えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第四十九話 弾丸

 

 

 

「……ストライキって。あのストライキかい?」

『俺が知っているストライキは、一つしかないですけど…』

 

 ストライキ。人間界で労働者が労働条件の改善・維持などの要求を貫徹するため、集団的に労務の提供を拒否することである。労働者の基本的な権利として認められているもので、……人間界のように保証をしっかりしている冥界の職場にも、確かに受け継がれているものであった。

 

 爵位のある悪魔は主に経営者側故に、あまりピンとこないものだ。しかし、下級悪魔や転生悪魔のように働く側にとっては重要な権利であろう。ただ冥界は人間界とそっくりという訳ではないため、小さなものならあっても、表だってストライキが行われたことはなかった。

 

「ハハハ、なるほどねぇ…。僕やたぶん他の悪魔たちも、レーティングゲームが職場であるという目で見ていなかったからさ。ちょっと驚いちゃったよ」

『でも、間違ってはいないですよね?』

「……うん、そうだね。間違ってはいないね」

 

 奏太のあっさりとした言葉に、メフィストの笑みは少し引きつっていた。レーティングゲームができた背景など色々言いたいことはあるが、「職場ではあるよね?」と言われたら確かに否定できない。そういう見方もあるといえばあるだろう。直球でぶっ飛ばしてくるところは、相変わらずであった。

 

 冥界の全悪魔が注目するレーティングゲームでストライキを行う。それも、ハリウッドスターぐらいの人気を誇るトッププレイヤーがだ。しかも、ファンサービス満載で、真面目で誠実と謳われている皇帝が主導で動く。その注目度は、その話題性は、確実に冥界全土を震撼させるであろう。

 

『だけど、一応皇帝が訴える内容は正当なものですからね。冥界のヒトたちは、レーティングゲームでストライキが起きたことに驚きはすると思いますが、暴動は起きないでしょう。むしろ、インパクトがありすぎて、暫くは動けなくなると思います』

「そうだろうねぇ。前代未聞だからこそ、自分たちがどうすればいいのかわからなくて、迂闊に動けないだろう」

『はい、さらに魔王様たちも動くことはありません。というより、動けません』

 

 魔王が皇帝のストライキを表だって止める訳にはいかない。なんせ、相手は労働の権利を堂々と行使しているだけだ。職場の改善を訴える、という『正統なる理由』を掲げる労働者(プレイヤー)を冥界のトップが鎮圧するなど、それこそ冥界の民が暴動を起こしかねない。

 

 民を守るはずの魔王が、民の訴えを無視するとはどういうことだ!? という負の声が上がる危険性が出てくるだろう。何より、レーティングゲームに関しては、魔王は上層部の手によって追い払われている状況だ。もし上層部が何か言ってきても、「ゲームに関しては、上層部のみなさんの領分だと思いましたので」と言われたら、何も言い返せないだろう。それでも魔王を糾弾するのなら、「それでしたら、今後は我々もゲームに介入させてくれますよね?」と言えばいいだけだ。

 

 

「しかし、カナくん。確かに皇帝がストライキをするのは効果的かもしれないけど、彼らの影響力はそれでも大きいよ?」

『えっ? メフィスト様、ストライキですよ。集団でやらなきゃ意味がないじゃないですか』

「集団…。まさか、タンニーンくんが酒盛りを始めたのって……」

 

 皇帝と古き悪魔達を巻き込んでやれと笑っていたら、自分も奏太の思いつきに盛大に巻き込まれた。南無。

 

『上層部が甘い汁を吸うには、当然搾取される側が多ければ多い方がいい。ゲームの不正を行っているのは貴族、それも序列の高い悪魔たちの間で行われていると考えます。つまり、貴族でも『成り上がり』組に属する者や、転生悪魔達はこのことを知らないと考えていいでしょう』

「……彼らを味方にするってことかい」

『もちろん、全員は難しいです。日和組だっていると思いますからね。でも、旗向きがこちらに傾いたら、彼らは動かざるを得ない。だって、不正問題で訴えているのに動かないなんて、お前ら実は不正していたんじゃないのか? って疑心暗鬼な目で周りから見られるってことですからね』

 

 奏太がレーティングゲームの『成り上がり』組で思い出すのは、やはりフェニックス家である。レーティングゲームによって、最も台頭した家の一つ。『不死身』の特性を生かしてゲームを上り詰め、さらに如何なる傷をも癒す『フェニックスの涙』がゲームの間で使われるようになったことも重なり、大きく勢力を拡大した家だ。

 

 彼らはゲームによって、地位や財産や名誉を手に入れることができた、まさに勝ち組といっていいだろう。しかし、そんな彼らを古き悪魔達はどう思っていただろうか。少なくとも、面白くは思っていなかったであろう。成り上がり組がトップ陣に名を連ねることを、序列を重んじる彼らが疎ましく思わないはずがない。

 

 彼らの行っていたランキング操作は、駒や裏金だけでなく、そういったプライド面も含まれて行われていた可能性が高いだろう。

 

 

『アジュカ様は、上層部が不正を行っていることを話していました。つまり、彼らが不正を行っていた証拠をいくつか持っているということです。今回の発端は、『旧魔王派が現政府を陥れるために考えたもの』となっていますから、そこにアジュカ様の証拠をいくつか怪しまれない程度に入れておくことはできると思います』

「アジュカくんなら、確かに持っているだろうねぇ」

『はい、その証拠ですが、レーティングゲームの『成り上がり』組の中でも、影響力や財力の強い家に関係したものをいくつか提示しましょう。そうすれば、様子を見ていた彼らが皇帝か上層部、どちらの味方になるのかなんてわかりきっています』

「……自分に関するゲームで不正が行われていたと知れば、体裁を大切にする貴族としても、心情としてもこのままにしておく訳にはいかないだろうからねぇ。運営に対して厳しい目をこれから向けるだろうし、今回のことに皇帝へ感謝して後ろ盾になってくれる可能性もあるか」

 

 ランキング操作は、何もトップ陣だけに行われているとは限らない。それこそ、「あの家は最近調子に乗っているから、順位を下げよう」なんて運営側の都合で決められる可能性もあるのだ。対戦相手の有利になるように試合を組んだり、ランキングが上がらないように操作したり、そんな古き悪魔のみが得する現状を良しとする者などいないであろう。

 

 そうして有力なプレイヤーたちが皇帝に賛同していけば、日和側だったプレイヤーたちも、声を上げることになるだろう。そしてさらに、ストライキという前代未聞なニュースに呆然とし、様子見をしていた民衆たちも、次第にプレイヤーたちの波に一緒についていこうと声をあげだす。上層部がいくら止めようとしても、光である皇帝たちと、運営という見えない闇だった彼ら、どちらに民衆の気持ちが傾くかなどすぐに想像ができた。

 

『もちろん、提示する証拠は厳選しないといけないですけどね。そうじゃなきゃ、民衆じゃなくて、貴族の方が暴動を起こすことになっちゃいますから。このあたりの匙加減は、アジュカ様にお願いしようと思っています』

「大事なところではあるけどねぇ。……さらっとかなり神経を使うところを、アジュカくんに任せることになるね」

『あ、ははは…。えっと、アジュカ様から前にフォローはする、って言っていただけましたし。その、大丈夫かなぁって? だって、アジュカ様は超天才ですごく頭のいい魔王様だから!』

 

 メフィストは、無言で隣の魔方陣に視線を向ける。カナくんがアホの子でごめんね、と思わず謝りたくなってしまうぐらい項垂れていた。今度ハンカチを返しに行かせるとき、超高級ワインも一緒に持っていかせようと心に決めた。

 

 

『えーと、それで。レーティングゲームの職場改善を願うのは、皇帝だけじゃない。一人じゃ駄目なら、古き悪魔達がもみ消せないぐらいのプレイヤーたちの声を集めて、民衆を味方につけるんです。年末の大きな行事が行われる直前に起こる、皇帝主導のプレイヤーたちによる集団ストライキですよ』

「……荒れるねぇ」

『はい、最初はみんな驚くでしょうし、何故この時期にって批判はあるかもしれません。……でも、この時期だからこそ、ストライキを早急に収めるために要求を飲むよう、世間は上層部に矛先を向けると思うんです』

「『皇帝ベリアル十番勝負』だね」

『はい、みんな見たいでしょうからね。ストライキ後に揉めるかもしれませんが、まず中止になんてできないですよ。レーティングゲームを、みんな楽しみにしているんですから。……ここまでやるなら、絶対に逃がしません』

 

 このストライキは、長引かせたら皇帝側が不利になる。民衆の熱とは、一過性のものが多い。皇帝の考えに賛同し、声をあげることは本心だろう。しかし、時間が経ちすぎれば次第に熱は収まってしまう。それどころか、こちらに非難を向けてくる可能性があった。

 

 ゲームに関係ない民衆にとって、レーティングゲームは結局は娯楽でしかない。プレイヤーたちにとっては大事な問題でも、彼らの生活自体には何も関係がないからだ。そのため、ゲームという娯楽を中止し続けるというのは、こちらにとっても危ない橋であることには変わりはなかった。

 

 しかし、今は年末だ。古き悪魔たちがのらりくらりと逃げようとしても、もうすぐ迫った冥界の最大行事がそれを拒む。ストライキを解除しなかったら、冥界の全悪魔たちが楽しみにしていたものが見られない。それこそ、大騒ぎになってしまうだろう。

 

 そうなれば、混乱を起こさないために秩序を守る立場である魔王たちは、当然ストライキをなんとかするために行動する権利を持つことができる。労働者として間違ってはいない皇帝たちを説得するのは魔王の求心力を下げる行いでしかないため、必然的に魔王様たちは上層部を説得する流れになるのだ。上層部がいくら逃げようとしても、民と魔王が逃がさない。ストライキを訴える皇帝たちプレイヤーの前に、いずれ引きずり出されるだろう。

 

 

「ふむ、カナくん。確かにそこまでやれば、レーティングゲームを改善へと向けることはできるだろう。だけど、クレーリア・ベリアルのことはどうするんだい? 上層部とそこまで敵対関係になってしまったら、話し合いは難しいと思うよ」

『えっ、メフィスト様。ここからが本番じゃないですか。今までのは、本番に向けての準備段階ですよ』

「…………えっ」

 

 あれ、準備段階の規模ってこんなにも大きいものだっただろうか? メフィストは傍で一緒に聞いていた魔王様に視線を向けると、メフィストの心の声と分かち合うように無言で首を横に振っていた。

 

『メフィスト様、古き悪魔達は強大です。故に、絶対に手綱を握らせたら駄目なんです。常にこちらが握るか、……魔王様に握っていてもらうべきだと思います』

「そこに関しては、僕も同意だねぇ。あいつらに弱みを見せたら、すぐにでも食らいついてくるよ」

『はい、なので話し合いをこちらからお願いするんじゃだめなんです。向こうからこちらに、話し合いをお願いさせるんです。このストライキを使ってね』

 

 ストライキの決行は、魔王とバアル大王の話し合いが始まってから行う。皇帝主導のストライキをアグレアスで行い、メディアを通して、プレイヤーと民衆を主導していく。そうなれば、傍で会談をしていた魔王と大王はどうするか。

 

『上層部は混乱状態で、まともな指揮なんてできないでしょう。皇帝も、彼らの言葉を一蹴していますからね。そんな時、ストライキをしている皇帝のすぐ傍に古き悪魔達の親玉であるバアル大王が偶然いるんです。きっと上層部は、バアル大王に泣きつくでしょうね。傍にいる魔王様たちも、この事態を早急に収めた方がいいと、バアル大王に進言するでしょう。魔王とバアル大王の登場に、『怒りと正義感で我を少し失っていた』皇帝も冷静さを取り戻し、そこまで言うのならと話し合いに応じるという感じです』

「……確か、ディハウザー君は俳優の仕事もしていたねぇ。なるほど、そういうシチュエーションで魔王と大王に話し合いをお願いさせるのか」

『だって普通、ストライキまで起こしませんからね。つまり皇帝の精神状態は、『それほどまでに怒りを持っていて、多少我を見失っている状態』なんですよ』

 

 もし本当に今回のことが旧魔王派の関わった事件だったとしたら、皇帝は本来どのような行動をとるか。クレーリアが上層部の思惑によって粛清されると知り、さらにいくつかの不正の証拠と駒の情報を知った皇帝の取る行動。確実にストライキは起こさなかっただろうが、それに近い騒動を起こしていた可能性はあっただろう。内に激情家な面を、皇帝は持っている故に。

 

 その激情を、今回はストライキとして出させたことにする。皇帝はあえてストライキを『怒りと正義感』を持って続けようとするが、そこをバアル大王が話し合いをお願いすることで止め、魔王が仲介役として手綱を握ってもらうことで治めていき、完全にとばっちりを受けるアガレス大公がみんなの緩衝材になることで進めていくのだ。

 

 

 

『そこからが、ようやく本番です。バアル大王との交渉開始ですよ』

「……本番までに、冥界がとんでもないことになっているけどね」

 

 一名、魔王は頭を抱えていた。

 

『ディハウザーさんには、とにかく上層部への怒りと真っ直ぐな感情を表してもらいます。話し合いで収めようなんて許さないってぐらいにね。その時に、駒やクレーリアさんのことをポロッと言います。そうすれば、古き悪魔たちの思考なら――』

「……クレーリア・ベリアルを糸口に、皇帝の怒りを収めようとするか。これ以上、自分たちに被害を出さないために」

『えぇ、向こうからクレーリアさんの粛清についてのカードを切らせるんです。クレーリア・ベリアルを見逃す代わりに、これ以上の怒りは収めろって。で、ディハウザーさんにはそれに、演技でものすごーく迷ってもらいます』

「ディハウザーくんにも、結構さらっと神経を使わせるね」

『一応、さっき確認したら「皇帝の椅子を明け渡す覚悟だったんだ。なんかもう、色々吹っ切れた」とグビグビお酒を飲んでいました』

「ねぇ、待って。それ本当に皇帝は大丈夫なの?」

『俺もちょっと心配です。あんなにお酒を飲んで大丈夫なのか…』

 

 違う、そっちの意味での大丈夫じゃないっ! メフィストは喉元まで出かかったツッコミを、必死に抑えた。アジュカも気付け薬(酒)がなんだか飲みたくなった。

 

 とりあえず、そういった背景にしておけば、皇帝の激情家なところを扇動家に上手く利用されたと解釈されるだろう。大王をこちらが脅すのではなく、大王からクレーリアの件を出させて矛を収め合うように仕向けるのだ。そうすれば、皇帝へのヘイトを減らし、彼を怒らせては面倒だと周知させることもできる。一部のヘイトを完全に濡れ衣だが旧魔王派に被せられるだろう。

 

『そうして、クレーリアさんのために皇帝は上層部の取引に応じる形で、ストライキを収めることになります。魔王がバアル大王と皇帝が話し合ったことを民衆に告げ、運営は謝罪をして一応の誠意を見せる。さすがにゲームはこのままって訳にはいかないので、ある程度清浄化はされるでしょう。プレイヤーの多くが厳しい目で見るでしょうからね』

「ここで一気に叩けば、上層部も強硬手段に出かねないからねぇ。それでも、レーティングゲームを見直す小さなきっかけにはなる」

『ストライキの理由も、大々的には「上層部による過剰なランキング操作」だと告げ、ゲームをクリーンなものにしたい、と訴える形にします。これだけなら、古き悪魔達はとりあえず了承するだけで、世間からの批判は受けますが、そこまで打撃を受ける訳ではないです。それぐらいだったら、皇帝への矛も収めやすくなる。……家のために行われることもあったそうですしね』

 

 実際、原作でもライザー・フェ二ックスは、十回のレーティングゲームの内、二回を懇意にしている家系への配慮のためにわざと負けている。この件に対して、あまり上層部を訴えすぎると自分たちにも矛先が行きかねない家もある。そのため、周りの貴族たちも下手に踏み込まないだろう。これらが表だって認められてしまっていたほど、悪魔のゲームの公正さは低かった証拠でもあるのだが。

 

 このまま終われば、上層部は見下していたプレイヤーたちの逆襲に痛い目にあった程度で収められる。そして皇帝は、上層部からクレーリアの粛清をやめさせる落としどころを手に入れられるだろう。それに、皇帝は一部の証拠を出しただけで、まだいくつかの「上層部の汚職や不正」という切り札を持っている。上層部も今回の皇帝の激情家な面を知った手前、迂闊に手は出せなくなるだろう。

 

 

『「お金の絡んだ汚職や不正」がばれたら、民衆は大激怒ですからね。またストライキをされたら、と考えたら上層部も多少は大人しくなるかなって』

「あいつらはある意味、やりすぎたのが問題だったねぇ。『駒』だけなら、そこまで爆破されることもなかっただろうに」

『考えたら、簡単なことです。『駒』なんてニトロを使わなくても、もう十分にあいつらはやりすぎているんですよ。汚職に不正に裏金にランキング操作。もう役満ですよ、これ』

 

 ある意味で、奏太は原作知識に引っ張られ過ぎていた。『王』の駒を使って、古き悪魔達に復讐した皇帝の方法を前提に考えていたのだから。しかし、よく思い出してみれば気づいた。この方法は、『扇動の奇才』と評されていたリゼヴィム・リヴァン・ルシファーが考えた方法だ。魔王様が言っていた通り、民を煽り、冥界を混乱させることを目的にしたものである。リゼヴィムにとって、皇帝の復讐は舞台を彩る飾りでしかなかった。

 

『正直、俺の思いつきは、ただあいつらが今まで積み上げてきたものを弾丸にして、盛大にお披露目しただけなんですよね。悪と真正面から相対する皇帝(ヒーロー)という旗頭を立てることで、民衆の矛先を一点に絞る感じで』

 

 奏太の思いつきは、全てクレーリアを救う交渉材料を作ること一点のみに集約している。そこに、ディハウザー・ベリアルの今後も多少含めただけ。だから、ストライキ自体はすぐに収まってしまうし、レーティングゲームはちょっとクリーンになる程度かもしれないだろう。

 

 それは、原作ほどの浄化作用は望めないだろうということだ。上層部の一部を切り崩し、皇帝を警戒するようになり、多少彼らも好き勝手することを抑えただけだ。しかし、今回のきっかけは決して無駄にはならないと奏太は考えた。

 

 原作のように急激な変化は盛大であるが、その分犠牲が出てしまうものだ。だけど、今この十年前からなら。小さくても、きっかけという楔を打ち込むことができたのなら。四大魔王様たちが、少しずつここから切り開いていってくれるかもしれない。皇帝やゲームを純粋に楽しみたいプレイヤーたちによって、少しずつでも変わっていってくれるかもしれない。

 

 奏太は、そんな希望(願い)を冥界に託したかった。

 

 

 

『このストライキで、ディハウザーさんにかなり負担を背負わせちゃうし、他のプレイヤーたちも大変です。魔王様たちにもかなり動いてもらうことになりますし、冥界を混乱させてしまうのは事実です。それでもこれが、……俺が思いついた誰も犠牲にならずに済む、古き悪魔たちへ向けた弾丸(交渉のカード)です』

「すごい豪勢だねぇ……」

『冥界の問題なんですから、冥界のみんなで解決するべきかなぁー、って。人間の俺には何もできることがなくて、すっごく他力本願な考えなんですけどね』

「いや、もうカナくんは十分に……冥界の可能性を広げたよ」

 

 申し訳なさそうに笑う奏太の声を聴きながら、メフィストの目は真剣な眼差しで考え込むアジュカ・ベルゼブブに向けられていた。彼の中で、今様々な展開が広げられていることだろう。途中ところどころ遠い目になっていた魔王は、思考を切り替え、大量の魔方陣を展開させ、今まで水面下で集め続けてきた情報を広げていた。

 

 各方面への影響力、それを出来うる限り抑えるための打開策、各種各所への連携。己が皇帝へ渡せる証拠の数々とフォローのタイミング。それぞれの交渉が成功した場合と、失敗した場合のそれぞれの人員の動かし方。これを機に拾い上げられるであろう、有能な人材。政界、経済界、人間界、あらゆる方面に多大なる影響を及ぼすだろう事象。さらには、他勢力からの介入の調整もある。

 

 こんな大掛かりなことをせずとも、小さな犠牲を出すことでもっと最小限に収めることもできるだろう。本来なら、そちらの方法をとるのが当たり前だ。それでもアジュカの目は、諦めを見せることはなかった。確かに、混乱を招くのは間違いない。成功する可能性も、決して高い案という訳ではない。

 

 しかしそれらは、……いずれは悪魔が支払わなければならない代償だ。アジュカは深く――深く盛大な溜息を吐いた。本当にとんでもないことを思いついてくる。誰もが目を背けたくなるような悪魔の闇を、絶望に立ち尽くすしかない現状に引きずりこまれることもなく、あくまで人間らしい視点で文字通り引っ掻き回してきた。

 

「だが、ここが魔王としての正念場か…」

 

 きっかけは、手に入った。ならばあとは、己の望む未来を引っ張り込むだけ。準備だけなら、もう何百年も前から行ってきたのだから。信頼できる者を探し、老獪たちの圧力によって、才能がありながらも登用できなかった人材もずっとピックアップし続けてきた。混乱による対策をどれだけ迅速に対応できるかが、重要であろう。

 

 懸念材料は多くある。悪魔側が混乱したとき、同じ冥界で暮らす堕天使陣営が介入してこないとも限らない。上層部や貴族が暴走を起こさないように、ブレーキの調節も必要だろう。メディア関係への、規制や混乱も考えなければならない。皇帝やクレーリアへの、後ろ盾も必要だろう。本当に、やるべきことがあまりにも多すぎる。

 

 しかし、だからこその正念場であろう。

 

 

 アジュカの呟いた言葉に、メフィストは静かにうなずいた。最古参の悪魔にとって、アジュカたち四大魔王も子どものようなものだ。冥界の政治には本来関わるつもりはないが、子どもの頑張りを応援するぐらいならいいだろう。表だって協会は動かない。しかし、人間界の影響を抑えたり、友人に声をかけるぐらいのフォローならできるであろう。

 

「……皇帝はこれからどうするつもりだい? ストライキで仲間を集めるにしても、いきなり一人で行うのは分が悪いよ。タンニーンくんだけでは、難しいだろうしねぇ」

『えーと、一応俺なりに考えてはいます。タンニーンさんにも個別でお願いはしていますが、……『駒』の秘密を知った皇帝だからこそ、説得できるかもしれないヒト達をまずは勧誘できたらと思っています』

「……なるほどねぇ。確かに彼らになら、『王』の駒の情報は有効だろう。なんせ、当事者なのだしね」

『はい、上手くいけば味方にできると思うんです。だけど、ディハウザーさんとはまだ、そのことをちゃんと話し合えていないですけど…』

 

 奏太の考える懸念を、メフィストは悟る。こればかりは、皇帝の感情と覚悟次第であろう。皇帝が彼らを許せなければ、どうしようもないことだから。純粋にレーティングゲームを楽しみ、共に力を、ゲームの内容を高め合ってきたはずの掛け替えのないライバルたち。しかし彼らの実力は、偽りによるものであった。

 

 皇帝にとって、彼らの存在は複雑だろう。事実を知った彼の表情に現れたのは、怒りや失望よりも――悲しみの色の方が強いぐらいだった。奏太もその表情を見て、彼に頼むことに躊躇を覚えているぐらいだ。しかしこれは、皇帝自身が越えるべきもの。

 

 彼らとは、いずれ相対しなければならない。事実、今回のストライキで彼らに邪魔される訳にはいかないため、味方に引き込むか、不干渉を約束させる必要がある。不正を実際に上層部から命令されていただろう彼らをもし味方にできれば、アジュカの持つ証拠以外の手札も、もしかしたら手に入るかもしれないのだ。

 

 王者としての感情と、ライバル()としての感情。他にも数多くの思いが、彼の中で交錯していることであろう。皇帝は、どんな答えを出すことができるのか。

 

 

『……三日後に、年末の大試合に向けた打ち合わせがあります。その時に、ゲームを取り仕切る審判(アービター)役であるロイガン・ベルフェゴールさんと、特別ゲストであるビィディゼ・アバドンさんと接触できます。おそらく、その時が最初で最後のチャンスです』

 

 一年を飾る最後のゲームだからこそ、多くのトッププレイヤーたちも何らかの形で関わっている。試合の解説役であったり、アドバイザーとしてであったりと、冥界のファンを楽しませるための工夫が数多く施されているのだ。それ故に、接触は決して難しいことではなかった。

 

 今、ここアグレアスには、多くのレーティングゲームのプレイヤーが集っている。皇帝と戦うために、皇帝の舞台を華やかにするために、皇帝の試合を観戦するために、本当に多くのプレイヤーがアグレアスに来るのだ。皇帝を中心に集まってくる結晶たち。それらを集めていくことで、夢を現実に変えていくことができるであろう。

 

 それぞれの思いをのせ、悪魔の歯車は小さな音を立てて動き出した。

 

 

 

――――――

 

 

 

『今日の魔法少女様』

 

 

 

「ここが、日本なのですねー」

「こっちに来るのは、姫さんは初めてか」

「はいなのです。カナくんからお話を聞いていて、ずっと来てみたかったのですよ!」

 

 ヘタレ全開なカナタから応援の了承をもらってすぐ、保護者から冬期休暇をもらってきたラヴィニア。奏太が皇帝に会いに行った日と合わせる様に、無事に日本へ足を踏み入れることができたのであった。

 

 日本への転移には当然、奏太からミルキー魔法使いと悪魔と呼ばれている二人組にお世話になった。初めて訪れた日本の地。彼女の目に映るのは、大量の魔法少女フィギュアと家の壁を埋め尽くすほどの巨大ポスターの数々。さらには、謎のエフェクトつきで空を飛んでいるミルキー人形が、くるくるとご挨拶をしていた。

 

 これが日本の家屋なのですねー、と日本に対して、多大な誤解を外国人に与えるミルキーであった。

 

「確か、カナくんとアニメで見たキャラクターなのです。私と同じ魔法少女なのですよね?」

「あぁ、彼女たちは、愛と希望と夢を運ぶ正義の味方だ。姫さんも興味があるのなら、同士としてカナたん同様に迎え入れよう」

「カナたん?」

「同士のみに許された友好の名だ」

「うわぁ、なんだか面白そうなのです!」

 

 本人の知らないところで、どんどん風評(被害)が広がっていくカナたんだった。

 

 

「おっ、お姫様じゃないか。カナたんから、連絡はもらっていたが…。そうか、今日が来る日だったのか」

「魔法使いさん、お世話になるのです。カナくんの家まで、案内していただけると聞いています。それに、今日の宿まで……」

「あぁ、フェレス会長から聞いているさ。家は小さいが、好きに泊まっていってかまわない。子どもを守るのは当然だからな。……そうだ、ちょうどもう一人の同士が遊びに来ているんだ。せっかくなら、お姫様も会っていかないか?」

「そうなのですか、賑やかなのですねー」

 

 日本での友達の交友関係に、ラヴィニアは微笑ましく笑う。さすがに友達が留守なのに、倉本家に泊まらせてもらうのは恐縮だったため、今回は『灰色の魔術師』の同僚である彼らの家に泊まらせてもらうことにしたのだ。

 

 そのことに奏太がミルキー的な意味で心配したが、ラヴィニアが問題ないのならとお願いをしていた。ちなみに、寝ぼけ癖があるから、鍵は絶対に閉めてください、とそれだけは本気で伝えている。さすがに知人を、うっかりで犯罪者にしたら大変であった。

 

 しかし、奏太は忘れていた。日本にラヴィニアが来るということは、当然ミルキーな彼らを経由して来るということを。そして、そんな彼らに同士として、引き合わせてしまった存在がいたことを。そんなことを知らないラヴィニアは、魔法使いの後に続いて、異空間の奥へとさらに足を踏み込んでしまった。

 

 現在進行形で、駒王町で紫藤トウジの胃に毎日進撃を果たしている巨漢の存在。そんな彼は、結構な頻度で訪れている場所がもう一つあった。憧れであったミルキーを互いに認め、共に高め合うことを誓い合った同士たちとの交友を深めること。友を大切にするその心、それはまさにミルキーであるから。

 

 そして、それはついに果たされる。

 

 

「初めましてにょ。ミルたんって言うんだにょ。カナたんと一緒に、同じ魔法少女の同士としてよろしくお願いするにょっ!」

「……ありゃーです」

 

 魔法少女(真)は、魔法少女(壊)と邂逅する。その超越された存在感に、完全に圧倒されながらも、ラヴィニアは純粋な眼差しと共に差し出された手に、おずおずと同じように手を差し出した。十歳の幼き少女はこの日、『魔法少女』という存在の奥深さを知った。

 

 そして、やっぱり引き合いに出されるカナたんなのであった。

 

 


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