えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第五話 臆病者

 

 

 

 俺って、本当に中途半端だと思う。それに自己嫌悪しながら、それでも俺は自分がやれることをやるために、神器を強く握り締めた。外界から隔離するこの結界には、当然携帯の電波も遮られている。さすがにこの結界そのものを消滅させれば、はぐれ悪魔に俺の存在を気づかれるだろう。しかし、結界に槍を刺し、結界の電波遮断の効果だけを選択して狙ってみた結果、一時的に倉庫の中にいる生存者と話をすることに成功したのだ。

 

「助けにきてね、……か」

 

 電話越しに聞こえた女性の声は、嗚咽を堪えながら震えていた。直接狙われていない俺でさえ、こんなにも身体が震えているのだ。アニメや漫画でしか知らなかった、本物の殺気。直接見たことなんてなかった、夥しい血痕や異形の化け物。怖くて当然だろう。泣き出したって当たり前だ。今にも全てを諦めて、死の安寧を望んだっておかしくないほどにこの空間は淀んでいる。

 

 それでも、彼女は最後に俺へ全てを託してくれた。希望を持ってくれた。助けを求めている相手に無茶を言う、安全圏でこそこそするしかない俺なんかを信じてくれたんだ。

 

 今だって、こんな場所からすぐにだって逃げだしたい。俺がここに来たのは、偶然でたまたまの事なんだ。この女性とは初対面で、彼女を助ける義理は俺にない。罪悪感と後味の悪さは残るだろうけど、見捨てるべきだってわかっている。俺は、はぐれ悪魔と直接戦うことができない。彼女を助けるために、危険の中へ飛び込む勇気もない。なら、見捨てたって仕方がないじゃないか。俺だって、死にたくないんだから。

 

「……そう、頭ではわかっているのにな」

 

 結果的に俺の行動は、完全に矛盾してしまっている。安全圏からこそこそと、危険を全て被害者に押しつけながらだけど。はっきり言って、俺の助け方はめちゃくちゃカッコ悪いし、運の要素も強く、彼女が殺される可能性の方が高い。それでも、そんなやり方しかできなくても、俺はこの場所から離れることができなかった。

 

 理由なんて簡単だ。俺は自分でも馬鹿なんじゃないか、と思うほど諦めが悪い人間だっただけだ。だって俺は、本当に何もしていないから。はぐれ悪魔と直接戦うことも、彼女を直接逃がす勇気もないけど、それでもまだ俺にできることがあるんじゃないかって思ってしまったのだ。

 

 ここで見捨てたら、俺は絶対に後悔する。それなら、どうせ後悔する結果になったとしても、せめて悪あがきでも何かしたかった。俺の行動は、被害者に勝手な希望を持たせるだけ持たせる、情けなく酷い助け方なのかもしれないだろう。そんなことはわかっている。

 

 無茶はしない。無理だとわかったら、すぐに逃げる。だからせめてそれまでは、俺は自分にできる範囲の全てをやろうと思った。

 

 

「電話が繋がるかは賭けだったけど、無事に誘導はできた。あと俺にできることは、東側の出口の確保と、恵さんが倉庫から出た後の安全の確保。そして、はぐれ悪魔のことを裏関係の勢力に知らせることだ」

 

 念のため倉庫の一部を消滅させられるか、倉庫の窓に俺は神器を突き刺してみる。すると、魔力の影響か少し槍の先端に違和感を感じたが、刺した箇所だけ消滅を確認することができた。普通に壁を消すより、疲労感が多少増している気がする。魔力が通ったものを消したのは初めてだったけど、人一人分の穴をあけるぐらいならなんとかなりそうだ。

 

「うわっ! ……地響きがまた。とりあえず、出口の確保に急ごう」

 

 穴の空いた窓を一度見て、ふと思いついたことに、助けになるかわからないけど血で汚れた携帯電話をポケットから取り出す。本当は遺品として持って帰ってあげたかったけど、もしかしたら恵さんを助ける手助けになるかもしれない。きっとこの携帯の持ち主も、友達のために使ってくれた方が報われるんじゃないかと思った。

 

 俺は携帯を開き、前世で使ったことがある機種と似ていたため迷うことなく、設定ボタンを弄る。そしてそれを、窓の穴から倉庫の中に壊れないぐらいに放り投げた。小さな音が俺の耳に入ると同時に、駆け足で目的地へと向かった。今なら俺の姿はおそらく気づかれないと判断し、姿ではなく重力を消す様に対象を変えておく。

 

 俺が手助けをしても、彼女が無事に倉庫から出られること自体が、奇跡的なことだろう。それまで逃げ切ってくれるかわからない。だけど、俺は約束した。誰かもわからない俺の悪あがきの言葉を、彼女は信じてくれたんだ。

 

 だから俺は、彼女の無事を信じて俺にできる全てで助けてみせる。今から俺がやろうとしていることはかなり博打に近いが、上手くいけば俺の目的を全部完遂できるだろう。運が良ければ、はぐれ悪魔を倒せるかもしれない。

 

「臆病者なりの、慎重な戦術も何もない神器ごり押しの作戦だけどな」

 

 自分でも卑怯だと思うが、この際手段は選ばない。この件が終わった後、確実に俺がしたことは裏関係者に怒られる自信がある。裏の事件を隠蔽している仕事の方々には、マジで申し訳ないが、こちらは緊急事態なので頑張ってもらおう。諸悪の根源は、はぐれ悪魔の方だ。

 

 そして、やっとたどり着いた倉庫の扉に向けて、俺は相棒の名を告げた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「……うん?」

 

 自分が餌場にしている倉庫に何か違和感を一瞬感じたが、もうすぐ追い詰めることができる獲物との邂逅の方に意識が強く働いた。今回の獲物はなかなか己を楽しませてくれたため、はぐれ悪魔の機嫌は最高潮に達していた。

 

 今までは数十分追いかけっこをすれば、人間の心は絶望に折れてしまった。それなのにこの獲物は、なかなか頑張るのだ。必死に生きようと希望に縋る獲物の姿に興奮し、それが無駄な行為でしかないことに絶望する未来に心が馳せた。

 

 どうやら餌は一階に逃げたようだ、と発達した聴覚が感じ取る。小さいが途切れることのない足音は、東側の出入り口を目指しているらしい。無駄なことを、と楽しくて仕方がないと思わず笑い声が漏れた。

 

「頑張っているわねぇ、そんなあなたにご褒美よぉ」

 

 ケタケタと嘲笑いながら、はぐれ悪魔は自分の足元を鎌のような手で勢いよく薙ぎ払った。すると倉庫の床は当然抜け、その巨体は一瞬で二階から一階へと落ちて行った。突然の地響きと爆音、そしていきなり近づいてきた絶望に、獲物の悲鳴を先ほどよりも近くで感じ取った。

 

「ほぉら、早く逃げないと追いついちゃうわぁ」

 

 あえて聞かせるように声をあげると、ゆっくりと化け物は歩み始める。ゲームは楽しかったが、そろそろ飽きてきたのも事実。獲物への感謝に、生きたいという望み通りに簡単には殺さず、最後は時間をかけて壊してメインディッシュにしようと涎が溢れ出す。

 

 そうして進んだ先に見つけたのは、真新しい血痕であった。鎌のような手で触って血をなめると、やはり今逃げている獲物のものらしい。はぐれ悪魔が落ちてきた衝撃で、運悪く負傷してしまったのだろう。少しの間、血の跡が床に続いたが、すぐに血に染まったハンカチらしきものが落ちていた。その後から血痕は見当たらないが、必死に血が垂れて居場所が気づかれない様に慎重に移動したのだろう。そんな健気な努力に、化け物は抑えられない笑みが浮かんだ。

 

 しかしその代わりか、あれほど響いていた足音がほとんど聞こえなくなってしまった。負傷したこともあり、もしかしたらどこかの部屋に身を潜めているのかもしれない。化け物の脳裏に「かくれんぼ」という遊びが思いあたる。それも悪くないか、とわざと足音を響かせるように大きめに歩き出した。

 

 このまま進めば、もうすぐ東側の扉にたどり着く。そこにいそうだとうっそり微笑んだ時、――微かな音が聞こえた。

 

 

「あらぁ?」

 

 誰かがすすり泣くような音、しかも臭いを嗅げば血の臭いも微かにする。どうやら、どこかの部屋の中かららしい。この辺りで獲物を狩った覚えはないので、血の臭いが少しでも漂うということは、この周辺の部屋の中のどこかに隠れている。それがわかると、悪魔は近くにあった扉を楽しそうに開けて行った。

 

 実際はどの部屋から音が聞こえているのかわかっているが、ここはさらに獲物を怯えさせるために徐々に探すように近づいていく。もう泣き声は聞こえなくなったが、その部屋から逃げ出すつもりはないようだ。自身が悪魔の駒で転生したこともあって、「チェックメイトだ」と嘲笑いながら、獲物の最後の砦である扉を開け放った。

 

 そこで絶望に顔を歪めた人間の女の顔が見られるはずだ、と喜色を浮かべた先に見えたのは、――無人の部屋。お楽しみで気づくのに遅れたが、思えば人気が全く感じられない。ならばあの泣き声と、微かな血の臭いは何だと辺りを見回すと、化け物が見つけたのは血に汚れた携帯電話であった。

 

 すると、その携帯電話がアラームを知らせるように突然鳴りだした。さらに流れてくる音は、誰かがすすり泣くような音。おそらく数分ごとに、音が流れるように設定されていたのだろう。こんな単純な子ども騙しの仕掛けで、獲物がここに逃げ込んだと勘違いさせられたのだ。己が騙されたことをようやく認識できたはぐれ悪魔は、今までの遊んでいた表情から瞳孔を開き、強い憤怒の表情へと変わった。

 

「あ、あの人間ッ……!」

 

 せっかくの楽しかった気分に水を差されたことで、激情に頭の中が荒れ狂う。普段なら、絶対に騙されることのなかった仕掛け。油断と慢心で視野が狭まっていたのは事実だが、それだけ興奮に胸がいっぱいだったのだ。それが、己を勘違いさせた原因。ただの餌に出し抜かれたことに視界が真っ赤になり、一気に怒りへと変わったのだ。

 

「殺してやるッ! 餌の分際の癖に、今すぐ殺してやるゥゥッーーーー!!」

 

 化け物の咆哮が、倉庫を大きく揺らした。はぐれ悪魔は先ほどまでは行わなかった魔力を使い、すぐさま獲物の気配を探る。研ぎ澄まされた感覚によって導き出された場所は、悪魔がもともと目指していた目的地である東の出入り口。そこまでなら予想通りだったが、何故か獲物の気配が倉庫の外側から感じられたことに目を見開いた。

 

 どうやってこの倉庫から抜け出したのか。その疑問は、「どうせ殺すのだ」という怒りによって消え、鎌で目の前の倉庫の壁を叩き切った。吹き飛んだ壁から、光が全く感じられない夜の闇が広がっている。それと同時に、小さいが視界に人間の女が映った。向こうも、壁を壊して現れた化け物に気づいたのだろう、力なく座り込み、ガタガタと震える姿が見えた。

 

 待ち望んでいた顔が見られても、はぐれ悪魔の怒りは収まらなかった。餌を殺すのは確定だ。だが、己を虚仮にした報いは受けさせよう、とゆっくりと鎌を振り上げながら、恐怖を増幅させるように近づこうとした。獲物が逃げ出さない様に、逃げてもすぐに追いつけるように、すべての神経をそれに向かわせたのだ。

 

 故に――はぐれ悪魔は気づくことができなかった。怪我をし、それによって余裕すらなくなっていた彼女が、子ども騙しとはいえ何度もアラームを鳴らせるように設定をするなどと、手の込んだ仕掛けができる訳がないことを。魔力で閉じ込めていたはずの倉庫から、抜け出されていることを。夜なのだから闇に覆われていて当然であろうが、月や星の一つすら見えないほどの暗闇であったことを。そして、獲物と定めている人間の視線が、己と何故かその頭上にも意識が向けられていたことを。

 

 一つでも気づいていたら、もしかしたらこの悪魔の運命は変わっていたのかもしれない。しかし化け物は、最後までその慢心を消すことはなかった。視野を広げることをしなかった。そしてこの瞬間をずっと待っていた者は、はぐれ悪魔の慢心を余すことなく利用し、臆病者故の戦術も何もないごり押しの作戦へと繋げたのだ。

 

 

 はぐれ悪魔は、不意に耳に入った音に動きを止めた。何かが風を切るような音。その音は決して遠くない、むしろすぐ近くで聞こえた気がした。さすがに不自然だと思い、首を辺りに向けるが何もない。だが、音は止まらない。怪訝そうに首を上になんとなく向けた時、はぐれ悪魔の目は最大限にまで広げられた。

 

「――はっ?」

 

 視界いっぱいに広がったのは、真っ赤な塊であった。その発達した動体視力から、この赤い塊が鉄筋コンクリートであることに気づく。そしてこの鉄塊に、悪魔は見覚えがあった。これは確か、この港で船からコンテナを運ぶために使われる機械であると。自分の身長の十倍以上ある門型の大型クレーンであり、『ガントリークレーン』と呼ばれる数十トンはあるだろう巨大な鉄の塊であった。

 

 本来これは、港湾の岸壁に設置されていて、こんな倉庫が密集した場所で見られる訳がない。何よりも一番理解できなかったのが、その大型機械が己の頭上へ真っ直ぐに落ちてきていることだった。こんな大きさのものから逃げることはできない。その重量を支えられる訳もない。そのあまりにあり得ない現象に、はぐれ悪魔の思考は停止し、その数秒が命運を分けた。

 

 

消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)ォッーー!」

 

 突如まだ若いだろう、少年の声が闇に包まれた港に響き渡った。はぐれ悪魔は視線だけ声の発信源に向けると、座り込んでいたはずの人間の女を抱え、紅に光り輝く槍を手に、倉庫街から一目散に逃げ出す後ろ姿が一瞬見えた。とんでもない脚力で跳びあがり、後ろを振り返ることもなく全速力で。

 

 はぐれ悪魔も逃げなければ、となりふり構わず動き出したが、初動があまりにも遅すぎた。二、三十メートルはありそうな鉄の塊が、かなりの高さから落ちてくるのだ。その落下地点は、その落ちた時の衝撃は、この辺一帯を海の藻屑へと変えるだけの凶器となるだろう。自慢の鎌も腕力も、この大きさと重さと落下スピードの前には意味をなさない。今から魔力を練ろうにも、落下までに間に合わなかった。

 

「アアァァアアァッーーーー!!」

 

 迫りくる唐突な死の気配に、はぐれ悪魔は狂ったように絶叫をあげる。未だに何が起こったのか、どうしてこうなったのか理解することもできずに、理不尽な怒りと嘆きの混じった金切り声が夜闇を切り割いた。

 

 そして、港の倉庫の一角に巨大クレーンがとんでもない高さから落ちたことで、地域住民のほぼ全員が飛び起きるような大音量の爆音と地響きと一緒に、何もかもが粉々に吹き飛んだのであった。

 

 

 

 後に、あまりに不自然なクレーンの落下と、はぐれ悪魔らしき気配に、裏の者はそれはもう過労死するんじゃないか、というほどの隠蔽作業に追われることとなった。落下の爆音は表の人間たちの多くが聞いており、あまりに堂々としすぎた不自然すぎる現場を表側に説明できる訳もなかった。

 

 ちなみにはぐれ悪魔はすでに事切れていたため、裏の関係者がさっさと始末した。すぐにでも迫りくる表の騒動に時間がなかったため、調べる時間もなかった。悪魔を表側に見られる訳にはいかない、と速やかに処理されたのだ。

 

 特に表との窓口がある教会関係者と、はぐれ悪魔と言うことで悪魔関係者がもっとも隠蔽作業の負担を受け、なんとか事態を収束させた頃には、聖職者と悪魔が思わず肩を組んで喜び合ってしまうぐらい大変であったらしい。今でもこのはぐれ悪魔事件は調査されているが、証拠が吹き飛び過ぎてどうしようもない。それでも、仕事とちょっとした私怨から犯人を捜す者も多かった。

 

 ちなみにその犯人は、たぶん怒られるとは思っていたけど、「やばい、やりすぎた」と色々な意味で裏から隠れなければまずい理由が新たに出来てしまったことに、頭を抱えるのであった。

 

 


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