えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第五十六話 誓い

 

 

 

「それじゃあ、お兄様の交渉は無事に成功したのね!」

「はい、昨日の夜ディハウザーさんに連絡を取ってみたら、無事に協力者として二人を引き込むことができたみたいです」

「さすがは、お義兄さんだな…。あとは、ストライキの決行がいつになるかってところか」

 

 日数的にはそんなに経っていないはずなのに、随分と長いことクレーリアさんたちに会っていなかったように感じる。確か、最後に駒王町へ訪れたのは、皇帝にクレーリアさんのことを話に行く前だったからな。濃密な経験をすると、数日前のことが懐かしく感じてくる心境だろう。通信で声は聞けても、実際に会ってみると違うものだ。

 

 眷属のみんなは、ルシャナさんと一緒に駒王町のお仕事の引き継ぎ作業を隠れて行っているらしい。おそらく今回の件が上手くいっても、バアル家の土地である駒王町の管理を、このままクレーリアさんが引き継ぐことは難しいだろう。そのため、次にここの管理を任されるであろう後輩のために、資料を作っているのだそうだ。

 

 駒王町内はクレーリアさんたちがまとめているとはいえ、教会や古き悪魔達も様子を伺っている。少しずつ作業をして、気づかれないように神経を使っていると教えてもらった。今までお世話になったお得意様への配慮もしなくちゃいけない。悪魔稼業も大変だなぁ、としみじみした。

 

 さて、今日わざわざ駒王町に足を向けたのは、クレーリアさんたちの様子を直で見に来たかったのと、八重垣さんに頼まれていたクレーリアさんへのクリスマスプレゼントを届けに来たのである。現在の八重垣さんはホームとなっている教会に戻れない身のため、クレーリアさんの家に泊めさせてもらうか、ホテルを転々とする毎日だ。ベリアル家にプレゼントを贈るわけにもいかず、俺が直接八重垣さんに届けるしかなかったのである。

 

 先ほど二人っきりになった隙にペンダントを渡しておいたが、思ったよりも報酬をもらってしまってビックリした。さすがにこんなに受け取れないと拒否したが、「僕からの気持ちだから、せめてそれぐらいは受け取ってくれ」と向こうから頼まれてしまった。俺が自分から二人の問題に関わると決めたんだから、そんなに気にしなくていいのにな…。

 

「ストライキは、おそらくクリスマスのあたりになるそうですよ。アジュカ様が大王様との会合の日程を調整しているみたいですし、それに合わせる様にメフィスト様やディハウザーさん、タンニーンさんも準備しているようですから」

「……今更だけど。冷静に考えてみると、僕たちの問題に本来ならありえない方々を巻き込んでしまっているよね。そのレーティングゲームのトップ3も合わせたら、魔王級の悪魔が六人も関わっていることに……」

 

 なんだか目が虚ろになっている八重垣さん。そりゃあ、自分たちの恋愛事で、ここまで冥界が大混乱することになるとは思ってもいなかっただろう。ついでに、実は陰でアザゼル先生もスタンバイしています、って言ったら驚きに彼の魂が抜けてしまうかもしれない。今更だけど、本当にドリームチーム並みにすごいメンツである。

 

 ディハウザーさんから、トップ3での会話の内容をちょっと教えてもらったけど、「さすが皇帝様!」としか言えなかった。あれだ、有名な「さす皇」である。というか、本気でディハウザーさんはっちゃけ過ぎじゃないか? 原作での暗い運命をたどった彼を知っている手前、ノリノリで古き悪魔たちへの報復を笑顔で考えている彼とは、とても結びつかないのだ。まぁ、ディハウザーさんが楽しんでいるのなら、それでいいんだけどさぁ……。

 

 不正組の二人も、たぶん原作よりは良い方向に向かったんじゃないのかな? 俺の知っている原作二十巻までには、彼らのことは情報としてでしか載っていなかったから、詳しいことはわからないけど。それでも、「王」の駒を冥界中にいきなり暴露されて、不正が明るみに出てしまった原作よりはきっとマシだろう。不正をしていたとはいえ、彼らは今まで積み重ねてきたものの全てを一気に失ったのだ。それを認められず、もしかしたら暴動だって起きていたかもしれないのだから。

 

 

「そんなヒトたちを結び付けたショウくんって、実はすごい子……?」

「いや、俺はどこにでもいる普通の子どもですから。マジで保護者がすごいだけです」

「もはや、何から驚けばいいのかわからない状態だよね…」

 

 今回の騒動の中心でありながら、異種族同士の恋愛をした以外は、たぶん一番平凡な思考を持っているのが、駒王町組の面々だろう。ストライキをすることを伝えたあたりから、クレーリアさんたちの目が遠くなることが増えた気がする。もうどこに頭を下げたらいいか、わからない状態らしい。そうだよね、俺もそんな感じ。共感できる相手がいると、非常に安心します。

 

 そういえば、俺って未だにクレーリアさんたちに本名を伝えていないんだよな。アジュカ様やディハウザーさんに偽名を伝えるのは、誠意をもってお願いする側としてまずいかな、と思って言っちゃっていたけど。ぶっちゃけ、もう伝えてもいい気がする。ただ不思議とタイミングがなかったというか…。うん、今言っちゃおう。またタイミングがなくなっちゃいそうだし。

 

「突然ですが二人共、実はショウって名前は仕事の時に使う偽名だったりするんですよ」

「ほ、本当に突然ね…」

「えーと、そうだったんだ」

「はい、なんかタイミングがなかったので。なんかすごーく微妙なタイミングですが、今言っちゃってもいいですか?」

「……いいんだけど、ショウくんってやっぱりマイペースだよね」

 

 いやいや。俺レベルがマイペースだと、俺の知り合いたちがすごいことになっちゃうから。個性が全員尖がっているからね。むしろこれぐらい自分を出していかないと、あのカオスワールドの中でやっていけないんですってば。

 

「……はっ、待って正臣! 今までの怒涛のビッグネームラッシュの流れから考えると、実はショウくんもビッグネームの仲間だったんじゃッ!?」

「ッ……! そんな、僕らと同じノーマル組だと信じていたのに。まさか、百鬼(なきり)とか、真羅(しんら)とか、姫島(ひめじま)とか、櫛橋(くしはし)とか、童門(どうもん)みたいな、五大宗家クラスのお坊ちゃん説がっ!」

「ないでーす。倉本奏太でーす。特別な血筋なんてないので、二人共、現実に戻ってきてくださーい」

 

 クレーリアさんたち、実はビッグネームの嵐で脳内の許容量がちょっとオーバーしていたのかな…。もうビッグネームに神経が、過敏に反応しちゃっているよ。俺が「仲間が増えたよ!」って言うと、その度に「うわぁー」って頭を抱えていたからなぁ。こっちはこっちで大変みたいです。

 

「ごめんごめん、なんかここまで大事になっちゃうだなんて思っていなかったからね…。えーと、それじゃあカナくん、って呼んだら大丈夫かな?」

「はい、それで。外ではいつも通り、ショウでお願いします」

「それもそうだね。……早く奏太くんのことを、普通に外で呼べるようになりたいよ」

「そうだよね。でも、そのためにみんなが頑張ってくれている。だから、私たちも気合いを入れないとね」

 

 そう言って、力を籠める様に笑顔で拳を握りしめるクレーリアさん。それに、俺と八重垣さんは顔を見合わせて笑ってしまった。駒王町組の明るい前向きさには、正直救われている。本当に、強いヒトたちだと思う。みんなが動いてくれているとはいえ、粛清されようとしている二人が一番不安に思っていて当然だろう。恐怖に泣き叫んでも、パニックを起こしても仕方がなかった。これからの二人の未来だって、未だに見えていない状態なんだから。

 

 そんな不安を一切表に出さないで、自分たちにできることを一歩ずつやろうと、みんなが力を合わせて頑張っている。ただの人間の子どもの願いを、真剣に考えてくれるヒトたちだっていてくれるのだ。俺は本当にみんなと出会えて、友だちになれてよかったと思うや。

 

「そうだ、奏太くん。こっちもタイミングがなくて言えなかったんだけど、僕のことも名前で呼んでくれていいからね」

「あぁー、そういえばそうでしたね。じゃあ、これからは正臣さんで」

「ははっ、うん。なんだか改めて名前を言い合うって、ちょっと気恥ずかしいね」

 

 八重垣さん、――正臣さんは、頬を少し赤らめながら、恥ずかしそうに微笑みを浮かべる。それが少しおかしくて、思わず吹き出してしまったクレーリアさんと一緒に、俺たちは楽しい時間を過ごした。みんな、きっと心から笑うことができるようになってきたと思う。恐怖を押し隠すためじゃなくて、自然と綻ぶような笑顔がよく見られるようになったと感じた。

 

 そういえば、もうクレーリアさんたちと出会って三ヶ月以上は経つんだよな。俺は彼女たちと出会ってから、ずっと原作という陰に怯え続ける気持ちを持っていたと思う。それなのに、今はこんなにも穏やかな気持ちでいられるのだ。もしかしたら、初めてじゃないだろうか。

 

 まぁ、きっと。それだけ、気持ち的に余裕がなかったってことだろうけど。ずっと心の中では、粛清の事実に追い詰められていたからなぁ…。ディハウザーさんに俺の思いを託せたことが、俺の中に余裕を作ってくれたんだと改めて実感した。

 

 

「なんだか、こんなに平和でいいのかと思っちゃうほど、ほのぼのしていますよね。まだまだ、安心はできないですけど」

「お兄様も含め、冥界はすごく慌ただしそうだものね…」

「あっちの方は、何百年以上も続いたゲームの改革も含んでいる。大事になって当然だよ」

 

 最初の頃は、こんな大騒動になるとは思っていなかったですからねぇー。

 

「はぁー。今回の件が無事に終わったら、みんなにお礼へ行かないとなぁ」

「そうだよね。……フェレス会長様やタンニーン様にベルゼブブ様、そんなすごい方々にいったいどんなお礼を渡せばいいんだろう」

「そもそも、今回の件に釣り合うお礼なんて、僕たちに渡せるんだろうか?」

 

 正臣さん、それを言ったら駄目だよ。どうしようもないレベルすぎて、クレーリアさんが遠い目になっちゃっているから。とにかく俺たちにできることは、感謝の気持ちを大切にして精一杯に伝えることだよ! ミルたんだって、今日教会へ行って紫藤さんに気持ちを伝えているはずだからな。

 

 

 

「あっ、そうだ。教会で思い出した。えっと、正臣さん。教会とはどう話をつけるつもりなのか、ずっと気になっていたんですけど…。いつ、紫藤さんのところへ?」

「あぁ、そうだったね。……冥界で起こる騒動が落ち着いてから、教会へ一人で向かおうって考えているよ」

「えっ、一人でですか!?」

「悪魔側は、僕たちの粛清を推し進めようとしていた。それがなくなるだけでも、紫藤さんと落ち着いて話ができると思うからね。これは、僕自身がけじめをつけに行くべきことだから」

「……その、大丈夫なんですか?」

 

 以前、駒王町の歩道橋の上で話し合っていた二人の様子が、俺の頭の中に思い浮かぶ。お互いの主張が交わることはなく、一方通行で終わってしまった邂逅。紫藤さんと八重垣さんは、正直器用に立ち回るのが苦手な、直情型な人たちだろう。思い込んだら抱え込んでしまう部分も、ちょっと似ていると思う。一途、と言い換えてもいいかもしれない。だからこそ、お互いに譲れないものができてしまった時、真正面から思いをぶつけるしかできなかった。

 

 そんな俺からの心配の言葉に、彼は柔らかく微笑み返した。それに目を見開く俺の頭を、正臣さんは安心させるようにクシャクシャと撫でてくれた。

 

「大丈夫だよ。僕がやるべきことに、ちゃんと気づくことができたから。……奏太くん、僕はね。紫藤さんの部下になって、たくさんのことを教えてもらった。本当に、たくさんのことを教えてもらったんだ。生き方も、剣も、心も。僕にとって紫藤さんたちは、仲間であり、師であり、家族のように大切な人だ。それは僕の中で、今でも変わりなくある、正直な気持ちだって気づいたんだ」

「正臣さん」

「……今の僕があるのは、紫藤さんたちのおかげだ。だからこそ、……まずはお礼を言いに行きたいと思う。未熟だった僕を、ここまで導いてくれたことを、見守っていてくれたことを…。そして、どんな理由があったのだとしても、教会の信徒としての教えを破ってしまったことを謝りたい。自分の思いだけを優先して、紫藤さんの信頼を裏切ってしまったことを、傷つけて……苦しめてしまったことを、ちゃんと謝りたいんだ」

「……うん」

 

 ぽつぽつと自分の心情を語る正臣さんの言葉に、クレーリアさんは何度も頷いて聞いていた。俺も目を逸らさずに、彼の独白に静かに頷き返す。正臣さんは自分の思いを一つずつ言葉にしていくことで、漠然としていた自分の思いに決着をつけようとしていた。

 

 俺がみんなに教会と悪魔が手を組んだことを伝えた日から、正臣さんは教会のみんなのことをずっと考えてきたんだと思う。三ヶ月前に初めて出会った時は、自分たちのことで頭がいっぱいな様子だった。自分たちのこれからが見えない不安が、否定され続ける悲しさが、彼の視野を狭くしていたのだろう。原作ではその思いを利用され、復讐へと駆り立てさせられていたのだから。

 

 だけど、今の彼にはその焦燥がない。それはきっと、自分の気持ちを何度も振り返り、紫藤さんたちへの気持ちを整理して、そして自分のこれから歩く道を定めることができたからだろう。それだけの力強い決意が、正臣さんの言葉には宿っていた。

 

「それから、……僕は神を信じる道ではなく、自分の信じる道を進むことを伝えるよ。誰に罵られても、許されなくても、否定されてもいい。僕は紫藤さんから教わったこの剣を、僕が守りたい大切なヒトのために振るう。どんな障害があっても、周りから認められなくても、無様だと笑われても、この命が燃え尽きるその瞬間まで足掻き続ける。……愛するヒトを守り続けてみせると、僕は誓うと決めたんだ」

 

 己の刀を握りしめながら、迷いのない瞳で、震えのない声で、八重垣正臣という一人の男は宣言していく。彼の言葉に、「できるわけがない」と笑う者もいるだろう。「無茶だ」と諌める者もいるだろう。だけど、そんなことは関係ない。意味だってないし、止めることもできない。これは、正臣さんが自分自身に向けて決めた誓いなのだから。

 

 今までの正臣さんは、周りへの理解を求めていた。自分の思いが世界から認められない、間違っているのだと否定され続ける今に苦しんでいた。だけど、そんなの人間なら当たり前だ。自分の考えを理解してほしいと思うし、受け止めてほしいと願ってしまう。それが家族のように思っていた人なら、目標としてずっと後ろを追いかけてきた人なら、なおさら認めてほしいって強く願ってしまうものだろう。人は、……弱いのだから。

 

 だけど、そんな願い(弱さ)を、彼は自ら断ち切った。

 

 

「……それでも、紫藤さんが立ちふさがろうとしたら?」

「証明してみせるさ。紫藤さんから教えてもらった、この剣で」

「戦わないと、駄目なんですか?」

「うん、心配させてごめんね。僕も話し合いで終わるのが、きっと一番だと思う。だけど、それ以外だと僕はこの方法しか知らないからさ」

 

 ほら、僕は剣しか取り柄がないからね、と困ったように笑う正臣さんに、俺も困ったような笑みが浮かんだと思う。むしろ、呆れが含んでいたかもしれない。本当に、不器用な人だと思う。だけど、同時に彼らしいとも感じてしまった。

 

 正臣さんが紫藤さんと戦って勝てるのか。正臣さんは以前、紫藤さんに勝つのは厳しいって言っていた。そんな根本的な問題もあるけど、不思議と彼が負ける姿を、俺は想像できなかった。それは、正臣さんに迷いが見えなかったからだと思う。だけど紫藤さんは、おそらく迷いを持っていると思うのだ。その差が、二人の溝を埋めてくれるかもしれない。

 

 信じるしかないのだ、正臣さんの思いの強さを。それが、きっと俺にできることなんだろう。

 

 

「けどその前に、……クレーリア。キミに聞いてほしいことがあるんだ」

「……何、正臣?」

 

 正臣さんは俺へ向けていた視線をクレーリアさんに向け、姿勢を正して呼吸をゆっくりと整えた。その様子から、クレーリアさんも真剣な表情となり、真っ直ぐに彼と目を合わせる。正臣さんは何度か深呼吸をし、口を開こうとしては緊張で唾を呑み込んでいる。そして、意を決して彼は言葉を紡いだ。

 

「僕は、……弱い。紫藤さんやキミのお義兄さん、この世界に住む多くの異形や特別な人たちよりもずっと…。世間だってあまり知らないし、気の利くようなことも言えないし、経済力や甲斐性だって正直自信がない始末だ。これまでずっと剣ばかり振ってきた、自分でもつまらない男だと思っている」

 

 自虐を含んだ言い様に、クレーリアさんは慌てて否定を返そうとして、無言で首を横に振る正臣さんを見て、黙って口を閉じる。正臣さんが、一番自分の現状を理解しているのだろう。今回の事件を解決できる道を見つけられたのは、クレーリアさんがディハウザーさんの従姉妹だったからだ。ベリアル家の擁護がなければ、どうすることもできなかったことだろうから。

 

 そして、悪魔である彼女と生きるということは、教会にいることは今後できなくなる。追放――ぶっちゃけ言ってしまえば、正臣さんは無職になってしまうということだ。しかも、彼には剣しか取り柄がないと言う。すぐに職に就くのは難しいだろうし、危険な仕事しかないかもしれない。となれば、場合によってはベリアル家の保護を受けなければならないかもしれないのだ。

 

 ……つまり、ヒモか。うん、それはキツイ。年上の男として、もうすぐ卒業するとはいえ現役女子高生のヒモになるのは精神的に辛すぎる。クレーリアさんも駒王町の管理は難しくなるだろうが、それでも彼女は貴族のお嬢様だ。皇帝の後ろ盾だってある。正臣さんもスキルアップを目指すだろうけど、……それまでは居た堪れないだろう。どうしよう、ちょっと正臣さんの今後に涙が目に浮かんできたんだけど…。

 

 そんな勝手に正臣さんのアレコレを心配する俺を他所に、あちらは二人だけの世界を作っていた。

 

 

「そんな、そんな僕だけど、……それでも、キミとこれからを生きていきたい。キミのこれからを、僕はもらいたい」

「あっ…」

「キミを、クレーリア・ベリアルを愛するこの気持ちだけは、誰にも負けない。クレーリアの隣に立てる男になれる様に、僕は必ず強くなってみせるっ!」

 

 正臣さんは刀を脇に置き、クレーリアさんの両手を優しく掴み取る。お互いに逸らすことなく一直線に目を合わせ、二人の繋がった手は決して離さないと訴える様に、少しずつ力が籠っていく。

 

「種族の違いに批判を受けると思う。たくさんの障害が待ち受けていると思う。辛い事や悲しい事も、いっぱいあると思う。僕と一緒にいて、キミが本当に幸せになれるかもわからない。だけど、それでもッ……! 僕はそれら全てから、キミを守ると、幸せにしてみせると誓う。誓ってみせるっ! それを、……許してくれますか?」

 

 一言一言に思いを乗せ、感情が溢れそうになるところを必死に抑えながら、教会の戦士は首を垂れる様に、彼女へ向けて誓いを立てる。その姿はまるで、姫に寄り添う騎士のようで。彼女のためだけの騎士として、共に生きていきたいのだと告げていた。

 

 沈黙が一瞬だけ流れる。それから、その誓いを聞いたクレーリアさんは、その感情(答え)を表すかのように目尻から大粒の涙を溢れさせていた。

 

「……ばか。許すも何も、私は正臣と離れたくなんてないよ。誰に何を言われたって、どんな困難があったって、あなたと離れたくない。ずっと一緒にいたいよ。正臣が弱いのなら、私も一緒に強くなるから。正臣との今を、これからを、私も守っていくから」

「クレーリア」

「だから、……誓い合おう? 私たちのこれからを、二人が信じる道を、一緒に守っていこうよ。……絶対に幸せになってみせるんだって」

「……あぁ、もちろんだ」

 

 お互いの誓いを確認し合うと、どちらともなく身体を引き寄せ合う。クレーリアさんの目尻から流れ続ける涙を、正臣さんは丁寧に掬い取っていく。相手を愛しいと感じる気持ちを表すかのように、朱が二人の頬を染めあげた。

 

「……、クレーリア」

「正臣…」

 

 そして、――――。

 

 

「……なぁ、相棒。俺、もう帰っていいかな? 勝手に帰っても怒られないよね。さすがにこれは許されるよね? 明らかに二人共、俺がいることを忘れて、自分たちの世界に入っちゃっているし。真面目な話をしていたら、いきなり空気がピンクっぽい感じに変わって、もう本気で俺が居た堪れないんだけど……。俺、今ほど神器に消滅の能力があってよかった、と思ったことないよ。気配消せるしね、ははははっ……。お願いします、誰か俺を助けてください…」

 

 部屋の隅っこで、居た堪れなさに半べそをかいていた俺に、さすがに世界も哀れに思ったのか、眷属を引き連れたルシャナさんが帰ってきてくれた。あなたが神か。

 

 そして、扉を開けた先に見えたバカップルと、半泣きの俺を見て固まった次の瞬間。二人がやらかす前に、「全年齢対象ォォォッーー!!」と神速のチョップで固有結界(桃色空気)をぶち壊してくれました。「ありがたやー」と、思わず拝んでしまった俺は間違っていないと思う。後光が射していた、悪魔なのに。

 

 とりあえず、この様子なら正臣さんは大丈夫そうだな。色々心配なところがあることには変わりないが、今度は俺が信じて待つ番なんだから。手伝えることがあったら、随時協力していけばいいだろう。

 

 

 さてと、次に動くのはストライキ後かぁ…。ディハウザーさんたちの行動を待って、ストライキを成功させたら、紫藤さんと話をしに教会へ正臣さんが行く。そこで、ベリアル家からの取引の内容も話せるだろう。大まかな流れは、たぶんこんな感じかな。細かいところは、俺にはよくわからないしね。俺は女王様のチョップで涙目になった二人に吹き出しながら、なんとかなるだろうと笑い飛ばした。

 

 

 しかし、毎度のことながら俺は忘れていた。俺の予定が、予定通りに進んだことが今までなかったことを。数日後、冥界の大型台風の影響は、この駒王町にも容赦なく降り注ぐことを身をもって、俺は思い知ることになったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「神よ…、これは試練なのでしょうか……。あなたへの献身を示し続けることが、本当に救いになるのでしょうか…」

 

 駒王町の教会に飾られている、十字架の像に頭を垂れる一人の聖職者が苦悶の表情で祈りを捧げていた。もう何度祈ったかわからないだろう。それでも、彼に縋れるものは自身が仕える神の存在しかなかった。

 

 この駒王町の教会の現トップは、紫藤トウジその人だ。他の部下も不安に顔が暗い中、上である自分が堂々としていなければ示しがつかない。彼らに縋ることも、弱音を吐くことも、真面目な信徒であった紫藤トウジにはできなかったのだ。

 

 時折、自分の気持ちがわからなくなってくる。ここまで迷い、決断できなかったことが今までにあっただろうか。自分の中でこれが正しい道だと頭ではわかっているのに、己の心が、思いが、それを否定してくる。教会の上からは、とっくに指示が出ているというのに、それを理由に正当化することもできない。

 

 消化しきれないまま、納得しきれないまま、時間だけが過ぎていく。深い海の中に沈み込んでいくように、苦しさだけが増していく。……決断の時が、刻一刻と迫ってきていた。

 

「……八重垣くん」

 

 どうして、キミは――。そこまで考えて、静かに頭を振る。心の中で彼に恨み言を言ってしまいそうになった自分を、必死に押しとどめた。どうしてわかってくれないのか、と怒りを持つ心もあったが、同時に理解できる気持ちもあったからだ。愛するヒトと結ばれたい。愛する妻や娘を持つ彼は、正臣がただそれだけの気持ちだとわかっていた。

 

 八重垣正臣は、紫藤トウジにとって優秀な部下だった。孤児であった彼は、教会からの教えを真っ直ぐに受け、教会の戦士として名をあげていた。そこに聖剣使いである自分へ、その技術をさらに昇華させるようにと上から言われて出会ったのが、彼だったのだ。

 

 性根が真っ直ぐで、教会のために剣に生きる少年。剣を振ることばかりしていた少年に、もっと外に目を向けなさい、と言ったのは自分だった。それにきょとんとする彼を外へ連れ出し、世界を仲間と共に歩き、夢を語り合った。彼が成長して、初めてお酒を飲み合えるようになれた時は、心から喜ぶことができた。

 

 自分の教えで剣の腕もさらに磨かれていき、どんどん強くなっていく彼は、気づけば自分に次ぐ実力者へと変わっていった。それが誇らしくもあり、何よりの自慢だった。紫藤トウジは、息子ができたらこんな感じだろうか、と思いながら、正臣の成長を見守り続けてきたのだ。

 

 だから、ずっと剣ばかり振っていた彼を心配していた。仲間のみんなにも、教会の戦士としての生き方しかわからない正臣について話したことだってある。神の信徒として、その身を捧げることは立派なことだ。だが、できれば人並みの幸せだって知ってほしい。自分のような温かい家庭を持てるようになってほしい。そう、願っていた。

 

 そんな彼が恋人を連れてきたら、精一杯祝福しようとみんなで話し合ったこともある。彼が結婚式を挙げる時は、教会の牧師として自分が祝辞を上げるのだと、みんなで笑い合った。スミスや轟なんて、困った顔の正臣に女の良さを語りまくり、それを見たシスターに沈められることもあっただろう。

 

 それほどまでに、自分にとって八重垣正臣という男は、――自分の背中を預けられる部下で、信頼できる家族で、自慢の息子だったのだ。

 

 

「……そうだ、あの子の性根は何も変わっていない。一途で、真っ直ぐで、優しい子で…。ただ……」

 

 ただ、悪魔の女性に恋をしてしまっただけのこと。しかしそれが、今までの全てを壊してしまった。後悔した数なんて、数えきれない。何故駒王町に来てしまったのだと、どうして恋が芽生える前に気づくことができなかったのかと、何度も何度も頭の中を回り続ける。

 

 クレーリア・ベリアルは、まだ学生という身でありながら、立派な悪魔の管理者として勤めていた。彼女自身と話したことだってあり、話の分かる女性であったことも知っている。自分が教会の戦士であったため緊張はしていたが、人間に対して好意的な様子だったのもわかっていた。だから、正臣が彼女と会うことをそこまで危惧していなかった。正臣も、ベリアル家の子女も、お互いの立場をちゃんと理解しているだろう、と思ってしまっていた。

 

 紫藤トウジには、それを止めるチャンスがいくらでもあった。しかし、正臣も自分と同じように考えてくれているだろう、と思い込み、何も手を打たなかった。そして気づいた時には、もう後戻りもできない現状が出来上がってしまっていた。

 

「悪魔と情を持つことは、教会の信徒として許されることじゃない。だけど、八重垣くんは教会を裏切ろうと思っていた訳じゃなかった。……ただ、好きな人といたいだけで」

 

 以前、偶然アクセサリー店で彼を見つけた時のことを思い出す。指輪やネックレスを見る彼に驚き、それを送るのだろう彼女のことを思っていたのか、本当に柔らかい笑顔を浮かべていた。あんな表情を作ることができるのは、きっと彼女だけなんだろう。

 

 紫藤トウジも、正臣の思いを理解しているのだ。幸せそうな彼を、眩しく感じたのだから。それでも、今まで捧げてきた信徒としての教えがそれを邪魔する。神を、仲間を、教会を、信徒たちを、人を守るために、自分たちは存在している。多くの犠牲を出す戦争を起こさないために、小さな犠牲を今まで捧げてきたのだから。

 

 だから、今回も今までと同じように平和への礎にするべきなのだ。八重垣正臣の命をもって。

 

 

 

「牧師さん…」

「……っ、ミルたんさん?」

 

 気づけば、辺りが少し暗くなっていた。随分長い事祈っていたのだろう。そのことを、ふと耳に入った自分を呼ぶ野太い声に気づく。色々な意味で衝撃的で、進撃的で、ぶっちゃけトラウマができてしまっている紫藤トウジは、もうなんか存在感だけでミルたんだとわかってしまった。

 

 慌てて振り向くと、窓から差し込む光が逆光になり、相手の姿はよく見えない。ある意味助かった。彼の刺激を通り越して、もはやアルマゲドンする存在感をいきなり直視したら、今のメンタルの自分では太刀打ちできない。以前食べた、謎の生物のことも思い出してしまう。

 

 ようやく意識をしたら、語尾がつかなくなって思わず妻に泣きついてしまったが、不可抗力だろう。ちなみに、それをたまたま見てしまった娘は、「パパったら、だいたん!」と空気を読んで、そっとお外に行く大変良い子である。情操教育は、ある意味でちゃんと育てられていた。

 

「牧師さん、苦しいのかにょ?」

「あっ、いえ…。大丈夫ですよ」

「でも、牧師さんの顔、すごく辛そうだにょ」

「……っ」

 

 それは、先ほどまで祈っていたことが、尾を引いているのだろう。あと、たぶんトラウマによる胃痛。

 

「ミルたんは、牧師さんにいつも悩みを聞いてもらっているにょ。助けてもらっているにょ。だから、牧師さんの辛い事、ミルたんも一緒に考えたいんだにょ」

 

 それは、純粋な思いで告げられたミルたんの心からの言葉。彼と出会ってそれなりに経ち、ミルたんの思いに虚言が一切ない事はわかっていた。真っ直ぐなまでに、紫藤トウジを思っている。心配しているのだとわかった。

 

「……もし、ミルたんさんには大切なものがあって、それを守りたくても、それが世界から否定されるようなことだったらどうしますか?」

「それは、すごく大切なものなのかにょ?」

「えぇ…、自分にとっては」

 

 だからだろうか。普段なら笑顔で隠すことができた本音が、うっかり零れてしまったのは。あまりに抽象的で、漠然とした問い。問われたミルたんも、すぐには口を開かず、じっと逡巡するように立ち尽くす。その沈黙に、紫藤トウジも無言で待った。

 

 それから少し経った後、ミルたんは迷いのない気持ちを口にした。

 

「ミルたんなら、大切なものを守ることを選ぶにょ」

「っ……、しかし!」

「大変だと思うにょ。牧師さんの言う、『世界』がどれだけ否定してくるのかもわからないにょ。だけど、守りたい思いが本物なら、戦わなきゃダメにょ。諦めたら、何も変わらないんだにょ。否定する世界すら愛する心を持って、自分から踏み出す勇気を掲げ、希望を胸に困難に立ち向かってこそ、立派な魔法少女になれるのだにょっ!」

「……ん、えっ? あの、ミルたんさん。いつ魔法少女の話に?」

「最初からにょ」

「えっ、はい。すみません」

 

 あまりに真剣なハスキーボイスだったので、思わず謝ってしまった。

 

「ただ……、ミルたんから牧師さんに言えることは、それが大切なものなら最後まで諦めないでほしいにょ。ミルたんはどれだけ無理だと言われても、夢を叶えるために諦めないにょ。どうすればいいのかわからないのなら、どんな小さなことでも一歩ずつ何かをやっていくんだにょ」

「……どんな小さなことでも、ですか」

「そうだにょ。もし一人じゃ駄目なら、みんなで頑張るにょ。牧師さんが困っているのなら、ミルたんもお手伝いするにょ!」

 

 嬉しそうに話すミルたんの声を聴きながら、紫藤トウジは俯いて床に視線を落とした。はっきり言って、嚙み合った会話ではなかっただろう。当然だ、あんな漠然とした質問では、論点だってズレて当たり前なのだ。諦めたくないと思っても、そう思う時間すら、すでになくなってしまっているのだから。

 

 しかし、何かが揺れた。どんな小さなことでも、何かをする。果たして自分は、八重垣正臣を救うために、本当にできることを全てやったのだろうか。そんな湧きあがった思考に慌てて頭を振り、ちらついた足掻きを霧散させる。そんな小さな希望に縋ることを、恐れてしまったからだ。それでも、彼の中に波紋のように静かに広がっていった。

 

 

 そんな時、ふと気づくと、人影が自分の傍まで来ていることに気づく。気配は前方にしかないことから、おそらくミルたんが傍に寄って来たのだろう。先ほどまでは逆光で姿は見えていなかったが、さすがにこの距離では誤魔化すのは難しい。

 

 しかし、ミルたんと出会ってから、もうしばらくは経っている。耐性だって、ある程度ならついてきているのだ。いやな慣れである。だが少なくとも、先ほどまでの会話で時間を稼いだおかげか、だいぶ心も落ち着いてきた。今ならいつも通り、笑顔で話をすることもできるだろう。

 

「すみません、ミルたんさん。少し疲れていたようで、変な質問をしてしまったみたいですね。先ほどのことは気にしないでください。さぁ、ところで今日はどうされ――」

 

 ゆっくり顔を上げ、ミルたんへと向き合った紫藤トウジの言葉は、そこで止まった。

 

「そうだったにょ。実は牧師さんの体調がよくなってほしいと思って、今日のミルたんはその思いを形にしてきたんだにょ。牧師さんに教えてもらったとおり、見た目に力を入れてみたんだにょ。これで牧師さんの身体も心も癒してみせるにょ!」

「――――――」

 

 分厚い胸板を膨らまし、そのあり得ない筋肉を包み込む純白の衣装が悲鳴を上げる。ミルたんの興奮状態に合わせて、筋肉が震え、勢いよく盛りあがった。それによって、またギチギチと鳴り出す衣服に、紫藤トウジは声を失った。

 

 そこにいたのは、ナース服の巨漢。きわどい衣服が、ミルたんの着用によって、さらなるきわどさを演出している。というより、もう色々な意味でアウトだった。ゴスロリ衣装もインパクトはでかかったが、あまり目にする機会はない衣装でもあったため、こういうものだと無理やり納得することはできていた。

 

 しかし、現れたのは哀れなナース服。純白の天使と名高い、清楚で男の憧れを詰め込んだロマンが、悲鳴を上げて紫藤トウジの目の前に襲い掛かる。最近入院することが多くなった紫藤トウジにとって、夢と希望が詰まったナース服の女性を見て、心が癒されていた日々を塗りつぶすような衝撃。

 

 

「…………」

「牧師さん?」

「――ゲルゲル」

「ぼ、牧師さぁぁぁあああぁぁんっ!!」

 

 そうして、紫藤トウジの脳がナース服のデストロイヤーにキャパシティを一気に占領されたことにより、そのまま彼は崩れ落ちた。所謂、気絶である。あと、おそらく胃にまた穴が空いた。ミルたんは紫藤トウジを大急ぎで抱きかかえ、教会の中心で(あい)を叫んだあと、病院へと全速力で駆けていったのであった。

 

 ちなみにその日から、駒王町の怪談話に『幾十もの戦地を渡り歩いたナース巨神兵』の噂が流れ始め、紫藤トウジはナース服を見るたびに焼き付いた記憶を思い出すようになったらしい。

 

 


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