えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第六十二話 現実

 

 

 

「……そんな馬鹿な。それは、本当のことなのか?」

「嘘ならどれだけよかったことか…。残念ながら、皇帝が冥界全土に向けて騒動を起こしたことは事実だ」

「――ッ! 本当に、そんなことが…。まさか、皇帝ベリアルに今回の件が漏れてしまったというのか?」

「……わからない。彼が騒動を起こした理由は、今回の件とは無関係だ。しかし、現在皇帝が暴走しているのは紛れもない事実。今回の件と切り離して考えるのは、軽率だろう」

 

 忌々しそうに、吐き捨てる様に告げる悪魔の顔は、醜く歪んでいた。普段なら教会側へ真意を見せないように、皮肉を浮かべた笑みを浮かべていた彼が、己の本心を隠そうともしない。それだけ悪魔側に余裕がないのだという焦りの感情が伝わってくる。その焦燥は、バアル派の悪魔から事情を聴いた紫藤トウジにも感じられた。

 

 平日の昼頃に、それは突然起こった。迷う心に蓋をして、いつも通り神の信徒としての役割を果たそうと、教会で働いていた紫藤トウジの下にバアル派の悪魔から緊急の連絡が届いたのだ。通信では傍聴の危険性があるからと、教会に悪魔は近づけないことを理由に、紫藤トウジ一人で教会のはずれにある森へ来るように伝えてきた。

 

 それに訝しんだが、今回の件に関して緊急を要するという悪魔側の切羽詰まった言葉に、彼は仲間に向かう場所だけを告げて一人で赴く。仲間達からは心配されたが、仲間の粛清という大事に問題が起こったというのなら、紫藤トウジに断れる理由などなかった。

 

 そうして訪れた彼に、悪魔側は冥界で起こった皇帝の暴走について話したのだ。当然、ゲームのストライキなどと言った内容は一切話さず、皇帝が冥界全土に向けて騒動を起こしたとだけ伝える。教会側に悪魔側の混乱を伝えることだけでも、かなりのリスクがあるのだ。一時とはいえ協力体制を敷いているが、敵対勢力であることには変わりないのだから。

 

 本来なら教会側である紫藤トウジに、伝えるなどあってはならない内容。だが、それだけ古き悪魔達は追い詰められていた。自分達の利権を守るために、皇帝に勝てる手札をかき集める必要があったのだ。しかし、冥界にいるベリアル家の一族は、ディハウザーの眷属や関係者によってすでに守られてしまっている。そうして、彼らが挽回の手札になるかもしれないと考えを巡らせた存在こそが、――人間界で暮らす皇帝ベリアルの従姉妹、クレーリア・ベリアルだったのだ。

 

 皇帝の宣戦布告に対して、自分達の権力ではどうすることもできず、責任を押し付け合うことしかできない現状に、彼らの中に生まれたのは「なんとかしなければ」という強迫観念にも似た焦りと恐怖。常に上から見下ろしてきた彼らにとって、真正面から相対して来るような相手なんて想像すらしていなかった。弱者を甚振るのは自分達の特権であり、虫けらのように命を弄び、泣いて許しを請われる立場こそが自分達の姿なのだと。それが当たり前だと考えていた彼らのやり方など、今までと同じ方法しか思いつかなかった。

 

 視野が狭まった彼らの出した答え。それは己の権威を守るために、古き悪魔達は教会を巻き込み、クレーリア・ベリアル(弱者)を利用することを選んだのだ。皇帝(強者)と真正面から戦うことを恐れ、少しでも自分たちにとって優位な状況を作るために、クレーリアを人質に取る手段に出た。クレーリアを粛清されたくなければ、運営に負けを認めろと脅すために。

 

 もしもゼクラムが彼らの思考に気づいたのなら、全力で止めたであろう。今回の件に勝って得られるものなど、何もないに等しいのだ。むしろ勝ってはならない戦いだと、皇帝を刺激する彼らの考えに怒りを覚えただろう。しかし、現在彼はアウロスで足止めをされ、トップがいないことからバアル家は機能していない。それにより古き悪魔達は烏合の衆となり、悪循環のようにお互いに責任を擦り付け合い、いつ自分が蹴落とされるかわからない恐怖の中にいる。ゼクラムや魔王の予想よりも早く、彼らの恐怖の限界は早かったのだ。

 

 今まで自らのために他者を食いつぶし、好き勝手やってきた報い。彼らは力によって奪い続けてきた者たちだ。しかし同時に、力によって考えることを奪われ続けてきた者たちでもあった。皇帝の宣戦布告によって、ついに明るみになったその事実は、災厄として駒王町に降り注ごうとしていた。

 

 

「事情は分かった。しかし、なら我々はどう行動するべきか」

「……あぁ。そこで、教会側に頼みたいことがある。悪魔側が動いては、皇帝やその眷属達、ベリアル家の者たちに感づかれる可能性がある。しかし、教会なら気づかれずにクレーリア・ベリアルを押さえることができるだろう」

 

 最初は悪魔側の事態に訝しんだが、ここで相手側が教会に嘘をつく理由が特にない事から、冥界で騒動があったことは本当だろうと仮定した。皇帝が動いているのなら、こちらにとっても無視できる内容じゃない。まずは悪魔側の意見を聞こう、と口にした疑問への応えに、紫藤トウジは言葉を失った。

 

 クレーリアを押さえる。その言葉に、紫藤トウジの目は見開かれる。暴走する皇帝を刺激しないためにも、粛清は延期するべきだと彼は考えていたからだ。紫藤トウジに指示を出していた上層部も、悪魔側に問題が発生したと伝えれば、粛清の命令を今しばらくは待ってくれるかもしれない。そうなれば、もしかしたらその間に八重垣正臣を説得できる時間にまだ使えるかもしれないのだ。

 

 だが、そんな紫藤トウジの甘い希望を打ち砕くように、狂気を孕んだ瞳で悪魔は目の前の聖職者と――冥界にいる皇帝に向けて、嘲笑を浮かべた。

 

「待て、彼女を押さえるというのは……」

「一刻を争うのですよ…。彼女を使えば、皇帝を止められる。そうすれば、今回の騒動を起こした責任として、皇帝ベリアルを追い落すことができるでしょう。それに加担したベリアル家も一緒にね。そうなれば、彼らが戦争を起こす火種になんてなれやしない。その後なら、クレーリア・ベリアルも簡単に殺せるでしょう」

「し、しかしっ!」

「教会側にとっても、敵対組織であるベリアル家が消えるのは願ってもない事でしょう? 皇帝は古き悪魔(我々)に敵対姿勢を見せたんです。断絶されて当然だ。バアル大王様も、きっとお喜びになられるでしょう」

 

 悪魔は恍惚とした表情で、楽しそうに腕を広げて嗤い出す。自らの考えこそがいつだって正しく、それに逆らうもの全てが誤りであると、まるで自分に言い聞かせるかのように。己の望む未来が訪れて当然であり、むしろ邪魔に思っていた皇帝ベリアルを排除するいい口実ができたのだ、と権威に溺れてきた者たちは考え始めてすらいたのだ。狂ったように嗤う悪魔の様子に、紫藤トウジは嫌な汗が背中に伝うのを感じた。

 

 同族であるはずの仲間を、なぜこんなにも簡単に悪魔は切り捨てられるのか? 彼はバアル派の悪魔の笑みに、嫌悪感が止まらなかった。悪魔は邪悪である、と教会で当たり前のように教わってきた。目の前の悪魔は、まさに紫藤トウジが思い描く悪魔そのものだろう。同族を簡単に見捨て、他者を嘲笑い、ギラギラとした欲望を隠そうともしない。

 

 しかし、だからこそ今一度考えてしまったのだ。八重垣正臣が愛するクレーリア・ベリアルと、目の前の悪魔は本当に同じ存在なのかと。人間である八重垣正臣を愛し、お互いに信頼し合い、幸せそうに笑い合っていた彼らの姿が、紫藤トウジの目から見ても眩しくて、……尊く感じた。だからこそ、彼は迷い続けてきたのだ。彼らを引き剥がすしかない現実に、押しつぶされ、苦しんできた。

 

『どうして歩み寄ろうとしないで、否定ばかりなんですか! 悪魔としてでなく、どうして彼女を見てくれないんですかっ…!』

 

 あの時の、一ヶ月ほど前に歩道橋で語った正臣の言葉が蘇る。悪魔は邪悪である、という教会の教えに、紫藤トウジの心は大きく揺らぎだす。この教えは本当に正しいのか? 悪魔は本当に全てが邪悪であるのか? と、信徒としてあってはならない疑問が生まれてしまう。嫌悪感を抱いたバアル派の悪魔と、眩しさを抱いたクレーリア・ベリアルを、どうしても同じ存在だと認識することができなかったから。

 

「……今更。もう、今更止まれる訳がないじゃないか…。もう……、止まれる訳が――」

 

 無意識の思いが、言葉として繰り返される。バアル派の悪魔とは違う、己の感情と神への献身がギシギシと軋み合い、壊れたような笑いを紫藤トウジに浮かべさせた。わからないのだ、もう何が正しいのか、間違っているのかが。だけど、もう止まれないことだけはわかっていた。

 

 

「どうか、ご理解いただきたい。今動かなければ、すぐにでも皇帝にこちらのことが気づかれるでしょう。今皇帝ベリアルは、冥界のことで手一杯だ。しかし、冥界全土を巻き込んだ騒動です。事態が落ち着いたら、ベリアル家の子女であるクレーリアに連絡を入れる可能性があるでしょう。そうなったら……」

「……今回の件が彼女の口から、皇帝に伝わるかもしれない」

「えぇ、そうです。教会との不祥事が皇帝に伝わったら、彼の怒りが今度は教会に向けられるかもしれません。皇帝ベリアルは、冥界全土に混乱を起こすような男だ。魔王や我々の制止も聞かず、暴走するかもしれないでしょう」

 

 悪魔は言葉巧みに、様々な不安を煽るような可能性を、紫藤トウジに向けていく。それに冥界全土を巻き込んだ騒動だというのなら、いずれクレーリアにも伝わってしまうだろう。彼女からベリアル家へ連絡をいれようとする動きもありえるのだ。バアル派の悪魔の言う通り、もう時間がないのは間違いなかった。

 

 しかし、彼の軋む心には何一つとて響いてこない。ただ、やはり自分は止まることができないのだ、という事実がわかっただけのこと。

 

 

「クレーリア・ベリアルを捕らえ、それで皇帝を脅し、彼とベリアル家を失脚させて力を奪う。それが、お前たちの策ということか」

「その通りです。ただクレーリア・ベリアルを使えば、もしかしたら彼の眷属が我々から奪い返しに来かねない。だが、彼女が教会に捕らえられているのなら、下手に手出しなんてできないでしょう。彼らは禁じられた恋愛を行っていた。それを名目にしておけば、教会が彼女を捕らえる理由なんていくらでもできる。教会と手を組んでいたことは、あとでこちらでもみ消しておきますよ」

「…………」

「あぁ、そうだ。こうしましょう。教会側が神の信徒としての役目を果たすために、聖職者を誑かしたクレーリアを今日この日、『たまたま』あなたたちは捕らえたのです。だから我々から皇帝に、同族であるクレーリアを救うために教会と交渉してあげよう、と話をするのですよ。……冥界での騒動を収める等価交換としてね」

 

 この悪魔の思惑通りに、果たしてうまくいくのか。バアル派は悪魔の勢力の中で、絶大な権力を持つ者たちだ。今回の件をもみ消すことぐらい、彼らならできてしまうだろう。しかし、そんな彼ら相手に騒動を起こした皇帝が、そう簡単に引き下がるのか。何より、彼女の存在だけで皇帝を止められるのだろうか。

 

「……いや、そこから先は考えても意味はないか」

 

 もし皇帝がクレーリアを見捨てれば、そのまま一人の女悪魔の命が消えるだけ。皇帝がクレーリアの命を選んでも、古き悪魔達によってベリアル家ごと滅ぼされる。そして彼女は居場所を失い、はぐれ悪魔として追放されることになるだろう。その後、クレーリアを葬ることなど容易い事だった。

 

 成功しても、失敗しても、どちらでもいいのだ。悪魔側がそれで混乱しようと、教会側は知らぬふりをすればいい。教会側は、信徒との恋愛による粛清を行っただけだ、と主張を通すのみ。どっちみち、それしかもう方法はないのだから。

 

 このまま何もせずにいれば、騒動が収まってすぐにでも、皇帝に教会との間に起こった不祥事を知られるだろう。その時、彼がどのような行動をとるのかわからない。もし魔王級である悪魔の怒りを買えば、駒王町など簡単に滅ぼされてしまうだろう。紫藤トウジの仲間も、妻も、娘も、この街の全てが消し去られてしまうかもしれないのだ。それだけは、その可能性だけは潰さなくてはならなかった。

 

 それは同時に、皇帝ベリアルが八重垣正臣とクレーリア・ベリアルの愛を認め、二人を祝福する可能性も潰してしまう選択であることは理解している。だが、紫藤トウジにはそんな夢物語を信じることができなかった。いや、信じてはいけなかった。紫藤トウジは、教会のために生きる戦士だ。故に、悪魔である皇帝ベリアルに願ってはならない。悪魔を信じて、行動するなどあってはならないから。

 

 もう自分の意思で、止まることができないのだ。もうすでに、……ここまで来てしまったのだから。

 

 

 

――――――

 

 

 

 それからしばらくして、皇帝との交渉について話し合ってくると告げ、悪魔は魔方陣へと消えていった。自分以外の気配が感じられなくなった森の中、紫藤トウジの目は自然に(そら)へと向かう。自分の目に映る景色の境界の先にあるのだろう、自身が信じる神がいる天界を臨むように。

 

「……これが、きっと正しいはずなんだ」

 

 教会の信徒として、聖剣に選ばれた戦士として、正しいはずの選択。悪魔を信じないことこそが、彼が通らなければならない教心の道だと信じて。

 

 しかし――

 

「八重垣くん」

 

 バアル派の悪魔は、最後までもう一人の存在について語ることはなかった。確かに彼らの言う通り、皇帝ベリアルたち悪魔側が、教会側と事を構えるのは難しいだろう。しかし、一人だけ真正面から教会に剣を向けることができる人物がいることを、クレーリアを救える可能性があることを、彼らは忘れていた。悪魔を愛した、一人の聖職者の存在を。

 

 彼らにとって、人間など歯牙にもかけていなかったからだろう。紫藤トウジも悪魔側に、あえて八重垣正臣のことを伝えなかった。彼との決着を、悪魔にだけは邪魔されたくなかったから。

 

「君は、きっと私の前に立ちふさがるんだろうね。たとえ、どれだけ絶望的な状況だったとしても、自分の信じる道を真っ直ぐに進むために」

 

 静かに目を閉じた紫藤トウジは、聖書の一説を唱える。次に彼が何もない場所へ向かって腕を振り上げた瞬間、――その手には一本の美しい剣が握られていた。まるで幻のように現れたその剣こそが、彼が教会の戦士として築き上げてきた全てが込められているものだった。

 

 かつて最強とも謳われた伝説の聖剣。大昔の戦争で七本に折れてしまったが、その破片を教会が回収し、錬金術を用いて7つの特性を7本の聖剣に分けて作り直されたのだ。その内の一本である、夢幻の聖剣(エクスカリバー​・​ナイトメア)を模して造られた聖剣が、彼の手に握られていた。レプリカではあるが、歴戦の戦士である紫藤トウジの技術と合わさることで、その力は決して本物に劣らないものとなる。

 

 

「だけど、今まで君は私に勝ったことがない。さらに、こちらにはエクソシストの仲間たちがいる。クレーリア・ベリアルの眷属達を葬ることなど、容易いほどの戦力があるんだ。君一人では、どう足掻いても私に剣を届かせることはできないだろう」

 

 淡々と事実を告げる紫藤トウジの言葉は機械的であり、己の中の迷いを心の奥底へと覆うように塗りつぶしていく。あまりにも、目に見えた勝負だろう。いや、勝負にすらならないほどの圧倒的な差だ。それこそ、神の奇跡にも等しい、世界の流れ(運命)を捻じ曲げてしまうほどの奇跡でも起こさない限りは、八重垣正臣に勝ち目なんてありえない。

 

「……だから、せめて最後は私の手でキミを」

 

 そこから先の言葉はない。紫藤トウジは己の信仰を確かめる様に、聖剣の刃を一撫でした。そしてもう一度、聖剣を一振りすると、先ほど突然剣が現れた時と同じように、霞のようにその姿は消え去る。昏い光を瞳に宿しながら、一人の戦士は仲間たちに己の決断を伝えるために、教会へと足を進めた。その足取りは、一歩一歩踏みしめるようにゆっくりだった。

 

「止められるものなら、止めてみせてくれ。……私の全てを」

 

 自嘲混じりに告げられた彼の最後の言葉の真意は、誰に聞こえることもなく、泡のように天へと消えていったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「……うわぁー」

「……ですねぇー」

 

 この日のために、メフィスト様の魔力と魔法で一時的に繋げてもらった冥界のチャンネルを視聴した俺達の感想は、もうこれしかなかった。他に何を言えばいいのかわからないぐらい、冥界がなんかもうすんごいことになっていたとしか言えない。トップ3の皆さん、超はっちゃけていました。タンニーンさん、超お酒飲んでいたよ。

 

「いやぁ…、うん。まさかここまで冥界がすごいことになろうとは」

「……えっ? あの、カナくん。ここまでって、これカナくんの考えた案ですよね?」

「えーと、そうなんだけどさ。ストライキ自体は正直、……ちょっとした前準備程度のつもりで考えちゃっていたものでして」

 

 あはははっ、と乾いた笑みを浮かべる俺に突き刺さる、パートナーからの無言の視線が大変痛いです。だって運営を混乱させて、交渉の場を用意させる必要があったから、ストライキをしよう! って俺は提案しただけなんだよ。まさかベリアル家総出でテレビ出演やらデモ活動をし出したり、新しいゲーム改革案の発表をディハウザーさんが大々的に行ったりするなんて、思ってもいなかったのだ。ぶっちゃけ俺は提案しただけで、細かい内容まではよくわからないままだったのである。

 

 大人組でストライキを成功させるために、色々作戦会議や準備を行ってくれていたことは知っていた。ディハウザーさんが動けば、混乱が起こることもわかっていたつもりだった。でも、実際に大混乱する冥界の様子をこの目で見たら、「俺、もしかしてやらかしちゃった?」と今更ながら思ってしまう。どうしよう、ストライキを提案した俺自身が、かなり動揺しているんだけど。原作関係のこととか考えると、なんだかお腹が痛くなってくるよ。

 

「その、カナくん…」

「いや、ラヴィニア。俺だって、一応だけど漠然とはちゃんと考えたんだよ。でも、メフィスト様とかアジュカ様とかめっちゃ頭が良いヒト達に反対されなかったし、ディハウザーさんやタンニーンさんも協力してくれたし、アザゼル先生は爆笑していたしさ。だから、問題なくいけるのかなぁー? って、その…思っちゃっていまして……」

「わかりました、カナくん。今回の件が終わりましたら、一緒にお礼やお詫びの品を皆さんのために買いに行きましょう。パートナーとして、私も頑張ってお手伝いするのです」

 

 慈愛が感じられるほどの眩しい笑顔で、俺に笑いかけるラヴィニアさん。彼女の微笑みや保護者の方々、巻き込みまくった冥界の皆さんに、だんだん居た堪れない気持ちになって俯いていた俺の頭を、優しくよしよしと撫でてくれる。

 

 年下の女の子に、聖母のような笑みを浮かべられながら慰められる俺。ありがとう、あとごめんね。ついでに、ちょっと泣きたくなったけど、最後まで頑張りますのでよろしくお願いします。

 

 

「それでは、とりあえずはこれでカナくん的な前準備はできた、ということなのでしょうか?」

「う、うん。あとは運営側がストライキの解除をお願いするために、魔王様とバアル大王に仲裁をお願いして、ディハウザーさんに話し合いを臨む感じかな。運営への爆弾には困らないし、彼らがクレーリアさんから手を引くまで、戦うことになると思う」

「ゲームの運営が、どれだけ粘ってくるかが鍵という訳ですか」

 

 ディハウザーさんは、『王』の駒の切り札や、利権を守るために同族を粛清してきた事実、さらに第二位と三位から手に入れた証拠だってまだたくさん持っているのだ。相手が駄々をこねてくるのなら、その都度爆弾を投下していったらいい。古き悪魔達が何百年と積み上げてきた業こそが、俺達の武器。

 

 今後や暴動に発展させないために全てを投下することはできないんだけど、そこはディハウザーさんの演技力で、「私は大変怒っているから、聞き訳がよくないと自棄になって、もしかしたら一斉投下しちゃうかもよ?」と思わせることで相手を焦らせる。アジュカ様も皇帝の怒りを静めるためだと、陰から協力してくれるだろう。

 

 それにこれは原作知識でだけど、もしバアル大王が原作で登場した時と同じ思考のままなら、古き悪魔達の権威をこれ以上貶められる訳にはいかないと考えると思う。今は『運営VS皇帝』の図式が出来上がっているけど、証拠が表に出れば出るほど、『古き悪魔達VS皇帝&冥界の民』の図式へと変換されかねないのだ。そうなったら、冥界の民による怒りの矛先は、ゲームだけでなく日常の不満にも繋がっていき、どんどん負債が肥大化していくことになる。とても謝罪だけで済まされず、権威の失墜すら起こりかねないのだ。

 

「まぁさすがにそこまでいくと、ディハウザーさんも責任を取らされかねないんだけどね」

「それは、大丈夫なのでしょうか…?」

「そこまでいかないように、古き悪魔達のお偉いさん方は、事を収めようと必ず取り計らうはずだよ。なんせ今回の件で被害を受けるのは、古き悪魔側の権威だけだ。魔王側の権威は無傷だから、民の後押しもあれば弱体化した古き悪魔達を飲み込みかねない。その結果生まれるのは、完全なる魔王政権の誕生だよ」

 

 魔王政権の樹立。俺の言葉に、ラヴィニアは息を飲んだ。天使や堕天使側は、トップが変わることなくずっと続いてきた組織だからこそ、アザゼル先生や神の代弁者を務めるミカエル様の意見がすぐに反映される仕組みになっていた。しかし、悪魔側はトップが死んでしまっている。新しい魔王であるサーゼクス様達の意見に、周りは反対しやすいのだ。特に、古参組は若輩である王へ、素直に首を垂れることに抵抗を示した。

 

 そんな悪魔側のねじれた構造が、原作のような危機を生み出したのは間違いない。正直俺個人としては、デメリットにしかならない古き悪魔達が失脚して、サーゼクス様達が主導で動ける魔王政権の方が樹立してほしいけど、そのためにはディハウザーさんの犠牲が必要になってしまう。それは俺が当然嫌だし、アジュカ様もそんな方法は使いたくない、と疲れたように言っていた。ゲームのストライキで魔王政権誕生の流れは、魔王様も「それはちょっと…」的な気持ちになったらしい。

 

 まぁ、そんな危険があると人間である俺でもわかるのだ。古き悪魔達がその危機に気づかないはずがない。皇帝のみに集中していたら、自分たちが守ってきた権威の全てが魔王によって漁夫の利されました、とかさすがに間抜けすぎるだろう。彼らは強かで狡猾な古の悪魔達なのだ。だから、きっと大丈夫のはず。

 

 

「……カナくんって、すごいですね」

「えっ、何が?」

「悪魔の政権問題まで考えられることがです。私は今回の件が、そこまでの大事に繋がることに気づきませんでした。それに、カナくんは裏の世界に入ってまだ一年も経っていないのにです」

「あぁー、あははははっ…。いや、ほらさ、俺はアジュカ様から色々教えてもらっているし、直接今回の件に関わってもいた。それにラヴィニアには伝えていない悪魔側の情報も一部あるから、一概に俺がすごいとは言えないよ」

 

 ラヴィニアからの言葉に、原作知識を基準に考えすぎていたかも、とちょっと反省する。そういえば俺って、裏世界に入ってまだ一年も経っていない子どもだったな。もうなんか濃厚すぎる日々に麻痺して、何年も経っているような気分になっていました。ラヴィニアに褒められて嬉しい反面、俺自身の力だけでたどり着いた答えって訳じゃないから、かなり複雑である。

 

 普通、他種族である悪魔の政治や問題、首脳陣の考え方なんてわかるはずがないのだ。なんというか、今回の駒王町の前任者事件については、原作知識がかなりハマった結果のおかげだと思う。皇帝ベリアルの覚悟や悪魔側の政治体制だけでなく、さらに権力者たちの考え方や古き悪魔達の仕出かしてきた業に、三大勢力の意向なんかが。

 

 原作自体が世界の流れが大きく変わる転換期であり、騒乱期でもあったのもあるだろう。原作知識って、使いどころによっては結構やばいものだと改めて思った。

 

「そ、それより、俺達はこれからどうしようか。ストライキの決行は無事に確認できたし、また事態が動くまで特にやることもなさそうだ」

「うーん、そうですね…」

 

 俺の質問に、ラヴィニアは困ったように小首を傾げた。あと数十分ぐらいで四時になりそうだし、高校はそろそろ下校時刻だろう。姉ちゃんは部活動で遅くなるだろうけど、クレーリアさんたちはまっすぐ家に帰ると思う。駒王町のみんなが帰ってきたら、一度連絡は入れたいと考えているけど、たぶん三十分ぐらいはまだ時間があるだろう。ちょっと微妙な空き時間だな。

 

「魔法の練習に使うにも、微妙な感じですし」

「そうなんだよなぁー」

 

 冥界は大混乱中だけど、人間界はなんとも平和なものである。悪魔側の問題に、人間(魔法使い)の俺達が関わるのはまずいから仕方がないんだけどね。みんな忙しく動いている中、ちょっと申し訳ない気持ちになる。しばらくどうしようか考えながら、とりあえずもう一度冥界の様子を窺っておくことにした。

 

 現在、俺達の前に映し出される映像からは、アグレアスの様子が逐一報告されている。ディハウザーさんは集まった記者の方々に向けて、これからの新しいレーティングゲームの在り方について話をしているところだ。

 

 みんなそれにすごく興奮しているけど、むしろ何百年間も同じ内容のゲームをし続けているとか、悪魔ってかなり気が長いというか、凝り性だよね。俺ならちゃんと運営仕事しろよ! 新要素早くアップデートしろよ! って文句言っていそうだ。人間と悪魔じゃ寿命が違うから、っていうのも違いにはありそうだな。

 

 ただレーティングゲームは、スポーツ的な要素もあるから一概に悪いとも言えない。サッカーとか野球に、新ルールをぶち込むと考えたら、ちょっと「えっ」って気持ちになるし。だから今回のゲーム改革がこんなにも大事になってしまった要因には、冥界の娯楽がレーティングゲームしかないこともあったんだと思う。レーティングゲームしか娯楽がないからこそ、運営側が大きな権力を持つこともできたんだろうし。

 

 もし昔見た短編に出てきた『アザゼルクエスト』みたいに、レーティングゲームの環境を利用した、ロールプレイング的なゲームが冥界にもあったら面白そうだろうになぁー。サブカルチャーでよくあるMMORPG的なゲームの世界に入って、実際にプレイするとか俺自身もかなり憧れる。

 

 今度アジュカ様にお礼を渡しに行くときにでも、作れないか聞いてみようかな? 仕方がないとはいえ、前世の俺よりも時代が昔な所為か、スマホもまだないし、ゲームや映像技術もまだまだ発展途上なのだ。今は昔の名作で楽しんでいるけど、元現代っ子だった俺にはどうも物足りない気持ちが感じられてしまう。

 

 うーん、前世の俺がゲームをしていた時代にたどり着くのは、まだまだ先だしなぁ…。早く三大勢力が仲良くなって、アザゼル先生とアジュカ様が技術を交換し合えるようになれば、面白いゲームをいっぱい作ってくれそうなのに。世界の平穏のためと、新しいゲーム作りのために、早く和平をしてほしいです。

 

「なんかゲームのことを考えてたら、ゲームしたくなってきた」

「えっ」

 

 ポツリと呟いた言葉に、二度目のラヴィニアからの無言の視線をもらいました。ごめん、さすがにそんな場合じゃなかったよね。下にいるミルキー信者たちを呼べば、四人対戦ができるかな? とかちょっと思っちゃいました。そうしてラヴィニアと相談した結果、リビングでミルキーアニメでも見て大人しく待つことにする。うん、それが一番平和そうである。

 

 そんな風に笑っていた俺の下に、突然一本の通信が届いた。

 

 

「……あれ、ミルたん?」

「ミルたんさんからですか?」

 

 いつもだいたい俺から連絡をしていたから、ミルたんから連絡が入ったことに素で驚いてしまった。それにこの時間帯は、たぶん教会へ相談に行っている頃だったと思う。だからこんな時間に、それもミルたんから連絡が入ったのは初めてである。それに疑問を浮かべると同時に、……言いし得ぬ不安のようなものが胸中を過ぎった。

 

 心音を落ち着かせるように一度深呼吸をし、俺は通信用の魔方陣に魔法力を籠める。すると、魔方陣が緑色に輝き出し、次に野太くハスキーな声が光の中から聞こえた。ラヴィニアと緊張から視線を合わせ、俺は魔方陣に向けて言葉を発した。

 

「えーと、ミルたん。どうかしたのか?」

『――カナたん、繋がってよかったにょ!』

 

 まずはミルたんの元気な声が聞こえたことに、安堵からホッと息を吐く。少なくとも、彼に何かがあった訳ではないらしい。ミルたんに危険が迫っているという訳でもなさそうだけど、普段とは違い、どこか焦りのようなものを声から感じられる。さっきから止まらない嫌な予感が、そんな小さな事さえも気になってしまった。

 

 まさか、とは思う。どうしてこんな時に、とも思う。だけど、たぶん俺の嫌な予感は当たっているんだと思う。今までの経験上、「なんか嫌な予感がするなぁー」と感じた時の的中率は、自分でもびっくりの100%だ。はぐれ悪魔しかり、はぐれ魔法使いしかり、堕天使とドラゴンによるいじめしかり。先生からは、神器所有者特有の感覚だと教えてもらった。

 

 神器はそれ自体が持ち主の生命力や魂と密接に結びついているため、この俺が感じる危機感は、神器が発する信号と同じようなものらしい。特に俺は相棒を全面的に信頼し、アザゼル先生曰くおんぶに抱っこレベルで頼りまくっている影響もあり、抵抗一切なく直で神器の信号を受け取れているようだ。あと相棒である消滅の紅緋槍(ルイン​・​ロンスカーレット)自身が、そんな宿主に対して過保護レベルで働きかけているのも理由らしい。最近の相棒はドライ風味な気がしていたんだけど、ツンデレだったんだろうか。

 

 そんな俺と相棒に対して、『お前ら、絶対におかしい』と、神器研究のスペシャリスト様から真顔で言われたんだよな。恩恵はちゃんとあるんだからいい気もするんだけど、同時になんか駄目なこともわかるので複雑だ。俺は相棒を頼って、相棒も俺に頼られて嬉しいで、お互いにWin―Win! は、やっぱり駄目ですよね。特に俺が。

 

「ミルたん、もしかして。教会に、……紫藤さんに何かあった?」

『そうだったにょ。さっきまで牧師さんと一緒に、少女らしい決めポーズの練習をしていたんだけどにょ』

 

 何やっているんですか、紫藤さん。ミルたんにお願いされて、断れなかったのはわかるけど。

 

『そうしたら突然、牧師さんに連絡が入ったみたいなんだにょ。その後、すごく慌てた様子で、教会の奥の方にある森に一人で出て行ったんだにょ』

「一人で森へ? 他のエクソシストさん達は?」

『すごく心配そうにしていたにょ。今も牧師さんの帰りを待っているみたいだにょ』

 

 自分の駄目さにちょっと落ち込んだが、頭を振ってとりあえず今は振り払った。ミルたんの報告から考えるに、紫藤さんに届いたという連絡は、おそらく教会関係者ではない。仲間や上司からの連絡なら、普通に一般人のいない教会の奥へ行って聞けばいいのだから。わざわざ森の中へ、それも心配する仲間を置いて向かった訳はなんだ。

 

「ミルたんは、今どうしているんだ?」

『ミルたんは今、教会から離れた場所にいるにょ。牧師さんから、「今日はもう、教会は閉館します」って謝られたにょ。だから、今教会側がどうなっているのかはわからないんだにょ』

「……そっか、ありがとうミルたん。これ以上は危ないかもしれないから、教会にはもう近づかないようにしてくれ」

 

 正直、もっと教会側の情報が欲しい気持ちではあるが、ミルたんにお願いするのは危険すぎるだろう。それに、もう十分に彼は役目を果たしてくれた。あの責任感が強い紫藤さんが、相談の途中にも関わらず一人で出かけ、しかも教会から一般人を出したのだ。それだけの緊急事態が起きた、と考えるべきだろう。

 

 それに、俺の中にある嫌な予感がやっぱり消えてくれない。もし俺の感じるこの勘が正しいのなら、おそらく紫藤さんに連絡を入れたのは、……バアル派の悪魔じゃないだろうか。それなら、紫藤さんが教会から離れた理由に説明がつく。悪魔は教会に近づくことができないから。

 

 だけど、もしそうだとしたら、何故バアル派の悪魔は教会に連絡を入れたんだ? だって、冥界は今大混乱中である。皇帝がストライキを起こしている最中なのに、駒王町で動いている暇なんてないはずだろう。彼らがクレーリアさんを狙っていたのは、彼女が聖職者と恋愛をしたことを口実に、皇帝ベリアルに余計なことを吹き込むのを邪魔に思っていたからだ。その皇帝が冥界で騒動を起こしているというのに、どうしてクレーリアさんを――

 

「……まさか、だからなのか?」

 

 そこまで考えた俺は、バアル派の悪魔の思惑に一つ当たってほしくない想像ができてしまった。彼らは現在、皇帝によって追い詰められている。そんな彼らはきっと、皇帝に対抗するための手札を探し回っていることだろう。そんな彼らが思いついた手が、冥界だけでとどまらず、駒王町にまで及んだのだとしたら…。

 

 

「……メフィスト会長の予感は、的中してしまった訳ですね」

「ラヴィニア?」

「カナくん、私たちは『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の人間です。そして、今回の件で表側に決して出てはいけないのです。私たちの存在が悪魔側にばれてしまったら、魔法使いの協会の介入が知られるだけでなく、メフィスト会長との繋がりからタンニーンさんも疑われかねません」

「……それって、俺達はクレーリアさんたちを助けに行けないってことか?」

 

 ラヴィニアからの忠告に、俺の顔色は悪くなっていることだろう。そうだ、俺達は表立って動けない。だから、今まで裏でこそこそ彼らを支えてきたのだ。申し訳なさはあっても、ディハウザーさんたちに全てをお願いするしかなかった現状。それは、駒王町でも同じだったのだ。

 

 バアル派の悪魔や教会がクレーリアさんたちに危害を及ぼそうとしても、俺達は助けに行ってはいけない。『灰色の魔術師』の介入がばれたら、それこそ大変なことになってしまうから。だけど、ここまできてみんなを見捨てるなんてできる訳がない。ここで動かないなんて、それこそ何のために今まで俺は頑張ってきたんだよっ……!

 

『あなたの行動が私や他の部員にも多大な影響を及ぼすのよ! あなたはグレモリー眷属の悪魔なの! それを自覚しなさい!』

『では、俺を眷属から外してください。俺個人であの教会に乗り込みます!』

 

 ……あぁ、そうか。原作では無謀だと思っていた兵藤一誠の気持ちが、今はすごくよくわかる。攫われたアーシアさんを救うために、友達を見捨てたくないために、組織を捨ててでも立ち向かおうとした思いが。そして、リアスさんの言葉は、俺の胸に突き刺さる。俺はメフィスト様やラヴィニアに、たくさん助けられてきた。そんなみんなに迷惑をかけるなんて、本当に自分勝手すぎる。

 

「ラヴィニア、それでも俺は……」

「だから、カナくん。私たちが今回の件に介入するのなら、別の身分を用意する必要があるのですよ」

「友達を見捨てるなんてでき、――えっ?」

 

 組織のみんなに迷惑をかけないために、せめて俺一人だけでも向かおうとした決意は、肩を竦めながらにっこりと微笑むラヴィニアの笑顔に打ち消される。呆然とする俺に彼女はくすくすと笑うと、少し怒ったように腰に手を当てた。

 

「一人で無茶なんてしちゃ駄目ですよ。私のパートナーは、カナくんなのです。約束したじゃないですか、私も一緒にカナくんの問題へ巻き込ませてください、って」

「……でも、魔法使いの組織だってばれる訳には」

「そうですね、少なくとも私は神器が使えないです。『永遠の氷姫(アブソリュート​・​ディマイズ)』の所有者が私であることは、それなりに有名ですから。いつも使っている魔法の形式も、少し変えなければならないかもしれません」

 

 手を顎に当てながら、悩むように告げるラヴィニア。つまり、俺達が『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の魔法使いだとバレなければいいってことなのかな。確かに魔法使いの組織は他にもたくさんあるし、野良やはぐれ魔法使いだっているのだ。しかも人間はどこの組織にだっているから、正確な判断が難しい。確かな証拠もなく、最古参の悪魔が理事を務める組織に疑いなんて向けられないってことか。

 

「カナくんも今回の件で、特に悪魔側にはあまり神器の能力を見せない方がいいと思います。カナくんの神器は、知名度が低いだけで珍しい効果であることには変わりありませんから」

「えっ、俺も? 正直神器が使えないと、俺って戦闘力がないにも等しい気が…。それにアザゼル先生から、前に『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』は量産型の神器だって教わったよ。神滅具みたいに、一人一つって訳じゃないし……」

「……私も詳しくはわかりませんが、メフィスト会長からの言伝なのです。もし能力を使う場合は、『消滅の紅緋槍』という神器を使っていることが、相手にはバレない様にした方がいいと思います。それに、半年ですがカナくんは魔法の勉強を頑張ってきたのです。自信を持ってください!」

「いや、確かに魔法の勉強はしてきたけどさ…」

 

 水をお湯にしたり、痛みを和らげたり、透視したりで、どうやって戦闘をしろと。未だに俺の使えそうな魔法の形式だって見つかっていないのに。疑似『覇軍の方式』でラヴィニアから攻撃魔法をコピーするにしても、今すぐには無理だし、俺じゃあ大した戦力にはなれないだろう。

 

「俺に合う魔法かぁ…。俺が知っている知識で、その魔法形式に理解があって、さらに一般人レベルの俺でも即戦力になれる使いやすさのある魔法。そんな都合のいいものがすぐに見つかるのかなぁ……?」

「それでも、私たちにできる限りで頑張りましょう。カナくんの夢を叶えるためにも!」

 

 突然の事態に、不安で弱気になっている俺に向かって、当たり前のように笑って手を伸ばしてくれる彼女に、正直泣きそうになった。俺って、本当に恵まれている。それに、ラヴィニアが俺にこうして手を伸ばすことを、メフィスト様も了承してくれているんだと思う。メフィスト様が俺の神器について、わざわざ言伝を預けるぐらいなのだ。素直に忠告は聞いておくべきだろう。

 

 俺のわがままに、それでも最後までついて行くと言ってくれたパートナー。組織のことを考えれば、俺の行動は叱責されて当然のことのはずなのに。それでも、彼女は傍で俺を支えてくれる。温かく流れ込んでくるような嬉しさに、俺は噛みしめる様にギュッと手を握り込んだ。

 

「……本当にありがとう、ラヴィニア」

「ふふっ、はいなのです」

 

 焦っていた心が、彼女のおかげで少しずつ落ち着きを取り戻していく。もし古き悪魔達の思惑が俺の予想通りだとしたら、少なくともクレーリアさんたちがすぐに粛清されてしまうことはないはずだ。まず、クレーリアさんの家で待機しているだろう眷属さんたちに連絡を入れて、注意をしてもらわなければならない。次に俺達が『灰色の魔術師』だとばれないように、何か変装しないとな。

 

 戦力としては心許ないかもしれないけど、それでも俺達にできる力でみんなを助けてみせるんだっ!

 

 

『カナたん、ミルたんも協力するにょ! 友達も牧師さんたちも、ミルたんが助けるんだにょ!』

「あっ、いや、ミルたん。それはさすがに危険で…」

『危険なのはわかっているにょ。でも、ミルたんも友達を助けたいにょ! 愛と正義の心を持って、守るべきもののために困難に立ち向かってこそ、立派な魔法少女になれると思うんだにょっ!」

 

 やっべぇ、ミルたんとの通信が繋がったままだった。さっきまでのラヴィニアとの話を聞かれていたからか、めちゃくちゃやる気を出されてしまっている。でも、さすがにちょっと魔法を習っただけの一般人(?)を、教会や悪魔の問題に関わらせたら駄目だろう。

 

 これは、ミルたんを説得しないといけない。魔法少女スイッチの入ったミルたんはものすごく押しが強いのはわかっているけど、彼には危険なことをやらせたくないのだ。ラヴィニアもきっと同じ気持ちだろうと考え、援軍を求めて隣に視線を移した。

 

「なるほど、……その手がありましたか」

「えっ、ラヴィニア?」

 

 あれ、おかしいな。俺の嫌な予感センサーが、何故かラヴィニアに向かってビンビンに立ちだしたんだけど。

 

「カナくん、見つけたのです。私たちの新しい身分と魔法を。しかも、この神秘の国ジパングだからこそ怪しまれることなく、クレーリアさんたちの愛を守るためなら、彼女たちを助ける立派な理由にもなるのです!」

「あのー、ラヴィニアさん。俺、不安しかないのですが」

「大丈夫です、カナくん。一緒に戦いましょう、愛のために。それが、きっと魔法少女なのですよ!」

『その通りだにょ、ラヴィたん! みんなで愛を守るために頑張るんだにょっ!』

 

 間違った日本魔法少女知識を得た氷の姫は力強く頷き、魔法少女で存在感が超越した(おとこ)()は気合いの雄たけびを上げた。そんな彼らの様子に、俺の目はどんどん遠退いて行っている。あぁ…、これ俺にはどうすることもできない強制参加コース確定だ。魔法少女スイッチと天然スイッチが入った彼らを止められないことは、俺が一番よくわかっている。

 

 そして、この中で一番立場が弱いのは、当然ながら俺である。危険なのに俺のわがままのために、みんなは協力してくれているのだから。何より、俺は友達を助けるために頑張ると決めた。そのために、魔法使いの協会を巻き込み、タンニーンさんやアザゼル先生も巻き込み、アジュカ様の隠れ家に不法侵入をし、ディハウザーさんにストライキをやらせて、冥界を大混乱させたのだ。

 

 だから、だからっ……、まだ俺は…、俺は頑張れるはずっ……!

 

 

「それでは、早速準備をしましょう! 魔法使いさんたちのお家に、たくさん衣装や補助具があった筈です。それで、みんなで変身しちゃうのです!」

「たくさんの衣装…、みんなで変身……」

『みんなで変身するのなら、ミルたんもすぐに向かうにょ! 確か敵役である魔法少女たちが付けていた仮面も置いてあった筈にょ。魔法少女は正体を見破られてはいけないから、すごい隠蔽の魔術がかけられている、って教えてもらったにょ!』

「ナイスです、ミルたんさん!」

「…………」

 

 俺のためのはずなのに、俺を置いてけぼりにしてわいわい話す魔法少女(カタストロフィ)達。どうしよう、ものすごくお腹が痛い。なんでこんな現実が、俺に向かって降り注いでくるの? 俺、なんか悪いことした? 友達を助けようと頑張っているだけなのに。相棒が慰めるように光って応援してくれているのが、地味に心に来る。

 

「現実って、辛い…」

 

 これから起こるだろう現実に立ち向かうために、俺達の戦いも始まるのであった。

 

 


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