えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第五十三話 流れ

 

 

 

 魔法使いの協会の理事長であるメフィスト・フェレスと、堕天使の総督であるアザゼルは友人同士である。お互いに古くから生きていることや、地位や名誉に興味がないこと、そして考え方が色々似通っていることなど、様々な共通点があった。メフィストが冥界を離れてからの付き合いであるが、種族の違いはあれど、誰よりも肩を並べて対等に接せる相手であった。

 

 それぐらいお互いのことを知り合っている友人同士だったからこそ、メフィストは理解していた。今回の自分が保護している子どもが、冥界全土に向けてやらかした報告を聞いたこの友人が、どのようなリアクションを取るのかを。

 

『ブフゥゥッーー!? クッ、クククッ、ゴホォッ! ゲホッ! ッ、ッ……! グフゥッ! ちょっ、……待っ、腹、痛っ……! クッ、ハハッ!』

「……予想通りではあったけど、実際に見るとちょっと腹が立っちゃうよねぇ…」

 

 メフィストは乾いた笑みを浮かべながら、長年の友人の様子を見つめる。その目は、どこか諦観な眼差しであった。今回の件は冥界に住む悪魔側の問題であるため、人間界に隠居したメフィストにとっては多少関わりがある程度だ。しかし、目の前の男にとっては完全なる対岸の火事。お祭り気分である。わかっていたことであるが、それでも多少大変な思いをする側にとっては、「このやろう」と思っても仕方がない事であろう。

 

 魔方陣の先に映る堕天使のトップが息切れを起こすぐらいゲラゲラと笑いころげ、呼吸困難に陥っている。何度も復活しようとするがツボに入ったのか、一向に収まらないらしい。どこかの龍王様がこの様子を見ていたら、腹いせで堕天使領に眷属ドラゴン総出で突撃していたことだろう。それこそ、もしどこかの魔王様が知ったら、戦争勃発かもしれない。

 

「……で、そろそろ会話はできそうかい?」

『ッ、……ゴホンッ! あ、あぁー、何とか収まったぁ…。げほっ……、腹筋が痛すぎて、死にそうだったぜ。……俺、いつかカナタに笑い死にさせられるかもしれねぇ』

「聖書に載っている堕天使のトップの死因がそれだと、世界中から暴動が起きるねぇ」

 

 割と起こり得そうなひどい未来予想図であった。

 

 

『しっかし、どうしてそうなったかの詳しい事情は聞かねぇが、レーティングゲームでストライキを起こすとか、よくそんなことを思いついたな。人間らしい発想だけどよ』

「誰もが知っている表の常識なのにねぇ…。不思議と出てこない発想だよ」

『だからこそ、悪魔の貴族(あいつら)にとっては、予想だにしなかった方向からの大打撃だろうな』

「古い考えに囚われ続けている彼らにとっては、想定すらしていなかっただろうからねぇ。対策もとっさの対応もできないさ」

 

 現在の冥界の実情、レーティングゲームの歴史、古き悪魔達が積み重ねてきた業、四大魔王の意思、それら今まで積み重ねてきたものがあるからこそ、切ることができたカードである。さらに、皇帝であるディハウザー・ベリアルの全面協力、妨害をしそうなトッププレイヤー一部の弱みも握っている。まさに、改変の流れとでもいうべききっかけが、あまりに揃いすぎているほどだった。

 

 悪魔であるクレーリア・ベリアルと、聖職者である八重垣正臣の恋愛による粛清。そこから全てが動き出し、本来であれば裏でひっそりと葬られる悲劇の事件で終わるはずだった歴史。それが気づけば、たった一人の人間の介入によって、冥界全土を巻き込んだ新しい歴史の始まりへと向かっている。

 

 旧魔王時代から最古参の悪魔の一人として生きてきたメフィストだからこそ、今回の騒動が世界の流れを変える一端になると直感していた。三大勢力間での大戦、停戦、若き魔王たちによるクーデター、悪魔の駒の製造など、様々な歴史の節目をこの目で見てきたのだ。少年のやらかしに時々頭痛はするが、世界の流れが変わる瞬間が見られるかもしれない興奮は、冷めることなくメフィストの中にあった。

 

「ふふっ、あいつらが自業自得で積み上げてきた爆弾に慌てふためく様子が、今から楽しみだねぇ」

『お前も結構いい性格しているよなぁー。まっ、あとは。その古き悪魔共の親玉らしいバアル大王と、上手く交渉ができるかってところか』

「あぁ、ゼクラム・バアルか…。彼は厄介ではあるけど、今回の件はストライキを起こされた時点で、古き悪魔達に勝ち目はないよ。上手く引き分けに持っていけるかってところだろうねぇ」

 

 思案したように告げるアザゼルに、メフィストは柔和な笑みで答える。冥界でストライキが起きることで、悪魔側は大混乱するのは間違いない。その時に、主戦派思考の堕天使に混乱中の悪魔の領土を攻め入られたら、戦争の引き金になりかねなかった。それを裏から防ぐために、メフィストはアザゼルに抑止力となるようにある程度の事情を伝えていたのだ。

 

『んん? 確か、プライドが高いんじゃなかったのか、そいつら。今まで下に見ていた皇帝にいいようにされて、黙って負けを認めるとは思えないんだが。徹底抗戦を仕掛けられたら、皇帝の方が不利なんだろう?』

「あぁ、他の奴らはきっと皇帝を叩き潰そうとするだろう。頭に血が上りやすい、プライドと妄執の塊だからねぇ。だけど、ゼクラム・バアルが必ず止めるさ」

『トップがか?』

「あぁ、彼は頑固だけど、先を見る悪魔だ。皇帝を潰したって、利益は精々レーティングゲームのトップの椅子が空席になるぐらい。不正の事実が明るみになればなるほど、民衆からの支持を失えば失うほど、打撃を受けるのは自分達さ。政治的な影響力にも響くだろう。つまり、デメリットの方が、はるかに大きすぎるんだ。何より、……徹底抗戦によって弱体化するだろう古き悪魔達を、アジュカくんが決して逃がさない」

 

 皇帝のストライキを長引かせれば長引かせるほど、その分だけアジュカ・ベルゼブブの手が伸びてくる。彼は何百年も前から、古き悪魔達を切り崩そうと暗躍している魔王だ。それをゼクラムも知っている。皇帝か魔王、どちらの危険度の方が高いかを考えれば、彼の中ですぐに答えは出てくるだろう。

 

 皇帝のストライキで不正の一部を暴露され、頭に血がのぼっていた悪魔達も、時間が経てば再び保身へ走り出すと考える。最初は皇帝への怒りが強かっただろうが、冷静に考えれば不正の証拠をまだ握っている皇帝を刺激せずにいる方が、生き残るために利口だと気づく。背後に魔王がいることも考えれば、自分から犠牲になどなりたくないだろう。

 

「さらに言えば、他勢力の存在もある。冥界の混乱を長引かせることは、悪魔全体を危機にさらす時間も増えるということだ。それは、老獪共も望んでいないさ」

『つまり、ハイリスク・ローリターンな真向勝負なんて真っ平ごめんってことだな。あっちはそんな勝負さっさと終わらせて、ストライキで受ける打撃をどれだけ減らせるかが重要ってことか。分家の女悪魔一人の命で事が収まるなら、喜んで差し出すって訳だ』

 

 冥界側は知らないが、メフィストが堕天使の総督と裏で繋がっていたこと、現在の三竦みの危険な勢力図であることが、今回は有利に働いた。皇帝と戦い続けることにこれだけのデメリットがあれば、いくらプライドの塊である彼らでも、最後には大人しく引き下がることであろう。

 

 

『ちなみに、メフィスト。そのクレーリア・ベリアルと聖職者の男は、最終的にどう落としどころをつけるつもりなんだ? 駒王町の管理をそのままさせるのは、無理そうだろう』

「そうだろうねぇ。あそこは、バアル家の管理する土地で、それを留学という形で貴族の子息や子女に経験を積ませる目的で、管理の権限を貸し与えているだけの場所だ。今回のことが上手く収められたとしても、駒王町で不祥事があったことを公表するなんてしたくないだろう。別の理由を用意して、クレーリア・ベリアルを駒王町から追い出すさ」

 

 しかし、冥界に帰るにしても、王の駒などといった古き悪魔達にとって不利となる情報を、彼女は握ってしまっている。さらにクレーリア・ベリアルは、ディハウザー・ベリアルの明確な弱点であった。取引が成功すれば、魔王が彼女の後ろ盾になってくれるかもしれないとはいえ、古き悪魔達と相対することになる皇帝の枷に彼女はなりかねないのだ。

 

 また、八重垣正臣を冥界に連れて帰るのは難しいだろう。人間が生きていくには、冥界は過酷な土地である。さらに、教会との落としどころを考えるにあたって、八重垣正臣が教会側と敵対しないことをはっきりと相手に見せないとならない。冥界に連れて行ってしまえば、教会は一人の聖職者を失っているのに、悪魔側は何も失っていないと見られかねない。つまり、双方が納得するには、悪魔と教会の両方からの追放という形が一番理にかなっていた。

 

『……だが、異種族と人間が共に暮らすには、人間界は敵が多すぎるぞ。取引によって悪魔と教会からは狙われないとしても、……きっと嫌になるぐらいにな』

 

 アザゼルの脳裏に映るのは、己の友人が娶った妻とその娘の顔。堕天使の組織が保護しているにも関わらず、彼女たちは常に命を狙われ続けている。その大きな原因としては、その妻の血筋が関係しているが、それでも敵が多すぎた。人間を下等と見ている同胞もいるため、下手に彼女たちを冥界や組織の近場に置くこともできない。頭が痛い、とアザゼルは疲れたように溜息を吐いた。

 

 今回のことは裏で取引がされただけで、悪魔と聖職者の恋愛が表だって認められたわけじゃない。悪魔と教会から、彼ら二人への援助はとても望めないだろう。皇帝も冥界でやるべきことがあるため、常に彼らのために時間を取ることは難しい。このままではクレーリアたちは、孤立無援で人間界に放逐されることになってしまうのだ。

 

「うーん、でもそのあたりは、たぶんなんとかなるかな。アジュカくんと通信で、交渉の内容を色々詰めていっているからねぇ」

『……おいおい、なんとかなるのかよ?』

「なんとかするさ。ここまで踏み込んだからには、文句なしのハッピーエンドを目指さなきゃね」

 

 友人からの疑問に、メフィストの赤と青の瞳がスッと細まった。普段なら絶えることのない笑みも、彼の口元にはない。口調は軽いが、いつになく真剣な態度を見せる友人に、アザゼルは僅かに目を見開いた。常に一歩引いたところから世界を見ていたメフィストにしては、珍しい反応だと思ったのだ。

 

「アジュカくんも言っていたけど、これはいつか悪魔が支払わなければならなかった代償なんだ。それを今の世代に押し付けてしまった歪みが、今回の事件の裏だった。……僕は自分のために、冥界と距離を取った。旧四大魔王(彼ら)に付き合いきれないと、古き悪魔達(あいつら)と関わり合いになりたくないと、自分勝手に背中を向けたんだ」

『メフィスト…』

「もちろん、僕が冥界に残っていたからって、何かが変わったのかはわからない。それでも、今の子たちに問題を全部押し付けて、逃げ出したことには変わりないよ。……これが罪滅ぼしになるとは思わない。今まで見捨ててきたようなものだしねぇ」

 

 フフッ、と小さな笑い声をあげたメフィストは、静かに息をこぼした。らしくない、とは自分でも思っている。年寄りの自分が世界の流れに表だって介入することは、彼の矜持に反するからだ。世界の流れを決めるのは、今の世代の者たちだと今でも考えている。その流れを捻じ曲げてしまえる影響力が自分にあったからこそ、彼はあえて傍観者に徹してきた。冥界の政治には一切口を出さず、魔法使いの理事長としての立場だけを保ち続けてきたのだ。

 

 もちろん、そのスタンスは今後も変えるつもりはない。表だって手を貸すことはできないが、せめて今回だけは自分から手を伸ばそうと考えたのだ。おそらく、いつの間にか奏太の行動に触発されていたのだろう。力のない人間でありながら、ただ真っ直ぐに目標を目指して突き進む姿に。諦めずに最後まで足掻くことで、生まれる可能性をこの目で最後まで見てみたくなった。

 

「まっ、安心していいよ。ちゃんと表向き合法的に、向こうにも利益のある形に押し込めて、ちゃんと納得させるようにしてみせるからさ。ハハハハハッ!」

『お、おぉー。そうかぁ…。まぁ、頑張れよぉー』

 

 思わずヒクついてしまった頬と同時に、アザゼルは棒読みの声援を送る。心が籠っていないかもしれないが、これ以上何を言えばいいか思いつかなかった。とりあえず、この友人が珍しくやる気を見せているのだ。こっちも失敗しないように、しっかりやらねぇとな、とアザゼルは仕方がなさそうに肩を竦めた。

 

 

「……さて、他に考えることがあるかだけど。今のところ、もし問題があるとすれば、暴走するやつらが一部でもいるかもしれない、ってことだろうかねぇ」

 

 ふと、それまで楽し気に浮かべていた笑みを消し、メフィストは冷たい相貌で眉根をひそめた。そんな友人の様子に、アザゼルはめんどくさそうに頭を掻いた。

 

『あぁー、いるだろうなぁー、そりゃあ。古き悪魔たち(そいつら)は、ずっと勝ち戦ばかりして、いい思いをしてきたんだ。それがいきなり負け戦をすることになる。上手な負け方や引き分けに持っていくための術を知らないやつだっているだろうさ』

「そんなやつらは、倫理を捻じ曲げてでも勝ちを得ようとしてくるか、八つ当たりで皇帝に苦痛を味わわせるためだけに行動しかねない」

 

 皇帝自身は問題ない。彼は魔王級の悪魔であり、その眷属たちも逸材ばかり。レーティングゲームの王者として名を残し続けた彼の実力と実績は、例え古き悪魔たちでも容易に手が出せないものだろう。ディハウザー・ベリアルもそのあたりは気を付けるはずだ。

 

 ならば、狙うとすれば彼の弱みだ。彼が大切にしていて、そして古き悪魔たちが容易に手を伸ばすことができる相手。さらにそれが、悪魔社会的に傷つけてもいい大義名分が通ってしまう者だったとしたら。今の彼女には、何も後ろ盾などないのだから。

 

「……そのもしもが起こってしまった場合は、皇帝の交渉に決着がつくまでが踏ん張りどころだろうねぇ」

『だろうなぁ。だからこそ、もしものためにラヴィニアが日本へ行くことを許可したんだろう? それに、俺のクリスマスプレゼントも無事に完成したからな。そのもしもの時は、俺なりの利益を得るための踏み台にさせてもらうさ』

 

 くつくつ、と楽し気に邪悪な笑みを見せる堕天使に、先ほどまでの空気を霧散させながら、今度はメフィストが呆れ気味に肩を竦めてみせる。調子に乗っている時のアザゼルほど、何をやらかすかわからない。奏太にもそういう面はあるが、彼の場合は完全に善意で、しかも振り回している自覚がない。

 

 一方でアザゼルの場合は、周りが振り回わされていることを理解して動くところがある。それによって起こる事象を一緒になって楽しむ男なので、迷惑極まりない。D×D屈指のトラブルメーカー、訳が分からない現象の元凶はほぼアザゼル、と言われるぐらいには、そのあたりの信用は底辺なのである。「ごめんね、カナくん」とメフィストは、心の中で巻き込まれるだろう少年の冥福を祈る事にした。

 

 ラヴィニアもアザゼルも、組織の影を出さないように気を付けて動くことができるだろう。それに、何も起こらない可能性だってある。ラヴィニアには日本でも注意をするように通信で伝えているが、ようやく肩の荷が下りた奏太に不安を煽るようなことをさせたくなかった。アジュカにも以前言われたが、過保護なのかもしれないだろう。それをメフィストは自覚しているが、少しずつ成長を見守っていこうとも考えていた。

 

 

『さてと、まずはシェムハザと相談だな。悪魔側が混乱した時にうるさそうなやつらへ、適当に仕事を振ってくるわ。当日はバラキエルに勝手な行動をするやつがいないかを見張らせて、念のためにサハリエルにも動いてもらうか。あと、上司命令で下っ端共には、年末の貫徹麻雀大会でも開催して疲弊させとくとして。……おっ、そうだ。なぁ、メフィスト』

「ん、なんだい?」

『カナタの神器のことなんだけどよ。一度本格的にこっちで調べてみたいんだけど、構わないか? 『神の子を見張る者(グリゴリ)』なら、神器関係の精密な検査ができるからな。半年以上あいつの神器を見てきたが、正直訳が分からないところがありすぎる。今回の件の借りを返す代わりなら、あいつも嫌とは言わねぇだろ』

「僕はカナくんがいいのなら、構わないさ。ただ無理強いはさせないであげてほしいねぇ」

 

 おっ、と思い出したかのようにアザゼルは、メフィストへ質問を投げかけた。本当はずっと前から考えていたのだが、さすがに他組織の子どもを簡単に組織へ連れてくるわけにもいかず、奏太自身も「堕天使式神器特訓法」を恐れて近づきたいと思っていなかった。しかし、今回奏太はアザゼルに借りを作っている。日程の調節をして、安全の確保と、情報の規制をしておけば、調べるために連れてくることぐらいなら可能だろう。

 

「けど、カナくんを『神の子を見張る者(グリゴリ)』へ連れて行くつもりなら気を付けてほしい。堕天使の中には、人間に対して悪感情を持つ者が多くいるだろうしねぇ」

『言われんでも、わかっているよ。たくっ、三大勢力での和平と並行して、そっちの意識も変えていかねぇとなぁ…。神器所有者を多く抱えているのはうちなんだしよ』

 

 アザゼルやサハリエルといった研究方面の堕天使たちは、人間が持つ神器に関心を持っており、それの可能性に対して強い興味を持っている。しかし、コカビエルといった武闘派の堕天使たちは、それに対して否定的だ。神器研究に意味を見いだせず、戦力として全く数に入れていないのである。神滅具クラスで、ようやく目を向けるぐらいであろう。

 

 「人間の神器所有者を招き入れねば、生きていけぬ堕天使どもなぞ何の価値がある!?」と駒王町でコカビエルは、己の持論を振りかざしていた。脆弱な人間が種族的に勝っている堕天使と肩を並べるという考えが、認められない者もいるだろう。元々天使から堕天するような者は、一癖も二癖もある性格の者ばかりだ。トップであるアザゼルのカリスマ性があったからこそ、一つの組織としてまとまっているが、考えを統一させる難しさはあった。

 

 

『まっ、カナタの場合助かるのは、臆病なくせに度胸があるというか、種族とか違いをあんまり気にしないところだろうな。悪魔だろうが、神滅具持ちだろうが、堕天使だろうが、ドラゴンだろうが、聖職者だろうが、自分に好意的な相手には普通に懐くしよ』

「う、うーん。それに関しては、良い事なのか判断が難しいけどねぇ…。悪い事ではないんだけど……」

 

 アザゼルは少し呆れたように、メフィストは困ったように、それぞれ感想を言い合う。まだ出会って一年と経っていないが、倉本奏太という少年に関して強い信頼をお互いに持っていた。嘘が下手で感情に表裏がなく、誰かのために身体を張ることができ、裏切りなどができる性格でもない。良いことではあるのだが、そのおかげで本人よりも、周りから騙されないかを心配する方の比重が重くなってしまっていた。

 

 そんな不安な思いはあるが、救いは彼の神器が宿主に対して過保護な事だろう。もし奏太にとって悪意がある者、悪影響がある者が近づいたら、事前に察知して宿主に知らせるからだ。仙術もどきの感覚も合わさって、その感度は高い方である。以前駒王町で、紫藤トウジを尾行していた時に、転移してきた悪魔の気配に敏感に反応したのも彼の神器の力であった。奏太の最大の保護者は、槍さん(神器)なのかもしれない。メフィスト(保護者第二号)は、ちょっと遠い目になった。

 

 メフィストも奏太がアザゼルに懐いていることを知っているし、例の神器について知っておく重要性も理解していた。奏太が協会に来て半年以上経ったが、未だにあの神器の底は見えてこないのだ。それと、昨日タンニーンが訝しんでいた内容も気になっていた。昨日の報告をタンニーンからも聞いていたメフィストは、思案気に口を開いた。

 

「ところで、アザゼル。その神器なんだけど、持ち主の代わりに他者へお礼を言ったりするのかい? 能力の補佐だったり、危険を察知したりすることができるのは知っていたけれど」

『はぁ? どういう意味だ?』

「タンニーン君がね、交渉に疲れたカナくんをアグレアスで休ませてあげようとして、とっさに誤魔化して納得させたらしいんだ。悪魔なのに、夜目が利かなくて飛行が危険だからってねぇ。カナくんは疲れていたのか、それに気づかなかったみたいだけど、その後で神器がタンニーン君にお礼らしきものを伝えてきたらしい。……まるで、タンニーン君がカナくんを気遣ってくれたことをわかったみたいに」

 

 今までにも奏太の神器が、宿主のために心も身体も支えてきたことは知っている。話をすることはできないが、思念のようなものを感じると、奏太からは聞いていた。しかし、彼の神器『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』は、魂を封じられたタイプのものではない。意思を宿すタイプのものでもないだろう。

 

 今までの奏太と神器とのやり取りは、単純に『対話』ができているからだと考えていた。アザゼルからもそう聞いていたため、メフィストたちはあまり疑問に思っていなかったのだ。神器は所有者が足りないところを補佐する故に。しかし、その神器が持ち主ではなく、他者に向けて発信をした。まるで意思、感情があるかのように。

 

『……神獣・魔獣系が封じられた神器や、独立具現型神器には、魂が宿っている、または宿ることがあるため他者と対話ができても不思議じゃない。だが、一般的な、それも言っちゃなんだが量産型の神器に意思が宿るか? んな事例は、今まで聞いたことがなかったし…。神滅具クラスなら、ありえないことではないかもしれんが……。それでも、あいつの神器には本当に何も宿っちゃいなかった。いや、まさか、神器そのものじゃなくて、もっと先の……』

「アザゼル、何かわかったのかい?」

『……あぁー、悪い、メフィスト。今は何も聞かないでくれ。ちょっと考えが纏まらねぇ…。とりあえず、今は目の前のことをやっていこうぜ。少なくとも、あの神器は宿主に無茶ぶりをされても、しっかり働いてしまう保護者だからな。問題は起こらないだろう』

「それはそれで、色々な意味で心配ではあるけどねぇ…。まぁ、そっちの言う通りではあるかな」

 

 難しい表情で顎に手を当てながら、アザゼルは静かに首を横に振った。奏太の神器を調べたらしいアジュカ・ベルゼブブなら、もしかしたら何かを知っているのかもしれないが、彼に教える気はないだろう。敵対組織同士の長が、連絡を取り合う訳にもいかない。

 

 謎が多い神器であるが、それは逆に考えれば、調べること、育てることへの楽しみも増えるということだ。研究・開発好きであるアザゼルは、それで一旦納得する。これから先、彼の神器を調べられる機会はいくらでもある。ならば、お楽しみは後で取っておこうと考え、今は冥界大騒動という名の別のお楽しみに思考を切り替えたのであった。

 

 

「さてと、だいぶ話し込んじゃったみたいだねぇ。それじゃあ、アザゼル。また何かわかったら連絡を入れるよ」

『おぉ、頼むわ。俺の方ではまず、好戦的なやつらをちょっと煽って、麻雀地獄に陥れさせて、身動きを取れなくさせておくしよ』

「どれだけ麻雀が好きなんだい、キミたち…」

『あぁー、『神の子を見張る者(グリゴリ)』の大行事にはなっているな。あの戦闘好きのコカビエルでさえも、麻雀をするときは目の色を変える。……麻雀から逃げるなんて、堕天使の風上にも置けないからな』

 

 キラリと歯を見せ、カッコよくドヤ顔を見せる組織のトップ。悪魔側が騒がしくなった程度で、麻雀の真剣勝負を降りるなど、堕天使的にありえないのだ。さすがは堕天使、時々何を考えているのかがわからなくなる。アザゼルがトップとして、まとめられているだけはあるだろう。

 

 そう言って、気だるげに手を振る友人の姿に小さく笑い、それからメフィストは魔方陣の通信を切った。理事長椅子に深く腰掛けながら、夜の暗がりへと目を向ける。冬の静けさと相まって、冷たい夜風が少し開いた窓から入り込んだのを感じた。

 

 次に大きく動くきっかけは、皇帝次第だろう。彼が冥界にストライキを公言したと同時に、事態は一気に変化する。時期や調整などを考えれば、おそらくクリスマスのあたりになる。クレーリアの粛清は、ディハウザー・ベリアルが容易に動けなくなる『皇帝ベリアル十番勝負』が始まる年末に行われる予定であろうから。

 

「さぁ、ここまで来たよ、皇帝ベリアル。レーティングゲームの闇を払う第一陣となるキミの牙を、遠慮なく彼らへみせてあげるといい」

 

 界を越えた暗い闇の先にいるだろう、悪魔達の聖地とされるアグレアスで戦うことになる一人の悪魔へ向けて。正義のヒーローが、小さな子どもの願いを受け取って、悪魔、堕天使、教会、を巻き込んだ反撃の狼煙を上げるのだ。

 

 世界に漂う大きな流れが、ゆっくりとその形を変えようとしていた。

 

 

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