えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第七十七話 後処理

 

 

 

「……という訳で、どうやらクレーリア・ベリアルが教会に攫われたのは事実だったが、彼女の恋人である教会の戦士と魔法少女が教会側に乗り込んで、彼女を助け出すことができたらしい」

「クレーリアの女王とも連絡が取れました。なんでも、二人の愛のエネルギーとベリアル眷属の助けを求める声に引き寄せられたジパングの神秘、魔法少女とスーパーロボットが希望の使者として突如乱入し、悪魔もエクソシストも関係なく蹂躙していったと…。現在、駒王町にあるベリアル家の屋敷に全員待機しているようです」

「……はぁ。もう、はぁ…。色々ツッコミどころがありすぎて、もうどこからツッコんだらいいのかわからない」

「…………」

 

 冥界にあるアグレアス・ドームの一室。先ほどまで真面目な交渉をしていたのに、問答無用にカタストロフィされて大混沌と化していた会場で、悪魔達はなんとか正気を取り戻して頭痛と戦っていた。成功の知らせを受けたのに目が死んでいるアジュカと、こめかみを押さえながら、疲れたように告げるディハウザーのあんまりな報告に、サーゼクスはアガレス大公から胃薬を譲ってもらう。バアル大王は、もう無言だった。

 

 とりあえず、事件の中心である駒王町の様子を探るべきだと判断した彼らは、人間界でゲームを行っているアジュカの伝手を使い、彼の子飼いに駒王町へ向かってもらったのだ。そこで古き悪魔達が駒王町に張っていた結界を解除してもらい、ディハウザーもベリアル眷属へ連絡を繋いだ。そこで知った事の顛末に、更なる頭痛が彼らを襲う。事実は理解できても、心が理解することを拒否してくるのだ。普段なら策謀や政治などを考えてくれる優秀頭脳は、働くことにストライキをし出していた。

 

 ちなみに運営側だった古き悪魔達は、自分達の切り札があっさり超次元の存在に蹂躙されたショックと、皇帝を結局怒らせるだけで終了した結果に錯乱し、現在別室で取り調べと言う名の拘束が行われている。皇帝ベリアルの怒りをこれ以上刺激する訳にもいかないため、彼らの処分は後日改めて行うこととし、今は教会勢力の介入があった駒王町側の処理を優先することとなったのだ。

 

 その関係で、ビィディゼとロイガンも一時的に部屋から退出してもらっている。彼らはレーティングゲームの交渉に訪れたのであって、ベリアル家と冥界の政治に関する交渉には無関係であるからだ。もっとも彼らはそれに異議を唱えることは一切なく、むしろ「皇帝の家族関係に巻き込まれるのは、もう勘弁してほしい…」と切実な表情で訴える。さすがのディハウザーも、それに申し訳なさそうな顔になっていた。

 

 そうして、なんとか話し合う場を整えることに成功した悪魔達は、改めて運営側の失態を含め、クレーリア・ベリアルの処遇などを考えるために奮闘する。彼らは疲れた身体に鞭を打ちながら、一生懸命にお仕事を頑張るのであった。

 

 

「……ちなみに、セラフォルー。まさかと思うけど、報告にあった魔法少女は、キミの差し金だなんてことはないよね?」

「ちょっと、サーゼクスちゃん! もしあんなにも魔女っ娘パワーに溢れる娘が身近にいたのなら、私の眷属になって欲しいってお願いに行っているわ! あと、番組にだって出演してもらって、一緒に冥界の子どもたちへ希望を届けているもん☆ うぅー、私だってお仕事がなかったら、今すぐ駒王町に行って魔法少女の勧誘がしたいのにぃー!」

「……魔女っ娘? 声、かなり野太かったと思うけど」

「まだまだね、サーゼクスちゃん! 大切なのは、愛と勇気と希望のミルキーパワーよっ☆」

 

 さすがのサーゼクスも、現在はこのテンションについていけなくて、無言で頷いた。

 

「……スーパーロボットとは、なんだ」

「バアル大王様、僭越ながら私から説明を。スーパーロボットとは、アニメや特撮、ゲームなどに登場する悪と戦う正義のヒーローのことです。科学的に作られた巨大で人型の高性能なロボで、神秘の国ジパングの生み出した最高傑作の一つなのですよ。現在までに様々なロボットシリーズが作られていますが、その代表例として挙げられるとすれば、やはり『ダンガムシリーズ』でしょう。私も娘と一緒に、初代からずっと追っている有名な作品なんです。もしスーパーロボットについて知りたいとのことでしたら、ぜひ初代シリーズから目を通していただいて、……なんでしたら、今からでもアガレス家にある秘蔵の映像をご覧に――」

「すまない、聞いてすまなかった」

 

 あのバアル大王が謝った。目をキラキラさせるおっさんのテンションに、勝てる気がしなかった。

 

 

「そのクレーリアちゃん、って娘を助けに入ったのが魔法少女なら、確かに納得できるわね…。魔法少女は、純粋な愛のパワーに敏感だもの。それに駒王町は、魔法少女の概念を生み出した神秘の国にある街だわ。引き離されそうになっていた愛し合う二人の哀しみの声に、魔法少女が応えたという訳ね…」

「正義のヒーローであるスーパーロボットなら、助けを呼ぶ声に反応したのも頷ける。なんでもそのクレーリア・ベリアルの眷属達は、主のために命懸けで戦おうとしていたと聞きます。その純粋な想いに、スーパーロボットも引き寄せられたのかもしれませんね…」

「えっ、日本って魔法少女やロボが横行するような国だったのか……?」

 

 神秘の国ジパングに対する、熱い風評被害が悪魔の重鎮達の間を駆け巡る。そんなバカなと思う気持ちもあるが、ここにいる悪魔達は全員心の底から疲れていた。テンションMAX状態のセラフォルー様とアガレス大公に、反論する元気がなかったのだ。神秘の国には『NINJA』がいる、と信じている悪魔達である。なら、魔法少女やロボが実在している可能性もあるかもしれない、と遠い目になっていた。ちなみに補足すると、天使達も似たような認識だったりする。

 

 そんな悪魔達の様子に、日本でゲームをやっているため常識的な認識を持つアジュカは、内心「んな訳ないだろう」と思うが、それを口に出せない。ツッコみたいのに、ツッコめない。全く予定にないことが起こったのに、何故だかよくわからないが、セラフォルーとアガレス大公の謎のフォローが炸裂し、アジュカとディハウザーが動く必要すらなく、勝手に都合よくまとまろうとしているのだ。なんだこれ。

 

「そうだ、アジュカ。確か、日本でゲームをしているんだろう? 魔法少女やスーパーロボットって、ジパングには本当にいるのか?」

 

 俺に聞くな。親友の奇襲(サーゼクスの質問)に、全員の視線が自分の方へ向いたことがわかった。それに胃がキリキリしながらも、アジュカは必死に表情筋を動かして、不遜な笑みを作った。

 

「ふむ、日本はある意味で未知に溢れている土地だからね。いても不思議ではないだろう」

「そ、そうなのか…。ちょっと信じられなかったが、アジュカが言うんだもんなぁ……」

 

 テンションが振り切れている二人の勢いに押されていた面々も、ミステリアスで現実主義な魔王様の肯定に、間違った日本知識がインプットされていった。ディハウザーだけは、この事態を引き起こしただろう元凶に心当たりがあったので、アジュカのフォローにそっと目頭が熱くなる。みんな頭が痛かった。

 

 

「日本の神秘は、とりあえず置いておこう。まずは、そのクレーリア嬢の処遇に関して、話し合うべきじゃないか。皇帝ベリアルと運営の交渉も、そこから切って切り離せる状況でもなさそうだからね」

「そ、そうだな。……しかし、考えるにしてもなぁ。粛清は取りやめるとして、それでもその女性が冥界の情勢的に禁忌を犯してしまったのは、事実であるし…」

「……そもそも、何故これほどの事態をバアル家と古き悪魔側しか知らなかったのかが、私は気になります。管理の権限の一部を持つグレモリー家の出身であり、魔王であるルシファー様も知り得なかったことのようですし」

 

 アジュカは頭が痛い事態から脱却するべく、必死に話の方向転換を図る。それに便乗するように、サーゼクスも親友の話に頷いてみせるが、こちらも難題であることには変わりない。そこへ、皇帝ベリアルは眉根を顰めながら、バアル大王へ向けて厳しい口調で言い放つ。最古参の悪魔はそれに表情を変えることはなかったが、皇帝の行動次第では、内乱の危機にまで発展しかけていたのだ。こちらに非があるのは事実だと認め、重々しく口を開いた。

 

「……クレーリア・ベリアルが聖職者と情を持ったと知った貴殿が、教会側へ報復を考える可能性もあった。故に、もしもの事態を我々は考えたのだ。戦争へ発展してほしくないのは、向こうも同じであったため、お互いに説得を続けながらも、それが上手くいかない場合は内々で処理することが決定していた」

「それは……、あまりにもベリアル側への配慮にかけてはいませんか。確かにクレーリア嬢は罪を犯したかもしれません。しかし、交渉する余地があったのなら、緊急性のある事態ではなかったのでしょう? ならば、粛清へと動く前に、同胞のためにできることがまだあったはずです」

 

 超越者と呼ばれる力はあっても、サーゼクスは元々はただの一貴族悪魔でしかなかった。しかし同胞のために、魔王という悪魔の象徴となる道を選んだ彼にとって、同胞の命をあっさりと消す判断を下した古き悪魔達に怒りが湧く。わかってはいたが、彼らにとって分家の女悪魔一人の命など、本当にどうでもいいのだろう。

 

 魔王として、非情な判断を行うことだってある。その覚悟だってしてきた。それでも、救える命があるのなら、少しでも手を伸ばしたい気持ちを捨てたつもりはない。

 

「ディハウザー殿に告げられないのなら、せめてベリアル家の当主殿には話を通すべきであったでしょうし、グレモリー家の現当主である父――ジオティクス・グレモリーにも通しておく事案だったと解釈いたします。何より、教会側と秘密裏に繋がって、魔王を通さずに勝手に交渉し、同胞の粛清を取り仕切るなど、……いつからあなた方はそこまでの権限を持ったのですか」

「……魔王の手を煩わせるほどの案件ではない、と判断した」

「その判断を下すのは、魔王である我々のはずです。確かに私たちは若輩であり、血の権威もない。クーデターによって王となった、魔王という象徴でしかないのかもしれません。それでも、『魔王』なのです。今回の件だって、事前に私たちへ相談していただけていれば、ベリアル家へクレーリア嬢の説得を願い出ることだってできたでしょう」

 

 普段ならゼクラムに対して、ここまでの発言をサーゼクスはしない。しかし、彼らは『皇帝』だけでなく、『魔王』も軽視しすぎていた。その結果が、今回の内乱発生の引き金を引く一歩手前の事態だったのだ。皇帝ベリアルの弾丸が、レーティングゲームの闇に風穴をあけた。しかし、それだけにとどまらず、さらに冥界の柱まで折れかけたのだ。それほどまでに、悪魔の闇は深く根付き、古い悪魔の思惑は徐々に少しずつ、冥界の屋台骨を歪めていた。

 

「……昔の、旧ルシファーの時代と同じ時代ではないのです。これまでのやり方のままでいれば、いずれ限界が訪れる。それは、きっと遠い時代ではないでしょう」

 

 サーゼクスの言葉に、ゼクラムは何も反論を返さなかった。これが公式の場であったなら、他に古き悪魔達がいたならば、自分達の立場を守るために口の一つぐらいなら開いただろう。しかし、今ここで体裁を取り繕う必要はない。悪魔の屋台骨が少しずつ歪んでいることを、ゼクラムもわかっていたからだ。そして、それでも自身は変わるつもりなどなかったことも。

 

 しかし、時代は変わる。それを皇帝ベリアルの手によって、まざまざと見せつけられたのだから。

 

 

「一つ、疑問があります。何故、そこまでしてクレーリア・ベリアルの粛清に拘ったのですか? ベリアル家に今回のことを伝えておけば、貸しの一つでも作れたでしょう」

 

 ゼクラムの様子を観察しながら、アジュカもすかさず切り込んでいく。ここで追及の手を止める訳にはいかない。クレーリア・ベリアルは、確かに罪を犯した。しかし、それを裁こうとした側に更なる罪があるならば、その者達に公正な裁きを下す資格などありはしないのだ。

 

 古き悪魔達の手をここで断ち、クレーリア・ベリアルの今後を中立である魔王側に委ねさせる必要があった。そんなアジュカの思惑を察したディハウザーは、魔王の発言に考え込むような仕草を行い、何かに気づいたように声をあげた。

 

「……まさか、『王』の駒か」

 

 皇帝ベリアルの呟きは、誰もが固唾を呑む会場へ波打つように響いた。それに、ゼクラムを除いた全員の視線が訝し気にディハウザーへ向けられる。現在話し合われている論点は、クレーリアと教会の戦士の恋愛による粛清問題であったはず。そこに、何故レーティングゲームのストライキの発端の一つとなった『王』の駒の名前が出たのか、と困惑が浮かんだ。

 

 しかし、自分が呟いた言葉を何度か吟味したディハウザーの灰色の目に剣呑さが増し、鋭い眼差しをバアル大王へと向けた。

 

「ディハウザー殿? 悪魔の駒(イービル・ピース)と、その女性に何の関係が…」

「クレーリアは、皇帝としての地位を築いた私を一族の誇りだと告げ、ディハウザー兄様と慕ってくれていました。私を支えようと、いつも健気に応援してくれていた可愛い妹なんです」

「妹か…、それは大切だな。うちのリアスも、私が仕事で出かけようとすると、いつも『おにーたまー!』って愛くるしく駆け寄ってきてね…」

「そうね、妹は可愛いもの。うちのソーナちゃんだって、いつも『おねーたんいっちゃうの?』ってウルウル泣きそうになりながら、でも必死に我慢して私を見送ろうしてね…」

「シスコン自慢は後にして、さっさと話を戻せ」

 

 もはや空気を吸うように、妹に関する事柄に反応をするシスコン共を、アジュカはバッサリ切り捨てた。

 

「すみません、魔王様方。妹自慢はまた今度機会があれば、ぜひ参加させてください」

「やめろ。さらっと恐ろしい約束を取り付けるな」

 

 突然のシスコン談義に、ちょっと参加したい気持ちもあったディハウザーだが、クレーリアのためにちゃんと空気を読んで我慢する。アジュカとしては、シスコンが三人に増えて一堂に会すなど悪夢であった。シスコンに、妹関連の社交辞令など存在しない。

 

 こっちはあのカオス展開から、必死にフォローをしているのだから、しばらくはテンションを下げてくれ、と味方に頭を抱える魔王様。そんな彼へ、そっと胃薬を差し出すアガレス大公。ロボでハッスルするおっさんだけが、今のアジュカにとっての優しさだった。

 

 

「……それで、皇帝ベリアル。そのクレーリア嬢がどうしたというんだ」

「あっ、はい。クレーリアはそんな子だったので、メディアなどで取り上げられる私に対して面白おかしく書かれた記事に、何よりも不快感を浮かべていました。あの子は私の影響もあって、レーティングゲームのトップランカーに関するゴシップ話に興味関心が高かった。それこそ、トップランカーの幼少期の記録から、事細かにね」

「それは…」

 

 ちょっと投げやりになりそうになりながらも、アジュカはしっかりと方向性を示す。そうして告げられたディハウザーの話から、もしかしたら『王』の駒と今回の駒王町の事件が、全くの無関係ではない可能性にたどり着いた。ディハウザーの世代は、豊作と呼ばれるほどのトップランカーを多く輩出した黄金時代。つまり、『王』の駒の使用者達によって、築き上げられた時代なのだ。

 

 『王』の駒の使用者にとっても、ゲームを運営する者にとっても、それで甘い汁を吸おうとした古き悪魔達にとっても、この時代の詳細を調べようとする者は邪魔以外の何者でもなかっただろう。なんせ、もし答えにたどり着かれてしまったら、自分達の立場が危うくなる。故に、彼らは情報を探る者たちを常に見張っていたのだ。

 

 そこへ、一人の女性が彼らの網に引っかかる。しかもその女性は、決して真実にたどり着いてはならない皇帝ベリアルと血縁関係にあり、最も近しい位置にいると言っても過言ではない者だった。彼女はすでに、レーティングゲームの背後には何か大きな事情が孕んでいる、と的確に睨んでいた。もし彼女が皇帝へその集めた疑惑を与え続ければ、『もしかしたら』の事態だって起こる危険性もあっただろう。

 

「クレーリアが言っていました。トップランカーたちについて探れば探るだけ、情報が突然途絶えるのだと。しかも、それらについて調べていた記者たちは、突然の行方不明や事故、粛清などで消息が次々と途絶えていたらしいのです」

 

 『禁忌』に触れるべからず。それはつまり、古き悪魔達の怒りを買うべからず、とも受け取れるだろう。あまりの爆弾に、魔王も迂闊に介入することができなかった事件。

 

「そして、ある日のこと…。クレーリアが私に面白い情報を仕入れてきた、と言ったのです。『『王』の駒って知っていますか?』と」

「まさか、その時から?」

「いえ、さすがにあの時は『私も都市伝説程度には知っている』と冗談交じりで、笑って答えましたよ。しかし、今回の駒王町の一件を聞いて、何故古き悪魔達がそこまでクレーリアの粛清に拘ったのか? と考えた時、この時の彼女の言葉が思い出されたのです」

 

 古き悪魔達にとって駒王町の粛清問題は、悪魔社会の体裁のためという大義名分のためですらない。皇帝の回りを飛ぶ羽虫を狩るために、レーティングゲームの闇を隠すためだけに行われた粛清だったのではないか、と暗に告げたのだ。それにゼクラムは、沈黙を貫いた。

 

 恋愛による粛清という表向きの理由を掲げながら、己の欲望を守るために裏で工作を行う。それなら、魔王やベリアル家に今回のことを告げようとしなかったのも頷ける。彼らは、自らにとって邪魔になる同胞を、合法的に裏から始末しようと動いていたのだから。

 

「いったい古き悪魔達の思惑のために、今まで何人の同胞が粛清されてしまったのでしょうね…。クレーリアの意志を受け継いで、私たちで調べてみてもいいかもしれません」

「ディハウザー殿…」

「……なるほど。現在の冥界の流れは、貴殿にある。もしクレーリア・ベリアルの罪について、我々が貴殿を糾弾すれば、それが現実と化す訳か。運営はランキング操作をしていただけでなく、さらにその真実に近づいた者を粛清していたと噂を流す。そうなれば、暗黙の禁忌を暴こうとする流れを作り出せる。今の貴殿らなら、民衆を扇動するぐらい簡単にできるだろう」

 

 そう、ディハウザーは噂を流すだけでいい。誰もが口を噤むしかなかった、レーティングゲームの禁忌。しかし、それが公然のものとして民衆に認識させたらどうなるか。当然、お茶の間は大盛り上がりだ。メディアの多くもそれを知るために、みんなで調べ出すだろう。いくら古き悪魔達が止めようとしても、民衆の好奇心を全部止められる訳がない。

 

 そうなれば、不自然に証拠が消されている事実にたどり着くであろう。『王』の駒まで、たどり着かせる必要はない。運営の不正について調べようとした者たちが、不自然に消されているという事実だけで、十分に効果があるからだ。そうなれば、責はゲームの運営だけにはとどまらず、それを実行していた古き悪魔側にまで及ぶことだろう。

 

 そして、そんな彼らの好き勝手を止められなかった魔王側にも、民衆からの叱責が及ぶ可能性は高い。彼らも迂闊に踏み込めなかった事情はあれど、見て見ぬ振りをしてしまっていた事実はあるのだから。表向き問題なく回っていた歯車を歪めないために、助けることができなかった命。その事実を消すことはできない。

 

 つまり、クレーリア・ベリアルの罪を謳うのなら、当然そちらの罪も償ってもらう。ディハウザーの目に、彼らへ向けた本気の色が見て取れてしまった。ゼクラムは紫紺の瞳をそっと閉じ、運営側の失態によって暴かれてしまった事態に溜息を吐き、考え込むように腕を組んだ。古き悪魔達への対策を立てることができず、内乱の危惧を起こさないことに尽力するしかできなかった魔王側も、それに沈黙するしかなかった。

 

 

「……皇帝ベリアル。確認だが、キミはクレーリア・ベリアルの恋愛に関しては、肯定しているのかい」

「……複雑な気分ではあります。一度、クレーリアとはしっかり話し合うつもりでもいます。だけど、私はあの子が幸せに笑っていられるのなら、それだけで構いません」

 

 皇帝も魔王も大王も、それぞれが抱える立場や事情があるため、下手に動けない現状があった。駒王町の粛清問題は、冥界の歪みそのものがそもそもの原因なのだ。これからどうするべきかを考え込む一同の中で、アジュカはディハウザーへ根本的な問題について質問する。それに一瞬、虚を突かれたような表情を浮かべはしたが、皇帝ベリアルは魔王の言葉に深く頷いた。

 

「アジュカ? 何か良い案でも浮かんだのか」

「良い案、なんて言えないような、ただの問題の先送りのような案だよ。しかし、この様に三者全員が動けない状態でずっといては、お話にもならないだろう」

 

 大きく隠すことのない溜息を吐き、アジュカは緑色の髪を手で掻きあげた。

 

「……サーゼクス、セラフォルー、バアル大王殿、アガレス大公殿。先ほどまで我々が会議で話し合っていた内容を、皇帝ベリアルに語ってもいいだろうか」

「えっ?」

「さっきまで私たちが語っていた内容って、まさか」

「あぁ、皇帝がストライキを始める前。俺達がアウロスで話し合っていた、今後の悪魔の方針についてだ。……それに、今回の件と、全く無関係という訳でもないだろう?」

 

 まだまだ骨子すら出来上がっていない、実現できるのかもわからない、悪魔達にとって大きな選択肢の一つ。それをアジュカの話から思い出した面々の表情は、何かに気づいたように驚きを浮かべる。今までストライキから始まった怒涛の展開で抜けていたが、確かに自分達は冥界の今後に向けて話し合っていた。そして、その内容は確かに今回の事件を解決させるための一つの道筋を示していたのだ。

 

 ディハウザーも、さすがに魔王と大王による密談の内容までは教えられていなかった。皇帝ベリアルに任された流れは、クレーリア・ベリアルの件が出たら、古き悪魔側と魔王側も追い詰めろ、という指示だけである。そこまでの道筋を作れたのなら、後はアジュカの方で解決策を切り出すと告げていた。

 

 悪魔達はしばし眉根を寄せて考え込んだが、ディハウザーへ他言無用であることを約束させることで首を縦に振った。やることは派手であったが、彼は冥界に害意を持っている訳ではない。それに、『王』の駒といった禁忌を知っても、暴動を起こさないために最大限の配慮がなされていた。ここまで冷静に話し合いに臨んだ皇帝の姿勢に敬意を籠め、彼らもディハウザーを信じることにしたのだ。

 

 意見がまとまったことを確認したアジュカは、皇帝ベリアルに向け、真っ直ぐに視線を合わせた。

 

 

「当然だが、これについては内密で頼むよ。……俺達は、悪魔、堕天使、天使の三竦み状態であることに危機感を持っていた。大戦以降も、小競り合いが続いている現状の中、どの勢力も戦争が再び起こることに怯え続けている緊張状態だ。このままではいずれ限界を迎え、共倒れになるだろうと予想していた」

「は、はい」

「そう判断した俺達は、悪魔の新しい道を見つけることを選んだ。……三大勢力間で同盟を結び、和平への道を築けないかと考えていたんだ」

「…………はっ?」

 

 今まで感情的な部分を出さないように努めていたディハウザーも、これにはポカンと口を開けてしまった。考えれば、わからないでもない。現在の三竦み状態の危険性は、一般悪魔でさえ知り得ているのだ。しかし、実際に悪魔のトップからこれまでの常識を覆す道を示されたことに、思わず思考が止まってしまった。

 

 そして、少しずつそれが実感として伝わってくると、ディハウザーの心に歓喜の想いが膨れ上がっていく。クレーリアの想いを受け止めた日から、小さな自分のファンに背中を押された日から、ずっと願い続けてきた未来。クレーリアと八重垣正臣が幸せに笑い、周りから祝福される……そんな夢物語を。この『世界』で、本来なら叶うはずがないと心のどこかで諦めかけていた、小さな願い。

 

 だが、それは決して不可能な未来ではないのだ、とディハウザーは知った。彼らの未来には、か細くも眩しい一筋の光があることを認識できたのだ。唇が震え、沸き立つ思いに熱くなりそうな自分を抑えながら、アジュカへと期待の眼差しを向けた。

 

「もちろん、すぐに和平を結ぶのは現状では無理だ。だが数年の間には、三大勢力間に関するきっかけをつかみ次第、会談の場を設けたいと思っている」

「もし、そうなれば…。そこで和平が、結ばれることになれば……」

「あぁ、クレーリア・ベリアルとその教会の聖職者との間にあった、実質的な障害はなくなる。それどころか、罪人として裁かれるのではなく、二人は和平の象徴として祝福されるだろう。為政者としての立場で考えても、彼ら二人の存在は三大勢力間への広告として使えるからね」

 

 そう、倉本奏太も心の中で言っていたが、ただ時代と相手が悪かっただけなのだ。今の『世界』の中では、異端はクレーリア達であり、間違っているのは彼らなのである。しかし、『世界』の流れは決して一定のものではない。『世界』が変われば、当然その時代の価値観も変化していく。

 

 アジュカが告げるのは、確かにただ問題を先送りにするだけの、案とも呼べないものかもしれない。だが、彼らを今すぐに罰するのは、性急であることも間違いない。数年後に和平が実現できた時、彼らは今後の三大勢力間での融和を図るための道しるべになれるかもしれないのだ。

 

 それは、一朝一夕では決して作り上げられないものである。現在の彼らが犯してしまった罪に関しては、和平後に償うかたちで協力してもらう、と契約することだってできるだろう。

 

「なるほど、確かに…。だけど、さっきアジュカも言っていたけど、すぐに和平が結べるわけじゃない。それまで、彼女達をどうやって保護するんだい。今回の件のことを考えれば、冥界に彼女を連れてくることに不安もあるし、教会の戦士を匿うことは現状できない」

「……人間界に追放する、と言いたいが」

「それは、お勧めできないと思います。人間界にも、悪魔と人間の恋愛に排他的な思想を持つ者はいます。中には、彼らの存在を逆手にとって、現悪魔社会に攻撃を仕掛けてくる外敵が現れる可能性だってあるわ」

「冥界の不始末が原因の一つにもなっているのです。ただ追放するだけでは、ディハウザー殿も納得されないでしょう」

 

 アジュカの示した案をさらに補完するように、魔王と大王と大公は真剣な表情で話し合う。皇帝も口を挟みたい気持ちはあれど、結果が示されるまでは静かに待つ姿勢を保つように心がけた。冥界の政治や情勢に関しては、彼らが一番の適任者なのだ。何より、ここには最大の協力者(アジュカ・ベルゼブブ)がいるのだから。

 

「……冥界で彼女たちを保護することはできない。しかし、ただ人間界に放逐する訳にもいかない。和平が結ばれるまで、彼女たちが無事に過ごすことができる環境を用意し、尚且つ皇帝ベリアルも納得できる内容を示す必要がある」

 

 アジュカがまとめた内容に、全員が口元を引き結ぶ。そんな都合のいい環境など、果たして見つかるのだろうか。冥界で保護できないのなら、残るは人間界しかない。しかし、冥界を事実上追放されることになる悪魔のクレーリア・ベリアルと、悪魔側との交渉で追放処置を施すことになるだろう教会の戦士という曰くつきの人件だ。彼らの安全を確保できるだけの後ろ盾も必要であろう。

 

 

「一つだけ、心当たりがあります」

「アジュカ?」

「その場所は、人間界にありながら、悪魔と深い関わりがある巨大な組織。そこのトップは悪魔であるため、悪魔であるクレーリア・ベリアルへの忌避感もないだろうし、元教会の出身者が所属していることもある。何よりあの方は、冥界の政治に興味を示されない。我々を貶める手札として、用いようとする野心もないだろう」

 

 そこまで告げたアジュカの言葉に、その場にいた全員の動きが止まった。悪魔がトップを務める、人間界にある巨大組織。それに魔王達は頬を引きつらせ、大王は一瞬ものすごく嫌そうな表情を浮かべ、大公はまた胃薬案件が増えそうだと遠い目になった。

 

「……『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』。番外の悪魔であるメフィスト・フェレス殿が理事長を務める、魔法使いの組織です」

「ま、待て、アジュカ! それは、さすがにまずい。今回のことは、冥界側の不祥事と言っても過言ではない内容だ。フェレス理事長は、冥界の政治に関わることに対して、特に忌避感を持っている。我々の面倒事の不始末を、押し付けるようなことは――」

「なら、他に案があるのか。俺だって、それぐらい理解している。だが、今回の件は我々だけではどうにもならない」

 

 苦々しい表情を隠すことなく、アジュカも断腸の思いであることを示す様に、ギリッと歯を鳴らした。魔法使いの組織である『灰色の魔術師』とは、悪魔と魔法使いの契約という古くから続く契りを交わし合う関係である。そのため、冥界と良好な関係を築いているのは間違いないが、同時にそこには明確な線引きが存在しているのも事実であった。

 

 メフィスト・フェレス理事長は、最古参の悪魔の一人であり、バアル大王と唯一互角に渡り合うことができるだろう大悪魔なのである。しかし、彼は冥界の政治関連には一切関わらない方針を取ることで、冥界の厄介事の全てから身を引いた者なのだ。そんな悪魔へ、冥界の不祥事に関する後処理を頼むなど、明らかに向こうの機嫌を損ねることになるだろう。

 

 メフィストは、軽い口調が目立つ穏やかな性質を持つ悪魔であるが、それは表向きの面の一つでしかない。組織のトップとしての冷徹な思考もあり、彼の狡猾さや強かさは悪魔らしいとも呼べるだろう。旧魔王達が嫌いだからという理由で、人間界にあっさり隠居する行動力と、その権限を認めさせるために動く容赦のなさは、悪魔達の間で一つの不可侵の領域だと認めさせるに、十分な効力を発揮していたのだ。事実、彼は自分の矜持に反する事柄に対しては、恐ろしいほど冷酷になれるのだから。

 

 だが、今回の件は冥界側だけでは解決できない。ならば、最古参の悪魔に頭を下げるしかないだろう。彼は誠意に対しては、しっかりと誠意を返してくれる悪魔だ。もちろん、無償で引き受けてくれるような甘さはないだろうが、それでも交渉次第では受け入れてくれる可能性はあった。

 

「俺の持つ『覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)』は、魔法との相性が良くてね。人間界でゲームを行っていた関係もあって、時々フェレス会長から依頼を受けることがあったんだ。その伝手を使って、俺から彼に渡せる交渉の品を差し出す。他にも、あちらの要求を飲むことになるだろうけどね」

「それなら、私たちからも…」

「いや、フェレス会長も大っぴらに魔王から交渉をされるのは嫌うはずだ。それなら、個人的な伝手を持つ俺がやった方がいい。それに今回の件の原因は、『王』の駒を流出させてしまった俺にも責任があるだろう。これは、俺が償うべき代償なんだ」

 

 失笑を浮かべるアジュカの様子に、サーゼクスは声をかけようとするが、上手く言葉にならず口を噤む。レーティングゲームや悪魔の駒を生み出したのは、アジュカ・ベルゼブブである。製作者である彼にとって、他人事のように思えないのは当然だろう。その責任を少しでも償いたい、と告げる親友へ、サーゼクスは仕方がなさそうに肩を竦めた。

 

 

「わかった。その代わり、アジュカ一人じゃ厳しかったら、遠慮なく言ってくれ」

「……そうさせてもらうよ。サーゼクス、そっちにはクレーリア・ベリアルの記録の書き換えを頼みたい。魔法使いの協会に頼むのなら、粛清対象者だった者を堂々と渡す訳にはいかないだろう」

「うーん、確かに。それなら、『留学』というかたちを取らせたらどうだろう。情報では、彼女は高校三年生で、もうすぐ卒業だと聞く。彼女の統治記録も見たけど、優秀だったようだしね。それなら、政府からの頼みという名目で、悪魔の技術進歩のために『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』で『魔法』の技術を学んできてもらう、という大義名分を与えたらどうだろうか」

「そっか、表向きの理由はそれならいけるかも。人間界への留学を延長させることで、事実上の冥界追放にはなっているもの。それに魔法使いの協会となら、冥界ともパイプが繋がっているし、ディハウザーちゃんも安心じゃないかしら」

 

 アジュカの発案に最初は難色を示していた面々も、確かにこれならクレーリア・ベリアルの処遇に関しては、ある程度の方針が立てられると考えを改めた。まずはメフィストへ、頭を下げることから始めなければならないが、上手くいけばクレーリア達の安全を確保でき、皇帝ベリアルへ誠意を示せるだろう。

 

 ちなみに、傍でこの流れを目にしていたディハウザーは、あまりのことに呆然と目を瞬かせてしまう。思わずアジュカの方へ視線を投げかけ、冷や汗が頬を伝った。いや、だって、『灰色の魔術師』は無関係でもなんでもなく、今回のやらかしの元凶そのものの組織なのだから。

 

「バアル大王殿。そちらの伝手を使って、教会側へ今回の事件のもみ消しと、その教会の戦士の粛清の取り辞めをお願いしてもらいたい。フェレス会長に頼むのなら、それぐらい身綺麗にして差し出さなければ、保護を引き受けてはくれないでしょうから」

「……やつなら、そうだろうな。わかった、教会側への交渉材料はこちらで用意する。今回の粛清事件そのものを『なかったことにする』のならば、教会の上層部……天界側にも繋ぎが必要だろう」

 

 珍しく、バアル大王は疲れたような空気を纏っている。メフィストの名前を出した時から、憂鬱そうな雰囲気が彼の周りには漂っていた。教会の交渉を受け持つという証言から、教会の戦士の処遇も含め、更には粛清の事実そのものも無くすほどの交渉材料を向こうへ渡すことを決定したのだ。運営側が踏み躙った皇帝への誠意を踏まえ、それで今回の件を収めるための手切れ金とした。

 

 何より、彼はメフィスト・フェレスという悪魔をよく知っていた。彼とゼクラムは同年代であり、しかも水と油と表現してもいいほど性格や方針が合わず、お互いに嫌い合っている。リベラル思考で若い芽を育てようとするメフィストと、古き慣習を尊びそのために若い芽を潰すことも厭わないゼクラムとでは、顔を合わせた瞬間に辛辣な皮肉の応酬が繰り広げられるであろう。

 

 そんな彼へ、古き悪魔達の失態の所為で起こった事件の後処理を任せるのだ。古き悪魔側がメフィストへ交渉しようものなら、目を輝かせて嫌がらせを仕掛け、ギリギリを的確に見極めて彼らが泣いても許さず、容赦なく搾り取っていくことだろう。彼にとって頑張る子どもである魔王が頭を下げるから、メフィストも大人の対応をするのだ。それを考えたら、敵対勢力である教会と交渉した方が、何百倍もマシだった。

 

 

「それでは、俺は『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』と交渉を、バアル大王殿は教会と交渉を、サーゼクス達には今回の件の後処理を頼みたい。……皇帝ベリアルよ。これが俺達がキミに出来る誠意だ。それでどうか、今回の一件に対する矛を収めてもらいたい」

「……は、はい。わかりました」

 

 真面目な顔でキリッと強かに告げるアジュカへ、ディハウザーは引きつりそうになる頬に力を入れ、了承の返事を何とか返した。彼らにとっては、互いに痛み分けをするかたちで今回の件を収めたという流れになっている。しかし、裏を知っていたディハウザーには、あまりにも不平等すぎる取引現場にしか見えなかったからだ。

 

 まず、ベリアル家は何も損をしなかった。本来なら、教会側へ交渉材料を提示するのは、自分達の役目のはずだった。それが、運営側の失態と粛清のもみ消しのために、バアル家が全面的に受け持ってくれたのだ。クレーリアは救われ、ディハウザーはストライキを成功し、ベリアル家は何も対価を支払う必要がなくなったのである。

 

 そして、さらに得をしたのはアジュカ・ベルゼブブであろう。なんせ『灰色の魔術師』にクレーリア達を保護することを提案したのは、そこのトップ自身であろうと察せたからだ。つまり、アジュカがメフィストに交渉材料を渡す必要など、最初からないのだ。彼はクレーリアの処遇を古き悪魔達の手から引き離し、メフィストに予定通り手渡すだけでいい。今回の騒動の中心でありながら、裏に潜み続けた魔法使いの組織だからこそ、作ることができた流れであった。

 

 ゼクラムの想像通り、メフィスト・フェレスは古き悪魔達へ最大限の嫌がらせをとっくにしていたのだ。彼らだけが損をし、しかもそれに気づくことができないように、自分の存在さえも利用した。倉本奏太がやらかした結晶を繋ぎ合わせ、メフィスト・フェレスが古き悪魔達に勝利するための盤上を整え、アジュカ・ベルゼブブがそれをかたちにする。流れるようなフルボッコに、ディハウザーは内心「悪魔すぎる」と戦慄した。

 

 

「あぁ…、でも」

 

 ポツリ、と呟かれたディハウザーの声は、交渉の内容を詰める悪魔の上層部には聞こえなかった。嬉しさに歯を噛みしめながら、安堵が彼の胸に広がる。クレーリアは、助かったのだ。そして、彼女の恋人である八重垣正臣も一緒に。彼らはクレーリアの救出をやり遂げることができ、そして自分も運営との交渉に成功することができた。みんなの……あの子の期待に応えられた達成感。満たされた充足感に、皇帝の顔にようやく笑みが浮かんだ。

 

 レーティングゲームで勝利を重ねていく内に、いつの間にか消えてしまっていた気持ち。信じあう想いが、期待に応えることが、こんなにも素晴らしいものだったことを、久しく忘れてしまっていた。己の全てをぶつけて勝つことで、これほどの歓喜を呼び起こすことができたのだ。それを思い出すと同時に、自分が相当の負けず嫌いであったことも思い出す。それに、小さく噴き出してしまった。

 

 ならば、これからも勝ち続けよう。この想いを忘れない限り、自分は決して折れることなどないのだから。みんなの夢を叶えた達成感を胸に、自分の夢を叶えるための力としよう。みんなが『夢』を持って、己の想いをぶつけあえるレーティングゲームを作るために。

 

「さぁ、挑戦を続けよう」

 

 活気が宿る灰色の瞳を細め、王者は力強く拳を握りしめた。

 

 


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