えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
痛いほどの沈黙と、張り詰めた空気が場を支配する。彼らの目に映る欲望と狂気を孕んだ熱は、一切衰えることがないまま、指先の擦れる音と、牌が移動する音だけが響き渡る。誰もがそれを無言で見守る場で、張り詰めた糸を緩めることなく、一人の上級堕天使が額から流れる汗を拭くことも忘れ、真っ直ぐに己がツモってきた牌を見つめていた。
男が手にした牌は、自分の欲していたものではなかった。局は中盤から終盤に入ろうとしている、まさに佳境期。本来なら危険が感じられる牌を捨てるなど危ない橋を渡りたくなんてないが、すでにテンパイしており、しかも親番で両面の待ちも良く、なかなか自分でもきれいに並べることができたと思う手なのだ。鳴いてさえいなければ、迷わずリーチをかけたかったぐらいである。これを崩したくはないし、ここでさらに点棒を稼いでおきたいという思いもあった。
しかし、だからといってこの牌を簡単に捨ててしまってもいいものか。ちらり、と自分と相対する三人の顔色を窺い、彼らの捨て牌や鳴いた牌を確認する。一人はすでに自身の河に捨て牌があるため、問題はない。もう一人の中級堕天使は今までの捨て牌や打ち方の癖から考えるに、できるだけ大きな手で上がりたいと考える傾向があった。それを加味した結果、彼の待ち牌はこれではないだろう。たとえ当たっても、そこまでの大きな損害は起こらない。
そして、最後に視線を移した先にいるのは、少女のような見た目をした下級堕天使だった。今までの淡々と打つ素振りから、素人ではないようだが、どこか気迫が感じられない平凡な打ち方。しかし、そこまで点棒は高くないがそこそこの手で上がっており、勘は良いのか振り込みも少ないおかげで現在二位の地位にいる。少し前にリーチをしていたが、それ以外特に特出した素振りはなかった。淡々とした表情も変わらず、先ほどまでと同じようにあまりいい手ではないのだろう。
上級堕天使である自負が、あとで簡単に搾り取れそうな平凡な下級より、他の二人を先に集中狙いしようと考えた。それにより十分な差をつけて一位をキープすることができ、さらに二位の彼女とはそう簡単には埋められないほどの差があるのだ。まさに独走状態。
リーチをしている少女は、本来なら警戒対象として慎重にならなければならないのだが、彼女の今までの打ち方から考えても、そんな大そうな待ちはないだろう。残りの局は下級堕天使から搾りとろうと舌なめずりし、男はツモった牌を河へと流した。
「ロン」
凛として告げられた言葉に、男の思考が止まった。衝撃に視線を上げれば、同じように卓を囲んでいた上級堕天使たちも驚愕を表していた。女性らしい高い声と共に、己の牌を持ち上げたのは、やはりあの下級堕天使だった。金色のツインテールを片手で撫で、うっとりとした表情を浮かべている。
どうやら自分の考察とは違い、彼女へ誤って振り込んでしまったことを悟る。せっかくテンパイまでしていたというのに、と苛立ちが胸を占めるが、危険な牌であるとわかっていて目先の欲にかられて振り込んでしまったのは事実。今回は自分の判断が甘かっただけだと、先ほどまで独走だったことに浮かれていた自分を叱咤する。次こそは、彼女から取られた分も含めて奪い返せばいい。
そんな男の思考は、少女のような見た目とは裏腹に見せた、妖艶な微笑みによって打ち消された。
「待っていたっすよぉ。アンタが下級であるあたしを嘗めくさって、振り込んでくれそうなこの瞬間をね」
「……なに?」
「あたしなんて眼中になかったから、気づいてなかったすしょう? あたしがずっとアンタの癖や打ち方を観察していたことを。だから、アンタがそっちの二人を潰してくれるのを大人しく待っていたんすよ。そして、アンタの気が緩む瞬間もね」
「ず、随分と大口を叩くな? 俺から一度取れた程度で、下級堕天使の分際が」
「すんません、育ちが悪いもんっすから」
鋭い眼光で睨まれても、くすくすと彼女の笑みが崩れることはなかった。本来、下級堕天使である彼女は、上級堕天使相手に喧嘩を売るような真似なんて決してしない。睨まれでもしたら、失神してもおかしくないぐらい弱いのだ。しかし、現在の彼女はいつもと違った。今の彼女は、ものすごくハイな気分で、思考が色々ぶっ飛んでいたのである。
同期なのに見た目から下に見られ、厄介事を押し付けてくる同僚の扱いにキレ、上司の至高の堕天使様最高! 演説を延々と聞かされ続ける現状にキレ、さらに最高トップからの無礼講宣言によって、怒りとテンションのメーターが振り切れてしまった少女――ミッテルトは壊しちゃいけない壁まで含めて、文字通り全部ぶっ壊してしまっていたのである。まさに酒に酔っているようなほろ酔い気分のまま、ミッテルトは麻雀を打っていたのだ。
だから、今の彼女はテンションが吹っ切れた酔っ払いと同じなのである。たぶん、後でテンションが戻ったら「やばい、上級堕天使様に向かって喧嘩売ったっす。死のう」ぐらいの勢いでどん底に落ちていることだろう。今だけは、黒歴史更新中の彼女を生温かい目で見てあげて欲しい。
「フハハハハッ、下級堕天使だって嘗めんじゃねぇすよォォォッーー!!」
高笑い後、ミッテルトが倒した牌の列に、会場から驚きの声が上がっていく。自分の揃えていた役以上の、まさに芸術のように美しくそろえられた役牌の並び。男はその美しさに絶句し、そして今までの消極的で平凡な手とは違う、……完全にこちらを食い殺すための牙を彼女が作り上げていたことを理解してしまった。男は失意から膝を折り、彼女を――下級堕天使だと思い侮っていた報いを払わされることとなる。
彼女の同僚は「なんか同僚が覚醒しているんだけど…」と戦慄し、上司は「この私が目立つはずだったのに、どうしてミッテルトがっ……!」と嫉妬の炎と一緒に、麻雀の勉強を始めようと燃え出す。下級堕天使である彼女の黒歴史と共に、各所で麻雀大会の快進撃が繰り広げられるのであった。
「こんな感じで、結構大盤狂わせもあって、こっちは面白いことになっているぞぉー」
『キミたちって、本当にこういったことに一切手を抜かないよねぇ』
「せっかくの祭りなんだぜ? 楽しまなきゃ損だろう」
会場の上空に設置されているテラスから、アザゼルは下克上を果たしている麻雀大会を楽し気に眺める。悪魔側の混乱に、堕天使側が突っ込まないための名目で開いた麻雀大会。幹部連中も巻き込んだ、まさにお祭り騒ぎだ。正直ノリと勢いでやってしまった思い付きだったが、案外悪くない。下級、中級、上級、幹部が入り混じり、全員が真剣勝負に泣き、笑い、楽しんでいる。
それにアザゼルの表情にも、自然と笑みが浮かぶ。大戦で多くの仲間を失い、総督として友を守るために奔走してきた日々。趣味で気分を発散しながら、もう二度と仲間を失わなくていいように和平を考え続けてきた。それなりに楽しんでやってきたつもりだったが、この光景を見て、自分でも久しぶりかもしれないと感じる穏やかな笑みが出てしまった。
「なぁ、メフィスト。俺は堕天使の総督として、この組織をずっと支えてきたつもりだったけどよ。なんていうか、……俺はこういうのが見たかったんだなぁー、って思っちまった」
『……アザゼル』
「これが当たり前になれるんなら、もうちょっと本腰を入れて頑張れる気がしてよ。俺が目指すべきものが、ちょっと見えた気がしたんだ」
ゆっくりと壁に背中を預け、アザゼルはもう一度会場の盛り上がりを視界に収める。眩し気に細められたワインレッドの瞳は、これからの未来について思いを馳せさせた。我や個性の強い堕天使達に、己の考えを浸透させる難しさをずっと感じてきた。幹部であるコカビエルのように、真正面から和平に反対を示す者もまだまだいるのだ。それに、他種族を受け入れる下地どころか、堕天使内でも差別はある。それらを口で言い聞かすことに、疲れが溜まっていたのは否定しない。趣味に逃げていた部分だってあっただろう。
しかし、この景色を見て、改めて決意が固まった。きっかけを見つけることなんて、そう難しいものではないと気づかされたから。自分が目指すべき道は、間違っていない。たとえこの命を燃やし尽くすことになったとしても、叶えたいと願う未来なんだとわかった。
『お前がお前らしくバカみたいに笑って生きられる道を、これが俺の道だって胸を張って言えるような生き方を探せってことだ』
半年ほど前に、自分の生徒になった少年に告げた言葉が蘇る。それなりに自由にやってきたつもりだったが、俺の道だと胸を張れるような生き方には、自分もまだまだ届いていなかったのかもしれない、と自嘲を浮かべた。先生として、生徒にカッコ悪いところなんて見せられないだろう。
何より、争いごとが嫌いで、臆病な性格であった己の生徒。そんな彼が、たとえ誰かとぶつかり合うことになったとしても叶えたい夢のために、真っ直ぐに駆け抜けているのだ。その見本となるべき先生自身が、教えた言葉を証明しなければ、説得力なんて生まれないのだから。
「あいつから『先生』って呼ばれた時は、そんな柄じゃねぇと思ったもんだが、……そう悪くないもんだな」
『僕はアザゼルにぴったりだと思っていたけどねぇ。キミ、昔から面倒見がよかっただろう?』
「お前ほどじゃねぇーよ。それに俺はメフィストと違って、ガキなんて育てたことなかったんだぜ」
堕天使の総督という地位についていることもあり、まず子どもに会うこと自体が滅多にない。堕天使の戦闘をわざわざアザゼルが教える必要はなく、技術方面はサハリエルが主に教えているため、基本上司と部下という関係にしかなったことがないのだ。さらに人間の神器所有者達は、まず堕天使という種族そのものを恐れ、信頼関係が築けるレベルになれない。アザゼル自身も、自分で育てたいと思えるほど、興味の湧いた人材が見つからなかったのもあるだろう。
メフィストからの頼みで、神滅具を持っていたラヴィニアを教導したことはあったが、今ほど距離は近くなかった。彼女もアザゼルも、他組織の相手であるという前提で接し、明確な壁が存在していたからだ。だからこそ、そんな種族や組織の壁など知ったことかっ! という勢いで距離をぶち抜いてきたのは、奏太が初めてであっただろう。
彼は堕天使の総督としてではなく、アザゼルという個人として接してくる。神器のことだけでなく、日常的にアニメやゲーム、雑談などができるほどお互いに気兼ねもなかった。奏太としては、原作でのアザゼルを基準に考えていたため、それが当たり前だと考えている。しかし、この時代の彼はまだ子どもを育てたことがなく、和平に対して明確な目標がない状態だったのだ。
アザゼルが積極的に和平を進めるきっかけとなったのは、息子のように育てたヴァーリの存在や、シェムハザが悪魔の女性との間に子どもをつくったことや、バラキエルの娘である朱乃が悪魔に転生したことなど、他にも様々な要因が重なったことからである。原作で見せた、種族や立場などを気にしないで行動していた彼の態度は、周りへ自ら示すための意思表示でもあっただろう。
そのため、現在のアザゼルにはまだ組織の長としての
奏太のやらかしは、悪魔だけでなく、堕天使にも影響を与えていっていた。
「……カナタのやらかしに感謝だな。あいつがいなかったら、俺はこれに気づくのがもっと遅かったかもしれねぇ」
『カナくんは、そんなつもり全くなかっただろうけどねぇ』
「ハハハハッ、違いねぇ!」
仕方がなさそうに笑う友人の様子に、腹を抱えて堕天使は声をあげる。きっと奏太自身にお礼を告げても、ものすごく困惑しながら、「俺、まったくそんなつもりはなかったんですけど。というか、麻雀大会って何やっているんですか?」と呆れたように返してくるだろう。ここまで人外たちに影響を与えておきながら、本人が一番無自覚なのだから、もう笑うしかない。
戦闘に関する才能はないくせに、周りを巻き込むことに関しては天才なんじゃないのか? とすら思う。アザゼル自身、周りを巻き込んでよく騒いでいるが、それは本人が意図して相手のペースを崩して、自分のやりたいことに周りを引きずり込むからだ。それを無自覚でやらかすのだから、彼には扇動家の才能があるのかもしれない。本人に言っても、すごく嫌な顔をして全然喜ばない才能だろうが。
「くくっ…、ゲホッ、ごほっ……。さっきの皇帝の演説やタンニーンの演技でめっちゃ腹が痛いのに、マジで死ぬ…」
『次にタンニーンくんと会った時に、笑わないようにしないとねぇ。確実に止めを刺されるよ』
「……本気で
今回ばかりは、アザゼルも真面目にメフィストの忠告を受け入れる。タンニーンの『かわいそうなドラゴン』っぷりをからかったりすれば、あの常識的で大変懐が深いドラゴン様でも、さすがにキレる。神をも恐れさせるドラゴンの逆鱗だ。元六大龍王の逆鱗に触れる勇気は、からかい好きのアザゼルにもなかった。
「あぁー、それで、メフィスト。そんな訳で
『まぁねぇ。まっ、予想通りって感じかな。正直いい気分じゃないけど、第三者視点から
「俺も言うこと聞かねぇ部下がいるから、一概にそこは笑えねぇけどよ…。悪魔側も面倒なもんだ」
もしものために放っておいた使い魔によって、メフィストは逸早く駒王町の異変に気付いた。魔力を自由に操れる悪魔であり、最高峰の魔法の使い手であるメフィストにとって、駒王町にいる者たちに気づかれないように網を張ることはそう難しくなかった。
「……一応聞くけどよ、メフィスト。そこまで予想出来ていたのなら、何で事前にクレーリア・ベリアルが狙われる芽を潰さなかったんだ? お前なら、バアル派の悪魔が教会と接触する前に、アジュカ・ベルゼブブに伝えて裏から消させることもできただろう?」
『うん、できたと思うよ。でも、やらなかった。あいつらが暴走してくれた方が、こちらにメリットがあるからねぇ』
「……俺、お前のそういうところが、時々怖くなるわ」
優し気な微笑みを浮かべながら、冷ややかに目を細めるメフィストに、アザゼルは表情を引きつらせた。心の中で、彼の考えに納得はしている。奏太達に見せる穏やかな面と、悪魔らしい計算高い面、どちらも友人の顔だとわかっているし、組織の長として当然だろう。今更驚きはしないが、さらっと言われると多少戸惑いはする。
『クレーリア・ベリアルを古き悪魔達が、狙ったという事実を残すのが重要なのさ。さらに、誠意を見せる訳でもなく、人質を使い皇帝を脅して、負けを認めさせようとする姿もねぇ。皇帝のストライキは、ゲームの不正の謝罪とクレーリア・ベリアルから手を引く、二つが主な目的だけど。……さらに今後、彼女が狙われないための配慮も必要になってくる』
「あぁ、前に聞いたな。皇帝のストライキだけじゃ、足りねぇってことか?」
『バアル派の悪魔から手を引かせることはできるだろうけど、彼女たちが不祥事を起こした事実は変わらない。だから、人質を取って皇帝を脅した償いで、……彼女たちの不祥事そのものすらももみ消してもらうのさ。彼らのお得意の権力でねぇ』
「うっわぁ…」
引いた、これは引いた。古き悪魔達から、搾れるだけ搾る気だこの悪魔。
『あとは、カナくんとラヴィニアちゃんの今後のためにもね』
「……まぁ、確かにあいつらに実戦経験を積ませるのに、今回の件は悪くないな。だが、その紫藤トウジっていう聖職者は、聖剣使いなんだろう? 他にも仲間がいるみたいだし、勝てる見込みはあるのか」
『それは、まぁ…、なんと言えばいいか。……とりあえず、これはその紫藤トウジが通い詰めている病院のカルテのコピーなんだけどねぇ』
駒王町に使い魔を放っていたメフィストは、当然敵になるかもしれない相手について調べていた。その結果手に入れた成果は、……奏太の無自覚なやらかしによる、合法的な教会戦力の削ぎ落とし作戦の一部始終だった。魔方陣から閲覧した資料を眺めたアザゼルは、その内容に思わず口元を手で押さえてしまった。
「……おい、メフィスト。この紫藤トウジってやつ、もう入院するか、治療に専念させた方がいいんじゃねぇのか? 短期間に何回胃に穴空けてんだよ」
『この状態で、彼は何ヶ月も耐え抜いてきたんだよ。彼はもう……その信仰心と気力だけで立っていると言っていい』
「マジか、聖人かよ…」
カルテと一緒に、そこには紫藤トウジが通ってきた胃痛の軌跡が綴られている。彼がこの道をここまで歩くことができたのは、聖職者としての誇りや根性、家族や仲間からの介護、聖水のがぶ飲み、謎のファンタジー食材ゲルゲルのおかげなどがあった。それでも、紫藤トウジに蓄積された心身のダメージは計り知れない事だろう。
この結果を、奏太のやらかしのおかげ、と言っていいのかはわからない。なんせやらかした本人が、教会の大惨事を全く関知していなく、しかも紫藤トウジを心の底から心配している。それなのに、まるで援護射撃のように魔法少女(壊)を、無自覚に嗾けていくのだ。万を生きた悪魔が、十二歳の子どもに戦慄した瞬間であった。
本来、聖剣使いである紫藤トウジに、互角の剣術しか技を持たない八重垣正臣が勝つのは、奇跡に等しいことだろう。純粋に、戦士としての経験の差もある。いくら紫藤トウジに迷いがあるとしても、彼はその時が訪れたら、剣を振ることに躊躇はしない。
「……そんな絶望的な差を、継続的な胃痛と精神攻撃で埋めた。まさに奇跡だな」
『神もびっくりな奇跡だねぇ』
奇跡って何だったっけ? と、思わず最古参組の目が遠くなった。
「でもよ、メフィスト。教会側が悪魔側のように、自棄を起こさないとも限らねぇぞ?」
『彼女は人質だから、悪魔側の事が終わるまで殺されることはないよ。それにカナくん達なら、八重垣正臣くんやベリアル眷属達と協力して、彼女を救うために陰ながら動くだろう。彼らが教会から、クレーリア・ベリアルを救うという筋書きさ。それなら、古き悪魔達はどこにも文句なんて言えない。彼らがクレーリア・ベリアルを救いに行くのは、当然だからねぇ』
クレーリアを人質に使って、皇帝を脅す運営の対応に、当然ディハウザーは怒るだろう。それで優位になったと思い込んだ彼らは、当然調子にのる。そこへ八重垣正臣達による、クレーリア救出のお知らせ。まさに天国から地獄だ。散々皇帝を挑発しまくった彼らは、結局何もできることなく皇帝の怒りだけを買うことになる。
その怒りの埋め合わせに、クレーリアから手を引く程度で終わらせられる訳がない。古き悪魔達のやらかしに、バアル家と魔王は皇帝の怒りを収めようと協力せざるを得ない。古き悪魔達は魔王側に貸しをつくる形で頭を下げ、率先して駒王町の事実をもみ消し、クレーリアの自由を皇帝に約束させる。その代わりとして、なんとか怒りを収めてもらうのだ。クレーリアたちに手を出した、バアル派の悪魔達の失墜も免れないであろう。
『それに、カナくん達が危ない時は、ちゃんと僕も陰ながら動くつもりだからねぇ。ハハハハッ』
「そこは保護者思考かよ…。まぁ、俺もそのもしもの時のために準備はしてきたんだがよぉ…」
なんだかなぁー、と思いながら、アザゼルは疲れたように溜息を吐いた。今頃、奏太達は大慌てしているのだろうが、そんな子ども達の成長を見守るようにニコニコしながら、この保護者は後ろから眺めているのであろう。奏太達はメフィストが一番優しいと好感度が高いが、アザゼルから言わせてもらえば、「騙されているぞ子ども達」的な気分だった。
「とりあえずだ。教会が動くことが確定なら、俺も駒王町へ向かうとするわ」
『それはありがたいけど、……いいのかいアザゼル? 麻雀大会の主催者が途中で抜けちゃって』
「休憩だよ、休憩。大会は三日三晩貫徹でやるつもりだから、少しぐらい息抜きしても問題ねぇよ」
『悪魔側が混乱中だからって、よくやるよキミたち…』
今度はメフィストが、堕天使のお祭り根性に素直に引いたのであった。
友人との通信を切ったアザゼルは、小さく息を吐くと、もう一度だけ麻雀会場をぼんやりと眺める。それから、盛り上がる会場の歓声から背を向け、ゆっくりと歩き出した。
そして少しして、仕方がなさそうに黒髪を手で掻きながら、テラスの出入口の方へそっと視線を投げ掛けたのであった。
「つーわけだ、シェムハザ。俺はしばらく出かけるから、ちょっとここの留守を頼むな」
「……あなたはいつもそうですね。今回の件も、何も私に伝えて下さらなかった。少しは副総督である私に、重荷を背負わせてくれてもいいのに」
「十分背負ってもらっているよ。お前さんがいるから、俺は俺のやりたいことができる」
声をかけて返ってきた返答に、アザゼルは肩を竦めながら笑う。テラスの出入口から現れたシェムハザは、複雑そうな表情を隠すことなくアザゼルを見つめる。しかし、トップの歩みを止めるようなことはしない。アザゼルが突然祭りを始めよう! と言いだした経緯に疑問を感じてはいたが、彼はあえて詳しく聞くようなことをしなかった。
トップである彼が動くのなら、それなりの理由がある。時々調子にノリ過ぎて、訳が分からないことをやらかすことはあるのだが、『
「帰ったら、ちゃんと話す。だから、それまでは冥界を頼んだぜ」
「お任せください。……いってらっしゃいませ」
シェムハザの横を通り、軽く手を振って出口へと向かうアザゼルを、シェムハザは仕方がなさそうに溜息を吐いて静かに見送った。先ほどから会場で幹部連中が、「アザゼルはどこだ!? おまえを倒して俺がトップに立ってやるっ!」と騒がしかったので呼びに来たのだが、この場を任されてしまったのなら仕方がない。
特に、コカビエルやアルマロスといった血の気の多い幹部が、俺こそ一番! と煩いのだ。勝負事の大好きなアザゼル含めたこの三人に、バラキエルやベネムネ、タミエルあたりが巻き込まれるのが常であった。ちなみにサハリエルは、ちゃっかり逃げていることが多い。シェムハザも仕事を理由によく抜けているが、……それだけでなく、アザゼルたちもあまり積極的にシェムハザを麻雀に誘わない理由があった。
「まったく、それでは仕方がありませんね」
くすりっ、と微笑みを浮かべた美貌の副総督様は、会場で騒いでいるであろう堕天使達の下へゆっくりと足を進める。
「麻雀をやるのは久しぶりですが。アザゼルがいないのなら、……副総督である私が参加するしかありませんよね?」
後に、副総督様による華麗なる堕天使麻雀虐殺事件という伝説が堕天使間で広がることになるのだが、それはまた別のお話である。