えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

54 / 136
第五十四話 変化

 

 

 

「それにしても、珍しいこともあるものね…」

 

 ウェーブのかかった桜色の髪を揺らし、人目を避ける様に一人の女性悪魔が足を進めていた。二十代後半に見える美しい相貌に、妖艶なドレスがさらに彼女の美貌を輝かせている。時折彼女とすれ違う悪魔たちは、揃って足を止め、誰もが畏怖や羨望の眼差しを彼女に向けていた。

 

 彼女が何者なのか、それは冥界に住む悪魔たちにとっては、誰もが答えられるほどの有名人であった。――ロイガン・ベルフェゴール。レーティングゲームの第二位であり、ベルフェゴール家の現当主である冥界でも屈指の強者の一人に数えられている女性悪魔だ。セラフォルー・レヴィアタンや、グレイフィア・ルキフグスと並んで称される実力の持ち主であった。

 

 そんなロイガンが、わざわざ人目を気にしながら歩いていた訳は、先ほど自分の控室に訪れた知り合いから言伝をもらったからだ。彼女は自身の控室に入ってきたその女性に驚き、その話の内容にもさらに目を瞬かせた。その女性は、プライベートで話をする機会はあまりなかったが、それでもよく知り得ていた相手。己の最大のライバルである、皇帝ベリアルの女王(クイーン)だったのだ。

 

 女王が訪れた理由は、ランキングトップ3として、今回の年末のイベントにサプライズ企画を立てないかという内容だった。ロイガンとビィディゼは、今回のイベントにはサポート役として入ることが決まっている。ロイガンは試合の審判(アービター)役として、ビィディゼは特別ゲストとしての解説役として招かれていたのだ。このイベントの主役は皇帝と、それに挑戦する十名の挑戦者たち。レーティングゲームのプレイヤーとしての今年最後の試合()は、彼らによるものとなっていた。

 

 故に、今年中のゲームを終えたロイガンとしては、今年最後の仕事としていつも通り取り組もうと考えていたのだ。そんな時に齎された皇帝からのサプライズイベントの誘い。耳を疑ったのは、言うまでもない。かなり昔、ゲームの企画者からそういった観客を驚かせるためのサプライズイベントなどを組んでみないか、とトップ3へ言われたことがあった。しかし、それを真っ向から跳ね除けたのは皇帝だったからだ。

 

 曰く、「レーティングゲームの試合に余計なものを持ち込みたくない」と。ゲームプレイヤーにとって、神聖なゲームに余計なものを挟み込むことを嫌ったのだ。そのため、皇帝に関する試合関係では、内容を一本化した純粋なゲーム進行で観客を楽しませる方針を取り続けてきていた。ビィディゼあたりは、皇帝のその考えに鼻を鳴らしていたのを覚えている。

 

 そんな彼が、大事な試合の前にトップ3によるサプライズイベントを用意する。皇帝は対戦相手が誰であろうと、誠意をもって接する男だ。いったいどういう心境の変化か、とロイガンは話を聞いた当初、本当に皇帝がそう言ったのかと女王に聞き返してしまったほどだ。新手の冗談とさえ思った。

 

 それほどまでに、ディハウザー・ベリアルという悪魔は、誰よりもゲームを愛し、誠実に向き合い続けた、真面目で愚直な男だったのだ。

 

 

「いくら訳を聞いても、詳しくは本人に聞けだものね…。彼がつまらない企画を立てるとは思えないけど、全く予想がつかないわ……」

 

 ロイガンだけでなく、あのエンターテイナーとして力を入れているビィディゼ・アバドンまで呼んでいる。彼を企画に参加させるには、生半可な内容では首を縦に振らせられないだろう。トップ3によるサプライズイベントということは、確実に冥界中で大事になる。それがわかっているからこそ、成功すればいいが、失敗した場合は冥界中から非難をもらうことになってしまう。そのリスクを、皇帝が理解していないとは思えない。

 

 そんな全く想像すらできない事態であるが、ロイガンの足は迷うことなく皇帝の部屋へと向かっていた。彼女の足をそこへ向かわせている一番の理由は、やはり好奇心故だろう。先ほどからも考えていたが、あの皇帝が何をしようとしているのか興味があったのだ。企画に乗るにしても、拒否するにしても、まずは彼の話ぐらい聞いてみたいと考えた。だから彼女は、皇帝の女王からの誘いに了承の返事を返し、真っ直ぐに向かうことにしたのだ。

 

 ロイガンは皇帝に対して、一切の疑いを持っていなかった。それだけ、ディハウザー・ベリアルという男を知っているつもりでいたからだ。古き悪魔達が取り仕切るゲーム故に、様々な策謀が今まで繰り広げられてきた。その中で生き残り、頂点に立っている皇帝は、本来なら油断できない相手であろう。しかし、彼はあまりに正義感が強く、根が善人すぎた。何よりも、他者を策で蹴落とす必要などないぐらいに、彼は強かったのだ。

 

 長年追いかけ続けた背中、いくら挑んでも敵わないライバル、真っ直ぐにゲームと向き合うことができる彼への憧憬。彼とゲームをする時だけは、純粋に己の全力を出すことができる楽しさ。彼女の皇帝に関する気持ちには、様々な思いが複雑に絡み合っていた。

 

 

「来たわよ、ディハウザー」

 

 だが、この日から。軽い気持ちで開けた扉の先で、大変素敵な笑顔で「Welcome(ウェルカム)」と自分を迎え入れるディハウザー・ベリアルとの邂逅を経てから、完全に認識が変わることになる。ロイガン・ベルフェゴールの皇帝像が、「ゲームを何よりも愛する、バカ真面目な男」から、「この挑戦狂(ゲームバカ)を誰か止めてよ!?」に変化するのに、そう時間はかからなかったらしい。

 

 

 

――――――

 

 

 

「さて、ごきげんよう、二人共。忙しい時期に、急な呼び出しに驚かせてしまったと思う。申し訳なかったね」

「数日後に試合を控えている、あなたほどじゃないと思うけどね」

「それで、ロイガンも来たことだし、早速だけど要件は何かな? 私へ知らせに来た貴公の眷属に聞いても、答えてくれなかったからね」

 

 皇帝の控室には、先に来ていたらしいビィディゼとディハウザーの二名がいた。ビィディゼの様子から、おそらく三人が揃うのを待っていたようだ。愉快気に笑みを浮かべているビィディゼだが、目は訝し気な雰囲気を隠していない。やはり彼も、皇帝からの誘いを不思議に思っているのだろう。

 

 紳士的な貴族服を纏った、三十代後半の見た目を持つ金髪の男性悪魔。――ビィディゼ・アバドン。現ランキング第三位で、メフィスト・フェレスと同じく、番外の悪魔(エキストラ・デーモン)であるアバドン家の出身である。彼は手に持っていた時間つぶしのための書物を閉じ、ディハウザーへと視線を向けていた。

 

 控室には皇帝の眷属は誰もおらず、彼は自分で魔力を使って紅茶の準備をし、客人である二人に振る舞っている。申し訳なさそうにロイガンたちへ謝罪をすると、いつも通りの親し気な表情へと戻した。レーティングゲーム中は、一切の気のゆるみを感じさせない佇まいを見せるが、今はプライベートでの集まり。隙は見せないだろうが、友好的な態度で迎い入れてくれた。

 

 ロイガンは、とりあえず促された席に座り、テーブルに用意されていた菓子類などに手を伸ばし指で弄ぶ。自分が贔屓にしているところの有名菓子店の物であると気づき、ひっそりと眉根を寄せる。わざわざこんなものまで用意しているということは、このトップ3の会合は突発的なものではなく、事前に予定していたということなのだろう。

 

「そうだな…、まずは聞きたいのだが。二人はここへ来ることを誰にも告げてはいないかな?」

「そう言われていたからね。眷属は他の仕事が入っていたし」

「トップ3が会合するなんて知られたら、ゴシップが五月蠅そうだからな。……ディハウザーのイベントに乗るかも決めていないのに、それで無駄に騒がれたら面倒だ」

「そのあたりは心配していない。私が二人に聞いているのは、『皇帝であるディハウザー・ベリアルから、トップ3での秘密裏な会合を望まれた』と、キミたちが上に報告をしたかどうかを聞いているのさ」

 

 ロイガンとビィディゼは、皇帝の言葉に一瞬瞠目し、すぐに平静を装った。彼の口から出た内容に、何故そんなことを聞くのかと、二人の思考は急速に回転し始める。ディハウザー・ベリアルに目を向けても、彼は柔和な笑みを崩さず、親しみやすそうな雰囲気のままだ。それが逆に、うすら寒いものを感じさせた。

 

「なんで私たちが、あなたにサプライズイベントをしないか、って誘われたからって報告をするのよ。だいたい、……上って、どういう意味かしら?」

「さて、私はキミたちの事情を深くは知らないからね。自身の家や他貴族の家、政治家に運営、……古い悪魔達にとかかな」

 

 表情には出さず、いつも通りの口調でロイガンは冗談交じりで告げる。しかし、皇帝も一切の態度を崩さず、さらに言葉を重ねてきた。普段とは違うディハウザーの様子に、ビィディゼは無表情で口を閉じ、内心は舌打ちを打っていた。どうせあの皇帝のことだ、と何も対策をせずに来てしまった自身の迂闊さを呪った。まさかゲーム関係ではない、政治的な思惑で呼び出されるかもしれないなど、考えてすらいなかったのだ。

 

「ディハウザー。私は家とはほぼ縁切り状態で、ゲームに参加を表明したアバドン家の異端児だ。そんな私を支えてくれた運営に感謝はしているが、ランキングを上り詰めてきたのは私自身の力。一々報告をしなければならないほど、彼らの顔色を窺ってきたつもりはない」

「そうなのか、それは失礼した。確認のつもりだったんだ、気を悪くさせてしまったのならすまない」

 

 ビィディゼは否定の意味を込めて答えを口にしながら、皇帝の様子を探るが一向に相手の真意は掴めない。本当になんでもないように微笑むだけのディハウザーに、こちらが深読みをし過ぎているだけなのかも判断がつかなかった。ロイガンにも視線を向けるが、彼女も皇帝の挙動を伺っている。長年ランキングを制覇してきた者同士だ、愚かでないことは知っている。迂闊なことは言わないだろう。

 

 現状、圧倒的に情報が足りない。ディハウザーの目的を探る必要がある。相手の狙いがわからない以上、下手なことを言えばそれを言質にとられかねなかった。今の皇帝には、そんな恐ろしさがある。まるで、レーティングゲームで彼と相対しているような感覚だ。そして、自分はゲームでの彼に勝ったことがない。思い出してきた畏怖を抑え込むように、ビィディゼは不遜な仮面をかぶり続けた。

 

 

「もしかして、ディハウザー。あなたが考えているそのサプライズ企画って、上……運営とかが困りそうな内容なの?」

「あぁ、実はそうなんだ。せっかくレーティングゲームのトップ3で行うなら、花火のように冥界中へ派手に打ち上げてみたくてね。でも、後処理が大変だし、後で各方面から怒られるかもしれないんだ」

「おいおい、……まさかそんな企画に私たちを参加させようとしているのか」

 

 困ったように笑うディハウザーに、思わず呆れた声が出てしまった。どうして彼がそんなことを考えたのかは知らないが、そんな企画に自分たちも参加させようとしたことに開いた口が塞がらない。何よりも、ゲームを取り仕切る運営を困らせ、さらに各方面からも怒られるって何を考えているのだ、とも思う。トッププレイヤーとしても、悪魔の貴族としても、政治的にも、とても許されることではないだろう。本当にこいつはあの皇帝か? とすら思えてきた。実は偽物でした、と言われた方が安心するぐらいだ。

 

「ベルフェゴール殿は女性悪魔の支持が高く、キミも女優として名が売れているから芸能関係に強い。アバドン殿は政治的な関心が高く、観客への魅せ方をここにいる誰よりも心得ている。今回の企画は、エンターテイナーとしての資質が問われるものでね。最高峰の実力がある二人には、ぜひとも協力をしてほしいんだ」

 

 それが決定事項であるかのように、当たり前のように話すディハウザーに、ビィディゼの方は微妙に頬が引きつっていた。高い賛辞を受け取っても、心には一切響かない。だいたいどうして彼は、自分たちもその企画に参加するなどと思うのだろうか? 普通に拒否して当たり前だ。それだけ、レーティングゲームのトッププレイヤー、という称号は重いのだ。これを手に入れるために、どれだけの業を積み重ねてきたのかわからないほどに。

 

 しかし、これなら馬鹿らしいと言って、ここから抜け出しても問題ないかもしれない。話を聞くまでもない、という態度で立ち去ることができるだろう。今回の会合で皇帝が運営に対して、不利になりそうな企画を考えていると告げ口をしておけば、自分の点数稼ぎにするお土産にもなる。

 

「……馬鹿らしい。そんな話、聞くまでもない。私は降りさせてもらうよ、ディハウザー。ランキング第一位であり、私の最大のライバルでもある貴公が、後先も考えないそんなくだらない茶番を考えていたなんて、残念だよ」

「ビィディゼ…」

 

 椅子を後ろに引き、ディハウザーから背を向けて別れの言葉を告げる。ロイガンは思案したような表情を浮かべているが、彼女も皇帝の誘いに乗るような真似はしないだろう。

 

 確かに先ほど皇帝に言ったように、ビィディゼは、……ロイガンも運営の顔色を窺っている訳ではない。だが、逆らう気もない。内心はどうあれ、トッププレイヤーとして輝くには、彼らに従順な犬として見られている方がいいのだ。彼らとはビジネス的に長年の付き合いを持っている。そんな彼らの機嫌を損ねるなど、自身が今まで積み上げてきたものを崩すことと同意なのだ。

 

 そうして、一歩部屋の扉に向かおうとしていた彼の足は、――地面に縫い付けられたように止められた。

 

 

「クッ、ハハハッ……! くだらないか…。あぁ、くだらないさ。こんな茶番に気づくことなく、ずっと彼らの手のひらで踊り続けていた私自身も。そして、その茶番を続けるために踊り続けようとするキミたちも」

 

 動かない。動けない。柔和な笑みに隠していた皇帝の覇気が解放され、部屋中に重い圧力としてのしかかってくる。先ほどまで余裕を見せていた表情など消え、脂汗が彼の頬を伝う。――化け物。そうだ、どうして忘れていた。何度心の中で、それを口にしてきたと思っている。

 

 今、自分の目の前にいる男は、油断していい相手であったか。違う、どれだけ手を伸ばしても届かせることができなかった、才能の差を痛感させられた怪物だっただろう。彼から放たれる圧倒的なオーラは、ゲームで相対した……いや、それ以上の重さを感じる。

 

 違うのだ。この男は、以前までの皇帝ベリアルではない。自分たちの知っている、ディハウザー・ベリアルではなかったのだ。

 

「……座れ、ビィディゼ・アバドン。私の話は、まだ終わっていない」

「……横暴だな」

「忘れたか、私は皇帝だぞ」

 

 先ほどまでの押しつぶすようなオーラを身にしまい、呼吸を整えたビィディゼの小さな文句に、ディハウザーは楽しそうに冗談を返す。それに苦虫を噛みながら、彼は大人しく用意された椅子に座りなおした。今のビィディゼには、皇帝に逆らう気概はなかった。ディハウザーは、二人をここから逃がす気がない。騒ぎを起こさずに、本気の彼を出し抜く術など、思いつかなかったからだ。

 

「……ねぇ、大丈夫なの? さっきのあなたのオーラ、かなりすごかったけど。外に気づかれたんじゃ」

「問題ない。私の眷属に結界を張ってもらっているからね。優秀で助かるよ」

「……本当に、用意周到ね」

 

 確かに意識を向けてみると、何かに部屋が覆われている感覚に気づく。防犯や傍聴対策のために、トッププレイヤーである彼らは控室に結界を張ることがある。今回はサプライズ企画があると聞いていたため、傍聴阻止のためのものかと思っていたが、どうやら自分たちを閉じ込めるための檻のためだったらしい。

 

 その檻を機能させる最大の抑止力が、目の前の男自身なのだから、ため息が出てしまう。ロイガンは疲れから、先ほどまで少し被っていた猫を取り外す。今更、駆け引きだとか、表情を取り繕っても無駄だろう。油断していた自分たちも迂闊だったが、何よりも皇帝の雰囲気が変わり過ぎだ。彼は皇帝という地位を、冗談でも振りかざすような男ではなかったのだから。

 

 

「さぁ、始めようか。ベルフェゴール殿、アバドン殿。……レーティングゲームのトップ3である、私たちの話し合いを」

 

 仕切りなおす様に告げられたディハウザーの言葉に、緊張が二人の背をかけた。これから何が始まるのかはわからない。だが、今までのような関係は終わり、何か大きな変化が訪れるような予感だけが漠然とあった。楽し気な皇帝の笑みだけが、妙にはっきりと映っていた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「こんにちはなのです、ミルたんさん。今日はカナくんと一緒に来たのですよ」

「待っていたにょ、ラヴィたん。カナたんにも久しぶりに会えて、ミルたんは感激にょ!」

「あ、ありがとうミルたん。俺も嬉しいけど、頼むからその俺を抱擁しようと迫る腕は下ろしてください。お願いします、普通に死にます!」

 

 ピンクのゴスロリ衣装に猫耳のついたマッスルの化身が、自分に向かって感動の涙を流しながら迫ってくる構図。字面にすると、すさまじい破壊力だ。俺としては、視覚的にもやばい。魔法の通信で初めて魔法少女ミルたんを見た時は、その衝撃に思わず吹き出して大変な目にあった。それが生である。覚悟はしていたとはいえ、なかなかすごい。もうそれしか言えない。

 

 駒王町の教会に行くまでは、普通のTシャツにジーンズ姿だったのだが、気づいたらミルたんが魔法少女に覚醒していた。まさかこれが、二次小説にもよく出てくる原作の流れという名の修正力なんだろうか。もしそうなら、なんて強敵なのだろう。世界の意思が、ミルたんの覚醒を願ったということなのだから。いつか本当に異世界にでも、行ってしまいそうである。ちょっと遠い目になった。

 

 さて、今日俺たちが訪れたのは、ミルキー魔法使いさんたちの家である。ミルたんには事前に連絡をして、今日ここへ集まることを決めていた。皇帝との邂逅のために、ずっと俺が忙しなくしていたからか、なかなか会う機会がなかったのだ。なので、ようやく落ち着いたこともあり、せっかくなら報告会も兼ねて、落ち合うことにしたのである。ミルキー魔法使いさんたちにも、お礼を言っておかないといけないしな。

 

「紫藤さんの様子はどう? 最近は胃が良くなったりしていない?」

「前にイーナたんたちと集めた食材のおかげで、かなり持ち直したみたいだにょ。でも、その後しばらく、引きこもっちゃったみたいだにょ」

「えっ、お腹が良くなったのに、引きこもっちゃったの?」

「イーナたんが言うには、なんでも語尾に『ゲルゲル』がついてしまって、しばらく取れなくなっちゃったみたいにょ。今、神様にお祈りをしながら治しているらしいにょ」

「さすがは、伝説のファンタジー食材…。効能は素晴らしいようですが、人類にはまだ早すぎたのかもしれませんね……」

 

 そういう問題じゃないと思うんだ、ラヴィニアさん。と、心の中で俺はツッコんだ。

 

 しかし、どうしよう。神様に祈っても、紫藤さんに祈りが還元される様子が目に浮かばない。あぁ神様よ、何でこういう時にいないんだよ! ミカエル様、どうかお願いします。語尾が取れなくて困っている、一児のパパを助けてあげてください。この後、紫藤さんには結構大切な用事だってあるんです。八重垣さんが覚悟を決めて、話し合いをしに行くことになっているんです!

 

「紫藤さん、どうかクレーリアと一緒にいさせて下さい!」

「八重垣くん、それは教会の者として許されないことなんだゲルゲル」

「紫藤さんッ!」

「八重垣くんゲルゲルッ!」

 

 ひどすぎる。双方ともに報われない。誰も救われない。こんな結果なんて、あんまりだ。これは俺が教会に忍び込んで、紫藤さんの語尾を消滅させに行った方がいいのかな…。危険なのはわかっているけど、それでもさすがにこれは許されるんじゃないかと思うのだ。むしろ、許してほしい。

 

 

「そうだにょ! 確かミルキーの設定資料集に、どんな病魔も消し飛ぶ魔法のドリンクがあったはずにょ。それを作るための材料を、探しに行けばいいんだにょ!」

「なるほど、さすがはミルたんさんです。どうやら魔法少女として、再び立ち上がる必要があるようですね!」

「よし、落ち着こう二人共。俺しか止める役がいないのはおかしいと思うけど、俺が止めないと紫藤さんが余計にまずいことになる気がするから、全力で止めるよ!」

 

 このまま出発進行しそうだったラヴィニアとミルたんの腕を引っ張って、なんとかストップさせることに成功する。危なかった、もう少しで紫藤さんがミルキーにやられるところだった。とにかく、飲食関係は遠慮してあげようとなんとか説得することに成功する。飲食系は宗教的な問題とかで云々とか言って、俺は語彙力の限界に挑戦したと思う。頑張った、俺。

 

「むむむ、だけどカナたん。ミルたんは、牧師さんが心配なんだにょ。牧師さんが辛い思いをしているなんて考えたら、ミルたんの心も痛むんだにょ…」

「……ミルたん」

 

 ミルたんは力なく項垂れると、ぶわっと豪快に涙を流し始めた。見た目はデストロイヤーだが、心は一途な乙女なのだ、ミルたんは。無事に粛清の問題が解決したら、紫藤さんも元気になってくれるだろうとはいえ、それまで辛い様子を見続けることがミルたんには耐えられないのだ。

 

 俺はそんなミルたんの気持ちに一考し、ふと思いついた。そうだ、これなら紫藤さんもそこまで困らないだろうし、ミルたんの思いも組めると考えた。

 

「ミルたん、それだよ。大切なのは、そのミルたんが紫藤さんを心配する気持ちなんだ」

「ミルたんの、気持ち?」

「うん、物なんて要らないさ。ミルたんのその心をそのまま形にして、精一杯の思いを込めて伝えるだけでいい。それだけで、ミルたんの思いは十分に伝わるさ」

 

 紫藤さんだって、「早くよくなってね」と泣きながら言われるぐらいだったら、迫力はあるだろうけど問題はないと思う。ミルたんが真剣な思いなのはわかるだろうし、たぶん大丈夫なはずだ。

 

「心を形にする……、そうだったにょ。牧師さんにも言われたにょ、形から入るのが大切だって、教わったんだにょ。忘れてはいけない、ミルたんの心の指針だったにょ!」

「えっ、ミルたん?」

「ありがとう、カナたんっ! やっぱりカナたんは、すごいにょ! ミルたんは初心に戻って、牧師さんのために精一杯思いを伝えてくるにょッ!」

「お、おぉー」

 

 おかしいな、どこでミルたんの好感度が上がるようなフラグを選んだんだろう。さっぱり理解ができていないんだが。まぁ、嫌われるよりはいいんだろうけど、いったい俺はミルたんの中でどういう位置づけになっているんだろうか。なんか怖いから、聞かないけど。

 

 

「悩みが解決できてよかったにょ!」

「はい、ミルたんさんが元気になってよかったです。でもそれだと、今日はいったいどうしましょうか?」

「あっ、じゃあさ。今日はみんなでゲームでもして――」

「今日はみんなで、ミルキー魔法の修行をしようにょ!」

 

 みんなでわいわい遊ぼうかなぁー、で止まっていた俺の思考は、次に発せられたミルたんの提案の内容に表情が固まった。ギギギ、と首をゆっくり向けると、そこには眩しいまでのキラキラとした眼差しを俺に向けてくるミルたん。まるでワクワクと効果音がつきそうなぐらい、心が躍っているのがわかるミルたんの華麗なるスキップ姿。やばい、とても敵いそうにない。

 

 俺は援軍の要請を求めて、視線を縋るように隣へ向けた。

 

「一緒に頑張りましょう、カナくん! 今日は『ミルキー・サンダー・クラッシャー』の練習日です。立派な魔法少女になれるように、ファイトなのですよ!」

「あは、ははは。うん、ファイト、なのですよぉ……」

 

 目頭に熱いものがこみ上げてきそうだった。女の子の前だから、絶対に泣かないけど。それでも、俺の心は精神的にボロボロである。ミルたんとラヴィニアから、純粋な眼差しを向けられて断れるような気概など俺にはなかった。俺が断ったら、絶対に悲しそうな顔をするに決まっている。

 

 二人には、本当に感謝しているのだ。ラヴィニアはわざわざ日本まで来て、俺を支えてくれるパートナーだし、ミルたんは俺の無茶なお願いを二つ返事で聞いてくれた。そんな二人の悲しむ顔を見るぐらいなら、男として、友達として、ミルキー魔法を練習するぐらいなんだ! 立派な魔法少女になるのは断固拒否するが、ミルキー魔法を使うぐらいの心の広さを持てずして、この世界でやっていける訳がないだろう! もうこの世界、本当に訳がわからねぇなっ!?

 

 

「さぁ、二人共。今日は魔法を発動する時のポーズから修行にょっ!」

「えっ」

「はいなのです、ミルたんさん!」

「えー」

 

 早速挫けそうになりましたが、俺は頑張りました。一生懸命に頑張りました。ミルキー知識だけは無駄にあったからか、ミルキー初心者のラヴィニアよりも上手くポーズができてしまったみたいで、褒められて普通にへこみました。ちなみに、それを見ていた魔法使いさんと悪魔さんから、無言で親指をグッと立てられた。『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』には変人が集まるんだろうか。でも、ラヴィニアのポーズは可愛かったです。

 

 ディハウザーさんが冥界で頑張っている陰で、俺なりにできることを頑張ろうと決めた。足を止める訳にはいかないのだから。俺は肩を竦めると、休憩にお茶を入れてくれたラヴィニアたちの下へと足を進めたのであった。

 

 


 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。