えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第五十八話 四大魔王

 

 

 

「あっ、アジュカちゃーん! もう、遅いから心配しちゃったよ☆」

「心配って、ちゃんと定刻通りに来ているだろう」

「ダメダメっ、今日はバアルのお爺ちゃまとの大切なお話合いだよ☆ 時間も心も余裕を持ってこなくちゃいけないぞ! ってことだよ」

「……俺としては、キミは余裕を持ち過ぎだと思うよ。その服装は、見ているこっちが寒く感じてくる」

「えっ。でも、可愛いでしょ? 今日はせっかくなので、気合いを入れてサンタクロースバージョンで決めてきちゃいました☆」

 

 黒髪をツインテールにし、赤を基調に緑のリボンなどで彩られた薄い布地の衣装が、彼女の動きに合わせてひらりと揺れる。さらに、きらめくステッキを手に持ち、小さなサンタ帽子がちょこんと頭の上にのっていた。普段の魔法少女らしい可愛らしさに、少しのエロさを混ぜ合わせた少女と女性の中間のような感じの衣装であった。

 

 彼女の言う通り、気合いを入れたと言うだけあって、かなり似合っているといえる。しかし、冥界は人間界ほどではないが、季節ごとに温度の違いはちゃんとある。悪魔の魔力でカバーできるとはいえ、さすがに冬の季節の中で眺めるには、色々な意味で見ているこっちが寒く感じてきた。本人は全く気にしていないのだろうが。

 

「僕としては、アジュカのへそ出しファッションも似たようなものだと思うけど…」

「ファルビウム、俺のは魔王としての正装だ。セラフォルーと一緒にするな」

「あっ、私も今へそ出しだよ。――はッ!? こ、これは、まさかアジュカちゃんとペアルックということにっ……!」

「ならない。絶対にならない。断じてならない」

 

 眠たげな眼で二人のやり取りを眺めていたファルビウム・アスモデウスの覇気のない指摘に、アジュカ・ベルゼブブは冷静にツッコむ。その後の、サンタのコスプレを着こなすセラフォルー・レヴィアタンの指摘にはちょっと真剣にツッコんだが。今度、別の衣装を用意しようか…、と半ば本気で考えながら、アジュカは相変わらずな二人のテンションに溜息を吐いた。

 

 これが冥界の悪魔を統べる四大魔王の姿だとは、……色々な意味で周りに見せられないだろう。公式の場であるなら、しっかりと魔王としての姿を見せるのだが、こういったプライベート時は一切の遠慮がなくなる。ある意味、スイッチの切り替えが上手いのだ。常に真面目な者が魔王になっていたら、ストレスで胃がやられてもおかしくない役職なので、周りも多少のことには目を瞑ってくれていた。

 

 しかし、さすがにセラフォルーの恰好は、バアル大王は多少頭が痛そうにするだけで何も見なかったことにするだろうが、魔王と大王との密会の場所を貸すアガレス大公の胃の方に大ダメージを与える。普段は飄々とするアジュカも、今回のストライキの緩衝材として巻き込まれることになるアガレス大公への申し訳なさはあった。頬を膨らませながら不貞腐れるセラフォルーであったが、外交用の正装へと変えさせることに成功する。早速疲れたアジュカ・ベルゼブブであった。

 

 彼らが魔方陣の転移で訪れたのは、アガレス大公領にあるアウロスの中心地に位置する監視塔の最上階。塔の窓はガラス張りになっているため、広大な街の風景、そして皇帝たちが待つ空中都市アグレアスを視認できる。そんな長閑な田舎町を一望できる場に、朗らかな笑い声が響いた。

 

 

「はははっ、みんな仲良しで何よりだね」

「……キミにはこれが仲良しに見えるのかい、サーゼクス」

 

 アジュカの胡乱気な声音に、紅色の髪を持つ男性は、楽し気に肩を震わせる。サーゼクス・ルシファー、アジュカと並ぶ超越者の一人として数えられる若き魔王。『ハイスクールD×D』のヒロインであるリアス・グレモリーの実兄であり、奏太がシスコン魔王様と心の中で呼ぶほどの情愛の持ち主。その髪色から、『紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)』の異名もつけられていた。

 

 アジュカはその紅色の髪を見据えながら、本当によく似た色だな、と数週間前に出会った少年のことを思い出す。ある意味、自身の親友と同じように「心根が良すぎ、甘すぎる性格」を持った神器使い。あまり似ていないはずなのに、紅色や消滅の力を持つこと、現実に押しつぶされようとしながらもそれでも理想を志す姿が、どこか己の親友を彷彿としてしまった。

 

 本来種族の違う悪魔であり、為政者の魔王であるアジュカが、人間の子どもの思いを真っ直ぐに受け止めることができたのは、サーゼクスの存在が大きかっただろう。理想と現実の間で揺れる少年に、ライバルであり、己の一番の理解者である彼を思い出してしまった時点で、アジュカの中でただの人間の子どもと見ることはできなくなってしまった。メフィスト・フェレスとの会話では濁したが、それが彼の本心の一つであっただろう。

 

 物思いにふけるアジュカが、自身を見ていることに気づいたサーゼクスは不思議そうな顔で見返す。それに肩を竦めながら、なんでもないようにアジュカは首を横に振った。

 

「まぁまぁ、セラフォルーなりに心配していたんだ。アジュカ、最近忙しそうにしていただろう?」

「そうそう。だから、魔法少女パワーでアジュカちゃんを癒してあげようと思ったわけなの☆」

「……そうか」

「うん!」

 

 顔の前でピースを見せるセラフォルーに、アジュカは遠い目になった。反論するのに疲れたとも言う。それに、サーゼクスとセラフォルーが、本心でアジュカを労わって行ったことだと察してしまったからだ。隣でファルビウムだけは、優しくアジュカの肩を叩いてくる。めんどくさいからと、二人の暴走を止めずに放置しただろうことは容易に想像できたが、今はその労わりに感謝した。

 

「人間界のゲームに嵌まるのもいいが、あまり無理だけはするなよ」

「あぁ、わかっているさ。今回は面白いシステムが組めそうだったもんでな、少し熱中しただけだ」

 

 心配を口にするサーゼクスへ、アジュカはそ知らぬ顔でいつも通りの対応を返した。怪しまれないように普段通り動いていたとはいえ、さすがに四大魔王である彼らの目は誤魔化せなかったのだろう。事実、皇帝と裏で繋がってからのアジュカは多忙を極めた。念のために、表向きは人間界のゲームシステムを理由にしていたおかげで、呆れられながらも納得はされたらしい。普段のアジュカの趣味への傾倒っぷりが、よくわかる光景だった。

 

 これから起こる騒動を思えば、本来なら彼らにも本当のことを伝えるべきだっただろう。同じ目線を歩く彼らなら信用できるし、アジュカの行動を肯定してくれることもわかっている。しかし、今回の騒動に関しては、『彼ららしい行動をしてもらう』のが一番効果的だと考えたのだ。

 

 相手は序列第一位であるバアル家の初代当主、ゼクラム・バアル。もしもの場合を考えた時、非を被るのは自分だけでなくてはならない。サーゼクスたちが今回のことを知れば、確実に自らも責任があるとアジュカを庇うに決まっている。彼らのお人好しな性格を熟知していたアジュカは、それ故に彼らに告げないことを選んだ。そして何よりも、……例え何も告げなかったのだとしても、彼らなら良い結果に導いてくれるという信頼があった。

 

 彼らが悪魔の未来を思い、世界を憂い、必死に変えていこうとしていることを誰よりも知っているのだから。

 

 

「さて、それではみんな揃ったことだし、そろそろ行こうか。アガレス大公の使いの方も、待たせてしまっているようだしね」

「はぁ…、年末の最後ぐらいのんびりしたい。何で僕、こんなに働いているんだろう」

「ファルビー、その年末の最後ぐらい頑張らないと! 私とソーたんとの楽しいお正月を迎えるためにもね!」

「あぁ、そうだぞファルビウム。愛しのグレイフィアとリーアたんとの素晴らしい新年を迎えるためにも、全力を出さなくてはならないぞ!」

「ねむい…」

「…………」

 

 

 たぶん。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ごきげんよう、諸君。久しいものだ」

「ごきげんよう、ゼクラム・バアル殿。この度は、アウロスまでご足労いただき、魔王を代表してお礼申し上げます」

「ふむ、貴殿達の活躍は耳にしている。悪魔のために、よくやってくれているものだ。これからの冥界のために必要なことだというのなら、私もこうして足を運ぼう」

 

 二度目の魔方陣ジャンプによって、次に彼らが訪れたのは趣のある洋館の一室だった。アウロスで開催されるシンポジウムなどでもよく使われる場所で、古い建物ながらよく整備が行き届いている。その一室に置いてある豪奢な椅子に、初老の男性が穏やかな目でサーゼクスたちを迎え入れた。黒髪に紫紺の瞳を持つ、隙のない佇まい。笑みを浮かべる男性と反し、サーゼクスたちの表情は魔王としての相貌へと変わっていた。

 

「アガレス卿もこの場を貸していただき、感謝いたします」

「いえ、構いません。大公家の者として、当然のことです。……アリヴィアン、魔王様方にも」

「はい、ただいまお持ち致します」

 

 続いて大王の傍で佇んでいた男性は、優雅に一礼をする。アガレス家の紋章入りの装飾を身に纏い、淡いグリーンがかかったブロンドを持つ貴族らしい悪魔。アガレス大公は、自身に付き従うように立っている黒髪の執事に声をかけ、四大魔王へと席を促す。アジュカは飲み物を用意する執事の後姿を眺め、興味深そうに目を細めた。

 

「……彼は、ドラゴンですね。それも東欧のオーラを纏っている」

「えぇ、さすがはベルゼブブ殿。彼はズメイというドラゴン種の出でして。将来は娘の女王となり、我がアガレス家を支える右腕となる者です」

「なるほど、ズメイ種とは…。それは珍しい」

「へぇー、シーグヴァイラちゃんの女王にかー。これはソーナちゃんの手強いライバルになりそうだね」

 

 おそらく将来的に、若手悪魔としてアガレス家の姫がレーティングゲームに参加するだろうことは予想がつく。そしてそれは、セラフォルーの妹であるソーナ・シトリーと同時期でもあろう。ソーナたちの世代は、名のある名家の若手悪魔が偶然にも揃っている。彼女の独り言に、アガレス大公は小さく微笑みを浮かべた。

 

「えぇ。その時は、良きライバルとなってくれればと思います」

「グレモリー家のリアス姫、それにアスタロト家やグラシャラボラス家の次期当主候補も同年代だったな。……優秀な純血悪魔が排出されるのは喜ばしいことだ」

 

 四大魔王、そしてアガレス大公は、ゼクラムの呟いた言葉に慌てて口を噤んだ。現在のバアル家に、次世代の話は危ういと気づいたからだ。セラフォルーとアガレス大公は、バアル大王の前で軽率だったかと焦りを見せたが、彼の表情は穏やかで先ほどと変わりはなかった。彼の口から出てきた言葉は本心だろう。しかし、言いし得ぬ別の感情が込められている印象も受けた。

 

「……ゼクラム殿、その、サイラオーグ君は――」

「サーゼクス」

 

 アジュカは親友の言葉を遮ると、首を静かに横へ振った。魔王サーゼクス・ルシファーとしてではなく、サーゼクス・グレモリーとしての思いが口に出てしまっているとわかったからだ。これ以上、踏み込むな、と。それを理解し、一瞬唇を噛みしめたサーゼクスは、それからすぐに表情を魔王としての為政者へと戻す。ゼクラムも、サーゼクスの言葉に反応を示すことはなかった。

 

 サイラオーグ・バアル。サーゼクスにとって、幼い従兄弟に当たる少年。しかし、次期バアル家の当主にと望まれた子どもは、家の特色である『滅び』の魔力を受け継ぐことができなかった。それによって、その子どもは欠陥品と蔑まされ、母親は欠陥品を産んだバアル家の面汚しとされたのだ。

 

 サーゼクスの母は、元バアル家の出身である。その関係で、噂を聞いたヴェネラナ・グレモリーは、サイラオーグとその母、ミスラを保護しようと動いたが、拒否され続ける現状が続いていた。サーゼクス自身も、彼らを救えないかと道を探し続けている。しかし、バアル家を嫁に出た娘の子どもの方が「滅び」の魔力を色濃く受け継いだ、とやっかみを受けてしまい、下手に介入すればより刺激する結果になると気づき、迂闊に動くこともできなかった。

 

 初代当主であるゼクラム・バアルは、サイラオーグに関しては沈黙を貫いている。いや、いないもののように考えているのだろう。現当主のように率先して虐げることはないが、一切の関心を寄せることがなかった。冥界のトップである魔王の一人でありながら、一人の子どもを地獄から救うこともできない。悔しさに握りしめる拳が震えるが、本来の魔王の血族である者たちから存在意義(椅子)を奪った責任が自分にはある。冥界のために、ルシファーとなった日から、魔王として冥界全土の秩序を守ることを選んだのだから。

 

 故に、――今必要なのは私情ではなく、魔王としての顔。この場で必要のないことを口にした謝罪を込め、サーゼクスはゼクラムへ頭を下げる。その様子をセラフォルーは無言で見つめ、しばし考え込むように視線をさまよわせた。

 

 

「んー、良い茶葉だねぇー。アガレス産のものは質が良いから、眷属によく買いに行ってもらっているよ」

「アスモデウス殿…?」

 

 誰もが重い空気に口を噤んでいた中、のんびりとした声が部屋に響いた。茶の香りを楽しむように目を瞑り、いつも通りのマイペースな様子を見せるファルビウムに、サーゼクスたちは思わず目を瞬かせる。相変わらず眠たげな眼のまま、近くにいたアリヴィアンへ視線を向けた。

 

「おかわりをもらっていいかな? サーゼクスたちも飲んでみたらいいよ。これからまだまだお仕事なんだから、ちゃんとリラックスしないとすぐに疲れちゃうよ?」

「あ、あぁ…」

「……そうだな、いただこう」

 

 アジュカはすぐにファルビウムなりの機転に乗り、用意されていたものに口をつける。ようやく弛緩し出した空間に、張っていた肩がゆっくりと下りていく。それに中間管理職的立場のアガレス大公も、ホッとしたように胃を押さえる。その様子に、出来る執事ドラゴンは、そっとお腹に優しいお茶を出しておいた。

 

「……サーゼクスちゃん」

「セラフォルー?」

「一人で悩んじゃ駄目だよ。もし、サーゼクスちゃんだけじゃ難しい時は、私やシトリー家を頼って。私たちは、四人で魔王なんだから」

 

 サーゼクスのみに聞こえる声音で伝えると、セラフォルーはウインクを見せた。それから、「私も飲むー!」と魔王として用意されていた席に向かい、同じように香りを楽しんだ。彼女の言葉にサーゼクスは小さく微笑むと、強く握りしめていた拳をゆっくりと開く。そんな親友の様子に、アジュカはお互いに気苦労が絶えないな、と肩を竦めた。

 

 バアル大王は一切の感情の揺れを見せず、アガレス大公から産地の説明を聞いている。先が思いやられそうな展開から始まってしまったが、逆にこれが自分達にとっての自然体でもあるだろう。公式の場ならサーゼクスも魔王としての仮面が取れることはなかったが、今は非公式の場。少なくとも、もしこれからの騒動についてサーゼクス達に伝えていたら、事前にグレモリーとしての顔を出さないように気を付け、今のようなやり取りは起こらなかったと考えられる。

 

 バアル大王もそれを理解するだろう。アジュカは元々、興味のあること以外は淡泊な性質であるため、不自然には感じられない。視線を立てかけられている時計へと向けると、皇帝が動き出すまでまだしばらく時間がある。それまでは、魔王として冥界の今後のために働くとしよう、と手に持っていたカップをソーサーの上に置いた。

 

 

「さて、ゼクラム殿。今日時間を取っていただいたのは、他でもありません。以前から話をさせていただいていた件について。私たち悪魔の今後のために、……堕天使、そして天使との同盟を結ぶことを考えていただきたいと思います」

「……魔王の象徴を壊しただけでなく、永き時代の確執にすら変革を及ぼそうとする、か」

「それが、私たちの未来に必要であるならば。……魔王ルシファーの名を継いだ者として、前へ進むだけです」

「若いものだ…。だからこそ前に進むこともできるか」

 

 昏く輝く紫の瞳を細め、ゼクラムはくつくつと口角をあげる。表の顔がサーゼクスたち四大魔王なら、裏の顔こそがゼクラム・バアルなのだ。新しき時代を生きる者と、古き時代を生きる者。それぞれの立場から話の折り合いをつけ、彼らはこれからを進んでいかなければならない。魔王として、大王として生きるために。

 

「…………」

 

 そんな緊張が支配する空気の中で、アジュカ・ベルゼブブだけは窓から見えるアグレアスへそっと視線を移す。自分からここの情報を流して吹っ掛けた身であるが、このシリアスな場が確実に大混乱することをやらかした者として、さすがの彼もちょっぴり罪悪感を覚える。絶対に大変な目にあうとわかっているので。

 

 真実を伝えることはできないが、真剣な表情で話し合いを始める仲間たちを見据えながら、今度ちゃんと埋め合わせをしよう、とひっそりと心の中で決めたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「なるほど、駒王町に張られていた結界はこんな仕組みになっていたのかぁ」

「はいなのです。カナくんに以前資料をお渡ししたと思いますが、やはり自分の目で見るのも大切ですね。おそらく、現在駒王町全体に張られている監視の結界は、教会が管理している土地を中心点に据えているようです。教会と手を組んだことで、悪魔であるベリアル眷属が近づかない場所を選んだのでしょうね」

「そっか、だからクレーリアさんたちもわからなかったのか」

 

 ラヴィニアが倉本家に滞在して数日が過ぎ、ついにストライキ当日となったこの日。クレーリアさんたちはいつも通りの日常を過ごしているだろうけど、俺にはそういった縛りがないため学校を休み、風邪をひいたことになっている。家族からは、今年は病欠が多いとちょっと心配された。仕方がないとはいえ、病弱設定がつかないように気をつけないといけない。

 

 ラヴィニアが魔法で軽く暗示をかけてくれたので、家族はそれぞれ仕事と学業に行っている。俺は自分の部屋の真ん中に駒王町全体の地図を広げ、ラヴィニアからの報告を聞いていた。俺が普段学校に行っている間、彼女は魔法使いさんの家で休んだり、合間に駒王町の調査をしてくれていたのだ。ミルたんの案内で、ぐるっといろんなところを回ってくれていたらしい。

 

 古き悪魔達が駒王町に監視用の結界魔法を張っているって聞いて、専門家に詳細を頼んだのは正解だったな。結界の概要はラヴィニアにブレスレットを渡した日にもらっていたから、結界がベリアル家への通信阻害と駒王町にいるベリアル眷属の居場所をある程度探る機能しかないのはわかっていた。だから、結界の対象外であった俺達は自由に動けたところがある。相手も彼女たちが、まさか部外者(人間の子ども)を頼るとは考えてもいなかっただろうからな。

 

 駒王町はベリアル眷属が現在治めている土地であるため、彼女たちから不審に思われないように、あまり結界に手の込んだことができなかったのだろう。人員もクレーリアさんたちが結界外に出た時だけつけておき、中は結界の反応だけを探っていた感じみたいだ。彼女たちにいつも通りの行動をお願いしたのも、この結界が原因だった。

 

「メフィスト会長から、駒王町は元々バアル家とグレモリー家が共同で治める地域とされていた、と聞きました。現在は留学生のために、バアル家が主に管理している土地になっているようですけど」

「あれ、グレモリー家も元々経営に携わっていたんだっけ? でも、たぶん彼らには今回のことは伝えられていないんだろうな…」

「はい、おそらくですが。……町の守護のために結界を張っている、と彼女たちへ伝えておけば、駒王町に結界が張られていることにもし気づいても問題ないと思いますからね」

「味方が張った守護用の結界が、まさか自分たちの監視のための結界だった、とか嫌すぎるよな…」

 

 ベリアル眷属は仲間からの援護結界だと思っていたんだから、気づかなくて当然だろう。クレーリアさんに土地を貸し与えていたバアル家は、彼女がレーティングゲームについて調べていたことをたぶん知っていた。古き悪魔の中には、それを煩わしく思っていた者もすでにいたかもしれない。

 

 いつから粛清を考えていたのかはわからないけど、もしものために駒王町に準備を施していた可能性もあるだろう。さすがに皇帝から引き離して粛清するために、人間界へ留学させたとか鬼畜理由はないと思うけど。駒王町で粛清なんて、外聞きが悪いことを率先してやろうとは思わないだろうし。

 

 

「そのため、結界自体はそこまで複雑なものではないのです。駒王町全体に結界を広げるために、範囲設定に多くのリソースを使っていますから。カナくんも魔法の勉強を続けていけば、いつか使えるようになれると思いますよ」

「結界魔法か…。使ってみたいけど、正直魔法式の種類がありすぎて、俺に合うものを探すのに気が遠くなりそうだよ」

「そこは、ファイトなのです」

 

 基本個人プレイで研究気質な魔法使いにとって、このあたりの感覚は当然なのだろう。ラヴィニアやヴァーリ・ルシファーみたいに魔法の才能があったら、いくつもポンポン覚えられるんだろうけどなぁ…。アザゼル先生から才能がない、とお墨付きをもらっている俺にとっては辛いものである。

 

 魔法は悪魔の持つ魔力と違って、術者の知識や理解が重要なものだ。正直転生して、表の世界の小学六年生としては十分過ぎる知識量を持っているはずなのに、裏の世界だと足りないものがありすぎる様である。確実にラヴィニアの方が、俺より頭が良いし…。おかしいな、転生ってチート要素じゃなかったのか? 転生してやっとって、この世界の一般人への鬼畜さがひどすぎる。

 

「才能がないか…、主人公みたいに突拍子もない方法を使わないときついよな……」

 

 ラヴィニアに聞こえないぐらいの声量で、思わず愚痴が出てしまった。エロで神滅具の結界すら破壊する『洋服崩壊(ドレス・ブレイク)』や、対策不能な恐ろしい読心術『乳語翻訳(パイリンガル)』。本当に才能がないのか? と言いたくなるような能力だけど、これらは兵藤一誠の極限なまでのエロ根性による産物だ。一般的な方法では、まず絶対にない。

 

 ラヴィニアやメフィスト様、アザゼル先生は、教師として最高峰の人材だ。そんなヒト達から頑張るしかない、と言われている現状が今の俺である。たぶんこれからも彼らの師事を素直に受けていて、間違いはないと思う。それでも、何年と時間をかけ、本気で努力しないとみんなに追いつくことができない状態なのも間違いないのだ。でも、さすがに性欲パワーなんてないし、何より俺はまだ小学生だしなぁ…。

 

「なぁー、相棒ぉー。俺の才能のなさって、なんとかならないか? 俺にはお前しかいないんだし……、って」

 

 

 あっ、ちょっと待てよ。

 

 

「……ラヴィニア。なんでもいいからさ、俺の知らない簡単な魔方陣を発動してもらってもいい?」

「カナくん?」

「えーと、ちょっとした実験なんだけどさ」

 

 俺の突然の提案にラヴィニアは首を傾げたが、すぐに小さな魔方陣を手の平の上に作ってくれた。俺はそれにお礼を言い、相棒を取り出す。彼女の手の平に発動されている魔方陣に向け、俺は自分の魔法力を纏わせた神器を突き刺し、アジュカ様から教わった方法を試してみることにした。

 

 以前、アザゼル先生の光力を消す実験をした時のことを思い出す。あの時、紅の光に沿って意識を向けて消したことで、不思議と消していたものについて理解していったような記憶があるのだ。そして、原作での兵藤一誠と初代孫悟空との修行のやり取りも頭の中で思い浮かべる。神器は宿主が理解できていない部分を補佐し、制御の手伝いもしてくれていたことを。

 

 俺だけでは実力が足りない、そんなことは最初から分かっていた。だけど、俺には相棒がいる。魔法に必要なのは知識と、……理解だ。この理解っていうのが曲者だったんだけど、あの消滅の力を応用できないだろうか、と思ったのである。

 

 魔法への理解とは、簡単に言えばどの公式を当てはめるのかということだ。算数で例えると、知識というのが、足し算のやり方。そして問題文を読んで、これは足し算を使って解く問題だと気づける力が理解力である。もし知識が足りなくても、なんとなく解き方がわかれば、式があやふやでも答えのみを導くことができることもあるだろう。あれを実践できないかな。

 

 相棒を通して魔方陣を消滅させていくことで、魔法そのものを理解する。できるかはわからないけど、まぁやってみるだけやってみよう。そうして俺は、相棒に意識を向けていった。

 

 

答えの消去(デリート)!」

 

 『覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)』の疑似的な能力。魔方陣の答えを理解し、消すことができたあの時より時間や体力の消費はかかるだろうけど、今もできない訳じゃないと思う。俺が能力を使えば使うほど、俺と相棒がそれを効率よく消せるようになるために、その消すものの理解をより深めていく。その力を、応用するのだ。

 

「えーと、ここを消すと……この部分が連動するのか。じゃあ、ここに魔法力を通していくことで魔方陣全体に広げられるのかな?」

「あの、カナくん?」

「相棒、こっち側は? あっ、へぇー。ん、ここの式の仕組みは、……よくわからないんだけど。えっ、相棒の方でなんとかしてくれるの? じゃあ、そこはお願いするな。それじゃあ、次はこっちの部分を――」

「カナくん…、カナくーん」

「あっ! 間違えて全部消しちゃった。ラヴィニア、もう一回同じ魔方陣をお願いできる?」

「……もう、はいなのでーす」

 

 魔方陣を消しては、ラヴィニアにもう一回やってもらうを数回ほど繰り返した。何度か消滅の作業を繰り返したことで、ラヴィニアの魔方陣に俺の魔法力を完全に通すことができるようになれたのだ。

 

 そして、相棒にも手伝ってもらったことで、彼女が展開していた魔法を、拙いながらも俺自身で再現することもできた。初めてだからまだまだ効率が悪いけど、ラヴィニアと相棒の協力、あとアジュカ様の疑似技があれば、こんな風に色んな魔法を習得できるかもしれないぞっ!

 

「ラヴィニア、やった! この方法ならちょっと大変だけど、魔法をなんとか覚えられそうだ!」

「……はい、よかったのです」

 

 何故かラヴィニアに、めっちゃジト目で見られた。

 

「……えーと、ラヴィニアさん?」

「魔法使いである私としては、カナくんのやり方に色々言いたいことはありますけど…。もうカナくんだからいいです」

「待って、ラヴィニア。俺だからもういい、ってどういう意味!?」

 

 だんだん俺の周りの人たちが、俺に対する扱いが適当になってきている気はしていたけど、ラヴィニアだけはそんなことはないと信じていたのに! そんな俺の慌てた様子にラヴィニアは小さく噴き出すと、くすくすと笑われてしまった。……彼女なりの冗談だと祈ろう。俺の精神衛生上のためにも。

 

 そんな風にラヴィニアと会話をしながら、今後の予定を俺たちは立てていった。おそらく時間的に、魔王様とバアル大王の話し合いが始まって、ディハウザーさんの準備が終わったころだと思う。ミルたんにはいつも通り、教会で紫藤さんの様子を見てもらうようにお願いしている。

 

 俺たちが駒王町にいても仕方がないし、クレーリアさんたちも駒王学園に行っているため、俺の家で待機することになった。ちなみに家のリビングには、ミルキー魔法使いさんと悪魔さんがミルキー鑑賞会をしていたりする。何でもメフィスト様から言われて来てくれたらしい。

 

 ストライキが終わった後に、すぐにクレーリアさんのところへ行けるようにするためかな? 彼女たちは古き悪魔達に怪しまれないようにするために、冥界の様子を調べられないから、俺たちからの知らせしか知る手段がない。通信でも知らせるつもりだけど、早く安心させてあげるためにも、転移ができる二人が傍にいてくれるのは助かるだろう。

 

「あっ…。そろそろ、ディハウザーさんたちの放送が始まる頃かな?」

「そうですね。……何も起こらなければよいのですが」

「ディハウザーさんたちなら、きっと大丈夫だよ」

 

 あの皇帝モードであるディハウザーさんなら、たぶん成功させてくれると思う。アジュカ様だっていてくれているんだし、俺たちにできるのは信じて待つことだ。俺が笑顔でラヴィニアに言うと、彼女は一瞬考え込んだが、すぐに同じように微笑み返してくれた。

 

 そんな会話の後すぐ、……俺の持つ魔法の通信機に連絡が入った。

 

 

「……始まったみたいだ」

「はい」

 

 俺の緊張した様子に、ラヴィニアも表情を引き締める。魔王様とバアル大王との会合、そしてディハウザーさんによるレーティングゲームのトップ3によるストライキが、本格的に始動したのだ。おそらく最初の頃は、古き悪魔達もバアル大王の手を煩わせないために、自分たちの手で事を収めようとするだろうとメフィスト様から教えられた。

 

 ゼクラム・バアルは、サーゼクス様以上に影響力がある悪魔だ。古き悪魔達にとっても、初代バアルに助けを求めるのは最終手段なのである。元々彼らは皇帝を侮っていた。今までのディハウザー・ベリアルと同じだと考えていれば、自分たちでなんとかできると考えて行動する可能性が高い。まぁ、あのディハウザーさんなら、古き悪魔達の言葉に一切耳を貸さず、ゼクラム・バアルや魔王様が出てこなければ収まらないぐらい突き進むことだろうけど…。

 

 レーティングゲームに関することなら、古き悪魔達は魔王様にも頼ることなんてできない。そんな風に彼らが皇帝を侮っている間に、出来る限りプレイヤーや民衆を味方にし、冥界全土をこちら側にする。知らせを受けた初代バアルや魔王様が出て来る頃には、収拾なんてつかないほどの規模にね。

 

 それに、アザゼル先生が堕天使陣営を抑えてくれているし、人間界はメフィスト様が見てくれている。タンニーンさんや、アジュカ様も裏で動いてくれているのだ。俺は頭の中で何度もそんな風に考えながら、ギュッと強く相棒を握りしめた。

 

「……みんな、どうか頑張ってください」

 

 押し寄せる不安が胸の中をよぎるが、深く息を吐いて落ち着くように心がける。人間の俺にできることは、全てやってきたと思うから。俺は駒王町の方角を見据えながら、祈るようにそっと目を閉じた。

 

 


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