えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第五十一話 夢

 

 

 

「ごきげんよう、カナタくん。昨日は夜遅くまで、すまなかったね」

「こんばんは、ディハウザーさん。こちらこそ、お忙しいのに時間を取っていただき、ありがとうございました。今日もわざわざ渓谷まで来ていただいて、真っ暗で足元も悪かったと思いますけど大丈夫でしたか?」

「こちらが話をお願いしたんだ、キミは気にしなくていいんだよ。それに、悪魔にとってこの程度の山道や暗闇は障害にならない。私としては、人間のキミを冥界に長居させてしまったことの方が申し訳ないさ」

 

 夜の八時ぐらいになり、渓谷ということで光源になるものもほとんどない場所で、再び俺はディハウザーさんと会うことができた。今日は朝起きたらすぐに、アグレアスから龍の巣にタンニーンさんの背中に乗って戻り、王様はそのまま空へと飛び立っていってしまった。皇帝同様に、忙しい中感謝でいっぱいだ。今度、おいしいおつまみをお礼に渡そう。お酒はさすがに小学生では買えないので。

 

 それから、ここにまたしばらくお世話になる手前、俺はチビドラゴンたちの遊び相手を務めることになった。親ドラゴンさん、俺のことを子竜たちのおもちゃに思っていませんか。ただお世話になるのは、俺も申し訳ないからやるけどさ。ドラゴンと人間が遊ぶことに、違和感が感じられなくなってきた自分に、裏世界に染まってきた実感が感じられる。嫌すぎる、こんな実感。

 

 そうして人間界への連絡を終え、夜まで遊び終わった後、チビドラゴンたちが親ドラゴンに早めに寝かされた頃合いにそのヒトは現れた。爽やかな挨拶と柔和な笑みを見て、緊張もあるけど、やっぱり高揚感の方が強いかもしれない。今日は昨日よりも切羽詰まった気持ちじゃないからか、俺も笑顔で向かい合うことができた。

 

 それにしても、今の皇帝の言葉にふと何か引っかかりを覚えたが、なんだろうか。それに少し悩んだが、まぁいつか思い出すだろう。今はディハウザーさんを案内するのが先決だと考え、火龍さんたちの巣に入っていく。タンニーンさんから聞いていたからか、何匹かの火龍が陰から覗き込んだり、カメラを片手に構えたりしていた。さすがは皇帝、人気者である。小さく笑うディハウザーさんに、色々申し訳ない。皇帝のサイン色紙をもらったら、素直に帰って行ってくれたけど、ドラゴンの自由さに遠い目になった。

 

 

「ここが、ヒト型用の休憩場所です。今、飲み物を持ってきますので、少し待っていてくださいね」

「ありがとう。ドラゴンの巣に訪れるなんて初めてだから、なかなか興味深い経験をさせてもらっているよ」

「それはよかったです。それと、今日子竜たちと森で取ってきたフルーツを置いておくので、好きに食べてください」

 

 皇帝が来るということで、何故か俺よりもそわそわしていた火龍たちが、色々用意してくれたので助かった。冥界では、ドラゴン相手でも本当に芸能人扱いなんだなー。これが冥界の一般悪魔だったら、どうなっていたことか。実感がわかないけど、すごい悪魔と俺は一緒にいるんだよね。というか、俺の周りにいる知り合いが、みんなお偉いさんすぎて感覚が麻痺しているようなだけな気がする。

 

 そうだ、よく考えてみたら、こんな経験はもう二度と訪れないかもしれないんだぞ。冥界のハリウッドスターであるヒトと一緒にいられるなんて、俺みたいなただの人間には普通ありえないことだ。やばい、実感してくると今更ながら手汗を感じてきた。せっかくのチャンスなんだし、サインとかもらっちゃってもいいかな。

 

「その、ディハウザーさん。よかったらなんですけど、サインとかもらってもいいですか? あ、あと、もしよろしければ写真も…」

「あぁ、私はかまわないよ。そうだ、私の連絡先も一緒に渡しておこう。何かあったり、困ったことがあったりしたら、連絡を入れてくれればいいさ」

「えっ、何かあったらって。ディハウザーさんは多忙でしょうし、申し訳ないというか……。第一、俺はお願いしに来ただけの立場なのに」

「キミの願いは、クレーリアを――いや、ベリアル家を救うための願いだ。王者と兄の両方を選べる道を、私に可能性として見せてくれた。それだけの価値を、キミは私に見せてくれたんだよ。何より、あの子の友達なら、私にとっては身内のようなものさ」

 

 ちょっと好奇心からサインをお願いしてみたら、連絡先をもらってしまった。どうして俺は、とんでもないヒト達から連絡先をもらうことになるんだろう。駒王町に来て、ミルたんから始まって、クレーリアさんに魔王に皇帝と、一気に連絡先が増えたような気がする。……落ち着いて考えてみると、もしかして俺、人脈がすんごいことになっていたりしないか? 深く考えたら、お腹が痛くなってきたんだけど……。

 

 

「えーと、それで。今日は何を話せばいいんでしょうか」

「あぁ、そうだったね。昨日は詳しく聞けなかったけど、クレーリアの様子や教会の様子を改めて聞きたくはあったんだ。教会とは、八重垣さんへの交渉も必要だからね」

「あっ、そういえばそうですよね。教会については、八重垣さんの証言とミルたんから聞いた様子しかわからないので、詳しくは俺もわからないのが申し訳ないですけど」

「……ミルたん?」

「えっと、俺の仕事仲間です。魔法少女になるためにいつも頑張っている純粋な人で、今回のことも友達のためならって協力してくれました。八重垣さんの上司である、紫藤トウジさんの様子を見てもらっているんですよ」

「そうか、その少女にも迷惑をかけてしまったようだね」

「えっ、たぶん成人男性ですよ?」

 

 ディハウザーさんが、難しい顔でこめかみに手を当てだした。

 

「ディハウザーさん? ミルたんは、迷惑とか気にしないと思いますけど…」

「いや、さすがにこちらのことで迷惑をかけたのなら、お礼はするべきで……、しかし、成人男性?」

「あっ、それでしたら。ディハウザーさんって顔が広いですし、魔法少女になるためにはどうすればいいかとか、何かわかる伝手があったら教えてもらえるだけで、十分に喜んでくれると思いますよ」

「……そ、そうか。わざわざありがとう、カナタくん」

「はい、どういたしまして!」

 

 皇帝からのお礼を笑顔で受け取ると、「カナタくんの知り合いだしな…」とディハウザーさんは何かを納得したのか、清々しい表情で頷いていた。俺の知り合いは、マイペースで自由人だけど、みんな良い人たちだからな。それにしても、しっかりお礼がしたいだなんて律儀なヒトである。こういった気配りが、人気の秘訣の一つなのかもしれない。

 

「八重垣さんからは、教会側は駒王町にいるエクソシストのみが動いているそうです。教会側も秘密裏に今回のことを収めたいと考えているみたいなので、天界や教会の特に過激派などにはまだ知られていない可能性が高いようです」

「ふむ、説得という対応から考えても、戦争否定派が舵を取っているということか。ならば、バアル派に仲介をしてもらい、ベリアル家から落としどころとなる対価を用意する必要があるかもしれない。問題は、八重垣さんの仲間たちが、それを了承するかどうかか」

「紫藤さんは、八重垣さんを何度も説得していました。それに、彼を粛清するべきかで、何度も入退院を繰り返すほど胃を痛めているそうなんです。だから話し合えば、きっとわかってくれるはずです」

「なるほど、献身的な神の信徒でありながら、仲間を思える者でもあるということか…」

 

 俺は八重垣さんやミルたんから聞いていた教会の内情を話すと、皇帝は静かに腕を組んで思案するように口を閉じた。俺もミルたんから聞いた紫藤さんの様子を聞いて、こちらも胸が痛くなる思いだった。なんせ彼は、ミルたんが教会に訪れるようになってから聞いただけでも、何回も胃をやられているらしい。

 

 クレーリアさんたちを助けると決める前は、なんで二人を受け入れてくれなかったんだって、紫藤さんに心の中で当たっていたけど、彼もずっと葛藤していたんだ。娘のイリナちゃんも心配しているようで、時々ミルたんと一緒に胃に優しいものを届けていると聞いている。いつの間に知り合ったんだと思ったけど、思えば教会は彼女の家である。毎日のように相談しに行っているミルたんと出会うのは必然であろう。

 

 ミルたんは子どもが好きだから、きっと胃に悩むお父さんをなんとかしてあげたい、と思っていたイリナちゃんを放っておくことなんてできなかったんだろう。紫藤さんは忙しいし、ミルたんが代わりに面倒を見てあげているのかもしれない。うん、やっぱりミルたんは良い人だよな。フォローまでできるなんて、さすがである。

 

「俺が知っているのはこれぐらいなんですけど、参考になれましたか?」

「すまないね、わざわざありがとう。クレーリアの手紙に書いてはあったけど、八重垣さんは元気にしているのかい?」

「はい、元気ですよ。ちょっと思い込みが激しいところはあるんですけど、紫藤さんが胃を痛めてまで苦しんでいるって聞いて、もう一回自分たちのことや紫藤さんたちのことを整理して、これからのことをちゃんと考えてみる、って話していました」

「……そうか。彼にも、辛い選択をさせることになるかもしれないね」

 

 クレーリアさんと一緒にいるのなら、八重垣さんは教会にいることはできなくなるだろう。昔の仲間たちから裏切者扱いされ、初期の頃のイリナさんとゼノヴィアさんが、アーシアさんに向けたような侮蔑の言葉をかけられるかもしれない。

 

 八重垣さんは、そうなることも受け入れて、それでも自分が進みたい道を選べるようにしっかり答えを見つけたい、と皇帝へ会いに行く前の俺に話してくれた。悪魔側に全てを任せるのではなく、自分もまた教会と――紫藤さんと決着をつけるために。少し心配ではあったけど、優しく笑って俺の頭を撫でてくれた彼の手は温かかった。それを、俺は信じたいと思う。

 

 八重垣さんやイリナちゃんや紫藤さんのためにも、原作のように彼らの手を仲間の血で汚す訳にはいかない。今だってきっと仲間のことを考えて、苦しんでいるはずだから。俺は決意を新たに、グッと拳に力を入れた。

 

 

「……そうだ。キミたちとの話し合いが終わって少しして、ベルゼブブ様から秘密裏にこちらに連絡が来てね」

「えっ、アジュカ様から!?」

「あぁ、今回のことに協力なさってくれるそうだ。また時間を作って、詳細を詰める必要はあるが、悪魔側の問題はこちらでなんとかしてみせる。次の世代に、このような重荷を背負わせる訳にはいかない。クレーリアを救うためにも、彼女のような犠牲者を出さないためにも。そして王者として、レーティングゲームに夢を見る子どもたちの目を曇らせないためにも。それがきっと、……私がやるべき役目なんだろう」

 

 メフィスト様から連絡をすると聞いていたけど、こうしてディハウザーさんの口から魔王様の協力の言葉を聞けると、嬉しさに笑みがこぼれ、小さくガッツポーズをしてしまった。きっと魔王様なら、さらにもっと深いことを考えてくれるだろうし、王者としての立場から皇帝も動くのだ。原作までにとはいかないかもしれないけど、それでもリアスさんやソーナさんたちが、夢を持ってゲームを楽しんでくれる姿が見られるかもしれない。

 

 原作のディハウザーさんは、テロへ加担したことで犯罪者になってしまったので、おそらく今後ゲームに参加することはできなくなっただろうと思う。一誠は何千年後でも待つ、って言っていたけど、俺は人間なのだ。何千年も待つなんてできない。だけど、俺だって見てみたい。原作通りになるのかなんてわからないけど、それでもグレモリー眷属やシトリー眷属、それにバアル眷属が皇帝とどんな風に戦うのか。どんな試合が繰り広げられるのかを。そんな期待()が見られるかもしれないんだ。

 

 あと、一誠は自分の眷属を持って、皇帝と戦いたいって言っていた。ついでに、ヴァーリ・ルシファーもチームを作って、一誠と戦おうって約束をしていたと思う。つまり、ヴァーリチームと皇帝の試合もいつか見られるかもしれないのだ。そういえば、天界も御使い(ブレイブ・セイント)の技術で眷属を持てるから、未来でゲームに参加できるかもとか話していたような気がする。

 

 天使と悪魔のゲームとか、新ルールもいっぱいだろうし、きっと面白いんだろうなぁ。アザゼル先生ならノリもいいし、きっと堕天使側も色々参加するだろう。そうなれたら、きっとすごいお祭りになりそうだ。先生とか、絶対にトラブルを起こすだろうし。サーゼクス様も賑やかなのが好きだから、グレイフィアさんを困らせながら、みんなを楽しませてくれると思う。そこで、レーティングゲームの代表として、王者が宣誓の挨拶とかしちゃっているかもしれない。

 

 そんな未来()が、みんなの手で作り上げられるかもしれないんだ。

 

 

「……嬉しそうだね」

「あっ、すみません。叶うかどうかわからないですけど、なんだか楽しみだなぁーと思って。みんなが楽しめるゲームが出来上がれば、いろんな夢が見られそうですよね」

「夢か。私も夢を持って、ゲームに挑んでいたな」

「ディハウザーさんの夢ですか?」

 

 つい思いふけてしまったので、気恥ずかしさに頬を掻いてしまう。そんな俺の『夢』という言葉に、ディハウザーさんは眩しそうに目を細めた。そういえば、リアスさんは「レーティングゲームのトッププレイヤーになりたい」っていう夢があったけど、王者になったディハウザーさんにはどんな夢があったんだろう。もう叶ったのか、叶えるために頑張っているのか。それが少し気になった。そんな俺の疑問に、彼は目を伏せて笑っていた。

 

「……カナタくん。キミはどうして私の皇帝としての立場を失わせたくない、って思ったんだい?」

「どうしてって、そんなの。だって、ディハウザーさんは頑張って王者になったんですよ。それに、クレーリアさんだって悲しむし、俺だって皇帝の試合をこれからも見たかったですし…」

「そうか、そうだね。キミの考えは間違っていない」

 

 意味深なディハウザーさんの言葉に、俺は眉をひそめる。

 

「先に言っておくけど、キミの考えた案に文句をつけるつもりはないし、感謝だってしている。それでも私はあの時、皇帝の椅子を明け渡すことをどうでもいいと思ってしまっていた」

「どうでもいい、って……えっ?」

「クレーリアのために使えるのなら、もういいかと思ってしまったんだ。冥界のファンのみんなを思う気持ちもあった。だけど、それ以上に空しくなってね。あの時の私は、ゲームに失望してしまっていたのさ」

「……ゲームで不正が行われていたからですか?」

 

 確かにあのままだったら、ディハウザーさんは不正まみれのゲームをし続けることになっていただろう。彼はそれを許せないから、皇帝の椅子を明け渡すつもりでいた。自分は真面目にやっていたのに、周りはズルで力を示していたのだ。真剣にやっていた自分を馬鹿馬鹿しく思い、自棄になってもおかしくないのかもしれない。

 

 

「……ここで自分を偽っても仕方がないか」

「ディハウザーさん?」

「私はね、カナタくん。上層部が民衆を偽っていたように、私も民衆をある意味で偽っていた。いい試合になるように、わざと逆転や拮抗した試合になるように演じ続けてきたんだ。永いプレイングであらゆる勝利を手にし、あえてそうなるように試合運びを演じていたに過ぎない。こんな私と上層部は、いったい何が違うのだろうか」

 

 レーティングゲームの皇帝、ディハウザー・ベリアル。彼は、生まれてから負けたことがない悪魔だった。クレーリアさんが幼少期からの従兄弟の栄光を語りまくっていたけど、俺も原作で彼がライザー・フェニックスとの試合でそんなことを吐露していたような記憶がある。

 

「私は、負けたことがなかった。何でもできてしまって、全てが叶ってしまった。だから、力だけではトップに立てないというレーティングゲームに夢を見たんだよ。……しかし、結局はこの遊戯も負けることはなく、王者としてトップに立ててしまった」

「それが、ディハウザーさんの夢」

「もしかしたら、私は誰よりもゲームに余計なものを持ち込んでいたのかもしれない。ベルフェゴール殿たちのことを聞いて私がまず思ったのが、第二位ですら結局駒というドーピングを使わなければ、私と相対することもできなかったという事実だった。彼らに感じたのは怒りよりも、虚しさの方が強かったよ」

 

 きっと今、ディハウザーさんが語っている言葉は、彼がずっと長年溜め続けていたものだったんだろう。そして今回のことで、吐き出さずにはいられなかった。だけどこんなこと、冥界のみんなに言ってしまったら、これからクレーリアさんたちを救うことへの支障になってしまう。タンニーンさんのような他のプレイヤーに言っても、原作のライザーのように何も言うことができないだろう。

 

 だけど、俺は彼のファンだと告げ、それでいて冥界とは関係ない人間だ。この告白を聞いて、例えディハウザーさんに失望しても、これからのことに特に支障なんて出ない。俺にそんな力はないからな。それにしても、彼はいったい何を思って、俺にこのことを告げたのだろうか。とにかく俺は、彼への言葉を探しながら、静かに皇帝の話に相槌を打った。

 

「私自身、傲慢な考えであり、無粋なことを言っていると思う。しかし、それが私の偽りのない気持ちでもあった。……カナタくん、私のファンになってくれたことを嬉しく思う。だけど、私は結局はあいつらと変わらない、ヒーローなんて思われるほどの誠実さなんてないんだよ」

「……ディハウザーさん。正直、あなたがなんでこんなことを俺に話すのかわかりません。難しいことを言われても、俺にはさっぱりですし。ですけど、率直に俺が思ったことを言ってもいいですか?」

 

 彼が俺に話した訳。もしかしたら、ファンであるという俺に糾弾されることを望んでいたのかもしれない。慰めてほしかったのか、それとも応援してほしかったのか。または、全く別のことを思っていたのかもわからない。それでも、彼の話を聞いて思ったことがいくつかあった。

 

 というか、俺にこういう重い話を持ってこないでほしい。駒王町の事件とか、古き悪魔の問題とか、レーティングゲームの闇とか。自分から巻き込まれることを選んだけど、明らかに人間の子どもが考えることじゃないよ。俺は自分が知っていることか、当たり前のことしかわからない庶民なんですよ。一誠みたいに、おっぱいで奇跡を起こす不思議パワーなんて持っていませんから。

 

 だから、普通に俺が感じたことを言うしかない。間違っていても知るか。そもそも俺に難しいことを相談する方がおかしいので、あとでタンニーンさんとかアジュカ様とか、頭が良いヒトたちに改めて相談をしてください。俺も一緒にお願いしますので。

 

 

「まず、ディハウザーさんと古き悪魔達が観客のみんなを偽っていて、それの何が違うのかですけどね」

「あぁ…」

「ぶっちゃけ、全然違うじゃないですか」

 

 皇帝を擁護するという意味でなく、本当に疑問だ。なんで、あいつらとディハウザーさんが同じなんだよ。確かに、逆転や拮抗するように観客を騙していたのは事実だろう。だけど、あいつらとはどう考えても方向性が真逆なのだ。

 

古き悪魔たち(あいつら)が観客を騙していたのは、自分たちの利益のためだけです。ディハウザーさんがやっていたのは、観客を楽しませるための、所謂エンターテイナーとしての仕事でしょ? そりゃあ、正直に言ったら批判は受けるでしょうけど、アイドルや芸能人が夢を壊さないために、キャラを演じているのと似たような感じじゃないですか」

「それでも、私は自分のために演じていたよ」

「だったら、それでも俺は、そんなディハウザーさんの姿が好きでしたよ。あなたの試合を面白いと思ったし、あの白熱した戦いを応援した気持ちは、俺の中では紛れもなく本物です。俺は皇帝の試合を見て、普通に楽しかった。あいつらがやったことを見て、普通に憤った。俺からしたら、やっぱり全然違いますよ」

 

 自分の気持ちも大切だろうけど、行動として示すことは大きいと思う。それに、真面目に考えているディハウザーさんには悪いけど、俺には兵藤一誠という指針がいる。目的が「ハーレム王を目指す」という自分のために突き進んだ主人公をだ。乳を突いてパワーアップする主人公の行動が、結果的に冥界のみんなを救った。字面は本当にひどいし、『ハイスクールD×D』を知らない人には因果関係が全く仕事をしていない内容である。

 

 それでも、彼はヒーローになった。確かに自分のためという気持ちもあっただろうけど、それでもそれだけじゃない気持ちも確かにあったから、それを見ていたヒト達は感じ取れたのだ。結局は、それを受けた側がどう思ったかが大事なんじゃないのか。そして、彼の姿は今まで皇帝の試合に魅了されたヒト達を楽しませた。難しいことはわからないけど、それでいいじゃんと俺は思うのだ。

 

 

「あと、ディハウザーさんの夢がゲームでは無粋だってことですけど、要は『俺は強いやつと戦いたいんだよ!』っていうバトルマニア思考なだけですよね? 問題ないじゃないですか」

「ちょっと待とうか、カナタくん。色々言いたいことはあるけど、問題だらけじゃないか?」

「えっ、どこがですか?」

 

 この世界でバトルマニア思考って、珍しくないんじゃないのか。今まで負けたことがなくて、なんでもできちゃったから、レーティングゲームに強者を求めて参加した。ほら、何も問題がない。ただ単に、今のゲームの現状では皇帝にとっての強者がいなかっただけのことだろう。

 

 これも原作知識だけど、ヴァーリ・ルシファーというすごいバトルマニアを知っている手前、皇帝ぐらいの考えは普通に思えてしまう。だって白龍皇さん、強いやつと戦いたいからという理由だけでテロ組織に入って、自分の都合を優先して好き勝手して、同じ組織の曹操やロキと戦ったりして、本当に周りの困惑を放り捨てて自分がやりたいことをやって、最強を追求した戦闘狂である。それに比べて皇帝のバトル思考は、誰の迷惑にもなっていない。それだけで、平和だと感じるのだ。

 

 ……うーん、どうしよう。なんだか原作の主人公とライバルの考え方と行動がぶっ飛びすぎていて、ディハウザーさんの真剣な告白がただの悩みすぎだよ、と言いたくなってきた。もうちょっと大らかに生きていいと思うよ。だって、原作後半のシリアス要素って、あなたのそういった真面目なところが主な原因の一つだったような気がするし。この世界は鬼畜で容赦がないくせに、未知の理不尽に溢れているからあんまり深く気にしたら負けだよ。俺はそう思いながら、文句言いまくっているから。

 

 

「とりあえず、強いやつがいないからゲームやめます、って考えは早急ですよ。廃人とかそういう人種は、日に日に進化している場合も時にありますから」

「カナタくん、ちょっとゲームのし過ぎじゃないかな…。でも、私はもう永い時をキミのように考えて待った。しかし、結局は……」

「まだです。というより、これからじゃないですか。これから、ゲームを魔王様や皇帝やプレイヤーのみんなで変えていくんでしょう? 才能があるのに、上によって芽が出なかった悪魔が台頭して来るかも知れません。あっ、あと、魔王様には妹さんや弟さんがいますし、バアル家やアガレス家も彼らと同年代の悪魔がいます。俺の予想ですけど、きっと十年ぐらいしたらディハウザーさんも面白いと思える芽を出すかもしれませんよ」

 

 俺だから言えることだけど、十年後は本当に激動の時代になるのだ。天使や二天龍とだってゲームで戦えるかもしれない、今までの常識が覆る時代。新ルールだって増えるだろうし、もしかしたら新しいゲームだってできるかもしれない。アジュカ様が運営を任されれば、確実にプレイヤーを楽しませるためにゲームのアップデートをしてくれたり、隠し要素も満載になるだろう。

 

 それに、ソーナさんがレーティングゲームの学校をつくれば、さらにゲームは活気づいてくるかもしれない。悪魔は魔力を使うことで主な戦闘を行っていたけど、魔法の技術を取り込むことで新たな要素の幕開けになったり、元七十二柱以外の悪魔から才能が発掘されたり、確かに時間はかかることだけど、諦めるのはまだ早いとどうしても思うのだ。

 

 きっと考えが甘いところもあるだろうし、今まで感じてきた皇帝の苦悩をちゃんと理解できた訳じゃない。未来で本当に彼の夢が叶うのかなんてわからない、無責任な発言だと思う。それでも、俺に言えることは夢を諦めるのは勿体ない、ってことぐらいだ。カッコいいセリフなんて俺には言えないけど、そういったセンスは大人組に任せよう。俺には荷が重いので。

 

「ゲームの面白いところは、進化することじゃないですか。ディハウザーさんは、『今』のゲームでは無敗の皇帝でも、改革が進めばそれだけゲームのバランスは変わっていきますよ。ゲームで新要素が増えるって、プレイヤーにとって不安もあるけど、それだけでもすごく楽しみじゃないですか」

「……私の夢を叶えたいなら、未来への可能性をもっと広げろってことか。本当にキミは、さらっと難しいことを直球で言ってくれるね」

「あぁー、やっぱりこんなんじゃ駄目ですかね?」

「いや、なんだかキミが言うと、もう少し頑張ってみたら叶うんじゃないかって不思議と思えてくるよ。悪魔はその性質上、人間の願いや感情には敏感だ。カナタくんは特に感情豊かで素直だから、キミが本心からそんな未来を信じているのがわかるからね」

 

 肩を竦めながら、ディハウザーさんはおかしそうに笑って見せた。これは褒められたのか、呆れられたのか。「悪いヒトに騙されたらいけないよ」と現在進行形で注意されているので、やっぱり呆れられているような気がする。アザゼル先生からも、初対面で「騙されやすい」とか言われたし、俺ってそんなにほいほいついていきそうなんだろうか。相棒に聞いたら、ほぼ確実に肯定されそうな予感がしたので聞かないけど。

 

 

「えーと、結局さっきの話はアレでいいんですか?」

「あぁ、十分だよ。……ベルフェゴール殿たちを説得する資格が、私に果たしてあるのか考えていたが、キミの言う通り悩み過ぎていただけなのかもしれないね」

「俺としては、ディハウザーさんはもうちょっとわがままを言っていいと思いますよ。今の悩みだって、レーティングゲームの王者として悩むから変に抉れるんであって、ディハウザー・ベリアルっていう一人の悪魔として考えてみたら、そんなに難しくないんじゃないですか?」

「……王者としてではなく、私個人としてか。そんな風に考えることを、久しく忘れていたよ」

 

 昨日の別れの時と比べて、どこかすっきりしたように皇帝は笑顔を浮かべた。その笑みがなんだか自然で、やっぱり王者としていつも肩を張っているんだなぁー、と人気者の辛さがひしひしと伝わってくるようだった。リアスさんも言っていたけど、魔王の妹であるリアス・グレモリーとしてだけでなく、一人の女性として見てほしいってこういうことを言うのかもしれない。プレッシャーも半端ないだろうし。家庭でぐらい、のんびりしたよなぁー。

 

「ちなみに、カナタくんはベルフェゴール殿やアバドン殿のことをどう思っているんだい?」

「二人のことを、どう思っているかですか?」

「キミが言うように、難しく考えなくていい。レーティングゲームを楽しむ、一人のファンとしての意見で構わないさ」

 

 ディハウザーさんも、さらっと質問してきますね。うーん、それにしても二人のことか。チビドラゴンたちとテレビを見て感じたけど、俺はこのヒト達やそれ以外の不正組に対して、上層部ほど負の感情が強く湧かないのだ。もちろん、不正は駄目なことだと思う。それでも、彼らの全てが偽りだったとは思えなかったからだ。

 

 それは、レーティングゲームが力だけで決まる競技じゃないのが大きい。『王』の駒は、能力を百倍ほど上げるという壊れ性能だけど、王だけが特出しているゲームなんてつまらない。様々な力を持った眷属たちが足りないところを補い合い、観客を楽しませるためのエンターテイメント性も求められるのだ。

 

 ロイガンさんやビィディゼさんは、確かに魔王級とされ特出した悪魔となっているのは間違いない。王の駒を使ったことで、トッププレイヤーになれたのは事実だろうし、上層部の操作もあったかもしれない。それでも、観客()は彼らの試合に魅せられ、面白いと思ったのだ。

 

 ただチートを使って、一人で無双しているようなゲームだったら、もっと反感を覚えられたのかもしれない。もちろん、このままでいいとは俺も思っていないのだ。それでも、やっぱり古き悪魔たちほど、彼らに怒りを持つことはできなかった。自分でもどう言葉に表したらいいのか、正直わからない感情だ。

 

「……たぶん、すごく勝手な思いだと思います。不正があったことは残念だし、駄目だとはわかっています。ディハウザーさんや、きっと他のプレイヤーたちにとったら、許せないことだともわかっているんです。いずれ、彼ら自身で清算しなくちゃいけないことだとも。それでも、レーティングゲームを楽しむ、一人のファンの思いとしては、……彼らの試合が二度と見れなくなるのは悲しいと思います」

 

 本当に勝手だと自分でも思う。それでも、原作のように駒のことを暴露されたとしたら、彼らはもう二度と舞台の上に立つことはできないだろう。それは、仕方がないことだと思うし、今後のゲームにおいて必要なことだとも思う。因果応報だともわかっているけど、俺自身はどこか寂しいと感じてしまった。

 

 

「レーティングゲームは、プレイヤーと運営だけじゃ成り立たない。支えてくれるファンがいるからこそ、ゲームは盛り上がり、私たちも楽しむことができた」

「ディハウザーさん?」

「そうか、視点を変えるだけでこんなにも簡単に答えは出てくるのか。プレイヤーの夢だけじゃない、ファンの夢も守れなくて、何が皇帝だ。正しさは尊い。だが、それだけを追求した先に、守るべき笑顔がなければ……私にとって価値などない」

 

 ディハウザーさんの独白に、俺は目を瞬かせる。正直、俺の言葉から、彼がどんな答えを見つけたのかはわからない。そんな大そうなことを言った覚えはないし…。それでも、皇帝の目は真っ直ぐに未来を見据え、口調には一切の迷いを感じることができなかった。

 

 ぞくり、と背筋が粟立つ。仙術もどきの感覚からか、彼の纏うオーラが一気に濃厚なまでに膨れ上がったのがわかった。心臓が早鐘を打つように鳴るが、そこにあるのは恐怖や不安ではなく、まるで身を任せても揺らぐことのない丈夫な幹を想像させる、絶大なまでの力強さ。声を出すことができないぐらい、俺はそのオーラに呑まれてしまっていた。

 

 皇帝、ディハウザー・ベリアル。古き悪魔たちは、本当にやばいヒトを敵に回してしまったんじゃないだろうか。原作での彼はクレーリアさん(家族)を失い、ゲームに失望し、未来を憂い、復讐という方法でしか自分の思いを伝えられず、それでいて悪に染まりきれなかったヒトだった。大切なものを失いすぎて、守るべきものを見失った彼には、王者としての作業を淡々とこなすしかなかったのかもしれない。

 

 だけど、今の彼は違う。家族がいる。生き甲斐がある。未来がある。大切なものを失わないために、守るべきものを見つけた彼の本気。迷いの消えた皇帝ベリアルが、これほど大きな存在だったことを俺は知らなかった。

 

「改めて感謝するよ、カナタくん。いいさ、挑戦してみようじゃないか。負けを知らない私に、最初の黒星を彼らが果たしてつけられるのかを。クレーリアの夢を、八重垣さんの夢を、プレイヤーたちの夢を、ファンのみんなの夢を、そして私自身の夢を叶えるためにも、私にできる全てで挑む。上層部が私の膝を地につけられるか、私が彼らの喉元を食い千切るか。……ゲーム(試合)といこうじゃないか」

 

 うわぁー、すごく爽やかな笑顔なのに、それ以上に覇気がすごすぎて、もう悪魔にしか見えない。あっ、このヒト、最上級悪魔だった。もともと激情家な面を持っていたけど、それが表に出て、しかも制御下にあるとここまで違うものなのか。どうしよう、表情筋が引くついて仕方がない。

 

 ――もしかして俺、なんかとんでもないものを呼び起こしてしまったんじゃないだろうか?

 

 

「ベルフェゴール殿たちとも、じっくり話し合いをしなければな。あぁ、ベルゼブブ様との話し合いも煮詰めなければならない。使えるものは使わなければ、勿体ないからね。眷属のみんなにもお願いして、存分に働いてもらうとして…。最古参の悪魔であるバアル大王に、どこまで私が食らい付いていけるかも重要か。ふふふっ、胸を借りるつもりで正々堂々と挑戦させてもらおう」

 

 後に、スーパー皇帝タイム(命名:俺)と呼ばれるようになる、彼の「私に黒星をつけられるかァッ!」という果てなき挑戦道がこの時、開始されてしまったのであった。

 

「ディ、ディハウザーさーん。あんまり派手にやっちゃうと、色々まずいんじゃ…」

「大丈夫だよ、カナタくん。ばれないようにやるから」

 

 待って、それなんてアザゼル先生&メフィスト様理論!? やっぱりあのお二方、友達なだけあるな。

 

 

「さて、おかげで色々吹っ切ることができたよ」

「えーと、それはよかったです」

「あぁ、だから……カナタくんの夢も、私に預けてくれないかな?」

「えっ?」

 

 そう言った皇帝の顔は先ほどまでとは違い、柔らかい微笑みが浮かべられていた。

 

「これから私は、冥界のヒーローになるのだろう? レヴィアタン様の番組にゲスト出演させてもらった時に、教えてもらったんだ。魔法少女が強いのは、愛と正義の心と、そして何よりも守るべきものがあるからだと。それならヒーローも、守るべき夢が多ければ多いほど強くなると思わないかい?」

「……その重さに潰れてしまわないですか?」

「潰れはしない。だってキミは、ちゃんとクレーリアたちの夢を背負って、ここまでやってこれたじゃないか」

 

 『戦いとは、直接矛を向けることだけをさすものではない。今のクレーリア・ベリアルたちのようにな』

 

 ……そうか、クレーリアさんたちは俺を信じて、願いを託してくれたんだ。今だって、きっと彼女たちは不安なはずだ。こんな人間の子どもに自分たちの未来を託すなんて、どれだけの覚悟があっただろうか。それでも彼女たちは、俺の帰りを信じて待ってくれているんだ。

 

 自分の願いを託して、待つことも戦いの一つ。俺は、そっと目を瞑り、大きく静かに息を吐いた。すると、今まで自分が背負っていたものの重さを感じられるようだった。無我夢中だったから気づかなかったけど、俺はこんなものをずっと背負っていたのか。そして、走ってくることができたんだ。俺って、鈍感というか、本当に突貫しまくっていたのかもしれないな…。

 

 不安はある、心配はある、恐怖はある。だけど、それらを全部ひっくるめて、……このヒトなら、このヒトたちならきっと任せられるんじゃないかって思うのだ。それは、無責任なんかじゃない。だって、俺はみんなに託されたからここまで来ることができた。俺にとってみんなとの夢は重みじゃなくて、自分を奮い立たせる勇気だった。信じてくれたことが嬉しかった。

 

「私はキミにとって、夢を託せるヒーローになりえるかな?」

「……はい、なれます。ディハウザーさんを信じて、俺はあなたに託します。みんなのことをよろしくお願いします!」

「あぁ、任された。冥界のヒーローになることへの実感はなかなか湧かないけど、どうしてかな。カナタくんにとってのカッコいいヒーローになると思ったら、自然と受け入れることができるよ」

「俺にとってのヒーロー…」

 

 一人の人間のためにヒーローになってくれる、魔王級の最上級悪魔。それって、ちょっと豪華すぎやしませんか? 面白がるように口元へ笑みを浮かべるディハウザーさんにつられて、俺も噴きだしてしまう。背負っていたものが手渡されていくような感覚に、大丈夫と安心感が身を包む。

 

 だって、皇帝と魔王様たちなら、きっと変えていってくれるはずだから。きっと……。

 

 

「駒王町に戻ったら、クレーリアたちのことを頼んでもいいかな。あの子は、優しい子だからね。心配しているだろう」

「わかりました。みんなの不安を少しでも軽くすることが、今の俺にできることですから。任せてください」

「あぁ、任せたよ、カナタくん」

 

 冥界のことは、ヒーローやみんなに任せた。だから俺は、人間界に戻って自分がやるべきことをしっかりやるんだ。それが、俺に残されている最後の戦いだから。

 

 それからは、ディハウザーさんと他愛のない話でしばし盛り上がることになった。クレーリアさんの失敗談に肩を震わせたり、布教力に呆れたり、皇帝グッズは使用用、観賞用、保存用で三つぐらいは持っていることに、「お小遣いの使い方について、一回相談し合うべきか…」と真剣に悩みだしたり、色々な姿を見ることができた。お小遣いに関しては、ごめんクレーリアさん。たぶん、余計なことを言った。

 

 相手は皇帝だし、クレーリアさんのお兄さんなんだけど、なんか俺にとっても兄ちゃんみたいなヒトだな。前世の兄ちゃんとは全くこれっぽちも似ていないけど、この理想の兄貴像というか…。彼ならきっと二つに割ったシャーベットの長い方と短い方で、迷いなく長い方を俺にくれるだろう。例えがしょぼい気がするけど、「俺年上だから」で短い方を弟に当たり前のように渡してきた怒りを未だに俺の前世は覚えている。俺、意外に懐が狭いのかもしれない…。

 

 こうして、冥界に訪れる超大型台風の前の静けさのごとく、時間が許す限り俺はこの時間をゆったり楽しんだのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

『今日の魔法少女様 健気な少女の願いのために、魔法少女さんが通る!!』

 

 

 

「ありがとうございます、ミルたんさん。何かお手伝いができることがあって、よかったのです」

「にょ、ラヴィたんは働き者にょ。今日は牧師さんのお腹に良いものをみんなで探す約束をしているんだにょ。人手が増えて助かったにょ」

「確か、教会の紫藤トウジさんの娘さんとそのお友達の方なんですよね。お父さんのために頑張るなんて、優しい子たちなのです」

 

 申し訳なさそうな奏太からの、冥界一日延長の報を聞いたラヴィニアは、快く了承はしたものの今日はどうしようかと悩んでいた。魔法少女魔法の習得に力をいれてもよかったが、せっかく遥々日本の地に足を踏み入れたのに、それはそれで勿体ない。そんなラヴィニアへ、散策を一緒にどうかと誘ったのはミルたんだった。

 

 なんでも、魔法少女になるための修行と一緒に、面倒をみている子どもたちがいるとのこと。その相手が例の紫藤トウジの娘と聞いて、最初は警戒したものの彼女自身は健気に父のために頑張る女の子らしい。その友達も、普通の幼馴染の少年だそうだ。『灰色の魔術師』であるラヴィニアが接触するのはもしもの時にまずいため、実際に接触することはできないが、健気な少女のお願いを叶えてあげたいとは思ったのだ。

 

「イーナたんとイッたんは、駒王町で頑張って探すそうにょ。なので、ミルたんたちは駒王町の周りでお腹に良さそうなものを探すんだにょ」

「日本でお腹に良いものですか…」

「ミルたんとラヴィたんのファンタジーパワーなら、なんだか今日は見つかるような気がするんだにょ」

「何が見つかるのですか?」

 

 初耳のファンタジーパワーなるものが、この世にあることを特に疑問に思わずスルーして、ちょっとわくわくするラヴィニアちゃん。頭脳明晰で神様だって撲殺可能な神滅具持ちの彼女も、ごくごく普通の十歳の魔法少女である。未知なる探索に、好奇心が刺激されていた。

 

「魔法少女に伝わりし、伝説のファンタジー食材にょ」

「ッ……! そのような食材が、この日本にはあったのですか。神秘の国『ジパング』という名は、伊達ではなかったということですね…」

 

 お互いに冗談なく真剣に話し合う魔法少女(カタストロフィ)。天然同士の会話に、ツッコミが誰もいないと加速しかしない。よくわかる事例であった。

 

「さぁ、行くにょ。ラヴィたん。お父さんを思う少女の夢を守るためにょ!」

「えぇ、そうですね。私たちは魔法少女なのですから!」

 

 お互いに魔法のステッキを片手に拳を振り上げ、善意100%の魔法少女(カタストロフィ)の戦いは始まった。突き進んだ先で、突如現れたダーククリーチャーとの死闘を繰り広げたり、魔法や拳で敵と語り合ったり、海や空をなんとなく割ったり、それで魔法少女の同士がちょっと増えたり色々したが、「魔法少女だから」で割愛する。そして、無事に彼らは、伝説の食材を入手することができたのであった。

 

 

 

「パパー! 今日はね、パパが元気になれるモノをみんなで探してきたんだよ! はい、これは私とイッセーくんで探してきたお魚だよ。イッセーくんのパパがね、胃には脂身の少ない白身魚がいいって教えてくれたの」

「ありがとう、イリナちゃん。やっぱり、イリナちゃんは天使だね…。イッセーくんのお父さんにも、今度お礼を言わなければ」

 

 それから、お腹に優しい食材を手に入れた紫藤イリナは、満面の笑みで大好きなパパへ届けに行った。しっかり梱包された魚には、『どうかお大事に』と兵藤家からの心配のメッセージもあり、優しさに紫藤トウジは目頭を押さえた。

 

「あとね、これがミルたんさんとそのお友達さんが取ってきてくれた、伝説のファンタジー食材なんだって! ダーククリーチャー『ゲルゲルモ』と、熱い死闘を繰り広げて手に入れてきたすごいものなんだよ。これでパパの胃もバッチリだね!」

「……大丈夫だよ、イリナちゃん。パパはこれからも頑張っていくから」

 

 あぁ、本当に涙が止まらない。父と娘の間で、グッとサムズアップをするが、どうしてこんなに涙が止まらないのだろう。まず、この物体はなんだろうか。日本にある食材じゃ絶対にないよね。どこから取ってきたの。

 

 それでも、愛娘の輝くような笑顔が、紫藤トウジに「食べる」以外の選択肢を用意してくれない。だって、パパだもん。パパはね、娘にとってヒーローなんだ。守らなきゃ、この笑顔。仲間の粛清という重い悩みに、娘の笑顔を守るパパとしての思い、そして神の信徒としてのお悩み相談(無茶振り)が同時に重なっている紫藤トウジは、それでも頑張る。そんな彼の姿は、間違いなく小さなヒーローだった。

 

 こうして、冥界、人間界を巻き込んだ、それぞれの守るべきモノのための戦いが、始まろうとしているのであった。

 

 


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