えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第五十五話 ライバル

 

 

 

「それで、何をしようというの? 話は聞いてあげるけど、さすがに三人仲良く不利益を被るだけなんてごめんよ」

 

 皇帝の纏う空気に一瞬怯んでしまった自分を叱咤し、まず切り込んだのはロイガンだった。それにディハウザーは、思案したような表情を少しの間取ると、彼らに小さな笑みを返した。

 

「そこは、安心してくれ。むしろこの話に参加しない方が、キミたちにとっては失うものが多くなるだけだ」

「へぇ、何を失うっていうの?」

「キミたちが今まで積み上げてきたもの全てと、これからさ」

 

 軽く告げられた内容は、とても簡単に流すことができないものだった。特に名誉を手に入れるために奔走してきたビィディゼ辺りは、ギョッと目を見開く。取り繕うことをやめたロイガンも、さすがに表情を厳しくする。今度も冗談かと思ったが、口元の笑みは変わらないのに、皇帝の目は一切笑っていない。本気だ、とそう肌で感じた。

 

「随分と豪語するじゃないか……」

「したくもなるさ。……こんなものが、私の下に届いてしまったからにはね」

 

 パチンッ、とディハウザーが指を鳴らすと同時に、二人の目の前に書類の束が転送される。その行動から、この書類を読め、ということだろう。お互いの胸に、「これを見たら、後戻りできなくなる」という警報が鳴るが、それを許さないように皇帝はジッとこちらを見つめてくる。

 

 それに諦めたように、最初に書類へ手を伸ばしたのはロイガンだった。ここで渋っていても、仕方がないのは事実。それならば、潔く覚悟を決めた方がいい。そうして書類に目を通し、文字を目で追っていくにつれ、……自分たちが一番隠したかったことを、ディハウザー・ベリアルにバレてしまったのだと悟った。書類を最後まで読み切ることなく、ロイガンは片手で顔を覆い、力なく項垂れた。

 

 そんな彼女の沈痛な様子に気が気じゃなくなったビィディゼは、引っ手繰るようにロイガンの持っていた書類を奪い取る。読み込んでいる間、その書類を持つ手は震え、唇が戦慄いていく。一番知られてはならない相手に、真実を知られたのだ。「王」の駒を使い、――不正に手を染めていたという事実を。

 

「――ッッ!」

 

 一気に溢れあがった怒りが、手に持っていた書類を床へと叩き付けた。それがより、書類の真実を浮き彫りにしていた。ただの研究資料にしては、あまりに内容が濃すぎる。おそらく、自分たちの駒に関してわかっている者が書いた資料なのだろう。こんな都市伝説染みた与太話を信じるのか、と普段のビィディゼなら皇帝を嗤っただろうが、そんな考えに至れるほど、今の彼に余裕はなかった。

 

 それよりも考えるべきは、これからのことだ。もう皇帝は、古き悪魔達の思惑から「王」の駒を使って、ロイガンとビィディゼ、そしてそれ以外のトッププレイヤー数名が不正をしていることを知っている。それこそ皇帝ベリアルが、冥界中にこの事実を告げたらどうなるか。これを公開されたら、確かに今まで積み上げてきた名誉も、これからの輝かしい未来さえも消えてなくなってしまうだろう。

 

 そこまで考えて、ハッとしたように、ビィディゼはディハウザーと視線を合わせた。

 

 

「まさか…、さっき言っていた貴公の考えている企画とは、この事実を公表する気じゃッ……!?」

 

 そうなれば、確かに大騒ぎになることだろう。彼が最初に言っていた通り、運営だけじゃない、悪魔全体が揺れ動く。その後処理なんて恐ろしいことになるだろう。ロイガンも顔を覆っていた手を外し、諦観な眼差しで皇帝の答えを待った。

 

 そんな二人の視線を一心に受けたディハウザー・ベリアルは、たっぷりと時間を置いてから、――困ったような表情で口を開いた。

 

「そう、そこなんだ。それをどうするかを今考えている」

「……はぁッ!?」

「ちょっと、ディハウザー。私たちにとっては、死活問題なんだけど…」

「そう言われてもな。この事実を告げるか告げないかは、二人の選択次第だからだ」

 

 振り回されるライバルたちの様子を、ディハウザーは楽し気に笑い飛ばした。そこには、怒りや侮蔑、軽蔑の色はない。誰よりもゲームを愛していた皇帝が、不正をしていた二人に向ける眼差しは鋭いながらも、真っ直ぐに向き合っていることがわかる。それに少なくない動揺が、二人の心中を荒らした。

 

 翻弄されている。彼はこんな風に、真意を掴ませないような言動をする男だっただろうか。皇帝の様子が変わったのは、レーティング・ゲームの真実を、「王」の駒の事実を知ったからだろう、とは推察できる。しかし、それだけでここまで変わるものだろうか?

 

 むしろ、今までの正義感の強い彼の性格を考えれば、こちらの反応を楽しむような返しなど決してしなかったとわかる。もっと何か、根本的なところが変化したのだ、と気づかされた。

 

 

「……選択? 何が選択だッ!?」

「ビィディゼッ!」

「皇帝ベリアルっ! そもそも貴公は不正を看過できるような性格じゃないだろう!? だから、古き悪魔たちは貴公にだけは政治的に関わってこなかった! 何が、事実を告げるか告げないかを決めるのは、私たちだ…。それとも、なんだ。その選択で、私たちが皇帝である貴公の意に従えば、不正の事実を告げないとでも本当に言うつもりかッ!?」

「あぁ、その通りだとも」

 

 皇帝の「選択」という言葉に激昂したビィディゼは、即答で伝えられた言葉に絶句した。あまりの衝撃にロイガンも、パクパクと口を開閉させ、まじまじとディハウザーの顔を見た。

 

「本気?」

「本気だとも。その代わり、これからは古き悪魔たち(彼ら)にではなく、私の指示に従ってもらう。他の不正をしていたプレイヤーは、キミたちで説得してもらう。もちろん、ゲームに関しては、八百長をしないのなら一切口を出すつもりはないから、好きなようにしたらいい」

「ありえない…」

 

 おい、ロイガン。絶対こいつ、ディハウザーの偽物だ。奇遇ね、ビィディゼ。私も同じ気持ちよ。と、普段は第二位と第三位ということで、ピリピリすることの多い彼らでも、今回ばかりは心の中が一致した。目を合わせただけで、お互いの心境が手に取るようにわかる。もはやこいつ誰? と言いたくなるほどの得体のしれない恐怖が渦巻いていた。主に、何をしてくるかわからない意味合いで。

 

「だが、無罪放免にするつもりはない。今までやってきたことを全て洗いざらい吐いてもらうし、それで何かしらの罪があるのなら、しっかり償ってもらうさ。そして、いずれは自主的にゲームから引退してもらう。プレイヤーとしての、名誉ある引退だ。その後のゲームや競技などへの参加は、一切認めない。だが、それ以外の道なら好きに生きたらいい。「王」の駒についての事実も、冥界へ告げることは禁じる」

「それは……」

「何もすぐに引退しろ、とは言わない。数年後でも、数十年後でもかまわない。数百年はさすがに待てないが…。トッププレイヤーたちが一気に引退したら、冥界中が混乱してしまうだろうからね」

 

 考えてみれば、破格の条件だろう。この事実が発覚すれば、冥界中から非難や中傷を受け、居場所すらなくなっていたかもしれなかった。それを名誉ある引退として、終わらせてくれるというのだ。レーティングゲームのプレイヤーとして、積み重ねてきたものをなくさないで済む。いずれ去らなければならなくなるが、しばらくはゲームをすることに目も瞑っていてくれるのだ。

 

 悪魔の一生は、果てしなく長い。自分たちにはこれから、まだ数千年以上の時間がある。その一生を左右する選択肢を、今ディハウザー・ベリアルに掲げられているのだ。弁解などできる余地はない。自業自得による破滅か、意地汚くても縋る未来か、その二択だけが目の前にある。

 

 

「……ディハウザー。聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」

「あぁ、聞こう」

「わからないんだ。何故、公表しようとしない? こんな選択肢、あってないようなものじゃないか。あなたはゲームを愛している。私たちは、そのゲームにあなたの言う『余計なもの』を持ち込んだ不正者よ。それを許せるとは思えないの」

 

 まるで、絶望の中に垂らされた一本のクモの糸のようだ。ディハウザー側につくことへのデメリットは、古き悪魔達と敵対することになること、今までのような後ろ盾がなくなること。しかし、その希望という名の輝きは、一切衰えることはない。破滅の道を選んだって、古き悪魔達はあっさりと自分たちを見捨てるだろう。彼らは、自分たちを使い勝手のいい駒としか思っていないのだから。むしろ、事実を知っていることから、闇に葬ろうとしてくるかもしれない。

 

 古き悪魔達を裏切れば報復もあるだろうが、「王」の駒に関しては彼らも口を噤むだろう。「王」の駒の事実が暴露されれば、ロイガンたちはただでは済まないであろう。しかし、それは彼らも同じ。奇しくも、同じ急所を持ってしまっているのだ。それに例え、暴露されたとしても、その時は魔王に「王」の駒を返還してしまえばいい。そうすれば、少なくとも魔王の後ろ盾は得られるであろうから。

 

 しかし、だからこそ解せない。なんでこんな選択肢を用意する必要がある。魔王ならわかる。彼らは為政者で、冥界の混乱を最小限に収めたいと思うだろうから。しかし、誠実にゲームと向き合ってきたプレイヤーであるディハウザー・ベリアルが、不正者である自分たちに救いの道を、贖罪の道を示すというのがわからなかった。

 

 きっと、自分たちの不正を知ったら、多くのプレイヤーたちが怒り狂う。それを摘発した皇帝は、まさにレーティングゲームの英雄だ。誠実なゲームを楽しみたい彼にとって、不正組がいなくなることで随分と風通しも良くなることだろうから。それなのに、不正を暴かない選択肢を用意するなど、いったいどういう意図があったのか気になったのだ。

 

 

 

「……そうだな。皇帝ベリアルなら、きっと許せなかっただろう」

 

 ロイガンの心からの疑問に、ディハウザーは肩を竦めてみせる。柔らかな微笑みと共に告げられた答えに、ビィディゼは理解できないように怪訝な声を上げた。

 

「何を言っている。貴公は、皇帝ベリアルだろう?」

「あぁ、そうさ。だが、今回のことは私自身の心で……、ディハウザー・ベリアルという、一人の悪魔の男として決めたことなんだ」

「あなた自身の?」

 

 ディハウザー・ベリアルは、先日邂逅した少年のことを思い出す。こんなにも心穏やかでいられるのは、真っ直ぐに彼らと相対できるのは、きっと彼のおかげだろう。少年自身はそんな大そうなことをした覚えはないと言うだろうが、皇帝の心に変革を及ぼしたのは間違いなく小さな人間の子どもだったのだ。

 

 遠い昔に諦めてしまっていた、……夢を追いかけるという道を思い出させてくれた。真正面から自分のゲームに感動した、と偽りだらけだった自分を本物だと言ってくれた、大切なファンがいてくれるのだと実感した。「ディハウザーさんはもうちょっとわがままを言っていいと思いますよ」と、なんでもないように肩の力を抜かせてくれた。

 

 自分の発言一つ、行動一つが、冥界中に発信される世界で長年生きてきたのだ。愛するゲームで皇帝になったのだから、恥じない振る舞いを、思考を、ゲームを追求していく内に、気づいたらそれが当たり前のことのようになっていた。それが自分を追いつめている原因の一つになっていたというのに、彼に言われるまでずっとそのことに気づかなかったのである。思わず、自分自身に呆れてしまったものだ。

 

 皇帝ベリアルなら、悪魔の駒の真実を冥界へ告げていただろう。どんな形であれ、それを許容することは皇帝として許されることではないからだ。真剣に取り組んでいるプレイヤーたちにも、申し訳が立たない。皇帝として、トップに君臨する者として、責任を果たすべきである。罪は罪として、償うべきだ。それが正しい、と今でも実は思っていたりする。

 

 だが、正しさだけを求めた先に、得られるものは何か。それが本当に自分の望む未来なんだろうか。真実を告げることの大切さはわかる。だが、それによって起こる不幸を考えないなど、ただの正義感を振り回しているだけの子どもではないか。だからこそ、ディハウザー・ベリアルは一人の悪魔として考えた。より幸福な未来を、自分もプレイヤーも、応援してくれたファンの心も守れる未来を。

 

 その答えが、たまたまこれだったのだ。

 

 

「私は、キミたちを今でもライバルだと思っている」

「……嘘」

「自分でも不思議だよ。確かにキミたちが不正をしていたことに、失望はしたさ。だけど、レーティングゲームは力だけでトップに立てるようなゲームじゃない。きっと古き悪魔達の力添えもあっただろうけど、私はそれを今まで見抜けなかった。それは、キミたちが力だけじゃない、優秀なプレイヤーであると認めていたからだと気づいたんだ」

 

 ロイガン・ベルフェゴール。彼女自身の華やかさに誰もが目を奪われ、そして眷属たちとのコンビネーションは圧巻の一言だった。それぞれが自身の役割を全うし、全力でゲームを楽しんでいた。長年トップが変わらない現状が続くと、その目に諦めが浮かぶものだ。しかし、彼女はずっと第二位という地位になりながらも、皇帝への牙を隠そうとはしなかった。勝つために自分の全てをもって、文字通りぶつかってくる相手。それに自分だって、心を躍らせていた。

 

 ビィディゼ・アバドン。彼はとにかく、エンターテイナーとしての華々しい振る舞いが上手かった。ゲームだけでなく、様々な方面にも力を入れ、自身の地位を不動のものへと築きあげたのだ。貴族としての上流階級的な思考が強いため、相容れない部分もあった。しかし、彼の人心掌握の手腕に、皇帝として参考にさせてもらったこともある。そんな彼との試合は、とっさの駆け引きやタイミングが左右された。その一瞬を制することができるかに、神経を注いだほどである。

 

「私はね、強い者と戦いたいんだ。今の貴族の娯楽のために行われる現状が続いてしまえば、せっかくの新しい芽が踏みつぶされてしまう。新しい才能に出会えないかもしれない。それは嫌だから、今のゲームを変えることにした。だけど、今すぐには無理だ。きっと何年と時間をかけないと解決しない問題だろう」

「ディハウザー……」

「もしここで、キミたちの不正を暴けばどうなるか。まず、何よりもファンが悲しむ。信じていたプレイヤーに裏切られるなんて、そんな気持ちを味わわせる必要なんてない。彼らにはこれからも、ゲームを愛してほしいと思っているからね。次にプレイヤーだけど、私は彼らの夢を壊したくない。私たちは、トッププレイヤーとして彼らの指針であり続けた。なら、最後まで貫き通すのが筋だ。そして最後に、……私自身がまだキミたちとゲームで競い合いたい、と思っている」

 

 「それでも、レーティングゲームを楽しむ、一人のファンの思いとしては、……彼らの試合が二度と見れなくなるのは悲しいと思います」と、寂し気に伝えられた少年の本音。確かに自分勝手な思いだろう。不正を行っているとわかっていても、けじめをつけるべきだとわかっていても、それでも彼らの試合に魅了されていたのは事実なのだから。それは、ディハウザーにとっても同じ気持ちであった。

 

 ゲームを改革していくことは、彼の中では決定事項だ。だが、先ほども言ったがすぐには無理だろう。ここで不正組を追い出してしまうと、その間の自身の楽しみもおあずけである。現在のトッププレイヤーのほとんどが、上層部と関わりを持っているのだから。それが一気に抜ければ、ゲームがガタガタになってしまう。だが、それでは困る。強い相手と戦えなくなるではないか。

 

 つまり、彼の心情をまとめてしまうと。

 

 Q:『不正をしたのに、しばらくはゲームに参加しちゃっていいの?』

 

 A:『させてやるから、改革の間はゲームで私を楽しませてくれ。面白いゲームができないなんて、私が耐えられない。でも改革が終わりそうになったら、さっさと引退して席空けろや』

 

 ――と、色々不正を公表しない理由を語っていたが、結局はこれである。ファンやプレイヤーを傷つけたくない、という気持ちももちろん本音であるが。さすがにここまで二人に暴露するつもりはない。そんな本音はちょっと隠しながら、二人に向かって清々しい表情で皇帝は微笑んだ。

 

 

「……もし、私たちが断ったり、裏切ったりしたら?」

「わかっているだろう、公表するさ。キミたちや上層部にとっては急所でも、私が不正を公表しない理由なんて本来ないのだから。尤も、さっき言った懸念事項を最大限配慮しながらだけどね。あぁ、安心するといい。その時は、キミたちのファンも全部私が引き受けてみせるさ。皇帝だからね」

「勝てる訳がないだろう、あの老獪共に…」

「私は勝つよ。だが、キミたちが私側につけばさらに勝率は上がると思ったから、声をかけただけさ」

 

 少なくとも、原作のような突然の冥界全土への暴露なんてしない。アジュカ・ベルゼブブと裏で話し合いながら、確実に一歩一歩追い詰めてみせる。絶対に逃がしはしないし、戦略的撤退以外は逃げもしない。何度でも挑戦して、いずれ喉笛にかみつく気満々だった。

 

 ビィディゼのせめてもの抵抗で告げた裏切りの示唆は、何の感慨も皇帝に与えられなかった。それがわかると、彼は苦々しい表情で、考え込むように自身の腕を指でたたく。ここで断るのは、悪手だろう。ロイガンと二人で共闘しても、すぐに皇帝を沈めることはできない。何より、姿を見せない皇帝の眷属が気がかりだ。彼らが万全の協力体制を敷いているのは、この部屋の結界からもわかる。皇帝に反旗を翻したと判断した瞬間、すぐに眷属が不正のことを冥界に公表する手筈になっていてもおかしくない。

 

 ならば、ここでは頷いておいて、時間を稼ぐという手もあるが、おそらく焼け石に水だろう。皇帝の言う、年末のイベントまで日数が少なすぎる。それまでに、挽回の手札をすぐに用意するのはさすがに厳しすぎた。しかも、失敗すれば文字通り全てを失うのだ。中途半端な覚悟で挑むには、あまりにも博打が大きすぎる。

 

 つまり、今ここで決断しなければならなかった。皇帝の味方になるのか、敵になるのかを明確に。そして、敵対する相手に確実に勝たなければならない。自分が持つ手札を、出し惜しみしている場合ではないのだ。負けたら、全てが終わるのだから。

 

 そこまで考えに至ったビィディゼは、深々と溜息を吐いた。はっきり言って、貴族主義の自分とゲームに垣根はいらない思考の皇帝では、相性がもともと悪いのだ。それで協力体制などできるのだろうか。しかし、古き悪魔たちに背中を預けるなんて、それこそ自滅行為にも等しい選択だ。怖気さえする。それぐらいなら、まだ気に食わない相手と共闘する方が何倍もマシだった。

 

 そんな風に眉根を顰めて試行錯誤している自分を、大変いい笑顔で見てくる皇帝。もはやトラウマができそうであった。

 

 

「……いいさ。乗るよ、ディハウザー。私は、あなたの側につく」

「ロイガンッ!?」

「ビィディゼ、あなたもわかっているでしょう。ディハウザーは、本気よ。このままじゃ、本当に全てを失うわ。古き悪魔たち(あいつら)に従っても、ただの駒でしかない私たちは見捨てられるだけ。何より、……私はまだゲームがしたい。たとえ後数年だけだったとしても、やりたいの。不正だらけの私だけど、それでもレーティングゲームが好きだからさ」

 

 「王」の駒を使ったことを、ロイガンは後悔していなかった。偽りの力だとしても、そのおかげで憧れだった世界に肩を並べることができたから。力がなければ、舞台にすら立てなかったのだから。むしろ、終わりがこんなにも穏やかなら文句がないではないか。いつか気づかれるかもしれない、と震えていた過去の自分。今では随分強かになったが、それでも奥底に不安はずっとあったのだ。

 

 その不安から、ようやく解放される。それに、自分ばかりが追いかけていると思っていた相手からの言葉。不正を行わなければ舞台にすら立てなかった自分を、それでもライバルだと認めてくれたのだ。それだけの思いを、しっかりとゲームで残せたのだとわかった。ならば、もう思い残すことはない。残ったプレイヤーとしての時間を、精一杯楽しもう、と考えを改めることができた。

 

 

「……いいだろう。ここまで来たなら、私も腹を括ろう。どうせ、ゲームを引退した後も恩着せがましく粘着してきただろうことは、わかっていたからな。それを一掃するいい機会ではある」

 

 ビィディゼ・アバドンは、ロイガンのようなプレイヤーとしての思考より、ビジネスとしての思考の方が強かった。冥界でも名門である家に生まれ、金や地位に困ることはなかった幼少期。頭の回転も速く、その才覚を早くから発揮していた。しかし、だからこそ気づいてしまったのだ。自分には、最上級悪魔になる実力だけがないことを。

 

 悔しかった。ふざけるな、とすら思った。力が強いだけの自分の足元にも及ばないだろう者たちに、見下される怒りに。どれだけ口で言い返しても、力でねじ伏せられた思い出したくもない過去。それを変えるきっかけをくれた「王」の駒に、彼は自ら手を伸ばした。力を得た彼は、全てを手に入れられた。同時に自分の限界と才能という怪物を知ることになったが、それでも悪魔として最大の名誉を得ることはできたのだ。今更、地を這うような生き方に戻るなどできるはずがない。

 

「ディハウザー、先ほど言っていた貴公の指示に従う以外は自由にしていいという内容、それに相違はないんだな?」

「もちろんだ。キミたちが今後不正や犯罪に手を染めない限り、干渉する気はない。私の目的は、古き悪魔達が取り仕切るゲームの改革だからね」

「……わかった、私も協力しよう。魔王派に所属している過激派の政治家たちとコンタクトを取り、大王派の政治家たちをある程度なら抑えることができる。ゲームに関しては、貴公の意向に従うよ」

「あなた、魔王派の政治家と繋がっていたなんて、……本当にろくでもない事を考えていなかったでしょうね」

「保険だ、念のためのな」

 

 悪びれた様子のないビィディゼに、呆れたようにロイガンは溜息を吐いた。少なくとも、自分の持つカードを一つ皇帝に差し出したのだから、協力するという言葉に嘘はないのだろう。しかし、皇帝が失脚などして、冥界への発言権がなくなれば、自分にとって有利になりそうな陣営に鞍替えしそうな危険性はある。だが、ゲームの改革以外で、皇帝がビィディゼを動かすことはないだろう。一時的な共犯者としてなら、そこまで警戒する必要はない。

 

 ディハウザー・ベリアルの本当の目的は、従姉妹であるクレーリア・ベリアルの救出だが、それを彼らに伝えるのかは保留にしている。二人に話した通り、現在のゲームを改革することも事実なのだから。まだ決行までに時間がある。今回のイベントでは、わざと引き分けに持ち込むつもりであることは、いずれ伝えておいた方がいいだろう。これから、長い戦いになるのだから。

 

 

「ところで、ディハウザー。気になったんだけど、どうやってその情報を手に入れることができたの? 上層部は、あなたにだけは知られないようにしていたはずだけど」

「あぁ、それは私も気になるな」

 

 協力を示す話が着いたからか、皇帝側の情報の開示を求めてきた。ただ疑問に思ったことを口にしているだけなので、答えてくれればそれでいい、というスタンスなのだろう。ビィディゼも面白そうに、口角をあげている。ディハウザーとしては、二人には表向きの理由を話すつもりでいたので問題ない事だった。

 

「先ほど、資料を見たのならうっすらとは見えているんじゃないか。ちなみに、私の背後には何もないよ。ただ、このような不正に目を瞑る現政府を混乱に貶める材料を渡す代わりに、自分たちの復権に民衆から支持のある私の力を貸せ、ぐらいは言われたけどね」

「……負の遺産共か」

「ちょっと、それ大丈夫なの?」

「さて、少なくとも言質は取られていないよ。資料は受け取ったけどね。向こうはこじつけのように、魔王様たちに罪があるように言っていたけど、どう考えても元凶は運営だろう。古き悪魔達に怒りはあれど、魔王様たちに恨みなんてないさ。最終的には、魔王様へ潔白のために情報はすべて渡すつもりだったから」

 

 にっこりと微笑む皇帝に、二人は心なしか一歩後ずさりたくなった。ちょっとトラウマができているのかもしれない。ビィディゼは今回の元凶が誰かを理解し、皇帝の意趣返しの方法にいい気味だと鼻で嗤った。ロイガンとしては、古き悪魔並みに面倒なものが絡んでいることに、頭が痛い思いである。彼女が一番、これから苦労しそうだ。

 

 ちなみに、今回の件に倉本奏太という少年の存在は、一切公表されることはない。旧魔王派から流れたことになっている情報を使って、全て皇帝ベリアルが立ち回ることになっているからだ。だから、裏で魔王とやりとりをしていることや、魔法使いの協会が絡んでいることは全く表に出ることはない。これから冥界を大騒動に巻き込む諸悪の根源の存在を知るのは、保護者組三名と魔王と皇帝、さらに駒王町組の三名と魔法少女(カタストロフィ)の十名だけなのだ。

 

 そのため当然ながら、この大騒動の思いつきも引き金も、全て皇帝が請け負うことになるのである。

 

「それで、ディハウザー。どうやって、古き悪魔たち(彼ら)からゲームの主導権を奪うつもりなんだ。まさか、真正面から訴えるなんて馬鹿な真似を、考えてはいないだろうね」

「よくわかったな、アバドン殿。正解だ」

「そうだろう、当然考えてなんて…………ハァァァッ!?」

 

 すごいノリツッコミだ。彼には才能があるのかもしれない。皇帝の考えが全く理解できないロイガンは、とりあえず現実逃避的な思考にちょっと流れた。

 

「な、なにを考えている。いくら私たち三人でも、真正面から立ち向かうのは無謀で…」

「最初に言っただろう。せっかくレーティングゲームのトップ3で行うなら、花火のように冥界中へ派手に打ち上げたい、とね」

 

 一切の揺らぎのない皇帝の言葉に、緊張から唾を飲み込むような音が聞こえたような気がした。ディハウザーは、これから自分たちがやるべきことを告げるために、ゆっくりと深呼吸をする。そして、心の準備ができたと同時に、真剣な眼差しで二人を見据えた。

 

 そうして、無自覚な天然が発案したやらかしは、皇帝の言葉として現実へと繋がっていく。

 

 

「やるぞ、ベルフェゴール殿、アバドン殿。ゲームの改善を訴えるプレイヤーの正統なる叫び――ストライキをっ!」

『ストライキッ!?』

 

 こいつ何言ってんの? と二人から遠い目をされたディハウザー・ベリアルは、これを散々受けてきただろう奏太の頑丈なメンタルに心の中で感心する。よくこんな目を向けられて、普通にしていられるものだ。天然は混沌にて最強なのだろう。どちらかといえばまだ常識的な皇帝は、二人からの呆れた目にちょっと挫けそうである。頑張るけど。

 

 こうして、今後の世界にて、スーパー皇帝タイムを支えることになる皇帝の双璧(ツッコミ)が、無事に誕生することになったのであった。

 

 


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