えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第六十九話 書き換え

 

 

 

「えっと、前にラヴィニアに調べてもらったルートから行くと…。ここの住宅街を抜けた先あたりか」

「確か、このあたりは入り組んだ道が続いていたかな。道なりに進んでいたら、時間がかかりそうだね」

「はい、正直に言えば」

 

 俺は懐から駒王町の地図を取り出し、以前ラヴィニアとミルたんが調べてくれた地形を確認する。このあたりは山を切り崩して作った住宅地が続くため、一直線に向かうのが難しいのだ。目的地には問題なく向かえるが、冥界のことやクレーリアさんのことを考えると、あまり時間をかける訳にもいかない。紫藤さんとの戦闘は、たぶん避けられないだろうし。

 

 周りには俺たち以外誰もいないし、監視の類はメフィスト様が気づかないはずがないので、お互いの呼び方はいつも通りにすることにした。現在ハムスターである上司に関しては、そのままラブスター様と呼ぶことにしているけど。ちなみに、魔法少女の衣装も、今は見えないようにフード付きローブで覆っている。紫藤さんとの対面になったら、また正体を隠すために魔法少女にならなくちゃいけないのが、ものすごく憂鬱だ。謎の魔法使いより、謎の魔法少女の方が、相手を確実に混乱させられるからな。魔法少女、なんて恐ろしい存在だろう。

 

「八重垣くん、キミの身体能力ならこのまま真っ直ぐに直進することはできるかい?」

「えっ、それは言葉通りの意味で、ですか?」

「うん、そうだねぇ」

「それは、……できると思います」

 

 少し考え込んでいた俺の肩の上に乗っているラブスター様が、正臣さんに軽く質問をしていた。その質問の内容に不思議そうな顔を見せながらも、正臣さんは道の先にある住宅地をしばらく見据え、小さく頷き返した。二人の会話から思うに、このまま道なりに進むのではなく、文字通り直進して進むことはできるのか、ということだろう。正臣さんもその意味を理解していたが、次に俺へ向けて心配そうな表情を見せた。

 

 なるほど、正臣さんだけならこんな住宅地の道なんて無視して進めるって訳か。だけど、俺がいるからそれが難しいと。俺はメフィスト様からの指示で、他者の前で神器を使うことを禁止されていた。やむを得ず神器の能力を使う場合も、あまり大っぴらには神器の力を見せないようにと言われている。そのため、正臣さんやベリアル眷属のみんなは、俺が神器持ちであることを知らないのだ。姿を消す能力も、魔法の力だって誤魔化したしな。

 

 だけど、さすがに今回の場合は、神器を全く使わないというのは難しいだろう。特に、クレーリアさんの居場所の特定のために、今から俺がやることは神器の力が不可欠だ。少なくとも、正臣さんには俺の能力について話しておくべきだろう。ラブスター様もそう判断したからこそ、彼にあんな質問をしたのだと思うから。

 

「えっと、ラブスター様」

「わかっているよ、カナくん。神器の使用を許可する。どうせあそこに行ったら、彼にはバレるだろうしねぇ」

「……神器? 奏太くんは、神器持ちだったのかい。でも、それにしては…」

 

 俺とラブスター様の会話に、正臣さんは小さな驚きを見せる。たぶん、俺に神器所有者特有のオーラが感じられないからだろう。俺はそれに頬を掻くと、『神器の気配の消去』の枠を消し、相棒を自分の手の中に召喚した。タンニーンさんとの修行で仙術もどきを発現したからか、神器を通して意識をすると紅のオーラが神器と俺に纏われていることに気づいたのだ。これがたぶん、神器が発するオーラってやつなんだろうとは思っている。

 

 俺の手に突然現れた紅の槍とそのオーラに、正臣さんは今度こそ目を見開き、今までの不可思議なことに納得しているようだった。やっぱりそれなりの実力者なら、神器のオーラとかわかっちゃうんだな。だけどそのおかげもあって、神器の気配さえ隠してしまえば、俺が神器持ちだと気づかれにくくもなった。俺みたいな消滅の能力がなければ、神器のオーラを隠すのはなかなか難しいからだ。まずオーラを意識すること自体が大変だって、アザゼル先生にも言われたし。

 

 さて、とりあえず神器持ちだってことは教えたので、これで問題はないだろう。今ここで足を止めて、能力の詳しい説明をしている時間はないので、忙しないが移動しながら話すしかない。俺は早速行動で示すために、いつものように『言葉』を発し、神器の力を身に纏った。

 

「とりあえず、屋根の上を跳びながらですけど、説明します。行きましょうか」

「はぁ…、わかった。なんだか奏太くんと一緒にいると、常識がどんどん壊されていくような気分だよ」

 

 正臣さん、それどういう意味ですか。しかも、「そうだよねぇ」ってラブスター様もしみじみと横で同意されているし。跳んで移動するぐらい、『ハイスクールD×D』の世界では大したことないだろう。原作のみんななんて、跳躍を越えて、普通に飛んでいるのが当たり前なレベルである。むしろ、人間の身体能力だけで、屋根の上に跳躍できる正臣さん自身が、俺の中ではびっくり人間だよ。この世界の人間って、どこかおかしいと思う。

 

 そんな会話を交わしながら、俺は足を強く踏み込み、慣れた動作で塀の上に跳び上がり、そのままの勢いで屋根の上にふわりと着地した。ラブスター様は俺のローブに爪を立ててくっ付いているので、問題はないようだ。俺の行動に正臣さんは小さく笑うと、彼も助走をつけて跳び上がり、壁を蹴りながら俺の隣に並走するように並ぶ。これなら、それなりのスピードを出しながら、直進することができそうである。

 

 お互いに問題がない事を確認し、頷き合うと一気に足を進めた。夜の闇と雪で視界は悪いので、一般人が俺達を目撃する心配はないだろう。足を踏み外さないように多少用心をしながら、俺達は行動を開始した。

 

 

「そっか、どうして魔法少女があらわれたのかと思ったら…。それ、一応変装だったんだね」

「……俺達が『灰色の魔術師』の魔法使いだと、バレたらまずかったので。ここは神秘の国ジパングらしいですし、愛のためなら魔法少女が出撃しても、何だかんだでいけるんじゃないかなぁー? というか。もう、諦めたというか」

「そ、そうなんだ。うん、詳しくは聞かないでおくよ。……ちなみに、あのロボも?」

「あれは、あれは、……なんだろう?」

「はっちゃけすぎた大人の末路、でいいさ」

 

 ラブスター様、容赦がない。マスコット化しているあなたがそれを言うのか、ともひっそりと思ったけど、それを口にはしない。上司に気に入られるコツは、余計なことを言わないことである。

 

 さて、俺と八重垣さん、そして応援に駆けつけてくれた最強のマスコット(上司)である『大いなる愛の化身、ラブスター様』は、改めて状況を整理するために目的地へ足を進めながら、これまでのことについて話をしていた。いきなり紫藤さんのところに突撃するのは危険だろうし、クレーリアさんという人質だっている。正直、駒王町側の状況がいきなり目まぐるしく変化してしまって、俺自身も困惑している部分が強いのだ。

 

 正臣さんからは、先ほどまでの状況を教えてもらったけど、本当にギリギリだったと感じた。泣く泣く衣装チェンジをしていた俺の下に、メフィスト様から緊急の連絡が届き、慌てて駒王町に転移をしたのだ。メフィスト様から「悪魔とエクソシストが手を組んで、八重垣正臣とベリアル眷属の粛清を始めた」と聞かされた時は、本気で心臓が止まるかと思った。まぁ、ミルたんが速攻で悪魔を吹っ飛ばしてくれたおかげで余裕を取り戻せたのと、知り合いに魔法少女の姿を見せる羞恥でいっぱいいっぱいになっていたから、緊張や不安とは無縁でいられたけど。

 

「それにしても、エクソシストの皆さんが動いた理由が、上司の胃を守るためだったなんて。紫藤さんの胃って、そんなにもひどいことになっていたんだ…」

「うん、僕も胸が苦しかった。僕の粛清のことで、そこまで紫藤さんを追いつめてしまっていたなんてっ……!」

「そんな、正臣さんだけの責任じゃないですよ!」

 

 紫藤さんの胃痛の原因となってしまったことに、正臣さんは悔し気に歯を食いしばる。俺は後悔をにじませる正臣さんへ、励ますように声をあげた。だって、こればっかりは仕方がないじゃないか。彼の仲間思いな気持ちが、この結果へと繋げてしまったのだから。紫藤さんの胃痛は、俺達にとってはどうしようもない事だったのだ。

 

「……えっと、八重垣くん。紫藤トウジの胃痛に関しては、そこまでキミが責任を感じる必要はないからねぇ」

「ラブスター様…」

「だけど、実際に僕の所為で、紫藤さんはッ」

「いや、本当にキミが深刻に責任を感じなくていいからね? 紫藤トウジも、それはきっと望んでいないさ。……それに一番責任があるのは、都合がいいからと元凶(やらかし)を止めなかった保護者側にもあるし」

 

 最後にボソッと呟いたラブスター様に、俺と正臣さんは首を傾げる。だけど、正臣さんの心が軽くなるように、ラブスター様がフォローを入れてくれているのだということはわかった。やっぱり、メフィスト様はお優しい方だと改めて思う。どこか遠い目で、正臣さんのフォローを何故か俺の方を見ながら言われたけど。そんな俺の困惑の目に気づいたのか、ラブスター様は少し逡巡した後、正臣さんには聞こえないぐらいの声量で、俺の耳元へささやいた。

 

「……カナくん。この騒動が終わったら、僕からちょっと伝えたい真実があるから。心して聞くんだよ」

「えっ、なんですか、それ。もしかして俺、またなんかやらかしたんですか?」

「うんうん、カナくんもようやく自覚が芽生えてきたみたいで、僕は嬉しいねぇ」

「えっ、あの、そんなしみじみと涙ぐみながら言われるようなことを、俺はしたんですか。何をしたんですか、俺」

 

 ラブスター様の言葉から、俺が何かとんでもないことをやらかしたらしいのだが、少なくともこの事件が終わるまでは教えてくれないらしい。何度聞いても、「今言ったら、クレーリアちゃんの救出に確実に支障が出る」とまで言われ、受け止めるしかないけど。ものすごく気になるというか、俺はいったい何をやらかしたんだ。冥界の騒動だけで、もうお腹がいっぱいなんですけど。

 

 

 

「あっ、そろそろ目的地です」

「わかった。それにしても、こんなところに僕も知らない教会の敷地があったなんて…」

「きっと、キミに知られていない場所をわざわざ選んだんだろうねぇ。万が一にでも、ベリアル眷属に知られてはまずいと考えた感じかな」

 

 教会の敷地であるが故に、悪魔側は迂闊に近づくことはできず。しかし、悪魔の魔力によって作られた代物だからこそ、教会関係者は仕組みを理解することができない。つまり、この場所の重要性は、悪魔と教会の双方の知識と理解がなければバレることがないのだ。協力体制を敷いている悪魔と教会側にとって、最高の隠し場所という訳である。

 

 もっとも、それは魔法使い側にとっては、全く当てはまらないことだけど。人間だから教会の敷地なんて関係なく調べられるし、悪魔の魔力に理解のある魔法使いにとっては、魔方陣から内容を解析することぐらいできるのだから。まぁ相手側も、まさか魔法使いが今回の件に関与してくるとは考えていなかったのだろう。

 

 それに計画が杜撰だと感じるかもしれないが、普通に考えて悪魔と教会の厄介事に、わざわざ首を突っ込んでくるバカなんて本来いないのだ。例え気づいても、見て見ぬ振りをして当然なレベルである。しかも、正臣さんとクレーリアさんを救っても、ほとんど救う側に利益なんてない。それでいて、バレた時のリスクはとんでもなく高いのだ。今回の事件に関与できるほどの力がある、損得関係なく動いてくれるお人好し、なんてものを警戒する方がバカらしく感じるものだろう。

 

 ――だからこそ、そんなバカである俺達は、ここまで自由に動くことができたんだけどね。

 

 

「ここは、駒王町の自然保護区みたいだね。一般人は入れないようにバリケードが敷かれているし、木が鬱蒼としていて奥は全く見えない。確かに何かを隠す場所としては、ここは最適かもしれない」

「うん、間違いないねぇ。ここが悪魔側が駒王町全体に施した、結界の中心点だ。おそらく、結界維持のための触媒や魔方陣なんかがあるだろうから、まずはそれを見つけようか」

「見つけようかって、ラブスター様。それって簡単に見つかるものなんですか?」

「一般人や他組織の者がもしかしたら入り込む可能性もあるから、隠蔽や認識阻害、妨害用の罠は張っているだろうねぇ。僕には関係ないけど」

 

 さらっとそう言うと、ラブスター様はくんくんと鼻を震わせ、俺の肩から跳び降りた。それから、俺と正臣さんについてくるような仕草を見せると、森の中へとどんどん進んでいった。それに俺達は目を見開き、慌ててラブスター様について行く。一直線には進まず、何度かジグザグ走行になりながらも、俺達は一気に森の中へと入っていった。

 

 特に問題なく罠があるはずの敷地内を進めているけど、たぶんラブスター様が罠を全部把握して、それらを避ける様に道案内をしてくれているのだろう。彼は最古参の悪魔にして、魔法使いの協会の理事長なのだ。彼にとってみれば、これぐらいの罠を初見で掻い潜ることぐらい造作もないことという訳か。俺は小さな背中に頼もしさを感じながら、相棒を強く握りしめる。ラヴィニアに調べてもらった資料通りなら、俺の力でこの結界に干渉することができるはずだから。

 

「その、奏太くん。今更かもしれないけど、駒王町に張られている結界に向かっているのはわかったよ。だけど、それでどうやってクレーリアの位置を特定するんだい?」

「あれ、さっき俺の神器の能力は説明しましたよね」

「う、うん。消滅の能力だってことは…」

「はい、なので消滅の能力でこの結界の悪魔側の権限だけをまず消します。そこから、疑似『覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)』を使って、俺の魔法力を流し込んで結界の権限を俺に上書きするんです。そうしたら、一時的にですけど相手の魔方陣を奪えますから」

「……はぁッ!?」

 

 正臣さんが素っ頓狂な声を上げた。俺の説明に驚愕の表情を向けてくるけど、そこまで大したことができる訳じゃないんだけどなぁ…。ラヴィニアから、この結界に関する知識をもらっていることが大前提だし。ラブスター様からも、バックアップをもらわないと難しい。俺の実力じゃ、奪えても精々数分が限界だろう。今回は設置型の魔方陣で、近くに術者がいないからこそ、俺でもなんとか干渉できるレベルなのだ。ラヴィニアも言っていたけど、そこまで複雑な魔法じゃないことが救いかな。

 

 それにしても、『覇軍の方程式(これ)』を使っていると、いかにアジュカ様がとんでもない存在なのかがよくわかる。初見の術式をあっさりと看破するし、術者がいても関係なく自分の魔力で術式を上書きするし、さらっと術式に改変や改良まで加えるしで…。あの魔王様、本気で術者にとっては天敵以外の何者でもないな。物理で殴るしか、攻略方法ないじゃん。

 

「う、奪うって。魔方陣を?」

「それが一番確実かなって。駒王町に張られているこの結界、ベリアル眷属の居場所を探知する機能があるんですよ。この機能があるから、クレーリアさんたちは迂闊に動くことができませんでした。……だからこそ、それを逆に利用させてもらいます。クレーリアさんが駒王町にいるのなら、結界の探知範囲内ですので」

 

 これなら、クレーリアさんの居場所の特定ができるだろう。彼女の居場所がわからずに無暗に探し回るのは、時間のロスに繋がるかもしれないし、待ちに徹している相手からの不意打ちを受ける可能性もあった。逆にこちらが居場所を特定していれば、相手の不意打ちを警戒できるし、その場に応じた作戦も考えられる。焦って動き回り体力を消耗させないためにも、ここで多少の時間をかける価値はあると思う。

 

 それに、結界の大本である悪魔も、今はこっちを気にしている余裕はないはずだ。冥界は混乱中で、駒王町の悪魔は魔法少女とスーパーロボットたちが受け持ってくれている。結界の権限を一時的に奪われたことに気づく可能性は低い。それに、メフィスト様が後で弄って、俺が干渉した事実はもみ消してくれるのだ。頼りになる上司がいると、安心感が半端ないです。

 

 そうして、俺がやろうとしていることを正臣さんに伝え終わると、どこか考え込むように彼は顔を伏せてしまった。あれ、何かおかしい点でもあったのだろうか。正臣さんが眉を顰める姿に、ちょっと不安な気持ちが沸き上がってくる。俺が訝しんだ目を向けていると、少し硬くなっているように感じる表情のまま、彼は俺と目を合わせた。

 

 

「奏太くん。キミがメフィスト・フェレス様という大悪魔の保護を受けている理由は、……その神器があるからかい?」

「えっ、それは、まぁ。俺は神器しか取り柄なんてありませんし」

「……そうか。うん、そうか。色々なことに納得できたよ」

 

 疲れたように肩を竦める正臣さんに、俺はどう反応したらいいのかわからず、困惑するしかない。そんな俺達の様子に、先行していたラブスター様が足を止めて、ちらりと正臣さんを見ているようだった。見た目がハムスターだから、鼻をピクピクしているだけで感情は全然読めないけど。

 

「着いたよ、カナくん。この先に小さな石の祠がある。それを起点に、駒王町へ結界を張っているみたいだねぇ。僕が魔方陣を表面化してあげるから、準備ができたら頼むよ」

「あっ、はい。わかりました。すみません、正臣さん。ちょっといってきますね」

「あ、あぁ」

 

 とりあえず、俺にできることはちゃんとやらなくちゃな。足を止めた正臣さんの横をすり抜け、相棒を片手に俺はラブスター様が両手でクシクシしている祠の前まで進み出る。小さなハムスターが、ペチペチと石をリズミカルに叩いては、「ハムハムハーム」と謎の呪文を唱えている姿に、少し悶えてしまったが。ラブスター様、ものすごくノリノリですね。このはっちゃけ具合、もしかして普段からストレスとか溜めていたりするのかな…。

 

 そんな上司の姿を目に映しながら、相棒に意識を向けてみる。俺一人の力では、他者の魔法に干渉するなんて高度な技はできない。でも、俺に難しいところは、相棒がしっかりフォローをしてくれるのだ。ダメダメな宿主だけど、本当にこいつがいるから、俺は俺のわがままを貫くことができると感じる。俺の大事な半身であり、俺の全てを委ねられる存在。

 

「よろしく頼むな、相棒」

 

 紅の槍に語り掛ける様に、俺はそっと柄を撫でた。すると、俺の言葉に反応を返す様に、いつものように紅の光が脳裏を瞬き、思念のような温かいものが俺に流れ込んできて――

 

《――――――》

「ん?」

 

 あれ、今何か聞こえたような気が……。

 

 

「カナくん。……どうしたんだい、カナくん?」

「あっ…。す、すみません。もしかして、ずっと呼ばれていました? すぐに準備しますね!」

 

 まずい、ちょっとボケっとし過ぎていた。俺は慌てて祠の前で表面化された魔方陣に向かい、槍の矛先を対象へと差し示す。ラヴィニアからもらった知識と照らし合わせ、この術式自体には傷をつけず、しばらくすれば修復機能が発動する範囲で、使用者の権限だけを書き換える。俺の魔法力を纏った神器はゆっくりと『俺が定めた対象』だけに向かって、消滅の効果を及ぼしていった。

 

答えの消去(デリート)

 

 まずは、俺の魔法力を流し込むための下地を作る。俺が魔法力を注入した先から、傍にいるラブスター様が俺の魔法力を魔力で魔方陣に固定化していってくれるから、俺はとにかく流し込むことに集中できる。駒王町を囲うような巨大な結界の魔方陣なだけに、俺の魔法力だけで全部やったら、すぐにガス欠になるからな。そして数分後、俺はある程度の術式の制御化を完了させることに成功することができた。

 

「……術式の権限の消去(リムーブ)

 

 続いて、魔方陣の一部の能力だけを消滅させる。魔方陣から浮き上がった悪魔文字の一部が紅の光によって消し飛ばされ、そこに空白が生まれた。現在俺の制御下にあるため、自壊も修復機能も発動しないようにプロテクトしている。ここまで手順通りにできたことに、流れる汗を袖で無造作に拭いながら、ホッと息を吐いた。

 

 さて、ようやく最後の工程だ。俺はオーラを纏った槍の先端を、消滅させた文字の空白に向ける。やること事態は、アジュカ様の疑似技である。彼のように魔方陣の術式そのものに干渉し、内容を書き換えることはできない。だけど、俺の魔法力で制御した後なら、術式に穴をあけてそこに上書きすることができるはずだから。サーゼクス様が持つ消滅の力で既存の法則を消し去り、アジュカ様が持つ構築の力で新しい俺の力にする。

 

 アジュカ様が前に独り言で話していた、『この世の法則すらも消滅させ、新たな式を生み出すことも不可能ではないだろう』という言葉が、たぶんヒントになったと思う。あの時は訳が分からなかったけど、さすがは魔王様である。それにしても、疑似的にとはいえ技を使ってみると、改めて超越者とも呼ばれる方々の力って、本当に反則レベルだと感じた。俺が必死こいてちまちまやっている作業を、彼らなら片手間でできてしまうのだから。

 

「よし、いくぞ。疑似『覇軍の(カンカラ―)――」

 

 しかし、発動させようとしてふと気づく。今からやるのは、疑似『覇軍の方程式』であるのは間違いない。だけど、そのまま言葉通りに力を使っちゃうのは、ちょっとアレかなー? と思ったのだ。俺の技は、結局は彼の技を真似た疑似的なものでしかない。俺みたいな人間が、四大魔王様の真似をして使っています、と堂々と公言するのはまずいかもしれない。あんまり他者に見せられる技じゃないけど、見られた場合に口にするのとしないことでの違いは大きいだろう。

 

 うーん、でも俺ってあんまりネーミングセンスとかってないからなぁー。こういう時こそ、アザゼル先生の出番だと思う。あのヒト、フォームチェンジした時の名前とか、必殺技の名前とかの中二病的なセンスはずば抜けているからな。別に今考えなくても、後で改めて決めればいいとも思うけど、やっぱり最初が肝心だし…。『覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)』とかカッコいいセンスは、魔王様だからこそ似合うのだ。だいたい、長いネーミングをつけても、俺がしんどいです。

 

 ……よし、もう簡単でいいや。

 

 

「新たな式よ生まれろ、――法則の書き換え(リライト)!」

 

 

 カチリッ、と何かが嵌まったような感覚を不意に感じた。それから、俺の意識と言葉が明確に繋がり、紅の神器が深紅に光り出した。俺のオーラと相棒から流れ込んでくる紅のオーラが空白を埋めていき、俺の名が魔方陣に新たに刻まれていく。なんだか相棒から流れ込んでくるオーラの方が多いような気がするけど、大丈夫か? 俺は楽ができるからいいけど、あんまり魔法力を使わずに済んだことに首を傾げる。

 

 なんだろう、もしかして神器のオーラの総量が上がっているのか? でも、別に何か特別なことをした覚えはないし…。俺はとりあえず成功した魔方陣を眺めながら、今さっき起こったことを訝しむしかない。失敗せず、問題なくできたから、いいんだけどさ。

 

 

「えっと、奏太くん。成功したのかい?」

「あっ、はい。すみません、大丈夫そうです」

 

 魔法関係は専門外な正臣さんは、俺の不安げな様子に心配そうにしていた。俺が慌てて告げると、安堵から肩を下ろしてくれた。それから彼は興味深そうに魔方陣を眺めると、感心するように頷いている。よくわかっていなさそうだけど、彼は教会の剣士なのだから仕方がないだろう。

 

「既存の魔方陣の書き換えかぁ…。奏太くん、これって魔法使いにとっては、すごいことなのかい?」

「えーと、たぶん? でも、普通に出来るヒトもいますよ」

「そうか…」

 

 アジュカ様とか、デュランダルの前所有者だったヴァスコ・ストラーダ猊下とか。メフィスト様も、やろうと思えばできるんじゃないかな。ただでさえここは、人外魔境のインフレ世界なんだし。

 

「ラブスター様、こんな感じで問題なさそうでしょうか?」

「…………」

「ラブスター様? えっと、メフィスト様?」

「あぁ、うん。ごめんごめん、問題なさそうだねぇ。よくできたね、カナくん」

 

 先ほどから瞬きすらせず、ジッと魔方陣を見続けていたラブスター様の表情はわからないが、俺が声をかけるといつも通り優しい声音で反応を返してくれた。それから俺の肩に再び跳び乗ると、「よくできました」というように、俺の頬をよしよしと撫でてくれる。さすがに恥ずかしくて、ちょっと顔を背けてしまったけど。

 

「……ふむ」

「あ、あの。それじゃあ、早速魔方陣を起動してみますね」

「あぁ、そうだねぇ。じゃあ僕は、八重垣くんの方で一緒に待っているよ」

 

 時間をこれ以上浪費してもまずいだろうし、魔方陣の干渉もそう長い時間できる訳でもない。俺が声をかけると、ラブスター様は俺の肩から軽やかに跳躍して地面に降り、正臣さんの傍へと駆けていった。モフモフさが離れてしまって、ちょっと残念な思いが起こりながらも、俺は魔方陣を起動させる。すると、魔方陣から駒王町の縮小図のようなものが見え、そこに赤い点らしきものが目に映った。

 

 先ほどまでいた公園にたくさんの点があるから、これはルシャナさん達だろう。だから、ここから離れたところにある赤い点を探せばいい。俺は目を凝らして、地図を詳細に眺めていく。そして、ようやく目に留まった。

 

「見つけた」

 

 ここから少し離れたところにある建物に、赤い点を見つけ出すことができた。ここで、クレーリアさんが待っている。俺は手に持つ神器を強く握りしめながら、真っ直ぐに目的地を見据えたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「……アジュカくん。キミは、いったいどこまで見えていたんだい」

 

 メフィスト・フェレスは、真剣な表情で駒王町の地図を眺める奏太を見つめながら、噛みしめる様に言葉が漏れた。奏太から、アジュカが経営するビルに忍び込んだ時の経緯や、その時に魔王から言われたことを教えてもらっている。その時の反応から、間違いなくアジュカ・ベルゼブブは、彼の神器を解析した結果で何かを感じ取ったのだろう。

 

 アザゼルもまた、同じ技術者として彼の神器に対して、疑問を持っている。だからこそ、より詳しく調べるために、わざわざ『神の子を見張る者(グリゴリ)』へと連れて行こうとしているのだから。メフィストも態度には出さないようにしていたが、奏太の神器が異質であることはわかっていた。本人を不安がらせないために、 何でもないように振る舞っているが、様々な想定が頭の中を駆け巡っているのは間違いなかった。

 

 『Rewrite(リライト)』と彼が口にした瞬間、僅かに神器から溢れたオーラ。あれには、何か別の意思のようなものが確かに感じとれてしまった。しかし、彼の神器には何も宿っていないはずなのに、いったいどこから現れたのかがわからない。奏太の身体に触れて調べてみたが、彼自身には何も変化がなかった。やはり、あの神器が原因だろう。

 

「はぁ、今現在でこれだものねぇ…。禁手化(バランス・ブレイク)の兆候もいつ現れるかわからないし、本格的にこっちも考えるべきかもしれないか」

 

 ただでさえ、神滅具持ちであるラヴィニアと常に一緒にいるのだ。しかも間接的にとはいえ、世界の均衡を崩すようなことまでやらかしている。禁手に至る者自体が希少であるため、メフィストも気長に考えていたのだが、奏太の場合ついうっかりでやらかしそうなのがひどい。本人が臆病な性格で、精神的にもまだまだ未熟なのが救いだろうが。

 

 

「あの、メフィスト・フェレス様」

「ん? どうしたんだい、八重垣くん」

 

 傍に寄ってきたラブスター様へ、考え込むように視線を向けた正臣は、おずおずと口を開いた。奏太から神器の説明を聞いた時から、どこか不安げに見えた瞳は、彼が地図に集中している間により色を濃くしている。何度か口ごもりながらも、正臣は意を決して言葉を発した。

 

「……その、もしかして、なんですが。奏太くんが先ほど行った『術式の書き換え』は、悪魔や魔法使いの術式だけでなく、教会の結界やそれこそ天界の封印術式などにも干渉できるかもしれないのですか?」

「……あの子には、そこまでの知識や技術はないよ」

「それはつまり、奏太くんが知識や技術さえ身につけることができれば、既存のあらゆる術式を書き換えてしまえるという訳ですか」

 

 正臣の疑問は、咎めるというよりも、奏太への心配の色が強く浮かんでいた。己の質問に対するメフィストの答えに、彼の表情は曇り出す。教会の戦士として過ごしてきたからこそ、教会の秘匿とされる禁忌に触れる可能性のある少年の能力は、教会の上層部を刺激しかねないと感じたのだ。

 

 アジュカ・ベルゼブブの疑似技とは、よく言ったものだ。まさしく、その通りだろう。アジュカの使う『覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)』は、全ての現象を数式と方程式で操る絶技だ。だからこそ彼は、相手の魔力や魔法を簡単に操ることもできるし、書き換えることだって造作もない。新しい式を打ち立て、様々な現象を意のままに作り出すことだってできるだろう。

 

 しかし、それでも彼は、悪魔なのである。神と魔王が死んでいるが故に聖と魔の境界が歪んでいるとはいえ、教会や天界の力を自分なりの方程式に用いて、魔力で再現することしかできないだろう。彼が扱う悪魔の魔力では、聖なる力を『書き換える』のは、かなり困難な事なのだ。聖なる力を解析して打ち消すぐらいならできるだろうが、自分のものとして奪うのは難しい。もしそれができていたら、天界側はアジュカ・ベルゼブブを最大限に警戒していたはずだろう。

 

 だが、倉本奏太は人間であり、『書き換え』を行うのは神器である『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』だ。術式へ干渉するために必要なのは、宿主の術式への理解と技術、概念干渉するために必要な魔法力やオーラである。魔力を元に作り出した魔法力では難しいかもしれないが、生命力であるオーラを媒体にすれば、聖なるものへの干渉も問題なく行えるであろう。

 

 もっとも、ただの人間のオーラ量では、とても書き換えられるものではない。今の奏太がどれだけ頑張っても、人外が施した高位の術式を『書き換える』ことはできないだろう。それこそ、赤龍帝が持つ『Transfer(トランスファー)』のような力を他者に譲渡する方法だったり、異種族への転生や禁手化(バランス・ブレイク)によって、劇的にオーラ量が増えるなんて事態にならない限りは。

 

 

「……八重垣くん、キミはカナくんの味方かい?」

「それは、もちろんです。あの子は大切な友達であり、返しきれないほどの恩もあります。クレーリアやベリアル眷属のみんなも、きっと同じ気持ちです」

「キミとクレーリア・ベリアルの今後について、アジュカくんとすでに話し合っているんだ。そこで、……もし、キミに覚悟があるのなら、いくつか選べる選択肢がある」

「選択肢、ですか?」

「うん。でもこれは、よく考えてから決めるんだよ。この選択は、一度決めたら二度と戻ることはできないから」

 

 正臣が危惧していた内容は、メフィストも当然考えていた事態だった。奏太自身は魔法陣にしか干渉できないと思い込んでいるようだが、おそらく魔方陣以外にも干渉できる可能性が高い。あの神器なら、持ち主がそうしたいと望めば、それだけで頑張りかねない。奏太のためなら自重を消して、なんでも応えてしまうあの神器がもしかすると一番の元凶かもしれない、とメフィストはちょっと遠い目になった。

 

 それから、ラブスター様は正臣の肩へと跳び乗り、小声でその選択肢の詳細を告げた。正臣は彼から聞かされたその内容に驚きから目を見開き、思わず本気なのかと疑ってしまう。そんな正臣の視線にクシクシと毛繕いしながら、なんでもないようにラブスター様は髭を揺らした。

 

「ある意味、キミにとっては悪くない選択肢でもあるかもしれないねぇ。色々としがらみはできてしまうかもしれないけど」

「それは、確かにそうですが…。メフィスト・フェレス様こそ、よろしいのですか?」

「元々、アレは僕にとってあってないような代物さ。使う機会があるのなら、使っても構わないよ」

 

 何度も頭を巡らせながら、正臣はメフィストの語った選択肢について考え込む。確かに彼が言うように、これはよく考えなくてはならない内容だ。メフィストが示した選択肢を選べば、正臣の力では手に入れることができなかったものを己のものにできる。しかし、この道を選べば二度と元に戻ることができないのも事実だった。

 

「キミには、まだ時間がある。今は、キミの大切なヒトを救うことに集中しなさい」

「……そうですね。わかりました」

 

 メフィストからのささやかな鼓舞に固くなっていた表情を和らげ、正臣は刀を持つ手にそっと力を籠める。彼の言う通り、まずは紫藤トウジとの決着をつけなければならないのだから。

 

 それから、上手くクレーリアの居場所を探知できたらしい奏太が、嬉しそうに二人へ報告しに来る姿に微笑みを返しながら、彼らの足は真っ直ぐに目的地へと向かうのであった。

 

 


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