えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
「ここは、市の講堂ですかね?」
「あぁ、ここは僕も知っているよ。毎月駒王町付近の教会系列で行われる、フリーマーケットやバザーの開催場所にもされていた所だからね。あとは、エクソシストのための戦闘訓練場の一つとして、一般人には知られていない地下への隠し階段がある。問題なく戦闘ができるぐらいには、広い空間があったはずだよ」
「紫藤トウジが、八重垣くんを斬ることを目的にしているのなら、その地下にいる可能性が高いだろうねぇ」
駒王町に張られていた結界の魔方陣を書き換え、逆探知を成功させた俺の案内に沿ってたどり着いた場所を前に、みんなは思い思いに佇んでいた。ここにクレーリアさんの反応があったのは間違いない。そして、彼女の傍には紫藤さんが待ち構えていることだろう。クレーリアさんを助けに来る正臣さんと戦うために。
「クレーリアさん、無事ですよね…」
「大丈夫だよ、彼女は皇帝ベリアルへの大切な交渉のカードだ。それは紫藤トウジも理解している」
「……バアル派の悪魔との取引のためか。でも、何で紫藤さんは悪魔側の言葉を信じて、クレーリアを攫うなんて強引なことを」
理解はできるが、納得はできないという表情で、正臣さんは複雑そうな心境を浮かべていた。確かに本当に皇帝ベリアルが冥界で騒動を起こしているかなんて、紫藤さんには確認のしようがないのだ。もし皇帝が騒動を起こしていた、というのが悪魔側のついた嘘だったら、とは考えなかったのかな。悪魔側が教会側に、こんな嘘をつく理由はないかもしれないけど。
「おそらく、教会上層部からの圧力もあっただろうねぇ。それに、彼は別に悪魔を全面的に信じてはいないと思うよ。教会らしい、合理的な思考の下で動いている。だからこそ、彼女は傷一つつけられていないと確信を持って言えるんだ」
「えっ? 信じたから、クレーリアさんを攫ったんじゃ…」
「彼の目的は、『クレーリア・ベリアルを粛清すること』じゃない、『八重垣正臣を粛清すること』なんだ。教会側の不祥事の原因である八重垣くんを粛清できれば、クレーリアちゃんを無理して殺す必要はない。特に彼女は皇帝ベリアルの従姉妹で、教会側としても刺激したくない爆弾なのは変わりないんだよねぇ。だからこそ、教会の上層部としては、悪魔への報復よりも八重垣くんを切り捨てることで体裁を整え、穏便に事を済ませたい、と考えたいはずなんだよ」
正臣さんに対して結構容赦のない事実を告げるラブスター様に、俺の方がドギマギしてしまう。言われている正臣さん自身が、冷静に肩を竦めているだけなのも、俺の中では何とも言えない気持ちになる。組織全体のために、9を守って1を切り捨てるやり方は間違っていないだろう。だけど、切り捨てられてしまった側の思いは、どう消化したらいいんだろうと感じてしまった。
「悪魔側の話が事実なら、クレーリアちゃんの身柄を確保するだけして、あとは
「……つまり、僕さえ粛清できれば、教会側はクレーリアを殺さずに矛を収めてくれる、という訳ですか」
「教会側だけのことならね。……これは、キミにとって辛いことかもしれないけど。八重垣くんのやった事は、監督者である紫藤トウジやその仲間たちにも、連帯責任として教会から罰を与えられることになるだろう。その罰の軽減に、キミの粛清が織り込まれている可能性は高い」
「僕を粛清できなかったら、紫藤さんやみんなの教会での立場はより悪くなってしまう訳か…」
ラブスター様の教会側の考察に、正臣さんは顎に手を当てて、何かを考えているようだった。教会の上層部は自分達の手で八重垣さんを粛清できれば、周りに向けた体裁はなんとか整えられると考えている訳か。そして、それを正臣さんの上司であり、監督者であった紫藤さん自身にやらせることで、彼やその仲間の罪を軽減させようとしているのだ。
彼には家族がいて、そして大切な部下がいる。紫藤さんだって正臣さんのことを大事に思っているだろうけど、そのために家族や部下を切り捨てることなんてできないと思う。それに悩み抜いた彼が、多少強引な手を使ってでも、自分の手で決着をつけようとしたのが、今回の件だったのだ。
考え込む彼の顔を覗き込むと、眉根を顰め、顔色も少し悪いように感じた。確かに自分の所為で、上司や仲間にも罰が与えられることになった、と知った彼の思いは複雑だろう。自分が生きているだけで、今後の彼らを苦しめてしまう事実も。だけど、もう俺達も紫藤さん同様に立ち止まることはできないのだ。紫藤さん達には悪いけど、俺は正臣さんに死んでほしくない。彼の気持ちを確認するためにも、俺はおずおずと疑問を口にした。
「あの、正臣さん。もしもの時は、自分が死んだら紫藤さん達やクレーリアさんを救えるかもしれない、とか考えていないですよね?」
「……考えていない、とは断言できないかもしれない。でも、そんなことをしたら、クレーリアを泣かせてしまうし、「クレーリアと一緒に帰ってくる」って約束したルシャナさんにも怒られてしまうだろう。お義兄さんには、ぶん殴られても仕方がないだろうし…ね」
「追加で、俺もものすごく怒りますよ。ミルキー・イエローと力を合わせて、冥府から引きずり出してでも魔法少女にしてやる」
「ごめん、それは止めてくれ。弱気になった僕がわるかった。紫藤さん、僕は死ねません。絶対に死ねなくなりました、ごめんなさいっ!」
口元を引きつらせながら、割と本気の口調で否定された。すごい、魔法少女の一言で生きる希望を正臣さんに与えられたぞ。さすがは希望の象徴である。でも、別に俺の代わりに、レッドを就任してくれてもいいんだよ? めっちゃ大歓迎だよ? 男の魔法少女が増えてくれれば、俺の羞恥心も多少は薄まってくれるかもしれない、という希望的観測もあるし。
今後二度と魔法少女になりたくないのは本音だが、ミルたんとラヴィニアと一緒にいる時点で、俺の中でもかなり不安なのだ。魔法少女としてなら、ラヴィニア並みの魔法使いになれるというお墨付きも恐ろしい。……いっそのこと、原作のミルたんみたいに仲間を増殖させて、
「カナくんって、やっぱりマイペースだよねぇ…」
「えっ?」
「ううん、キミらしい励まし方だった、ってことだよ。紫藤トウジを相手に、気持ちで負ければ八重垣くんに勝ち目はない。戦闘中にもしも彼の事情を知って、剣を鈍らせる事態は避けたかった。ここで教会側の事情を伝えるのは少し賭けだったけど、カナくんに任せて正解だったねぇ」
俺の肩に乗って、しみじみと呟くラブスター様に頬が引きつる。そういう重要なことは先に言っておいてほしいというか、俺にあんまり期待されても困るというか…。ほら、俺って結構思ったことをそのまま口に出す癖がありますからね。メフィスト様って、軽い口調のままズバッと切り込んでくることがあるから、ちょっと心臓に悪いんだよなぁ…。
とりあえず、正臣さんに自己犠牲精神は必要ないと断言してもらえて何よりである。俺がホッとしたように笑顔を向けると、正臣さんも薄く笑い返してくれた。それから目を細めて、この先に待ち受けているものを彼は真っ直ぐに見据え出す。濁りが一切ない黒曜の瞳は、揺らぐことなく前を向いていた。
彼の中で、全ての覚悟が決まったのだろう。
「さて、突入する前に、まずは情報整理をしようか」
「えっと、時間は大丈夫なんですか?」
「冥界での交渉が始まったら、アジュカくんからもらったこの玉が光り出す。それが、突入の合図になるねぇ」
ラブスター様はそう言って、おもむろに口の頬袋の中から、ポンッと小さな緑色のビー玉のようなものを取り出した。メフィスト様、もうすっかり
「僕たちの目的は、紫藤トウジを倒すことではなく、クレーリア・ベリアルを救い出すことだ。そして、僕たちの敗北は、彼女と八重垣くんが粛清されてしまうことである。ここまではいいかい?」
「はい。その、俺とラブスター様は?」
「僕たちの役目は、クレーリアちゃんの安全の確保だねぇ。八重垣くんには、紫藤トウジの思惑通りに一対一の勝負をしていてもらう。彼がキミとの戦闘に集中している隙に、僕らで彼女を助け出すことになる。もしクレーリアちゃんの確保を無事に出来て、状況が許せるのなら逃げに徹してしまうのも一つの手だねぇ」
確かにそれが妥当だろう。俺は神器の力を使えば、紫藤さんにバレずに建物の中を探し回ることができると思う。それに戦闘に関しては、正直お役に立てるかわからないのが本音だ。メフィスト様も、今はラブスター様である。エクソシストの強みは、様々な武器や術を使いこなして行う、身軽な高速戦闘にある。果たして俺は、二人の戦闘を目で追えるのだろうか。
半年ほど前にアザゼル先生に言われたが、圧倒的なパワータイプや回避に特化したスピードタイプへの対処が、俺には難しいのだ。俺の能力は状態変化系であり、サポートよりのテクニックタイプである。小細工の通じないようなパワー持ちや、そもそも攻撃を当てられないスピード持ちには相性が悪かった。俺自身を強化しても、勝てる訳がないし。
「僕もそれがいいと思います。お二人がクレーリアの下へ向かってくれる、とわかっているだけでも、安心して戦えますから」
「その、紫藤さんは聖剣の能力を使ってくると思うんですけど、対処はできるんですか?」
「……確か、
「所有者の記憶から、ですか?」
「例えば戦闘中に、紫藤さんの剣がぶれて何本にも見えたり、紫藤さん自身が幻覚で増えたりもする。特に厄介なのは、この聖剣と打ち合う度に微量の光の粒子が剣から舞うんだ。その粒子の量が増えるほど、幻覚の精度も上がるし、身体に触れた粒子がこちらを夢の中に取り込もうとしてきて集中力を削いでくる。長期戦はこちらにとって、不利になるんだ」
「めちゃくちゃ危険じゃないですか!?」
話を聞いてみて、改めてこの聖剣ってめんどくさすぎる。特に武器を用いた対人戦においては、厄介どころのレベルじゃない。紫藤さんのエクソシストとしての実力の高さもあるのに、聖剣の補助効果がさらに上手くかみ合ってしまっている。
「ふむ、弱点は遠距離からの攻撃や術への対処に聖剣は使えないことだねぇ。その粒子も、近距離でないと効果は出ないだろうし、ある程度打ち合う必要がある以上、即効性はない。まだまだ攻略の方法はあるけど、八重垣くんが勝利を掴むのなら、短期決戦で決めるしかないだろうねぇ」
「はい、僕もある程度の幻術なら対応できます。ただ、今までの経験上、百ほど打ち合えば厳しくなってくると思います。三百打ち合えば、こちらの意識を惑わせてくるでしょう」
おそらく、技量なら紫藤さんと正臣さんは互角なのだ。しかも正臣さんは、紫藤さんから剣の教えを受けてきたため、剣の流派みたいなのも同じだろう。ゼノヴィアさんのような剛の剣ではなく、イリナさんのような柔の剣を基礎に、手数で攻めていくタイプの剣士という訳だ。
そこに戦闘経験や聖剣の能力が紫藤さんにはプラスされ、でも体調不良のためいつもよりキレは悪くなっている。彼も自分の不調をわかっているだろうし、聖剣の能力の関係上、正臣さんが短期決戦を仕掛けてくるだろうことも予想できると思う。警戒されていると考えるべきだ。俺が紫藤さんなら、なんとか時間を稼ごうとするかもしれない。そして、聖剣の能力で弱った正臣さんを倒すのが確実だろう。
そう考えると、間違いなく俺とラブスター様の存在が切り札になる。もし正臣さん一人だけだったのなら、紫藤さんを倒さない限り、クレーリアさんを救うことなんてできない。でも、俺達がついている彼の場合は、時間の経過も勝利条件に含まれるのだ。無理して正臣さんが、紫藤さんを倒す必要はないのだから。俺達が彼女を助けた後に、加勢だってできるかもしれない。
うーん、しかしだ。俺にできることがあるかだけど、夏休みの修行で行ったタンニーンさんの時と同じで、神器を紫藤さんに当てることが難しい。魔法もちょっと怪しいかもしれない。人間の身体能力で、人外と戦う彼らの回避能力と危機察知能力は非常に高いのだ。しかも、俺という伏兵がいるとバレたら、真っ先に俺の意識を刈り取ってくる可能性があるだろう。一度認識されると、相手の視線が外されるまで姿消しの効果は薄くなってしまう。生粋のスピードタイプに捉えられたら、俺に逃げ切る自信はない。
「ちなみにラブスター様って、今どんなことができるんですか?」
「簡単な魔法ぐらいなら使えるよ。カナくんも使える透過や通信とか、魔力で衣装を編んだりもできる。ハムスターだからね、細々したものが多いかな。一応『ハムンテ』という、自らの命と引き換えに爆発を起こす最終ハムハム奥義ならあるけど、これは出来れば最終手段にしたいものだねぇ」
「……ラブスター様。もしかして、俺がラヴィニアに貸したRPGをやったりしていませんか?」
「ラヴィニアちゃんと一緒に、現在『狭間の世界』を攻略中だよ。重厚な世界観でストーリーもいいし、なかなかユニークな魔法もあって、面白いよねぇ」
やべぇ、ラヴィニア経由で一万年生きている大悪魔様に、大魔王を倒す国民的大人気ゲームをやらせてしまっていたよっ! しかも、しっかりと影響を受けてしまっている!? でも、あのシリーズは名作ですよね。今度語り合いましょうっ! ちなみに、隣でゲームを知らない正臣さんだけは、俺達の会話を理解できず「!?」「!?」とただただ呆気に取られていた。普通にごめんなさい。
「まぁ、そう気負う必要はないよ。いざとなったら、後続にノリノリの魔法少女とスーパーロボットが待ち構えているんだから…」
「……で、出来る限り、僕の力で頑張ります! これ以上、紫藤さんの胃に穴をあけられないっ!」
確かに、エクソシストのみなさんやバアル派の悪魔同様に、トラウマを植え付けられそうだった。
「それにしても、幻術かぁ…。俺なら相棒の能力を使えば、自分にかかるバッドステータスを消せるし。そもそも相手が俺に幻術をかけてこようとしても、『俺が受けている術消し』を相棒に任せれば、なんとかなるのになぁ」
「カナくんの神器は、相手に状態異常を与えるタイプにとっては、天敵だろうからねぇ。キミの神器の怖いところは、『あらゆる事象を0の状態に保てる』ことだ。幻術タイプや状態変化形の神器所有者にとっては、あまり相手にしたくないタイプだろう。だからって、過信しちゃだめだよ。キミの能力は有限なんだから」
「もちろんです。俺の魔法力や体力が続く限り、って制限がありますし」
『あらゆる事象を0の状態に保てる』、か。それなら、味方のステータスを上げるエンハンサータイプとも、相性がいいかもな。ステータスの上がった敵を槍で刺すことができれば、プラスで上がっていた力を0に戻すことができる。つまりこれって、『くらもとかなたの やりのほさきから いてつくはどうが ほとばしる!!』ってことだよな! ちょっと、カッコいいかもしれない…。魔王様の技の再現っぽくて、少年心的に少しわくわくしてしまったのは、仕方がないよね。
しかし、やっぱりネックは『槍で刺すこと』なんだよなぁ…。アジュカ様に教えてもらった魔法力やオーラを使った概念消滅を応用すれば、刺さなくても消滅の効果を及ぼせるようになれるかもしれないけど、まだまだ俺の実力じゃ厳しすぎる。正臣さんが紫藤さんとの戦闘中に、せめて幻術のバッドステータスをなんとかしてあげられるだけでも、かなり戦況は有利になるだろうに……。
「あれ、ちょっと待てよ」
俺の肩の上で、ラブスター様がビクンッとした気がした。
「どうしたんだい、奏太くん?」
「あっ、待ってください。今、相棒に俺の思いつきができるのか相談してみますので」
俺は手に持つ紅色の槍に目を落とし、心の中で相談をしてみる。なぁ、相棒。俺の神器の効果範囲ってどこまでだったっけ? あと、俺のオーラを籠めておけば、俺の望む効果を任意で発動させることってできない? えっ、仙術もどきの効果を使えば、一定の距離があってもオーラによって神器との繋がりを保つことはできるの? じゃあ、能力を事前に登録しておいて、『刺す』ことをキーにしたら、俺の能力を他者へ分配することももしかして可能だったりする?
それら俺の思いつきに対して、なんかかなり「えー、この子はまた…」的な呆れた思念をひしひしと感じたけど、最終的には「もう、仕方がないんだから…」的な了承の思念を受け取ることができた。さすがは俺の相棒、相変わらず頼りになりすぎる。俺は『
「ちょっと待とうか、カナくん。まずはやらかす前に、事前に僕へ相談して…」
「……えっ? あっ、すみません。もうやっちゃいました」
「えー、もうこの子と神器はまた…」
さっきの相棒から感じた思念と同じような感想を、保護者からもいただいてしまった。相棒も俺と同じレベルで、問題児扱いされているけど。力なくぐでーん、と倒れ込むラブスター様に、俺も乾いた笑みが浮かんでしまう。でも、今回の思い付きはそんなに大したことないかもしれないし…。大丈夫ですよ、きっと! たぶん!
「これは、小さい槍かい?」
「あっ、はい。『
俺がやった事は、簡単に言えば俺の能力を正臣さんに使わせることである。この小さな槍には俺の消滅の命令をすでに与えていて、俺が籠めたオーラを喰うことで使えるのだ。あとは『刺す』ことで、その能力が発動するように設定しておけばいい。つまり、俺以外の他者にも限定的にだけど、消滅の能力の行使が可能になったという訳だ。この槍と大本の神器はパスで繋がってるから、『刺す』ことを発動キーにすれば、相棒がある程度能力を制御してくれることだろう。
「たとえば、この槍に『戦闘で受けた傷の消滅』を命令したまま、固定化したとします。それでもし、正臣さんが戦闘中に怪我をしても、この槍を自分で『刺せば』能力を発動させて、全回復することができるようになった訳ですよ。一回きりの消耗品で、俺との距離がそれほど離れていないことが条件ですが」
この槍で刺して能力を発動し終わった瞬間に、俺の籠めたオーラが消失するため、大本の神器とのパスが切れてしまうのだ。そのため、一回限りの使い捨て能力なのである。あとさすがに、『
「……メフィスト・フェレス様。これ、僕が考えるだけでも、かなり色々とやばい応用ができてしまうのでは…」
「あぁー、うん。僕が思いつく限りでもねぇ…。カナくん限定だった一部の能力が、『刺す』ことで誰でも使用可能になってしまったんだ。カナくんの実力では『刺す』ことができなかった相手にも、実力者に協力を仰げば、届かせることができるようになる。戦術の範囲が、大幅に増えてしまったねぇ…」
あれ、正臣さんとラブスター様の、ものすごく疲れたような声が耳に届く。もしかして、やっぱりこれって、またやらかしてしまったのだろうか。だって、幻術が厄介? なら、正臣さんに俺の能力を使わせれば解決じゃね! という発想の下に考えただけなんだけど…。あっ、溜息を吐かれた。
「でも、これは間違いなく八重垣くんにとって切り札となるだろうねぇ。紫藤トウジの裏をかくことができる。使いどころは、キミに任せるよ」
「はい、必ず有効活用させていただきます。ありがとう、奏太くん」
「あっ、はい。その、気を付けてくださいね」
肩を竦める正臣さんに、俺は槍に込めた能力の説明をしながら、その手に神器を手渡した。彼はもらった小さな槍を一瞥すると、すぐに取り出せるように服の袖にある隠しポケットの中に入れているようだった。教会系列の服はこういう隠しギミックが多くて、さらに戦闘中でもすぐに使用できるように工夫されているらしい。いいなー、隠し武器って響きに、なんか憧れてしまう。
「おや、タイミングがいいねぇ」
「ビー玉っぽいのが、緑色に光って…。それって、つまり」
「突入の合図、だね」
ラブスター様の魔力によって、隣でふよふよ浮いていた緑色の玉の光が目に入り、俺達の間に緊張が走る。俺は神器を強く握りなおし、ラブスター様は雪で湿っていた毛を毛繕いし、正臣さんは刀の柄をそっと手で触れていた。不安や心配はあるけど、恐怖による震えはない。きっと、ハッピーエンドをみんなで迎えられると信じているから。
駒王町で起こる悲恋の物語を覆すための最後の戦いを始めるために、俺達は足を前に進めたのであった。