに彼らは、『王』の駒を使ったことで実力以上の力を得て、民衆や純粋にゲームを楽しんでいるプレイヤーを欺いていた。それは許されないことだろうけど、彼らの今までの全てが偽りだったとは思えなかった。この目で彼らの試合を見たからこそ、そう思う。俺の素人目線じゃわからないことばかりだけど、……ディハウザーさんならわかるのだろうか。彼らに一番近く、接してきたのは彼だったのだから。

 

 皇帝が原作で行った『王』の駒をばらす行為は、古き悪魔だけでなく、不正組の地位を失墜させるものだ。ゲームを楽しんでいた皇帝にとって、不正は許せなかったことかもしれない。失望だってしただろう。だけど、彼らの今まで全てを崩壊させるほどの怒りを、彼は不正組に果たして持っていたのだろうか。原作では、そのあたりの描写がされていなかったからわからない。

 

 原作のディハウザーさんは、何を一番望んでいたのだろう。誰に一番怒りを向けていたのだろう。そして、今の彼が一番に望む結末は何なのか。レーティングゲームの王者、ディハウザー・ベリアル。原作知識がどこまで通じるかなんてわからない。はっきり言って、俺みたいな人間の子どもが相対していいような相手じゃないだろう。とにかくクレーリアさんたちを助けてほしくてここまで来たけど、俺は本当にとんでもない立場にいるな。

 

 

「まぁ、ラヴィニアに言ったとおり、悪魔の問題を俺が考えても仕方がないか。うん、俺は初志貫徹で頑張ればいいんだ。難しいことは頭のいい人に任せたり、わからないことは直接聞いたりしていったらいいよな!」

「カナがあいかわらず、へんなこといってるー」

「いつものことじゃん」

「あっ、おうさまのしあいのハイライトだ!」

「いっけぇっーー! おぉーさまァァッーー!!」

 

 ……なんというか、こいつらが近くにいると難しいことを考えている自分がアホらしく感じてくるな。手厳しすぎる。まさに自由の化身だよ、ドラゴンって。果たしてこいつらは、タンニーンさんのような常識のある大人なドラゴンになれる日は来るのだろうか。とりあえず、人間相手にドラゴン的な遊びを要求しない程度の分別はついてほしい。本当に死にそうな目にあうので。

 

「――ん?」

 

 ポケットに入れていた相棒に、反応があった。ピクッ、とさっきまであれほど騒いでいた子竜たちも突然静かになる。いや、どちらかというとそわそわしだした。相棒とこいつらの反応から、あぁ、ついに来たのか、と深く息を吐きだす。

 

 緊張はある程度ほぐれていると思う。ずっと待ち続けていた、原作を確実に崩壊させるだろう人物との邂逅。彼に今回のことを話せば、もう歯車が止まることはない。それに、怖気づいてなんていられないんだ。俺は深呼吸を一度すると、意を決して立ち上がる。今さら震えだした足に活を入れ、俺は火龍の巣の出口に向かって歩き出した。

 

「じゃあな、子竜たち。部屋を使わせてくれて、ありがとな。あと、あんまりテレビばっかり見すぎるんじゃないぞ」

「おうともよ!」

「ぞくちょうさまみたいなこと、いうなよなー」

「じゃあなー、カナー」

 

 ブンブンと尻尾を振って別れの挨拶をしてくれる、なんだかんだで素直な子竜たちに小さく笑いながら、俺は真っ直ぐに通路を進みだす。巣から顔を出すと、紫の薄暗い空が広がっている。そこに、黒い影が見えた。あんなに上空にいるにも関わらず、肉眼ではっきりと捉えられるほどの大きさの影。その黒は徐々に巨大となっていき、次の瞬間には俺の目の前に土埃を舞わせながら降り立ったのであった。圧倒的なオーラを放つ存在感が、無意識に肌を粟立たせる。

 

「こんにちは、タンニーンさん。今回は俺のわがままを聞いてくれて、ありがとうございます」

「ふんっ、気にするな。皇帝と戦うのは、俺としても楽しみではあるからな。だからお前は、お前自身の都合を優先すればいい」

「……はい。よろしくお願いします!」

 

 元六大龍王の一角、『魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)』のタンニーンさん。相変わらず、見た目も性格もカッコいいドラゴン様である。修行時の鬼畜行為以外は、本当に頼りになるんだよな。ははは、来年の夏休みがすごく憂鬱だ…。手加減してくれることを祈るしかない。

 

 それから短い会話を済ませた後、俺は神器の能力を発動させ、さらに仙術もどきを使ってタンニーンさんのオーラに紛れ込ませていく。タンニーンさんに何も言われないから、たぶん成功したのだろう。次に神器の能力でドラゴンの背に跳び乗り、しっかりとしがみついた。

 

 周りからは、タンニーンさん一人だと思わせないといけないから、以前のような結界を背中に張ってもらう訳にはいかないのだ。自分への風の抵抗を消滅させ続けないといけないし、地味に大変である。文句を言っても仕方がないから、こっちで頑張るしかない。

 

 そうして、俺の準備が終わったことを確認した後。俺の身体は浮遊感に包まれたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ここが、冥界の空中都市……アグレアス」

「あぁ、今回は年の暮れの一大イベントだからな。今年は、『レーティングゲームの聖地』とされているこの場所で行われるようだ」

「ここって、冥界の世界遺産なんでしたっけ? 見事に観光地って感じですよね」

「その通りではあるがな。しかし、お前は相変わらず、変なところで悪魔社会に関する知識があるな」

「一応、有名どころだけですけどね」

 

 タンニーンさんからの呆れたような言葉に、俺は笑みを浮かべながら返事をした。人間界でも、世界遺産は有名な観光地扱いだしね。でも、ここが世界遺産になった理由は、なんとなくだけどわかる。

 

 空からアグレアスへ入る時に見たが、幻想的と表現できるほど美しい場所だったからだ。空に浮かぶ島ってだけで十分にファンタジーなのに、いくつもの滝が地上に向けて落ちていく様子はまさに天然の奇跡である。俺だって、ここを観光地にしたいと考えた悪魔の考えに賛同できる。悪魔って基本、需要と供給だしね。

 

 ちなみにここは、悪魔の駒を作り出すために必要な結晶体が取れる重要地点だったりする。さらに、冥界の世界遺産でもあるからか、アグレアスに入る方法は三つだけと決められているのだ。一つ目は、今回のように空から飛んでいく方法である。飛行船などの乗り物で来るのが一般的だが、タンニーンさんのような巨体を持つ相手は飛行場の一角に専用の降り場所があるため、そこに行くらしい。あとは、お偉いさんや特別な時にしか使えない魔方陣ジャンプと、地上からゴンドラに乗って行く方法である。個人的に、ゴンドラはいつか乗ってみたいな。絶対に絶景、間違いなしだろう。

 

 さて、俺がこの空中都市アグレアスを知っていたのは、ここが原作でも重要な拠点の一つだったからだ。思い出すのは、サイラオーグ・バアルとの試合のためにグレモリー眷属が訪れたシーンと、ここにある結晶体を666(トライヘキサ)復活に利用するためにリゼヴィムに強奪されたシーンである。ここが俺が覚えている限りの、原作の最終決戦の場所だった。感慨深くもなるし、個人的に調べてみたりもするさ。

 

「ところで、タンニーンさん。アグレアスに来たのはいいんですけど、皇帝とはどこで話をする予定なんですか? ここって観光地だし、さすがにタンニーンさんが入れそうな大きさのお店って難しいですよね」

 

 そういえば、と。ここまで来てから気づいた、今さらな問題に俺はタンニーンさんへ問いかけた。ラヴィニアの神器が子どものように感じてしまうほどの巨体を持つ、十メートルを優に超える大型ドラゴン。そんな彼が、どうやってヒトがいっぱいの観光地に入るというのだろう。お店に入るのだって、まず無理だ。まさか、野外で皇帝と会合することになるのか?

 

 

「あぁ、お前には見せたことがなかったか。この巨体では何かと不便だからな。故に、こういう場所や行事用の恰好がちゃんとある。……少し離れていろ」

「えっ?」

 

 タンニーンさんの忠告が聞こえてすぐ、彼を中心に紫色の魔力があふれ出した。それに目を見開き、言われたとおりに慌てて離れる。俺はタンニーンさんの巨体が、紫色の輝きに包まれていくのを呆然と見るしかなかった。

 

 それから間もなく、一際強い光が辺り一帯に放たれる。それに目が眩んでしばらく視界が開けなかったが、恐る恐る目を開いて見た光景に、……今度は唖然としてしまった。

 

「タ、タンニーンさん?」

「あぁ、そうだ。さすがに本来の大きさで、街に入る訳にはいかないからな。自然と巨体を持つ転生悪魔は、こういった魔力操作を第一に覚えるものだ」

「へぇ…。チビ達よりも、小さくなれるんですね……」

 

 俺の目の前にいるのは、小さな翼をパタパタと羽ばたかせて宙に浮いているチビドラゴンだった。大きさは、アーシアさんの使い魔であるラッセーくんぐらいかもしれない。でも、声は荘厳で聞き覚えがあるので、タンニーンさんだと間違えることはない。

 

 それにしても、すごい違和感だ。チビドラゴンたちの舌足らずな声を知っていると、違和感が消えない。紫色の可愛らしい見た目のチビドラゴンなのに、声は龍王そのもの。威圧感が健在すぎる。

 

 しかし、やっぱり魔力ってすごいな。魔法力のような方程式と違って、イメージの力って偉大だ。タンニーンさんがすごいのもあるんだろうけどさ。確か、龍王の一角であるティアマットさんは人化ができるらしいし、ドラゴンって意外に便利なんだな。

 

 とりあえず、これなら問題なくアグレアスの街に入ることができる。タンニーンさんの龍王オーラがちょっと抑えられてしまっているので、俺は彼の傍を離れないように気を付けてついていったらいいだろう。

 

 

 パタパタと翼で飛ぶタンニーンさんを先頭に、俺も神器を片手に持って、多くの悪魔が訪れるとされる空中都市へと足を踏み入れていった。観光客の人は、このチビドラゴンがまさかあのタンニーンさんだとは思わなかったようで、騒ぎになることはなかった。悪魔の使い魔にドラゴンを選ぶ者もいるため、その一匹だと思われているのかもしれない。

 

 それでも、さすがにチビでもドラゴンにぶつかりたくはないからか、周りの人が自分から道を空けてくれる。おかげで通りやすくなった道を進みながら、ちょっと観光気分で辺りを見回してしまった。

 

 初めて見る使い魔らしき生き物、初めて見る食べ物、初めて見る道具など、人間界では見たことがない光景が広がっている。以前二週間ほど、俺は冥界に訪れてはいたが、こんな風に悪魔の街に足を踏み入れた訳ではなかったので全てが新鮮だ。俺ははぐれないように注意しながら、街に置いてあったパンフレットや観光地図をさっと集めておく。タンニーンさんに呆れられたけど、これぐらいいいじゃん。観光に来た訳じゃないのはわかっているけど、気分だけでも持って帰りたいのだ。せっかくだから、ラヴィニアにも見せてあげたいしな。

 

 

「……倉本奏太」

「えっ、はい。なんですか?」

 

 そんな風に街をしばらく歩き、次に人込みを避けるように細い道を通っている時、突然前方から声をかけられた。周りにヒトがいないから、俺に声をかけたんだと思う。前を飛ぶ彼の様子はわからないが、突然名前を呼ばれたことに身体が少しだけ強張ってしまった。

 

「もうすぐ、目的の場所へ着くことになる」

「……ついに、ですね」

「あぁ、そうだ。ついにだ。人間のお前では、本来とても会えるような相手ではない者との邂逅がな」

 

 くつくつ、と小さな笑い声が俺の耳に入る。彼の声音には、こちらを貶す色はなく、純粋に楽しんでいるような様子に聞こえた。それでも、彼の言葉はもっともなことだろう。

 

「お前の望みは、お前の器では到底叶わないような、それこそ夢物語の分類だったであろう。今からお前が会う相手は皇帝。そして黒幕には、古き悪魔たち上層部がいる」

「…………」

「勇敢と無謀は違う。お前が今歩いている場所は、これから踏み込もうとしている場所は、果たしてどちらになるのか。……お前ならわかるな」

 

 タンニーンさんの声に、威圧感はない。だけど、静かで重い言葉だ。俺一人では、本来どうすることもできなかった事件。そんなことは、誰よりもわかっている。

 

 

「だがな、何の因果か…。メフィスト、アザゼル、俺、さらには裏で魔王まで、本来関わるはずがなかった今回の件に関わることになった」

「……タンニーンさん」

「お前一人では、到底届かなかっただろう。だが、お前の行動が周りを動かした。それは、お前の力だ。お前自身が引き寄せた、夢物語を現実へと繋げるために集めた結晶たちであろう」

 

 先ほどまでは見えなかったタンニーンさんの横顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。いつも通り、自信満々なドラゴンの王様からの……激励と一緒に。

 

「だから、余計なことは気にせず、お前はお前らしく今まで通りにぶつかってこい。……散々俺たちを振り回したんだ。皇帝や悪魔共も、存分に振り回してやるがいい」

「あのー、タンニーンさん。応援の言葉はすごく嬉しいんですけど、……なんで最後だけ、すんごくあくどい笑顔?」

「悪の象徴のドラゴンだからな」

「どういう意味ですか!?」

 

 そう言って、獰猛な牙を見せながら声に出して笑ったタンニーンさんは、もうこちらを振り返ることなく真っ直ぐに飛んで行ってしまった。俺は慌ててその背中を追いかけ、はぐれないように必死についていく。最後はよくわからなかったけど、……俺らしくぶつかってこいか。いつもここぞって時に、必要な言葉をくれるお方である。何よりも応援してくれた嬉しさに、顔がちょっとにやついてしまった。

 

 夏休みにタンニーンさんから告げられた、『自信を持て』という言葉。今だって俺自身は弱いし、頭も良くない。周りに頼ってばかりで、情けないばかりだけど。……それでも諦めなければ、こんな俺でも変えられるものがあるかもしれない。そんな俺が選んだ道を、信じて進んでみるんだ。俺に協力してくれる、みんなのためにも。

 

 

「さぁ、着いたぞ。ここの店は度数が高い酒が多く、さらに料理も美味くてな。店の者とも知りあい故、裏で話はつけてある。……楽しい酒盛りができるだろうよ」

「俺が主に話をすることになりますけど、待っている間にあんまりお酒を飲み過ぎないでくださいね。酒臭いのはちょっと苦手なので」

「なんだ、雄が酒に弱くてどうする」

 

 鼻を鳴らすように、揶揄う感じに笑みを浮かべるタンニーンさん。このお方、本当にどんな時でもいつも通りだな。威風堂々とした姿は、隣にいるだけで頼りになる限りである。でも、お酒はいっぱい飲む気満々なのね。こういうマイペースなところは、やはり天下のドラゴン様だと思った。

 

「では、行くぞ」

「……はい!」

 

 タンニーンさんに続いて、足を前へ踏み出す。そうして、皇帝との話し合いがついに始まったのであった。

 

 


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