えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第六十五話 暴走

 

 

 

「……何、運営がか?」

「あぁ、もうちょっと時間がかかるかと思ったんだがな。意外と根をあげるのは早かったらしい」

「どうするの、ディハウザー。彼らと話をする?」

 

 冥界でストライキを始めて、すでに半日が過ぎようとしている。時間だけ見ればそう長くはないが、彼らにとっては今までの悪魔生で一番長かった時であった。運営へのパフォーマンスに、ファンへのサービスだけでなく、テレビ局への連続インタビュー、プレイヤー達に向けた演説や、新たなレーティングゲームについての未来予想図など、次から次へと雪崩れ込むように皇帝へ向けられた矢印の対応。まさに時の人、とはこういう状態を言うのだろう。

 

 悪魔故に体力はあるが、慣れないことへの精神的な疲れをそろそろ感じて来る。それでも、彼は休憩を挿むことなく活動し続けてきた。不正を訴えられた運営は未だに混乱が収まらず、それに対する民衆やプレイヤーの追及はどんどん数が増すばかり。自領ということで、アガレス大公の眷属達が頭をペコペコしながら、状況把握に訪れる回数も増えた。あのビィディゼが、「すまん、皇帝がアレで」と騒ぎの原因を全てディハウザーに押し付けながら、大公の眷属に菓子折りを送る姿も見られる。

 

 そんな混沌としたストライキ現場で、ついに事態が動く兆しが見えだした。古き悪魔達から、ビィディゼとロイガン宛に通信が届いたのだ。皇帝と交渉できる場を裏で設けて欲しい、という内容に、ディハウザーは考え込むように顎へ手を当てる。確かにディハウザーは、古き悪魔達に交渉の場を設けさせるためにストライキを始めた。相手側がそれを求めてきたというのなら、少しずつ事態は進んでいっているのだろう。

 

「……いや、もうしばらく待とう。運営側には、『今まで騙していたことへの謝罪ではなく、まずは裏で交渉しようなどという考えに、運営側の誠意が感じられない。そのような要求を飲む必要性がない』とでも送り返しといてくれ」

「うわぁ…、その返事を送り返すのか。『この我らが下手に出たというのに、なんて傲慢な態度だ!?』って、勝手にキレられる未来しか見えない」

 

 皇帝の返事に嫌そうな表情を隠すことなく、ビィディゼは運営側の反応を真似してみる。彼らがこの程度で、反省する訳がないという考えの下だ。ディハウザーもロイガンも同意見なのだろう、深いため息が出てしまった。追い詰められているのは運営であるはずなのに、彼らは自分達の権威が揺らぐことはない、という謎の自信を持っている。確かに、何千年以上と続いてきた悪魔の貴族の歴史だ。そう簡単に崩れることはないだろう。

 

「だが、悪魔貴族の頂きの象徴であった『魔王』ですら、変わる時代なのだ。いつまでも、そういう態度でいてもらっては困るな。『やはり反省が見られませんね。では、次にお見せする映像証拠は、魔王様方が妹ファンクラブを作ろうとしたことを馬鹿にして嗤い、妹程度で騒ぎを起こすなど、と失笑していたシーンを流しますよ』とでもついでに伝えておいてくれ」

「やめろ、それは古き悪魔達に効く。あっちの悲鳴に、私の鼓膜もダメージを受けるだろう。……というか、何でそんな証拠を持っている。ゲームに関係ないだろう、それ」

「もらった証拠の中に紛れていたんだ。魔王様を味方にできるかな、と思ってもらっておいたんだ。私の切り札の一つだよ」

 

 アジュカ・ベルゼブブからも、お墨付きの逸品である。魔王二人がシスコンなのは、リアスとソーナが生まれたその日から、魔王の行動で冥界全土になんだかんだで知れ渡っている。彼らの暴走を止めたグレイフィアの功績は、大変大きいだろう。

 

「妹を馬鹿にする映像が、切り札になるってどうなのよ……」

「何を言っている、ベルフェゴール殿。妹を馬鹿にされたら、普通怒るだろう? 妹を持つ兄や姉達の怒りほど、恐ろしいものはないと思うよ」

 

 ロイガンの呆れたような呟きに、妹のために冥界を大混乱させた皇帝は、不思議そうな顔で首を捻る。原作で、妹のために世界を敵に回した男の言葉の重みは違う。あのビィディゼでさえ、空気を読んで嫌みを言えない真剣さだった。

 

 特に悪魔は、その出生率の低さからなかなか兄弟が生まれない。そのため、もしできたとしても数百年の年の差ができるのは当たり前のレベルなのだ。そんな彼らにとって、「おにぃさまぁー」とよちよち歩いてくる妹のその可愛らしさは、まさに破壊神級(らしい)。当然のように真顔で語る皇帝に、二人はとりあえず無言でうなずいておいた。これはツッコんではいけないツッコミだ、と着々と経験値が溜まってきた双璧だった。

 

 

「まぁ、それは今は置いておこう。考えるべきは、いつ頃運営の交渉に応じるかというタイミングだね。ストライキは、『十番勝負』が始まるまでが限界だ。最初の一回で全ての交渉が終わるとは思えないし、三、四回は交渉することを考えると、遅すぎる訳にもいかない」

「少し前に、アスモデウス様の放送が冥界に向けてあったわ。おそらく、他の魔王様方も裏で動いていると考えるべきよね」

「まぁ、皇帝と運営だけで交渉なんてさせられないだろうからな。双方にとって中立の立場である魔王が間に立って、ようやくまともな交渉ができる、ってところだろう。……おそらく、アガレス領の内部にはすでにいるな。アグレアスに入る方法は、三つしかない」

 

 お互いが対等に意見を出し合い、これからのことについてさらに煮詰めていく。あれだけの証拠を提示し、冥界の民を味方につけた自分達が負けることはないだろうが、それでも油断はできない。今回のストライキが、今後の活動に大きく響いてくるため、一切手を抜くことなんてできないのだ。特に『王』の駒使用者達は、運営側からしたら裏切り者である。後がない状況で、下手な手は打てなかった。

 

 他にもストライキに参加を表明してくれたプレイヤー達から意見をもらったりもするが、『王』の駒などの語れない事情もあるため、最終的な判断は基本この三人で行うしかないだろう。現在のディハウザーは、運営の不正行為に怒りを感じ、正義感からちょっと暴走している設定の演技をしている。交渉は望むところなのだが、すぐに頷いてしまうのは設定と矛盾してしまうため、もう少し頭を冷やす時間とでも称して待つ必要がある。

 

「……一番最初の交渉が、重要だ。もう少しプレイヤー達の声を集めてからでも――」

 

 そこまで言いかけて、魔方陣による通信がディハウザーに入ったことに気づいた。その相手先に一瞬目を見開いたが、すぐに感情を抑えて平静を装う。彼の中で何故ここで? と疑問が生まれるが、彼から連絡を入れるということは、おそらく何かが起きたのだと察した。

 

「ディハウザー、どうかしたの?」

「いや、すまない。その、……母からの連絡だ。たぶん心配になったんだろう。少し席を外してもかまわないか?」

「さっさとしてきたらどうだ。家族会話なんて聞く方が、こっちは面倒だ」

「すまない」

 

 とっさに母からの連絡だと嘘をついてしまったことに、だしに使ってしまった母と二人に罪悪感を感じたが、自然と席を外す口実がこれしか思い浮かばなかった。ロイガンたちも、皇帝が家族大好き悪魔だと理解させられたので、そのあたりはもうツッコミさえない。

 

 皇帝は自然な足取りで個室へ入ると、万が一のために魔力で傍聴阻止の結界を張る。三人がいる部屋全体にもともとかけられている結界であるため、今更小さな結界を張ったところで気づかれることはないだろう。ディハウザーは部屋の中に何もない事を確認した後、耳元へそっと手を当てた。

 

 そこから、緑色の魔方陣――現魔王ベルゼブブからの魔方陣が展開される。彼は今アウロスで、他の魔王様と一緒に行動しているはずであろう。お互いの報告は怪しまれないために、多くて半日に一回程度の頻度にしようと事前に話し合っている。少し前にこちらの情報を彼に渡していたため、時間を空けずに連絡がきたことに訝しむ表情を隠せなかった。

 

 

「ベルゼブブ様、何か問題がありましたか?」

『すまない、時間がないため率直に言う。事態が動いた。それも、俺達にとって、あまり喜ばしくない方向に』

「…………」

 

 やはりか、とディハウザーは眉を顰める。挨拶もなしで簡潔な事しか語らない様子から、彼も他の魔王や大王の目を盗んで、連絡を入れてくれたのだろう。ディハウザーが感知できない情報などは、アジュカの子飼いが動いて集めてくれている。

 

『確認するが、……運営から交渉の場を用意したい、という連絡がそっちに来なかったか?』

「えぇ、先ほど来ました。それを確認するということは、運営は根を上げた訳ではなく、……私への交渉材料を本当に手に入れた、という解釈で受け取るべきということでしょうか」

『……簡潔に言う。先に言っておく。決して暴走はするな』

 

 一言ずつ、まるで皇帝に言い聞かすような話し方に、ディハウザーの表情は歪みだす。魔王である彼が、ここまで気に掛けるということは、古き悪魔達が用意したその交渉材料というものが、確実にディハウザーの逆鱗に触れるものだということだ。彼は大きく息を吸い、感情を落ち着かせるように静かに目を閉じる。そして、唾を飲み込んだ皇帝は、魔王へ続きを促した。

 

 

『……クレーリア・ベリアルが教会に攫われた。殺されていないことと、タイミングから考えて、古き悪魔達の仕業だろう。キミへの交渉材料を手に入れるために、あの馬鹿どもは教会を巻き込んだんだ』

「――――」

 

 目の前が一瞬、真っ赤になった。苦々しく語る魔王の声からして、彼も予想外だったのだろう。まさか、ゲームのストライキ問題で、しかも冥界の民に謝罪し、これからはゲームを私物化しなければ収まる事態であるにも関わらず。敵対勢力である教会まで巻き込んで、自分達の権威を守ろうと暴走するほど愚かだったことに。

 

 悪魔側が攫ったのなら、皇帝や魔王の眷属や子飼いで助け出しに行けた。後で文句を言ってこようが、色々理由を並べ立てて、なんとか有耶無耶にできる。裏で起こったことを、裏で処理する。それは、様々な伝手や切り札を持つアジュカが得意とすることだった。

 

 だが、今回は教会が表に出てしまった。悪魔内なら内々で済ませられたことでも、他勢力が絡んでしまったら、途端に事態は動かなくなる。悪魔側がクレーリアを救いに行けば、教会との間に亀裂を生み出しかねない。何より表に出てしまったことが問題だった。裏で起こったことなら、裏で処理できる。しかし、表に出てしまった場合は、誰がそれをしたのかが明確でなければならなくなる。

 

 教会に攫われたクレーリアを救うのは誰か。その誰かが分からない状態だと、教会側や古き悪魔達は納得しないだろう。つまり、クレーリアを堂々と表から助けられる人材が必要になってしまうのだ。今それがすぐにできるのは、教会と交渉をし続けていたバアル派の悪魔である。教会と交渉することで、クレーリアを助けた、という事実を作れる。

 

『おそらくあいつらは、不祥事を起こし、教会に攫われたクレーリア・ベリアルを救うことを口実に、キミを脅すつもりだ。そして、皇帝であるキミがそれを拒否すれば、クレーリアを教会に処理させる。魔王である俺達も立ち会っている場だ。それでキミが暴走してしまったら、冥界の秩序のために俺とサーゼクスはキミを止めなくてはならなくなる』

「し、かし、クレーリアという人質がいなくなれば、彼らだって後が」

『そうだ。だが、暴走したあいつらなら自暴自棄になってやりかねない。……もし、交渉に応じなければ、クレーリア・ベリアルの腕や足などを順番に切り落としていく、と言われたら、キミは耐えられるかい?』

 

 無理だ。今だって、アジュカから暴走するな、と釘を刺されていたから、煮えたぎる感情を抑えつけることができているだけなのだ。もし彼らが妹を殺せば、きっと暴走する。冥界やゲームなど頭から消え去り、怒りのまま獣になりかねない。激しく鳴る己の心臓を、ディハウザーは震える手で押さえつけた。

 

 原作では、クレーリアが粛清されてから十年という時間があった。しかも、何故従姉妹が死んだのかの原因も不明で、犯人もわからない状態だ。原作での彼は、怒りの方向性を見失ってしまい、ただ悲しみに暮れるしかできなかった。事件の真相を知ろう、と躍起になって怒りを紛らわすしかできない。だがその十年があったからこそ、彼の中にあった怒りは少しずつ沈静化し、自らを責めだす方向に向かったのだ。

 

 しかし、現在のディハウザーは、全てを知ってしまっている。己の敵を、その原因を、怒りの方向性を。全てを知ってしまったことが、彼の暴走を止めるストッパーも同時に消し去ってしまったのだ。頭の中では暴力で解決するなど愚かだと、協力してくれた奏太達だけじゃない、家族やロイガンたち、他のプレイヤーたちも裏切ってしまう行為だとわかっている。だが、いざその時が来た時、自分は止まるのか。それが、わからなかった。

 

 クレーリアという人質は、双方にとって諸刃の剣。皇帝の怒りが爆発して、古き悪魔達を力で制圧しにいきかねない爆弾。旗頭である皇帝が力で動けば、彼に賛同した者たちも同じように古き悪魔達へ力を振るうだろう。古き悪魔達は、権力ではどうにもならないその暴力で蹂躙される。そうなったら、冥界の秩序のために魔王は皇帝たちの暴動を止めるために動くことになる。

 

 まさに、内乱だ。旧魔王派と現魔王派が、争い合った時代の再来。多くの血が流れる、最悪の結果を生み出してしまいかねない。

 

 

「……ベルゼブブ様。私は――」

『皇帝ベリアル、何故俺がキミにこの情報を渡したと思う?』

「それは、…………私が、暴走しないため、ですか?」

 

 最悪の想像が頭をよぎり、自身が起こすかもしれない災厄に吐き気がした。アジュカは、皇帝がストライキを起こしたのが、クレーリアを救う(妹の)ためだと知っている。彼も、ディハウザーと同じ想像に至ったのだろう、と察せたから。

 

『違う、古き悪魔達に勝つためだ』

「えっ?」

『ここまで馬鹿をやってくるのなら、あいつらに必ず頭を下げさせてやる。思い出せ、ディハウザー・ベリアル。クレーリア・ベリアルを救い出せる可能性が、本当に他にないのかを』

 

 古き悪魔達の暴走に一番キレているのは、裏方として神経を使いまくって、初めて胃薬を飲む体験をした目の前の魔王自身であろう。彼らは冥界を守るために、クーデターを起こし、新たな魔王となった者たちだ。それでも、彼らは冥界の政治に対して、力で訴えることだけはしなかった。暴力で王になったからこそ、暴力を封じる選択を選んだのだ。

 

 今回の件だって、アジュカはかなり必死に情報の精選をし、部下や子飼いに緻密な指示を出し続け、皇帝のストライキが成功するように裏方に徹し続け、それでいて古き悪魔達に大きな損害が出過ぎないように調節してきた。魔王と古き悪魔達の力関係があまりに傾き過ぎると、それはそれで混乱を呼ぶからだ。

 

 そうやって、内乱が起こらないように、冥界のために奮闘してきたというのに、……それをぶち壊すようなことを相手側はやってきた。せっかく相手側が引き分けか、ちょっと負けるぐらいに調節していた今回の戦いを、勝つか負けるかの完全な勝敗を決する戦いにさせられたのだ。皇帝は初めてアジュカの苛立った声を聴き、冷や汗を流した。

 

「教会に攫われたクレーリアを救える可能性…、ですか」

『そういえば、言っていなかったな。俺にクレーリア・ベリアルが教会に攫われたことを伝えてきたのは、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の理事長だ』

「あっ」

 

 アジュカからの言葉で、怒りで血がのぼっていたディハウザーの目が見開かれた。それと同時に、あれほど煮えたぎっていた感情が、少しずつ落ち着いていくことも感じる。彼の言う通り、思い出したからだ。大切な妹が愛した男を、そして自分が任せてきた存在を。

 

『駒王町に戻ったら、クレーリアたちのことを頼んでもいいかな。あの子は、優しい子だからね。心配しているだろう』

『わかりました。みんなの不安を少しでも軽くすることが、今の俺にできることですから。任せてください』

『あぁ、任せたよ、カナタくん』

 

 

「八重垣さんに、カナタくん…」

『悪魔側の失態を、彼らに頼むのはあまりに無責任かもしれない。だが、それでも教会と悪魔の中間に立って、自由に動けるのも彼らだけだ』

「しかし、八重垣さんはともかく、カナタくんは組織の子です。それを…」

『……じゃあ、聞くが。その彼が、組織を理由に彼女を助けに行かないと思うかい?』

 

 通信越しに呆れたように言われた言葉に、ディハウザーは思わず噴き出してしまった。思わない、と簡単に答えが出てしまったからだ。組織を理由に動けない子だったら、もうとっくに動けなくなっている。少年の驚くべき行動力のおかげで、今があるのだから。

 

『フェレス会長にも確認を取った。彼も裏から支援し、駒王町に優秀な助っ人も入ってくれるらしい。彼らはすでに動き始めている。クレーリア・ベリアルを救うためにね』

「……ははっ。彼のヒーローとして情けない限りだけど、……あの子に任せてよかった」

 

 まだクレーリアが助け出された訳じゃない。彼らだけで本当に救い出されるのかもわからない。だが、ディハウザーの心は落ち着きを取り戻し、焦燥も全て消えてしまった。彼らならきっとやり遂げてくれるという、不思議な安心感を覚える。危険なことをさせるのもわかっている。それでも安堵から、思わず頬に流れてしまった一筋の涙を止めることができなかった。

 

 倉本奏太は、皇帝を信じて冥界を任せてくれた。ならば、己もみんなを信じよう。不甲斐ないばかりの王者だが、それでもヒーローとして立ち続けよう。それが、きっと皇帝ベリアルとして、みんなの夢を背負った男がやるべきことだから。

 

 

「先ほどは取り乱してしまい、すみません。ベルゼブブ様」

『構わない、こっちも似たようなものだった』

 

 小さな笑い声が魔方陣から聞こえ、皇帝もつられて笑ってしまう。越えられないはずの壁やしがらみを、あの少年は突拍子のない方法でいつも越えてきた。それは彼の力でもあり、彼を支える周りの力でもあるのだろう。その力に、間違いなく自分達も影響を受けている。それが少し、おかしかった。

 

「さて、それでは我々はどのように動きましょうか。彼らがクレーリアを人質にとるのなら、今日中には動きを見せるでしょうね。教会に悪魔を捕らえさせる危険性は、さすがに彼らもわかっているでしょうから」

『あぁ、だろうな。彼らにとって、クレーリア・ベリアルは最後の切り札だ。だからキミに頼みたいのは、交渉までの時間稼ぎだ』

「……八重垣さんたちが、クレーリアを救うための時間稼ぎですか」

 

 クレーリアを切り札として晒すつもりなら、最高のタイミングで出そうとするだろう。その札を持っている間は、彼らは自分たちが有利だと勘違いする。そこに付け入る隙ができる。

 

『だが、時間を稼ぎ過ぎてもいけない。交渉の前に、クレーリアが助け出されたことがバレれば、自暴自棄であいつらが何をやらかすか想像がつかなくなる。できれば、彼らがクレーリア・ベリアルの札をキミに出して、少しして助け出されるのがベストだ。そうなれば、彼らにはもうどうすることもできない』

「わかりました。魔王様方は?」

『運営が皇帝に交渉を頼んだことを、俺の子飼いから聞いたことにして、サーゼクスやバアル大王に伝える。そうすれば、バアル大王も運営が折れたのかと考えて、バアル家に指示を出して交渉の場を準備し出すだろう。そのあとで、魔王として皇帝に連絡を入れる。魔王と大王が用意をした場で、運営との交渉に応じてくれないかと』

 

 古き悪魔達は現在混乱中で、バアル家も機能停止状態な中、バアル大王はまともな情報を得られていないだろう。アジュカのように事前に準備をしていれば、情報の精選ができただろうが、そんな時間がある訳がない。彼としては、ゲームのストライキなんて事態、さっさと終わってほしいと考えているはずであろう。

 

 皇帝に勝ってもうま味なんてほとんどない、完全な負け試合。負けても、民に謝罪し、ゲームの権利を少し手放すぐらいで済む。貴族悪魔の権威にそこまで傷がつく訳でもない。運営が皇帝と交渉しよう、という気があるのなら、それを後押しぐらいするだろう。まさか、クレーリア・ベリアルを人質にして、内乱の引き金を引きかねない暴走をしているとは思わないだろうが。

 

『魔王もバアル家も、さっさとストライキが収まってほしいと考えるのは同じなんだ。交渉の準備は、三十分以内には終わらせる。……駒王町の方も、それぐらいには動き出していることだろうからな』

「はい。……それでは、そろそろ」

『あぁ、タイムアップだ。さすがにこれ以上、通信をするのは危険だろう。次は、交渉の場で会おう』

 

 短い挨拶を交わした後、ディハウザーは通信を切るために魔方陣を消した。深く息を吐き、続いて指を動かして張っていた結界の魔力を散らせる。時間だけ見れば、たった数分の会話だった。しかし、一気に事態が動き出したことを悟るのには、十分すぎるほどであった。

 

 

「……託されることには、慣れていたつもりだったんだけどね」

 

 魔王級の力を持って生まれ、ゲームの皇帝として、王として生きてきた彼にとって、責任を背負うことは当たり前のことだった。自分の力で大方のことを解決できる能力があったからこそ、それは余計に。だが今回、彼は初めて託すことになる。自分ではない誰かに、自分の大切なものを、守るべき夢を。

 

「信じること、託すこと。これにも慣れていかなければならないか」

 

 熱を持つ感情を持て余しながら、それでもグッと押しとどめる。クレーリアやカナタだって、この気持ちと向き合って戦ってきたのだ。ここで皇帝である自分が勝手な行動をとってしまったら、みんなの頑張りを無駄にしてしまう。己のやるべきことを成し遂げることが、みんなを救うことにつながると信じて。

 

「さて、こちらも交渉の準備をするか。それに早く戻らないと、アバドン殿にまた文句を言われそうだ」

 

 あまり通信に時間をかけすぎると、そろそろビィディゼあたりから、「いつまで母親と話をしているつもりだ、このファミコン皇帝!」と怒鳴られることが想像された。皇帝にとっては褒め言葉なのだが、彼の機嫌を悪くさせたいわけじゃない。これからのことを仲間と話すためにも、ディハウザーは気合いを入れるように頬を軽く叩いた。

 

 冥界の大嵐は少しずつ形を変え、奏太曰く本番のステージへと向かっていくのであった。

 

 


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