えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第四十八話 裏方

 

 

 

「やぁやぁ、アジュカくん。改めて、うちの子が世話になったねぇ。助かったよ」

『いえ。なんせ、わざわざ人間界で作業をしていた俺の下に、フェレス会長自身が連絡を入れてきたんです。実際、こちらにとっても無関係な話ではありませんでしたからね』

「僕は魔法使いの組織、『灰色の魔術師』の理事長だよ。キミの人間界での活動先ぐらいなら、把握はできるさ」

 

 『灰色の魔術師』の理事長――メフィスト・フェレスは、妖しい輝きを放つ魔方陣に投影されている青年に向けて笑みを見せた。メフィストは冥界の政府と距離は取っているものの、個人的な交友関係は持っている。特に目の前に映る青年とは、意見を交わす機会が他の魔王より多く、何よりも人間界に最も関わりを持っている魔王だ。魔法の技術に関しても、解析能力に優れたアジュカへ、魔法使いの理事長としてよく話をすることがあった。

 

 普段なら、魔法関係や政治的情勢について意見を述べあったりするのだが、今回に関しては優先すべき内容があった。それに赤と青の瞳は楽しそうに細められ、微笑まれている蒼眼の青年は表情こそ変わっていないが、少し視線が外される。メフィストが何故このような笑みを自分に向けてくるのか、なんとなく察したからだ。

 

「カナくんがねぇ、アジュカくんから借りたハンカチを今回の件が終わったら、きちんと返したいみたいなんだ。時間があったら、受け取ってあげて欲しいねぇ。改めて、お礼も言いたいみたいなんだ」

『俺は特に気にしないのですが……、そういうことでしたら時間を作っておきましょう。せっかくですし、あのゲームだったら彼もユーザーとして参加できるだろうか…』

「ハハハ、カナくんはゲームが好きみたいだからねぇ。あの子がいいのなら、これからも誘ってあげて欲しいかな」

『……よろしいのですか』

「こちらのことは、気にしなくていいさ。それにあそこにいるキミは、冥界の魔王ではなく、人間界でゲームを楽しむ一人の悪魔なんだろう。最近の人間界は、自由に子どもが遊べる場所が減っているという嘆かわしい社会だからねぇ。僕は子どもの遊び場ぐらい、きちんと確保してあげたいと思うんだ」

 

 日本の人間界の社会情勢を引き合いに出すメフィストに、アジュカは相変わらずの保護者っぷりに呆れる。彼はよっぽどの理由がない限り、表だって自分から動くことはしない。自分は年寄りだから、と若い者に道を選ばせるようにするのだ。それでいて、今のように裏でフォローはしておく。遊び場に魔王がいるのはいいのだろうか、とも思ったが、安全性はピカ一なのは間違いないだろう。

 

 メフィストが、奏太とアジュカとの関係を継続させたい理由として、更なる後ろ盾を得られることと、神器のことがあるからだ。奏太の持つ紅の槍は、まだまだ底が見えない状態。下手に刺激する訳にもいかず、神器に詳しいアザゼルでさえ今は様子をみている。全ての現象を数式と方程式で解析できるアジュカがいれば、もしもの時に対応できる可能性も高いだろう。

 

 それに彼の神器は、『対象を選択し、己が定めたものに消滅の効果を及ぼす』ものである。物質だけでなく、この世界を構成する概念も消せ、しかも彼の理解力によって消せる効果が変わってくる。つまり、起こる事象を解析し、それらを提示することができるアジュカがサポートに入れば、その幅は大きく広がるという訳だ。

 

 神器の能力の幅を広げたり、使いこなしたりするための訓練なら、アザゼルが適任者である。しかし、特殊効果である『概念』についての理解を深める場所としては、アジュカ以上のところはないであろう。概念という、未知の領域に触れられる者は少ない。奏太の場合、無自覚に「そういうもの」と定めて消してしまうところがあり、神器である『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』がめちゃくちゃ頑張ってそれを支えている状態なのだ。

 

 アホの子が使い手だと、槍さんの負担が半端ないのである。それでもそんな宿主のために、頑張っちゃう槍さんも問題ではあったりするのだが。宿主は神器に全幅の信頼を寄せ、神器はそれに応えようと呼応する。どこか歪でありながら、何故か上手くかみ合ってしまっている宿主と神器なのであった。

 

 

『彼の神器に対してフェレス会長が慎重になるのは、理解しているつもりですよ。本人の意識はともかく』

「カナくんの意識が足りないのはわかっているつもりだけど、下手にあの子を抑えつけすぎると、神器の能力に対して恐怖心や抵抗感を芽生えさせかねないからねぇ」

『今の彼らの状態は、奇跡のようなもの。一方が崩れれば、双方ともに破綻する可能性もある。あの神器の底がまだ見えない以上、能力の暴走だけは避けなければならないという訳ですか』

「何より、あの子は神器の能力を悪用できる子じゃない。なら、大人(僕たち)の役目は、彼の成長を支え、真っ直ぐに能力を伸ばしていってあげることだろう。それがあの子のためであり、僕たちのためでもあるさ」

 

 今はまだ、彼の神器は無名故に問題はない。しかし、いずれ世間にばれるであろうことは想定しなければならない。神滅具を持つラヴィニアを狙う者はいるが、奏太の場合はその比ではないだろう。『永遠の氷姫』は当然神滅具故に、その破壊力は無視できないが……できることの想定は可能だ。しかし、悪用しようと思えばいくらでも様々な方面に手がのばせてしまう神器ほど厄介なものはない。それこそ、『灰色の魔術師』の後ろ盾があっても狙ってくる可能性があった。

 

 アザゼルが考えている通り、本人に自衛手段を持たせることはもちろんのこと、手を伸ばすことに躊躇するほどの後ろ盾がさらにほしいのが現実である。そういった意味では、今回の事件はメフィストにとって悪くないことだった。

 

 奏太はメフィストに迷惑をかけたと思っているが、本人はこの件を利用して彼への更なる後ろ盾を作れないかと考えていたのだ。頑張る子どものお願いを叶えてあげたい、というただの好好爺的な気持ちも、もちろんあったが。それが将来的に、こちらの益になるとわかっていたからだ。

 

『魔王である俺と、さらには皇帝の後ろ盾もですか。随分と過保護ですね』

「今回の件にたとえ失敗しても、最低限アジュカくんならカナくんの神器に興味を示すだろうからねぇ。それに成功すれば、クレーリア()の友達であるカナくんを皇帝も放っておけないだろう。ディハウザーくんはカナくんに、多大な恩ができたんだからさ」

『彼はそんなこと、一切考えていないでしょうけどね』

「あの子はむしろ、それでいいんだよ。こういう難しいことは、裏方が考えればいいものさ」

 

 メフィストは柔和な笑みを口元に浮かべながら、保護者として、組織の長としての考えを口にする。今頃、奏太は皇帝との話し合いをしていることだろう。彼は力がなく、損得を考えず、立場も弱いが、だからこそせめて自分の思いをドストレートに伝えようとするところがある。アザゼルやタンニーンはよく「バカ」だと奏太を評しているが、決して蔑んでの言葉ではない。呆れて言うことはよくあるが。

 

 メフィストは、彼を「どこにでもいる普通の人間」だと思っている。ちなみに、それをアザゼルに言ったら、「アレがどこにでもいたら、俺の腹筋が昇天しちまう」と言われたが。メフィストも、奏太の考え方がズレているのは否定しない。しかし、喜怒哀楽がはっきりとし、怖いものには素直に恐怖心を表し、臆病でありながらも好奇心が強く、利己的に考えるのに情に流されやすい姿は、人間らしいと微笑ましく思うのだ。

 

 

『あなたから話は聞いていましたが、……アレのどこが普通の子どもですか』

「僕はそう思っているんだけどねぇ。キミのことだから、人間界で会った時はいじわるしちゃったんだろう? で、カナくんはそれに全く気付いていなかったと」

『……そのことの詫びも含めて、同胞のために動いてくれる礼をした結果が、アレですけどね』

「……僕もさすがに、アレにはびっくりしたけどねぇ」

 

 メフィストは今でも、疑似『覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)』をやらかした奏太に遠い目になった。彼なりに保護者として、保護している子どもを守ろうと動いている。それなのに、自分から自爆してどんどん勝手にフラグを立てていくのだ。しかも、注意しようにも本人も無自覚でやらかしているため、もうどうしようもない。

 

 アザゼルは彼のやらかしに呼吸困難になり、タンニーンは既に諦めの境地に達し出している。四大魔王の内の二人、それも一番あり得ないはずの超越者たちの疑似能力を手にいれてしまったというのに、感じるのは脅威でも焦りでもなく、もうこの子どうしたらいいの? という頭痛だった。

 

 そんな風に神器だけでも厄介だったというのに、使っている本人の思考がさらになんかズレている。それが顕著に表れたのが、今回の駒王町の問題だ。友達を助けたい、という思い自体は間違ったものではなく、世間的にはよくある動機だ。しかしそのために、皇帝を盛大に巻き込み、他組織の長も巻き込み、ドラゴンを嗾けさせ、試されたと気づいていなかったとはいえ、魔王の問いを即座に答えてみせた。

 

 彼の中では全部一つに繋がっていることなのだろうが、その思考回路が一万年を生きる悪魔でさえも予想できない時がある。考えていることが顔に出るぐらいわかりやすい少年でありながら、時々予想外なことをやらかしてくるのだ。

 

 

「以前友人が言っていたけど、カナくんの神器が変質した可能性は二択。多少なりとも、あの子の認識のズレが関わっていたりするのかもしれないねぇ」

『普通の人間は、魔王相手にあそこまで開き直れませんよ。簡単に自分の命を奪える力を持った初対面の異種族の王を相手に、話し合いをお願いする神経をしているんです。度胸があるのか、本当にただのバカなのか…』

 

 メフィストから今回の話を聞いた当初、四大魔王の一角であるアジュカ・ベルゼブブは、クレーリア・ベリアルを救う危うさに眉根を顰めた。もちろん、ゲームの闇――それも自身の見通しの甘さ故に起こってしまった事態によって、散らされようとしているクレーリアを見殺しにはしたくない。しかし、彼女が皇帝を刺激しかねない存在だったのは事実。レーティングゲームの真実を知ってはならない者である、ディハウザー・ベリアルを刺激しようとする上層部の考えに怒りさえ感じた。

 

 メフィストが四大魔王の中でアジュカを選んで連絡を入れたのは、悪魔の駒の製作者であり、表の魔王を請け負うサーゼクス・ルシファーにはできない、裏側を担当する者だったからだ。表だって魔王が動けば、古き悪魔達と衝突してしまう。しかし彼なら、今回の件を秘密裏に処理できる可能性が高いと踏んだのである。

 

 ただその場合、クレーリアは表だって生きることはできなくなるだろう。アジュカは裏でしか動けない。クレーリア・ベリアルは表向き死んだことになり、教会関係者を納得させ、老獪たちに気づかれぬようにひっそりと裏で暮らしていくしかない。皇帝へのフォローも、陰ながら必要だろう。

 

 そこまで思考していたアジュカに待ったをかけたのが、メフィストが告げた一人の少年の存在だった。悪魔と聖職者の恋愛を認め、友達だからと助けるために動いている人間の子ども。まさか組織の長が、子どものお願いで動いているなど俄かには信じられなかった。

 

 何より、ディハウザー・ベリアルを刺激しかねない少年の行動は容認できない。ただの人間を下手したら内部争いになりかねない悪魔の問題に関わらせたくもなかった。冥界を守護する魔王の一人として、悪魔の駒の責任者として、切り崩すチャンスを伺い続けていたアジュカの今までを壊すわけにはいかなかったのだ。

 

 

「アジュカくんがカナくんのやり方を肯定しないのは、わかっていたからねぇ。だからこそ、先に僕がキミへ話を通したんだ。事が起こった後に、アジュカくんに裏へ潜られたら、さすがの僕も骨が折れてしまう。それなら最初から、カナくんのやり方を容認してもらうか、キミのやり方に任せようと考えた訳だ」

『そこまでする理由が、子どものクリスマスプレゼントだと答えられたときは溜息を吐いたものですよ』

「ハハハハ、せっかくのクリスマスプレゼントなんだから、ちょっとぐらい豪華にしてもいいだろう」

『……そうしてフェレス会長から、その少年が俺の運営しているビルに来ると聞いて、見極めるために待っていたら…………はぁー』

 

 奏太が魔王の隠れ家へ向かうと知ったメフィストは、アジュカへゲームを持ちかけたのだ。ただの人間を悪魔の問題に関わらせる訳にはいかない、というアジュカの考えはもっともである。ならば、奏太を今回の件に関わらせていいのかをアジュカ自身に判断してほしいと告げた。

 

 その際、奏太がアジュカが指定していた基準値を超えたら容認をする。超えなかったのなら、彼を今回の件から諦めさせるようにする。少なくとも、クレーリアの命は魔王に任せても助かるのだ。今回の件で奏太の心が折れても、再起は十分にできる。厳しいが、アジュカに認められなければ成功は不可能だろう。

 

 だからこそメフィストは、ゲームとしてアジュカを巻き込んだ。ゲームとなれば、彼は引くことができない。それに彼はゲームに対する不正を何よりも嫌うため、公正に勝敗を判断するだろう。メフィストがそこまで考えていることをアジュカはわかっていたが、自分にゲームを持ちかけるほどの何かを持っている人間かもしれない、という興味が彼を頷かせた。技術者として気になるものはとにかく調べ、興味関心が誰よりも強かったアジュカにとって、会って話をするぐらいならいいかと思えたのであった。

 

 そうして招き入れた子どもに対して、当初はメフィスト同様に普通の子どもだと思っていた。魔王相手に一対一で相対できる度胸は認めたが、争いを何も知らないのは目を見たらわかる。感情が表情に出やすい少年の考えを読むのは、老獪を相手にしてきたアジュカにとって赤子を相手にしているようなものだ。

 

 彼の持つ神器はアジュカ・ベルゼブブとしても興味が引かれたため、今回の件は抜きにした後も、その経過を知るために多少の関わりを作るぐらいならいいだろう。魔王にとっては、それぐらいの思いで挑んだ話し合い(ゲーム)だったのだ。

 

 

『フェレス会長は、俺が彼に協力するとわかっていたのですか?』

「まさか。僕自身の目的はさっきも話した通り、アジュカくんがカナくんの神器に興味を持ってくれた時点で達成されているからねぇ。あとは、カナくんの頑張り次第だと思っていたよ」

『正直、あなたの入れ知恵じゃないかと思った答えもありましたよ。最初に『王』の駒の存在を、彼に確認した時は特に』

 

 最初は製作者であるアジュカが『王』の駒の存在を否定することで、奏太の目的そのものを否定するつもりでいた。今までも、『王』の駒について示唆してきた者たちをあしらってきたため、いくらでも論破できていたからだ。

 

 しかしそれは、技術者のプライドを刺激されたことによってできなくなってしまった。この話し合いは、彼の中ではゲーム(試合)。故に、己の心を偽るなどできない。周りが吹聴しただけの噂なら別にいい。しかし技術者として、王の駒は自分の力量では作れないから諦めた、という半端者のレッテルを自身で認めることは許せなかったのだ。

 

「アジュカくんの悪いところを、上手く刺激したって訳だ」

『……否定はしませんよ。彼の言う通り、製作の途中で放棄することもできたんです。しかし、それでも『王』の駒を実際に作ってしまったのは、他でもない俺ですから』

「己の欲求に従うのは、悪魔らしいんだけどねぇ」

 

 ただ、魔王としてではなく、技術者としての欲求を優先してしまったことが、今日を作ってしまった。製作段階で、危険性はうっすらとだが理解していたはずだろう。または作った後にすぐ、駒を握り潰せばよかった。そうすれば、作ってしまった駒を上層部に利用されることもなかっただろうから。

 

 アジュカ自身も話していたが、己の見通しが甘かったが故に起こってしまった事態。上層部の動きに気づくのに遅れ、駒の流出を許してしまった。間違いなくそれは己の失態であり、彼の中で偽ってはならない真実だった。奏太の前で隠した笑みは、自分自身への自嘲だったのだから。

 

 

『……故に、彼に答えは教えました。その危険性も含めてね』

「民衆にとって、レーティングゲームはもはや生活の一部だからねぇ。『駒』の暴露は、上層部だけでない、自分たちが信じていたプレイヤーたちにも裏切られるということだ。夢を壊された民衆の怒りは、様々な場所へ飛び火するだろうね」

『えぇ、犠牲は多くなるでしょう』

 

 だからこそ、次にアジュカが問いかけた質問に、少年の性格的に答えられる訳がないと考えていた。自分の行いによって、多くの者が犠牲になるかもしれない可能性も含めた覚悟などないだろうと。事実、この話をした彼の表情は、わかりやすいほど狼狽えていた。

 

 だからもし、奏太がアジュカの質問にそれでも「資料を受け取る」という覚悟を示したのなら、彼のやり方を容認することにしようと考えたのだ。資料自体の使い道は、正直かなり限定されている。あの質問をしたのは、自分がどれほど危ない橋を渡っているのかを気づかせる意味合いもあり、皇帝への手紙もすでに書き、念のための保険も用意している。彼らが手紙を読めば、自分たちに残されている選択肢が、結局はアジュカの用意した二つだけなことに気づくだろう。

 

 皇帝が資料を手にしても、古き悪魔を動かすほどの力にはなれないのだ。クレーリアか、皇帝のどちらかが割を食わねば、現時点で血を流さず収めるのは難しい。故に、魔王が危惧した内乱を起こさない案を見つけることが、奏太への最後の条件。それを越えなければ、皇帝に残された選択肢は己が渡した手紙の案のみとなるだろう。

 

 

『とまぁ実際は、そこまで考えていた俺が馬鹿だったんじゃないか、ってぐらいには即答してきましたけどね…。まさか交渉されていることにすら、気づいていなかったとは……』

「……ある意味、カナくんらしいけどねぇ。しかし、アジュカくんの中では、まだ僕とのゲームは続いているという訳かい」

『えぇ、そういうことです。今の俺たちでは、レーティングゲームの闇へ切り込むための手札がまだ足りません。いずれ必ず彼らを救いますが、……ベリアル家にしばらくの間、苦行を強いることになります』

「やはり、クレーリア・ベリアルか、ディハウザー・ベリアル。どちらかを『今』は、切り捨てるしか収める方法はないか」

 

 クレーリア・ベリアルの命を救うことだけなら、アジュカの協力を得られた時点で達成できることである。古き悪魔達は、アジュカが今回の件に気づいたことを知らないのだから。彼女の眷属は、抵抗さえしなければ僻地に閉じ込められるだけで済まされるだろう。クレーリアは死んだことになるので、八重垣正臣は教会へ戻るか、追放されることになる。いずれ古き悪魔達の思惑を切り崩した日には、クレーリアを表側へ帰すこともできるだろう。

 

 それに、もし現政府で話し合われていることが三大勢力間で可決されれば、八重垣正臣とクレーリア・ベリアルの前にある種族や組織故の障害もなくなる。時間はかかり、彼らに負担を強いるが、訪れる可能性が高い結末になるだろう。それに奏太が掲げる最低限の目標も、達成できることになるのだ。

 

 だが、今回のことを知ったディハウザー・ベリアルが、クレーリアの幸せを第一に願ったとしたら。クレーリアが死ぬことにならず、古き悪魔たちへの落としどころとして認めさせるために、彼が犠牲にできるものがあるとわかったら。皇帝として、今まで築き上げてきた全てを捨てる選択をすれば、彼女たちを救うことはできるだろう。

 

 

「カナくんは、納得しないだろうけどねぇ」

『犠牲を出さず、クレーリア・ベリアルたちが救われ、皇帝も救われる。そんな彼の願いは間違っていない。だが、残念なことに今は泡沫の夢であることも事実ですよ』

 

 現実を見ていない訳ではないが、それでもやはり夢のような願いだろう。生きるとは、妥協の連続だ。奏太はもう十分に、クレーリアたちのために力を尽くした。友のために頑張った彼を、誰も責める者はいない。本来は粛清という選択肢しかなかった未来に、これほどの可能性を広げられたのだから。

 

「僕もそれは否定しないよ。けど、それにしては……完全に諦めたっていう目じゃないねぇ」

『おや、フェレス会長がそれを言いますか?』

 

 現在ベリアル家に残されている選択肢は、二択しかないように思える。だが、もしかしたら彼なら、こんな状況になっても諦めず、理不尽を消し飛ばし、新しい第三の選択肢を見つけようともがいているかもしれない。人外たちの予想をいつも吹き飛ばしてきた思いつきを、思わず呆れてしまうような予想外を作り出してきた可能性を、今まで作ってきたのだから。

 

『世界の裏を知る人間は多い。だが、世界の裏を知ってもなお、変わらず人間らしい思考を持ち続けることは難しい。人以外を知れば、人より強大な力や存在を知ればこそ、余計にね。それに無意識に惹かれて、意識してしまうのが人間というものだ』

「だけど、あの子は変わらないねぇ。ねぇ、アジュカくん。もしカナくんが、夢を現実に変えるための道を、見つけたその時は」

『……もし彼が、新たな第三の選択肢を見つけることができたのなら。俺は魔王ベルゼブブの名の下、彼ら『全員』を今ここで救うために力を尽すだけですよ』

 

 危険であることは承知している。悪魔の問題をこれ以上、人間の子どもに深入りさせるなど、恥をさらすようなものだろう。それでも、もしかしたら悪魔の新しい道を示すことができるかもしれない。きっかけを窺い続け、何百年も前から探り続けてきたチャンス。さらには、彼が何を思いつくのか楽しみにしている己がいた。

 

 追い詰められた少年が、今度は何をやらかすのか。多少頭が痛い思いをするかもしれないが、それを心のどこかで面白がる感情に小さく肩を竦めた。振り回されているというのに、どこか不思議とそれに抗う抵抗感は少ない。

 

 彼らは邂逅し、どんな答えを得たのか。それを知る機会は――すぐにでも訪れた。

 

 

 

「……おや、カナくんからの通信のようだねぇ」

『この時間だと、ちょうどディハウザー・ベリアルと会合している頃か…。俺との通信は切った方がいいですか』

「映像ではなく、音声だけつながっているみたいだから大丈夫だよ。後で、キミにも伝えることだろうし、二度手間になってもあれだろう。一緒に聞いたらいいさ」

 

 奏太に手渡していたものと同じ、メフィスト・フェレスの文様を記したカードが光り輝いていることに気づく。人間界でなら映像も届けられるが、さすがに簡易式なものだと冥界では音声を届けるのが限界だろう。メフィストは己の魔力を文様を通して送り、界の境界線も越えて繋いでみせる。ラジオのチャンネルを合わせる様に、徐々に明確な音声が魔方陣から流れてきた。

 

『こんばんは、メフィスト様。今、ディハウザーさんとある程度のお話ができたので、報告をしに来ました』

「ご苦労様、カナくん。それで、皇帝の様子は?」

『はい、ディハウザーさんはクレーリアさんの手紙を、無事に受け取ってくれました!』

「そうかい、それはよかったねぇ」

 

 友達と認めてくれたことを嬉しそうに報告する声に、メフィストも柔和な笑みを浮かべながら頷く。しかし、すぐにその表情を戻し、次の報告を待つように視線を魔方陣へと向けた。

 

「それで、アジュカくんの手紙を受け取った皇帝は、どうしたんだい?」

『えっと、それからアジュカ様の手紙を読んだ後、……クレーリアさんを助けるために、ディハウザーさんは皇帝の椅子をあいつらに明け渡す選択肢を選びました』

「……なるほどねぇ。それで、カナくんは?」

『はい。当然そんなのおかしいです! と断言しました』

 

 相変わらず、こういったところの即答はさすがである。全く堪えていない。アジュカもこれには、肩を竦めて笑っていた。

 

「しかし、それ以外に思いつく選択肢を見つけないと他に方法はないだろうねぇ」

『なので、メフィスト様。そこで思いついたんですけどね』

「……えっ、思いついたの?」

 

 思わず素で返してしまった。もしかしたら、と魔王と話していたとはいえ、まさかこんな短時間で思いついてくるとは考えていなかったのだ。傍で聞いていたアジュカも目を見開き、メフィストは彼の言った『思いつき』という言葉にふと嫌な予感がした。

 

 まさか、本当に第三の選択肢を見つけたというのか、と純粋な驚きを互いの胸に覚える。メフィストにこうして報告をしているということは、先に提案を聞いたであろうタンニーンと皇帝も、彼の案が決して不可能ではないと考えたということだ。それにしては、彼の背後があまりにも静かすぎる気がした。

 

 

「……カナくん、タンニーンくんと皇帝は傍にいるのかい?」

『えっ、もちろんいますよ。思いついた内容を話し終わったら、何故か向こうで盛大に酒盛りを始めましたけど。今はタンニーンさんが、「最近の若いのはどうしてなぁッ…!」と愚痴を言いながら、皇帝に絡みだしています。代わりますか?』

「いや、いいよ。そのまま飲ませてあげなさい」

『はぁ? わかりました』

 

 素直な返事をする奏太へ、メフィストの頬に一筋の汗が流れる。タンニーンの反応から、奏太の思いつきは現状を打破するために有効的な可能性はあるが、それでも飲まずにはやっていられないような内容なのだろう。アジュカもそれに気づき、ちょっと先ほど全面協力すると言った宣言を撤回したくなってきた。

 

「カナくん、それで。……いったいキミは何を思いついたんだい?」

『あっ、はい。正直、大した思いつきではないんですけどね。ただ当たり前のことをするだけですし』

「当たり前のこと?」

『レーティングゲームの現環境って、ぶっちゃけ最悪ですよね。接待ゲームがあることは否定しませんが、八百長が当たり前のように横行していますし。ランキング操作や不正を上層部がやっちゃっています。運営側が、まさに真っ黒です。エンターテイナーであるプレイヤーたちにとって、最悪な職場と言ってもいいと思います。大会一つとっても、すごいお金だって動いているのに』

 

 職場。確かに、レーティングゲームは悪魔のステータスとして、悪魔の駒を持つ上級悪魔であるのなら誰でも参加を表明できる。しかし公式の大会だってあり、賞金だって馬鹿にならない額だ。トッププレイヤーともなれば、レーティングゲームの賞金だけで何年と生きていけるだろう。プロプレイヤーは立派な職業であり、レーティングゲームは職場と言えよう。

 

 ゲーム自体と距離を取らされている魔王の立場では、下手にゲームに対して踏み込むことができなかった。しかし、実際に参加しているプレイヤーは違う。上層部が運営権を持ち、いくら力を持っていようと、参加するプレイヤーがいなければゲームは成立しないのだ。

 

 上層部が最も警戒しなければならなかったのは、対策しなければならなかったのは、強大な力を持つ魔王ではない。彼らが駒程度にしか思っていなかった、プレイヤーたち自身だ。一人ひとりの力では、上層部に牙を向けることなど不可能だろう。しかし、己の実力で駆け上がり、夢と希望を持ってゲームに挑んでいた者たちを。多くの観客がそれに魅了され、その背中を支えようと応援していた背景を忘れてはならなかった。

 

 自分たちの威光という圧力は、政治面では強いだろう。しかし、ゲームではただの運営者でしかない。プレイヤーや観客を楽しませ、共にゲームの質を高め合い、それぞれの利益を分かち合い、公正な判断をしていくのが運営の本来の仕事だ。ゲームと政治が絡むことはあるだろう。しかし彼らは、ゲームと政治を混同しすぎたのだ。強大な影響力があるゲームにのみ注視した結果、観客をだまし、プレイヤーをないがしろにすることになった。

 

『メフィスト様、俺はゲームが好きです』

「うん、知っているけど…」

『運営とプレイヤーは本来、繋がっているものなんです。プレイヤーだけで、ゲームは楽しめない。ディハウザーさんはプレイヤーのみんなとゲームを高め合えた、って言っていましたけど、本当だったら運営も一緒に高め合っていくもののはずなんです』

 

 倉本奏太は、ゲームが好きだ。今世はまだ小学生のため家庭用ゲームを楽しんでいるが、前世の大人だった記憶が様々なゲームで遊んだことを思い出させる。シリーズものや、ゲーム会社自体のファンになったこともあった。プレイヤーを楽しませようと、新しいギミックやファン心を考えた工夫をしてくれた運営に感謝だってしていた。

 

 だからこそ、レーティングゲームの運営のやり方は我慢ならなかった。なんせ、ゲームのシステム管理という、プレイヤーと密接に関わるだろうところをアジュカに丸投げしているのだ。ゲームを運営するものとして、その姿勢はどうなんだ!? とゲーム大好き人間としても思うところがあったのである。

 

 

『すみません、ちょっと話が逸れちゃいました。それで、そんな劣悪な職場(ゲーム)に対して、労働者(プレイヤー)にできることは何か。それは、起訴です』

「起訴って、うん…。確かに、そういった保証は冥界にもあるけど、そんなことをしてもあいつらにもみ消されるだけで」

『普通に訴えるだけならそうです。だったら、もっと派手に起こしましょう。敵が強大なら、それに負けないぐらいの味方を作るために』

 

 勢いを一切止めず、奏太は堂々と告げた。そうして、やらかし(思いつき)はかたちとなる。

 

『職場の改善を訴える労働者の正統なる叫び――ストライキをっ!』

『ストライキッ!?』

 

 Q:「レーティングゲームの運営が不正をしていたって本当ですか?」

 A:「幻滅しました……運営が謝るまでゲームやめます」

 

 メフィストと、聞き耳を立てていたアジュカは思わず声をそろえてしまった。あれ? と不思議そうな奏太の疑問の声も聞こえたが、今はそれを考えている暇はなかったのである。

 

 こうして、冥界と人間界のそれぞれの夜は、まだまだ更けていくのであった。

 

 


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