えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第六話 事後

 

 

 

 人間、予想外なアクシデントが起きると、どう対処したらいいのかと頭がフリーズすることがあるだろう。それが緊急事態だった場合、だいたいの人は今までの経験から次の行動を無意識の内に行おうとする。

 

 ただ今までの経験の中で、その事態を対処できるものがなかった場合は、そのまま動きが止まってしまったり、現実逃避や戦略的撤退で逃げ出したり、我武者羅に突き進むしかなくなってしまうのだ。この場合は、当然粗が目立つのは仕方がないだろう。

 

 そして今回のはぐれ悪魔との遭遇は、一応予想していたおかげで、まだ混乱少なく俺は対処に動くことができたと思う。しかし、被害者の救出作戦に関しては、完全に想定外の出来事であった。そのため、とにかくどんな小さなことでも疑い、手札をかき集め、あらゆる手を試す。過剰かもしれないとは思っても、それで手を抜いて失敗したら目も当てられないからだ。

 

 あと、今回の件でよくわかったが、俺に創作の主人公と同じ行動は難しいということがよくわかった。俺がはぐれ悪魔にしたやり方は、全くもって非効率的で、被害が大きく、スマートなものは一切なかった。もっと他に方法があっただろうと今でも思うけど、あれが今の俺に思いついた唯一の手であったのだ。

 

 ガントリークレーンなんて何十メートルもあるものを使わなくても、あの倉庫を潰せるぐらいの大きさでもよかったはずだろう。その方が後の被害は少ないし、俺の目的を完遂することもできたと思う。だけどそんなスマートさは、俺の恐怖心が吹っ飛ばした。だって、あの倉庫周辺を押しつぶせる程度のもので、本当にはぐれ悪魔を止められるのかわからなかったから。そんな思いが、必ず悪魔を止められる大きさのものと威力を求めてしまったのだ。

 

 俺に手段を選んでいる余裕はなかった。彼女を助けたことに後悔はないし、救えたことが純粋に嬉しかった。俺の行動が間違っているとは思っていない。それでも、それでも……やっぱりやりすぎたかなー、という気持ちだけは拭えなかった。

 

 

『それでは、引き続きニュースをお伝えします。深夜未明、――市の港で不審な爆発音が起こった件ですが、未だに詳しい内容は分かっておらず、地域住民の不安の声が寄せられております。警察からは、調査隊らしき人たちが原因を調べているとのことですが、二次災害の危険性のため、警察も迂闊に近づけない状態だそうです。今は調査隊からの報告を待つのみとのことです。続いて、それによる地震被害の状況ですが――』

「ここってそんなに離れていないじゃない、怖いわね…。行方不明者事件もあったし、ここも大丈夫かしら」

「倉庫で保管していた油か何かで大爆発を起こしてしまったっていうのが、今の有力な情報みたい。ヘリコプターで上空を飛ぶのも、海上からの情報も全部禁止されているみたいだし、いったい何が起こったんだろうね」

「う、うん。そうだね、本当に何が起こったんだろうなぁー。はははっ…」

 

 乾いた笑みって、こういう笑いのことを言うのだろうか。俺が見ているのは、ものすごく見覚えのありすぎる景色を映しているテレビ画面。真夜中だった時と違い、朝となり明るくなった港は本当に昨日と同じ場所かと思ってしまうほど、活気にあふれていた。うん、本当に色々な意味で人だかりがすごい。

 

 二次災害は確かにあるかもしれないが、それでもここまで厳重体制が敷かれている理由は、おそらく俺の想像通りであろうと思う。裏の方々、本気でごめんなさい。後始末を全部任せちゃった。二、三十メートルもあるクレーンが吹っ飛んでいる光景なんて、表側の人に見せたらとんでもない騒ぎになるに決まっているよね。

 

「それにしても、顔色が治らないわね。熱はないみたいだけど…。奏太、今日は絶対に安静にしなさいよ」

「ありがとう、姉ちゃん。今日は大人しく寝ておくから」

「そうしなさい、お母さんも今日は仕事を早めに終わらせるからって。お昼ご飯は冷蔵庫の中にあるけど、本当に夕方まで大丈夫?」

「姉ちゃん、相変わらず心配しすぎ。俺はもう小六だよ」

 

 疲れからぐったりとベッドで寝てしまった俺は、朝になって何とか起きあがることはできたが、そのあまりの顔色の悪さに家族全員から俺のベッド行きが決行された。遊ぶ約束をしていた友達には悪いことをしたが、仕方がない。正直ありがたかったし、やることもあったので助かった。実際かなり疲労が溜まっているので、今日一日はゆっくり休みたいけど。

 

 高校へ行く姉を送りだし、俺はリビングで未だに速報を伝えているテレビの電源を消した。これ以上見ても、俺の求めている情報は出てきそうにもない。母さんが作ってくれていた朝ごはんを胃に入れ、今日やらなければならないことを頭の中で反芻させておく。昨日のことは夢だったのだろうか、と思ってしまうほど平和な時間が流れた。

 

 

「やっぱり俺、やらかしたことになるのかなぁー」

 

 そして冷静に考えれば考えるほど、昨日の自分の行動にどんどん遠い目になっていくのであった。

 

 俺がやらかしたことは、言葉にすれば簡単だ。まずガントリークレーンの足を全て消滅させて、巨体を切り離す。次にクレーンに神器を突き刺し、その重さを消して俺は無重力状態で倉庫の真上に移動する。被害者の女性が倉庫から出たらクレーンに刺した槍を抜き、急いでクレーンを蹴って空気の抵抗や衝撃など色々消して一直線に地面にたどり着き、彼女を連れてなりふり構わず落下範囲から逃げ出した。それだけだが、よく体力が持ったと思う。アドレナリン全開だっただろう。

 

 生物と違い、無機物ならこの四年間で試しまくった。さすがにあそこまで巨大なものに神器の効果を出したのは初めてだったが、成功して本当に良かったと思う。走ったり、運動したりした程度だったけど、それなりに鍛えていたおかげで体力がつき、女性一人抱えて逃げることもできた。日頃の努力って大切だ、としみじみと感じる。

 

 あの時は、神器効果全力全開で疾走し続けたから、疲労で今にも倒れそうだった。しかし、家にいるはずの小学生が、道端で倒れていたらまずい。運良く一人暮らしだった恵さんから住所と電話番号を聞いて、彼女の手当てを簡単に行っておいた。途中で気絶してしまっていたので、とりあえずメモだけ残してベッドに寝かせて、そのまま家に置いてきた。

 

 俺も体力と時間が厳しかったため、家に一直線に帰り、そのままベッドに気を失うように倒れ込んだのだ。後半は意識が朦朧としてしまっていたが、本気でよく持ったと思う。今も眠気が半端ない。

 

「だけど、恵さんを放置は駄目だよな。裏関係を目撃しちゃったし、俺の顔もたぶん見られたし」

 

 何より、異形に殺されかけ、友人を二人も殺されているのだ。彼女は俺と違い、何も知らない。自分がいったい何に巻き込まれたのか、相手の正体がなんなのか、これからどうなるのかもわからない先の見えない恐怖。俺は彼女を助けた。だったら、最後までちゃんと責任は取るべきだ。せめて、今回の件で教えるべきことは言っておかないといけないだろう。

 

 俺は食べ終わった食器を洗うと、腕を伸ばして身体の固まった筋肉を解す。そろそろ準備をしよう、と寝巻から外用の服に着替え、昨日着ていた服のポケットから恵さんのメモを取り出した。いきなり行くより、先に家に連絡しておいた方がお互いに心の準備ができるだろう。俺は財布とメモをポケットに入れると、外履きに履き替えた。

 

「相棒、いつも通り頼むな。さすがに小学生が外にいたら補導される。……あっ、そうだ。俺が今感じている疲労感を消すことってできるか? ――えっ、この疲労を消すのにどうせまた疲労してしまうのか。俺の神器って、本当に使い勝手がいいのか悪いのか…」

 

 俺の最後の独り言に、相棒がなんだかしゅんとしてしまったような思念を感じたので、慌てて「俺の相棒は最高だよ!」と一生懸命励ましました。 傍から見たら、道端でいきなり槍を褒めまくる小学生である。

 

「はぁー、しかしあれがはぐれ悪魔か…。アニメで異形の姿を見たことはあったけど、見た目も雰囲気もやばさが違い過ぎるだろ。あんなのが、この世界にゴロゴロしているかもしれないのか」

 

 自分が生きていることがこんなにも素晴らしい! と安全圏にいたのに感じられるとは、自分で言うのもなんだが、本当に争いごととは無縁の世界で俺は生きていたんだと感じる。この世界をどれだけ知識で知っていても、神器を持っていても、どこまでも俺は俺らしい。それに肩を竦めながら、人ごみの中を誰にも見られることなく駆け抜けて行った。

 

 

 それから、近くの公園で見つけた公衆電話から、恵さんに電話をかけた。電話をかけるとなると、俺の家の電話番号が履歴に残ってしまうので念のためだ。しかし一向に出る気配がなく、遂には留守電に繋がってしまう。俺は仕方なく、メッセージだけでも入れようと一言二言しゃべった瞬間、突如相手との通話が繋がった。

 

『も、もしもし』

「もしもし恵さんですか。昨日の、えっと、……助けた者です。今もしかして、忙しかったですか? それならまた後でかけ直しますが」

『ううん、ごめん。大丈夫よ。すぐに出られなくて、ごめんなさい。その、非通知だったからつい……』

「あっ、そ、そうですよね。すみません、俺の方が配慮が足りなかったです」

 

 失敗した、と俺は電話越しだけど頭を下げた。そりゃあ、非通知で電話がかかってきたら、誰だって警戒して当然だよな。しかも彼女は昨日、はぐれ悪魔という超常の存在に襲われたのだ。非通知でかかってきた電話に、恐怖を抱いたっておかしくない。俺ってどうしてこうなのかな…、と思わず溜息が出そうになったが、電話越しなのでそれをなんとか堪えた。

 

「その、昨日のことも含めて、お話をしようと思っていたんですが大丈夫でしょうか。もう少し待った方がいいのなら、落ち着いてからでも」

『今すぐで大丈夫っ! あっ、その、ごめんなさい。正直、一人でいるのが怖いの。また、あの笑い声がもし聞こえてきたらと思ったら、身体の震えが止まらなくて。だから……』

「もういいですよ。住所は知っているので、すぐに向かいますから」

 

 途切れ途切れに聞こえる声を俺は遮り、すぐに彼女の元に向かうことを告げる。あの時は仕方がなかったとはいえ、彼女を一人残すしかなかったことが悔やまれる。俺が彼女と同じ立場だったら、きっと心細かっただろう。安全が約束されたかわからない中、日常に戻ってきても怯え続けるのは当然だ。

 

 あまりに非現実的な出来事故、誰にも話すことができなかっただろう。話しても信じてくれないだろうし、もしかしたら相談した相手を巻き込んでしまうかもしれなくて。だから彼女がこのことを話すことができるのは、彼女を助けた俺以外にいないのだ。名前も知らない、正体不明の怪しい子どもだったとしても。そのことに、ようやく俺は気づいた。

 

 急いで受話器を置くと、俺は疲れた身体に活を入れながら、真っ直ぐに目的地へと走って向かった。

 

 


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