えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

68 / 225
第六十八話 反撃

 

 

 

 魔法少女。それは、魔法などの不思議な力を使い、様々な困難に立ち向かう少女たち(例外含む)のことをさす。なお、魔法少女と言われてイメージされるものは、多様にあったりする。純真無垢であったり、変身要素があったり、熱血レベルのバトルまであったり、ダーク的な方向に転換したり、気づいたら百合っていたり、あまりこれといった決まったかたちというものがない。言い換えれば、魔法少女には無限の可能性が溢れているとも言えるだろう。

 

『俺たちで開発した魔法少女魔法も、一番に取り寄せて下さり、さらに改良点まで丁寧に数百枚の書類にして送ってきて下さる。優しさと熱意を持った、最高の魔王様だ』

 

 そんな魔法少女達が使う魔法にも多種多様な系統性があるのだが、今回は以前ミルキー悪魔さんが語っていた、魔王少女様がバッチリ改良した『魔王少女魔法』について解説しよう。まず、魔王少女様がこの魔法に求めたものは何か。彼女が大切にしたものは何か。可愛らしさ、威力、技術、多くの要素こそあるが、最も重要なのは『汎用性』と『シンプルさ』だと、魔王少女様は語った。

 

 魔法少女は、言葉通りに捉えれば子どもが使う魔法である。そして、決して特別な存在にだけ与えられる力ではない。平凡な、何の取り柄もない普通の子どもでも、魔法少女として輝くことができる。大切なのは才能ではなく、奇跡を願う心。みんなに幸せと希望を届けられるように戦う、そのような熱いガッツがあるのならば、この魔法が応えてくれるように。そんな願いを込めて作られた魔法だからこそ、彼に適性があったとも言えたのだろう。

 

『これほど複雑な方程式を用いりながら、使い手が使いやすいように工夫されている。魔法を使用する時、決められたワードと合わせることでキーにして、陣の回路を回すようにしているのですね。さらに、衣装にも特殊加工の術式を使うことで、更なる効率化を図っています』

 

 以前、ラヴィニアがミルたんからもらった資料に載っていた通り、この魔法少女魔法に必要なのは、技術でもパワーでもない。決められた条件やプロセスを手順通りにどれだけ行えるのか、なのである。そのため、様々な発動条件があり、中には非効率的なものも数多く存在した。それに不自由さを感じることもあるだろうが、逆に言えば、その条件さえクリアすれば、誰でも魔法を扱うことができるという訳だ。

 

『適正と同等に大切なのが、魔法に対する知識や理解なのです。例えば、神話の知識に明るい方なら、そっち方面の魔法の習得がかなり早くなります。私の同僚にいる方なら、筋肉美的な趣味から繋がって水の精霊と仲良くなり、水の精霊術が使えるようになったとかがありますね』

 

 さらに少年の適性を後押ししたのが、魔法少女魔法に対する知識と理解であった。彼はアニメやゲームが好きな事と、原作でよく見たアニメということから、『魔法少女ミルキー』を最初から今まで全て視聴していること。次にミルたんの契約者として、ミルキー悪魔達の解説付きで、『ミルキー関連』の深い知識と理解を刷り込まされてきたこと。それらの積み重ねが実を結び、彼は低コストの魔法力で、魔法使いとして相違ない威力にまで高めることができたのだ。

 

『俺に合う魔法かぁ…。俺が知っている知識で、その魔法形式に理解があって、さらに一般人レベルの俺でも即戦力になれる使いやすさのある魔法。そんな都合のいいものがすぐに見つかるのかなぁ……?』

 

 という訳で、そんな都合のいい魔法が、奇跡的にもぶっちゃけあったのであった。本人の意思はともかく。

 

 

 

「相棒ぉ…、今だけでいいから俺の中の羞恥心を消してくれ…。それか、もう俺の記憶ごと消してくれぇ……」

「ミルキー・レッド。フードを頭から被って、泣かないでくださいなのです。登場シーンは、すごくバッチリ決まったのですよー」

「そうだみにょ。これでミルキー・イエローも、パワー全開みにょ!」

 

 ミルキー悪魔達(すでに退避済み)が、後ろから投げ込んだ煙幕やエフェクトの光源が消え、魔法少女達はポーズをとったまま、沈黙がしばらくの間続いた。あまりにも特大な希望の登場に、誰もが現実逃避したくて視線を逸らす。ベリアル眷属と正臣も、「これ、味方でいいの?」と戸惑いや困惑から挙動不審になっていた。

 

 敵も味方も魔法少女も動かない中、一番最初にその空気の居た堪れなさに降参を示したのは、ミルキー・レッドであった。赤い魔法少女はその沈黙に耐え兼ね、事前に用意していたフードをかぶり、本格的に泣きが入ってしまったらしい。それによしよしと頭を撫でるミルキー・ブルーは、相変わらずズレたフォローを入れていた。

 

 大量にあった魔法少女の衣装の中から、少年なりに比較的安牌そうなものを選んだが、やはり羞恥心というものは消すことができない。ズボンだけはなんとしても死守し、顔を出来るだけ隠したい気持ちから、大きめのマフラーを首にも巻いた。しかし、魔法少女の登場シーンは観客への見せ場であるため、今のようにフードで『隠す』という行為は、条件違反になるためできなかったのだ。

 

 また、羞恥心を消すことも頭にあったが、羞恥を無くした自分がはっちゃけたらどうしよう、という不安からそれを実行に移すこともできない。さらに相棒からの胃痛消去で、逃げ場も完全に消えた。ちなみに槍さんは、「だって、お腹痛いって言うから…」と少年のツッコミにおろおろした思念を送っていたが、少しして「もう諦めなさい」的な慈愛の思念を送り返す。槍さんは過保護であり、我が子を千尋の谷に落とす獅子でもあったようだった。

 

 

「そういえば、ミルキー・イエロー。今気づいたのですが、普段と語尾が違うのですね?」

「みにょ。『ミルキー・イエロー』バージョンなんだみにょ。変身中だから、変えてみたんだみにょ」

「なるほど、自分の役に嵌まる姿勢は大切ですからね。さすがなのです!」

 

 この場には教会の戦士たちがおり、紫藤トウジが一点に引き受けていたとはいえ、彼の変身前の存在を知る者は多い。そのため語尾は、ミルキー・イエローなりの配慮だったらしい。ミルキー・イエローの努力や仮面の認識阻害効果、何よりあまり目に入れたくない心理的状況もプラスしたおかげで、無事に彼の存在は謎の直視できない破壊神で落ち着くことができたようだった。

 

 そして、魔法少女二人がのんびり会話し出すと同時に、エクソシスト達も徐々に混乱から覚めてくる。さすがに今まで直面したこともなかった事態に呆然としたが、彼らはプロの退魔師なのだ。突然の魔法少女の襲撃だって、まだたぶん許容範囲なはずである。こういうこともありえるかもしれない。そう思わないと、やっていられなかった。

 

「……ちなみに、八重垣くん。あの魔法少女に心当たりは?」

「いえ、まったくありません」

 

 思わず即答してしまった。言ってから、もしかしたらあの少年っぽいのは…、と思ったが、そこまで考えると靄のようなものが不意に起こり、思考がうまくまとまらなくなる。だが、魔法少女達が奏太達と無関係とは考えづらいだろう。仲間がいることを悟られたらまずいのは事実。彼女ら(?)の言う通り、愛を守る正義の味方として登場したという流れの方が、たぶんきっと自然なはず。彼もそう思わないと、やっていられなかった。

 

「えっと、あれですよ。きっと、……野生の魔法少女じゃないかと」

『野生の魔法少女ォッ!?』

 

 絶体絶命の危機に、命を懸けて戦った後のコレに、ルシャナもなんとかフォローしようとしたが、全員からツッコまれる。彼女も混乱状態は治っていなかったらしい。

 

 

「……ッ! 何が、魔法少女だッ……!」

 

 そこへ、ようやく混乱から立ち直ってきた一人のエクソシストが拳を握り締め、魔法少女達を睨みつけた。彼ら自身にとっては、上司の命令や思いに逆らって、決死の覚悟を決めてこの場に来たのだ。それを、訳の分からない存在に引っ掻き回されるなど堪ったもんじゃない。

 

 何より、自分達のトップの胃の生き死にがかかっているのだ。こんな頭が痛くなりそうな存在を、紫藤トウジの下へ行かせたら、それだけで彼の体調が悪化しかねない。エクソシストの青年は、力強く足を前に踏み出し、ビシッと魔法少女達に指を差した。

 

「おい、そこのふざけた格好したお前たちっ! ここは子どもの遊び場じゃないんだぞッ!? ふざけているのなら、ここから今すぐに立ち去りなさいっ!!」

 

 彼の怒鳴り声に、全員の視線がエクソシストの青年と魔法少女達へ交互に向かった。彼自身の苛立ちもあるが、今回の事件に関係のない者達を巻き込みたくない思いもある。正臣達はたぶん援軍? と思っているが、教会側にとっては至極真っ当なことを言っているため、何を言えばいいのかわからず冷や汗を流した。

 

「……ふざけた? ……遊び?」

 

 そんな青年の言葉に一番に反応を返したのは、先ほどまで地面に『の』の字を書き、泣きまくっていたミルキー・レッドだった。ミルキー・レッドはゆらりと振り返ると、黒髪が顔にかかっていることも気にせず、静かに立ち上がる。青年の言葉に反応を返す様に、何の感情も感じられない……、いや、感情を無理やり押し込めたような小さな声が響き渡った。

 

「あのさ、……おふざけでこんな格好している訳じゃないんだよ?」

「えっ、いや…」

「子どもの遊び? こんな銃刀法違反しまくっている人達の中に、マジカルステッキ持って遊びに来るとか本気で思っているの?」

「えっと落ち着こう、キミ。私もちょっと言い過ぎたかもしれないから」

 

 小さな身体をぷるぷると身震いさせ、震える声で疑問を口にする子どもに、大人としてちょっと言い過ぎたかな、とエクソシストの青年は宥めるように声をかける。しかし、幽鬼のようにふらりと一歩前に足を踏み出すと、怒りを露わにした顔を隠すことなく、今度はミルキー・レッドがエクソシスト達に向かって、真っ直ぐに指を突き出した。

 

「こっちは真面目にやっているんだよ! 真面目にやって、これしかできないんだよぉっ!? おふざけや遊びで、魔法少女ができる訳ねぇだろうがァァァァッーー!!」

「す、すまないッ! なんか、本当にすまない!」

 

 ミルキー・レッドによる血反吐を吐くほどの魂の叫び(逆切れ)に、青年は思わず謝罪をしてしまった。愛のため、胃のため、友のために、ここで立ち上がった彼らの思いは、紛れもなく本物と言えよう。

 

 ちなみにミルキー・イエローは、ミルキー・レッドの魂からの魔法少女宣言に目を輝かせ、「さすがは、ミルキー・レッドみにょ」と好感度をさらに上げる。ミルキー・ブルーは、不思議そうに小首を傾げながら、とりあえずパチパチと拍手を送っていた。

 

 こうして、魔法少女達の登場シーンは、結局混沌だけを撒き散らしていったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「あぁ…、なんか叫んですっきりした。もうある程度、開き直ることにする」

 

 ミルキー・レッド改め、――倉本奏太は、泣いていた顔をハンカチで綺麗にふき取り、大きく息を吸ったり吐いたりしていた。お腹の底から理不尽を叫んだ(八つ当たりした)おかげで、かなり精神は安定出来たのだろう。さっきのエクソシストのお兄さんには、ちょっと申し訳ない事をしちゃったかなぁー? とは少し考えていたが、教会の人たちが動いたから、自分は魔法少女をやるしかなくなったんだ、と責任転嫁しておいた。

 

 それに、そろそろ気合いを入れないといけないだろう、と奏太は小さく頬を手でたたく。魔法少女の登場にみんな困惑していたとはいえ、まだまだ安全になった訳じゃない。敵対姿勢を見せるエクソシスト達は、まだ無傷で残っている。それに傷ついたベリアル眷属達だっているのだ。一応、完全に油断していた相手に、さらに不意打ちだったとはいえ、ミルキー・イエローが悪魔を吹っ飛ばしてくれたおかげで、だいぶ楽に動けるだろうが。

 

「……そういえば、ミルキー・イエロー。さっき『これでパワー全開』とか言っていたけど、マジで? あの上級悪魔、恐ろしい勢いでぶっ飛んでいったけど…」

「ピンチのヒトを助ける時は、条件を限定解除できて、さらにブースト効果がかかるんだみにょ。魔法少女魔法は、困っているヒトを救うための魔法みにょ。この魔法を考えたヒトは、魔法少女魔法についてすごく研究しているみにょ」

「あぁー、そういえばあったか。そんな条件」

 

 ミルキー・イエロー改め、――ミルたんからの話に、奏太はなるほどと納得する。確かにあの悪魔は、正臣とルシャナに対して攻撃魔法を放とうとしていた。ミルたんの基礎能力もあるだろうが、さらにピンチのヒトを助けるというブースト条件もかかったおかげで、威力も増したという訳である。

 

 この魔法少女魔法だが、私利私欲で使う場合は、あまり大した威力が出ない仕組みになっている。つまり、自分の利益のためには使えないのだ。使用の際は、誰かのために魔法を使うこと、が前提条件なのである。条件が色々と厳しいが、だからこそこの魔法は『誰でも使える』ほどの汎用性を持った、とも言えるのだろう。

 

 

「……ただ、ちょっと浅かったと思うみにょ」

「えっ?」

「お二人共、来ますよ。構えてください」

 

 奏太が魔法少女魔法について考察していると、不意にミルたんは仮面から覗く瞳を鋭く尖らし、先ほど悪魔が吹き飛んでいった場所を見据える。さらにミルキー・ブルー改め、――ラヴィニアが短く号令を出し、マジカルステッキを構えだす。突然戦闘態勢に入った二人に奏太は困惑したが、その理由はすぐにでも判明した。

 

 未だ土埃が漂う場所から、黒色をした複数の魔力の波動が、突如彼らに向かって迫ってきたからだ。奏太も相棒からの思念でそれに気づき、ラヴィニアと目を合わせて頷き合った。魔法少女が戦う時、大切なのが仲間の存在である。同じ志を持つ魔法少女が複数いることで、さらに魔法を効率的に使うことができるのだ。

 

 奏太とラヴィニアは、黒い魔力の前に素早く躍り出て、ステッキ片手にくるりと舞う。ステッキから赤と青のエフェクトが溢れ、もう片方の空いた手を握り合い、お互いに背中合わせとなった。マジカルステッキを凶刃に向け、魔法のフレーズを真っ直ぐにとばした。

 

『闇の刃を愛の力で爆散させよ! ミルキー・スパイラル・ボムッ!!』

 

 二人の魔法力がステッキに充電され、赤と青のハートのボムの矢が大量に杖から迸った。それらが黒い魔力と衝突し、お互いのエネルギーがぶつかり合ったことで相殺し合う。それにより起こった光の衝撃の後、可愛らしいハートや星形の花火が空を舞った。

 

 そして、二人分の魔法力がさらに相乗効果を及ぼし、いくつかが黒い刃を貫通し、元凶へと降り注いだ。土煙で姿が見えなかった存在は、己の魔力が魔法少女に負けたことに相当のショックを受けながら、回避行動を咄嗟にとる。ボムの矢をなんとか避けるが、地面に突き刺さると同時にボムはハートの爆風を撒き散らし、その熱気と旋光に目が焼かれる。思わず腕で目を守り、冷や汗をかきながら彼は土埃から姿を現したのであった。

 

 

「――クッ!? なんなんだっ! この見た目はふざけているのに、威力はふざけるなと言いたくなるような魔法はッ!!」

『あっ、生きていたんだ』

「生きているわっ!? アレで死ぬなど、死んでも死にきれん!!」

 

 姿を現したバアル派の悪魔に、正臣たちとエクソシスト達は仲良く声を揃えてしまった。さすがは腐っても上級悪魔にして、古き悪魔の一人と言ったところなのだろう。しかし、顔は可哀想なぐらい腫れており、自分で叫んだ所為で、更なる痛みに表情を歪める。突然の不意打ちに一瞬意識が落ちていたのは間違いないが、悪魔生初ともなる根性で、なんとか起き上がったのであった。さすがに魔法少女にワンパンは、彼の崇高なるプライド的に絶対に嫌だったらしい。

 

「おいっ、何をしているんだそこの聖職者共! さっきからそこで呆然と突っ立ったままだろう!? あんな訳の分からない生物、さっさと斬り殺せっ!」

「いや、さすがに関係のない子どもと……あの何かを斬るのは、エクソシストとしてたぶん反する気がして…」

「気がしてってなんだ!? あの何かなんて、もう世界全体に喧嘩を売っているぞっ! 何より、お前たちの上司への胃の思いは、そんなものだったのか!?」

「そ、それは……」

 

 たぶんこの中で、己の欲望のためとはいえ、一番真面目に動いていたのはバアル派の悪魔であろう。この酷過ぎるグダグダな空気をなんとか入れ替えようと、彼はなりふり構わず頑張っていた。どうにかして、あの絶望的な状況をもう一度つくり上げるために、とにかく聖職者たちのやる気をあげようと奮闘し出す。もう敵も味方も、彼らの中ではないようなものだった。

 

 そんな悪魔側の努力もあり、エクソシスト達も顔を見合わせて、己の目的を徐々に思い出していく。そして、フラッシュバックのように、継続的な胃痛に苦しみ、「ゲルゲル」と言って一時期引きこもった上司の姿が浮かび上がった。彼を救うために、自分達はこの場に来たのだ。彼らの目に再び昏い光が宿りだし、武器を構える手に力が入った。

 

「それに、魔法は大した威力であるが、結局加勢は三人だけ。しかも、うち二人は子どもだ。人数でいえば、圧倒的にこちらの方に分がある。……子どもの方を人質にとれば、あのデカいのの動きも止められるかもしれん。あの聖職者の男も、ベリアル眷属達を見捨てて一人では逃げられないだろうからな」

「……我々で協力して、あの魔法少女達を早急に押さえるということか」

 

 悪魔は口角を釣り上げ、冷静に分析を語り、戦力差をはかっていく。確かにあの破壊神は強力だが、子どもや傷ついたベリアル眷属達を守りながら戦うことは厳しいはずだ。それに、あちらの魔法には色々無駄な動きが多い。スピードを駆使した連携での戦闘を得意とするエクソシスト達にとって、決して捉えられない敵ではないだろう。

 

 勝機はある。おそらく聖職者たちは、今回の件に関係のない魔法少女達を殺さないように動くだろうが、彼らだってプロである。相手を無力化させる術は心得ていることだろう。そう判断を下した悪魔は嘲笑を浮かべ、魔法少女達の前へ一歩足を踏み出す。自分を虚仮にした報いを受けさせようと、希望など絶望で塗りつぶしてくれよう、とテンションを上げて高らかに嗤った。

 

「クククッ、希望の使者か何か知らないが、何が魔法少女だ。愛や正義だのと、くだらないもののために戦う存在ほど、愚かなものはない! それを今から、貴様らに教えてやろうっ!!」

 

 悪魔の宣言と同時に、エクソシスト達や魔法少女達も、それぞれが武器やマジカルステッキを構え出す。正臣はベリアル眷属達を離れた場所に誘導したが、彼女らを守るために離れることができず、緊張に表情を強張らせた。彼の目から見ても、戦力差は圧倒的だ。あの魔法と謎の巨神兵だけで、彼らを退けられるのか。誰もが固唾を呑み込み、汗が背をかけた。

 

 そんな一触即発な真面目な空気が漂い出した空間。緊迫が訪れた状況下。それを逸早く破ったのは――

 

 

『おいおい、寂しい事言うなよなぁ。愛や正義が勝つのが、この国の鉄則だぜ? 何より、……この神秘国ジパングで愛と正義を謳うのが、魔法少女だけだと思われるのは心外ってもんだ』

 

 拡声器を介して告げられた謎の声が、突如空から舞い降り、張り詰めていた空間を粉々にぶち壊していった。魔法少女含め、全員がその声に動きを止める。本日二回目のカタストロフィタイムに、なんだか諦めが芽生えてくる。「今度は何だよ!?」と悪魔と聖職者と正臣達の心はシンクロし、彼らは一斉に視線を天へと向かわせた。

 

「っ、空を見ろ!」

「あ、あれは何だ!?」

「鳥か!」

「飛行機か!」

「いや、あれは……」

 

 全員が天に浮かぶものに驚愕を表し、口々に混乱が巻き起こる。その現れたものの正体に、魔法少女達が出現した時と同様の衝撃が、彼らのキャパシティの容量を余裕で突き抜けていった。やる気を出していたバアル派の悪魔でさえ、少し泣きたくなってきていた。

 

 魔法少女ミルキー☆カタストロフィたちも、その存在に最初は呆然としたが、どこか聞き覚えのある話し方と、こんなバカげたことをやらかしそうな人物に心当たりのあった奏太とラヴィニアは、無言で目を合わせ合う。ちなみにミルたんは、「ライバル出現みにょ」とちょっと対抗意識を燃やしていた。

 

『フハハハハッ! ヒーローってもんは、遅れて登場してくるもんってなぁ!! 待たせたな、世界よ! これが、愛と正義の力に目覚めた、もう一つの希望の使者の姿だァァッ!!』

 

 黒い波動を放ちながら天を飛んでいたのは、機械的な駆動音と共に佇む鋼鉄の天使。魔龍聖タンニーンの体格と劣らない規格を持ち、機体には剣や盾、銃などの強力な武装が取り付けられている。コックピットからは怪しい光が放たれ、人型の純白のフォームに赤や青などの塗料が塗られていた。冷たく鈍い輝きを見せるが、見る者が見れば魂を熱くさせるほどの魅力がそこにはあった。

 

 ベリアル眷属達が張っていた人払いの結界より、さらに効果が高い結界を二重に張っているため、一般人には見られていないだろうが、それでもこんなものが駒王町の空を跋扈しているなど、考えるだけで頭が痛い。そうして機械音を鳴らしながら、その存在は鋼の拳を前に突き出し、カッコよくポーズを決めた。

 

 

『愛と勇気と希望の人型スーパーロボット、ザゼルガァー! ここに参上ォッ!!』

 

 

 自分で用意したらしいスポットライトを当てながら、希望のスーパーロボット『ザゼルガァー』が、漂っていた空気だけでなく、世界観すらもぶち壊して舞い降りる。ファンタジーな世界にロボを作る発想と、そのネーミングセンスから考えても、犯人は明白だろう。

 

 確かに堕天使の組織だとバレちゃいけないのは間違いないが、それでこの場にSFを持ってくる神経にお腹が痛い。まさかの魔法少女とスーパーロボットの謎コラボが完成である。奏太はロボットを見ながら、「この大人、マジでやっちゃったよ」と遠い目になった。

 

 

 

 『ザゼルガァー』の搭乗者、――堕天使の総督であるアザゼルは、半年前のことを今でも鮮明に覚えている。あの時、自分の教え子たちが魅せたロマンの可能性。ドラゴン相手に合体技でロボットを作り出したその自由な発想は、彼の脳に大きな刺激を与えたのだ。「ぜひ、自分でやってみたい」的な欲求方面に。

 

 子どもたちの神器合体(セイクリッド・ユニゾン)である『氷姫人形(ディマイズ・ギアドール)』。この合体技は、確かに彼の興奮を最大限にまで高めたが、一つだけアザゼルにとって納得できない部分があった。それは自分の生徒に諭されたこともあり、納得はしているのだが、それでもこの目で見たい欲望には逆らえない。アザゼルは、堕天使だ。己の欲望や趣味を優先するのは、当然の摂理である。

 

『てめぇら、なんでそこはロケットパンチじゃねぇんだよォッ!! 俺のワクワク感をどうしてくれるんだァァッ!?』

 

 悔しかった。あの時、自分を置いてけぼりにして、子どもたちは楽しくロボット談義をしていたのだろう光景に。きっと自分が参加していれば、さらに美しく洗練されたフォームの案を出し、面白いギミックをもっと搭載して、夢のスーパーロボットづくりに参加できただろう。あれはあれで素晴らしかったが、技術者としての欲求に際限などなかったのだ。

 

 しかし、その悔しさが彼のやる気を刺激してしまった。その組織力や技術を無駄使いし、総督としての権威を無茶ぶりし、自らがロボットを作るという発想に至ったのである。さらに彼の創作を後押しするかのような事件が、今回起きたのであった。

 

(ダチ)を助ける為、いいじゃねーか。今回だけは、悪の組織の堕天使の総督様じゃなくて、正義の味方でもしてやるかねぇ。俺の仕事はもしも失敗した時の避難所らしいが、まっ、この時期だ。子どもへのクリスマスプレゼントを用意してやるのは、大人としての役目だよなぁ?』

 

 倉本奏太によって齎された、駒王町の悪魔と聖職者による恋愛の粛清事件の情報。それを防ぐために奮闘する子どもたちへのバックアップ。アザゼルとしては、ロボットを作ったのなら、やっぱり使用してみたいと考えるのは当然だろう。だが、適当に魔物相手に戦っても味気なく、悪魔や天使相手に適当にぶっぱなす訳にもいかない。試運転をしたくても、それができない現状にやきもきしていたが、奏太のおかげでその相手も作ることができた。

 

 利益なんてもんはこっちで作っちまえばいい。アザゼルはこの半年間、『ザゼルガァー』の製作にルンルン気分で勤しみ、さらに麻雀大会の開催でテンションを上げ、自分の生徒のやらかしに腹筋を痛めるなど、一番自由にお祭りを楽しんでいたことだろう。

 

 そんな今までの積み重ねと、技術者の欲望が膨れ上がった結果、人型スーパーロボット『ザゼルガァー』は、駒王町の地に舞い降りることになったのであった。

 

 

『という訳で、食らいやがれェッ! これぞ、巨大ロボットのロマン技! ロケットパーンチ発射ァァァァッーー!!』

「えっ、ちょォォォッーー!?」

 

 さっきまでのシビアな現実が、一気に魔法少女とスーパーロボットに蹂躙された現状に動けないでいた悪魔とエクソシスト達に向け、ザゼルガァーはその巨大な拳を掲げた。搭乗者の宣言と共に、バチバチと火花が散り、腕から暗黒の火が噴き出す。その光景に顔色を無くした彼らは、魔法少女達を囲もうとしていた陣形を崩し、急いで逃げ出した。

 

 そして、轟音を響かせながら、巨大ロボットの拳が公園の真ん中に突き刺さり、爆風が辺りに散らされ、さらに濛々とした爆炎を上げる。拳によって地面は抉れ、壮絶なクレーターを作る破壊兵器に、安全圏にいた正臣達は頬を引きつらせた。たぶんこれも味方だと思うけど、もう訳が分からない状態に、希望って何だったっけ? という疑問に行き着く。とりあえず、真面目に考えるのに疲れてきたのは確かであった。

 

 そのロケットパンチの破壊力に呆然としていた周りだったが、奏太は爆風で飛ばされかけたフードを手で押さえながら、ザゼルガァーを静かに見上げた。そこには、片腕がなくなったロボが堂々と佇んでいる。そのカッコよさに少年心が刺激されるが、それよりも気になることがある。原作からなんとなく嫌な予感がしていた少年は、恐る恐る搭乗者に向けて疑問を口にした。

 

「あのー、すみません。腕、爆発して吹っ飛んじゃいましたけど、どうするんですか?」

『……だって、ロケットパンチがしたかったんだ』

「やっぱり考えなしだったよ、このヒトッ!?」

 

 すごくシンプルな答えに、奏太は心の底からツッコんだ。

 

『問題ない、たかがメインアームがやられただけだ』

「やられたんじゃなくて、あれは自爆って言うんですよ! あと、それ言いたかっただけですよね!?」

『うっせぇ。いっぱい撃ちたかったから、予備はちゃんと持ってきている』

 

 そう言うと、ドス黒い魔方陣を呼び出して、そこから新しい腕が出現した。とんでもないアン〇ンマン方式に、奏太の頬に冷や汗が流れる。原作と違い、彼には半年という製作時間があった。それにより、ロケットパンチの弊害もしっかり理解していたのだ。

 

 つまり、『ザゼルガァー』のロマン砲の貯蔵は十分なのである。ファンタジーとSFが融合した結果、恐ろしい破壊兵器が誕生してしまった。たぶんいっぱい撃ったら、駒王町が先に駄目になりそうであったが。悪魔やエクソシスト達も、再び生えた破壊の腕にトラウマができそうでいた。

 

「……あと、なんか。今ものすごくドス黒い力を感じた気が…」

『こいつの動力源は、全世界に漂うクリスマスの日にイチャイチャするリア充たちへの憎悪を、爆発力に変えているからな。すごい威力だろう?』

「ミルキー・イエロー、ミルキー・ブルー、このロボは敵だ。愛と勇気と希望の誓いを、私怨で破棄したぞ」

『私怨言うな。動力源は置いといて、ここは正義の味方同士、仲良くやろうじゃないか』

 

 おそらくにやついているのだろう声音に、奏太は胡乱気にロボットを見据える。味方であることには変わりなく、搭乗者も誰かはわかっている。だからこそ不安になってしまう気持ちに、生徒からの先生への信頼度が伺えた。

 

 この場に、魔法少女とスーパーロボットが集結した。その理由は、八重垣正臣とクレーリアの愛のエネルギーに呼応したためと、そんな彼らのために奮闘したベリアル眷属達の健気な気持ちに応えたからという設定である。敵も目的も一緒なのだから、魔法少女とスーパーロボットがコラボするのは、たぶん許されるだろう。

 

 

「……ちなみに、ザゼルガァーさん。一つお聞きしたいのですが」

『おぉー、なんだ』

「その、笑わないんですか。あなたなら、俺のこの魔法少女の姿を見たら、きっと――」

『笑わねぇよ』

 

 真っ直ぐな即答を返され、奏太は思わず目を瞬かせた。奏太としては、今までのアザゼルの爆笑風景を見続けてきたことから、男の自分が魔法少女の姿になっていることを、指さして笑われるかもしれない、と考えていた。他人の不幸は蜜の味、的な行いをしてきたのだから、生徒からの信頼の低さは仕方がないことだろう。

 

 だが、彼の真剣な声音から、これが本心なのだと伺える。ザゼルガァーの搭乗者は、当たり前のように……まるで己の生徒を諭すように、ミルキー・レッドへ教えを告げた。

 

『いや、笑わないんじゃねぇ。笑えねぇんだよ。むしろ、こう……昔の自分のやらかしを見せられたような気分になったというかな。黒歴史()を抉られる苦しみは、わかっているつもりだからよ』

「……ッ!」

『お前の黒歴史()を笑っちまったら、俺はあの時のあいつらと同じになっちまう。たとえ周りから笑われても、自分が一生懸命に手掛けた物を馬鹿になんてできねぇよ。俺は、そう思っているからさ』

 

 昔を思い出す様に、アザゼルは眩し気に思いを伝える。彼には、天界にいた頃に書いた一つのレポートがあった。そのレポートは、まさに彼の若さ故の黒歴史()であり、彼を形作る一つの思い出のようなもの。それを一人で抱えるだけなら、多少むず痒い気持ちになるぐらいで済んだことだっただろう。

 

 しかし堕天使となり、天界と敵対した時に起こった事件。相対したミカエルは、あろうことかそのレポート――『ぼくが考えた最強の神器(セイクリッド・ギア)資料集』を敵味方関係なく公表したのだ。それにより、彼は一時期『閃光(ブレイザー・シャイニング)と暗黒(・オア・ダークネス)の龍絶剣(・ブレード)総督』と、呼ばれることになった。あの時の羞恥心は、決して忘れられないだろう。

 

 今はある程度笑い話にできるが、そんな暗黒時代がアザゼルにはあった。だから、悪魔側の混乱や奏太のやらかしに笑うことはできても、黒歴史だけは笑うことができなかったのだ。彼と同じ傷を持つが故に。奏太は己の持つ原作知識から、アザゼルの深い思いを悟ってしまい、思わず涙ぐんでしまった。

 

「俺、ザゼルガァーさんのことを誤解していました…。ごめんなさい」

『別にいいさ。これは同じ傷を持つ者同士じゃないと、わからない気持ちってやつさ。……だからお前も、同じ傷を持つやつがいたら、優しくしてやれよ』

「はい、……必ず!」

 

 今ここに、先生と生徒としての深い絆が結ばれたのであった。

 

 

『さてと、それじゃあ共闘ってことでいいか?』

「はい、どうぞよろしくお願いします!」

 

 ミルキー・レッドとザゼルガァーの会話の半分も理解できていない二人だったが、特に疑問を挿むことなく、共闘に頷いた。ラヴィニアは味方だとわかっていたし、ミルたんはミルキーの心を持つ奏太が認めたのなら、あのロボもミルキーなのだろう理論で納得する。ここに、魔法少女とスーパーロボットの同盟が締結した。

 

『という訳で、おいミルキー・レッド。お前はそこの黒髪の尻尾頭を連れて、さっさと大本に行ってこい』

「えっ?」

「……そうですね、ザゼルガァーさんの言う通りなのです。ここに私たちが固まっていても、仕方がありません。ここは私たちに任せて、ミルキー・レッドは彼と共に彼女を助けに行くのです」

 

 アザゼルとラヴィニアからの提案に、奏太は驚きに目を見開いたが、すぐに理解を示す。確かにエクソシスト達やバアル派の悪魔と、戦っている場合じゃないのだ。八重垣正臣を紫藤トウジの下へと連れて行き、彼と協力してクレーリア・ベリアルを助け出す。それが今回の筋書きである。

 

 そして、この中で正臣達と面識があるのは奏太だけであった。それに、彼だけ手が空いているのも事実。ミルキー・イエローはバアル派の悪魔と相対し、ザゼルガァーがエクソシスト達を混乱させ、ミルキー・ブルーがベリアル眷属達の守りと二人の援護に回る。魔法少女魔法を使っているとはいえ、ミルたんはまだ魔法を覚えて数ヶ月なのだ。一人前の魔法使いであるラヴィニアの援護も必要だろう。

 

「私たちもここが終わったら、ミルキー・レッド達の下へ向かうのです。だから、行ってきてください!」

「ミルキー・イエロー達は、絶対に負けないみにょ。だから、頑張るみにょ! ……牧師さんのことも、お願いするみにょ」

「……わかった」

『決まったな。それじゃあ、もう一発ぶっ放してやるから、さっさと頑固な連中の世界をぶっ壊してこいッ!!』

 

 そうして、彼らは動き出す。ザゼルガァーは、再び暗黒エネルギーを腕に溜め、青い顔をするエクソシスト達へと遠慮容赦なくぶちかます。ミルキー・イエローは咆哮を上げ、理解不能な状況に魔方陣の転移で逃げようとした悪魔を捕え、その動きを阻害する。ミルキー・レッドはミルキー・ブルーと一緒にベリアル眷属と正臣の下へと走り、その盾となった。

 

 

 

「正臣さん! ここはみんなに任せて、クレーリアさんを助けに行きますよ!」

「えっ、あっ!? その、キミはやっぱり奏――」

「ミルキー・レッドです」

「あっ、はい」

 

 たぶん、ここはツッコんだら駄目なんだろうな、と正臣は空気を読んだ。魔法少女が自分から正体を見せる場合は、認識阻害も消える。奏太は仮面をずらして、素顔を正臣達にだけ見せた。それでやはりこの少年が倉本奏太である、と正臣達は認識したと同時に、この訳の分からない現状を作り出した原因だと理解する。あまりにもとんでもない奇跡の訪れに、乾いた笑いが起こってしまった。

 

 だが、それは願ってもないことだった。普通のやり方では、クレーリアは救えない。ならば、当たり前な世界なんて壊してしまおう。刀を強く握りしめると、傍にいた仮面の少女に頭を下げ、傷ついたベリアル眷属達の守護を任せた。それに少女がにっこり笑い返すのを見て、正臣はしっかりとした足取りで前へ向き直る。

 

「……いってきます、みんな」

「えぇ、いってらっしゃい。八重垣さん」

 

 魔法少女に導かれながら、真っ直ぐに歩き出した正臣へ、ルシャナは最後の力を振り絞って言葉を託した。それから、眷属達に魔力供給をされながら、金色の少女は静かに目を閉じる。次に目を開けた時、きっとクレーリアと正臣が帰ってきてくれると信じて。そしてそこにはちゃんと自分がいて、またみんなで笑い合う日々が訪れることを願って。そんな神の奇跡にも等しい日々を思う。もう決して、夢物語なんかではないから。

 

 

「さぁ、行こう。クレーリアを救いに!」

「はいっ!」

 

 紅の色を纏った魔法少女と愛のために生きることを選んだ一人の男は、冷たい闇を斬り割く勢いで走り出した。頼りになる仲間たちのおかげで、彼らの前を遮るものはもう何もない。あとは、紫藤トウジとの決着のみ。クレーリアを救い出し、皇帝ベリアルが冥界の騒動を解決すれば、全てが終わる。最高のハッピーエンドを目指し、彼らは己の剣と杖を握りしめた。

 

「……そういえば、思ったんですけど。クレーリアさんってどこにいるんですか?」

「……あっ」

 

 走り出して少しして、当たり前のことを聞いていなかったと奏太は声をかける。しかし、勢いとノリで出てきてしまったため、何もエクソシスト達から情報をもらっていなかったことを正臣は思い出した。さすがに今から公園に戻るのは、居た堪れなさすぎる。奏太も正臣の焦り様に、「あっ、これやらかしたやつだ」とだんだんと目が遠くなった。

 

「あぁ、それなら大丈夫だねぇ。駒王町から彼らは出て行っていないし、だいたいだけど場所もわかるよ」

「えっ、その声は…」

 

 奏太とも正臣とも違う第三者の声に、最初は警戒をした二人だったが、すぐに奏太はその声に反応を示す。どこか軽い口調の話し方に、既視感を覚えたからだ。そして、彼もまた陰から奏太達を援護するために、アザゼルと共にこの駒王町へ訪れていた。

 

 奏太と正臣は声のする方へ咄嗟に顔を向けたが、そこには誰もいなかった。それに眉を顰め、お互いに顔を見合わせる。すると、「下だよ、下」という小さな声を拾い、恐る恐る視線を下へ下ろした。

 

 そして、そこにいたのは、一匹の星模様が額にある可愛らしいハムスターだった。

 

 

「……ハムスター?」

「あれ? 今の声って、メフィ――」

「大いなる愛の化身、ラブスターだねぇ。魔法少女にマスコットは必須だろう?」

『…………』

 

 奏太と正臣は、無言で『大いなる愛の化身、ラブスター』を眺める。確かに、今このハムスターから言葉が発せられた。カリカリと小さな手で、季節外れのひまわりの種を持って齧りながら。

 

 二人が戸惑いから呆然としていると、奏太の肩へ大いなる愛の化身、ラブスターはヒョイと軽やかに飛び乗る。自分の肩に組織のトップが乗ったことに、奏太は素でビビり、正臣はクレーリアはペットとか好きかな? とリア充思考に逃避した。

 

「えーと、……お、大いなる愛の化身、ラブスター…様。クレーリアさんの場所がわかるって、本当ですか?」

「まぁねぇ。僕はこの駒王町に使い魔を何匹か放っていたからねぇ。ただ、紫藤トウジも聖剣の力を使っていたから、力の弱い使い魔たちじゃなかなか近寄れなかった。だけど、あの公園から南の方面に向かったことと、駒王町から出ていないのは確かだよ」

「南で、駒王町から出ていない…。それなら、ある程度場所も絞り込めると思う」

 

 このハムスターはおそらく、メフィスト・フェレスの使い魔のその一匹なのだろう。その使い魔を介して、彼はこちらに情報を渡し、援護をしてくれるらしい。クシクシと毛づくろいをするラブスター様に、奏太はちょっと触ってみたい気もしたが、現在は緊急事態であり、トップの頭を撫でるのはまずいだろうと自重した。

 

 そして、大いなる愛の化身、ラブスターの話から、正臣は手を顎に当て、ホッとしたように息を吐いた。教会の私有地は、駒王町だけではなく、その周辺にもいくつか点在していた。魔法使いの組織のトップで、しかも最古参の悪魔の保証だ。この情報に間違いはないとわかると、ある程度の目星はつく。

 

「うーん、駒王町から出ていないか…。それにここから南だったら、確かラヴィニアに調べてもらったアレも近かったはず」

「か、……ミルキー・レッド?」

「正臣さん。ちょっと先に寄りたい場所があるんだけどいい? たぶんそこにいけば、クレーリアさんの場所も正確にわかるはずだと思う」

「本当か!?」

 

 少し頼りない口調であるが、奏太は思いついた方法に小さく頷き返した。決死の覚悟で正臣を斬りに来ていたエクソシスト達の口を割らせるより、こちらの方が確実だろうと考えたからだ。それから、しばらく小声でラブスター様に相談をすると、彼は髭をぴくぴく動かして思案した後、奏太の案に了承を示した。

 

「仕方がないね。後で僕の方で弄っておいてあげるから、試してみるといい。キミにとっても、いい経験になるだろうからねぇ」

「はい、ありがとうございます!」

 

 トップからのGOサインをもらい、ようやく奏太と正臣の歩みは再開される。途中でこんな風にズッコケることもあるかもしれないが、それでもめげることなく立ち上がり続ける。諦めない先に、自分達が夢見た世界があることを信じて。託された思いを胸に、彼らは反撃の狼煙を上げ、駒王町の街を駆けだした。

 

 こうして、悪魔、堕天使、教会を巻き込んだ駒王町の事件は、最後の戦いへと向かって行くのであった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。