えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第七十八話 幕引き

 

 

 

「えぇっ! クレーリアさんと正臣さん、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』に来ることになったんですかっ!?」

『うん、アジュカくんが上手く交渉をまとめてくれたからねぇ。人間界で彼らを保護するのなら、うちが一番だろう。カナくんも友達の今後を心配していたし、それならまとめて引き取っちゃおうと思ってね』

「ま、まとめてって、そんな軽く…。……でも、本当にありがとうございます」

 

 駒王町の粛清未遂事件が終わって、数日が立った頃。冥界や教会での話し合いも無事に終わったとのことで、ようやく俺も一連の流れを知ることができるようになった。クリスマスを無事に俺達は迎えることができ、もういくつ寝るとお正月の時期である。平和な日常だと、月日が過ぎるのも早いものだ。

 

 魔方陣に映るメフィスト様は、カラカラと笑いながら、さらっと後処理の内容を教えてくれた。政治的な部分や、難しすぎることは俺が小学生だからか省いていたけど、だいたいの交渉の結果は知ることができたのだ。それらを聞きながら、今回協力してくれたみんなの頑張りに、感謝で胸がいっぱいである。だって、本来なら厄介事の塊であるクレーリアさんたちを引き取ってくれるなんて、俺のためも含まれているだろうから。

 

『どういたしまして。僕の方こそ、あいつらに嫌がらせができて楽しかったからねぇ。これもカナくんのおかげだよ』

「……えっ?」

 

 ボソッ、と良い笑顔で呟かれた内容に、俺は聞き間違いかと下げていた頭を上げる。そして目が合うと、いつも通り優し気な微笑みを返してくれた。よくわからないけど、メフィスト様にとっても得になることだったのなら、よかったのかな。ラブスター様だった時も、すごくノリノリでしたからね。きっと優雅に椅子へ腰かけながら、良い声で「ハムハム」言っていたんだろうなぁー。さすがは、何事にも全力を出すアザゼル先生のご友人だ。

 

 とりあえず話をまとめると、今回の粛清事件そのものがなくなってしまったらしい。そのため、クレーリアさんたちの罪も公には消えたことになり、同時に事件そのものが起こらなかったことになったので、紫藤さんたちを罰する公の理由もなくなったのだとか。それに安堵で息を吐いたが、それでも元通りになった訳ではない部分もあった。

 

 まず、クレーリアさんは、駒王町の管理から外されることとなった。一応あと三ヶ月すれば、駒王学園の高等部を卒業するので、それまでは引き継ぎも含めて管理はあとちょっと続くらしいけど。そして、駒王学園の大学には進学せずに、そのまま外国にある魔法使いの協会の方へ進路を進むことになる。悪魔の政府から『魔法』の技術を学ぶという正式な依頼を受けて、『留学』処置がとられることとなったのだ。つまり、彼女は俺の同僚になったという訳である。

 

 ベリアル眷属達は、冥界のベリアル領に引き取られるとのこと。さすがに悪魔の眷属全員を協会に預けるのは、無理だったようだ。彼女たちはベリアル領で一族のみんなと一緒に、ディハウザーさんのゲーム改革を支えていくと燃えていた。ちなみに、ルシャナさんはクレーリアさんとベリアル家を繋ぐ仲介役となったので、基本はクレーリアさんの女王として傍で支えながら、時々冥界へ報告に行く役目らしい。クレーリアさんの助手、って感じになるのかな。

 

 

「えっと、正臣さんって一応、追放扱いになるんでしたっけ」

『恋愛による粛清そのものがなくなっちゃったから、新たな理由作りが必要だったけどねぇ。そこはほら、最後に紫藤トウジを倒すのに使った魔導具があっただろう。あれが、上手く追放の理由になってくれたんだ』

「クレーリアさんにあげたペンダントがですか?」

 

 教会側は、粛清の事実そのものがなくなった関係で、対外的には真実と嘘を織り交ぜた事件を捏造することになったようだ。なんでも、突如現れた謎の破壊生物二体にエクソシストの皆さんが襲われ(公園にあった破壊の跡が証拠となった)、それに紫藤さんも聖剣を使って戦ったが、胃を悪くしていたため本来の力を出せずに敗北(駒王町の病院にあったカルテ参照。大いに同情される)。正臣さんも一緒に戦ったけど、追い詰められた彼は仲間を守るために、魔導具を発動したのである(壊れた魔導具もあったため)。

 

 それで敵が逃げていったのだが、次に問題になったのは、教会に所属している正臣さんが魔法の力を行使したことだった。そういえば、教会には魔法を嫌うお偉いさんも多かったな。悪魔の魔力を元に作り出された技術であるが故に、教会側には根強い否定派がいて魔法を忌々しく思っている、って原作でも言われていた。それで正臣さんが魔法の力を堂々と行使したことに、過激派の連中が抗議をし出したのだ。

 

 上司である紫藤さんや仲間は倒れていたので正臣さんへの弁明ができず、また今回の謎の襲撃事件で敵の情報をまともに取ることもできずに敗北した責任も兼ねて、八重垣正臣さん自身からその責を背負うことを決めたという。教会の中には、戦闘や索敵の補助のために魔法を使う者だっているため、その処置に抗議の声も上がったが、教会上層部はこれ以上組織内で不和を起こす訳にはいかない、と決断を下した。という、所々ツッコミどころがあるストーリーが仕上がったらしい。

 

『別にこの時代、こういった理不尽な追放なんてよくあることだからねぇ。ある程度証拠もあるんだし、こんなんでいいんだよ』

「それはそれで、あんまりよくない気がするんですけど…。まぁ、今回はこの時代の理不尽さに感謝します」

『今回の真実を知る者達は、みんな口を噤むだろうからねぇ。それで身寄りのなくなった彼は、魔法関連で追放された関係もあって、魔法使いの協会を頼り、門を叩いた。すると、そこには駒王町の前管理者であったはずの悪魔の女性がいたんだ。彼は不思議に思い、思わず声をかけたことがきっかけで、二人は種族を越えた恋に落ちていく…』

「あぁ、そこの恋愛ストーリーまで完備なんですね」

 

 確かに二人が魔法使いの協会に訪れた理由は、バラバラなのだ。恋人関係であることはしばらく伏せておいた方がいいのだろう。少し時間が経ってから、二人が付き合いだしたってことにすれば、周りもそこまで気にしないと思う。悪魔と元教会の戦士という異色の組み合わせは目立つだろうけど、色々な意味で変人な研究者が多い魔法使いの組織だ。しばらくしたら、研究に熱中してスルーし出すだろう。

 

『八重垣くんには、しばらくは協会で実績を積んでもらうつもりさ。クレーリアちゃんたちよりは、早くこっちに来てもらうことになるだろう。魔法使いの中には、護衛を必要とする者もいる。彼の腕なら、用心棒として生計も立てられるだろうねぇ』

 

 おぉ、やった! 正臣さん、無事にクレーリアさんのヒモになるルートを阻止できた。もし護衛の依頼が来なくて困っていたら、同じ組織に所属している俺もお手伝いができる。それに、せっかく魔法使いの組織に所属するのだから、俺と一緒に魔法の勉強だってできるだろう。

 

 そうして折を見て、正臣さんの腕を見込んで、メフィスト様から『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の用心棒として正式に雇う契約を交わすのだそうだ。研究大好きな魔法使いたちは、あまりフットワークが軽くない。前回あった協会の襲撃事件のようなことがまたあった時、護衛や討伐の依頼を彼に任せることができるようになるのだ。それなら、確かに安心だな。

 

 そんなこんなで、裏で恐ろしい量の後処理をしたのだろうみんなのおかげで、クレーリアさんと正臣さんは居場所を手に入れることができたのである。たぶん俺が知り得ていないような情報も色々あるのだろうけど、今はこの時を素直に喜ぼうと思う。新しい同僚も増え、数日後には俺達の一年がまた新しく始まるのだから。

 

 

「……そういえば、紫藤さん達ってどうなったんですか」

『紫藤トウジは、海外へ行ったよ』

 

 そっか…。ここは原作通りになっちゃった訳か。残念だけど、教会の人事の決定なら仕方がないのかな。イッセーくんとイリナちゃんは、悲しむだろうなぁ…。

 

『彼の胃、色々限界だったからねぇ…。駒王町の病院じゃ、トラウマの元凶が善意で見舞いに来て、トドメをさしかねなかったからさ。一時的に、海外にある教会の医療施設に移ることになったんだ。聖剣の後遺症もあったし、たぶん戻ってくるのに半年以上はかかるだろうねぇ』

「…………えっ?」

 

 ストップ、メフィスト様。今、さらっととんでもない原作ブレイク発言をしませんでしたか!?

 

「紫藤さん、駒王町に戻ってくるんですかっ!?」

『あぁ、だって粛清事件はなかったことになり、謎の襲撃事件は八重垣くんが責任を取ったんだ。彼らが罰せられる理由がないからねぇ。むしろ、今回の真実を知る駒王町のエクソシスト達を、暫くの間は教会本部に近づけさせたくないだろう。数年ほどほとぼりが冷めるまでは様子を見て、問題がないと判断されるまでは駒王町に押し込めておこう、って判断さ』

 

 そんな臭いものに蓋をするみたいに…。でも、そういえば原作で、紫藤さんはやむを得ずイギリスへ引っ越すことになった、と言っていたかもしれない。もしかしたら、原作と同じように人事異動の可能性もあったのかもしれないけど、紫藤さんが上手く教会の上層部と話し合えた可能性だってあるのか。

 

 原作では、正臣さんを粛清したことで紫藤さんの精神は消耗していただろうし、自己の正義と神への信仰の狭間で心が苛まれていた。そんな状態だったと思えば、教会の上層部から言われたことに異議を唱える気力もなかっただろう。

 

「えっと、それってつまり、駒王町の教会勢力は健在ということで」

『表向きは、例の謎の襲撃事件の調査ってことになるねぇ。謎の破壊生物に教会の戦士が一方的に負けたなんて、外聞きが悪いし。挽回のチャンスを与えるってことで、駒王町で謎の破壊生物を調べることになるだろう』

「あの、……破壊生物って、ミルキー・イエローとスーパーロボットのことですよね。あれ、調べるんですか?」

『まぁ、表向きの理由だから、彼らも真剣には取り組まないというか、取り組みたくないだろうけどねぇ。形式上の報告や書類は送るけど、それ以外は以前とそこまで変わらない仕事内容になりそうかな。だいたい数年ぐらいして、ほとぼりが冷めたぐらいに人事異動はありそうだけど』

 

 メフィスト様が語る内容は、紫藤さんから聞いたことらしいので、ほぼ間違いないことらしい。それにしても、いつの間に紫藤さんとパイプを繋いでいたんだろうか。まぁ、教会と交渉をするのなら、事情を知る教会の戦士がいてくれるとスムーズにいくだろうけど。

 

 少なくとも、そのほとぼりが冷める数年間は、駒王町に教会の戦士がいることになるという訳か。ちなみに悪魔側は、しばらくは駒王町への留学は行わないとのこと。さすがに大切な貴族の子女や子息を、正体不明の魔法少女やロボが暴れるような土地に送るのはまずいだろう、と判断されたらしい。あの悪魔の皆さん、別に魔法少女とロボは日本特有の生物って訳じゃないんですが…。

 

 でも、土地的にはとても優れたところではあるので、将来『魔法少女やロボに対応できそうな人材』が見つかったら、留学制度を再び行えそうかは見当することになったようだ。そう考えると、悪魔側は原作と似たような環境になったという感じなのかな。原作のように、リアスさんとソーナさんが来るかはわからなくなっちゃったけど…。

 

 だけど、魔法少女は二人共セラフォルー様で耐性がついているだろうし、アザゼル先生の悪ふざけにもなんだかんだで対応はできていた。悪魔側が駒王町の土地を再び使用したいと考えているのなら、バアル家の血筋を引くリアスさんにとりあえずは任せてみよう、となる可能性はありそうかな…。うーん、やっぱりこのあたりは、俺ではどうにもできないところだろう。なるようになるしかないのかなぁ。

 

 

「あっ、紫藤さんがしばらくしたら戻ってくるのなら…。もしかして、紫藤さんのご家族は日本に残っているんですか?」

『ん、あぁそうだよ。エクソシストのみんなも謎の襲撃事件で今は寝込んでしまっているし、その看病ができるのが紫藤くんの奥さんと娘さんだけだったからねぇ。教会の管理ができる人間が一人もいないのはまずかったのと、幼児である娘さんのことも考慮したんだろう』

 

 確かに、幼児であるイリナちゃんがいると考えると、紫藤さんの闘病に付き合って海外へ一緒に行くのは大変だろう。エクソシストさん達は日本にいるのだから、彼女たちの安全面は大丈夫だろうし。しばらくはお父さんがいなくて、イリナちゃんは寂しいだろうけど、きっとイッセーくんが男を見せてくれるはずだ。頑張れ、たぶん将来のハーレム王よ!

 

『ただ、それを心配したあの巨大な魔法少女くんが、「海外で頑張っている牧師さんのために、娘さんの面倒を見るんだにょ!」と張り切って、その子の幼馴染くんも巻き込んで、魔法少女活動をしちゃっているらしいんだけどねぇ…』

「……えっ?」

 

 あれー、ミルたん。俺、その報告はもらっていないよ。別に彼の行動を制限する権利なんて俺にはないし、すでに彼へお願いしていた紫藤さんの監視も終わっているから、それ以降はミルたん自身の魔法少女への道を究めてもらおうとは思っていたけどさ。まさかイリナちゃんだけじゃなくて、イッセーくんまで魔法少女関連に巻き込んでいたとは知らなかったんだけどー。

 

『カナくん。このままだと紫藤くんが駒王町に戻ってきた時には、娘さんがある意味で手遅れになってしまう。さすがにこれ以上、彼の胃を追いつめないであげてくれ』

「これ以上って…。まるで紫藤さんの胃痛の元凶が、俺とミルたんにあるみたいに……」

 

 無言の沈黙が流れる。あれ、おかしいな。メフィスト様と視線が合わない。紫藤さんの胃痛って、正臣さんの粛清が原因だったんじゃ……。えっ、マジですか。

 

「……とりあえず、魔法少女は幼女にはまだ早い、って説得しておきます」

『その説得の仕方も、何か違う気が…。いや、まぁあの巨大な魔法少女くんの扱いは、カナくんが一番わかっているだろうから任せるけど』

 

 ミルたんにただ止めろ、と言っても効果はないです。ミルたんにとって、納得できるだけの説得力が必要ですから。魔法少女に強い拘りを持つミルたんなら、幼女のステータスではまだ魔法少女は危険が伴う云々で伝わるだろう。紫藤さんが日本に戻ってきたら、あとは保護者に任せる。駒王町で仕事をするのなら、ミルたんは避けられないだろうし、俺もひっそりとフォローはしますので。ごめん、紫藤さん。今度、こっそりお詫びの品を送っておきます。

 

 あとでそのあたりも含めて、詳細をメフィスト様にちゃんと聞くことを心に決める。たぶん、粛清事件の時に言われた真実って、紫藤さん関連な気がするし…。嫌な汗が背中に流れているけど、頑張って受け止めよう。俺もちょっとお腹が痛くなってきたなぁー。

 

 

 

「でも、そっか。イッセーくんとイリナちゃん、このまま幼馴染のまま小学校へ行けるんだな」

 

 メフィスト様が言うには、数年間は駒王町で暮らせるのは、間違いないらしい。もしかしたら、イリナちゃんは将来的に外国へ行っちゃうこともあるかもしれないけど、原作のような突然のお別れにはならないだろう。きっと小学校にあがっても、イリナちゃんがイッセーくんを振り回しているんだろうなぁ。それに、小さく笑ってしまった。

 

 メフィスト様との通信を終え、そろそろ約束の時間が近づいてきたことを確認し、部屋の扉を開けた。二階にある自分の部屋から出て、そのまま階段を降りていく。その時に自分で呟いた言葉に、感慨深い思いが浮かんだ。一緒に小学校へ上がることを楽しみにしていた、幼子達の様子が頭を過ぎる。俺の介入によって、原作の展開とは少しずつ違ってきていることを改めて実感した。

 

 それに不安になる気持ちがあるのは確かだ。だけど、あの子たちの笑顔を思い出して、嬉しいと思う気持ちもあった。原作とは違う流れへと進みだした『世界』に、戸惑うことはたくさんあるかもしれない。だけど、きっとこの歩みを止めることだけはないと思えた。

 

「あれー、奏太? もうお友達の家にお泊りへ出かけるの?」

「あっ、姉ちゃん。おかえり。確か部活、今日までだっけ」

「そうそう、ようやく年末をゆっくり過ごせそうだわ」

 

 一階に降りた俺に気づいた姉ちゃんが、ひらひらと手を振ってきたので、俺も小さく笑って振り返しておく。現在高校一年生の姉ちゃんは、俺にとって日常の象徴のような人だろう。そんな彼女は、学校の制服姿のまま、こたつの中へ入って、ぬくぬくしている。外が寒かったのはわかるけど、制服ぐらい着替えろよ。

 

「制服、皺がつくよ」

「奏太って、小学生のくせに変なところで細かいのよー。あぁー、そうだ! 奏太に聞きたいことがあったんだった!」

「……何? まだ時間があるから、聞くけど」

 

 ほっぺたをこたつにくっ付けて、ふやけていた姉は元気よく上半身を起き上がらせると、キラキラした目を俺に向けてくる。こういう時の姉ちゃんのテンションは、弟の俺ではやり込められることが多いので、素直に聞くことにしている。そして、やっぱり一部皺になっている制服を見て、母さんに後で怒られるな、と心の中で思った。

 

「奏太って、一ヶ月海外にいたでしょう。それでね、海外旅行に必要な物が何か知っておきたくてね」

「えっ、海外旅行に行くの? 父さんたちからそんなこと、聞いてなかったけど」

「あぁー、違う違う。来年のGW(ゴールデン・ウィーク)明けにある、高校の修学旅行の話よ。ふふふっ、聞いてびっくりしないでよ? なんと私の通う高校の修学旅行はね、十日間もの間、ハワイ諸島を豪華客船でクルージングする大イベントなの! 私もこの修学旅行に惹かれて、高校受験を頑張ったと言っても過言じゃないんだから」

「……へぇー、それは普通にすごい。そこの高校、家から近い理由で選んだのかと思ってたよ」

 

 姉ちゃんの語る修学旅行の規模に、本心で驚きを浮かべる。そんな俺の様子にニヤニヤ笑みを浮かべると、姉は先輩からもらったという修学旅行先のパンフレットを見せてくれた。『陵空(りょうくう)高校の修学旅行』という表題があり、次に『ヘヴンリィ・オブ・アロハ号』と大きく書かれた見出しに感嘆の声をあげ、写真に写る景色の美しさに目が惹かれる。

 

 来年になったら、俺も近くにある陵空中学校に通うことになるけど、高校ってグレードが一気に上がるんだなぁー。魔法使いの協会にはよく行くけど、思えばこういう海外旅行! って感じの所には、行ったことがなかったかもしれない。冥界旅行は、もはや異世界トリップ的なイメージだし。今度機会があれば、ラヴィニアやみんなと旅行にでも行ってみたいな。

 

「あっ、いけね。そろそろ約束の時間だから、行かないと」

「えー、もう仕方がないなぁ。じゃあ、帰ってきたら教えてよ」

「ハワイとヨーロッパじゃ、あんまり参考にならないかもしれないけど…。とりあえず、いってきまーす!」

「いってらっしゃーい。向こうのお家に行ったら、しっかり挨拶して迷惑をかけないようにねー」

 

 年上らしい注意をしながらも、結局こたつから出ることなく、俺へ笑って告げる姉に半眼の目を向けてしまう。それに全く堪えない彼女に溜息を吐き、用意していたリュックを背負って、玄関へと足を進めた。ようやく待ち望んでいた日が来たことに、俺のドキドキとする鼓動まで直に感じられるようだ。それに、薄く笑みが浮かんでしまった。

 

「楽しみだなぁ、ディハウザーさんの試合」

 

 クレーリアさんの家で観戦することになった、皇帝ベリアルによるレーティングゲーム。色々大変な騒ぎに発展したけど、運営側が己の非を全面的に認めたことで、皇帝ベリアルは一躍冥界のヒーローとしてトップを飾ることとなった。そして、民衆の強い希望により、『皇帝ベリアル十番勝負』は予定通り執り行われることとなったのだ。

 

 さすがに運営側をそのままにすることはできなかったので、アジュカ様が人材を引っ張ってきて抜けた部分を穴埋めし、年末にレーティングゲームを行えるように整えてみせたらしい。さすがは何百年も前から準備をしていたというだけあって、対応が早い。魔王様の凄さに感心しながら、冷たい風に白くなった息を吐いた。

 

「よし、相棒。いつも通り、移動の補助を頼むな。寒いし、ひとっ走りだ」

 

 自分が感じる寒さを消すという方法もあるが、それはそれでなんか味気ないだろう。そんな俺の言葉に、相棒は了承の思念を送り、さっそく紅のオーラを俺に纏わせてくれた。姿消しや気配消しも合わせてくれたようで、言わなくても俺の望むことをやってくれる神器に、俺は感謝を心の中で伝えた。

 

 そうして、俺のことを待ってくれている友達の家に向かって、一気に駆け出したのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「おっ、どうしたぁー、バラキエル? せっかくこの祭りのために、用意した酒だぞ。飲まねぇと勿体ないぜ」

「アザゼルか…。いや、もう十分もらっているさ。ただ、これ以上飲むと、さすがに朱璃(しゅり)に怒られてしまいそうでな」

「ちぇっ、これだからリア充は」

 

 顔を赤く染めながら酒を注ごうとした友人の不貞腐れた様子に、バラキエルは目を細めて頬を弛ませた。そのすぐ後に、「むしろ怒られてしまえ!」と酒を注ぎ足そうとする姿には頬を引きつらせたが。さすがにこれ以上呑むと妻から、「あらあら、なんてだらしない旦那様なのでしょうか。これはお仕置きかしらね」とドSな夜の幕開けになってしまう。

 

 いや、……それむしろ良いかもしれない! と、バラキエルの目が輝き出す。そう判断してすぐ、自分から喜々として杯を差し出すニヤケ顔の堕天使の幹部に、注ごうとした方の手が止まる。堕天使の業の深さに、酔っ払いの目も覚めた。

 

「あぁー、いや、うん。奥さんを怒らせるのは、やっぱり駄目だな。お前は、その一杯で終わっとけよ」

「……ぐいぐい来たと思った瞬間に、放置とはな。なかなか高度な技をやるではないか」

「おい、お前もう酔っているだろ。絡んだ俺が悪かったから、こっちを巻き込むな」

 

 『神の雷』と称される、堕天使の幹部バラキエル。研究者が多い『神の子を見張る者(グリゴリ)』では数少ない武闘派幹部であり、大変真面目な武人という印象を受ける人物。しかし、ドMである。変人奇人の多い堕天使の例に、やはり漏れはなかった。

 

 アザゼルはやれやれと肩を竦めると、そのままバラキエルの横の席へと腰掛ける。それから辺りを見渡すと、死屍累々な光景が目に映った。麻雀大会開催から数日が過ぎ、色々な意味でグロッキーになった堕天使達の多くは地に伏せていた。幹部連中はまだギラギラした目で麻雀を打っているので、席が空いたらもう一戦するかな、とアザゼルは手に持っていた酒を喉に流し込んだ。

 

「……それで、お前の目的は達成できたのか」

「んー、おぉ…。ングッ、やっぱ、お前とシェムハザにはわかっちまうか」

「お互い、長い付き合いだろう。……成功したのなら、良かったな」

 

 薄く笑みを浮かべるバラキエルに、アザゼルも笑みを深くして返した。バラキエルには、この会場の警備や監視も任せていたのだ。麻雀大会でテンションが上がって、一部暴動が起こったりもしたが、雷光に止められないはずがない。彼はアザゼルの頼みを聞き届け、忠実に任務を遂行したのだ。

 

 途中で、副総督様による麻雀虐殺事件が起きるハプニングもあったが、混乱を最小限に抑えるためにコカビエルやアルマロスをサハリエルと協力して煽り、そっと生贄に差し出して事なきを得る。シェムハザはアザゼルが帰ってきて少しすると、そっと席を立ち、トップと入れ替わるように後ろへと下がった。決して長い時間ではなかったが、今まで溜めていたストレスを解消するかのような容赦のなさに、堕天使達の記憶に副総督様の恐ろしさが刻み込まれたのであった。

 

 

「こっちも助かったよ。おかげで、なかなか面白いもんが見られた」

「そうか」

 

 そこからは、暫く酒を飲む音だけが響き、堕天使達の喧騒がBGMのように時を刻んだ。楽し気に大会の様子を眺めながら、アザゼルはもう一口酒をあおり、今回の騒動の元凶である少年に出会ってからの日々を思い出す。そして、自分の生徒が見せたやらかしの数々に、思わずクツクツと笑い声が出てしまった。

 

 三ヶ月前までは、正直ここまでやらかすとは思いもよらなかっただろう。しかし、少年の行動は運命を壊し、神のごとき奇跡をその手で掴み取ってみせたのだ。自分を含め、今回の件は誰か一人でも欠けていたら達成できなかったであろう。

 

 彼が魔法使いの協会に所属していなければ、アザゼルと面識を持っていなければ、タンニーンに認められていなければ、アジュカの協力をもらえていなければ、ディハウザーへ想いを繋げていなければ、他にも彼自身の手で築いた絆がなければ、決して起こることのなかった奇跡。

 

 悪魔と聖職者の幸せを、彼は心の底から願っていた。例え種族や立場の何もかもが違ったとしても、そんなの些細な事だと言わんばかりに。それがどれだけすごいことなのか、本人は全く理解していないだろう。天然で馬鹿正直な甘い性格。しかし大胆な行動力を持ち、そして善意全開で悪魔のようなことをやらかす。見ていて、これほど楽しいものはなかった。同時に腹筋もかなり鍛えられた。

 

 それから、そっと視線を隣にいる友人へと向ける。アザゼルが人間である倉本奏太の願いを引き受けたのは、『友達の幸せを守りたい』という当たり前な想いだったからだろう。その想いに、彼も共感できてしまったからだ。自分だって、友人のために何かできることがあるのなら、と何度も考えてきた。

 

 だから、『もしかしたら』と期待してしまう気持ちが、ゆらゆらとアザゼルの中で生まれ、揺れてしまった。

 

「……なぁ、バラキエル。お前の娘さん、何歳になったんだっけ」

「七歳だ。最近は朱璃から料理の手伝いを任されるようになったらしくてな、嬉しそうに肉じゃがを持ってきてくれたよ」

「はいはい、普段の仏頂面が形無しだぞぉー」

 

 可愛い娘の姿を思い出しているのか、目尻を柔らかく下げ、嬉しそうにはにかむ。そんな友人にアザゼルも笑い返すが、バラキエルが心の底から笑えていないのは理解していた。彼が抱える問題は、決して軽いものではない。誰よりも妻と娘を愛し、そしてその愛によって二人に不自由な思いをさせてしまっている現状に苦しんでいた。

 

 そんな友人のために何かしたい気持ちはあれど、自分にできることならとっくにやってみせているだろう。この問題を解決させるための手立てを、まだ立てられていない。彼の心労を少しでも和らげることができれば、と考えてもきた。しかし、アザゼルにはどうすることもできず、現状を維持させることしかできなかったのだ。

 

 だけど、あのバカならどうするだろうか…。さすがに、堕天使の個人的な問題の解決を、人間の子どもに頼むなんてことはしない。彼らの抱えていることはそれだけ厄介な事案であり、何よりそれぐらいの分別はある。だけど、少しでも友人の抱える思いが軽くなれば、とも思うのだ。彼の妻と娘は七年もの間、狭い世界の中でずっと暮らしているのだから。

 

 姫島朱璃(ひめじましゅり)姫島朱乃(ひめじまあけの)。日本にある五大宗家の一つである、『姫島』の家の血を引く者たち。その縁者達は、堕天使に娘が洗脳された、と今でも取り返すのを諦めずにいる。そのため、外界へあまり彼女たちを関わらせる訳にもいかず、ハーフ堕天使である朱乃など、父と母を含め片手で数えられるぐらいの者としか接触できなかった。彼女は堕天使でも、人間でもない。そんな姫島朱乃を、普通の女の子のように接してくれる相手。友達として、一緒に遊んでくれるような子ども。そう考えた時、浮かんだのは自分の生徒だった。

 

 きっとあの少年なら、友人の妻にも、そしてハーフ堕天使である娘にも、当たり前のように接してくれるかもしれない。アザゼルは今回の件が終わった後、奏太へそれとなく聞いたことを思い出していた。

 

 

『そういや、カナタ。お前の助けた友人って、悪魔と人間の恋人同士だったよな』

『えっ、はいそうですけど』

『ふーん、じゃあよ。その二人の間に子どもができたら、お前はどうするんだ?』

『……なんですか、その質問?』

 

 アザゼルの質問の意図が分からず、首を傾げた少年。それにアザゼルは笑いながら、何でもないように続きを促した。少年はしばらく顎に手を当てて考えを巡らせた後、おずおずと口を開いた。

 

『そうですね…。まずはお祝いの言葉を送って…、あっ、ご祝儀もあげないといけませんね。それに赤ちゃんを育てるなら、変な研究をやっている協会内だと悪影響もあるかもしれないので、一軒家か貸家で暮らした方がいいかもしれません。そうなると、良い物件がないかを正臣さんと探さないといけませんね。あっ、それに…。なんか二人共、危なっかしそうですから、育児経験がある人が近くにいると安心かもしれません。うーん、それも探さないといけないよなぁ…』

『……いや、そこまで具体的などうするを聞いたつもりじゃなかったんだが。まぁ、なんかいいや』

『いいんですか?』

『おぉ。……そんでお前は、そいつらの子どもと一緒に遊んでやるんだろ?』

 

 思わず笑ってしまいながら聞いた問いに、少年は不思議そうな顔をしながら、当然のように頷いた。「俺には姉はいるけど、下の兄弟はいなかったから。だから、弟や妹ができるみたいで楽しみです」と嬉しそうに。

 

 

「ところで、どうしたアザゼル。お前から朱乃のことを聞いてくるなんて、珍しいな」

「まぁ、ちょっとな。……なぁ、バラキエル。ちょっと相談なんだがよ。もし、お前がいいのなら、紹介したいやつがいるんだ」

 

 普段からサッパリした性格のアザゼルにしては、どこか言いよどむような言い方に、バラキエルは不審そうに眉を顰めた。それに黒髪を手で掻きながら、アザゼルはおもむろに口を開く。近々、とある神器持ちの人間の少年が『神の子を見張る者(グリゴリ)』へ来る。そいつに会ってみてもらいたい、と。

 

 アザゼルは、それだけしか語らなかった。少年の詳細も話さず、ただ会ってみて欲しい、とだけ告げる。神器持ちの人間が堕天使の組織を訪れることは、それなりにある。だが、普段ならサハリエルやサタナエルといった研究方面の者と接触することはあれど、武闘派であるバラキエルが神器所有者と接触することはほとんどなかった。それに訝しく思いながらも、友人が意味もなくこのようなことを頼みはしないだろう。少し考える様に、バラキエルは腕を組んだ。

 

「……私は、神器に詳しくないぞ」

「あぁー、そっちは俺の方でやるからいい。ただあいつに、会ってみるだけでいいんだ」

「確か、人間の子どもだろう? 私は堕天使の幹部だぞ。委縮しないか」

 

 娘を育てているだけあって、子どもの方を心配するような口調に、アザゼルは小さく噴き出した。アレは、堕天使の総督の翼をもふもふし、魔龍聖と鬼ごっこをし、魔王や皇帝に真正面からぶつかっていくような子どもである。

 

「そこは、たぶん大丈夫だろ」

「……そうか。まぁ、時間に問題がなければ、会うだけなら構わない」

 

 アザゼルの声音から、その少年に対する信頼が伺えたことに、バラキエルは目を見開く。アザゼルは奔放な性格と気安い態度から、相手の懐に入るのは得意だが、自分の懐に入れるのは彼が認めた者や気に入った者ぐらいだ。彼の中にある一定の線引きは、組織の長としての責任にも繋がっているだろう。

 

 そんな友人が、わざわざ人間の子どもをバラキエルに紹介した。その意図を考えないでもないが、まずはその子どもに会ってからでもいいだろう。アザゼルは友人の了承に、「悪いな」と一言告げると、手に持っていた酒がなくなったからか、年よりくさいセリフを吐きながらゆっくりと立ち上がった。

 

「よーし、酒も良い感じに抜けたし。いっちょ勝負しようぜ、バラキエル。負けたら、新年の祝いに酒を一本奢る、ってぇことで」

「年末これだけ飲んで、まだ飲む気か…。だが、勝負を挑まれたのならば、武人として受けぬ訳にはいくまい」

 

 好戦的な笑みをお互いの口元に浮かべると、まだまだ盛り上がりを見せる麻雀会場へと足を進める。堕天使の宴は、こうして年末を大熱狂で勢いのまま過ごし続け、そして多数のグロッキーを出した。結果、数日仕事が回らなくなったツケをシェムハザが頑張ることになり、総督含めた幹部連中が正座で説教を受ける図が出来上がった。

 

 そうして、新年は仕事から始まることが決定した堕天使達の悲哀の声をバックに、無事に麻雀大会は大盛況で終了したのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「あっ、カナくん。こっちなのです!」

「ラヴィニア、ごめん待たせたか?」

「大丈夫ですよ。そこまで待っていないのです」

 

 駒王町の駅で待ち合わせをしていた金色の髪の少女と、俺は無事に合流を果たすことが出来た。ウェーブのかかった腰まで流れる金髪に、優し気に細められる碧眼を持つ少女――ラヴィニア・レーニ。身体を覆う白のコートを羽織った彼女は、色白の肌も相まって、冬の妖精のようにも見える。さすがは美少女なだけあって、彼女の周りだけ空気が違う気がした。おかげで、人込みの中でもすぐに見つけることができたけど。

 

 ちなみに、ラヴィニアも今回のお泊り会に参加することになる。彼女は俺のパートナーとして、クレーリアさんたちのためにたくさん手伝ってくれた功労者だ。駒王町のヒト達も、ぜひ一度改めてお礼を言いたいと話していた。現在の駒王町は、教会側は機能停止状態であり、さらにアジュカ様やディハウザーさんが厳重に見張っているため、外の目は気にしなくていいと言われている。それなら、一緒にレーティングゲームを観戦しないか、と彼女へ声をかけたのだ。

 

「ミルたんさんは、来られないのですよね?」

「目的が悪魔のゲームだからね。ミルキー関係者一同には、後日俺と一緒にお礼へ行く予定になっているよ」

 

 それ以外のお礼参りも、バッチリと含まれていますから。俺と駒王町のみんなでご迷惑をおかけした方々へ、お詫びとお礼の品を持って、頭を下げられるところは全力で下げに行ってきます。冥界側は追放されちゃっているので、魔方陣越しになるけど。ディハウザーさんも試合が終わったら、一度駒王町に来るつもりらしいし、新年は新年で忙しくなりそうです。

 

「そうだ、待ってくれたお礼。自販機で温かいものを何か奢るよ」

「えっ、ですが」

「俺も欲しいからさ。どうせなら、一緒に飲みながら温まって行こうぜ」

 

 近くにある自販機を指さして言うと、ラヴィニアはちょっと困ったような顔になったが、次には俺の言葉に嬉しそうに頷いてくれた。俺はコーンポタージュを選び、彼女はおしるこを選んでいた。なかなか渋いチョイスである。たぶん、夏休みに食べた餡子餅を美味しそうに食べていたから、それで選んだのだろうけど。

 

 こんな感じに他愛のない話で盛り上がりながら、俺達は駒王町の街をのんびりと歩く。クレーリアさんたちが協会へ留学に来たら、俺が駒王町に来る理由はほとんどなくなるだろう。ミルたんとは、いつも通りミルキー魔法使いさんの家で待ち合わせをすればいいからな。そう思うと、どこか感慨深い気持ちになる。そこまで長い距離じゃないけど、じっくりとこの街を見て回ろうと思った。

 

 

「クレーリアさーん! 遊びに来ましたよー!」

「あっ、待っていたよ、カナくん! ……おぉっ! もしかして、この子がルシャナ達を助けてくれた、カナくんのパートナーちゃん?」

「はい、ラヴィニア・レーニと言います。これからは、共に魔法を学ぶ同僚として、よろしくお願いするのです」

「ご丁寧にどうも。私は、クレーリア・ベリアルよ。私たちを助けてくれて、本当にありがとうね」

 

 お互いに自己紹介をすると、親しみを込めて握手を交わしあう。長い灰色の髪を後ろに縛り、パタパタと忙しない様子で玄関を開けて迎い入れてくれた女性に、俺は思わず笑ってしまう。それにちょっと不貞腐れたような様子を見せたクレーリアさんは、髪を縛っていた紐をほどき、続いてニヤニヤとした笑みを俺に向けてきた。

 

「ラヴィニアちゃん、すごく可愛い子ね?」

「えぇ、俺もそう思います。駒王町を歩いている間も、結構視線を向けられましたから」

「……あら、返しに慣れているのね」

「可愛いのは事実だし、姉にもう散々からかわれたので。耐性ぐらいつきますよ」

 

 俺の切り返しに、少しつまらなさそうに口を尖らすクレーリアさん。最初に出会った時、ミルキーで墓穴を掘りまくりましたからね。二度も同じ轍は踏まないです。……思えば、クレーリアさんとの邂逅って、ミルキーが原因だったんだよなぁー。魔法少女が繋がりを作り、魔法少女に助けられ、魔法少女でラストバトルを勝利する。なんだこれ、駒王町はミルキーに溢れすぎだろう。魔法少女、恐るべし。

 

 そんな会話を交わしながらラヴィニアと靴を並べ、用意されたスリッパを履く。今までにも何度か訪れた、彼女の屋敷。そういえば、こんな風に玄関を真正面からくぐったのは、何気に初めてのことかもしれない。いつもこそこそと、神器を使って入っていたからな。だけど、今は当たり前のように名前を呼び合うことだってできるし、友達だって呼ぶことができるようになった。

 

『大丈夫、いつかこんな風にこそこそせずに、堂々と入れるようにしてみせるさ』

『……早く奏太くんのことを、普通に外で呼べるようになりたいよ』

 

 ……そっか、これも俺達が掴み取れた未来なんだな。そう思うと、こんな当たり前なはずのことなのに、嬉しさに胸がこみ上げた。

 

 

「こんにちは、奏太くん。それと、あの時助けてくれた子だよね?」

「はい、私も皆さんを助けることが出来てよかったのです。お怪我の方は大丈夫ですか?」

「怪我は、ほとんど奏太くんが治してくれたからね。心配はいらないよ。改めて、八重垣正臣です。みんなを助けてくれて、ありがとう」

「ベリアル眷属の女王、ルシャナよ。私からも、ベリアル眷属を代表してお礼を。あなた方が来てくれなかったら、私はきっとここにはいなかったと思います。本当にありがとう」

「……はい、どういたしましてなのです」

 

 屋敷の廊下を歩いた先で、リビングにたどり着いた俺達を待っていたのは、正臣さん達だった。彼の腕や頭には包帯が巻かれているけど、問題なく活動はできるようだ。さすがに全回復させてしまうのは、教会の監査もあるからと止められたため、少々痛々しい姿になってしまっている。それでも、明るく笑う姿は活気に溢れている様に感じた。

 

 そして、ルシャナさん達は揃って頭を下げて、お礼を告げている。彼女たちの怪我は、ラヴィニアが魔法やメフィスト様からもらっていた薬で治してくれたおかげで、そこまで大したことにはならなかったらしい。クレーリアさんと正臣さんが二人で帰ってきた時は、みんなで大泣きしてクレーリアさんに抱きついていたっけ。ベリアル眷属の想いも、今回の件が上手くいくための後押しになっていた、と強く思えた。

 

 そんな光景を眺めながら、よかったよかった、と笑っていた俺であるが…。今度は全員の目がこちらを向いたことに、思わず肩が跳ねてしまった。俺達の隣に並んでいたクレーリアさんも、正臣さんの隣に立って、みんなで目配せをし合う。そして、一斉に俺の方へ深く頭を下げた。

 

 

「カナくん、私たちを助けるために、いっぱい頑張ってくれてありがとう。私たちを受け入れてくれて、ずっと応援してくれて、こんなにも幸せな未来をプレゼントしてくれて…。あの時、カナくんに出会えていなかったら、きっとこんな風に笑うことなんてできなかったと思うから。だから、本当にありがとう」

「僕一人じゃ、クレーリアもベリアル眷属のみんなも、きっと救うことが出来なかった。紫藤さんとの一騎打ちだって、キミのおかげで乗り越えることができた。僕が守りたい大切なものを、無くしちゃいけない想いを、胸に宿る誓いを果たす決意を、彼女と大切なヒト達と歩める未来を、僕へ導いてくれてありがとう」

「クレーリアと八重垣さんを、救ってくれてありがとうございます。こうして私たちも笑っていられることが、今でも信じられないぐらいです。でも、何度絶望に負けそうになっても、その度にあなたのおかげで希望を忘れることなくいられました。あなたに出会えて、本当によかった…」

 

 目に涙を浮かべながら、すごく綺麗な笑顔を見せるクレーリアさん。胸に手を当て、一つひとつの言葉に想いを籠める様に頭を下げる正臣さん。優し気に微笑むルシャナさんや、深く頭を下げるベリアル眷属のみんな。突然の感謝の言葉に、俺は呆然と立ち尽くすことしかできず、すぐに反応を返すことが出来なかった。

 

 こんな風に、改めてお礼を言われるとは思っていなかった。だって、俺は自分がそうしたいって思ったから、我武者羅にただ頑張っていただけなのだから。何より、俺一人の力では元々どうすることもできなかった。俺はただみんなにお願いして、提案や応援をしていただけで、大したことをした訳じゃない。クレーリアさんや正臣さん、ベリアル眷属のみんなだって頑張ったから、掴み取った未来なのだ。

 

「大事なのは、諦めずに前へ進み続けることなのです」

「……ラヴィニア?」

「私はそんなカナくんの頑張る姿を見てきたから、私も頑張りたいと思ったのですよ。それは、メフィスト理事長も、タンニーンさんも、あの方も、魔王さんも、皇帝さんも、カナくんの想いを受け取った皆さんも、同じ気持ちだったと思います。だから、カナくんが思うように、みんなで頑張ることができたのなら、それは間違いなくカナくんのおかげなのです」

 

 俺へ向けて、柔らかく微笑んだラヴィニアは、そのまま俺の頭部を撫でだした。いい子いい子、と聞き分けのない子どもをあやす様に。……あの、すみませんラヴィニアさん。ナチュラルに小さい子どもにするような動作を、俺に発動しないでくれるとありがたいのですが。天然モード中のラヴィニアの勢いには、正直勝てる気がしない。

 

「えっと、ラヴィニア。あのさ、さすがに頭を撫でるのは、止めてほしいなぁって……」

「えっ、どうしてですか?」

「……すみません、俺の聞き分けが悪かった所為です。だからもう勘弁してください」

 

 善意全開で小首を傾げる天然美少女に、俺は一生頭が上がらないような気がする。無理だよ、これにどうやって勝てっていうんだよ。もう俺が全面的に悪かった、で降伏宣言する方がマシだよ。そして、そんな俺とラヴィニアの様子を、唖然と眺めるクレーリアさん達。すみません、彼女これが平常運転なんです。

 

 それから、駒王町組のお礼を俺は素直に受け取った。戸惑いはあったし、お礼を言われるために頑張った訳じゃなかったとは思う。だけど、彼女たちが感じた想いは、彼女たちのものだ。想いが届かない苦しさを、俺たちはよく知っている。それに、俺に伝わったお礼の言葉は、間違いなく俺の心に響いた。なら、きっとこれが正解だったんだろうと思う。気恥ずかしさと一緒に、温かい気持ちも胸を打ち、思わず頬を指で掻いてしまった。

 

 

 そんなハプニングがちょっとあったけど、しんみりしたのはそこまでだった。クレーリアさんが空気を入れ替える様に手を打ち、ベリアル眷属のみんなで用意した豪華なディナーを振る舞ってくれたのだ。俺とラヴィニアと正臣さんはそれに目を輝かせ、さっそくいただくことになった。人数が多いからバイキング形式になっており、和洋中の様々な料理が並べられたのである。

 

 ラヴィニアは「ottimo(オッティモ)」と口にしながら、おいしそうにもぐもぐしている。正臣さんはクレーリアさんに、「アーン」をしてもらいながら食べている。さすがはバカップル。ルシャナさんは、もうそれを日常風景としてインプットしてしまったのか、もはやツッコミさえ入らない。でも、ちょっと目は遠い気がした。

 

 そうして時間が過ぎ、いよいよ皇帝ベリアルによるレーティングゲームが始まることとなった。年末から新年を跨いだ先でも行われる長期間の冥界放送だ。今回はディハウザーさんによる宣誓の挨拶が報道され、第一試合が始まる流れとなっている。タンニーンさんとの試合は一番最後だから、一月の半ばぐらいになるだろう。そっちは、またみんなで観戦できたらと思う。

 

「あっ、ディハウザー兄様よっ!」

「おぉー、すごい歓声だなぁ…。皇帝コールが響きまくっている」

「皇帝さん、頑張るのですよー」

「こうして改めて見ると、お義兄さんの人気に驚くしかないね」

 

 冥界の中継と繋がっている映像端末に映し出されるのは、満席のアグレアス・ドームの風景。そこに現れた、灰色の髪と鳶色の暗めのマントを羽織った美丈夫――ディハウザー・ベリアル。それだけで、会場は一気に大盛り上がりを見せ、冥界中を揺らす様に震撼させた。

 

 皇帝がマイクを取ると、俺達も含め、会場にいる誰もが口を閉じた。それだけで、どれだけのヒト達が彼を待ち望んでいたのかがわかる。ディハウザーさんは観客へ向けて頭を下げると、力強い声で開会の挨拶を行った。先日行われたストライキについてや、それによる混乱への謝罪も含め、これから始まるゲームへの意気込みを語っていった。自分と戦う十組のプレイヤー達に敬意を示し、常に爽やかな笑顔を浮かべている。しかし、最後になると、その優し気な笑みからは考えられないような、闘志丸出しのギラギラとした目をプレイヤー達へ彼は向けた。

 

『さぁ、楽しいゲームを始めましょう』

 

 十組のプレイヤーの何人かが、その皇帝の目に頬を引きつらせている様子が映る。もうゲームが楽しみ過ぎて仕方がない、というオーラを隠すことなく闘志を燃やす王者に、会場から「うわぁー」の声が聞こえてきそうだった。ディハウザーさん、超ノリノリですね。レーティングゲームの改革は、まだまだ始まったばかりだけど、ゲームに夢を見る悪魔達の手によって、きっと変わっていってくれると思えた。

 

 こうして、俺達はディハウザーさんの試合を応援し、感想を述べあい、ゲームのハイライトや解説まで見てから、眠りにつくことになる。楽しい時間はあっという間に過ぎていくけど、問題はないだろう。だって、これからまだまだ俺達には時間があるのだから。三ヶ月なんて言わず、もっとずっと先の年月まで笑っていられるように。それをみんなが願い続ける限り、きっと頑張ることができると思った。

 

 

 裏の世界に足を踏み入れてから始まった、最初の一年が終わる。まさかたった一年で、ここまで大変な目にあうことになるとは思っていなかった。『ハイスクールD×D』は、裏世界一年目が一番キツイ目にあうジンクスでもあるのかよ。まぁ、イッセーのルナティック年間スケジュールに比べたら、世界さんはまだ俺に優しかったのかもしれないと思ってしまう時点で、色々手遅れな気もするけどね…。

 

 そんなことを考えながら、俺や世界にとって大きな分岐点となった原作の事件は、こうして幕を閉じたのであった。

 

 




これで、第4章は終わります。この章で回収できなかったフラグなどは、第5章に後日談的な感じで出していこうと思います。それでは、たくさんの応援ありがとうございました。

【第4章のあとがき的な何か】
 元々この作品は、原作20巻を読んだ時に皇帝や駒王町組って、救えないのだろうか? という思いが生まれ、そこからプロットを立ててみたものでした。そこに『堕天の狗神』の二次が読みたい願望がミックスされ、出来上がったのがこの魔法少女のサクセスストーリーでした。(ミルたんの存在感がすごすぎた)
 とりあえず、原作がバッドエンドで、めんどくさすぎる問題だらけだったので、もう爆弾を投げて吹っ飛ばして、ハッピーエンドをとにかく目指そう! な方針でしたね。正直ここまでの話数を書くことになるとは、当初は全く思っていませんでしたが、それについてきて下さった方々には感謝しております。本当にありがとうございました(*´Д`*)

【第5章 ~神の子を見張る者(グリゴリ)編~】
 第5章では、今までに散りばめてきたものを回収していけたらと思います。主人公も中学生になるので、中学の3年間を飛ばし飛ばし描いていきます。大枠で神器編、姫島編、白龍皇編のだいたい3章構成の予定ですが、いつも通りノリで書いているので所々脱線はしていると思います。ここで一気に原作へとばすには、ちょっと重要なポイントがかなりあるので、「もうここまで来たら、自分が書きたいものを書こう」スタンスでいくことにしました。のんびりマイペースなものですが、よろしくお願いします。

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